●リプレイ本文
旅館菊野屋の2階、一番広い部屋では作戦会議兼鍋パーティーが開かれていました。
「こらー!そこまだ白菜早いー!」
「餅入れすぎるなー!雑炊にしにくくなるー!」
鍋奉行と化した陽小娘(eb2975)は的確な(?)指示を飛ばします。
「保存食をメインにいくつかの食材と調味料加えただけなのに鍋らしくなるものですね」
蓮露羽(ec0522)は素直に陽の腕前に感心していました。
「これでもお姉さんですからねー」
陽は胸を張りますが、自慢というより凹凸の無さを強調してしまいます。誰もが何かを言おうとして言えない妙な沈黙が走りました。
「奉行所には行ってきました」
沈黙を破ったのはレイモンド・チャーチヒル(ec0016)でした。
「勇太郎さんに動機が無いことや仕事着で犯行を行うメリットがないことを伝えたら、今後面会を許可されましたよ」
「それは大きな前進ですね」
十六夜りく(eb9708)はわざと大げさに叫びました。
「確かにそうですね。これで勇太郎さんとも事実確認が出来ますし」
十六夜の言葉を額面通りにとった瀬崎鐶(ec0097)は顔には出しませんが喜んでいるようです。そして淡々と白菜を狙っています。
「勇太郎さんは予約を受けて働いていたらしいですから、それでアリバイ証明ができそうですね」
レイモンドが言うと、周りも同意します。
「ではレイモンドは勇太郎の冤罪を晴らす方向で頼む。私は現場周辺の聞き込みを行おう」
桜乃屋周(eb8856)はそう言うと、白菜に箸を走らせます。それを見て瀬崎も白菜に箸を伸ばしました。
一方レイ・カナン(eb8739)は何を食べようか迷っています。そして迷っているうちに具材は減っていくばかりです。
「それじゃ私は菊野屋に関して調べてみるね」
ついに掴んだ餅をレイはおいしそうに頬張ります。
「私も子供達とかに話聞いてみるー」
いつの間にか再開された鍋争奪戦に出遅れた小娘は遅れを取り戻そうと箸を進めます。
「あと手がかりになりそうなのはなまはげの衣装、お面とかだね」
コトネ・アークライト(ec0039)は鍋に満足したのかすっかり御満悦です。
「それじゃ明日もがんばるぞー!」
ムードメーカーと化した陽は高らかと宣言したのでした。
レイモンドと瀬崎は勇太郎から預かった大晦日の予約表の模写をもとに1件1件を訪ねていきます。そして尋ねた結果は勇太郎の無罪を確固としていくものでした。予約を入れた店のほとんどがレイモンドを丁重にもてなし、勇太郎の冤罪を信じ、彼のための助力を惜しまないと言ってくれたからです。しかし同時に1つだけ条件が付けられました。
「悪いが表立っては手伝えない。しかし後方援助なら任せて欲しい」
それが本物の勇太郎と接した主人達の弁でした。表立って手伝えないというところがネックとなりますが、アリバイの証明もできました。戌の刻、勇太郎は別の場所で仕事をしているのです。
瀬崎は奉行所での証言を頼みますが、主人達はそろって渋い顔です。
「勇太郎殿は子供にとっては鬼なのだ。鬼らしく振舞っていただかないといけないんですよ」
「自分の国でいうサンタクロースみたいなもの、ですね」
なまはげというと馴染みは薄いですが、サンタといえばレイモンドにも親しみがあります。正体をばらすというのは確かに無粋なことです。
レイモンドは勇太郎の冤罪を晴らすことを約束したのでした。
桜乃屋と十六夜は菊野屋周辺の聞き込みを行っていました。はたから見ると美男美女の組み合わせです。お近づきになろうと嘘の目撃証言を言う人も、気後れしてなかなか話してくれない人もいます。
「なかなか進展をみせないな」
「何か間違っているんですかね?」
悩む2人に1つのアイディアが浮かびました。
「私達もなまはげに変装するか」
「あたしたちもなまはげになってみる?」
なまはげの気持ちはなまはげにしかわからないのかもしれません。2人は3秒ほど考えて自分達の考えを否定しました。
「やめよう、聞き込みどころじゃなくなる」
「誰も近寄らないどころか怖がらせたり、夢を見ていると勘違いさせたりしそうね」
2人は顔を見合わせました。犯人の狙いが判ったのかもしれません。
「なんでみつかんないんですの〜」
江戸の町にコトネの叫びが響きます。あれほど特徴のあるお面なのに作成者が見当たらないのです。
コトネは1日かけて江戸にいるお面作成者を当たりました。しかし作成者は皆、首を横に振ります。「そんなお面は知らない。そんな特徴的な面を作るのなら忘れるはずが無い」と言うのでした。
コトネには読心術の心得はありません。ですが作成者が嘘をついているとは思えません。嘘をつく理由も思い当たりません。行き詰ったコトネは休憩しようと御茶屋に入りました。多少お客さんのいる、それなりの繁盛店のようです。
「いらっしゃいませ〜」
娘さんがお茶を運んできてくれました。コトネはおしながきを見て何を頼もうか考えていると「決まりましたらお呼びくださいね」と娘さんは笑顔で去っていきました。
しばらく悩んだ後、当店おすすめというあんみつに決めたコトネは娘さんを呼びます。
「おきまりですか〜」
「注文お願いします〜、あんみつおひとついいですか〜。って、あれ?」
コトネはふと疑問に思いました。
「さきほどの方とは違いますね〜?」
「みんな似たような服着ているからじゃないですか?」
精巧な仮面は必要ないのかもしれない、怯えさせるだけで十分なのでは?そう思いつつコトネはあんみつに舌鼓を打つのでした。
陽、レイ、蓮の3娘は菊野屋中の人間に話を聞いて回ります。
「なんかわかったー?」
「殺害現場は大広間、その時は主人以外に子供6人と奥さんがいらっしゃったみたいよ」
「奥さんはなまはげのことを知らなかったようです。御主人から子供達を集めるように頼まれただけで詳しいことは何も聞かされていなかったとのことでした」
「小陽は何かわかりました?」
レイと蓮は期待を込めて陽を見つめます。
「子供達は年越しそば食べ損なったらしいーよ」
陽はどこまでも陽のままです。レイと蓮は生暖かい目で陽を見つめます。そこにジュディス・ティラナ(ea4475)と白翼寺 涼哉(ea9502)が顔を出しました。
「おてんとさまはまちのまんなかとまちはずれの2かしょをおしえてくれたのっ」
「検死の結果だが、得物は包丁で心臓を一突きだな。ためらった様子がないからよほど恨みを持ったものか殺し慣れているかのどちらかだろうな」
3娘は他の冒険者の帰りを待ってサンワードの示した場所に向かうことにしました。
8人は町外れに向かうことにしました。もう1つの候補地であった町の中心は奉行所、つまり勇太郎を示していると考えたからです。
目標地点に着いたのは日が沈みかけていました。どことなく寂しい、人気の無い場所です。付近を流れる川のせせらぎが妙に大きく聞こえます。
「川のせせらぎといえど夜に聞くと不気味なものだな」
桜乃屋は唯一の音源に足を進めます。他の人も続きました。すると1人の老婆がいました。冒険者に背を向けた格好で包丁を研いでいました。寒空のもと白い木綿服1枚しか着ていません。
「すまないが、この辺りで鬼の面を見たことはないだろうか?」
桜乃屋が声をかけると、老婆はおもむろに振り返り
「この面のことか」
研いでいた包丁を握りしめ、桜乃屋の心臓を狙います。不意をつかれた桜乃屋は何とか回避を試みますが、カスリ傷を負ってしまいます。
「仕留めそこなったか」
言葉こそ後悔ですが、老婆はどことなく楽しそうです。
「なまはげが人殺しすんなー!」
陽が木剣を振り回し突進しますが、老婆は包丁の背ですべて受け流します。
「悪い子を殺して何が悪い」
老婆は陽の足を払い、転倒した陽の心臓目掛けて刃を突きつけます。しかしかろうじて十六夜の短刀が包丁を食い止めました。
「ありがとー」
「感謝は私の草履にでも言ってね。それに状況はまだ打開されてないの」
老婆と十六夜が力比べをする形になりました。純粋な力勝負では十六夜の勝ちでしょうが、老婆は十六夜の力が逃げるように巧みに位置を変えます。
埒があかないと判断したレイモンドと瀬崎も攻撃に参加、老婆は左腕でメイスとオーラソードを受け止めます。辺りには骨の折れる音が響きました。
「おばあちゃん、ごめん〜」
内心攻撃したくないと思いつつもコトネはライトニングサンダーボルトを発動、続いて蓮がソニックブームを打ち込みます。これには老婆も応えたようで動きを止めてしまいます。その隙にレイが老婆に接触、小川の水も利用し老婆を凍らせたのでした。
陽は菊野屋の台所を借り、そばを作ることにしました。自分達の分と菊野屋の子供達の分もありますが、1つは老婆も分でもあります。
戦闘後、老婆はとくとくと語りました。自分が元忍者であったこと、変装用に仮面を作ることもあったこと、そして今は破門にされたことなどです。破門の理由を問うと、同僚からの嫉妬だと答えました。
「ワシが優秀すぎたんじゃろう、ひっひっひ」
苦笑とも失笑ともとれる笑い声です。
「それじゃ、なんで人殺しなんてしたの〜?」
コトネがおそるおそる尋ねると、老婆は一瞬だけコトネを見つめ言います。
「正月くらいは寂しく感じてしまうんじゃよ」
町の灯りに惹かれて出て行ったところで勇太郎を見つけ、なまはげ衣装で温かく迎えられる様子を見て羨ましかったようです。しかし怯えられて思わず手が出たということでした。
「菊野屋を選んだ理由は何かしら?」
「大きな旅館なら人が多いとおもっただけじゃ」
陽がそばを抱えて老婆の元にやってきました。
「だったらあたし達と正月を迎えましょー」
老婆の目に涙が浮かびます。
「ありがとう、お譲ちゃん」
「シャオヤンって呼んでくれないかなー?」
「いい名前だね、お譲ちゃん」
冒険者と老婆の笑い声が寒空に響いたのでした。
完