冒険者って便利屋さん?−奪還屋−
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 85 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月25日〜10月01日
リプレイ公開日:2006年10月03日
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●オープニング
●冒険者ギルドINキエフ
広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥
依頼人は、ルノアと名乗る女性だった。
「お願いがあるの。チェシェモの絵を、取り戻して欲しいの‥‥!」
彼女が運んできたのは少々厄介な依頼である。彼女の幼馴染が恋人に贈るために描いた絵画を取り戻すというもの。幼馴染のチェシェモは男性だが、ルノアとは幼馴染以上の関係ではない。彼の恋人はルノアの友人である。
「取り戻すということは、奪われたということか?」
「ええ‥‥!」
憎々しげに頷くルノア。
「先月、チェシェモの家に強盗が押し入ったのよ。家は荒らされて、チェシェモは‥‥殺されたの。あの絵も、その時一緒に奪われた」
「その絵がどこにあったんじゃね?」
「リピンスキー卿が持っていたの‥‥!」
画家を志していたチェシェモは、春の訪れを描いた自信作を持って恋人にプロポーズするつもりだと、ルノアに語っていた。その絵は──予(かね)てよりリピンスキー卿が購入したいと入れ込んでいた絵画だった。
「強盗だって、あの男が手を回したに決まってるわ!」
「まあ、黒い噂の耐えぬ御仁ではあるが‥‥犯人は捕まっていないと?」
「それだって、あの男が妨害したに決まってるじゃない。リピンスキーよ?」
確信があるのか、それとも思い込みか。ルノアは自分の主張を正しいと信じ、曲げる気配すら見せない。
ギルド員は質問の切り口を変えた。
「‥‥リピンスキー殿は、その絵画をどう手にいれたのじゃろうな」
「たまたま、古買屋で売られていたのを買ったって言ってるらしいわ」
どうせ嘘だろうけど、と鼻息荒く言い捨てるルノア。しかし──確証は、やはり、無い。
ルノアの言葉だけでは、リピンスキーが襲わせたのか、それとも本当に強盗が売り払った品を偶然手にしたのか──どちらとも断言できない。1つだけ断言できることがあるとすれば、『返してくれ』『売ってくれ』と正面切って交渉しても頷かない人物だということだ。
仮に取り返すために強硬手段に出ることになった場合、もし偶然入手しただけの品だったら──ギルドは犯罪に荷担したことになってしまう。
ドワーフのギルド員は髭を撫でて思案し、ギルドマスターの指示を仰いだ。その結果‥‥
「すまないのだが‥‥犯罪だという証拠のないままでは、ギルドで依頼を引き受けることはできない。申し訳ないが‥‥」
「相手が貴族だから? 怖いの?」
「リピンスキー卿の言っていることが正しければ、犯罪になりかねない。正面から譲り受けるつもりはないのじゃろう?」
煮え湯を飲まされたような表情を浮かべ、次に失意の色を滲ませて‥‥ルノアは肩を落としてギルドを後にした。
しかし、やはり諦めきれず──ルノアは冒険者の多く集う酒場に足を向けた。
「ギルドの仲介料の分、多くお礼できるし‥‥力を貸してくれる人もいるわ、きっと!」
けれど、状況によっては犯罪というのもまた事実。個人レベルでの助力はリスクも非常に大きいだろう。もし手伝ってくれる冒険者がいたら、ギルドと同じ理由で途中で手を引かれても我慢しよう。そんなことを考えながら、ルノアは夕闇に煌々と明かりを振りまく酒場へと足を踏み入れた。
そして──失意の依頼人のもとへそっと近寄った数名の冒険者が、この件へ荷担することを決めた‥‥
●リプレイ本文
●情報を、手にするために
冒険者ギルドを通さない依頼。それはつまり、全ての責任を自分たちで負わねばならない依頼である。
「泣き寝入りはさせたくないからねぇ」
黒い噂だらけのリピンスキー卿について調べるべく現地を訪れたチルレル・セゼル(ea9563)は酒を煽った。
「チルレル」
名を呼ぶことで迂闊な一言を窘めながら、アリアス・アスヴァール(eb6622)はノンアルコールの飲み物を喉に流し込む。酒場をハシゴしているのは情報収集のためであって、残念ながら酒を愉しむためではない。
「リピンスキーの悪事暴こうってのにビクビクしてられるかい? って、まあ噂だけじゃあね‥‥」
ぐいっとカップを傾けて頬張った串焼きをクワスで流し込む。チルレルの頬は既に真っ赤で、ろれつが回らなくなることこそ無いものの‥‥
「大丈夫か?」
「あっはっは、大丈夫だよ! 心配しなさんな♪」
小さく溜息を吐きながら、今は別行動をしているユーリィ・ラージン(eb6674)の言葉を思い返す。
『先に断っておくが、私は武力で解決するつもりはない。甘いと言われるかもしれんが、ここの民と領主が上手くいってもらえればいいと思っている』
チルレルとアリアスは、最後までルノアに付き合うつもりである。が、これがもしリピンスキーが正しければどうするか? 自分たちは本当に手を引かないで良いのか? カップの中で揺れる液体を見つめながら、ユーリィは自問自答を繰り返していた。
「何だ、リピンスキーってのは悪いやつなんだねぇ」
チルレルの豪快な笑い声でわれに返ったアリアスは、チルレルがいつしかぐるりと地元の者たちに囲まれていることに気付いた。何だか雰囲気も和気藹々(わきあいあい)としている。
「大きな声じゃ言えないけどな、悪いも悪い、悪いどころの話じゃねえぜ?」
「ここらじゃ夫婦喧嘩から遺産相続まで、諍(いさか)いと言えばリピンスキー卿が関わってるって言われるくらいだからな」
「夫婦喧嘩には流石に関係ないんじゃないかい?」
「いや、そうなんだけどよ〜。そういう話も出るくらい、悪い噂まみれだってことだよっ」
どんなに過大評価されているのか‥‥酒の勢いで誇張されているのもあるだろうが。
「具体的にどんな話があるか、聞かせていただけないかしら?」
艶やかに微笑んだアリアス──その隣の席を奪い合うようにして、男たちは我先にとリピンスキーの悪事の数々をアリアスとチルリルへと話して聞かせてくれた。
◆
全くの無関係を装い街へ入ったフィニィ・フォルテン(ea9114)は、細い月の照らす街角でその歌声を披露していた。
♪欠けた月が 満ちるように
愛が心を 満たすとき
眠った想いが 目を覚ます
言葉にならない 記憶の欠片 全て集め紡いだら
失われた刻 小さなこの手に 取り戻すことができるでしょうか‥‥ ♪
染み入るような悲しみの歌が、夜風に運ばれ流れていく。ゆるりとした歌がやがて溶けるように消えていくと、耳を傾けていた者たちから拍手と銅貨が浴びせられた。集まった人々との交流こそ、フィニィの望んでいたことである。
「あの、もしよろしければ何か詩の題材になるような面白い話を聞かせていただけませんか?」
ハーフエルフであることを隠した月光の歌い手に贈られる賛辞を気恥ずかしそうに受けながら、フィニィはそう切り出した。
「悲しみばかりを歌うのは寂しすぎますから‥‥」
「そういえば‥‥リピンスキー卿の悪事を暴こうとしてる冒険者がいるらしいんだが、そんな話はネタにならないか?」
「ああ、石の巨人を連れて酒場を巡ってる冒険者か。俺も見たぜ」
それがアリアスのことを指しているのはすぐに察することができた。これだけ噂になってしまえば、アリアスがリピンスキーに目を付けられるのは時間の問題であろう。
先輩冒険者として、少し注意すれば良かったかもしれないですね‥‥そうも思ったが、既に後の祭りである。
「リピンスキー卿というのは、この地の領主様ですよね? 悪い噂のある御方なのですか?」
「悪いもなにも、きな臭い話しか聞かないぜ?」
そしてフィニィはあれやこれやとリピンスキー卿の悪事について、人々から聞き出すことに成功した。
◆
「チェシェモが死亡した強盗事件について調べている者だが、少し話を利かせていただけないだろうか」
ユーリィはアリアスやチルレルとは別に情報を収集していた。過去の事件、チェシェモが殺害されたという強盗事件を、少しでも詳しく知るために。
「強盗事件当時に何か珍しいもの、普段と変わったものを見聞きしなかっただろうか。強盗事件に関わっていそうな不審人物の話でももちろん構わない」
一軒一軒家を訪ね、大人から年端も行かぬ子供にまで、僅かな情報も逃すまいとたずねて回った。
「チェシェモは可哀想だったわね‥‥四〜五人で押し入って金目のものは根こそぎ奪って行ったんですって」
「恋人と仲睦まじくデートなんかしてたのにね‥‥」
穏やかな人柄だったのだろう、チェシェモに同情的な言葉が数多く飛び出してきた。
「それから‥‥強盗事件後に今までに比べて羽振りの良くなった人物などに、心当たりはないだろうか?」
「羽振りが良くなった、ねぇ‥‥聞かないわね〜」
肝心な質問にも、皆一様に首を振るばかり。
しかし、確かに強盗に押し入った者がいつまでもひとつ所にいる訳がない。同じ場所に留まっているとすれば、それはよほど悪事に慣れた者。犯罪の足がつかないほどに、そして尻尾を捕まれないほどに、周囲と同化しているということに他ならない。
「これは‥‥失敗したかもしれないな‥‥」
ユーリィは小さく舌打ちした。これは、攻め方を変えねばならないかもしれない。
●絵画を、その腕(かいな)に
夜。ユーリィ、アリアス、チルレルの三人は互いの情報を交換するために膝を寄せ合っていた。
『すみません、私の方は空振りでした‥‥』
アリアスの脳裏にフィニィのテレパシーが届く。芸術に興味を示すのであれば、フィニィの歌にも興味を示すかもしれない──僅かな可能性に賭けたフィニィだったが、確率を覆すことはできなかった。
「芸術ではなく‥‥形ある『物』に執着するタイプなのでしょうね」
気にしなくていいと伝えながら、そう言葉を返すアリアス。
「ユーリィも空振りだったって言ったね。ってことは、成果っていえる成果は強盗した一味を二人ばかりとっ捕まえたことだけか」
「それは凄い! 大手柄だな。何か解ったか?」
ユーリィが膝をたたいたが、チルレルは肩を竦めた。
「いっただろう? 二人ばかり『とっ捕まえたことだけ』って」
女性陣はユーリィへ、その一部始終をかいつまんで説明する。
「‥‥」
くったりと隣に座した二人組みの男に凭れ掛かったアリアス。
「ん? 姉ちゃん、具合でも悪ィのか?」
「悪酔いしてしまったみたいなんです‥‥すみませんが、風通しの良い所へ連れていってもらえないでしょうか?」
腕に指を滑らせて潤んだ瞳で見上げるアリアスに下卑た笑いを浮かべ、男たちは左右からアリアスを抱えるようにして酒場の裏口から人気の無い路地へと滑り出した。そして一人の男が背後からアリアスを抱える。
「涼しくなるように脱がせてやるぜ、姉ちゃん」
もう一人の男が無骨な手をアリアスの胸元に伸ばし──そのまま崩れ落ちた。
「何だ!?」
「いい加減、汚い手を離してもらえないかしら?」
冷ややかな視線と冷水のような声。謀られた──背後から抱き抱える男がそう悟った瞬間、同じように崩れ落ち、高いびきをかき始めた。
「アリアス、大丈夫かい?」
「身体を拭きたい気分だけれど、それだけね」
『あまり無茶をなさらないでくださいね』
「それはどうかしら。これからが本番だもの‥‥」
暗く嗤うアリアスの指示で隠れていたゴーレムが現れる。チルリルが手早く縛り上げた二人の男を抱え上げ、安宿へ運び込んだ。
しかし──ウォーターボムで脅かそうとも、アイスコフィンで氷付けにしようとも、リピンスキーとの繋がりは白状しなかった。ただ1つ‥‥絵画を売り払ったことを認めただけで。
「それで充分だ。その事実が知りたかったのだ」
ユーリィは頬を緩めた。彼の考えていた策には、ただその事実だけが必要だったのだ。
「後は任せて欲しい。もし私の策が巧くいかなかった場合は‥‥全て任せる」
『よろしくお願いします、ユーリィさん。無用な争いを避けるためにも‥‥』
「まあ、あたしもまだ臭い飯を食いたいわけじゃないからねぇ。頑張ってみておくれよ」
「駄目で元々、という便利な言葉もあります。あまり気負わずに」
三人の女性の声援を受けて、ユーリィは単身リピンスキーの屋敷へと足を向けた。
◆
一介の冒険者といえども一人の騎士。正式に名乗り面会を求めたユーリィを無下に追い返すほど、リピンスキーも馬鹿ではなかったようで、目通りが適った。
華美な装飾を施されたイスは玉座に見立てられたものだろうか。どっしりと構えるリピンスキーへ臣下の礼を取り、ユーリィは臆面も無く進言した。
「まず、私は領主に警告を申し上げます。領民の怨嗟の声は高まっています、このままでは民も領主も不幸な事になるかもしれません」
そう切り出したユーリィは、個人を特定できる情報をぼかしながら、領民がリピンスキーに対して抱いている不信感や、各地で生じ始めている軋轢をずらりと並べ立てた。
「リピンスキー卿が購入されたという故チェシェモの絵画。それを盗品だとまくし立てている女性がいることはご存知でしょうか?」
「ルノアとかいう小娘か。言わせておけばいい、私にはなにも後ろ暗いところはないのだからな」
ふん、と機嫌悪く鼻を鳴らすリピンスキーに、ユーリィはゆっくりと首を振った。
「いいえ‥‥それが、どうやら絵画はチェシェモの家に押し入った強盗が彼を殺害した際に奪い去ったもの、盗品であることが判明したのです。リピンスキー卿は購入されただけなのでしょう‥‥しかしながら世間が、領民たちがどう考えるかは、失礼ながら自明の理かと存じます」
臣下の礼を取ったまま、真っ直ぐにリピンスキーを見上げるユーリィ。血を流さずに問題を収拾する──ここ数日、そのことだけを考えて行動してきた彼の全てがそこに結実していた。
「そこでひとつ愚案をお聞きいただけないでしょうか」
「‥‥言ってみろ」
「問題の絵画を、被害者の家族、もしくは絵画を贈るはずだった相手に返却してみてはいかがでしょう? 古買屋で買ったとは言え、不幸な民の事を知ってせめてもの施しとして返却すれば、領主の美談として卿の株も上がるでしょう。民も領主を見直し、今後の施政において大きな一石になるのではと考えます」
沈黙が場を支配した。領主が盗品と知らずに入手した可能性は限りなくゼロに近いと4人は考えていた。領内の治安を預かるのは領主の役目、となればチェシェモのことも、絵画のことも、知っていて当然なのである。
依頼人ルノアは、目には目を、とばかりに奪い返すことを考えた。それもまた選択肢の一つであったことは確かだ。
けれど‥‥損得で物を考えるリピンスキーにとって、この提案は魅力的に映った。
「面白いことを言う男だな、ユーリィ・ラージン。覚えておくぞ」
「ご配慮、感謝いたします」
「自分のことだ、感謝される謂れはない」
執事に指示し運び込ませたチェシェモの絵を、ユーリィはしっかりと受け取った。
「この件は、くれぐれも、大々的に領民に流布するように」
深く頭を下げ、重ねて礼を述べる脳裏にフィニィの声が響いた。
『お疲れ様です、ユーリィさん。館の前でルノアさんとお待ちしてますね』
こうして、チェシェモの作品『息吹』はルノアの手に渡った。
描かれていたのは、深い雪に閉ざされた森に訪れた遅い春。
僅かな夏を謳歌すべく芽吹く緑と生まれる命。
ロシアの最も輝く刻を封じた絵画は、チェシェモが最も愛した人の手に渡ることになろう。
「結局、リピンスキーさんと強盗は通じていたのでしょうか」
キエフへと帰る道中で、フィニィは首を傾げた。
「どうだろうね。でも、通じていたとしても尻尾は見せないだろうねぇ」
「悪い噂の絶えない人物‥‥そうですね、確証があれば噂に留まらないですしね」
彼を捕らえることは、冒険者には出来ない。
けれど、本当に悪事を働いていたのなら。いずれは国王の手によって裁かれる日が来よう。
──こうして、報告書のない小さな依頼はひっそりとその幕を閉じたのだった。