雨ざらしの死体

■ショートシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月11日〜05月16日

リプレイ公開日:2007年05月18日

●オープニング

 源徳が破れ、江戸に伊達が入るようになって数日。
 寝耳に水の突然の城主交代に、対応するには日も足らず、江戸の町民は大きな不安と癒されぬ心を抱えていました。
 上州の戦で源徳様が負けたらしい、と朧げな情報は入って来ていましたが、この時期はまだ源徳家の侍達でさえ右往左往していたので、武士ならぬ町民たちは酒場で不安を口にするばかりでした。
 伊達様に江戸を治められるのか、戦になるのではないか、鬼が来るというのは本当か、また町が焼かれるのではないか‥‥市民は疑問を口に出しつつも、仕方の無い言葉として酒と共に飲み込んでいました。
 どんな極上の酒でも不安をつまみにすれば下の下にしかならないものです。

 かすかに月の出ている夜のこと、江戸場末の酒場では店主が暖簾をかたずけようとしていました。もともとそれほど繁盛しているわけではありませんでしたが、最近は客が減り、閑古鳥が鳴く有り様でした。江戸もきな臭くなって来たので店を締めて他所へ行く事も考えていました。
 店主が暖簾をかたずけようと通りに背を向けていると足音が聞こえてきました。数が1つではありません、店主は客だと判断し振り返ることなく話しかけます。
「悪いけど今日はもう終いだよ。明日また来ておくれ」
 ははは・・店主の背後からは笑い声が聞こえてきます。不審に思った店主が振り返ると同時に唾鳴り音が響き、店主の額からは血が流れていました。
「俺達に明日は無いんだよ。あるのはこの刀だけなんでね」
 3つの足音が店の中に入るところで店主の意識は途絶えます。やがてぽつりぽつりと雨が降り、気温が下がっていっても店主が動くことはありませんでした。

 翌日、無残な姿となった店主の死体が近隣住民により発見されます。しかし奉行所には連絡されること無く、冒険者ギルドの方に連絡が行ったのでした。
「ああ、町奉行所も大変なようで‥‥うちもいつまで営業を続けていられるか。えーっと、それでは仕事は、店主を殺した犯人を探して欲しいと?」
 ギルドの手代に依頼料を聞いた住民の代表は呻き声を発して首を振ります。用意した金子では足りません。
「‥‥死体を、片付けてください」
「え、それだけですか?」
 手代は仕事を引き受けましたが、釈然としないので冒険者達に余分な情報を渡した。
「あの近くで源徳の落武者を見たという人が居ます。店主は刀で斬り殺されたらしい‥‥火事場泥棒ならもっと裕福な家を狙うでしょうし、怨恨の線は薄そうなので、おそらくは‥‥どうするかは皆さん次第ですが」

●今回の参加者

 ea3783 ジェイス・レイクフィールド(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5487 ルルー・コアントロー(24歳・♀・レンジャー・エルフ・フランク王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec2491 穴歩 林(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ec2545 松覇 勇(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec2546 ごつ ごっつぃー(30歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●サポート参加者

光翼 詩杏(eb0855)/ リーシャ・フォッケルブルク(eb1227

●リプレイ本文

 その日はまだ雨でした。昼間だというのに太陽は雨雲に覆われ、昨日から降る雨は強くなる事なく、弱くなる事も無くただ淡々と淡々と降り続いていました。店主の死体は仰向けの状態でもう雨の当たる感覚さえも感じることができないまま、空を見上げていました。雨のため腐敗が助長されたことも事実だが、雨のため血が洗い流されたのも事実でした。
「かわいそうですね・・・・」
 ルルー・コアントロー(ea5487)が呟きながら死体へと近付いていきます。雨が彼女を髪を通って頬へと伝わり、涙を流したかのように一筋の跡を残して地面に落ちていきました。死体のそばにひざまずき、そっと顔をなで目を閉じさせます。
「死んでまで泣いちゃだめよ」
 思わずもらい泣きしそうになるのを耐え、ルルーは笑顔を見せました。
「せめて安らかに眠ってください」
 エルディン・アトワイト(ec0290)は死体を毛布で優しく包み、ジェイス・レイクフィールド(ea3783)とともに愛馬へと乗せ、落ちない程度にロープで固定しました。ゆっくりと馬を走らせ、依頼人から聞いた埋葬場所まで移動を開始します。
「先ずは丁重に弔うじゃねーか」
 ジェイスは自分の手を見つめました。今は埋葬用にスコップが握られている彼の手ですが、普段は刀を握っているのも事実です。任務、自衛、言い訳をしようと思えばいくらでも言葉が浮かびますが、今はただ自分の思うがままに動こうと考えていました。スコップを肩にかけ、存在と重みを確かめるように一度力を入れてみます。スコップの確かな感触が命の重みであるような感覚に捕らわれました。
 止まない雨音に中に混じるように店内からの笑い声が聞こえてきました。それはどこか濡れながらも作業する冒険者達を嘲笑するようにも聞こえてきました。
「次はわすれねぇからな」
 ジェイスは背後になった店を睨むように見つめます。
「それじゃ負け犬の遠吠えみたいよ」
 ルルーがジェイスを軽く、しかし否定することなく諌めます。場が軽く和み、3人は冷静さを取り戻しました。

 冒険者達が埋葬場所に近付くにつれ、近所の人々が少しずつ増えていきました。
「私にも手伝わせてくれないか」
 断る理由の無い冒険者達は念のため依頼人に伺いを立て了承しました。
「親しまれていたのですね」
 エルディンは次第に増えていく人の波を嬉しそうに見つめていました。始めは冒険者3人だった参列者に依頼人が加わり、今では10人ほどにまで増えています。
「惜しい人をなくされたのですね」
 依頼人は静かに頷きました。
「いい奴ほど先に死ぬということなのでしょうか。最近、運命の悪戯を感じてしまうのです。悪貨は良貨を駆逐するというやつかもしれません」
 何が悪貨で何が良貨なのか、1人のクレリックとしてエルディンには頭の痛い問題ではあります。しかし今回の犯人は悪貨だろうと感じていました。
「生きていればいいこともありますよ」
 エルディンは右手で聖印を握り左手で依頼人の手を軽く握ってグッドラックを詠唱しました。エルディンを包む白く淡い光が左手から依頼人に移るようにして消えるのを確認してエルディンは手を離しました。

 やがて埋葬場所へと着きます。そこは墓というにはあまりにみすぼらしい、ただの空き地のような場所でした。
「本当なら荼毘してあげたいところだけど・・」
 未だ降りしきる雨をリリーは疎ましく見上げます。多少残念に思いつつも、他の人達とともに穴を掘っていきます。
 人手も多くなったためか穴を掘る作業にそれほど時間はかかりませんでした。しかし同時にこんなに簡単に作っていいものだろうかという依頼人には罪悪感に包まれました。
「穴が深けりゃいいってもんでもねーだろ」
 ジャパンの文化に精通しているわけではないジェイスの言葉でしたが、依頼人達にも何か感じるところがあったのか満足しているようでした。
 
 埋葬を終えた3人はその場に集まった人達から話を聞いた後、再び酒場へと戻ってきました。
「話には聞いていたが、まさか本当にまだ居座っているとはね」
 犯人達は逃げるでもなく隠れるでもなく、未だに酒場に居座り酒盛りを楽しんでいるそうです。
「罪の意識が無いのかもしれませんね」
「己の欲に負けてしまったということでしょうか」
 エルディンは自分にグッドラックをかけ、ルルーは弓の調子を確かめます。2人の準備が終了したのを確認し、ジェイスが罠に注意しつつも正面から酒場に入っていきました。しかし罠等は一切無く、3人の侍が酒の飲み比べをしていました。
「やっと来たか」
 侍の1人がゆっくりと腰を上げ、そばにおいてあった刀を掴みます。
「ここの店主を殺ったのは俺だ。せいぜい楽しませてくれよ」
 他の2人は刀を手にすることも無く、机をかたずけ始めました。どうやら戦える場所を作るつもりのようです。それが終ると隅の机に腰を下ろし、酒を飲み始めました。
「お前達、ふざけているのか」
 ジェイスが太刀を抜き切っ先を1人立っている侍に向けます。しかし侍は切っ先から放たれているはずの殺気をさも当然のように受け流し、他の2人の方に顔を向け笑い出しました。
「ふざけてんのはお前達だろ、江戸から源徳がいなくなったと思ったら伊達と奥州藤原に尻尾振りやがって。現時の後継者とか言い出す輩も出てきても俺達は知るかってんだ」
 対峙した侍もやっと刀を抜きました。ところどころ刃こぼれのあるその刀では、人どころか何も斬れそうにもありません。
「おっと刀に同情してくれたかい?それともこんな刀を使うなっていう怒りかな」
「ふざけないで。あなた達は罪を犯しているのよ」
 ルルーの叫びに対峙する侍は他の2人に視線を投げ、視線の先の2人はルルーの勇ましさに口笛を鳴らしました。
「ここの店主を殺したことかい?ここの酒を無断で飲んだことか?」
 一呼吸置いて続けます。
「それとも新田の兵を沢山殺したことか?」
 目に一瞬だけ殺気がこもりました。エルディンがコアギュレイトを高速詠唱、侍の口を強制的に閉じさせます。
「黙ってください」
 魔法の効果で動きは確かに封じられました、しかし相変わらず目は嘲笑の光を失いません。なかなか始まらない戦闘に焦れてきたのか観戦の2人が野次を飛ばし始めます。
「敵の動き封じたんだから一思いにさっさとやっちまえよ」
「何トロトロしてんだよ。一思いにずばばっとやっちまえばいいんだって」
 あまりの言い草にルルーの堪忍袋の尾が切れました。
「あなた達、仲間が死ぬっていうのになんでそんなに白状なの!」
 2人は顔を見合わせ、やがて諭すようにルルーに語りかけます。
「お嬢ちゃん、武士道って何か知ってるか?」
「武士道は死ぬことを見つけたりっていうんだぜ」
 2人は再び顔を見合わせ笑い始めます。ひとしきり笑った後で声を合わせて言いました。
「俺達を殺してくれ」

 冒険者3人は彼ら3人を殺すことなく奉行所に突き出すことにしました。1人自分から剣に突き刺さろうとする者までいましたが、エルディンのコアギュレイトの前に空しい瞳を浮かべたまま動きを封じられました。
「彼らもある意味被害者なのかもしれません」
 武器も防具も家柄も戦乱で失い、最後が撤退戦であったため死に場所さえも失った侍達。彼らは今後どんな道を歩むのか、今回と同じように犯罪に走るのか、それは当人達にしか分からないものなのでしょう。
「しかしだからと言って、犯罪に走るようじゃ同じ剣を使うものとして肯定するわけにはいかないな」
 ジェイスは今回の1件に不満を感じていました。エルディンの言うことを理解することはできますが、賛同はできませんでした。
「仲間や上司を失ったからといって、自分が死んでも死んだものは戻ってこないんだからな」
 ルルーは2人の意見を聞きながら、どちらに判断するべきか答えを出せずにいました。
「でも誰も死なないのが一番いいな」
 その意見には3人が同意しました。すると突然目が眩むような光に襲われます。
「やっと雨上がったんだ」
 長く太陽を隠していた雲が少しずつ空から離れて行き、太陽が顔を出し始めてきます。
「いつの間にか夕方になってんじゃねーか」
 折角太陽が拝めたというのに、あと1刻もすれば太陽はまた沈んでしまうでしょう。ジェノスは何となく残念に感じていました。
「しかし太陽はまた昇ります。あの3名の侍にも再び太陽が昇りますように」
 被害者、加害者両者に冒険者は祈りを捧げました。