最高の浴衣
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■ショートシナリオ
担当:八神太陽
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月18日〜08月23日
リプレイ公開日:2007年08月26日
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●オープニング
神聖暦千と二年と八の月、一人の織物職人は悩んでいた。
「最高の浴衣、ねぇ」
それは先日の事だった。職人の下に一組の親娘が現れて浴衣を依頼したのだ。
「私に似合う最高の浴衣を用意してもらいたいのです」
「最高、ねぇ」
考える職人。しかし最高というのはあまり明確とは言えない言葉である。そこで具体的な意見を聞いて見ることにした。
「最高と一口に言っても、それは着る人見る人によって違う。もっと具体的なもんはないか?」
「手触りや肌触りといったものですか?」
「そうそう。その辺で方向性が変わるからな」
娘は顎に人差し指を当てて天井を見上げている、どうやら考えているようだ。一方、娘の隣に立っている親はおとぎの国に迷い込んだ少女のように好奇心に満ちた目で周囲を見回していた。
どれくらい時間が経っただろうか、職人はいつの間にか机の端を指で叩き始めている。それでも娘は微動だにせず、親はしきりに動き回っている。埒が明かないと感じた職人は、助け船を出す事にした。
「そう深く考えんでいい。そうだなぁ、浴衣で何をするかをかんがえりゃいいんだ」
「あ、なるほど」
「どうせ盆踊りとかだと思うけどな」
職人は既に出がらしとなった茶を湯飲みに注ぎ、椅子の背もたれに力を入れた。まだ時間がかかると思って飲みたくも無い茶を飲むつもりでいたが、今度はそれほど待たされる事は無かった。
「他の女の子に手を出そうとする男を懲らしめられる浴衣がいい!」
思わず職人は茶を噴出した。しかしそんな職人の様子を気に留めることなく、娘はまくし立てる。
「あと捕まえた男を離さないで、懲らしめられるっていうのがいいです」
娘の変貌振りに呆気に取られていた職人だが、やがて正気を取り戻したのかやっと口を開いた。
「あぁそれは、その、なんだ・・ご愁傷様?」
「いえいえ、それほどでも。根はいい男なんですよ。この前は私に護身用とかいって刀造ってくれましたし・・」
その後、職人は娘の話にしばらく付き合わされる羽目になった。
日が沈みそうになって、職人はようやく解放された。しかし押し付けられた無理難題に職人の顔に開放感は無かった。
「伸縮性に粘着性、か」
色ならそれなりに種類はある、手触りや肌触りも織り方で工夫が出来る。しかし粘着性というのは初めてだった。
「まるで蜘蛛の糸だな」
職人の視界の隅で蜘蛛の巣にトンボが引っかかっていた。何となく手を伸ばしトンボを解放する職人、トンボは元気に逃げていった。職人の手にはねばねばとした蜘蛛の糸だけが残っている。
「そういえば・・誰かが蜘蛛の糸で手袋作ったといってたな」
いつの頃だったが、同僚がそんな話をしていたことを思い出した。それほど量が取れないので手袋にしかできなかったらしいが、もっと巨大な蜘蛛がいれば着物も作れるのではないかという話だった。
「できなくはないか、だったらやってみるか」
厳密にはやってみようなんて気楽なものではない、やらなければおそらく命は無い。しかし職人はそんなことを考えないように務めていた。考え始めれば浴衣を作る気になれなくなってしまうからだ。
「まずは、でかい蜘蛛探しか」
とはいえそんな蜘蛛に当てはない。職人はとりあえず冒険者ギルドに向かう事にした。
ギルドについた職人は早速受付に話をしてみることにした。
「でかい蜘蛛いないか?」
「はぁ?」
思わず眉を寄せる受付、しかし事情をきいて受付はようやく状況を飲み込んだ。
「つまり浴衣の素材のために大きな蜘蛛が欲しいと」
「そんな感じだな」
しばし考える受付、それから顔を撫でながら話を続けた。
「確かに今、女郎蜘蛛が出ているという話はあります。ただ金銭的な問題で依頼ができないということでした」
「ちょうどいいじゃないか」
喜ぶ職人、一方受付の方はまだ不安な表情を浮かべている。
「あなたの依頼は女郎蜘蛛退治じゃない、蜘蛛の出す糸が目的なのでしょう?でしたら蜘蛛は殺してはいけないし、糸に絡め取られても耐える必要がある。結構難しいですよ」
尋ねる受付。しかし職人は懐から前もって預かっていた金を取り出した。
「金ならある。よろしく頼む」
まだ不安げな顔をしている受付だったが、しぶしぶ依頼書作成に取り掛かった。
●リプレイ本文
依頼初日、職人の家で話しを聞いてきた冒険者達は頭を痛めていた。
「どれだけ採ればわからない、まぁ確かにそんなもんだと思うけどよ」
鷹城空魔(ea0276)は思わず溜め息をついた。
「誰も試した事ないらしいですからね。仕方ないといえば仕方ないですよ」
カイ・ローン(ea3054)がフォローをいれるが、やはり少なからず辛さは隠せない。しかも職人は失敗したときのために多めにと気楽に言っていた。
「だが参考記録もあったではないか。糸一斤に必要な蜘蛛の数が三万弱だったっけな、けひゃひゃひゃひゃ」
トマス・ウェスト(ea8714)(以下ドクター)はいつも通り笑っている。しかし御陰桜(eb4757)にはどこか悲惨な響きにさえ聞こえた。
しかし女郎蜘蛛が問題を起しているのも事実、夜十字信人(ea3094)は自ら囮役を志願し早期解決を訴えた。
「既に被害は出ているわけだ。悠長に構えるわけにはいくまい」
「そうかもしれませんね」
七瀬水穂(ea3744)も早期解決には同意、しかしできれば交渉しての協力を仰げないかという意見だった。
そこで冒険者達は援護に入った室川雅水(eb3690)に職人との連絡を頼み、冒険者達は女郎蜘蛛の元へと向かった。
次の日の夜には冒険者達は女郎蜘蛛の出現地点まで到達していた。月の見える橋の上で一人の女が手すりに体重を預けて月を眺めている。目鼻の整った美しい人だった。
「あれが魔性の美しさって奴じゃねーか」
「確かに人間と思えない美しさだ。引っかかった男を責めるのは酷かもしれんな」
聞き込みをした結果、すでに二名の男性が行方不明になっている。女郎蜘蛛が犯人と断定できる証拠は無いが、両名とも男性だったことから女郎蜘蛛の仕業だと囁かれていた。
「人間じゃねーから魔性じゃねーの」
鷹城とカイが隠れながら橋の様子を眺めていた。隣ではドクターが頬を膨らませながら木に八つ当たりしている。
「交渉なんて手を使わずにばばーんとやるべきだと思うけどねー」
「自重してくれ、ドクター。薬の材料にしたいって気持ちは分かるが、信人は殺る気だ。下手に手出しすれば俺達が彼の刀の錆にされる」
「んじゃ信人君にコアギュレイトかけようか。糸でぐるぐる巻きされた所に詠唱すれば、信人君も手出しできないだろーしね」
「そんなことしたら桜に殺されるんじゃねーの?」
「桜君には遅れをとらないよ、けひゃひゃひゃ」
その頃、当の御陰は七瀬と女郎蜘蛛の佇んでいる橋へと交渉に向かっていた。背後には信人とカイのペットであるスモールストーンゴーレムがついている。男だと交渉にならないと考えての人選だった。しかし御影は体調が悪いのかくしゃみを繰り返していた。
「くしゅん」
「風邪ですか?」
心配そうに顔を御陰の顔を覗き込む七瀬。御影は大げさに手を振って七瀬の心配を振り払った。
「大丈夫、大丈夫♪信人ちゃん・・は今一人か、空魔ちゃんあたりが噂してるんじゃないかしら?今頃どっかであたしの美貌に見とれているはずだしね」
「そうなのですか?」
「そうなの。信人ちゃんもだけど、空魔ちゃんもあたしにメロメロなのよ♪」
「私は空魔さんよりは信人さんの方が好みですけどね」
「年下が好みなの?」
「そうですよ、かわいいじゃないですか」
そんな話しをしていると、女郎蜘蛛も二人に気付いたようだ。一度視線を合わせると、二人に背を向けた。
「あたしたち、嫌われてる?」
「そうかもしれないですね。しかし、ここまで露骨にされたのも久しぶりです」
七瀬の額にはうっすらと血管が浮かび上がっている。
「焼きいれてもいいですか」
七瀬の手にはたいまつが握られていた。
「まずは交渉のつもりだったけど、話にならないみたいね・・」
ドクターにけひゃひゃされるのを覚悟の上で、御陰は控えている男衆に合図を出した。
まず飛び出したのは近くに控えていた夜十字、七瀬のたいまつを持つ手を狙って飛んできた糸を左手で受け止めた。
「そう簡単にお前の夕飯になってやる気は無い」
右手と顔だけは回避しつつ、夜十字はすでに糸の絡まった左手を少しずつ動かし女郎蜘蛛の糸を吐き出させる。身体の半分ほどが糸で隠れ夜十字が攻勢に転じようとすると、駆けつけたドクターが室川から聞いた情報を伝えた。
「職人から伝言だよ〜二人が全身隠れるほどの量が欲しいらしいぞ〜」
「紡ぐ途中で結構糸が目減りするってことじゃねーの」
「加えて、力も入れて糸を断ち切らないように気をつけて欲しいそうだ。君の力だと糸が切れる可能性もあるからな」
ドクターに続いて言葉を挟む鷹城とカイ。本人達は助言のつもりだが、夜十字にとっては動くなというのとほぼ同義だ。そこでカイはゴーレムを前に出し、夜十字の続きの糸を絡めとらせることにした。
四半刻も経った頃、カイのゴーレムも見事に糸で巻き取られていた。念のため鷹城が女郎蜘蛛が女郎蜘蛛の足を絶っているため、蜘蛛としては糸を吐くしか有効な攻撃手段は残されていない。逃げる事もままならなかった。
「虐待染みた真似だけど、交渉に応じなかったあんたも悪いんだからね」
「青き守護者、カイ・ローン参る」
最後の見せ場とドクターがコアギュレイトで女郎蜘蛛の動きを封じ、鷹城とカイが止めを刺した。
「これで一件落着ですね」
ところが、世の中そんなに甘くなかった。蜘蛛の糸を手に入れることには成功したわけだが、糸をほどく事ができなかったのだ。
「・・斬っていいか」
「いいわけないじゃない!」
右手と顔は免れたものの、夜十字は膝近くまで糸に絡まれている。歩く事は可能と言えば可能だが、一歩で五寸ほどしか進めなかった。
「可愛らしいですよ」
フォローをする七瀬、しかし夜十字にはフォローには聞こえていない。そばにいる鷹城も笑っていた。
「だったらどうやって移動する?」
無表情のまま尋ねる夜十字にカイが答えた。
「馬に縛っていけばいいんじゃないか?」
「それならあたしの千疾の背が空いてるよ」
結局、糸にまかれた上にロープで簀巻きにされ馬に乗せられるのを断固拒否する夜十字の意見を尊重し、職人の方に出向いてもらった。
「結構な量になるな、これだけあれば問題ない」
職人は半日をかけて夜十字とゴーレムの糸をほどいた。あまり見る機会の無い作業に七瀬と御陰も見学し、暇をしていた夜十字の話し相手も担当していた。
「蜘蛛の糸の紡ぎ方を特等席で見られるなんていい経験だね」
「後で私にも教えてください」
夜十字は何も答えなかった。
依頼最終日、冒険者のもとには無事に浴衣が完成したという連絡が入った。冒険者達が職人の下に行くと、純白の浴衣が飾られていた。
「これが蜘蛛の糸で作ったっていう浴衣か、なかなかいいじゃん」
「蜘蛛の糸ということで粘り気があるかと思っていましたが、そうでもないのですね」
七瀬が生地を触ってみるが、粘り気は全く感じられない。むしろ絹に近い肌触りだった。
「粘り気のとり方は企業秘密だ。だがその粘り気があってこそ耐久性と伸縮性が維持できる」
職人の言葉を受け夜十字が試しに伸ばしてみると、縦にも横にも半寸ほど伸びた。
「確かに凄いな。ちなみに色はこのままなのか?」
「ピンクとかできないの?」
ピンクを押す御陰だったが、職人は下手に染めたくないらしい。糸を幾重にも織り込んだため染色もムラができやすく難しいようだ。上々の評価に職人も満足げだ。ただドクターの要望には応えられなかった。
「糸は余らなかったみたいだね〜薬の材料にできたかもしれないのにね〜」
寂しそうに呟くドクターだった。