愛し姫
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■ショートシナリオ
担当:八神太陽
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月01日〜08月06日
リプレイ公開日:2007年08月09日
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●オープニング
神聖暦千と二年と八の月、京都の山の中で一人の木こりが少女を発見した。暑さと空腹のためか憔悴しており、かなりやつれているようだった。年は十代前半頃だろうが、はっきりとはしない。健康体であればそれなりの美女だっただろうが、衣服はかなり破れ、草鞋も履いていない今の状態では見る影も無い。見かねた木こりは少女を保護するため、彼女を背負い家へと連れて帰ることにした。
無事家にたどり着いたものの、一人暮らしの木こりにとって、少女のために何をすればいいのか見当が付かなかった。ひとまず木こりは少女を布団に寝かせ、粥を作ることにした。
粥が出来る頃には、ちょうど少女も意識を取り戻していた。木こりは急いでお粥をよそい、少女の前に差し出した。
「口に合うかどうか分からないけど」
そう前置きしつつも、粥からは上手そうな香りが漂ってくる。木の実なども使用して木こりなりの味付けをしているのだろう。しかし少女は器を受け取ろうとはしなかった。
「どうした?」
食べる気力が無いのだろうか、少女はずっと立ち上る湯気を眺めている。しかし頬は痩せこけ、顔はやつれている。食欲が無いと言うことはありえないはずだった。木こりは箸で上手に粥を掴んで少女の口に運ぶと、少女は美味しそうに食べ始めた。
それから数日、少女は元気を取り戻し、ご飯をこぼしながらも自分で食べるようになっていた。木こりも少女の回復していく姿を嬉しそうに眺めることが楽しみの一つとなっていた。木こりの見立てどおり健康になっていく少女はやはり可愛らしく、木こりの自慢になっていた。そんなある日のこと、木こりの下に嬉しくない噂が届いた。
「この近くに愛し姫っていう亡霊が出たらしいぞ」
美しい外見で男に近寄り冥界へと誘う亡霊、しかもかなり強力なものらしい。気をつけなければならないと木こりは自分を戒めようとして、一つ思い当たることがあった。それは自分が保護した少女のことだ。出会って数日、未だに名前さえ聞いていないことに今頃になって気付いたのだった。気がかりになってしまった木こりは家に帰ってみることにした。
家に帰り玄関を開けてみると、少女が木こりのもとに走り寄り微笑みかけてきた。
「・・」
この子が愛し姫なのか?そんな考えを持ってはいけないと囁く天使の心と、この微笑さえ亡霊の罠だと囁く悪魔の心が木こりの中で葛藤を繰り広げる。そこで木こりは一つの賭けに出ることにした。
「愛し姫って知ってるか?」
しかし少女は返答しない。ただきょとんと木こりを見つめるだけだった。自分には対処しきれないと判断した木こりは冒険者ギルドに相談することにした。
●リプレイ本文
調査開始から一日目の夜、まだ確定はできないものの例の少女は人間ではないかと冒険者は考え始めていた。
「ピュアリファイで浄化した食事もディテクトアンデッドにも反応はない。人間と断定はできんが、少なくともアンデッドではないであろう」
王零幻(ea6154)の発言に皆が同意した。風斬乱(ea7394)の惑いのしゃれこうべに反応はなく、リアナ・レジーネス(eb1421)には反応がある。だが、王にはまだ疑問があった。
「ただ食事時に違和感がある。まさかとは思うが、自分のピュアリファイに対抗する手段があるのやもしれん」
食事の違和感は王以外に乱も気付いていた。しかし感じ方は王とは別物だった。
「判断は難しいところだが、俺には単に箸を使い慣れていないようにも見えたな」
「どこか貴族や大臣の娘だったのではないか?」
明王院浄炎(eb2373)の推理では現在没落中の偉いさんところの娘ということだった。確かにそれなら箸をもてないことも説明はつくわけだが、明王院未楡(eb2404)の調査では残念な事にそのような事実は確認できなかった。また娘に関してはもう一つ疑問点があった。
「あの子、ジャパン語話せないみたいです」
リアナはそう結論付けた。加えて不思議な事にイギリス、ゲルマンといった外国語は日常会話レベルで話せるという事だった。
「まるで外国人に育てられたみたいです」
「外国人か・・」
可能性が無いわけではない、備前響耶(eb3824)はそう考えていた。
「鬼やアンデッドに比べれば可愛いものか」
「本当に可愛いか?」
すかさず風斬が言葉を挟み、備前を見つめる。続いてアイーダ・ノースフィールド(ea6264)が風斬に同意した。
「響耶さんの意見を否定するわけじゃないけど、ジャパンに居てジャパン語を話せないのは不便なはずよ。純粋な善意で育てるのなら外国語より先にジャパン語を教えるべきじゃないかしら」
「純粋な善意、か・・」
備前は口に出して先ほどアイーダの言った言葉を繰り返した。しかし口にした瞬間、それはすぐにどこかに消えていきそうな、とても儚いもののように感じられた。
「あると信じたいものだ」
いつもより多少低いトーンで備前が呟くと、背中を力強く叩かれた。見上げるとそばに明王院が立っている。
「ある。それを証明するために俺達はここにいる」
窓の外では月が優しく周囲を照らしていた。
翌朝、例の娘が普通の人間である可能性が高い事を受け、冒険者達は調査に乗り出す事にした。
「まずは噂の出所ですか」
何故愛し姫が現れたという噂が出たのか、リアナはそれが気になっていた。
「火の無いところに噂は立たぬと言いますからね」
フライングブルームに跨り、リアナは空に飛び出す。木こりは小さくなっていくリアナを姿を見ながら小さく一礼した。
「宜しく、頼みます」
もう聞こえなくなったのかリアナは応えない、代わりにアイーダが弓の弦を掻き鳴らした。
「それは?」
「破邪の弓よ」
アイーダが答える。木こりはよくわからないような顔をしていたが、隣に立っていた娘は笑顔で木こりを見つめていた。
その後、アイーダは先に調査に入っていた風斬、備前と合流した。
「いいのか?気になることがあると言っていたが」
尋ねる風斬にアイーダは薄い笑みをこぼしていった。
「いいわ。納得したから」
それ以上何も話すことなく、三人は調査を再開した。
昼過ぎ、リアナが戻ってきた。有事に備えて近くに控えていた明王院がリアナを迎え、言葉をかけた。
「大丈夫か?」
しばし時間がすぎた後、リアナは目を閉じ、そして開けた。
「大丈夫」
それからリアナは自分の見てきたものを語り始めた。
すべてを聞いた後、明王院は重い口を開けた。
「俺達二人、いや零幻を含めた三人でも足りないな」
明王院の頭に王の言葉が過ぎる。アンデットに詳しい王によれば、愛し姫は魅了という特殊な攻撃をできるらしい。しかもその解除方法は時間経過以外、王も知らないということだった。殺れる前に殺れ、それが最も効果的ということだった。
「一匹相手に六人相手、皮肉なものです」
夕方過ぎ、調査に出かけていた風斬、備前、そしてアイーダが戻ってきた。三人が戻ってきた事を見つけた娘は走り寄ってきたが、何か言おうと戸惑っていた。
「おかえり、よ」
娘の後ろからリアナが声をかける。
「お、か、ぇ・・り?」
リアナの方を振り返る娘。リアナが頷くと、娘は再び向き直り言った。
「お、か、ぇ、り」
三人は顔を見合わせ、そして声を合わせて答えた。
「ただいま」
その夜、娘が寝付いたのを確認し冒険者達は情報交換、そしてその後作戦会議と移った。
「村が壊滅か」
「しかも同士討ち、それを見た狩人が村に戻って警告を発してくれたってことか」
「ついているのか、それともついていないのか難しいところだな」
王が感想を漏らす。
「きっと憑いてたんだと思うぜ」
明王院が答えた、その声には怒気が混じっている。
「そうでもないとやりきれない」
「そうね」
アイーダが答える。
「だからこそ私達がいる、そうよね」
それから冒険者達は明日の決戦を前に眠りについた。
目的の場所は村から徒歩で二刻程、大人の足であればそれほど遠くは無い距離の場所にあった。近付くだけで胃の中のものを吐き出したくなるような感覚に襲われる。
「獣の匂いか」
備前が呟く。隣で風斬も静かに頷いた。彼の手でしゃれこうべがかたかたと歯を鳴らしている。
かたかた、かたかた、かたかたかたかたかたかた・・
絶え間なく続く音を前に、冒険者達にも緊張が走る。誰かが言い出すわけでもなく、一人一人が準備を始めた。そして冒険者の前に美しい女性と一頭の狼が現れた。
「成仏してもらうぞ。不死なるもの、愛し姫よ」
王が詠唱を始めたのが戦いの口火となった。アイーダがシューティングPAEXで狼に矢を放ち、片目を潰した。再度矢を放つが次は目を外れ、前足に刺さった。そこでアイーダは弓を捨て、手裏剣を取り出す。
その間に風斬、明王院、備前が愛し姫との距離を詰める。愛し姫も動きを見せたが、リアナがライトニングサンダーボルトを高速詠唱して動きを封じた。続いて王のコアギュレイト、しかし愛し姫は抵抗したのか動きを見せた。少なくとも風斬、明王院、備前の三人には愛し姫の目が光ったように見えた。
思わず足を怯ませ目を閉じる風斬と明王院、しかし備前だけは更に踏み込んだ。
「詠え、姫切・・」
音の速さにまで匹敵しそうな俊足の抜刀。わざと鞘をわずかに寝かせ、抜いた刀に太陽を映す。そして刀は音を、首を切り裂いた。
「思ったよりあっけなかったな」
首の無い愛し姫の前に風斬は高鳴る心臓を押さえるように言った。しかし誰も答えない、風斬自身も答えを求めていなかった。あっけなかった、そう思わなければ風斬はやりきれないと感じていた。備前が殺っていなければ、首が飛んでいたのは風斬自身かもしれない。
飛んだ首を見つめる。大きく見開かれた瞳に風斬は自分の姿を認めた。そして次の瞬間、その首が胴と離れた。
「目を覚ませ」
王が声をかける。我に返った風斬が周囲を見渡すと、隣で明王院が肩で息をしていた。
「それが魅了だ。最もどのようなものは個人差があるらしいが」
王が愛し姫のまぶたを閉じた。
「何か口にしたほうがいい。少しは楽になる」
風斬がバックパックを探すとポーションが二本こぼれ出た。一本を明王院に差し出し、もう一本を飲み干した。
しばらく時間をおいてリアナが風斬と明王院に声をかけた。
「いけますか」
一度大きく息をつき、二人は立ち上がった。
「魅了がこれほどのものとはな」
物理的な何かではない、そして物理的なものでは阻止できないような感覚に襲われた。それは恐怖に近い感覚だった。しかし冒険者達にはまだやることがあった。
先を進むとやがて村の残骸が見えた。すでに獣にあらされているが、少なくとも十を超える骨が転がっている。中にはお互い短剣を差し合っているものも存在した。
「埋葬してやらねばな」
六人は残った骨を丁重に拾い集め、そして埋葬した。最後に石を並べ、明王院は石に少しずつ酒をかけていった。
「何があったか分からないが、せめてあの世で幸せにな」
六人は最後に黙祷を捧げた。
翌日、村を発つ前に備前は女物を服を購入して木こりの家へと向かった。他の冒険者も後に続く。
「おか、ぇり」
「ただいま」
挨拶を返し備前は娘に服を渡した。
「餞別だ。達者でな」
娘は木こりを見ると、木こりは笑っている。娘は備前に微笑んだ。そして何か思い出したような素振りを見せると、家に戻って何かを抱えてきた。短刀のようなものだった。備前の前で娘はそれを差し出した。
「これは・・」
娘は木こりに助けを求める。
「お礼のつもりじゃないでしょうか」
木こりが答えた。一瞬躊躇する備前、だが受け取る事にした。
「それが純粋な善意ですよ」
リアナが言う。備前は短刀を眺めると、そこにはジーザス教の聖印が刻まれていた。