兄弟屋台舟、髷屋創業

■ショートシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月02日〜08月07日

リプレイ公開日:2007年08月10日

●オープニング

 神聖暦千と二年と八の月、うだるような暑さの中で江戸湾には一隻の屋台舟が浮かんでいた。屋台舟には似合わない細い船体に取ってつけたような屋根、決して見た目がいいとは言えなかった。それでも持ち主である兄弟にとっては唯一の親の形見であり、二人の全財産だった。
「問題はこれからどうするかだね、兄さん」
「よく気付いた弟よ。しかしそれにはすでに作戦を考えてある」
 怪しい笑みを浮かべる兄。弟は微妙に引き気味だったが他に頼る人がいないのも真実、恐る恐る兄に作戦とやらを聞いてみることにした。
「お前は親父から教えられた舟の操縦技術がある。俺にはガキの頃に預けられていた武家屋敷で学んだ髷結い技術がある。これを融合しようと言うわけだ」
「は?」
 話の意味が分からない弟は再び兄に説明を求めると、兄は拳で答えた。
「お前にはそんなこともわかんねーのか、だからお前は背が伸びないんだよ」
「身長は関係ないじゃないか」
 手足を動かしながら抗議する弟、しかし頭を兄に抑えられて手も足も兄に届くことはなかった。

 その後再び説明してくれた兄によると、髷を結うにはそれなりに時間がかかるらしく、その間髷を結われる方は身動きが取れないらしい。そこでその間、変わり行く風景を楽しんでもらうために舟の上で髷で結おうというという作戦だった。しかし弟には一つの疑問が浮かび、兄に尋ねてみた。
「わざわざお金払ってまで髷を結ってもらおうとする人がいるの?」
「分かってないな、弟よ」
 兄は自身ありげな顔で右手の人差し指を立て左右に揺らす。どうやら思うところがあるらしい。
「髷には個性が出る、単に結えばいいと言うわけじゃないんだ。普段着と外出用の着物が違うように用途によって髷も変えるのが通なのだよ」
 かつて兄が預けられた武家屋敷でも主人は目的によって髷を変えていたらしい。その様子を見ていた兄はいつの間にか髷の結い方を覚え、ついには主人の髷結いを任されるようにもなったのだった。
「偉い人に会う用、同僚に会う用、あと良く分からなかったが花用というのがあったんだ」
「花用?」
「詳しくは分からないが、主人が一番気合を入れている髷だったぞ」
 まだ幼い二人には意味が分からないものだったが、花用は吉原に通うための髷のこと。この花用が素晴らしかったため兄の主人と吉原の花魁が出来てしまったのだが、それが主人夫婦の離婚の原因になったことは兄の与り知らぬ問題だった。
「ということは僕が舟を操縦して兄ちゃんが髷を結うってことだね?」
「うむ、賢くなったな弟よ」
 こうして兄弟による屋台舟、通称髷屋が始まった。

 そして数日後、早くも二人は行き詰っていた。客自体が少なく、たまたま来た客も何かと文句を付け金を払わないからだった。
「あの客、文句ばっか並べ立てやがって一銭も払いやがらなかった」
 手にしていた櫛を床にたたきつける兄、弟は何とかなだめようとするが空腹なのは兄弟とも一緒のこと。船内には二人の腹の虫が鳴り響いた。兄は船の中で大の字に寝転び、空腹を紛らわせるように大声で叫んだ。
「あーやだやだ。あんな大人にはなりたくないな。まともに仕事しても金くれないなんてな」
「ひょっとして一人1両っていうのが高すぎるんじゃない?」
「でもお釣りのやり取りしなくて済むぞ?俺達お金勘定できないし」
 世の中そんなに甘くないということだろうが、それでも見直すべき点もあるはずだ。二人は人づてで聞いた冒険者ギルドという場所に相談に行くことにした。 

●今回の参加者

 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb0370 レンティス・シルハーノ(33歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb8226 レア・クラウス(19歳・♀・ジプシー・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

鳳 爛火(eb9201

●リプレイ本文

 物は試しと髷を結ってもらった虎魔慶牙(ea7767)は財布を片手に悩んでいた。
「どうだった?」
 カイ・ローン(ea3054)が尋ねると、虎魔は難しい顔をしていた。
「悪くは無ぇんだよ、髷の技術も舟のほうもな。しかも話しも上手い」
 虎魔の言葉を聞いて弟は兄の手を掴んで笑顔を浮かべている。一方兄は虎魔の含みのある言葉に冷静だ。
「悪くは無いんだが、これと言ったものが無かったんだよな」
「それで一両は払えないと」
 言いにくそうにしている虎魔にレンティス・シルハーノ(eb0370)が助け舟を出すと、虎魔は眉間に皺を寄せている。ふと虎魔の視界に兄弟が心配そうに見つめているのが映った。
「そんな目をするなよ。あくまで客の心理だ」
 虎魔は財布を広げて兄弟に二両渡した。まだ事情があまりはっきり分からないのか弟の方はしきりに兄の服の袖を引っ張っていたが、兄はまっすぐに虎魔を見つめていた。
「やっぱり高いと思いますか?」
「高いな」
 虎魔ははっきり答えた。
「念のため聞くが、一両でうどん何杯食べられるか知ってるか?」
 目を逸らす兄弟。そんな兄弟を見かねて、レア・クラウス(eb8226)が耳打ちをした。
「五十杯よ」
 ゆっくりと顔を動かし、兄弟はレアの顔を確かめる。次に虎魔の顔を確かめる。しかし二人とも変化は無い。兄弟はカイの方にもレンティスの方にも顔を向けたが変化は無い。
「本当なんですか?」
 かろうじて言葉を搾り出す弟、レアは静かに頷いた。しかし兄は納まりきれないのか、慌てて抗議する。
「でもでも、僕達道具集めるの結構お金かかってますよ?髷に使う油とか、櫛とか、小刀とか、他にも・・」
 身振り手振りを交えながら必死に抗議する兄だったが、レンティスが肩を叩いて止めた。
「金がかかるのは分かった。だが、商売をする以上無駄に料金を高くするもんじゃないんだよ」
 一漁師としてレンティスは商売を語った。船の整備費用、修理費用等、経費にかかるお金は安くない。その一方で魚は常に連れるものではない、天気や季節によって大きく左右される。
「お前達の父親も漁師だったな。俺の話は分かるか?」
 兄はうな垂れるように弱弱しく頷いた。
「父さんはいつも修理費で困っていましたから」
 どことなく重い雰囲気が立ち込めそうになったのを察し、虎魔は口を挟んだ。
「まぁなんだ。悪いところは直せばいい、そうだろ?」
 子供にも分かる、単純で明確な真理。そこでまず問題点の洗い出しに入った。

 兄弟の金銭感覚と計算の仕方はカイが担当。世間一般的な料金とお釣りの一覧表を作り、いつでも確認できるようにした。
「最終的には自分達で計算できるようにな、物の値段というのも時には話題になる。それに値引きを頼む客もでてくるかもしれん」
 カイの意見に兄弟は素直に耳を傾けた。一応金の管理は兄が担当と決まってはいたが、今後を考えると二人とも知っておいた方がよいだろうということで二人とも暇があれば一覧表を見ることにした。
 
 接客に関しては虎魔とレアが担当。虎魔は実際に髷を結ってもらったわけだが、男だけの視点より女の視点も交えて舟を改造しようということになった。
「待っている人のために何か出来ることねぇかな?」
 それほど大人数が乗れる舟ではないが、それでも4,5人は乗れるようになっている。逆に言えばそれだけ待たされるということでもあった。
「茶ぐらいは出せるようにしたいと思うんだ。できれば自分達で飲めるようにな」
「いいわね。うん、その方がいい」
 レアの頭の中には兄弟が接客した方がいいのではないかという選択肢も浮かんだが、すぐに打ち消した。客が待っている間、兄は髷を結っているはずだし弟は操舵しているはずなのだ。接客をしている暇は無い。
「喉が潤せるのなら目も潤したいところね」
 レアが言うと、虎魔にもレアが言いたい事がわかった。
「花か」
「そう。あと何か欲しいわね・・舟の順路とかどうかしら?」

 宣伝に関してはレンティスに考えがあった。
「カイも言ってたが、値引き、いっそのこと無料にしてしまうってのはどうだ?」
 さすがに驚いた兄弟だが、すでにある程度の方針を話し合った後だ。言いたい事は子供にも分かった。
「宣伝ですか?」
 レンティスは笑顔を見せた。
「早速行って来る。ついでに舟の順路とかの相談したいから弟の方はついてきてもらうぞ、お前達を知っている人もいるかもしれないしな」
 兄弟の父親は元船乗り。魚群の位置を読む勘が鈍った事で漁師を引退し屋台舟に転向、しかしそれまではそこそこの腕前を誇っていたらしい。知っている人は多いとはいえないが、それでも年配の船乗りの中には知っている人がいるだろうとレンティスは考えていた。

 翌日から髷屋は無料という事で試験的に営業を始めた。兄はお釣りの練習ができないと不満をこぼしたが、普通の営業に戻す前に完璧に計算できるようになるように言われて納得したようだった。
 舟の中も改装されていた。小さな兄弟がこれからも世話できるようにと花瓶を置ける棚と花瓶、それと急須と湯のみを用意した。花瓶、急須、湯のみは兄弟の父親の同僚達が餞別と言って渡してくれたものだ。
「父さんは、今でも僕達を守ってくれているんですね」
 それが棚を見た兄の感想だった。弟も笑顔で頷いている。そして一人目の客がやってきた。
「何か楽しそうな事やってるけど、ここなにやってるとこ?」
 どうやら客は事情を全く知らないらしい。簡単に説明すると一つお願いすると船に乗り込んできた。
「あの踊り子さんと目があっちゃってさ、お近づきになりたいんだよ」
 さくら兼護衛として客に混じっていたカイと虎魔は思わず苦笑、しかし兄は笑うことなく会話を続けた。
「ではまず、あなたもあの人にふさわしい男になりませんとね」

 それから四日間、客は少しずつ増えていった。中には酔った勢いのまま入ってくる飲んだくれ、櫛などを盗もうとする子悪党、中には舟そのものを盗もうとする悪党までいたが、カイと虎魔にことごとく取り押さえられていた。
「酔っ払いは場所柄目をつぶるが、舟を盗もうとする奴までいたのには驚かされたもんだ」
「悪党避けのために多少高い料金つけてもいいかもしれないという気がした瞬間だったな」
 最終日まで料金設定は後回しにされていた。無料期間にどれだけの客が来るかで最終判断をしようというのが冒険者達は考えていたからだった。
「それで、いくらだ?」
「百両よ」
 二人の会話にレアに割り込んだ。何かあったのかかなり御立腹の様子だ。
「四日前から私に付きまとっている男がいるの。俺の髷最高だろ、とか言って毎日毎日見せに来るのよ。百両稼げるくらい中身も鍛えてきなさいって言ってやったわ」
 思わず苦笑を漏らすカイと虎魔、花用の髷を結う依頼人兄弟の結った髷では冒険者一人落とせないというのは皮肉なものだ。
「だったら百両でもいいんじゃないか?」
 最後の挨拶回りに言っていたレンティスも戻ってきた。
「もともと花用って言うのが売りなんだし、花によって変えるのが筋じゃないか?」
「私だったら百両ってことね」
 胸を張って自慢するレア、さっきまで愚痴をこぼしていたのが嘘のような移り身だった。
「それでは普通に髷を結いに来た人にはどうするかな?」
「百両払う人がいるのなら、一両の百分の一でも元が取れるんじゃないか」
 傍で見ていた兄弟はいろいろ変わっていく金額を必死に追っていっていたが途中で根をあげてしまった。どうやら分数はまだ分からないらしい。そんな事を考えていると、舟の外から兄弟を呼ぶ声が聞こえる。
「有料化第一号か、どんな客だか」
 虎魔の言葉に続いて、外からの声が聞こえる。
「百両持ってきた。お前の真の力を見せてくれ」
 どうやら常連ができたらしい。しかしレナ一人だけは浮かない表情だった。