振り向けば誰かがいる

■ショートシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月23日〜02月28日

リプレイ公開日:2007年02月25日

●オープニング

 智が違和感を感じたのは15の誕生日のことでした。夜に家族と住み込みの従業員から祝いの席を設けてもらい、皆で食事を楽しんだ後のことです。智は深夜の自室で誰かに見られているような感覚に襲われました。
「まだ気分が高ぶっているせいなのでしょうね」
 智自身、自分が主役の宴ということもあって、多少羽目を外した感がありました。そのせいで後ろ髪が惹かれるような感覚を引きずっているのかもしれません。朝になれば治るだろう、そう楽観的に考えて智は再び布団に潜りました。

 翌朝、智はいつもより早く目が覚めたような気がします。しかし実際は普段に比べ半刻ほど遅い起床でした。
「どうしたんだろ、私・・」
 悩みたい衝動に駆られましたが、時間の余裕はありません。急いで身支度を済ませ調理場へと向かいました。
 調理場ではすでに母が支度に入っていました。智がいなかった分遅れてはいますが、十分間に合いそうです。
「申し訳ありません」
 詫びるより早く智は作業に入ります。言い訳を言っている時間があるのなら作業を手伝う、それが高梨家での家訓とされています。母のほうも智の遅刻を気にした様子はありません。昨夜の宴の件は母も承知していたので、大目に見たのでした。

 しかし智の寝坊は翌日も続きます。そして、その翌日も。母には寝坊するのと同時に智がやつれていっている様にも見えました。美しかった智の顔に、今では隈が見え始めてきたのです。さすがに母は不審に思い始め、父に相談することにしました。
「一度医者に診てもらうか、大事な時だしな。ただし従業員には内密に」
 母は店の用と偽り、智を敢えて遠くの診療所まで連れて行きました。

「寝不足じゃないんですか?」
 医者は智をそう判断しました。しかし聞きたいのはなぜ寝不足の原因です。
「失礼ですが、お母様が娘さんに心配をかけすぎているためではないでしょうか」
「それは確かにそうかもしれませんが・・」
 家庭の問題となると、医者にも原因を突き止めることは出来ません。むしろ母には原因となるような事柄が確かにあります。
「智、ひょっとして今度の婚約に反対なのかい?」
 診療所からの帰り道、母は智に尋ねました。しかし智はゆっくりと首を横に振ります。
「私は反対などしておりません。婿養子を貰うことも反対しておりません」
 その言葉に母は暗い表情をします。自分達に跡取りがいないことで娘に責任を負わせていると感じたためでした。

 その日の夜、母は父に診療所のこと、その帰り道での出来事を話しました。
「友がいなくなったことの責任を感じているのかも知れんな」
「そうですね。しかし友は帰ってきませんよ」
 武芸にも才能を見せた智の兄、友は先の戦乱で命を落としています。死者が帰るのは家ではなく、あの世なのです。
「となると冒険者とやらに相談してみるか」
 2人は顔を見合わせたのでした。

●今回の参加者

 eb1035 ソムグル・レイツェーン(60歳・♂・僧侶・シフール・モンゴル王国)
 eb1530 鷺宮 吹雪(44歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3297 鷺宮 夕妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

「仕方ないやん。このままやと智さん悲しむだけや」
「そうでしょうね」
 鷺宮夕妃(eb3297)は宿奈芳純(eb5475)と打ち合わせをします。智が幽霊に取り付かれている場合、その幽霊が友である可能性が高いというのが冒険者達の総意です。
「・・うちもふっきれな、あかんね」
 夕妃の言葉はそばにいる宿奈にさえ聞き取れないほどのか細い呟きでした。しかし夕妃自身には水のようにゆっくり浸み込んでいきます。
「私は智殿のお母上様にも話しを聞いてこようと思います」
「母親の方にも原因があるのですかえ?」
 宿奈の提案に夕妃は首を傾げます。宿奈はおもむろに首を横に振りました。
「原因というわけではありませんよ。ただお母上様もご心労も気になるのです」
 夕妃は声にならない返事をします。
「それに嫁入り前の娘様のそばに、男が長居するのはやはりよくないでしょう」
 夕妃はそう思いつつ宿奈の背中を見つめるのでした。

「悪い噂は無かったですね」
「しかし取柄も見つからなかったです」
 ソムグル・レイツェーン(eb1035)と鷺宮吹雪(eb1530)は智の婚約者の評価しあいます。2人とも渋い顔です。
「可もなく不可もなく、といった方でしたね」
「平和な世の中ならあのような方でもいいのでしょうけどね」
 今の京都は一見すると平和を取り戻したようにも見えます。しかしそれが仮初の平和であることを2人は知っています。
「厳しい評価かもしれませんが、あの方では智さんに得るものは無い気がします」
 ソムグルの頭の中では、今後の智への接し方をシュミレートしています。婚約者が頼りないため兄である友が出てきたという考えが頭に浮かんでいたからです。
「そうね・・」
 吹雪も言葉を濁しました。婚約者を知らないから不安になるのでは、さっきまで吹雪の考えていたことは悪い方に当たっているようです。教えない方がいいのかもしれない、今はそんなことを考えています。
「お父上は智さんに友さんのことを忘れてもらいたかったのかもしれませんね」
 ソムグルは何となく浮かんだ考えを口にしてみました。しかし口にしてみると、なんだか現実味を帯びているような気もします。
「しかしそれは・・」
 ベストではないがベターな選択肢、そう続けようとして吹雪は言葉を呑みました。教師としての吹雪は、今回の選択を認めています。表面上は平和になっても、それは仮初の平和。再び戦乱に巻き込まれれば、今の婚約者以上の人物が見つかるとは限らないからです。一方母親としての吹雪は納得しません。結婚は一生一度の大事な儀式、それを無難な所で済ませようというのはどうかと思うのです。
「友さんが生きているのが一番なんでしょうが、そうもいきませんしね」
 今生きている人たちが頑張って生きていこうと思えるようになれればいい、そのための最良の選択肢は何なのか。ソムグルと吹雪は頭を悩ませながら松野屋へと戻っていきました。

 ソムグルと吹雪が松野屋に帰り着いたとき、宿奈が智の母親のカウンセリングをしているところでした。障子越しに母親の嗚咽が聞こえてきます。居たたまれなくなったソムグルと吹雪は冒険者達の休憩所としてあてがわれた部屋のある2階へ足を運びました。
「おかえんなさいませ、やけに疲れているみたいやけど?」
 部屋では夕妃が2人の帰りを待っていました。
「智さんは?」
「あそこですわ」
 夕妃が窓の外を指差します。ソムグルが覗くと、そこには素振りをしている智がいました。
「鍛錬中は1人になりたい言われて追い払われたわ」
 吹雪は思わず頭を抱えます。ソムグルも智を眺めたまま物思いにふけっているいます。
「どうしたんや?」
 吹雪はソムグルを見ます。ソムグルはただ静かに頷きました。一度軽く深呼吸をして吹雪は婚約者のことを話し始めます。
「詳しいことは宿奈も来てから話すけどね」
 自分達が見てきたことを夕妃に話します。途中言いたいことがありながらも夕妃は最後まで一言も発しませんでした。何かに耐えるかのように唇を噛み締めていました、手を握り締めていました。
「・・というわけよ」
「どうするのが一番いいのか、正直判断しかねています」
 ソムグルの言葉が終るまで待って、夕妃は堰を切ったように話し始めました。
「そんなんあんまりや。みんながみんな何かを犠牲にしとるやん。そんな幸せマヤカシやないか。そこまでして手に入れる幸せに何か意味があるんや」
 夕妃の頭の中では両親のことがフラッシュバックされます。楽しかった日々、幸せだった日々、そしてもう戻らない日々。目の前で傷つけられていく両親、いつか動くことを信じて死体のそばで寝泊りした日々。夕妃の目には大粒の涙が溢れていました。
 吹雪が静かに夕妃を抱きしめました。ソムグルは眼下の智を見ます。彼女はまだ素振りを続けていました。一心不乱に汗を流していました。
 
 しばらくすると宿奈が上がってきました。
「お疲れ様です」
 吹雪が声をかけます。夕妃も何とか落ち着きを取り戻していました。
「お母上の方はどうでした?」
「やはり辛そうですね。母親として、女性として、人間として葛藤されているようです」
「母親と女性と人間ですか」
「詳しいことは言えませんが、今度の婚約を進めるか、相手を考え直すか、独り身でいくかということです」
 独り身・・夕妃は思わず言葉を飲みます。確かに選択肢としては存在するでしょう。しかしそれでは周囲に白い目で見られることになるに違いありません。
「兄を亡くした智さんが夫も亡くすようなことがあれば耐え切れないだろうという気持ちもお母上様にはあるようなのですよ」
「考えすぎですよ」
 ソムグルは言います。そう言わざるを得ませんでした。話を聞いているだけでやりきれない気持ちに襲われてしまったからです。
「悪い方に悪い方に考えすぎなんですよ」
 そうは言うものの語尾は薄れていきます。
「友さんが生きていれば丸く収まるんだけどね」
 吹雪の言葉が4人の心を締め付けていきます。真綿のように優しく、しかし徐々に強く。

 肝心の幽霊の方は一向に姿を現しませんでした。幽霊はもう出ないのだろうか、成仏したのだろうか。あるいは私達の存在に気付いて出てこないのだろうか。依頼期間が1日1日と過ぎて行く中、4人は苛立ちと焦りを感じていました。
 同時に幽霊が友であるのなら成仏して欲しい反面、一言智に声をかけて欲しいという気持ちもあります。
 親の身を案じ婚約する智、智の身を案じ悩む両親、智には最適と言えない婚約者。全てがふぞろいのパズルのピースです。
 
 しかし一方で婚約の準備は進んでいます。店の雰囲気はお祭り騒ぎ、本人達の意図を無視した形で進んでいます。
「もう止めようや、こんなの。やっぱり間違ってるんや」
 夕妃は耐え切れませんでした。精神的な暴力だとしか思えなかったからです。智を追い詰め、母を追い詰めている元凶とさえ見えてきたからです。しかし誰一人納得するものはいません。婚約は盛大に行うものだ、その一点張りです。
「間違ってるんやて、智さんもそう思うやろ」
 智は答えません。ソムグルも吹雪も宿奈も答えません。皆必至に何かを耐えているようでした。
「もういい。一緒に逃げようや」
 智の手を取り、夕妃は逃げ出しました。とっさに出来事に智を始め冒険者3人も対応できませんでした。

「申し訳ありません」
 吹雪はソムグルと宿奈に頭を下げます。
「いえ。仕方ないでしょう」
「娘さんを怒らないであげてください」
 吹雪にも夕妃を責める気にはなれませんでした。誉めることはできない行動ですが、逃亡こそが夕妃の本心なのでしょうから。
「仕方ない、そう仕方ない・・でしょうね」
 何かを反芻するように呟きながら、吹雪はブレスセンサーを唱えます。逃げることを責めるつもりはなくとも、智さんを捕まえなければ任務になりません。
「そう遠くへは行っていないようですね」
 3人は急いで智、夕妃を追いかけるのでした。

「ここまで来れば・・」
「大丈夫じゃないわよ」
 吹雪は短刀を取り出し、刃を抜かずに投げつけました。
 ソムグルは夕妃にデティクトアンデット、宿奈が智にスリープをかけます。
「どうしてここが・・」
「分かるに決まっているでしょう?わたくしを誰だと思っているのです」
 夕妃には笑うしかできませんでした。それをソムグルも宿奈も微笑ましく見ていました。
「智さんは無事ですやろか?」
「大丈夫ですよ、眠ってもらっただけですから」
 しかし智は動こうとします。
「動こうとしてますが・・」
 全員が身構えます。幽霊が憑依したと可能性を考えてのことでした。しかし攻撃が飛んでくることはありませんでした。
「ありがとね、智を連れ出してくれて」
 それは間違いなく智の声でした。しかし雰囲気は別人です。
「あなたは?」
「友と名乗っておくよ。智の戦闘部分担当だ」
 4人は顔を見合わせます。浮かんだ答えは1つ、別人格。
「普通の人より納得が早くて助かるよ。何か書くものを貸してもらえないかい?」
 驚きつつも吹雪が五色の筆を出します。それを借り受け、友と名乗る智は何やら書き記し始めました。

 親愛なる智へ
 兄は常に智の心の中で生き続けています。智は1人じゃないんだよ。
 僕のために生きる必要は無い。智の好きなように生きればいい。それが僕の望みなんだから。
 楽しく生きれば、また会える筈だよ  友より

「これを智に渡してあげて」
 そこまで言うと、智の肉体は再び眠りについたのでした。

「どう思います?」
「死者は蘇りません。恐らく智さんの中に居る友さんの幻想なのでしょう」
 ソムグルは空を見上げていました。智に手紙を渡すべきか思案しているようです。
「渡しましょうや。それが智さんの望みなんやから」
 夕妃の言葉に3人は静かに頷きました。

 数日後、4人のもとにシフール便が届きます。そこには智の幸せそうな花嫁姿が描かれていました。