狸探し

■ショートシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月09日〜07月14日

リプレイ公開日:2007年07月17日

●オープニング

 緑生い茂る京都の夏、一人の少年が良質の木材を探していたが、森の中で迷子になっていた。右を向いても木、左を向いても木、どこをどう行けばいいのか完全に方向感覚を失い、少年は一本の木の下で座り込んでいた。
「村、どっちの方向だっけ・・」
 しかし言ったところで誰も反応するわけもない。少年の耳に届くのは風の流れる音と木々が揺れる音、ただそれだけ。どちらの音も少年はもう聞き飽きてしまっていた。変わらない風景、変わらない音、少年は次第に時間の感覚さえも失い、眠気に襲われ始めていた。
「ふあぁ」
 思わずあくびがこぼれる。少年がそのまま大の字で横になると、目の前の木々の緑が渦を巻いているように見え始めた。
「何か気持ち悪い・・」
 木々の揺れる音がやけに大きく聞こえる。少年は耳を塞ごうとしたが、不意に別の音を聞き取った。
「寝ているのか、少年」
 どこか凛とした響きのある声だった。答えるより先に少年が起き上がると、そこには緑の中に不釣合いな程白い着流しで切れ長の目をした男が立っていた。
「生きてるのか、良かったな」
 男は懐から巾着を取り出し、少年の目の前に投げた。
「すももが入ってる。上手いぞ」
 少年は恐る恐る巾着を手にし中を覗いてみると、そこには男の言うとおり直径一寸程のすももが二個入っていた。少年は男の顔色を伺いつつ、すももと男の顔を交互に見つめながらやがて一個を口にしました。
「おいしい」
「そうだろう。ジャパン中を旅してきたからな」
「二個ともいい?」
「構わんよ」
 少年は二個目のすももを口にして、ふと疑問が浮かびました。
「お兄さん、何してるの?」
 男はしばらく悩んだ様子を見せ、やがて答えました。
「狸探しかな」
「狸?」
 意外な答えに少年は思わず聞き返します。しかし男は薄く笑って頷きました。
「そう、狸だ。最近まで江戸に居座ってたはずなんだが、どこかに逃げやがった。眠ったようにおとなしくしてやがる」
「狸が寝るんだ」
 どこか楽しそうに少年は尋ねました。
「そうだ、欠伸も寝返りしない。おかげで探すのに苦労している」
「ふーん」

 少年は男に連れられ森を出た。その後近くの村で二人は別れ、少年は自分の家に、男は再び山の中に入っていった。少年の家では両親が夕食を作って少年の帰りを待っていた。
「そうそう、森の中で男の人に会ったんだよ。その人が助けてくれたの」
「それは何かお礼しないといけないわね。どんな人だったの?」
「狸を探す仕事、だと思う」
「毛皮でも作ってるんだろうな」

 その後、少年は狸探しの男にお礼するために木で狸の置物を作った。少年は置物片手に森に入ったが、その後男を見つけることは出来なかった。
「男の人、どこいったのかな?」
「・・」
 少年の寂しそうな顔を見ると、両親は自分の無力さを感じてしまっていた。その夜二人は相談して冒険者ギルドに話を持ち込むことにしたのだった。

●今回の参加者

 eb1591 キドナス・マーガッヅ(23歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 eb5431 梔子 陽炎(37歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec0548 ウェンペ(39歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec2942 香月 三葉(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

所所楽 柚(eb2886)/ 設楽 兵兵衛(ec1064

●リプレイ本文

 京都の小さな長屋に今回の依頼人である親子は住んでいた。父は彫師、観光客相手に土産物を売ることもあるが本来は仏像を彫ることを生業としている。当然子供は父の仕事の様子を今まで見ており今回見様見真似で彫ったのが狸の置物だった。
「よく出来ているな」
 見様見真似と本人は言っているが、細かいところにもきっちり細工はされている。門前の小僧と言うやつだろうとキドナス・マーガッヅ(eb1591)は考えていた。大きさは掌大、材質までは判断できなかったが見た目以上に軽かった。
「ありがとう。重いと仕事の邪魔になりそうだから材質もこだわってみたんだ」
 楽しげに言う子供。自分の腕が誉められたことが嬉しかったのだろう。
「その男の人のこと、詳しく教えてくれないかしら?」
 梔子陽炎(eb5431)の問いに子供が出した答えは「すももがおいしかった」だった。
「本当おいしかったんだよ。僕すももって初めて食べたんだけど、あんなにおいしいものだとは思わなかった」
 子供は笑顔満面で答える。よほどおいしかったのだろうとウェンペ(ec0548)は感じていた。しかしウィンぺが本当に聞きたいことは子供に聞くわけにはいかない、援護として参加している設楽兵兵衛(ec1064)も同じ気持ちだった。
「すももとは三河の特産物だったりするでしょうか?」
 カマをかけるつもりで聞いてみたが、子供は何を言っているのかわからないといった表情できょとんとウェンペを見つめている。
「三河って何?」
 尋ねてくる子供にウェンペはかろうじて「狸の名産地だよ」と答えたが、その様子を見ていた他の冒険者達は一斉に苦笑している。どうやら皆が三河の大狸のことを頭に浮かべているらしい。
 最後に香月三葉(ec2942)は子供から聞いた男の特徴をまとめて似顔絵を描き、男の行った方向や別れた場所を中心に捜索するという方針を決めて調査初日は終了した。

「三河はすももの名産なのか?」
 キドナスは前日のことを思い出してウェンペに尋ねたが、彼は首を振った。
「そうだったらいいな、という私の憶測ですね」
「やはりそうか」
 キドナスは昨日、所所楽柚(eb2886)に頼んで男の似顔絵を元にサンワードを使ってもらっていた。しかし結果は不明、おそらく森の中など日陰にいるのだろうというのが所所楽の弁だった。
「日向に出られない仕事か日陰者ってことでしょう」
 サンワードは有効な魔法ではあるが万能ではない、そう思い知らされたキドナスだった。
 まずは冒険者一同は子供が目的の男と最後に行ったという村に行ってみることにした。

 村に到着すると冒険者は村人からの情報収集とすももの捜索の二手に分かれた。村人からもすももの話を聞ける可能性も高かったが、サンワードで森にいる可能性も示唆されているため冒険者も森に入ることにした。
「それじゃよろしくお願いします」
 森に入るのはキドナスとウェンペ、聞き込みに回るのは梔子と香月、特に意味は無かったが男女に分かれる事になった。

 村はそれほど大きなわけではなく、二人で半日もあれば十分聞き込み可能だろう。二人は早速別れて村人一人一人に聞き込みを開始した。
「狸狩りをしている男を知らないか?白の着流しに細い目をした男なんだが」
 香月の描いた似顔絵をもとに聞き込みをしていくがなかなか目ぼしい情報にありつけない。そんな中情報をもたらしたのは宿屋の女将だった。
「その男ならよく覚えているよ、いつも皿にすももの種残していくからね。別に種を残しちゃいけないわけじゃないが、種ぐらい自分で処分したらどうだいって小言の一つも言ってやりたいもんだよ」
 いい機会だと判断したのか、女将はまくし立てるように愚痴を言い続けた。
「だいたいあの着流しはなんだい。こんな御時勢で白の着流しって正義の味方気取りのつもりなのかね。気になって職業聞いてみたら狸狩りだと、狸狩り。もうちょっと世のためになるような仕事をやれってもんだよ、この私みたいね」
 梔子は女将を顔を見上げると、彼女はさも楽しそうに語り続けている。よく観察してみると目を閉じているようだ。梔子は記帳簿の横に飾ってあった招き猫の置物を身代わりに宿の外へと逃げ出した。

 一方その頃香月は、消耗品を買いにくるだろうと予想して保存食などを取り扱っている店に来ていた。香月の読みは正しかったが、一つ外れたことがあった。香月のペット、トメキチさんが目立ちすぎることだった。
「その妖精さんみたいなのは何?」
 香月が誰かとすれ違うたびに同じ台詞を聞いていた。聞き込みをする上で相手から声をかけてもらえるというのは非常にありがたいことではあったが、なかなか本題を切り出せないことが問題だった。そしてそれは目的地である商店でも同様だった。
「その子、触ってもいい?」
 話を切り出す前に商店の経営者と思われる老婆が香月に話しかけてきた。トメキチさんは香月の方を懇願するような瞳でみていたが、すぐに老婆につかまり頭を撫でられている。
「可愛い子じゃのう、ワシにも欲しいくらいじゃ」
 老婆は香月を見つめる、その瞳は『この子をくれ』と訴えているようだった。しかし香月としてはトメキチさんを渡すわけには行かない、それ以上にトメキチさんが本題ではない。
「この人見ませんでしたか?」
 香月はトメキチさんを隠すように自分の書いた似顔絵を老婆に見せた。トメキチさんの見えなくなった老婆は露骨に溜め息をついたが、早くトメキチさんと再会するためにも唇を尖らせつつも似顔絵を手に取った。
「んーこの男どっかで見たぞ、何日か前にウチの店に来た気がするぞ。なータマや」
 呼ばれて出てきたのはかわいらしい三毛猫だった。

 森の中に入ったキドナスとウェンペはひとまず方角を確認、次に道の確認を行った。二人とも植物知識を持っているためか植物の生えやすそうな場所を一目で見ぬいて行っていた。しかし経験の差はあるらしく、キドナスが先行している形になっている。
「この辺り、あぶないな」
 森の奥のほうでは高い木々のせいで地面まで日光が届かない場所も少なからず存在する。そしてそんな場所に限って沼地になっていたりするものだった。森に住む動物達にとって水は必要不可欠なものではあるが、足を取られるのは好ましいことではない。基本的に沼地のそばは手付かずになっていることが多かった。
「わざわざ自分の身を危険に晒す必要はありませんからね」
 ウェンペは隠密知識を駆使しながら先行するキドナスの後を追っていく。今のところ罠らしい罠は見つかっていない、しかしそれが返ってウェンペを不安がらせていた。
 後方の気配が無くなったのを感じてキドナスは振り返ると、ウェンペが難しそうな顔をして立ち止まっている。
「どうした?」
 キドナスが声をかけると、ウェンペが近寄って耳打ちしてきた。
「この辺り罠がないんです」
「それが?」
 罠が無いと言うことは比較的安全と言うことである。整備された道ではないのであくまで比較的としていえないが、それでもわざわざ罠にはまりに行くのはおかしいとキドナスは考えていた。しかしウェンペの表情はまだ曇ったままだった。
「罠が無いと言うことは例の男もいないということではないでしょうか?」
 ウェンペの言葉をきっかけにキドナスは今まで歩いてきた道を思い出していた。整備されていない道、うっそうと生える植物、日陰に存在する沼地、確かにあまり手の入っていない証拠である。
「言われればそうだな」
 キドナスは思わず言葉をこぼした。ウェンペが空を見上げると、いつの間にか日が傾き始めている。
「続きは明日ですかね」
 森の中での夜は危険が多い。目的の男を捕まえるために夜入ることも冒険者達は視野に入れてはいたが、下調べ無しで入るのは死にに行くようなものである。それに情報収集の結果も気になっていた。
「まるで狐に摘まれたようだな」
 ウェンペも後方で『そうですね』と相槌を打っている。キドナスはどことなく安心感を覚えていた。
 やがて森の出口が見えてくる。歩を早めようとする二人、そんなときに二人は後方から肩を掴まれていた。

 その後、冒険者達は男を連れて京都へと戻ってきていた。森の中で遭遇した目的の男は少年の話をすると多少の逡巡を経て京都についてきてくれることになった。
「あまり面が割れるのは好ましくないんだがな」
 罠があれば存在がばれる、男は自衛のためにも捕獲のためにも一切罠は使わないということだった。
「よほど自信があるのですね」
 男は目を細めて笑う。
「そういうわけじゃない。ただ相手が狸なだけに化かされることを危惧しているだけだ」
 談笑をしていると、やがて少年の家が見えてくる。男を見つけた少年は、置物をかかえて走ってきた。

 その日の夜、香月は妖精さんにといって商店の老婆から渡された山菜や薬草で料理をつくっていた。
「できましたよ」
 香月の抱えてきた鍋を抱えて部屋に入ってくる。鍋からは湯気とおいしそうな香りが放たれていた。
「おいしそうだな」
 飛び出そうとしている少年を母親が押さえつけ、その隙に父親が蓋を開ける。多くの山菜と男が途中で釣ったという魚が旨そうに煮られていた。
「美味しそうな魚だね」
 梔子が男を見あげると、男は薄く頬を染めて言った。
「釣りくらいできねば俺はすでに三十回は餓死しているからな」
 狸狩りには釣り技能が必要、子供はなにやら感心した様子だったが母親は耳打ちする。
「多分嘘ですよ。三十回は言いすぎです」
 隣でウェンペと香月が頷きながら舌鼓を打っていた。
「ところで狸狩りとはどのような職業なのかしら?」
 問う梔子、しかし男は『職業上の機密でございまして・・』と口をパクパクするだけであった。