●リプレイ本文
●画家レソー
「やーやー良く来てくれた。勇敢なる便利屋の諸君!」
「いや、言ってしまえば確かにそうなんだが‥‥」
出会い頭に早くもややげんなりとしながら、鎧騎士ガイアス・クレセイド(eb8544)が応えた。
「まあまあ。何にせよ、君たちが私の依頼を受けてくれたわけだね」
画家の性分なのか、パイプをふかしなが一行をじろじろと見つめるレソー。
「しかし、恐獣を描こうとはなんと無謀な‥‥」
「画家とはそういうものなのだよ。‥‥えぇっと‥‥」
「イレイズです」
指を差してから困惑するレソーに、イレイズ・アーレイノース(ea5934)が名乗る。ジ・アースから来落した、もはや老齢の神聖騎士である。
「ともかく! 私は、生の荒々しい恐獣を描くことで、生命の‥‥そう! 生命の力強さというものを伝えたいのだよ!」
「今、無理矢理考えていませんか?」
「さあ、いざ行かん! 崇高なる我が欲求のために!」
アルフレッド・ラグナーソン(eb3526)の突っ込みには聞こえないフリをしつつ、レソーは天を指差し高らかに叫んだ。
●馬車に揺られて
「先に言トくアルが、ワタシ恐獣料理しにメイ渡テ来たアルよ。従テ、デサン終わタラ速やかに恐獣料理に入りたいアル」
レソーの手配していた馬車内。レソーに改めて挨拶をする中、操 群雷(ea7553)はきっぱりとそう言った。
「こ、こらこら。なんということを言うのですか。そもそも、今回の恐獣は人に危害を加えたわけでも無し、それをむやみに倒すというのでは道理に反するというものです」
「ダカラ喰うアルね」
たしなめるようなイレイズに、群雷は平然と言い放つ。まあ確かに、食べるために狩るのであれば、それは人が人である以上、当然の業である。
「私も、恐獣料理には興味があるな。味を知ることで絵に一層の『リアリティ』が生まれる」
横でレソーも頷き、群雷に同調する。
「それニ、このまま放テ置いてモ、誰カに退治されるアルね。それナラ、喰テやる方が恐獣ノためアル」
「む‥‥それは、確かに‥‥いやしかし‥‥」
依頼人であるレソーの同意と群雷の言葉に、イレイズは自らの信仰と付き合わせて苦悩する。
「ソレはソウと、イるとイウ恐獣の特徴ハどんなのアルか?」
「ああ、それは‥‥」
「食物は天からの恵み‥‥いや、しかし‥‥」
話題が他のものへと変わっても、イレイズは目的地に着くまでの間中、うんうんと唸り続けていた。
●キャンパスの上の恐獣
着いたのは、まさに平原だった。一面に短い草が生い茂り、遮蔽物はほとんどない。
故に、視力さえ良ければ遠くの恐獣をあっさり見つけることも出来た。
「あそこにいるのが、目的の恐獣ですね」
アルフレッドの目線の先には、一体だけぽつりと佇んでいる獣の姿。草を食べているようにも見える。
「おぉ、あれが‥‥!」
「思テたヨリモ、大人しそうアルね」
遠めに見ても、円形の輪郭とのっそりとした動きから、あまり凶暴なようには見えない。
「まあ、ともかく近寄ってみるか」
近くで見ると、恐獣は多少それらしい見た目だった。背中には半円形のこぶが並び、頭部も同じく丸くは会ったが、いかにも硬そうなその頭と、恐獣としてはさほど大きくはないものの、それでも全長2.5メートル程。重量感のあるその体付きはやはり十分に威圧的だ。
「近くで見ると、迫力がありますね」
恐獣――ステゴケラスと呼ばれるそれは、20メートル程度まで近づいた今も逃げるでもなく攻撃するでもなく、ただ草を食べている。
「うむ、なかなかいいものが描けそうだ!」
アルフレッドの言葉に、興奮気味のレソーが大きく頷く。
「だが! やはりもっと躍動感に溢れていなければならない!」
「‥‥まあ、元々そういう依頼だしな」
ぐぐっと拳を握るレソーに、冷ややかに突っ込むガイアス。
「ともかく、もう少し誘き寄せましょう」
イレイズは保存食を取り出すと、恐獣の方に向かってぽいぽいと投げた。
落ちた保存食は草を鳴らし、それに気付いた恐獣も、のそりのそりとこちらへやってくる。
「で、恐獣は保存食を食べるのか?」
「さあ‥‥なんとも‥‥」
「もしかシテ、保存食じゃナク、ワタシ達狙テルだけ違うアルか?」
「‥‥レソーさん、危ないですから下がっていてください」
「おおおぉぉぉ‥‥来る、来るぞ恐獣が! これだ! この威圧感、この恐怖――私はこれをこそ望んでいたのだ!」
持参した木板にものすごい勢いでデッサンを描きはじめるレソー。
「‥‥聞いてないな。こりゃ」
「けれど、流石に画家、といったところでしょうか。早いし、上手い」
「彼への説教は後回しです。それより、前を!」
「ああ‥‥」
イレイズの言葉にガイアスが剣を抜き、構える。他の3人も各々獲物を手に取り――そこで、恐獣の気配が変わった。
ぴたりと動きを止め、警戒するように頭をもたげる
「危険には敏感のようだな‥‥」
下手なことをすれば、思わぬ痛手を受けるかもしれない。一行も動きを止め、恐獣の様子を伺いながら慎重に――
「ああ〜っ! ダメだ! こんなのでは話にならない! もっとだ! もっとアグレッシヴに! もっと躍動感をっ!」
「レソーさん、声を出さずに――!」
堪りかねて叫ぶレソーに、一行の意識がわずかに乱れた。恐獣はそれを好機と見たのか、意外なほどに素早く攻撃体勢を取り、猛然と突進を仕掛けてきた。
「任せるアルね!」
咄嗟に、突進する恐獣の直線状へと群雷が躍り出る。
盾と棍棒を構え、足を踏ん張り、一歩ごとにその勢いを増す恐獣を真っ向から受け止めた。
ゴゥンッという強烈な低い音が、一面の草原と体の芯に響き渡る。
恐獣の突進を正面から受けた群雷は、かなり後ろへ押されていたが怪我はないようだ。
「アイヤ、流石トンデモない力アルね。デモ、ワタシ負けないアルよ!」
受け止めた体勢から群雷はわずかに身を引いて、その反動から一気に恐獣を押し返す。
今度は逆に恐獣が衝撃を受け、弾き飛ばされた。恐獣はまともにバランスを崩し、転倒する。
「ホーリーフィールド!」
と、横手からイレイズの声が響く。
群雷が恐獣を止めている間に、アルフレッドと共にレソーの手を取り素早く横手へと展開し、術者の周囲を守る結界を張ったようだ。
「近場ですが、ここなら安全です。結界が攻撃を遮断しますから」
「む、そうなのか」
アルフレッドの言葉に、レソーは再び木板に向かった。が‥‥恐獣が起き上がる頃には、もう頭をくしゃくしゃとかき混ぜはじめていた。
「うぅむ‥‥やはりここではダメだ!」
「足りないところは想像で補うのです。恐獣が脚の力を溜め、襲いかかるその一瞬の動きをイメージすれば――」
アルフレッドがなんとかなだめようとするが。
「ダメだダメだダメだ! よもすれば逃げる間もなくやられてしまうという緊張感! 自らがそれを体感せずに、どうして絵で表現出来ようか!」
「守ってくれと言ったのは自分では‥‥」
天を見上げながらぐっと拳を握り固めるレソーに、イレイザは肩をすくめる。
どちらにしても、嫌がる相手が範囲内にいては結界を張ることが出来ない。
「仕方ありません‥‥私が守ります」
イレイザは剣と盾を構え、レソーの前へ――
「ダメダメ。それじゃ見えないじゃないか!」
イレイザは、とんでもない依頼を受けてしまったのではないかと激しく後悔した。
恐獣の攻撃は続いていた。今度はあまり距離のない位置から、跳ねるような頭突き。
「マダまだアル!」
群雷はこれを再び盾で受け止め、
「はァッ!」
鋭い気合と共に、ガイアスが後方から足の付け根を浅く斬った。全力で斬りつけることも出来たが、いきなり大きな傷を負わせたら意味がない。
「オオ、これデ前門ノ虎、後門ノ狼アルね」
群雷が一度距離を取るように後ろへ跳ぶ。と、恐獣はその標的をガイアスへと変更した。
「グガァッ」
威嚇の咆哮を上げ、群雷に対しても牽制、警戒をしながらゆっくりとガイアスへと向き直っていく。
「む‥‥来るか?」
「グルルルル‥‥グガァァッ!」
強靱な足腰のバネを生かしての跳ねるような頭突き。
「せいっ!」
一撃目、二撃目と綺麗に受け流すガイアス。
「おおっ!?」
まるで、闘牛と闘牛士を観ているような光景に、思わずレソーもうなる。
「おお‥‥おおお‥‥流れるような恐獣さばき! 肉と肉との強靱なぶつかり合い! どちらもいい、どちらもいいぞー!」
木版に何枚ものデッサンを描き上げながら、レソーは叫ぶ。
「もっとだ。もーっとだ! だんだん掴めてきた。掴めてきたがまだ足りん! これでは普通の上手い絵に過ぎんのだ!」
「依頼人サンも無茶言うアルよ」
「流石に、これ以上避け続けるのは‥‥ぐああぁっ!!」
一瞬の判断ミスがガイアスの身体を吹っ飛ばした。チャージをかけられた強烈な一撃に、一撃にしてガイアスが重傷を負う。
「おおおっ! 肉と鉄のぶつかり合い! 暴力的なまでの力! これぞ、これこそ! 私の求めていた恐獣の姿だ!」
ガイアスの穴を素早くイレイズが埋め、戦闘を続行する。同時に、アルフレッドがガイアスに駆け寄ってリカバーをかける。だが、間もなく今度はイレイズが吹っ飛ぶ。お目付役が居なくなり、ちょこまかと動いたレソーを庇っての名誉の負傷である。
重傷を負ったイレイズへ容赦ない二撃目が叩き込まれようとしたところで、アルフレッドのコアギュレイトが決まって、恐獣はその動きを呪縛された。
「流石に、このままでは危ないですね。何か方法を考えましょう」
呪縛した恐獣から十分な距離を取って、休憩と回復を図る一行。
「仕方ないですね。それでは私がミミクリーであの恐獣に化けることとしましょう。それを観てデッサンを描いてください」
「下手くそだな。これじゃ使えん」
ミミクリー完了から1秒。レソーは無情だった。
まあ、美術の素養など無い者のミミクリーなんだから、しょうがないのであるが‥‥
●恐獣は天に召された
結局、その後もレソーの無茶な用件を聞き入れつつ、危険な方法を続行してなんとか書き上げたデッサンは、彼らの血と汗の量に比例して、そこそこの満足度に仕上がったようであった。
無事デッサンが完成した後の彼らだが‥‥多少、恐獣に八つ当たりの矛先が向かったのは仕方ないと言えよう。
そして夜――
手際よく調理していく群雷の横では、それを感心したように眺めるガイアスと、静かに祈りを捧げているアルフレッド。そして、今日のレソーの無謀な行いの一つ一つを戒めるイレイズ。
デッサンが完成したことで一先ず満足したのか、イレイズの言葉を素直に聞き入れているレソーだが‥‥またいつか、同じようなことをやるのではないか。そんな不安がないでもない。出来うるなら、その時の冒険者に幸多からんことを――