●リプレイ本文
「あたしのぶりがぁ〜あたしのぶりがぁ〜」
まだ酒の抜けきっていないにも関わらず、椥辻雲母(eb5400)は相棒のフェアリー鴇揚羽共々馬を歩かせます。
「食べ物の恨みは怖いんだよ・・」
確かに食べ物の恨みは怖い、しかし椥辻の横を同じく馬で走る神子岡葵(eb9829)には椥辻がちゃんと戦えるかどうかの方が心配でした。
「あとは地面の問題だな。かんじきでもあればよかったが・・」
日が暮れかけてからの出発、捜索のことも考えると日が完全に沈む前には育造を発見したいところ。呀晄貳閻(ec1368)としては雪の上での戦闘を考えかんじきを用意したいところでしたが、時間はありませんでした。
代わりに馬を2頭貸してもらいました。しかし今1頭は貳閻が乗り、もう1頭は貳閻が引いていました。山の途中までは妹である呀晄紫紀(ec1369)が乗っていたものです。
「これも兄の仕事か・・」
紫妃は先行して育造を探すため山に入っています。雪山では馬をうまく走らせることができないため、紫妃が徒歩で行った方が早いと判断したためです。
「ブレスセンサーに何か反応があるわ。数は1つ、育造さんかもしれないわ」
3人はあたりを注意します。近くの草木が揺れました。
「育造君?」
「残念、私だ」
現れたのは育造ではなく紫妃でした。
「だが育造の場所は判明した。急ごう」
3人は示し合わせるように顔を見合わせ頷くのでした。
「あそこです」
紫妃が指差した場所には煙が上がっていました。
「狼煙かしら?」
「燻製にしている煙らしいです。もちろん狼煙や暖をとることも考えているのでしょうけど」
「燻製ですって」
椥辻が驚いたように叫びます。
「おいしそうじゃないの」
怒っているのか、喜んでいるのか判断しづらい叫びです。
「しかし燻製とは考えたな」
「でも小鬼達にも場所が悟られやすくなる」
呀晄兄妹の言うことは最もです。4人は足を速めました。
やがて髪を短く刈り上げ、ねじりはちまきを締めた男性が見えてきました。
「本当にねじりはちまきしているんですね」
初め聞いたときは疑っていた神子岡でしたが、実物を前に嘘だとは言えません。それに目の前にはブリがあるはずなのですから・・
「ブリは?ブリブリ、寒ブリブリブリ、ブリブリブリリン♪」
「3枚におろした」
「なんですって、骨とか捨てて無いわよね」
「誰が捨てるもんかい。捨てたりしたら高宮屋の連中にフクロにされてしまうぞ」
猟師の育造にとって骨を捨てるというのは愚劣な行為です。
「さすがに良く分かってるんだね。そのはちまきは伊達じゃないと見た」
はちまき仲間で共感を覚えたのか椥辻はすでに育造の横に座り込んでいます。
「燻製にしているのは万が一のためさ。それに半身は塩漬けにしてある」
「燻製も良さそうだが、それも旨そうだな」
おいしそうな会話が繰り広げられているためか、貳閻も思わず会話に参加します。
「おうよ。燻製だけだと料理の幅も狭くなっちまうしな」
「ところで問題の小鬼は?」
紫妃の問いに育造は顔を伏せます。
「とりあえず何とか撒いたはずだ。だが夜の闇でこっちも身動きがとれないけどな」
「それなら大丈夫よ。あたし夜目利くし、雪の上も少しは慣れているから」
育造を含めた5人は休憩を取った後、夜の山を降りることにしました。
「そういえば育造さん、怪我とかは無いかしら?」
下山途中、先頭を行く御子柴が育造に話しかけました。
「私は大丈夫ですが、タケミカヅチ・・私の相棒の名前ですね、こいつが怪我をしてしまいまして」
今は夜ということもあり、皆馬から下りて歩いています。育造としてはタケミカヅチに負担をかけたくないという思いもあるのかもしれません。
「一応ポーションは飲ませたが、できればゆっくりさせたいところだな」
「馬思いなんだな」
貳閻が言います。育造は首を横に振りました。
「当然のことだ。君だって妹は大事にするだろう?」
「ん、うーん、まぁ、そうだな」
貳閻は煮え切らない返事しかしません。紫妃が先行偵察に行って今この場には居ないにもかかわらず、です。
「妹以上俺未満かな」
「それどういう意味なのかな?」
椥辻の質問に答えるものは居ませんでした。
「これからしばらく行ったところに襲撃にいいところがある」
先行していた紫妃は小鬼の殲滅案を提案しました。
「敵をおびき出して一気に叩いてしまおう」
その方が今後の道程を楽にするのは間違いありません。しかしどうやっておびき寄せるかが問題になります。
「まさか、ブリを囮に・・」
育造の発言を抑え、椥辻がバックパックから強烈な匂いのする保存食を取り出しました。
「そんなときはこれだね」
椥辻が保存食の包みを解きます。周囲には思わず食欲を掻き立てる匂いが充満しました。
「これで子鬼達を寄せ集めるんだよ。そこを一網打尽しようよ」
なるほど、神子岡は納得しました。罠を設置すればさらに効果的かもしれません。
「では早速行動に移ろう。その保存食貸して貰えるか?」
「貸してって、返ってくるのかな?」
椥辻は言いますが、小鬼に食べ荒らされた保存食が返って来ることを期待してはいません。紫妃もお望みならば、と笑って言います。
「気をつけるんだぞ」
貳閻の言葉には答えず、紫妃は出かけていきました。
雪の中に軽く穴を掘り、保存食には石を縛り付けました。罠を最大限に活かすためには保存食は動かされない方がいいと考えたためです。
「あとは小鬼さん達が出てくるのを待つだけね〜」
餌に使っている保存食のせいか、冒険者達も空腹を感じていました。そこで高宮屋から貰った保存食を紐解きます。
「おいしい、おいしよぅ」
保存食であるため見た目の美しさは多少損なわれていますが、味は間違いなく本物です。しかも冒険者に渡すことを前提としているためか、簡単に食べられて腹持ちのいいもので作られています。
「さすがだよね」
椥辻は鴇揚羽とともに保存食に舌鼓を打ちます。
「この人達にブリを捌かせたらどんな料理ができるのかな?」
「きっと食べたこと無いほどおいしいものよ」
御子柴と椥辻は魂までも抜かれたかのように漂います。
そんな中鳴子の音があたりに響きました。
「距離は30丈といったところか」
「数は5ね。小鬼で間違いないみたい」
冒険者4人は示し合わせたかのように散開。育造は1人残り、馬の見張りを行います。
「あんたたちが、あんたたちがいたから・・」
間合いを取りつつ、御子柴はライトニングサンダーボルトの詠唱を始めます。
「刺身が食べられないじゃないのよぅ」
放たれた電撃が2体の小鬼を飲み込みます。しかしそれでも小鬼は進撃をやめません。
「ひょっとしたら小鬼も空腹なのかもしれんな」
貳閻は呟きました。雪山の中、食料を確保するのは困難を極めるでしょう。あながち間違ってもいないような気がします。
「だとしたら向こうも死に物狂いだな」
「だからと言って情けをかけるわけにもいかないでしょ」
いつの間にか接近していた紫妃が答えます。そして小鬼に接近していきます。
「その通りだ」
貳閻も彼女に続いていきました。
「遅い!!」
椥辻が小鬼の群れに突っ込んでいきます。
「悪かったわね」
背後から声がかかります。
「紫妃君に言ったつもりはないんだけどね」
「では俺か」
「貳閻君にも言って無いよ」
小鬼を倒しながらも3人は軽愚痴を叩きます。
「だが準備運動にもならんな」
「全くよ」
最後の1匹に止めを刺しつつ御子柴が答えます。
「酔い覚ましにもならなかったよ」
刀についた血を払いながら椥辻も言います。
「しかしこれで進路は確保できた。京へ急ごう」
5人は戦場を後にしたのでした。
「任務ご苦労様です」
高宮屋主人が5人を迎えました。しかし心ここにあらずのようです。
「育造さんも大丈夫そうで安心しました」
「その『も』にはブリも入ってますよ」
主人の背後で歓声が上がります。包丁を手にした板前衆が近寄って、もとい襲ってきました。
「すごい殺気ね」
「丸一日待たされたのだから仕方ないんじゃないかな?」
育造さんが板前衆にブリを渡します。燻製、塩漬け、骨と分けられたブリに板前衆は感心していました。
貳閻は馬を返す為主人に話しかけます。
「では馬を返しておくよ」
貳閻は踵を返します。
「折角ですからブリを堪能していかれては?」
「その分他の人の取り分が減るだろう?」
貳閻はそのまま姿を消します。紫妃もいつの間にか姿をくらましていました。