殺人集団、宮本武蔵
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■ショートシナリオ
担当:八神太陽
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月22日〜07月27日
リプレイ公開日:2007年07月29日
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●オープニング
神聖暦千と二年と七の月、一人の青年が主人を失った剣術道場の下座に座していた。昼には日の光が、夜には月の光が窓から零れ、青年の顔の皺を淡く照らし出す。年に似合わない程の深い皺だった。青年はただ眼前の上座とそこに掛けられた掛け軸を半眼で見つめている。
「常勝、か」
掛け軸に書かれた言葉、常勝。そこには敵だけではなく、自分にも常に勝利せよと言う意味だとかつて師匠が語ってくださったことを青年は思い出していた。それほど高名な人物の書ではないらしいが、躍動感のあるその文字は、見る人には恐怖さえ感じさせると言う。そして今、青年には恐怖に感じていた。書の背景に阿修羅王が描かれているかのような幻覚さえ見えていた。
青年の名は陸。幼少より剣術を学び、休むことなく道場に通い続けていた。しかし先月の雨揺る夜、陸の師と兄弟子は同時に通り魔の凶刃にやられた。犯人はその後捕らえられたが、死んだ二人が戻ってくることはない。事件から一月、陸は師と兄弟子の帰りを道場で待っていたが、上座に座るべき人物が帰ってくることは無かった。
「そろそろけじめをつけるべきですね」
いつまでも道場をあけておくわけにはいかない。門下生も少なからず存在している。実力的にも経験から見ても陸が師範代となるべきだった。しかし陸には今越えられない壁がある。師と兄弟子の存在だった。
「陸さんなら大丈夫ですよ」
門下生は陸を励ます、しかしそれは同時に陸の重荷にもなっていた。
一つの答えを求め陸が足を向けたのは、かつて出稽古でお世話になった道場だった。陸の知る限りでの師と兄弟子を超える存在、それがここの道場主だった。早速扉を叩き、道場主を呼んでみる陸。しかし現れたのは陸と同じくらいの年の少女だった。
「父に何か御用ですか?」
玄関の扉を一寸程開け、少女は陸の顔をうかがっている。陸は軽く頭を下げ、道場主の娘と思われる少女に用件を伝えた。
「出稽古をさせてもらいたいのだが?」
「出稽古、ですか?」
「だめだろうか?」
娘の表情が一瞬固まったのを陸は見逃さなかった。何か事情があるらしいと察した陸はすぐに踵を返してしまった。
「後日また来ます」
はっきりとした返事を貰ったわけではなかったが、おそらく色よい返事はもらえないだろう。そう判断した陸は戸惑う少女を残して道場を後にしていた。
その後、陸が足を抜けたのは京都郊外の墓、師と兄弟子が眠っている墓だった。陸は報告と相談をしに墓まで足を運んでいた。
「出稽古、断られました。これから何をすればいいのでしょう・・」
言っては見るものの、答えを期待しているわけではなかった。しかし背後から声が聞こえてきた。
「ごめんなさい」
女性の声だった。陸が振り返ると、そこにはさきほどの道場主の娘が立っていた。
「いえ、こちらこそ急に追いかけて申し訳ないです」
社交辞令とでも言うべきか、陸は反射的に娘をかばった。娘は陸に近付き、涙ながらに訴えた。
「父は今旅に出ているのです」
「旅?」
「剣の修行と言っていました」
剣術修行、それは陸には想定外の答えだった。しかしよくよく考えれば悪くない考えなのかもしれない。自分の中で反芻している内に、陸は自分も旅に出てみようかと考え始めていた。
「あなたも旅に出るのですか?」
娘が話しかけてきた。心の内を見透かされたような気がした陸は驚きを隠せない、そこに一瞬の隙が生まれた。
「どうせなら死地へと旅立ってください」
突き立てられた白刃の短刀、切先から溢れる血により白い刃が徐々に赤く変わっていった。
「お仕事終了っと。いいとこのお嬢さん役なんて久しぶりだから疲れたわよ」
「俺もそう思う。吐き気さえ覚えてくるぞ」
墓の裏から忍装束の男が現れ、死体となった陸の身体を軽々を担いでまた消えて行った。
「あー言われちゃったわ。もともと今回の任務もあの変態の尻拭いって鬱任務だしね。私ぐれちゃおっかなぁ」
忍装束の男に続いて、娘も闇へと消えて行った。
後日、冒険者ギルドには依頼書が届いた。失踪した道場主を探して欲しいという依頼だった。
●リプレイ本文
調査開始から二日、地道に聞き込みを行っていた神田雄司(ea6476)の下に気になる情報が入った。探し人である陸が向かったと言う道場で道場主の娘も行方不明になったという。最後に会ったのが陸という目撃情報もあり、噂話の好きな近所の主婦は駆け落ちだと囃したてていた。
「本当に駆け落ちだと思いますか?」
「いいじゃない。真実の愛、ほとばしる情熱、愛する二人・・あぁ最高」
ゴシップ好きのヴェニー・ブリッド(eb5868)にとっては駆け落ちは格好の素材。そして好きだからこそ見えてくる微妙な違和感に気付いた。
「駆け落ちっていうには不完全な気がするわね。親御さんが反対でもしたのかしら?」
駆け落ちとは本来許されぬ愛をする男女が行うもの。身分なり、親の反対なり、世間体なり、何か障害となるものが無ければ駆け落ちとは言えないものだ。
「・・それを自分が確認して来いと?」
「いいじゃない。剣術道場って言うし、あなたの腕前をちょっと見せるだけで親御さんとも仲良くなれるわよ」
「・・何だか上手くのせられた感じですけどね」
そう言いながらも神田は頭をかきながら道場に向かっていった。
神田が道場に言っている間、ヴェニーは別行動を取っていたベアータ・レジーネス(eb1422)とシェリル・オレアリス(eb4803)と合流、道場近くの茶屋であんみつを食べていた。
「神田さん、上手くやってますかね?」
「彼なら問題ないでしょ。それより今の内に今までの情報の整理をしておくとしましょ」
「一月前の事件との関係も知りたいところだしね」
一月前の事件、陸は兄弟子と師匠を同時に失った。その時の犯人こそは捕まえたものの彼らは徒党を組んでいるということだった。今回の事件もその延長線上に無いとは言い切れない。
「その辺りを調べるためにも、まずは奉行所に行って来ました。とはいえ大したことは教えてもらえませんでしたが」
奉行所には今でもその時の犯人が捕らえられている。あれから一月、犯人が何か自供していないかをベアータとシェリルは確認しに行ったのだった。
「彼の所属する組織の背景は少しは見えてきたわ、どうやら本当に剣の排斥を狙っているみたい。役人にできるんですかって逆に聞かれたわよ」
剣の排斥、今のジャパンで戦闘の主流となっている剣術がなくなれば戦も起こらなくなるというのが犯人の主張だった。確かに剣術が無くなれば現代のジャパンの戦は弱体化するかもしれない。しかし・・
「しかし、やってみなければ分からないというところが本音だと思いますよ。剣の排斥が可能なのかも、戦が弱体化するかも」
「でしょうね」
ヴェニーはあんみつの白玉に竹串を刺し、口の中に放り込んだ。冷たく柔らかい感触がヴェニーの口の中に広がってゆく。その感触を楽しんでいると、神田が道場の方から戻ってきた。
その後、汗を流したいという神田の希望もあって冒険者達は一度宿へと戻り、作戦会議へと移った。
「まずは陸さんとあそこの道場の娘さん、お友さんというらしいですが、彼女と会っていたのは事実らしいです」
「それじゃパーストとペンデュラムで・・」
「・・それでいいのかしら?」
呟くシェリル。ベアータは驚いた顔でシェリルの方を見たが、神田は静かに頷いていた。
「お友さんがどこに行ったのか分からないのです」
陸とお友の二人が道場で会っているのは目撃されている。しかしその後の二人の足取りが掴めていないのだ。パーストを使うとしてもどこで使うべきかの判断が難しい。そこで、それまで聞き役に回っていたヴェリーが意見を述べた。
「陸さんとお友さんでしたっけ?お二方が道場で会ったときに再開の約束した可能性はどうかしら?」
「確かめてみる価値はありそうですね」
いつしか夜は更け、辺りは暗くなっていた。
翌日、冒険者達は確認の意味も込めて陸の行動を時間に沿って追って見ることにした。
「朝は道場で自主練習、昼は近所の蕎麦屋でざるそばを食べて、未の刻にお友さんの道場に向かったはずですね」
ベアータが確認するように一つ一つの行動を確認していった。
「そして道場でお友さんと会って、出稽古を依頼。しかし道場主不在のため断られる」
ベアータの言葉に他の三人も頷いた。
「問題はそこからね。お友さんと会った後、陸さんがどうしたのか・・パーストしてみる?」
シェリルは冒険者三人の顔色を伺い、ゆっくりと巻物を広げた。シェリルの目の前に男女の幻想が現れ会話を始めた。
「出稽古をさせてもらいたいのだが?」
「出稽古、ですか?」
「だめだろうか?」
「後日また来ます」
「確かに約束も何もしてないわね」
幻想を見終わった後、ヴェニーが感想を漏らした。
「まぁ確認だったから仕方ないわ。あとはペンデュラムに頼るとしましょ」
シェリルがベアータの肩を軽く叩いて励ますと、答えるようにベアータは懐から地図とペンディアムを取り出した。
「あんまり頼られても困るのですけどね」
謙遜しつつもベアータはペンデュラムに祈りを捧げて地図を広げる。ペンデュラムが指し示したのは郊外の森だった。
「行ってみるしかないね」
目的の森は途中高台のようになって京都中を見渡すことが出来る場所にあった。太陽が既に傾き始めているためか京都の街が紅く染まり始めている。そしてその絶好の見晴らしの場所には腰掛けるのに程よい石が置いてあった。
「この風景を見に来たのかしら?」
「どうでしょうか?」
ペンデュラムに反応があった以上、陸が探しているものがここにあるのだろう。ベアータが辺りを確認してみると、石に何かが刻まれていることに気付いた。
「・・これは」
ベアータが腰を下ろして石に付いた埃や蟻を振り払うと、確かに文字が刻まれている。彫りがはっきりしている所を見ると、まだ作られて新しいもののようだ。
「我が師、我が兄弟子、ここに眠る・・と書かれていますね」
「墓、というわけですか」
冒険者達は墓に一礼。シェリルはパーストの巻物を広げると、冒険者の前に見覚えのある男女の幻想が現れた。
「ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ急に追いかけて申し訳ないです」
「父は今旅に出ているのです」
「旅?」
「剣の修行と言っていました」
「あなたも旅に出るのですか?」
「どうせなら死地へと旅立ってください」
幻想のお友が陸を刺し、仲間と思われる男が陸を担いでいったところで幻想は終了した。
「何故お友さんがここに?」
神田は手に汗を感じていた。行方不明の人物二人が同じ場所で現れる、これほど不自然なものは無い。
「ベアータさん、ブレスセンサーをお願いします」
「今ですか?」
「今、できれば高速詠唱で」
突然の申し出に驚くベアータだったが、一瞬雰囲気が変化したことに気付いた。
「これは・・殺気?」
シェリルはそっと御身の勾玉を取り出し、ヴェニーも高速詠唱の準備に入る。そしてベアータは片手で印を結び始めた。
風の音が響く。木々の間を縫う様に三本のクナイが冒険者、それも詠唱を始めようとするベアータを狙って襲い掛かってきた。割り込むように神田が身を躍らせ、二本を太刀で叩き落し、一本を三度笠で受け止める。その隙にヴェニーがライトニングサンダーボルトをクナイが飛んできた木に打ち込むと、逃げるように女が舞い降りてきた。
「もぅ自然は大事にって言われなかった?」
魔法の影響で折れた枝を女は口を尖らせながら拾い上げ、枝の先をヴェリーに向け説教を始めた。
「今回の被害はこれだけで済んでよかったけど、魔法の無駄撃ちは自分にも自然にも良くないのよ。戦闘はすぐに終わるとは限らないんだし、大局的に物事を捉えるようにしないと自分の居場所を見失ってしまうわよ」
悦に乗ってきたのか女は右手に持った枝で左手をリズミカルに叩いている。シェリルは好機と睨んで御身の勾玉を握り締め女の死角へと移動を開始した。
「大体貴方達は依頼に対して不用意に首突っ込みすぎ。冒険者は冒険者らしく依頼の表面を洗っていればいいの」
女は肩をすくめて再び枝をヴェリーを向け、妖艶に微笑んだ。一方、子供扱いを受けたヴェリーは多少気分を害しながらも自分を制し、女に話し続けさせることを選んだ。ヴェリーが動かないことから状況を察した三人も警戒しつつ静観に入る。
「行方不明の男は死んだ、それでいいんじゃない?パーストで確認できたことだし」
確かにそれで任務は達成する。しかしそれでは・・
「それじゃ私達の身が危ないのよ」
ヴェリーがライトニングサンダーボルトを高速詠唱、しかし既に手の内を知っている女は上空へと回避した。そこに神田が追い討ちをかける。
「中空ではどう逃げますか?」
「こう逃げましょうか」
持っていた枝の先を神田の目に向けて投げつけ、距離感を狂わせる。そして着地後ベアータ向かって突進を開始、しかしベアータの魔法の発動が一瞬早かった。
「コンフュージョン!」
急に立ち止まる女、ベアータは魔法が成功したと判断し一瞬安堵の様子を見せた。しかし次の瞬間、女の唇が動いた。
「残念でした」
女は再びベアータに接近。驚きを隠せないベアータだったが、女の背後にシェリルを発見し横に飛び避けた。
「無駄よ」
まだ追いかける女、しかし女の背後ではシェリルが達人ランクのディストロイを発動させた。
「あなたこそ無駄なのよ」
ディストロイは女に直撃。鍛えているのか死んではいなかったが、重傷は間違いなかった。
「強かったですね」
立ち上がりながら感想を漏らすベアータ、それに同意するかのようにヴェリーも静かに頷く。しかしまだ戦闘が終わったとは限らない。神田が注意を促そうと二人の方を振り向くと、大男が女を抱えて立っていた。
「あんたは・・」
見覚えがあった。先ほど見たパーストの幻影、その最後に陸を担いで消えた大男に間違いなかった。
身構える冒険者達、しかし大男は戦うことなく女を担いだまま逃げ去っていった。