●リプレイ本文
「蔵を見たいと?」
冒険者の提案に飯村商店店主は露骨に嫌な顔をします。
「何故蔵を見たいのかね?」
いぶかしむ店主に天道椋(eb2313)は正面切って話の種のためといいます。
「この近所では貴店の漬物石が暴れるという噂で持ちきりですよ」
多少誇張した表現ではありますが嘘ではありません。現に甚平が噂をばら撒くことに紛争しています。
噂をばら撒くことで、民衆を味方につけようという作戦です。
「これから見学希望者も増えるかもしれませんよ」
見学希望者は帰りにお土産として漬物を買う可能性があります。それは当然売り上げ向上にもつながりますし、宣伝効果も兼ねられます。
「しかし聞こえは悪いだろうが、君達が他店からの間者だという可能性もある」
今回琵琶を持ってこなかった天道と今回食品関連の場所ということを考慮して化粧を薄くした西天聖(eb3402)以外は見学らしくないかもしれません。
「盾を装備したり、お面を装備したりしている人が単なる見学だと思えるほど俺もお人よしじゃないんだよ」
「この盾は護衛用なんだ」
勇貴閲次(eb3592)は弁解しますが、店主は聞く耳を持ちません。手を振って追い払う仕草を見せます。
「護衛だろうと何だろうと盾でも殴ろうと思えば殴ることはできるさ。その辺の木の枝や棍棒より固いんじゃないのか」
試したことはありませんが、固い可能性は高い。そう判断した勇貴は沈黙を余儀なくされます。
4人が沈黙したことに満足したのか、店主はその場を去ろうとします。
しかしここで逃げられては2度と蔵に入れないかもしれない、そう判断した宿奈芳純(eb5475)は発想を切り替えてみました。
「血がついたままの漬物石を使っていいのですか?」
店主は足を止めます。振り向いて宿奈の面の奥にある目を見つめようとします。どこまで宿奈が本気なのかを測ろうとしているのでしょう。
「とんだ言いがかりだな。蔵ではなく、奉行所へ案内しようか?」
店主の言い方はひどく辛辣なものでしたが、宿奈も引くわけにはいきません。むしろ店主の足を止めることに成功して一安心していました。しかし面が宿奈のあらゆる表情を覆い隠しています。
「では血のついた漬物石を手土産に持っていきましょう」
あまりの言葉の応酬に西天はハラハラしながら成り行きを見つめます。天道、勇貴も平静を装いながらも内心の動揺は隠し切れません。
「君は何としても私の蔵に血のついた漬物石があるといいたいらしいな」
「事実ですから。甚平さんの手には出血の後がありました。それは蔵のどこかに血の跡があるということでしょう」
店主はしばし考えましたが、4人が蔵に入るのを許しました。このまま話しても埒が明かないと感じたからです。
「さすがですね」
天道がそっと話しかけます。宿奈は『仕事ですから』と答えるだけでした。
「蔵に入る前に身体検査をさせてもらうぞ」
蔵の前まで案内し、店主は言います。4人は身体検査を受け入れました。信用されていないという気持ちもありましたが、仕方の無いことでしょう。店主は蔵にいた従業員を呼び出し、徹底的に調べさせました。
「武器は当然だが盾も預からせてもらうぞ」
「それは困る。万が一の時に対応できなくなる」
勇貴の持ち物には他にも投網や竿など釣り道具もあります。一見すると漬物とは関係なさそうなです。
「これは万が一のことを考えて・・」
勇貴は従業員相手にしどろもどろです。怪しんだ店主も勇貴のところまで来ます。どう説明するかに悩んだ勇貴でしたが、これは好機と感じたのか多少時間をかけて説明します。
それを見た天道は身体検査をしている従業員に甚平や漬物石について話を聞きます。
「ここの漬物は絶品らしいですね。何か秘密でもあるんですか?」
「秘密というほどじゃないですけど珍しい漬物石はありますよ。仲間内では御神体ならぬ御神石と呼んでますけどね。なんか親密感あるでしょ?」
「御親戚とかけたんですね」
「オチを説明しないでくださいよ」
従業員は照れくさそうに笑います。
「それでその御神石はどこにあるのじゃ?」
横で話を聞いていた西天も話に参加します。
「見れば分かりますよ。オーラ出てますから」
西天は自分も使うオーラ魔法を頭に思い浮かべました。確かに魔法によっては神のように見えるかもしれません。しかし石が魔法を使えるという話は聞いたことがありません。
「それじゃ今まで怪我したという人もいないのじゃろうか?」
「いませんねぇ。そのせいか怪我をしたということは神の祟りかという気もしますよ」
2人は考え込みます。祟りといわれてしまえば解雇されるのも仕方がないのかもしれません。
「おかげでおやっさん、店主のことですけどね、おやっさんも神経質になったみたいで。店の中がピリピリしてますよ。ピリッとするのは山椒だけでいいのにね」
2人はそっと店主をみます。さきほどの盾の件といい、確かに小さなことまで非常に気にしている様子があります。
「私が知っているのはそれくらいですね。っと武器は預からせてもらいますよ」
武器だけではなく、一応刃物にも使えるかんざしなども従業員が預かっていきます。
「盾や釣り道具は勘弁してもらえますじゃろうか?」
「大丈夫ですよ。しばらく怒鳴っていれば治まりますから」
天道は宿奈の方を忍び見ます。店主の性格を読み取った上で先ほどのような交渉をしたのだろうかと思わず感じてしまいました。
やっと解放された勇貴は小さく溜め息をつきます。
「お疲れ様じゃ」
「そっちの首尾は?」
「上々ですよ」
短いやり取りでしたが、情報交換はそれで十分でした。4人は店主に続いて蔵の中に入ります。
蔵の中は独特のにおいが充満しています。すっぱいような、塩辛いような、漬物らしいにおいです。しかも締め切っているせいかにおいがこもっています。
「見れば分かると言ってましたね・・」
店主の説明を聞きながら4人は注意深くあたりを探します。店主の方も4人の様子に気付いていたようで、適当にしか説明しませんでした。もちろん話せない企業秘密というものもあるのでしょうが。
「あれではないでしょうか?」
蔵の最奥、一番暗くなったところにそれはありました。岩とも言えそうなほどの大きな石です。石であるにもかかわらず威圧感さえ感じます。
「あれは私が生まれる前からあったと言われる漬物石だ。石は石だが、我が家の家宝だな」
さっきの従業員がいたら家宝ではなく家石といったでしょうね、そう思った天道は忍び笑いします。横から勇貴が肘で小突かれ、天道はあわてて居住まいを正します。
西天が問題の石に近付こうとしますが、店主はそれを制します。
「石には近付かないで貰いたい。怪我をされては困るからな」
店主は多少意固地になっているようです。本当はもっと近くで観察をしたいところでしたが、それは流石に無理だと感じられます。
しかししばらくすると4人は目が慣れてきました。石に見えたものは精巧な彫刻が彫られています。
「ニシキヘビみたいだな」
白い蛇が祭られている場所は数多くあります。これもその1種だと勇貴は考えました。
「何を元に彫ったのかは私も知らん。しかしこの石が私達を守ってくれている、そんな気がするのだ」
話し始めて気分が乗ったのか、店主は石について話し始めます。店主の注意力が減ったのを感じ、宿奈は石にテレパシーを試みました。
「眠い。我の眠りを妨げるな」
石から第一声は眠いでした。
「失礼しました。手短にすみますので2,3話を聞かせてもらえますか?」
帰り道、勇貴は使われることのなかった投網を残念そうに見つめています。
「いい漬物も食べた。珍しい経験もさせてもらった。それで満足するべきだろうな」
千枚漬に舌鼓を打ちながらも多少物足りなさを感じていました。
「とはいえ彫刻が本物の蛇じゃとは驚きじゃったよ」
西天も千枚漬をかじります。
「難題も前の先祖の代から大蛇に寝る場所を提供、大蛇がねずみなどを駆除する関係だったとはな」
「しかし甚平さんにはどう説明しましょう?」
天道が首を傾げます。
「間違って大蛇を起こしてしまったところを噛み付かれて、グラビティーキャノンを喰らったのでしょう?」
「大蛇はそう言ってましたね」
宿奈は答えます。しかし少しためらいがありました。
「しかし事実どおり伝えない方がいいでしょう。大蛇はあまり人に知られたくないようでした」
「だったら漬物を狙いに来た賊がいたことにするか。退治したが奥には警備用の罠を配置しているすればだれも近付かなくなるだろう」
勇貴は漁師スキルでも罠が作るのではないかという気もします。
「何よりこれ以上被害者を出さないようにしないといけませんね」
誰もはまらない罠を作る、最後まで不思議な任務を冒険者はこなすのでした。