混沌は山をも越えてやってくる
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■ショートシナリオ
担当:若瀬諒
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 97 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月22日〜08月29日
リプレイ公開日:2007年09月01日
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●オープニング
シーハリオンの丘を望む事も出来る、セルナー領の奥地。
カオスの地からもそう離れていないその場所は、決して手放しで安心することが出来るような場所ではなかった。常になんらかの不安があった、と言い換えてもいい。
それでも今までに惨事が起きなかったのは、――地理的な優位があったからだろうが――セルナー領に封土を持つ貴族達の功績だろう。
――が。今この時。そうした賛辞を送るうちにも。セルナー領に――メイに。着々と、カオスからの危機が迫っていた。
その日も、山からは音が響いていた。
低く、何かの唸るような音。初めてこの場所へ来た者ならば不気味がることもあるだろうその音は、しかしそこへ停泊している兵士達にとっては聞き慣れたものだった。
――山のふもとに造られた、セルナー領の砦。
目の前にそびえる山脈は至って普通のものなのだが、そこを通り抜ける風はどこがどう影響してか、獣のような声をあげる。
地理的なものも相まって、新米兵士が最初に怯えるものの多くがこれだ。まあ、少し強い風が吹く度に鳴り響くため、慣れるまではさほどの時間も要しないが。
ともかくそうしたわけで、ここにいる兵士の多くはこのテの音には鈍感だった。鈍感にならざるを得なかった。いちいち過敏に反応していては身がもたない。
‥‥なのだから、それを責めることは出来ないだろう。いつもとは少し違う音も、ここでは同じ、風の音なのだ。
あるいは、平和過ぎるというせいもあったかもしれない。何か起きそうな場所、雰囲気。最初の頃はそれで緊張感も保たれたのだが、何も起きなければ何も起きないだけ緊張は崩壊していく。
緊張の無い平和は平和ぼけだ。治す手段は、「何か起きる」しかない。つまり一度、危機に瀕さなければならないのだ。それも往々にして、後手の立場で。
「ッォォォオオオオ!!」
「な、なんだ‥‥?!」
兵士達が異変に気付いた時、音はもう声へと変わっていた。山に吹く強風の音、などでは済まない、はっきりとした雄叫び。
砦の外にいた者はそのまま、中にいた者は慌てて外に飛び出して、同じく慌しく辺りを見回し――そして、気付く。
岩肌の露出した、比較的なだらかな山の斜面。その先に見えたのは、畏怖を覚える巨体だった。
それは兵士達に恐怖を与えるように、ゆっくりと、一歩ずつ、しかし確実に斜面を歩み降り、
「グルォォォオオオゥッ!!」
兵士達と同じ平地へ降り立つと、大気を震わす咆哮を上げた。
鋭い鋸状の歯をぎらりと覗かせる、人の背丈を遥かに超えた大型恐獣――アロサウルス。
「な‥‥そんな‥‥!」
誰もが言葉を失う中、どこからかようやく搾り出すような声が漏れる。
誰も動けない。動けば間違いなく最初の標的にされる。アロサウルスも動かない。様子を見ているのか、それとも標的を決めかねているのか。
そのまましばし。およそ20対1の、しかし一方的な睨み合いが続き――
「ゲァァッ!」
不気味な声で、何かが吼えた。
場所はアロサウルスよりも更に山深い中だっただろう。兵士達の意識が僅かにそちらへ流れ、数人の兵士が視線をずらした。
数秒もない、視線の移動。瞬きの間に往復出来るような、眼球の痙攣とも言えるような僅かな挙動。しかし。
最初の標的は、その兵士のうちの1人だった。
「そ、それって一大事じゃないですかっ!」
「だから緊急の依頼なのよ。最初からそう言ってるでしょう」
――自分が落ち着いていられるのは、自分の代わりに慌てふためく相手が身近にいるからかもしれない――そんなことを思いながら。ローザは差し棒代わりの羽ペンで、トントンと軽く報告書を突付いた。
「セルナー領内で発生したカオスニアン襲撃事件の報告」。報告書の一番上には、それほど綺麗でもない字でそう書かれていた。
内容を簡潔にすれば、その題名通り。セルナー領にある砦をカオスニアンが襲撃したのだ。
その場に居合わせ、逃げ延びた兵士からの伝達で早くにそれを知ることが出来たのは不幸中の幸いだった。襲撃時の状況も把握することは非常に重要だ。
兵士によれば、敵はアロサウルスが1体にデイノニクスが3体、それに歩兵が数人。最もこれは兵士が目撃した分なので、見ていないものや、その後の増援があった可能性を考えればもう少し多く見積もっていいだろう。
侵攻してきた方法は至って単純、「山を越えてきた」。
もちろん、そんなところに砦を構えているのだから山越えの襲撃を予想していたのだろうが、まさか恐獣が山登りをするとは思わなかっただろう。まして砦はヒの国に対しての警戒であり、カオスニアンが来ること自体予想外だったはずだ。
そしてその後の偵察によれば、敵はそのまま砦を占拠。今のところ観測出来た数は兵士の報告通りで、この報告書が書かれた時点では増援も来ていないらしい。しかし目立った動きがないところを見ると、やはり増援を待っているのだろう。
目標は十中八九メイ。下手をすればセルナー領制圧に乗り出すかもしれない。抵抗せずにやられることはないと思われるが、如何せん平和なセルナー領だ。敵の動きが早ければ何も出来ない可能性もある。
現にセルナー領側の対応は遅く、ただ慌てふためくばかりで軍備が整うまでにはまだ時間が必要だった。
「でも、そんな依頼を任されるなんて「出世に一歩前進!」って感じですね!」
「そんな呑気な事を言っている場合じゃないわよ」
何故か当人よりも意気込むミゥを軽くたしなめ、ローザは浅く息を吐きながら続けた。
「それに、任された理由だって単に手が空いてたからってだけよ。上の偉い人達は忙しいみたいだし‥‥まあ、そんな時に手が空いていたって事自体、出世と縁がない証拠よね」
特別な執着があるわけではないのだが、言っていてなんだか悲しくなったせいか、言葉の最後にはため息が混じる。
そしてミゥには、それが嘆きに見えたようだ。
「で、でもほら、こういう一歩一歩の積み重ねが出世に繋がるということも‥‥!」
「ミゥに励まされているようじゃ、益々縁遠いわね‥‥」
必死で盛り立てようとするミゥに、わざとらしく深いため息をついてみせる。
と、ミゥは更なる励ましが思いつかないのか、しどろもどろになりながら意味の無い身振り手振りをするばかりだった。
なんとなく面白いからもう少しいじめてみよう――とも考えたが、思わずくすりと口元を歪めてしまったため、ついでにミゥがそれに気付いて動きを止めたため、ここは大人しく止めておくことにした。
「心配しなくても、仕事はちゃんとやるわよ」
「は、はい! 頑張りましょう!」
力強く言いながら、また胸元で拳を握る。鼓舞するような言葉の中には、またローザへの励ましの意味も篭っているように思える。
執着が無いとはいえ、欲が無いわけではない。とりあえずこの場は、ミゥの好意を素直に受ける事にした。
「それじゃあ、まずは情報の整理からね。ミゥ、地図持ってきて」
「はい!」
自分の指示を受けてぱたぱたと駆ける背中を見ながら、ローザは気を入れなおすための息を吐いた。
●リプレイ本文
●出撃
夜明け。空が明るさを取り戻そうとする頃。
静かに地へ降り立つ者達がいた。
「ふふ、ふふふふ‥‥待ちに待った新型よ‥‥」
感触を確かめるように、しっかりと地に足をつけ、赤銅色のゴーレム――カークランから不敵な声が聞こえてくる。
それは少しの間、また低い笑い声を漏らし、
「日頃の鍛錬、今こそ十全に発揮する時ぜよ!」
当社比7割増で吼えたのは、カロ・カイリ・コートン(eb8962)だった。
「そ、それはいいですが、腕を振り回すのはちょっと‥‥」
と。ゴーレムの足下で身を屈めながら、ファング・ダイモス(ea7482)は冷や汗を垂らす。危うく作戦決行前に致命的な一撃を受けてしまうところだった。
「おっと、いやいや申し訳ないきに」
ゴーレムに頭をかかせ、安全確認のために改めて周囲を見回してみる。
フロートシップの影で少々視界は利きにくいが、先ほどのファングと、続いて降りてきたランディ・マクファーレン(ea1702)、陸奥 勇人(ea3329)も視界に収めることが出来た。
「全員揃っているな」
ぐるりと見回し、勇人が頷く。
乗っていたの冒険者はこの4人。他の者は後方の輸送艦から、モナルコスで出撃する作戦になっている。
まずはカークランを含めた先発隊で誘き出し、その間にモナルコスの降下、突撃を行うというわけだ。
「敵も気付いているようだな」
呟くランディが見据える先には、奪還目標である砦が映る。
その手前に、遠目ながらアロサウルスらしき影が見えた。周囲にはデイノニクスだろうか。馬サイズの恐獣が確認出来る。
「歓迎準備は出来ている、ということですね」
「上等じゃあ! トカゲども、一匹残らず叩き潰してくれる!」
「よし、行くぞ!」
「おーぅっ!」
勇人の声を合図に、カロの駆るカークランは真っ先に飛び出した。
「おや、あんたか。向こうさんは今出たようだぞ」
操舵室へやって来たシャノン・マルパス(eb8162)に、振り向き答える艦長。
「そうか。では、こちらも行く」
状況を把握すると、シャノンはくるりと踵を返す。
「男二人だ、しっかり女を守ってやれよ」
「‥‥良く間違われるので慣れているが、私は女性だ」
上半身だけを振り返らせて指摘するシャノン。
「おっと、これは済まなかったな」
「なに、謝る必要は無い」
バツが悪そうに頭を下げる船長にそれだけ残すと、シャノンは改めて操舵室を後にした。
「先発隊が降下したようだ。こちらも出よう」
モナルコス格納庫に戻ってくるなり、シャノンは待機していた3人にそう伝えた。
「よーし、それじゃあみんな、乗り込めーっ」
報告を聞くなり、号令をかけながら拳を振り上げるフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)。そのまま、たたたーっとモナルコスに駆け寄っていく。
「ねぇ、ベアトリクス、セルナーの山脈を通り抜ける風の音は今どんな気持ちなのかな〜」
モナルコスの開いたハッチに手をかけながら、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が傍らに話しかける。
視線の先にはペットのエレメンタラーフェアリー。答える代わりにひらひらとベアトリーセの周りを舞い、共に制御胞の中へ入っていく。
「こちらは問題無い。いつでも行ける」
続き、スレイン・イルーザ(eb7880)、そしてシャノン・マルパス(eb8162)もそれぞれ搭乗を終えた。
「いっくよー!」
朝特有の光に包まれ、出撃する4騎のモナルコス。
それはどこか、勝利を予見しているようでもあった。
●激突する力
「はぁぁァッ!」
「グルァァア!!」
振るう巨大な剣は烈風を巻き起こし。突き立てる鋭い牙は大気をも噛み殺す。
いきなり一騎打ちとなったカッパーゴーレムとアロサウルスの攻防。戦いは、強いて言えばアロサウルスが僅かに優勢だった。
深く放つカロの一撃は、意外な軽さの身のこなしで直撃に変えられず、時には完全にを撫で。しかし反撃の牙は、致命的では無いまでも確実にゴーレムの装甲を剥ぎ取っていく。
時折の肉を裂く鈍い音と、装甲を剥ぐ硬い音が数度行き交い‥‥やがて。
「ゴァァアア!!」
がごンッ!
激しい咆哮と同時に、深く、重い振動が制御胞を大きく揺さぶった。
恐獣が噛み付いたのはゴーレムの首。それだけでも大きなダメージだが、恐獣はがっしりと組み合ったまま、更に装甲の奥へ牙を突き刺していく。
その振動、軋みは、制御胞のカロにもはっきりと伝わっていた。
‥‥が。
「この程度」
制御胞の中、カロは口の端を不敵に吊り上げ、
「まだ、まだァッ!」
吼えて、恐獣の腹へ抉り込むような拳を突き刺す。
「グルァゥッ!」
鋭い一撃に恐獣は牙を離し、痛みに悶えながら数歩後ろへ退いた。
同時に、
「っりァァアッ!」
カロの裂帛の気合は剣と重なり、雄雄しい力となって恐獣を狙う。ぞむっという鈍い音が剣に伝った。
「ギュリァアアゥ!!」
かなりの深手に、互いに傷を露出しながら闘争心をたぎらせる双つの巨体。
倒すも、倒れるも、あと一撃――
戦いは動から静へと切り替わった。
●反撃の時
「やれやれ。休み無しとは、冒険者も人使いが荒いねぇ‥‥精霊砲、準備はどうだ?」
準備完了いつでもいけます、との声にトロイホースの艦長は小さく首を振る。
「更にうちの野郎どもも働き者ときてる」
しかしだらけた顔も数秒。すぐに意識を切り替える。
「高度55、発射角−30! 鬱憤晴らしついでに壊しても構わん! ――精霊砲、発射!」
視界の端を覆う光と音。しかし冒険者達は振り向かない。何が起きたのかは皆が理解していた――即ち、フロートシップの援護射撃。
続け様の砲撃は再び砦近くで爆裂し、土や小石を巻き上げる。二発とも微妙に外しているが、敵に動揺を与える効果は十分。そして、多勢に無勢で前線を保たせていた先発隊にとって、それは反撃の狼煙でもあった。
立ち昇る土煙を突き破るようにして姿を現す、4騎のモナルコス。
「ティナルコスの力、見せてあげるよ!」
その先頭で。勝手に自分専用と決めたモナルコスを駆り、フィオレンティナが戦場に舞う。
「モナとは違うよ、モナとは!」
同じだ。
「同じじゃない!」
誰かに向かって叫びながら、手近なデイノニクスに狙いを定めた。
「さあ、こーい!」
挑発する。が、構えたハルバートの射程に、恐獣は飛び込めず。フィオレンティナも消耗を考え飛び込まない。共にしばしの硬直し――
それを最初に打ち破ったのは、第三の人物であった。
「どこを見ている」
振り下ろされる銀色の刃。それは虚空ごと恐獣の肉を切り裂いた。
「今だーっ!」
援護してくれた者の姿を横目で確認し、思わずそちらに目が移りそうになったが、ぐっと堪え。フィオレンティナは恐獣へ必殺の一撃を放った。
「ゲァッ!」
強大な威力の一撃に、恐獣は短い声を吐き、びくんっと一度痙攣してどさりと倒れた。
「俺を止めるなら、二対一を維持するべきだったな」
呟く援護者――ランディの背後には、地に伏せたもう一騎のデイノニクス。
「‥‥ふぅ。流石私とランディ、名コンビ!」
ランディによって騎乗者が昏倒させられたのを確認し、フィオレンティナが嬉しそうに顔を向ける。が。
「次だ」
肩越しにそれだけ言って、別の標的へと向かうランディ。
「あ、待ってよー!」
フィオレンティナも慌ててそれを追っていった。
●一心同体
「もなるこすの気持ち〜‥‥わかったかも☆」
のどかに、楽しそうに、制御胞内のミニモナルコスが声を上げた。
‥‥勿論、実際のゴーレムではない。声の主はベアトリーセ。モナルコスを模した防寒着を着込んでの操縦である。
暑そうな気もするが、ベアトリーセは気にしていない。
平然とデイノニクスに向かい、駆ける。
「乗り手と力を合わせれば当たるかもしれないですよ」
どこかのんびり言いながら、しかし操縦はきっちりと。
懐にまで踏み込むと、小さな動きで相手の体を振らせ、生まれた隙に死角からの一撃を叩き込む。
大きな傷は与えにくいが、元々モナルコスでは当てることも難しいデイノニクス。確実に当てる事が必要だった。
「ほらっ☆」
自慢げなベアトリーセ。
モナルコス型防寒着を着れば、モナルコスとの協調性が増加して動きが機敏に!
――などということは無いだろうが、気持ちの問題かもしれない。少なくとも、ベアトリーセの中では効果があった。思い込みとも言う。
「まだまだいきますよーっ」
張り切り、追撃を狙う彼女に、デイノニクスはよろめきから立ち直り、それを真っ向から迎え撃つ。
「ゲァアッ!」
「てーいっ」
二つの気合がぶつかり合って、戦いは第二局面を迎えた。
剣が裂き、牙が刺す。
近づき、離れ、数度互いに攻撃を交え。
先に気力が尽きたのは、デイノニクスの方だった――
「メイ鎧騎士の底力ですっ」
倒れた恐獣を前に、ぐっとゴーレムの拳を握る。制御胞の中でも同じポーズを取っていたのは言うまでもない。
●盾となり、矛となる
「ゲァァアッ」
「行かせはせん!」
がごぅん!
スレインの駆るモナルコスが盾を掲げ、デイノニクスを体ごと受け止める。
力比べのようにがっちりと身体を掴み、完全に動きを止めさせて。
「これで!」
その陰から、もう1騎のゴーレムが飛び出した。
操縦者はシャノン。スレインの脇をすり抜けて、動きを止められた恐獣の首筋に剣を振るう。
「ギュァ――ッ!!」
切り落とすには至らない。しかし、軽くないその手応えは、確実に致命傷足り得る。スレインは恐獣を離すと次の相手に――
「ゲァゥッ!」
振り向いたスレインの視界を埋めたのは、目前まで迫っていたもう一体のデイノニクス。
「ぐぅっ‥‥!」
体当たり、そして鋭い牙での攻撃。制御胞まで響く振動に、スレインは苦々しく歯を噛み締めた。
「大丈夫か?」
「問題ない。まだいける」
ゴーレム越しに短いやり取りを交わし、素早く離れたデイノニクスを屠る戦いの構成を組み上げていく。互いに連携の取り方は決めていた。
呼吸を合わせ、まず動いたのはスレイン。
「いくぞ!」
駆けるゴーレムはデイノニクスの正面から。先ほどと同じく視界を塞ぐように目前へ迫り、その身体を掴み取ろうとする。
しかし、相手もそれを覚えていた。罠にかかるまいと横へ跳び、続くシャノンを標的と定めた。
スレインの脇を駆け、追撃を狙うシャノンへ――
刹那。
「甘い!」
鋭い声と共に剣が走った。
脇を抜けようとした目の前にいたのは、他ならぬシャノンが駆るモナルコス。
一手先んじて攻撃を行おうとした相手に、しかしそれの更に一手先をゆき。出会い頭、相手が状況を理解するよりも早く、すれ違いに一閃する。
「ッッ!!」
不意な一撃に、声もなく悲鳴を上げる恐獣。追撃は、無慈悲にも即、やってきた。
●撃滅
「はァッ!」
勇人の繰り出す鋭い槍撃が、また一人のカオスニアンを地に伏せる。
「食らえ!」
その隣では、長身から繰り出すファングの豪快な一振りが敵歩兵の数を着実に減らしていた。
「くっ‥‥なんだ、こいつらは!」
敵の部隊長らしい一人が声を上げる。今やもう、部隊長の周り、勇人とファングを取り囲むカオスニアンの数は、二桁を切っていた。
「どうした、このギガントソードを恐れぬのなら、掛かって来い!」
ぐるりと一瞥しながら、ファング。その向けられた剣先に、思わず数人のカオスニアンが半歩退く。流石に、戦くのも無理はない。
「尻尾を巻いて帰るなら‥‥と言いたいところだが」
勇人は構え、にやりと不敵に笑う。ファングも剣を腰溜めに構え、
「この地へ攻め入った報いだ!」
「タダで帰すわけにもいかねぇな!」
同時に、左右へ分かれて大きく跳んだ。
跳躍の勢いのまま、勇人は手近な一人に先制の一撃を繰り出す。逃げ腰でその速さに対応出来るはずもなく、成す術も無いまま一撃を受けると、着地と同時に二撃目。
「まだまだ!」
あっさりと一人の意識をどこかへ飛ばし、流れるように次の相手へ向かって駆けた。
力と技と速さを以って、確実に一人ずつ打ち倒していく。
「はぁぁあああッ!!」
裂帛の気合と共に、全力で大気を薙ぎ払うファングの剣。それは不可視の衝撃波となり、目前のカオスニアン達へ襲い掛かる。
目に見えぬ、しかし確実な殺傷能力を持つ衝撃波。剣で受けることも出来ないそれに、カオスニアン達は何も出来ず、何が起きたのかも理解出来ず、ただ直撃を受けてその場へ崩れ落ちる。
その圧倒的な力の前に、カオスニアンの歩兵達は瞬く間にその数を減らしていった。
●砕く、力
対峙する双つの巨体、銅の巨人とアロサウルス。
少しずつ、空が完全な朝を迎えようとするのを感じながら、どちらともなく、踏みしめる足に力を込めた――刹那。
両者の頭上で、方向を誤った精霊砲の爆発が起こった。
「な――なんだ!?」
驚愕の声は、カオスニアン。
――指示を受けるよう訓練された動物は、指示が無くなった瞬間立ち止まる。それは恐獣でも同じ事。もちろん次の瞬間には自らの意思で行動するが、その「間」は、致命的な隙となる。
一瞬動きの止まったアロサウルス。戦闘に集中していたカロが、それを見逃すはずもない。
「そこじゃあッ!」
薙がれた剣は恐獣の身体をえぐり、残像の弧をその赤で染め上げた。
●奪還
「とりあえずは、こんなものだろう」
戦場となった一帯を見回して、ふぅ、と軽く息をつく勇人。
砦での攻防は、ようやく一先ずの終結を迎えた。
「これだけやれば、しばらくは相手も来ないでしょう」
剣を納め、ファングも同じく息をつく。
――砦奪還直後、僅かな間を置いて出現した増援は、幸い中型恐獣と歩兵だけ。傷つき疲弊しているとはいえ、大規模なものでもなく。ゴーレム搭乗者にはかなりの負担がかかったが、どうにか打ち倒した。
「連続戦闘は堪えるな‥‥」
「全くだ。撃退出来てなによりだが」
言葉を掛け合いながら、ゴーレムから降りてきたスレインとシャノン。疲労の色を滲ませながらも、安堵した様子だ。
それに続き、カロとモナルコス――もとい。防寒着から頭だけを外したベアトリーセ。
「んー‥‥っ、涼しい〜」
「新型は疲れも清清しいのう」
背伸びをしながら、ゆったりと吹く風を全身で受け止める。
残るゴーレム搭乗者、フィオレンティナは‥‥
「燃え尽きたよ‥‥真っ白にね‥‥」
ゴーレムから降りたところで、ぺたりと座り込んでいた。精根尽き果て、空を眺める目もどこか虚ろ。
だったが。
「あ!」
突然ばばっと立ち上がる。虚ろな目は急に生気を取り戻し、前を横切ろうとするランディの姿をしっかりと捉えていた。
そのままぱたぱた駆け寄っていき、
「ランディー、膝枕してー」
「断る」
即答された。
「えええー」
先ほどまでの疲労もどこへやら。抗議の声を上げながら、隣に並びついて行く。
数日後、無事に正規軍への引き渡しを終え、冒険者は帰途に就いた。
無事、依頼達成である。