【華の乱】町奉行所門番の裏切り

■ショートシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月30日〜05月05日

リプレイ公開日:2007年05月07日

●オープニング

 月が分厚い雲に隠され、江戸の街がいつも以上に静かに見えた。しかし光が無いためか街の変化が感じれらない。時間の感覚さえも狂わせる
 江戸の町奉行所、門番の1人斉藤隆康が耐え切れないようにもう1人の門番佐々木照義に話しかけた。
「お前、新田義貞の顔見たことあるか?」
 尋ねられた佐々木は呆れたように見返した。かがり火が斉藤の顔の輪郭を際立たせている。目が眼窩の窪みに隠れて影になっている。
「あるわけないだろ」
 真意を計りかねた佐々木は一番無難だとおもう回答をした。町奉行の門番程度が他国の大名に御目通りできるはずもない。家康公や信康公でさえ遠目で見られれば幸運なのだ。斉藤も新田義貞の顔を見たことはあるまい。
「俺も無いんだ」
 斉藤の返答は予想通りだった。しかしこの質問の意味が分からない。斉藤の顔がより一層影を帯びたような気がした。やがて斉藤の口元が動いた。
「顔を見たことが無い奴をどうして憎めるんだ。俺は義貞に恨みは無いぞ」
「それはそうだが・・」
 戦とはそういうものではないか、そう続けようとして佐々木は言葉を飲んだ。斉藤の真意が何となく見えたからだ。
「お前、源徳家を裏切るつもりか」
 2人の間に沈黙が走る。風が出てきたのかかがり火が揺れ始めた。
「裏切るつもりは無い。ただ疑問を感じただけだ」
「それが裏切りと同義だろうが」
 思わず声を荒げようとしたが、内容が内容。ゆっくり諭すように話し始めた。
「目を覚ませ。お前は誰の禄を食んでいるのだ? お前にも養わなければならない家族がいる。一家打首、市中引き回しの刑だってあるんだぞ?」
「だからどうした?」
 強い風が吹く、かがり火の炎が一瞬消えかけ、2人の間に闇をもたらした。
「それは江戸に源徳家あってのことだろう」
 今はいない、そう言いたいのだろうと佐々木は考えた。確かに今は家康公を始め多くの武将が江戸を離れている。しかしいつかは帰ってくるのだ。その時どれほどの怒りを買うかは計り知れないものがある。
「新田に滅ぼされるんじゃないか?」
「斉藤!!」
 佐々木は我を忘れた。空気が張り詰め、肌にまとわりついていた。佐々木の動き1つ1つに抵抗しているようだった。心臓の鼓動が聞こえる。思わず吐き気を覚えた。
「お前にそこまでの覚悟があるのなら、俺が相手をしてやろう」
 言葉にするのは辛かった。しかしここで見逃すわけにはいかない。友人として、町奉行所の役人として。佐々木は動悸が更に早くなったのを自覚していた。ゆっくりと槍を構える。穂先を斉藤の喉下に定めた。
「お前が俺を殺すのか。それほど俺が憎いのか」
「憎い、憎くないの問題じゃない。お前の思想は危険なんだ」
 斉藤も槍を構える。風のせいか雲が流され月が見え始めた。呼応するかのようにどこかで梟の鳴く声が聞こえる。
 2人がじりじりと離れ始める。お互いが手の内を知っているためか自然と間合いが定まってきていた。3丈、チャージングのための間合い。2人の仲を引き裂く一撃必殺の構え。
「あの世で待っていてくれ」
 先に動いたのは佐々木。まとわりつく空気、押し寄せる思い、すべてを振り切るように佐々木は駆けた。迫り来る斉藤の顔を自分の脳に刻み込ませながら。
「俺もその内そっちに逝くからよ」
 斉藤は避けなかった。骨を砕く鈍い音が響き絶命した。首が吹き飛ばされ、周囲に血の華が咲く。
 かがり火に照らし出される斉藤の死に顔は笑っていた。
「これで良かったんだよな」
 佐々木の言葉に答える者はいない、だが反応するかのように死体の懐から1つの巻物が転がり出た。一瞬躊躇したものの佐々木はその巻物を手に取り紐解く。そこには今まで源徳家が調べてきた江戸城地下空洞について記されていた。何故これを斉藤が?
「‥‥こんなもん持ってるから、お前も信じられなくなるんだよ」
 佐々木は巻物をかがり火の中に入れた。巻物に火がつき、煙を上げ始める。佐々木はその煙をしばらく見つめていた。

 翌日、奉行所は一時騒然となった。門番の1人が門前で死亡、もう1人は行方不明になっている。奉行所は佐々木が何かを知っていると見て捜索を開始。傷口、凶器、状況から見て佐々木が犯人だとしか考えられなかったが身内ということもあり、内密に処理するため時間は公になることはなかった。そして何故か斉藤の所持していた巻物も見つかることは無かった。
 
 その時佐々木は1つの思いに捕らわれていた。巻物から昇る煙を見ながら、巻物の出所と斉藤が何故あんな事を言い出したのかを調べることを決意した。
「これが俺のできるお前への償いだ」
 佐々木は事後を頼む依頼を冒険者ギルドに出すと、江戸城に潜入した。

●今回の参加者

 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1476 本多 空矢(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec1942 ミケヌ(31歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

月村 稍(eb1049)/ 本多 風漣(eb1768)/ レア・クラウス(eb8226)/ リスティア・レノン(eb9226

●リプレイ本文

 アラン・ハリファックス(ea4295)と本多空矢(eb1476)は身の丈6尺を越す体躯を長屋の影に押し込んで佐々木邸の周囲の様子を見ていました。
 まだ日は高く太陽を覆うものは無い、隠密任務を行うには最悪の天候でしょう。しかし今回は依頼人の妻子との接触が目的、その妻子には連絡がいっていないため仕方のないことでした。半身を長屋の影から出して佐々木邸の様子を伺うと、すでに帯刀した侍らしきものが1人周囲を警戒しています。
「さすがにそう簡単にはいかんか」
 右手に槍、左手に勾玉、懐に依頼書を確認し、アランは1歩を踏み出します。本多もそれに続こうとした時、見張りの侍が警戒しているのではなく1点を凝視していることにアランは気付きました。その視線を追うと先には江戸城があります。得心、アランには侍の考えていることが分かったような気がします。
 多少の同情を感じつつも手伝いに来てくれたリスティア・レノン(eb9226)のアイスブリザードが近くで発動し、見張りはそちらの方に向かいました。見張りが不在の間にアランと本多は佐々木邸へと入っていきました。

「どなたさまです?」
 奥のほうからパタパタと足音が聞こえてきました。呼応するかのように赤子の鳴き声も近付いてきます。嫌な予感がしましたが、アランも本多も引き返すことはできません。足音の到着を待つことにしました。
 現れたのは多少ふっくらとした感じの落ち着きのある女性でした。今まで家事をやっていたのか割烹着を着て、背中に赤子を背負っています。本多は一瞬躊躇しましたが、アランは用件を切り出しました。
「佐々木照義さんの奥方とお見受けする。照義さんから伝言だ」
 懐から依頼書を取り出し、奥方に渡します。奥方の背中では赤子が依頼書を奪うように必死に手を伸ばしていました。
「離婚して欲しいそうだ」
 渡したのを確認した上でアランは話しましたが、奥方は依頼書を落としてしまいました。緊張が伝わったのか赤子も泣き出してしまいます。アランと本多はただただ見つめるしかできませんでした。
「男にとってやらなければならないこととは何なのだろうな」
 今は書類と引越しの準備が急務と判断した2人は奥方を励ましつつ任務を行います。
「動いていた方が気は晴れますよ」
 本多の言葉に多少思うことがあるのか奥方も腫れた目を押さえつつ、動き出しました。

 同時刻斉藤邸ではイリス・ファングオール(ea4889)が斉藤隆康の奥方と面会していました。着ている着物は質素でしたが、肩にかかる髪と優しそうな瞳は見るものを引き付けます。イリスは隆康さんに関して友人の佐々木から伝言があると言うことで座敷まで案内してもらいました。奥方はイリスにお茶を出してくれましたが、イリスはお茶に手をつけることなく時間だけが無情に過ぎていっていました。
 先に口を開いたのはイリスでした。あまり重い印象を与えないように、それでいて軽々しくも無いように言葉を選びます。
「旦那様のことですが・・」
「死んだのでしょう」
 奥方の声には多少の震えがあったものの、はっきりと言い切りました。しかし目は泳ぎ、手は服の裾を強く握り締めています。否定してもらいたいという思いと、受け止めなければいけない未来との狭間で気持ちが揺らいでいました。
「御存知でしたか」
 イリスは目を閉じ、奥方がどこまで知っているのか思いを馳せます。そんな思いが通じたのか奥方の方から話を振ってきました。
「夫は常々死に場所を探し、同時に自分のあり方を考えていました。先祖代々源徳家に仕えていたそうですが、本当に源徳家に仕えていていいのかという疑問を感じていたようです」
「そうですか」
 悩んだ上でイリアは巻物の事を話す事にしました。この奥方なら悪くはしないだろうと判断したからです。
「隆康さんは地下空洞の事を知らされ悩んでいらっしゃったようです。しかしそれでは自分の立場が危ういと感じられたのでしょう。最後は佐々木さんの槍を避けなかったそうです。死に顔も、笑っていました」
 奥方は笑顔を作りましたが、顔が強張っています。笑いながら泣いている目が無理をしていることを訴えているようにイリアには映りました。
「私にはデッドコマンドという魔法が使えます。あなたがお望みなら隆康さんの最後の言葉を聴くことが出来ますがどうしますか?」
 しばし悩んだ末、奥方はお願いすることにしました。イリスは奥方を心配に思いましたが、常に手伝うわけにはいきません。イリアは斉藤邸を後にしました。

 出発までの間、佐々木邸には何人か客が訪れました。その度にアランは玄関を確認できる位置まで移動し、本多は手を休めることなく玄関の方に注意を払います。主な客はやはり奉行所関係者。依頼人は人望があったらしく、奥方は殺害者の妻としてではなく行方不明者の妻として見られているようでした。
「本当に離婚しなければならないでしょうか?」
 奥方は2人に何度か尋ねました。始めは理解したうえでの肯定していましたが、3度4度と続くと2人も可哀相に感じ始めてきました。
「照義さんは離婚を望んでいる。そうしなければあなたにも危害が及ぶんだよ」
 アランも本多も説得しますが、繰り返すうちに奥方が抵抗し始めました。不審に思い始めた2人に奥方は心中を話します。
「私は死ぬまで照義さんの妻でいたいのです」
 奥方の目はいつのまにか充血し、それでも枯れることの無い涙が溢れています。しかし同時にその目には意志が宿り始めていました。戻ってくるかどうか分からない夫、戻ってきても殺人者としての未来しか残っていないでしょう。それでもまだ夫を愛している、奥方は2人に訴えます。
「照義さんの行動、俺には否定できん。だからこそ言うが夫を愛しているのなら最後まで夫を信じてやってはどうだろうか」
「背中のお子さんには殺人鬼の家族と呼ばせたくは無いでしょう」
 2人の説得に奥方が折れます。背中の子供はお腹が減ったのか奥方に必死に何かを訴えています。2人には赤子が奥方を励ましているようにも見えました。
 書類と引越しの準備が終ったのはもう深夜になっていました。

 斉藤邸から奉行所へと直行したイリアでしたが、死体はすでに埋葬されたとのこと。念のため奥方の確認を取ろうと再び斉藤邸へと戻ると、奥方からは条件をつけられました。
「私も連れて行ってください」
 話を聞くと奥方も死体は見せてもらえなかったそうです。話だけ聞くのではなく、実際に自分の目で確認したい。イリアは条件を飲み夜に決行しました。

 合流地点に先に着いたのはイリアでした。アランと本多の到着まで多少物思いに駆られていましたが2人と佐々木の奥方、子供を確認すると頭を切り替えます。
「御無事で」
 イリアが奥方に話しかけると、奥方はアランと本多に確認をした上で「お手数おかけします」と短く答えました。
「待たせたようで申し訳ない。多少問題があったんでね」
 アランは無意識に懐に手を当てます。そこには佐々木照義直筆の依頼書と奥方の離婚嘆願書が収められていました。奉行所に提出するまでアランが責任を持って預かることになっています。佐々木邸を出る時、予想通りというべきか見張りが待っていました。始めは襲いかかられましたが、本多がブレイクアウト+スタンアタックで応戦。アランの説得により奉行所は一時的に手を引いてくれたのでした。
「そちらは?」
「一応奥方も納得されたようです、斉藤さんの最後の言葉も伝えましたので。ただ最後の言葉が『家族へ、すまない』だったせいか奥方も辛そうでした」
 答えるイリアの方も表情が暗そうです。心配した本多がイリアのもとへ駆け寄りましたが、イリアが手で制しました。
「生あるものはいつかは死ぬものです。残ったものは死んだもののためにもいきなければならない、そういうものでしょう」
「そうだ。だから俺達は先を急がなければならない」
 本音としては依頼人の生死も気になるところです。しかし今はそれを確認する術がないのも事実。赤子を含め5人となった部隊は軽い食事とそれぞれの荷物、アランの戦闘馬ヴェネトに積まれた荷物を確認した後、再び出発しました。目標は伊豆、佐々木の奥方の故郷です。

 江戸の街を抜けたところで奥方は冒険者達に別れを告げました。アランの説得が効いたのか、役人が追ってくることもなく比較的楽な道程だったでしょう。依頼人はそれなりに蓄えもあったらしく、奥方達は無理な旅程を組まずにすんだのも1つの理由でしょう。加えてもう1点、奥方も1人で考えたいというのもあったようです。
「念のためリカバーかけておきますね」
 イリスがリカバーを詠唱します。肉体的負傷だけではなく精神的な負傷も治癒されること祈りをこめて詠唱された魔法で、優しい光が奥方の身体を包み込みました。見ている方も不思議と心が癒される光でした。
「旅の御無事を」
「この騒動が終ったらまた会えますよ」
「子供さんのためにもお元気で」
 奥方はどこか疲れた様子ではありましたが、それでも笑顔で答えました。それがこの依頼の中での最高の笑顔だったような気がします。

 後日、3人が奉行所へ離婚の書類を提出に行きました。そこで待っていたのは依頼人佐々木照義の悲報でした。