燃やされた千羽鶴

■ショートシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月11日〜03月16日

リプレイ公開日:2007年03月18日

●オープニング

 春を待って旅立つ知人に千羽鶴を送りたい。旅の無事祈って鈴が折った千匹の鶴、それが忽然と姿を消しました。
「父上、私の千羽鶴知りませんか?」
「いやしらんぞ、しかし千羽鶴が飛んでいくはずはあるまい」
 通り過ぎようとした父親はふと考えたように足を止めました。
「ところでどこで鶴を折っていたのだ?見かけたことが無いぞ」
「・・離れです」
 何となく怒られる気配を感じたのか、鈴は小さくなります。
「無理はするなよ」
 父親はそれだけを言い、どこかへ行ってしまいました。

 鈴はさらに探し続けます。しかしなかなか見つかりません。途方にくれていると、ふと庭が目に入りました。
 地面が少し黒くなっています。まさかと思いつつも近寄ってみると、何かを焼いた後のようです。多少すすが残っていました。
「どうして・・誰が・・」
 鈴は声にならない叫びを上げます。

 それを見ていた父親は、何と声をかけていいものか判断しかねていました。 
 

●今回の参加者

 eb9531 星宮 綾葉(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb9547 篁 光夜(29歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec1285 字倉 水煙(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec1531 霧鳴 正宗(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「えぇ、はい、そうです・・お願いします」
 鈴は冒険者と話をしながらも、どこか集中できていないようでした。燃えカスを集めた重箱をひたすら見つめ、気が向いては空け、そしてまた閉じるの繰り返しでした。
 星宮綾葉(eb9531)は一瞬箱を取り上げようかとも考えましたが実行することはありませんでした。前を向いて欲しいという気持ちはありましたが、今取り上げても逆効果になるような気もしたのです。今は冒険者に依頼するだけ多少落ち着いているのかもしれません。
「心当たりはあるのか?」
 篁光夜(eb9547)の言葉に鈴は首を振ります。
「千羽鶴のことを知っている人は誰がいるのか?」
 霧鳴正宗(ec1531)の言葉にも首を横に振るばかりです。
 字倉水煙(ec1285)はそっと鈴の手を取ります。
「わしも手伝わせてもらおう。時間はまだあるのじゃから」
 鈴はしばらく動きませんでしたが、やがて一度小さく頷きました。
「よろしく・・おねがいします」
 その声はあまりに小さく、儚いものでした。
「大丈夫ですから、きっと。犯人にぎゃふんといわせてあげますわ」
 星宮が微笑むと鈴もやっと笑います。
 そこに父親が現れました。買い物に行って来るとのことです。
「タイミングが良すぎるな」
 篁は聞き込みも兼ね、父親を尾行することにしました。

 篁が尾行に行っている間、霧鳴はもう1つの可能性を探ることにしました。ヨーロッパに旅立つという冒険者が犯人ではないかという可能性です。
 とはいえ鈴本人に聞くのも躊躇われたので、使用人に話をしてみることにしました。
「今度旅立つ冒険者さんってどんな人なんだい?」
「ぶっきらぼうで、喧嘩っ早くて、すぐに手を出すんだけど何故か憎めない人だねぇ」
 使用人は口をそろえて同じことを言います。一重に切符のいいお兄さんという感じです。
「ただ物には無頓着だったね。実用性しか見てなかった気がするよ」
 1人の使用人がそんなことを漏らしていました。冒険者としては悪くないのかもしれません。戦うにしても移動するにしても持てる重量には制限があるのですから。
「でも・・」
 霧鳴には納得いかない部分もあります。おもわず鉄扇を握る手に力が入ります。
「贈り物は大切にするべきなんだよ」
 誰にも聞こえない霧鳴の独白でした。 

 しばらくすると父親が帰ってきました。何か包みを抱えています。
「おかえりなさい」
 背後から星宮が語りかけます。
「その包みは千代紙でしょうか?」
 疑問系ではありますが、星宮には分かっていました。篁が知らせてくれたのです。
「男が千代紙を買うのはおかしいかい?」
「おかしいことはありませんよ。ただ何に使われるか疑問に思っただけです」
「千代紙で鼻を噛むとでも思うのか?」
「思いません。折り紙をされるのだと思っています」
 どこかで鴉の鳴き声が聞こえます。物陰には紛れるかのように篁と霧鳴が2人の様子を見守っています。
「昔からの趣味だ。娘にも私が教えた」
「いい趣味ですね」
「ありがとう。話は以上だな」
 父親は去ろうとします。星宮には何と言うべきか言葉が見当たりません。見えなくなるところで霧鳴が言葉をかけます。
「何故燃やしたのですか?」
 ◆
 鈴は再び鶴を折っていました。字倉も横で手伝っています。
「あと950・・」
「鈴殿、それほど数にこだわらなくとも良いのではありませんか?」
「いや、数こそ重要なのです」
 字倉はあえて鈴が答えやすいような話題を選び、鈴の邪魔をしない程度に話しかけます。
「わかりました。冒険者殿が旅立たれるまであと2日でしたね」
「はい、あと2日です。それまでに完成させましょう」
 随分前向きになった鈴に字倉は安心しつつも、今度は鶴を折ることに執着しすぎている気もします。
 鈴の体調を気にしながらも足止め役としての役割を果たしつつ、字倉も鶴を折るのでした。
 ◆
「俺が何を焼いたと?」
 父親は目だけ霧鳴の方を向けました。
「調べはついています。茶汲みが話していましたよ」
 霧鳴の言葉を父親は鼻で笑います。
「君が言う茶汲みとは誰なのか俺には見当もつかんよ」
 父親は再び歩き始めます。霧鳴は急いで回り込み父親の進路を塞ぎました。
「どこに行こうというんだ?まだ話しは終って無いぞ」
「こっちには話すことは無い。失礼させてもらう」
 ここまで言われれば霧鳴もお手上げでした。横を通る父親を恨めしくさえ思えます。
「鈴に伝言を頼む。奴の出発は明日亥の刻だと」
 一瞬何を言っているのか分かりませんでしたが、理解できると途端に悔しくもあります。その時には既に父親は見えなくなっていました。
「敵に塩を送ったってとこか」
 篁が物陰が現れました。
「それだとあの人が敵だと判明したってとこね」
 星宮には何となく犯人が分かりました。
「男の人って不器用なものね」

 それから丸一日、鈴と冒険者達は鶴を折り続けました。睡眠は交代でとり、2度と燃やさせないように警戒しています。
 冒険者は鈴には何も伝えませんでした。父親がまだ犯人だという証拠が無いのですから。
「仮に本当だとしても、どうすることもできないじゃろう」
 鈴を寝かせるため星宮と霧鳴が退室したのを確認し、字倉が話し始めます。
「そうでもあるまい。依頼内容は犯人捜し、依頼自体はこなしたと言える。これはいわば事後処理だ」
 手を休めることなく篁が答えます。
「事後処理と言われれば確かにその通りじゃな。しかしこのまま放っておくわけにもいかんじゃろう?」
 篁が一瞬だけ手を止めます。
「それは・・そうだな。女の涙は見たくない」
 何かを考えているようでしたが、すぐに手を動かし始めています。
「ここにも不器用な男が1人いるようじゃな」
 字倉が小さく溜め息をつきます。
「聞こえているぞ。それに2人の間違いだ」
 2人は苦笑し、作業を再開しました。

「あの、私はもう大丈夫ですから」
 鈴は抵抗しますが、両腕を星宮、霧鳴に抑えられては逆らえません。
「さっきウトウトしてたじゃない。あんな状態で続けられるわけ無いでしょ」
「男2人が警備しているんだから燃やされる心配もしなくていいぞ」
 言葉による抵抗も無理と判断したのか、鈴はおとなしく寝床に向かいます。
「昔ね、母上が父上に千羽鶴を送ったらしいの」
 鈴が淡々と語り始めます。
「何でも不利な戦だったらしくて、父上も何度か危うい場面があったみたい。でもその度に鶴を思い出したらしいの。2人とも若い頃は肩を並べて折っていたらしいわ」
「ちょっと意外ですね」
 星宮が感想を述べると、鈴の顔に笑顔が浮かびました。
「でしょ?私もそう思うの。あの無骨な手がこんな小さいもの作り出すのですから」
 鈴が鶴を取り出し、しばらく眺めていました。何かを思い出しているようです。
「ところで母上は?」
 霧鳴が聞きます。父親には会っていますが、母親に会った覚えはありません。
「数年前病気で・・」
 一瞬固まった鈴でしたが、やがて鶴を懐に戻し歩き始めました。
「さてそろそろ寝ましょ。明日も忙しいのですから」
 3人は再び歩き始めます。

 鈴が寝付いたのを確認して、星宮は一度離れに戻ります。
「字倉さん、篁さんを借りてもいいかしら?」
 字倉は手を休め、星宮の顔を見ます。星宮も字倉の顔を見つめていました。
「四半刻でいいじゃろうか?」
「ありがとう」
 事情を察した篁がすぐに立ち上がります。
「気をつけてな」
 字倉が2人に声をかけます。篁が軽く手を挙げて答えます。
「女は器用なもんじゃのう」
 自分の前にある千代紙の束を見つめつつ、字倉は言葉を漏らすのでした。

「失礼します」
 星宮は父親の部屋を訪ねます。星宮の予想通り、父親は起きていました。鶴を折っています。
「贖罪ですか?」
 張り詰めた空気が流れます。篁は自分のナックルの握りを確認します。
「否定はしない。だが肯定も出来ない」
「どういう意味です?」
「私はただ旅立つ友人の無事を祈るだけだ。千羽折ることに数以上の意味は無い」
「ならばあなたの手元にあるものは何です?」
 星宮は父親の手元にある鶴の山を指差します。10や20ではすまない数です。
「娘の手伝いだ」
「鈴さんの、ですか。それとも亡き妻に対する言い訳ですか」
 完全に父親の気配が変わりました。篁が星宮の前に立ちます。
「今日はもう遅い。明日に備えて寝た方がいい」
 父親はそういうと2人に背を向けました。星宮はまだ言い足りないようでしたが、篁に諭されるように部屋を去っていきました。

 翌日深夜、月道の前で6人は行き交う冒険者の顔を確認します。鈴の手には何とか間に合った千羽の鶴が抱えられています。
 やがて鈴が駆け出していきます。他の5人も追いかけます。鈴が鶴を差し出していますが、冒険者は受け取ろうとしません。
「こうなることを予想していたじゃな」
 字倉が言います。父親は小さく頷きました。
「千羽の鶴は私を助けてくれた。しかし同時に妻の命を吸い取ったような気もする」
「友人と娘、あなたは娘をとったのじゃな?」
 父親は再び小さく頷きます。
「私は間違っていたのですかね」
「それはおぬし1人が決める問題じゃなかろう」
 字倉が鈴を指差します。しぶる冒険者、罵倒する霧鳴、見守る星宮と篁。何が正しいとは言えませんが鈴を思うのであれば鶴は焼くべきではないのでしょう。
 霧鳴が抜刀して斬りかかります。冒険者も抜刀し受け止めますが、やがて剣を納め鶴を受け取ります。
「送る手向けを断るってのは無粋の極みだ」
 まだ激昂する霧鳴に星宮は抑えます。そして冒険者の方に向き直ります。
「私達6人で折りました。だから千羽鶴の呪いで鈴さんが死ぬこともありませんよ」
 冒険者は父親を見ます。父親は三度小さく頷きます。
 冒険者は諦めたように鈴の頭を撫で去っていきました。
「これでいいのかな」
「娘さんの笑顔が答えじゃろうて」
 鈴はいつまでも冒険者を見送っていました。