作ろう菱餅 守ろう節句

■ショートシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月03日〜03月08日

リプレイ公開日:2007年03月10日

●オープニング

 冬の寒さも和らいできた暖かいある日、米問屋大田原屋では従業員一同が会し店主の号令を待っていました。
「皆のもの、用意はいいか」
「いいっすー」
「では、臼と杵を持てーい」
「了解っすー」
 従業員達は臼と杵の仕舞ってある小田原屋の倉庫へと猛ダッシュをかけます。
「何があるの?」
 店に異変を感じたのか、1人の少女が姿を見せました。店主の娘おきぬ、今年3歳になります。
「御餅をつくんだよ」
 店主の表情が急に柔らかくなります。
「餅は正月に食べましたよ?また食べるのですか?」
「今度は菱餅と言って特別なお餅なんだ」
「おいしい?」
「ああ、おいしいよ」
 おいしいものが食べられると聞いて、おきぬは舞うように店の奥へと戻ります。店主はその様子をほほえましく見つめていました。
 そこに番頭が現れます。店主の顔は再び商人の顔へと戻りました。
「もち米の準備整いました」
「よーし搗くぞ。杵を貸せい」
「しかし、持病のぎっくり腰が悪化するのでは・・」
 番頭が店主の行動を諌めようとしますが、店主は聞く耳を持ちません。
「心配するな、初めの一搗きだけだ。わが子のための菱餅を全て他人任せにするわけにはいくまい」
「それはそうですが・・」
 番頭は店主に杵を差し出します。店主はそれを受け取り、臼のところまで歩き、大上段に構えます。
 ぼきっ
 鈍い音が辺りに響きました。
「てんしゅー」
「心配するな、ただのぎっくり腰だ」
 店主は杵を杖代わりにして立っています。さすがに限界を感じた番頭が店主を店の中まで担いでいきました。

「どうだ、餅は上手くできているか」
 布団に横になりながらも店主は餅の事を心配しています。番頭を呼び出しそっと尋ねました。
「御安心下さい。我らは米問屋、米の扱いには慣れています。餅も同様です」
「そうか、とりあえず安心だな」
 そういいつつも店主は財布を取り出します。ずしりと重いです。結構な量の金子が入っているのでしょう。
「それで餅の護衛を頼め。やりすぎという気もしないではないが、念のためだ」
 番頭はしぶしぶと了解するのでした。

●今回の参加者

 eb9201 鳳 爛火(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec0916 轆轤躯吊 殺陋(26歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec1284 ランデル・ハミルトン(58歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec1368 呀晄 貳閻(35歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec1369 呀晄 紫紀(35歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ウェイル・アクウェイン(eb9401

●リプレイ本文

 冒険者が大田原屋に着くと早速、店主にかわって番頭が蔵へと案内してくれました。
「ここが問題の蔵、あれが菱餅の入った重箱ですね」
 餅の荒熱を取るためか重箱の蓋は開けられています。
「既に3色に染めています。あとは本番を待つばかりです」
 少し気になることのあった鳳爛火(eb9201)が番頭に尋ねます。
「おきぬさんには菱餅見せていいの?」
 番頭は首を横に振ります。
「お嬢様にはまだ雛壇さえお見せしていません。菱餅も当日まではお嬢様の目に入らないようにお願いします」
「厳重なのか過保護なのか判断しづらいところじゃのう」
 思わずランデル・ハミルトン(ec1284)が呟きます。
「まぁ確かに私もそう思いますけどね。今も従業員が何名か桃の花探しのたびに出かけております」
「桃の花?雛壇に飾るのか?」
 呀晄貳閻(ec1368)が多少呆れた様に言います。
「そうなんです。桃と橘の花を探して来いと。無ければ海外にでも行って来いとおっしゃる始末。健康な身体なら店主自ら探しに行かれたかもしれません」
 ここまでを一息で言い切って、番頭は決まりの悪そうな顔をしました。
「と私が言った事は内緒でお願いしますね」
 呀晄紫紀(ec1369)が思わず苦笑します。あの店主あってのこの番頭だと思いましたが口にはしませんでした。
「質問いい?」
 番頭の話が終ったのを確認し、鳳が軽く手を挙げます。
「盗まれないようにっていうのはわかるんだけど、腐らせないようにっていうのは具体的に何かあるの?」
「ワシはねずみか何かじゃとおもっとったが違うのじゃろうか?」
 ランデルが口を挟みます。しかし番頭は再び首を横に振ります。
「ねずみなんか出てきたら米問屋失格ですよ」
 確かにその通りでしょう。では一体何が心配なのか?貳閻は頭をめぐらせます。横では紫妃も考え込んでいました。
 しかしモンスター知識万能をもっていたランデルだけは思い当たることがありました。
「貴腐妖精じゃろうか」
 番頭は初めて首を縦に振ります。
「私も実物を見たことはありません。どんな格好をしているのかも、どうやって腐らせるかも知りません。しかし私達の天敵と噂されています」
「名前から言うと飛んで来そうだな」
 貳閻は想像を働かせます。それに対してもランドルが答えました。
「確かに羽はもっとったはずじゃ。加えて腐らせるためには接触することが必要だったと記憶しとるぞ」
 ランドルの知識に番頭が思わず唸ります。しかし唸らせるだけが冒険者の任務ではありません。すぐさま次の行動に移ります。
「では接触させなければいい。空を飛んでくるのなら、空に罠を仕掛けよう」
 紫妃が率先して罠作りを開始します。腐らせる原因として貴腐妖精の存在ははっきりしましたが、子供達が悪戯で盗みに来る可能性もあります。ロープで絡め取るくらいなら問題ないでしょうが、虎バサミのような刃物を使うものは避けなければなりません。罠に関しても吟味する必要があります。
「空には捕獲用の罠を作ってもよさそうだな。地面には軽く火薬でも仕掛けてはどうだ?」
 貳閻の言葉に紫妃も頷きます。しかしそれには鳳が反論。
「おきぬさん来たときにも引っかからないかな?」
 そこで冒険者達は自己紹介も含めおきぬに挨拶に行くことにしました。

 おきぬにも挨拶を済ませた4人は見張りの順番を決め、それぞれが行動を起こしました。
 見張りの順番に関しても多少問題がありました。夜目の効く呀晄兄妹が夜を担当した方が効率的なのでしょうが、2人はあまり良い顔をしませんでした。
「護衛なのだから光をつけても問題ないだろう」
 確かにそうかもしれません。盗みに入るのならもともと蔵の場所を知っているでしょう。子供達の悪戯なら夜に来ることはありえません。貴腐妖精が多少気になるところですが、撃退すればいい話なのです。結局分かりやすく女性陣が昼、男性陣が夜ということになりました。

 始め2,3日は何事も無く進みました。冒険者達への差し入れと称して、おきぬが何度か蔵に遊びに来る程度です。しかしおきぬの動向を伺うように子供達が観察しているのも事実でした。
 4日目子供達が動き出します。3日間観察していたためか交代時間まできっちり把握していました。気の緩む瞬間を狙って蔵へ強襲をかけます。
「今だ、かかれー」
 どこから持って来たのか木の枝を軍配のように扱い、1人の子供が指揮を取ります。大勢でかかれば1人くらい餅にたどりつけるだろうという考えのようです。しかしそれは所詮子供の浅知恵でした。
「ふぉっふぉっふぉ・・勇ましいが甘いのう」
 子供達は冒険者達の裏をとったつもりでしたが、子供達になめられるようでは冒険者は務まりません。ランデルがグラビティーキャノンを高速詠唱、蔵の門をくぐろうとする先頭の子の足下に衝撃波が打ち込まれました。腰を抜かす子供達、追い討ちをかけるように紫妃が地面に手裏剣を突き立て事前に準備していた火薬の罠の一部を発動させます。
「まだやりますか?」
 鳳が木刀を構え、貳閻はシャドウボムの詠唱に入っています。子供達はその場で土下座、壊れたレコードのようにごめんなさいを連呼します。
 その様子を見たランデルにスイッチが入りました。いつもより半歩大きく歩き、子供達に近づいていきます。目を輝かせながら、口の端をわずかに釣り上げています。
「まず法というものを説明しようかのう。法は人を守るためにあるもので破るためにあるものではないのじゃ。法といえば難しく聞こえるじゃろうが、約束だと考えればよかろう。親御さんとの約束、友達との約束これらも広い意味で法じゃ。守らなければ怒られることぐらい君たちにも分かるだろう・・(以下略)」
 ランデルの言葉は延々と続きます。何人かの子供がリーダー格の子供を恨めしく見たり、おきぬに助けを求めたり、鳳・貳閻・紫妃の同情を買おうと涙目で訴えたりしています。しかしランデルもやり手なようで、余所見をする子にはすぐさま小石を飛ばします。
「どこに小石を隠していたんでしょう」
「老人には不思議な力があると聞いたことがある」
 貳閻が真顔で答えます。紫妃は兄に見えないように苦笑を漏らしました。

 子供達が無事解放されたのは夕方すぎでした。それに関しても子供は夜更かしすべきではないというランデルの持論によるものでした。
「俺たち遊ばれていたのかな?」
「かもな。釈迦の掌ってやつだ」
 子供達は逃げるように蔵から去っていきます。中には「明日は仕返ししてやる」という強気なものも、「もう二度と来るもんか」と捨て台詞を吐くものもいました。
 女性陣はすでに交代の時間を過ぎていた訳ですが、帰るに帰られませんでした。
「子供達を残して帰るわけにはいけないからね」
「そうだな」
 仕方ないことと諦めて蔵を出ようとします。明日が最終日、最後まで任務を無事にやり遂げるという強い気持ちが2人を繋ぎとめていました。しかし突然2人は闇の中に閉じ込められていました。
 スリープをかけられたかと疑いましたが、意識ははっきりしています。それに音もはっきり聞こえます。しかし視界は不明瞭でした。何かが上空を通ったような感じがしたので紫妃は手裏剣を投げつけます。しかし当たったかどうかはわかりませんでした。
 鳳は自分の感覚を信じ重箱の方に向かいます。そこには既に貳閻がいました。
「目が見えなくとも音は聞こえるからな」
 サウンドワードを使い貳閻は自分の居場所を把握、敵の目標が菱餅なら自分をおそってくるはずと当たりをつけます。鳳も木刀を抜き、耳に全神経を傾けます。
「そこっ、距離5尺」
 貳閻の言葉に従い鳳が飛び出します。手ごたえ十分とは言えないものの、悪くは無いと感じていました。
 やがて効果時間が過ぎたのか、闇が晴れていきます。そこには数匹の貴腐妖精が罠にはまり、1匹だけ床に寝転んでいるという珍妙な図式になっていました。

「皆様方、ありがとうございました」
 昨晩の騒動を聞いてか、おきぬは冒険者にお礼を言います。
「店主殿に頼まれたことをやっただけだよ。腰の方はもう大丈夫なのかな」
 鳳の気遣いにおきぬは大きく頷きました。
「もう大丈夫みたいです。今日は雛壇を飾ると張り切っていました」
 張り切りすぎて再びぎっくり腰を起こしそうな予感がしましたが、鳳は口にはしません。
「ちと過保護な気がせんでもないが、何とも豪快な店主よのう」
 ランデルは頑張る店主の心意気に感心していました。
「おきぬ、甘えられるうちに親父さんに一杯甘えておきな・・人生何があるか分からないからね」
 おきぬは紫妃の言葉に首を傾げています。後半の意味が理解できなかったからです。しかし紫妃がおきぬの肩を叩いてやると、彼女は元気よく店主の下へ走り去っていきました。
「このまま素直に育ってもらいたいものだ」
 貳閻の言葉はどこまでも青い空に吸い込まれていくようでした。