●リプレイ本文
依頼最終日、見物客用に作られた雛壇の最上段から身を乗り出すようにしてシグマリル(eb5073)が外の様子を眺めていた。
今回使う魔法の関係で夜しか開催できないという条件だったが、それでも会場の外には怪物対決を楽しみにした客が長蛇の列を作っている。
「本当に怪物同士の戦いが娯楽になるのだな」
自然との共存を謳うコロポックルとしては違和感を感じるところではあるが、ジャパンの新たな一面を知る機会になるに違い無いと、どこか確信にも似た直感があった。
「これで何事も無ければ万々歳といったところか」
「そうだな。客が楽しんでもらえれば十分だ」
シグマリルが振り返ると、カイ・ローン(ea3054)も客の作る長い列を眺めていた。
「ゴーレムのブロムも定位置につかせたよ。一応、「舞台を出た砂男と戦え」と命令しておいたが、もしもの時は補欠選手として出すつもりだ」
カイの所有するスモールストーンゴーレムは見た目も硬く強そうだ。上手く戦わせられるなら、補欠どころか主役も飾れるだろう。と言っても簡単な命令しか理解出来ないゴーレムを闘士競技に使うのはリスクがあるが。
「そうだな。避難用の通路と照明も用意した。あとは‥‥最悪の事態が起こらない限り大した仕事は無い。そうであることを祈るばかりだ」
木工スキルをもっているシグマリルは今回の舞台設営そのものにも参加している。手が届かない位置の夜間照明などはシグマリルが提案したものだった。
やがて開場を知らせる法螺貝の音が会場内外に響いた。客の列が動き始める。
「俺達も準備に入るか」
「了解だ。見物席の巡回よろしく頼む」
二人はそれぞれ持ち場へと戻っていった。
同時刻、トマス・ウェスト(ea8714)(以下ドクター)は舞台袖で則蔵と交渉を行っていた。
「万が一どちらかが倒された場合は亡骸が欲しいのだよ〜。我が輩の目的に使えるか、調べてみたいと思っていてね〜」
怪物の会場への護送に立ち会ったドクターは大蜂、砂男両方とも確認していた。
大蜂は巨大な蜂、尾に針がついており毒があるだろうと予想される。一方砂男は歪な人型をした砂の塊だが、スライムに近い生物のようだ。砂のスライムとはとても不思議な感じだが、実際に見ると確かに砂だった。
「舞台の後にどちらも無事とは考えづらいからね〜。だからこの我が輩が処理してあげようというのだよ」
「ドクターの言い分は分かりますよ〜。でもね、言いたくはありませんが結構こっちのほうがかかってるんですよ」
則蔵は辺りを見回し、ドクターにだけ見えるように右手の親指と人差し指をくっつけて見せた。
「では中身だけでも調べさせてもらいたいね〜。見たところ大蜂は毒持ち、変な所には捨てられないよ〜」
「‥」
則蔵はしばらく考えるそぶりを見せた。もし今回の見世物が成功を収めたなら、次回以降も徐々に手を広げていきたいと考えている。となれば死体の処分というものも軽視できない問題となるはずだった。
「今回だけですよ〜」
そんな考えをおくびにも出さず、則蔵は表面上しぶしぶ応じたように振舞った。
やがて開場を知らせる法螺貝の音色が周囲に響く。まもなく客が入ってくるだろう。
「時間だね〜。我が輩の目的のためにも頑張らせてもらうよ〜」
「よろしくお願いします。では私は出入り口の方にいますので〜」
則蔵は去って行く。ドクターは避難用通路の側に待機させた羽有渡丸(ばあどまる)に近づいてペットに話しかけた。
「蜂が逃げ出した場合は頼むよ〜」
『‥‥任せておけ』
スモールホルスはテレパシーを返す。羽有渡丸はモンスターを使った見世物に批判的だ。ちょっと前まで卵に入っていたようなのが何故か偉そうだ。ちなみに、名前にはスモールがつくものの羽有渡丸は体長8mの巨大な金翅鳥で「あれが大蜂か、てぇした代物だぜ」と勘違いする客も少なくなく、何故か拝んでいく人もいた。
舞台を振り返ると、大蜂と砂男を覆う氷が溶けかけていた。夜中といってもまだ暑い。直に氷の鎖は外れる。
「こっちもそろそろだね〜」
ドクターの後、室斐鷹蔵(ec2786)は舞台袖で則蔵を捕まえる。
「おぬし、今回の興行失敗したらまずいらしいな」
「は?」
室斐は則蔵から視線を逸らす様に振舞いながら、相手の反応を眺めていた。則蔵の肩がわずかに揺れる、室斐は口の端をわずかに歪めた。
「今後おぬしが興行師として生きていくためには、今回の見世物は絶対成功させなければならない、違うか」
疑問形としながらも、室斐は則蔵が肯定することを確信していた。
「ははぁ、おかしな事を言って仕事料を吊り上げる気かい? だが私もそういうのには慣れているよ。心配してくれるのは嬉しいが」
西洋風に肩をすくめて見せる則蔵に、室斐は不満そうな顔を見せた。
「外で並んでおる素人ならいざ知らず、怪物相手が生業の冒険者なら今回の興行がどれだけヤバいかは畑盗人の小鬼を追いかけ回す若造でも分かる。斯様な荒仕事より、うぬを始末した方が面倒が少ないと申す輩が居っても不思議が無いほどじゃ」
「お、脅かさないで下さいよ」
体を震わせる則蔵に、室斐はわざと周囲を見渡す素振りを見せた。
「まもなく会場には客が入ってくる、となれば賭けの締め切りはもうすぐ。今頃胴元の懐は重くなって、今更中止には出来まい」
頬をさすりながら室斐は続けた。
「何が言いたいんですか?」
「何も。ただ老婆心で言うてやろう。連中にぬかりはないぞ? だから、下手な細工はせぬ事だ」
則蔵の心のうちを覗くように言って、室斐は続ける。
「わざわざ警備のために、霊鳥や石人形を持ち出す‥‥斯様に生真面目な奴等じゃ。冗談は通じぬ。うぬは万事任せておれば良い。然もすれば‥‥うぬの首、一つや二つでは済まぬかもしれぬ」
念押しし、室斐は則蔵から離れた。
「いざとなれば口裏は合わせてやろう。但し‥金子は弾めよ?よいな?」
室斐は呆然とする則蔵をおいて退出した。口元には微笑が張り付いている。
(「楽な仕事だわい。依頼人にああ言っておけば、気を配って色々としていた、という事になろうよ。なあに今回は凄まじき手錬れ揃い。己が動かずとも何とでもなろう」)
客の数は想像以上だった。多くの人に見てもらいたいという則蔵の考えもあって料金を抑えたせいだろう。しかし、警備する側からみれば大変なことだった。
「まずいな。俺一人で対応できる数ではないぞ」
シグマリルは人が多すぎて前が見えずに飛び跳ねている。
当初の予定では五十人も入ればいいだろうと考えられていた。しかし今百近い数の客が会場にひしめいている。
「応援を頼むか」
カイは出入り口付近に待機、ドクターは舞台側に待機している。室斐だけはいつでもどこでも動けるように則蔵か興行師の側で控えることになっていた。シグマリルが室斐を探しにいこうとすると、客が一斉に騒ぎ始めた。怪物達が動き始めたようだ。
先に動きを見せたのは砂男。氷の束縛が溶けるや砂の身体が液体のように自在に変形し、砂中に潜っていった。地中には予め仕切りとして木の板が埋めてある。地面がうねりをあげ、それでも砂男は砂の中に身を潜めると一切動きを見せなかった。
怪物の活動開始に沸いた会場が、砂男が見えなくなると急に静まり返った。固唾を飲んで見守る中、早くも罵声を飛ばす者が出た。
「なんだ、これで終わりかよ!」
「砂が動いただけじゃねえか! いんちきだぜっ」
則蔵は同業者の嫌がらせかと目の色を変えたが、江戸っ子は短気で気が早いと言う。ともあれ、今は冒険者達も見守るより他は無い。
その時、再び客が騒ぎ始めた。ついに大蜂も動き始めたようだ。
出入り口付近に控えていたカイからは、怒鳴り散らす客が見えていた。一見してやくざ風の男達で、懐中に得物をのんでいると分かる。騒ぎになった時は面倒ではあるが。
「‥どうでるべきか」
上品な席では無いから、ある程度はガラの悪いのも許容していかないと客がつかない。間近で怪物を見るのに必ず無腰で来いとは言えなかったのも確かだ。
恐らくブロムで脅せば一発で鎮まるが、悪評が立つような真似はなるべく控えたい。
「目をつけておくしか無いな」
何事もなく、見世物に夢中になってくれれば良いが。
舞台袖に控えていたドクターは、講釈師を引き受ける気でいたが、ある意味予想通りの眼前の展開にどう解説しようか困っていた。
「大蜂、動かないね〜」
大蜂が砂男の上に止まるようにと、餌である昆虫を地面に撒いてある。
しかし、大蜂が反応する前に、動いた昆虫を砂男が襲う。大蜂がまた別の昆虫に目をつけると、砂がもぞっと動いてその昆虫を食らう。悪い循環だった。
「大蜂の獲物を砂男がぜんぶ横取りしてるね〜。さあ、怒った大蜂が砂男を攻撃〜したら面白いんだけどね〜」
結果、大蜂は砂の上をぐるぐる回り、その間に昆虫は全て砂中に消えていった。
大蜂は時折月明かりの結界にぶつかりながら、空中を漂っている。
しーんと静まり返る会場。
「‥‥羽有渡丸に準備させた方がよさそうだね〜」
羽有渡丸の様子を確認するためにドクターが後ろを振り向く。その時、ドクターの後頭部に痛みが走った。
「始まっちゃったのかね〜」
ついに客が石を投げ始めた。気持ちは、分らなくもない。
シグマリルが仲裁に入り、カイとドクターがリザーバーを登場させようとしたが、音もなく何かが壊れた。
「いかん、大蜂が!」
急に上昇した大蜂に、ムーンフィールドが破壊されたのだと分かる。強度は十分と思っていたが、このアクシデントで想定外の力が生じたか。
「やっちまったな」
他人事のように一部始終を眺める室斐、しかしこの様子を見ていた則蔵は覚醒した。
「やっちゃったじゃないだろう!」
大蜂は大勢の人間に囲まれ、月光の結界に閉じ込められ、しかも餌を目の前で砂に食われて気が立っている。室斐が大蜂でも、客を襲いたくもなる所だ。
「人から金を毟るのが冒険者のやり方か。もし怪我人が出ればびた一文払わん。こんな時の為に、お前達を雇ったんだからな!」
「承知だっ」
興行師の変わりように笑みを浮かべ、室斐は言われるがままに走る。
ムーンフィールドが消滅し、飛び出した大蜂だったが、近づいてくる羽有渡丸に吃驚して客には目もくれず逃亡を開始した。しかし体長三尺もある大蜂が簡単に隠れる場所もなく、燕より速い羽有渡丸を振り切れるものではない。一方的な空中戦の末、羽有渡丸は大蜂を捕まえて戻ってきた。
「さすがだね〜」
ドクターが羽有渡丸を褒める傍らで、カイは弱っている大蜂にコアギュレイトをかけて呪縛した。
「これで安心か」
さすがに唖然とした客達、ドクターが客席へと向かっていく。
「我が輩の薬がいいかね〜?奇跡がいいかね〜?」
と言いながら、今の騒動で怪我をした客がいないか見て回った。
「待て待て。ただはいかんぞ、50文でどうだ?」
小金を稼ごうと室斐が続き、それを諌めようとシグマリルが続いた。
客の中には、混乱で周りの人に押し倒された者など数名が軽い怪我をしたが、幸い重傷者は居なかった。
驚きから立ち直り、誰かが歓声をあげる。滅多に見れない霊鳥と大蜂の戦いである。そう思えば、面白くない筈が無い。
「いい感じだな」
カイがブロムを引き連れて舞台へとあがる。ゴーレムと砂男の戦いで見世物は盛況のうちに幕を閉じた。