放火魔鬼火

■ショートシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 30 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月16日〜02月21日

リプレイ公開日:2007年02月19日

●オープニング

 多くの重要な建物の並ぶ町、京都。その多くの建物は木で作られています。木造だからこそ長い年月持ち続けることができます。しかし、時には脆くも崩れ去ってしまうときもあるものです。

 京都の町外れ、1件の家が火災に見舞われました。原因は火の不始末。暖を取るために使ったと思われる火鉢の火が完全には消えていなかったせいでした。加えて冬の乾燥した空気が拍車をかけました。原因は単純なものでしたが、火災のもたらした結果は単純には済みません。延焼を防ぐために壊された周りの家々にとってはいい迷惑です。優しい言葉をかける人もいましたが、基本的には辛辣な態度でした。
 そんな様子を1人の火消しは寂しそうに見ていました。勇作という新人火消しです。家を火事で失った主人と延焼防止のため破壊された家の主人達との人間関係が壊されていく様子は見ていて辛いものです。思わず同情しそうになりましたが、先輩に止められました。
「これからも火消しをするなら同情はするな」
 それが先輩の言葉でした。
「これからの人生、何人もの火事の犠牲者に立ち会うことになるだろう。その度にお前は墜ちていく人間を見ることになる。そんな人達をお前はすべて救えるのか?」
 先輩の言葉を自分の中で反芻させます。理不尽だと感じる部分は多々あります。しかし事実だと認めなければならないのでしょう。自分は英雄ではないのだから。
 そんなことを考えながら勇作が現場を去ろうとすると、1匹の鬼火を見かけました。火事の現場に鬼火、偶然にしては出来すぎている組み合わせです。勇作は思わず自分の目を疑いました。しかし次気付いたときには既に鬼火は見えなくなっていました。

 1週間後、また火災がありました。勇作にも出動命令が出されました。別におかしなことではありません。いつも通り延焼防止のため家を壊し、被害者が落ち込む様子を見てます。前回と変わりがありません。まるでデジャ・ヴを見ているような気にさえなりました。再び先輩の言葉が頭の中を過ぎります。
「これからも火消しをするなら同情するな」
 同情してはならない、同情すればいつかは自分も墜ちてしまう。確かに自分は英雄では無い。救える人だけを救わなければならない。
 そんな考えが頭の中を駆け巡ります。しかし答えは出ません。理性は火を消すことだけを訴えますが、感情では被害者も救いたいという考えを捨てきれないからです。
 勇作が思考の堂々巡りに陥っていると、再び見てはならないものを見てしまいました。鬼火です。勇作の目の前には間違いなく鬼火が浮かんでいました。勇作には鬼火の違いは分かりません。前回の現場にいた鬼火とは別者の可能性もあります。しかし勇作はその可能性にまで考えが行き着きませんでした。
「鬼火がいる。奴が放火をした。だから誰も悪くない。そう、誰も悪くないんだ!!」
 鬼火が犯人であろうと失われたものが返ってくる訳ではありません。しかし、被害者の人間関係には改善の余地が生まれます。
「あの鬼火が犯人なんだ!!」
 勇作がその名のとおり勇ましく吼えます。しかし、その時鬼火は再び姿を消したのでした。
「どこに隠れやがった」
 勇作は周囲を手当たり次第探します。しかし鬼火がいる様子はありません。それでも勇作は一心不乱に探します。
 やがて勇作の同僚が駆けつけました。勇作の咆哮を聞いて一大事だと思ったのでしょう。何人かは肩が上がっています。
「一体何があったんだ?」
「鬼火がいたんです。奴が今回の、そして1週間前の火事の犯人なんです」
 勇作は訴えます。しかし同僚はそんな勇作の訴えを一蹴しました。
「こんなところに鬼火がいるはずないだろう?いたら既に大騒ぎになっているさ」
「しかし俺は確かに見たんです。この目で。はっきりと」
 そんな勇作の様子を見た同僚の1人が勇作に言います。
「きっと疲れているんだよ。お頭には言っとくから、しばらくの間休みでももらっとけ」
 勇作は苛立ちを隠せません。同僚達を一瞥し、その場を後にしました。

●今回の参加者

 ea5062 神楽 聖歌(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

若宮 天鐘(eb2156)/ 白翼寺 花綾(eb4021

●リプレイ本文

「あなたが勇作さんですね」
 神楽聖歌(ea5062)は勇作の家に入り、勇作を確認します。顔色が悪く、やつれています。返事することも億劫になっているようです。
「こりゃあ職業病だね」
 白翼寺涼哉(ea9502)は勇作をそう診断しました。鎮静剤を出しますが、勇作は受け取ろうとしません。
「勇作、何もお前だけが苦しんでいるわけではない。俺も・・・・多くの患者を殺しとる」
 勇作の目に多少光が戻ります。
「全ての声を聞いてたら、助けるべき命が助からんぞ」
 白翼寺が杯を差し出します。勇作は一瞬の逡巡の後、それを受け取りました。神楽、ステラ・デュナミス(eb2099)、南雲紫(eb2483)もそっと溜飲を下げます。
「私達はお頭さんからの依頼で来た者ですよ。お頭さんは勇作さんのことを信じていらっしゃるのです」
「勇作が見た鬼火も捜索してほしいってことよ」
 ステラと南雲に勇作は軽く頭を下げます。
「ありがとうございます。何とお礼を言えばいいか・・」
「お礼はお頭に言ってください。私達はただの冒険者ですよ。まずは鬼火を見た場所を教えてくださいませんか?」
 ステラも杯を交わしながら勇作に尋ねます。
「火事の場所のそばだとは聞いていますわ。しかし今のところ目撃者がいないのが現実です。もっと絞り込んで探そうと思うのですよ」
 南雲も杯を受け取りました。勇作は何かを思い出すように考え込んでいます。
「詳しいことまでは覚えていませんが、両方とも人通りのない狭いところでした」
 狭いところに鬼火が入り込んだら、また火事になるのでは?神楽は考えましたが、声には出しませんでした。
「とりあえず今は動くしかなさそうだな」
 酒もそこそこにステラ、南雲は情報収集に向かいます。
「あなた達は?」
 勇作は疑問のまなざしで神楽と白翼寺を見ます。
「私達は交代要員です」
 神楽は断言しました。見張られていると知っては身体も心も休まらないだろうという彼女なりの優しさです。
「医者も兼ねているけどね」
 白翼寺の言葉に勇作は顔をしかめます。しかしお頭の顔を立てるためにも何も言いませんでした。一方、白翼寺も勇作の様子を見て多少の分別を取り戻したと安心しました。
「鬼火は見つかるでしょうか?」
「見つかるでしょう。あなたは見たのですから」
「南雲は鬼火を飼っているらしい。鬼火の生態にも詳しいだろう。まずは待つとしようではないか」
 勇作は2人の言葉に安心したのか、それとも酒が回ったのか、眠りにつきました。

 鬼火探しは難航しました。調査を始めてすでに3日経ちますが、目撃情報1つ見つかりません。
「予想はしていましたが、やはり目撃者がいませんね」
「となると見間違えですか?」
 ステラと南雲は火消しの方にも顔を出して、情報も交換しています。しかしここまで成果が上がらないと申し訳なくさえ思えてきます。
「共通点がないというわけではないんですけどね」
 ここ1週間で起こった2件の火事は両方とも夜に起こっています。他にも家の人が気付かなかった、火元は火鉢などの共通点はあります。しかし夜は毎日来ますし、それなりに裕福な家なら火鉢はあります。次に鬼火が出現しそうなところを考えても候補が山のようにあります。
「鬼火は火をよからぬ事に使おうとする者に襲い掛かるはずなんですけどね」
 鬼火が意図的に火事を起こすことはない、南雲は鬼火の飼い主として鬼火を信じています。
「火事の起こった家が火をよからぬことに使っていた可能性は・・」
 ステラは火消しから教えてもらった情報を思い出します。しかし、被害者が火をよからぬ方法で使ったとという話はありませんでした。
「最も被害者に罪があるのなら、勇作も多少救われるんだろうけどね」
 南雲が思わず溜め息をつきます。その時、2人の耳にけたたましい鐘の音が響きました。
「まさかまた火事ですか。まだ申の刻だというのに」
「3件目ですよ」
 2人は疑問を抱えつつも、鐘の鳴る方へと向かったのでした。
 
「火事、いかないと・・」
 出て行こうとする勇作を神楽と白翼寺が押さえつけます。
「あなたは今日休みでしょう?」
 しかし勇作は強行に行こうとします。日頃火消しとして鍛えるているためかかなりの力です。そこで白翼寺は勇作の腕を掴み手首を捻ります。
「殴りたきゃ殴れ、俺もこれで妻子を喰わせているんでな」
「お前ら、鬼火を探すんじゃなかったのか!!」
「鬼火はステラさんと南雲さんが探していますから、勇作さんはここにいてください」
「探すんだったら人手は多い方がいいだろうが!!」
 暴れる勇作に白翼寺は数珠を握らせます。
「今の勇作では役に立たんのだよ。お前にはその数珠の色が何に見える」
「炎だ。命も財産も飲み込み、人生を狂わせる地獄の業火の色だ」
 勇作は白翼寺を睨みます。しかし白翼寺は勇作の視線を受け流します。
「それは昔の女の形見だ。俺が落とした命と・・俺が流した血の色が詰まっとる。地獄が見えるのもあながち間違ってはおらんだろう」
 場に思い雰囲気が流れます。しばしの沈黙、それを破ったのは白翼寺のペット柴犬の子龍でした。
「どうした?」
 子龍は一向に鳴き止みません。神楽が外を見に行くと、そこには勇作も所属している組の火消しが子龍を追い払おうと必至でした。
「どうしたんですか?」
「近くで火事が起こったんだ。ここも延焼に巻き込まれるかもしれん」
 神楽も白翼寺も嫌な予感がします。しかし今は逃げ出すしかありません。勇作も連れて外に出ることにしました。
 
「神楽さん、白翼寺さん」
 2人が振り向くと、ステラと南雲が走り寄って来ました。
「これは一体どういうことかしら?」
 ステラと南雲に事情を説明します。2人も嫌な予感が走ったのでしょう。顔色が変わっていきます。
「意図的なものを感じますね。まるで勇作さんを狙っているみたい」
「俺を?だったら俺の家に火をつけるだろ?」
「逃げ出す時間が与えたかったのですよ」
 冒険者達はお互いの顔を見合わせました。そして白翼寺が勇作の鳩尾に掌底を打ち込みます。
「すまない」
「いいってことよ。俺がやらなきゃ誰がやる」
 白翼寺が勇作に肩を貸します。そしてあえて狭い路地を選んで入っていきました。他の3人は路地のそばを見張ります。
「ブレスセンサーなりサンワードなりほしいところね」
「今更言っても仕方ないだろ」
 南雲は音を立てないように剣を抜きます。神楽もオーラ魔法を準備します。
 どれくらいの時間が経ったでしょうか。どこかで犬の鳴き声が聞こえてきます。
「う、うわぁぁぁぁ」
 突然勇作が覚醒し、叫び声をあげます。
「奴が、奴が来る」
 しかし白翼寺の目には何も映りません。神楽、ステラ、南雲もです。それでも勇作の苦しみ方はひどくなっていきます。
「しっかり気を持て。鬼火など出ておらんぞ」
 神楽、ステラ、南雲は手分けして辺りを探ることにしました。3日間の調査で一切情報の出てこなかった犯人、ここで捕まえなければ次はいつかわかりません。いや、次があるかもどうかも分かりません。
「手当たり次第アイスブリザードを撃てればいいのに」
 辺りは住宅街、範囲魔法は使えません。
「敵もそれが考えなんだろう」
 南雲は剣を収め捜索に集中します。
「多くの街人と勇作さん、二重の結界を張って戦闘が出来ないようにしているのよ」
「しかも犯人は人ごみに紛れているってわけね」
 マイペースながらも神楽は腹立たしげです。
「こうなると空からも探した方がよさそうですね」
 街中で出すことはどうかと思いながらも、ステラは鷹のアラケルを放します。
「あんまり迷惑かけないようにね」
 アラケルは勢いよく上昇していきました。

 どれくらい時間が経ったでしょうか。一瞬にも一刻にも感じられるような時間が続きます。勇作は多少正気を取り戻したようですが、一人にしておける状態ではありません。
 必至に呼びかける白翼寺のもとに、白翼寺花綾(eb4021)のテレパシーが届きます。鳥とテレパシーしたところ、勇作を監視しているものがいるということでした。

 見張られているとなると迂闊に動くことは出来ない、白翼寺は判断しました。そこで花綾に神楽、ステラ、南雲にも伝言を頼みます。
「こちらに有利な点は花綾がいてくれたことだな」
 その代わり自分が動けないという口惜しさを感じつつも白翼寺は勇作の世話に徹するのでした。

 その頃、花綾から連絡を受けた3人はその男のいた建物を目指すことにしました。しかし若宮天鐘(eb2156)は首を横に振ります。
「もうそこにはいないぜ。テレスコープで確認してみた」
「逃げられたか」
 それでも神楽、ステラ、南雲はその建物に向かうことにします。
「唯一の情報源だからね」
 忌々しそうに南雲は言います。
「俺達はどうしようか?」
 3人は花綾と若宮に白翼寺への伝言を頼み、問題の建物に向かいました。
 
 その日の夕方、冒険者達はお頭に会いに行きました。
「勇作殿をお返しします、少しは使えるようになったでしょう。ただ・・」
 珍しく白翼寺の言葉が濁りました。
「みなさんの協力が必要になります」
 ステラが1枚の紙をお頭に渡します。
「犯人の似顔絵ね。その人が勇作さんに幻を見せていたの」
 犯人は宿屋の2階に泊まっていました。名前は田中一郎、顔は宿の女将が覚えていたものです。
 お頭は神妙な顔つきになります。
「こいつを見つけたら捕まえろと?」
「多分無理です。むしろ逃げてください」
 神楽が答えます。
「魔法には射程距離があります。その範囲から逃げれば大丈夫です。少なくとも3丈以上離れてください」
「宿屋と現場の距離がそれくらいあったものでな」
 最後の言葉を南雲が紡ぎました。似顔絵が出来た分進歩ではありますが犯人が捕まえられないのは口惜しいのでしょう。
「あとは勇作の心がけ次第だ。犯人はこれからも私達が探し出してみせる」
 冒険者達はお頭と誓いを交わしたのでした。