雛ちゃんと五日間
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:09月14日〜09月19日
リプレイ公開日:2006年09月22日
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●オープニング
●ドゥーベルグ家
燭台の炎が影を揺らす、その部屋の主の小さな影を。
──トントン
扉を叩く音にも反応は示さない。
「雛菊さん、入るわよ」
炎と同じ色の髪をした女性が扉を開ける。彼女の名はルシアン・ドゥーベルグ、ノルマンで財を成した女商人だ。
「食事よ。終わったら身体を拭きましょう、さっぱりするわよ」
男性にもひけをとらないといわれる手腕のルシアンが庇護する小さな娘。ジャパン人の少女で、名を雛菊という。
ハーフエルフが何よりも嫌いなくせに、何故かキエフを訪れた雛菊。船を下りた地でシフール飛脚により齎されたのは‥‥最愛の兄の訃報だった。
悲しみのあまり、涙を流すこともできず──ただただ全てを拒絶するように深く固く心を閉ざした少女。
キエフに頼るものがあるのか不明だったため、ルシアンは少女を一時的に預かることに決めた。
「はい、あーん。‥‥やっぱりボルシチより味噌汁の方が好きなのね。月道を越える輸入品は高いのよ?」
口元に運んだスプーンを傾けると、零しながらも多少は嚥下する少女。心は全てを拒絶していても、身体は生きることを諦めていなかった。けれど、頑なな心は身体機能すら蝕んだ。語りかけながら、ルシアンは内心で深い溜息を吐く。
「栄養を摂取していないようですね」
少女を診た医者はそういった。口にした食料から栄養を摂取する、基本的な身体の機能。それすら崩壊するほどに、雛菊の心は病んでしまったのだ。
●冒険者ギルドINキエフ
ドワーフのギルド員は三つ編みヒゲを撫で下ろした。どうやら癖のようである。対面に座るのは赤毛を波打たせたルシアンである。
「うちで預かっている病気の女の子を、外に連れ出してほしいの」
憂いを帯びた眼差しで依頼人は告げた。
「私は仕事があるからキエフを離れられないのだけれど‥‥だからといっていつまでも部屋に篭りきりでは身体にも悪いでしょう?」
「ふむ、そうじゃの。日中に散歩させる、そういう依頼でいいのかね?」
「いいえ、数日間連れ出してほしいのよ」
「なんじゃ、漠然としておるの」
首を振ったルシアンへ、ギルド員はそう苦笑した。
「それもそうね‥‥」
目的もなく数日間をすごせと言われれば、冒険者たちも途方に暮れてしまうだろう。
「‥‥それなら、こういうのはどうかしら」
思案したルシアンは、1つの提案をした。
「キエフから片道1日の所にある貴族のお屋敷へ荷物を納めないといけないのだけれど、その護衛をしてもらうのはどうかしら」
「もともとそちらが目的なのではないか?」
「道中とくに危険もないことだし、護衛は内々に済ませる予定だったのよ」
お金が勿体無いでしょう、と肩を竦めるルシアン。確かに冒険者は奉仕活動ではなく、それなりの代価か必要となってしまう。安全な道であれば何人もの護衛など必要なかろう。
「その貴族と荷物については、詳しく聞かせてもらえるのかの」
「相手はラティシェフ卿よ」
「ふむ、大物じゃな」
「‥‥の、次男坊だけどね。アルトゥール・ラティシェフ様」
キエフに来て間もない商人が古い貴族と商談を成立させたという事実に目を丸くしたギルド員だったが、出された名に顔を顰めた。薬学者を自称するアルトゥールは数日前にギルドを訪れたばかり‥‥薬の研究中に発生したのだろう、彼の纏っていた独特の臭いもまだ記憶に新しい。
「アルトゥール殿ということは、荷物は薬関係のものか」
「御明察。ノルマンから運んできた薬草と、薬が数種類よ。壷に入っているから、扱いにだけは気をつけていただけるかしら」
依頼の概要が固まり、ギルド員は外見に似合わぬ流麗な文字で依頼書をしたため始めた。
「お屋敷は森の外れよ。のんびり往復してもいいし、森を通って遠回りしてもいいし、さっさと届けてゆっくり遊んでもいいわ」
「ただし、依頼期間中は少女の面倒をしっかり見ること、じゃな」
「ええ」
その後交わされた2人の熾烈なやり取りは割愛させていただく。
その結果、少女に係る条件もあり何が必要か解らないからと報酬は多めに用意されることとなったが、保存食の提供はなくなった。
──一勝一敗の引き分けに見えるが、ルシアンの辛勝である。
●リプレイ本文
●人形の姫
キエフの降水量は少ない。今日も空は変わらず澄み渡っていて──だからこそ表情を曇らせた人々が、とても痛々しく映る。
「それじゃ、雛菊さんをお願いするわね」
依頼人である女商人ルシアン・ドゥーベルグは荷馬車と共に両の腕(かいな)に抱いた1人の幼子を冒険者へと託した。大きなその瞳は何も映すことはない。ふっくらした頬が上気することもない。花弁の唇が言葉を紡ぐこともない。ルシアンの手から雛菊(ez1066)を預かった宮崎桜花(eb1052)は、瞳を伏せてそっと頬を摺り寄せた。息も浅く、抱き返すこともない雛菊。ただその腕に伝わる微かな温もりだけが、少女が生きている確かな証だった。
「こんにちは。お久しぶりっすね、お雛ちゃん」
「‥‥‥‥」
務めて普段どおりに声を掛けた以心伝助(ea4744)へ、人形の少女は瞳を向けることもない。寂しげに見つめる瞳には、同じ忍びとして強くあれと想う心と、友人として元気な顔を見たいという心が滲み出していた。
「雛菊、こんにちはなの〜」
と王娘(ea8989)は雛菊にちまにゃんを持って挨拶してみるが、反応はない。
「やはり駄目か‥‥」
悲しそうに顔を曇らせる娘。
「雛菊様‥‥私はあの時の事、忘れてはいませんの。今度は、私が雛菊様を助けるんですの!」
そしてユキ・ヤツシロ(ea9342)の痛々しい決意。
「生気がないよねぇ‥‥こちらはこちらで悲壮な感じ」
ローサ・アルヴィート(ea5766)は雛菊からそんな2人へ視線を転じて、小さく呟いた。更に転じられた視線はしっかりと微笑みを浮かべ一歩引いていたセフィナ・プランティエ(ea8539)の視線と絡み合う。気丈な瞳を支えるようにぽんぽんと肩を叩いたローサは、触れた肩から伝わる小さな震えに気付き、セフィナの顔を覗き込んだ。
「キミらなら大丈夫だって。もう結構長い付き合いでしょ? 自分とあの子の絆を信じなさい」
笑顔で言われた、全てを肯定する言葉。思わず涙を零しそうになり、セフィナは慌てて激しく瞬きをした。散らされた涙の代わりに浮いたのは満面の笑顔。差し伸べられた希望が、震えを拭い去っていた。ローサの口から出た言葉に驚いたように目を見開いていた娘とユキも、こくりと力強く頷いた。
「聖母の白薔薇が雛菊ちゃんの時を進めてしんぜよう」
アレーナ・オレアリス(eb3532)の言葉に、桜花は首を振る。
「いいえ、皆で‥‥私たち全員で、ですよ」
決意を新たにする年若い者たちを見守りながら、ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)は父なるタロンに祈りを捧げるのだった。
「偉大なる父よ、幼子を護り給え。‥‥この心を救い給え‥‥」
●御薬の壷
──ガタ、ガタガタ‥‥
荷馬車は轍を刻むように重い音を立てて回る。福助やスキムファクシ、皆の愛馬にもローテーションで引かせていたため馬たちの疲労はそれほどでもないようだ。何もしない、しようともしない雛菊を馬に乗せるのは危険すぎたため、已む無く荷馬車に乗せていたが──少女はずっと、桜花が抱き締めていた。温もりを確かめるように、雛菊の心を溶かすように。
「アル君いるー? 薬届けに来たんだけどー」
辿り着いたラティシェフ家の扉をババン!! と開け放ち元気に言い放ったローサに浴びせられたのは冷ややかな視線。
「アルトゥールなら離れだろう」
値踏みするように一同を見回し、フンと鼻を鳴らすと、波打つ銀の髪を持つ男は冒険者に背を向けた。
「ああ、リュドミールに会ったんだね」
言葉の通り離れにいた荷物の受取人アルトゥールは話を聞いて小さく笑った。
「リュドミール?」
「この大きな家を継ぐ兄上様だよ」
冷たく波打つ銀の髪の兄と、柔らかな淡い茶の髪の弟。お世辞にも似ているとは言い難い目鼻立ち‥‥しかしそんなことを気にしている余裕はない。
「突然ですまないが、この近くで気分が落ち着くような綺麗な所は無いだろうか‥‥」
「うーん。この先の森は個人的にお勧めだね。沸き立つ泉のほとりには薬草が豊富で、とても気分が満たされるよ」
娘の質問ににこやかな表情で答えるアル。
「ついでに、ひとつ訊ねたいのだが‥‥滋養強壮の効果がある薬はないだろうか」
「あるに決まってるだろう? 僕を誰だと思ってるのかな、キミは」
不快気に肩を竦めるアルの反応など構いもせず、その答えに喰らいつくヴィクトルとローサ。
「それを譲っていただけないだろうか」
「すぐにでも必要なのっ」
「ふぅん? 察するに‥‥その子かな」
ぐるりと見回したアルはヴィクトルとセフィナが死角になるようにと気を使っていた雛菊に気付き、止める間もなく正面に屈んだ。思わず身構えたユキは、そして懸念していた者たちは──それでも落胆の色を隠せなかった。メンタルリカバーが必要なほどの恐慌すら懸念していたが、雛菊の瞳はあれだけ極度に毛嫌いしていたハーフエルフにも微塵も揺らぐことはない。
「この子、目が見えない‥‥ってわけじゃないよね。見てないのかな」
瞳孔の動きを見、そんな判断を下すアル。衰えた幼い体の細い腕に触れ、ヴィクトルを見上げた。
「僕に見せようとは思わなかったのかい?」
「ハーフエルフが苦手なもので‥‥失礼があってはいけないと」
「そういう心掛けは嫌いじゃないね、リュドミールみたいなタイプには効果的だと思うよ。でも、次男坊に気を使っても得することはそんなにないよ?」
損をしない事が重要なのだ、と思ったが黙っていた。長男だろうと次男だろうと、一般の人々に与える影響が絶大なことに変わりはない。アルとて、今は持ち上げられているからそんなことを言っているのかもしれないのだ。
しかし、くれると言う物を断る道理もない。受け取った卵形の小さな壷に入った薬を大切に抱え、一同は深々と頭を下げた。
「残念ながら、心の薬は心しか見つかってなくてね。いい『薬』が見つかるよう祈ってるよ」
アルトゥール・ラティシェフに見送られながら、荷馬車を返しにキエフへと向かった。
●食事と休息
ラティシェフの治める領地で買い物を済ませ、森でキャンプを張りちま製作を開始するアレーナとヴィクトル。
「はぁ‥‥」
「どうかしたっすか?」
溜息を零すアレーナに伝助が足を止める。
「プロムナードと材料を買いに行ったら人に囲まれちゃってね。退去させようと思って『ごきげんよう皆さん♪』と挨拶した途端に、ますます増えてしまって」
「ああ、それは‥‥」
伝助は言葉を濁す。ペガサスなど、日常生活で目にすることは皆無に等しい。アレーナを神の使いか何かだと思ったのだろう。一目見ようと集まった野次馬や救いを求めて来た者──少し間を置いた人だかりがしゃなりと向けられた微笑みに親しみを覚え、十重二十重に取り囲まれてしまったのだろう。その風景が目に見えるようだ。
足元へ擦り寄り急かすように足を叩く茶虎の尻尾にてれんと頬を緩めながら、
「ペットは可愛いっすけど‥‥自分も周りもペットも幸せでいられるように飼うのはやっぱり大変っすよね。お互い頑張りやしょう」
「そうだね‥‥痛っ!」
「ちま、あっしで解ることだったら教えやすから」
話に気を取られ指を刺したアレーナに微笑みを向けて、伝助は食事が冷める前にと雛菊の元へ運んだ。
◆
左右からユキと娘に支えられ、ちょこんと座った膝にレーヌとひなちゃんを抱いて、雛菊は静かに座していた。
「覚えてます? ちまゆきの白いローブは雛菊様と初めてお会いした時に服まで作る時間の無かった私に雛菊様が下さったんでしたね。あの時とても嬉しかった‥‥」
ちまゆきをしっかり握り締め、ぽつりぽつりと雛菊へ語りかけるユキ。少しでも興味を引こうと用意したちまは、どうやらその役目は果たしていないようだ。
「ユキさん‥‥」
だいぶ憔悴したユキに何と言葉を掛ければ良いのか、伝助は一瞬戸惑う。トレイごと食器を受け取った娘の表情も大分硬い。
「ユキさん、お休みになってくださいませ。食事も、少しで良いから食べてください。私達が倒れてしまっては本末転倒ですもの」
「そうでやすよ、桜花さんのように自分のこともしっかりやらないと、お雛ちゃんが起きたときついていけなくなってしまいやすよ?」
「雛ちゃんの薬だけど、多めにくれたみたいだからユキちゃんも少し貰ってきなさい。あんま食べれないなら尚更よ?」
厳しくも優しい三人の言葉に、それでは‥‥少しだけ‥‥、とユキも休息を取るつもりになったようだ。雛菊の傍らを娘に譲り、部屋を出る。
「娘さんも、お食事が終わったらお休みになってくださいやし。桜花さんもそろそろ起きられるでしょうし」
「私は睡眠もしっかり取っている、大丈夫だ‥‥」
「気付いてないと思ってるー? せめて横になりなさい、ここでもいいから」
セフィナの指で額をつついたローサに顔を顰めながら、仕方なく了承した。訪れない睡魔に体が休まっていないのは事実だったから。
「雛菊、雑炊だ‥‥伝助が作ったものだから、味は保障しないぞ‥‥」
むくれる伝助に小さく笑い、匙に掬った雑炊をふーふーと息で冷ます。ヴィクトルの指示で具どころか米も砕いてほとんど三分粥かおもゆのような状態になった雑炊は、小さな唇の端から毀れてしまったが──それでも少しは嚥下しているのを確認して頬を緩めた。
「雛菊‥‥私と最初に出会った時を覚えているか? ちまの演技は実はかなり恥ずかしかったんだぞ‥‥?」
『ふふ、今はもう慣れたものですわよね』
──にゃあん
毀れた雑炊を拭いながらジャパン語で言ったセフィナと追従するように鳴いたレーヌを睨み、再び匙を傾けた。
命を繋げば、必ずあの笑顔が戻ってくると──娘も、セフィナも、ローサも伝助も。そう信じていた。
●ちまっと探検隊!
「ロシアの森は初めてっすね」
「どこに何が潜んでいるかも解らない、気を抜くな」
でんちゃんとぱぱちま隊長を中心に、ちまっと探検隊はロシアの森を歩きます。
でもちまに気を抜くなというのは無理な相談☆
「「ちまっと探検隊っ、ちまっと探検隊♪」」
誰からともなく歌い始めてしまいました。ちょっとスキップもしてるみたい。
「隊長、マッシュルームの森を見つけたわよっ」
先行偵察部隊のちまろーさがぶんぶんと小さなてを振りました。
「ちままへのお土産にぴったりじゃない?」
「基地で留守番をしているゆきちゃんやひなちゃん、ちまにゃんのお土産にしようよ」
「そうですわね、皆様きっとお喜びくださいますわ。でも‥‥」
ちまろーさやあれーなちゃんの言葉に手を叩いて賛同するせふぃなちゃん、その語尾が濁ったのは、ぱぱちま隊長の言うとおり、どんなモンスターがいるかわからないからです。
「こんなときこそ、わんこっぱなの術っす!」
‥‥犬嗅の術のことみたい。ちまっと探検隊は今日も元気いっぱいです♪
●睡眠の刻
四日目の晩になっても、雛菊は一向に心を開く気配を見せなかった。
「雛菊‥‥その痛み、私にも背負わせてくれないのか‥‥? 私との友情は小さな物だったのか‥‥? 頼む雛菊‥‥今は悲しみでもいい‥‥この声が届いているなら何か言ってくれ‥‥!」
雛菊を抱きしめながら溢れ出る感情が抑えきれないかのように訴えかける。
「娘姉さま‥‥」
苦しんでいるのは自分だけではないのだと、ユキも気付いた。そして、自分や雛菊だけでなく皆のために、最後の手段を試みることを決めた。
「セーラ様、その溢れる慈愛にて、かの者の心の傷を癒してくださいませ‥‥」
けれど、頑なに閉ざされた心は、セーラの干渉をも拒絶する──!
「そんな‥‥セーラ様‥‥!」
再度捧げられた、深く強い祈り。セーラは、それを聞き届けた‥‥焦点が会い、自分を抱きしめる娘の顔、祈りを捧げたユキの顔、見守るローサとセフィナと桜花と‥‥それはあの時と同じ顔で‥‥
「──あ、あ、あ、あ、あ!!」
煌めく簪!
「雛菊!!」
反射的に伸ばされたヴィクトルの手のひらを、玉簪が貫いた!!
「逃げるな、雛菊‥‥」
振るわれた玉簪は、雛菊が自分に向かって振るったものだった。セフィナの懸念を聞き、警戒していたヴィクトルの勝利だ。
「お雛ちゃん、聞いてくださいやせ」
雛菊の小さな手ごと玉簪を握り締めたヴィクトルの大きな手に結ばれた焦点は、厳しく見据える見据える伝助へ転じられる。
「忍びたるもの、何時命を落とすかわかりやせん。それはお雛ちゃんも知ってる筈っす。だからこそ、任務の為にも、自分の命を守る為のにも、常に鍛錬をする」
兄と同じ匂いのする、けれど兄と違うことを言う、この人は──
「伝ちゃんお兄ちゃん‥‥」
「‥‥お雛ちゃんの技はお兄さんから教わった物だと思うんすが、だとすればそれは、お兄さんがお雛ちゃんに生きて欲しいと思っていた何よりの証でないでしょうか」
僅かにこじ開けられた心が、急速に萎んでいく。忍びは駒だと言い切り任務をこなせた日しか自分を見なかった兄は、自分を愛していなかったのだろうかと。
「雛は‥‥兄様‥‥‥」
僅かに一筋涙を流し、再び焦点を失いかけた雛菊の髪を、優しく撫でる手があった。小さな手を優しく包み込む手があった。
「前言ったよね、雛ちゃんはずっと大切なあたしらのお友達って」
髪を撫でながらそっと語りかけるローサ。
「辛かったら頼ってよ、大切な友達が一人で苦しんでいるのなんて見てられないよ」
いつもと同じ口調で語られる言葉。けれどその表情はとても切なくて、苦しくて、セフィナの視界が揺らぐ。
「代わりに背負う事は出来ないけど‥‥悲しさを覆ってあげる事は出来るから、ね?」
「雛ちゃんが一人だと思っていても、私も、皆も、ずっと雛ちゃんと一緒にいますから」
包み込んだ手に頬を摺り寄せ、桜花が力強く頷いた。にゃあと鳴き主人の手から抜け出したレーヌが娘の肩に乗り、涙の跡を舐め上げる。
ゆっくりとひとつ瞬きをして、皆の顔を見回して、蒼汰やリュシエンヌやサーガイン、フィニィらの言葉を脳裏から掘り起こして。
雛菊は瞳を閉じた──張り詰めていた体を癒すために。
「おっと」
倒れかけた雛菊を、アレーナが抱きとめた。
まだ涙を流せない雛菊。向き合うには、どうやら障害の多そうな死。乗り越えるには、まだ時間が掛かりそうだけれど。
大きな胸に優しく抱きしめて、母のような愛で包み込む。
「皆待ってたんだよ、ずっと。でも──今日はおやすみ、雛菊ちゃん」
雛菊が目覚めたら、僅かに残る心の隙間からおはようと声を掛けよう。
おかえりなさいと、笑顔で迎えよう。
緊張の糸が切れて倒れるユキや娘、そしてセフィナも、
明日はきっと、伝助のテントで同じ朝を迎えることができるだろう──