●リプレイ本文
時間は誰にでもどこにでも平等に流れ、江戸の街にも時間が来れば夜の帳がおります。夏にはまだ早いにもかかわらず昼よりは多少柔らかくなったはずの熱気が風の無い夜の街に襲い掛かっていました。せめて心だけは涼しくしたい、そう思う大人達には絶好の怪談日和ともいえるでしょう。しかし子供がやるにはちょっと気が早いような気もします。
そんな子供達のちょっと危険な冒険。多少は目をつぶってもいいことなのかもしれませんが、親に墓掃除という見え透いた嘘をついてするべきことではありません。心痛の両親の元に3人の冒険者が訪れていました。
「墓ということですが、何か心当たりはありませんか?」
まだ落ち着きを取り戻せていない母親を気遣って、雲隠れ蛍(ec0972)は父親の方に問題の場所でもある墓について情報を聞き出します。
「乱のせいで正直墓といえるものはいくつか存在することになってしまっている。しかし子供達にも行ける距離で曰く付きとなるとあの墓場だろう、墓というにはあまりに可哀想なところだけどな」
父親の話では無数の死体が捨てられ、墓石を立てることさえできない人々が墓石の代わりに河原の石を積みあげてあるという寂しいところのようです。誰が始めたのか、いつから始まったのかが分からないためか個々人が勝手な妄想を掻きたて、噂だけが一人歩きしているようです。
「しかしその方がこわいんちゃう?」
子供のために握り飯を作っていた速水紅燕(eb4629)が厨房から姿を出しました。手には握り飯をくるんでいるだろうと思われる笹の葉があります。
「確かにそれはそうだけど、子供が行く場所にしては危険じゃないですか?」
「多少危険な方が子供にとっては興味があるってことやろうな」
墓の近くには石の拾い場にもなっている川が流れています。それほど急な流れというわけではないですが、夜間に子供が遊ぶ場所というにはふさわしくないでしょう。
「だいたい墓場というのが子供の遊び場じゃないでしょう」
母親は多少落ち着きを取り戻したもののまだ混乱気味のようです。その時ブロード・イオノ(eb5480)が聞き込みから戻ってきました。
「それほど心配する必要ないようよ」
ブロードがイリュージョンの詠唱を開始、友人達の家を回り聞いてきた情報を元に墓場の幻影を作り上げます。
「大体はあらかじめ聞いた話と同じみたいですけど、子供達には子供達独自の見方があるみたいなの」
そういいつつブロードは幻影の1箇所を指差します。そこは小川の近くの小さな穴でした。
「子供の1人が教えてくれたの。自分と荷物が入るぐらいの穴がある自分の隠れ家なんだそうよ」
へぇ、思わず感嘆の言葉を漏らしながら蛍は思ったままの感想を漏らします。
「よく教えてくれましたね?」
「それにはね、コツがあるのよ」
蛍を笑顔で見つめ返しブロードはゆっくり言葉を紡ぎます。
「隠し事をしている子供は結構目を逸らすものなの」
「なるほど、ではまずその穴を中心に探してみんとな」
速水はセブンリーグブーツを、蛍は韋駄天の草履を履き、ブロードは馬に乗って墓場へと向かいました。
できるだけ早く救出した方がいい、総判断した冒険者3人はまだ完全とはいえない母親を父親と援護に来てくれたヨーコ・バン(ea7705)に任せて墓場に出発することにしました。夜ということもあって視界が通りにくいという予想から速水と蛍はそれぞれのペットの犬に両親から借りた子供達の服の臭いを覚えさせます。
「とりあえず第一目標は小川の近くの穴ね」
そこで冒険者3人は穴に、援護の南天輝(ea2557)と城戸烽火(ea5601)は周囲の川や火を使った様子を確認することにしました。
幽霊などの可能性と地理的な不安を感じていた速水でしたが、ブロードの詳細な幻影のおかげもあって足場にはそれほど苦戦しませんでした。しかし任務は子供達の発見、念を入れフレイムエリベーションを詠唱しておきます。
「悠作君、静香ちゃんいないのかしら」
ブロードが名前を呼びながら辺りを見回しますが、反応がありません。
「ひょっとしたら幽霊が自分達をおびき出そうと考えているのかもしれません」
蛍がどこか楽しそうに言うのを速水は苦笑しながら聞いていました。そこに城戸から報告が入りました。
どうやら子供達は予想通り穴の中に隠れているようです。水に落ちた様子もなく、一度火を焚いたのか、多少焼け残った木の枝が残っていました。
「さてどうしますか」
すぐに助けることも悪いことではありません、しかし一度お灸を据えた方がいいのではないかというブロードと蛍の意見に速水が折れ、再び周囲の警戒に入りました。
「幽霊はいないと思うんやけど、警戒だけは確実にしとくわ」
ポーダーコリーとともに周りに注意を払いましたが、どうやら幽霊の類はいないようです。
ブロードと蛍はそばから子供達の様子を確認すると、妹が兄の懐に潜るような感じで寝ているようです。兄は妹を心配しているのか一生懸命周囲を警戒しているようでしたが、遠くから聞こえる川の流れが気になっているようです。
「まだまだですね」
「でも磨けば光るかもしれませんよ」
そんな会話を小声でしながら蛍は人遁の術を発動、母親の姿となって忍び歩きで子供達のもとへと近付きます。
「こんな所でなにやってるの!」
先に気付いたのは兄、しかし先に反応したのは妹でした。嬉しいのか怖いのか驚いたのかいきなり泣き始めました。一方兄は妹の鳴き声で我を取り戻し、急いで穴から出て妹をかばうような形で枝を構えました。
蛍はすぐに元の姿に戻り微笑みかけますが、兄は態度を崩しません。不審に思ったブロードも姿を現し説得しますが、それでも態度を崩しませんでした。
「お前達が幽霊の使いだろうが」
足元を震わせながらも必死にブロード、蛍の前に対峙しています。
「母ちゃんに化けるなんて、幽霊にはだまされないぞ」
今にも泣き出しそうなほど瞳に涙を溜めています。傍から見ればほほえましい光景でしたが、当事者達は笑うことができませんでした。そこに速水が現れ、握り飯を差し出します。
「君達のお父さん、お母さんから頼まれて助けに来たんや。一緒に帰ろうな」
まだ態度を崩さなかった兄でしたが、不意にお腹が鳴りました。それでも何とか我慢していると、妹の方が穴から這い出し握り飯を食べ始めます。
「これ、お父さんから預かったご飯や。お腹すいてるやろ食べて落ち着いて帰ろうな」
妹は握り飯を1つすぐに平らげ、戸惑いながら兄の方を向きます。
「お兄ちゃんの分も食べて良い?」
妹に毒気を抜かれたのか、兄も折れ握り飯を手にしました。
今までの疲れとお腹を満たされたこともあってか、子供達はすぐに眠ってしまいました。
「やっぱりまだまだね」
子供達を馬に乗せ冒険者3人は依頼人の家へと向かいます。しかし不思議なもので家に近付くと子供達は何を察したのか眠そうな目をこすりつつ起き始めます。
「僕、寝てたの?」
兄の言葉にブロードは笑顔で、そうねと答えました。
「凄い怖い夢みちゃった。さっきの墓場の近くの川から死体がでてきてさ、僕達の穴に入ってくるの。俺の住処を返せーっていいながら」
ちょっと考えた様子を見せたブロードは兄に見えないように片手で印を結びイリュージョンを高速詠唱、兄の言う死体の幻影を兄の目の前に登場させます。
「こんなやつ?」
兄は再び眠り込んでしまいました。
家に着くや否や兄は冒険者に礼を言うこともなく家の奥へと入っていきます。一方、妹はまだ眠いのかまっすぐ立っていられない状態でかろうじてお礼を言うと両親に支えられながら家へと入っていきます。
「ありがとうございました。子供達にもいい勉強になったと思います」
子供達が無事帰ってきたのに安心したのか、母親はやっと落ち着きを取り戻したようです。
「お疲れでしょう。狭いところですが今夜はゆっくりしていってください」
両親に薦められて冒険者は依頼人の家で夜を過ごします。翌朝、ブロードを見た兄の声が家に響いていました。