冒険者って便利屋さん?−調停−

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月21日〜09月28日

リプレイ公開日:2006年09月29日

●オープニング

●暗黒の森の片隅
 森の中を、エルフ族の戦士たちが疾走していた。彼らの森を侵す者どもに制裁を与えるために。
 森の中を、開拓村の男たちが進軍していた。武力で開拓を阻害する蛮人に抗するために。

 それは小さな不幸が積み重なった結果だった。
 開拓民たちが、その森を開拓地に選んでしまったことも小さな不幸。
 その森に、古くからの生活を続けるエルフ族の集落があったも小さな不幸。
 広い森の中で出会ってしまったことも小さな不幸。
 開拓を中座するわけにいかず、事を構えずに済むようにと冒険者ギルドに依頼を出した開拓民たちへ──人手が足りなかったか条件が折り合わなかったか、依頼を受ける冒険者が依頼人の希望に達しなかったことも小さな不幸。
 いくつもの命が蹂躙され、たくさんの怪我人が苦しみ、小さな不幸は怨みを膿んで大きく成長してしまった。

 そして、更なる不幸が産まれた──‥‥死臭と怨念が腐臭を喚んだのだ。
 ──GRRRAAAA‥‥
「ぐああああ!」
 食い千切られた開拓民の腕から鮮血が迸る。
 ──ぐちゃ、ぐちゃ、ねちょ‥‥
 咀嚼する粘液質な音が、薄日の森を汚す。また別の所ではエルフ族の戦士たちがソレに遭遇していた。対峙した青年が肩口に喰い付かれる。
「く、う‥‥っ! ここは、僕が‥‥逃げてください!」
 叫びを堪え、自身の血肉を餌に仲間を逃がした青年は、森の中で事切れた。


●冒険者ギルドINキエフ
 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
 夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥

 依頼人はブランカという名の大型犬を連れた少年だった。
「森にアンデッドが出るんだ。それを、退治してください」
 村から預かってきた依頼料をテーブルに乗せ、少年はじっとギルド員を見上げた。物言いたげな視線に、ドワーフのギルド員はできるだけ優しく声を掛けた。
「何か、言いたいことがあるのではないかの?」
「あのアンデッド、きっと‥‥戦いで死んだ人なんだ。俺の村の人たちと、エルフの人たち」
「剣を交えたのか」
「‥‥うん」
 ぽつりぽつりと、少年は重なってしまった小さな不幸を語った。どちらにも自分の正義と主張があり、それらは一概に間違いとは言えないものだった。
「俺も、狩りをしてたら脅かされた。森を荒らすな、今すぐ出て行けって。開拓は始まって何年も経ってるから止めるわけにはいかない、っていう村の人の話もわかるんだ。だけど、皆、こんなことになるなんて思ってなかったはずなんだよ。死んだ人たちがアンデッドになるなんて。でも、やっぱり引けないと思うから‥‥」
 言葉を詰まらせた少年を応援するように、ブランカが頭を摺り寄せた。にこっと微笑んで撫で、少年は一度は閉じた口を開く。
「できれば、もうこれ以上戦わないで済むように‥‥間に入ってほしいんだよ」
「調停をしろ、ということじゃな」
「難しかったらいいんだ。お金も、俺、預かってきた以上の金額は払えないし‥‥」
 少年は12歳前後、願うだけでは叶わないこともあると知っている年頃だった。
「けれど、言わねば叶わぬものもあるからの」
 無骨な手で依頼人の手を撫でて、ドワーフのギルド員はもっさりしたヒゲの向こうで笑った。

 ──そんな経緯を経て冒険者ギルドに掲示された羊皮紙を見上げる男がいた。
「アンデッドか‥‥俺が行かないで誰が行くって感じだよな!」
 そんなこと、本人以外は全く誰も思っちゃいないのだが。
 注釈として書き加えられた調停の文字を見ず、アンデッド退治というただそれだけで、ラクス・キャンリーゼは依頼を請けることを決めた。

●今回の参加者

 ea1747 荒巻 美影(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1872 ヒスイ・レイヤード(28歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea4530 朱鷺宮 朱緋(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb2292 ジェシュファ・フォース・ロッズ(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

鷹碕 渉(eb2364)/ エリザベート・ロッズ(eb3350

●リプレイ本文

●寒き土地へ出づる者たち
 冒険者ギルド前の通りを、風が吹き抜ける。降水量の少ないキエフの地面は雪か氷に覆われていない限りはほとんど通年乾いていて、風に釣られた砂埃が頬を打つ。涼しいというには冷たすぎる風と砂埃から自分を守るように、立てた襟をきっちりと押さえて、依頼人は冒険者を待っていた。
「武道家の荒巻美影です」
 まだ幼さを残す依頼人へ、荒巻美影(ea1747)は務めて笑顔で自己紹介をする。どうやら悪漢とさして変わらぬような性質の悪い冒険者に引っかからずに済んだようだと、少年は安堵の色を浮かべて肩から力を抜いた。
「今回は、アンデッドを倒してから話し合いなわけね? 調停は、余裕があればで、いいのね?」
 ヒスイ・レイヤード(ea1872)が依頼人へ念を押す。万が一にも優先順位を間違えるわけにはいかないのだ。
「はい。お金はアンデッド退治の依頼のために預かってきたものだから‥‥」
「相談されたんだもの、頼ってくれたんでしょう? 大丈夫、できる限りのことはさせてもらうわよ」
 考えて貰えているという喜びと、やはり後回しなのだという悲しみを滲ませ、幾分落とされた小さな肩。その肩を、ヒスイは励ますように優しく叩いた。数珠を手に、朱鷺宮朱緋(ea4530)も穏やかな笑みを向ける。
「此度の件、双方の主張は理解出来‥‥されど力に頼るは真の解決とはならず悲劇を。全ての幸せを祈るが白の僧侶の務め、叶わぬ事も多く御座いますが出来得る限りの助力はさせて戴きましょう」
「そのためにも、まずはアンデッド退治だね。もともと仲間だったなら村の人やエルフたちも手を出し難いだろうし、被害が拡大する前に退治しちゃわないと」
「調停とか小難しい話は苦手だけど、スペシャリストもいるし退治は任せてくれ」
 ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)の言葉にグッと親指を立てて見せるシュテルケ・フェストゥング(eb4341)。彼がちらりと流した視線を受け、ラクス・キャンリーゼは偉そうにふんぞり返る。
「ロシアに来てたんだ‥‥。トコトン縁があるみたいね」
 フィーナ・アクトラス(ea9909)がくすっと愉快そうに笑う。彼女の声でふと思い出したようにスィニエーク・ラウニアー(ea9096)がフィーナへぽそっと呟いた。
「‥‥『アンデッドに突撃する男』の方が合ってる様な気がしませんか‥‥」
「臍を曲げるわよ」
「聞こえは全然違うんですけれどね‥‥」
「彼の頭の中から変えるしかあるまい」
 ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)はその苦難を思いながら、嘴を挟む。けれど、その称号の是非については触れない。黒の司祭は時としてアンデッドを作りだす側に回る──その殆どは正しい行いのためだが、稀に、間違った行為に使用する司祭も存在する。それを思うと、馬鹿がつくほど純粋なラクスを否定する気にもなれなかった。
 複雑な想いと複雑な背景を孕んだまま‥‥身を凍えさせようとする風を切り、依頼人の護衛をしながら、或いは一足先に。悲しみに包まれた場所へと、冒険者たちは足を向けた。


●導かれ出づる者たち
 先行して村に辿り着いた者たちが見たのは、血臭漂う村だった。横たわるのは働き手であろう青年、壮年の男たち。男たちに限らず女性にも少なからぬ怪我人がいた。
「‥‥っ」
 スィニーが口元を押さえ、ジェシュは目を見開く。
 治癒しかけている矢傷や切り傷はエルフの集落との戦闘で受けた傷だろう。アンデッドから受けた傷はそんなに美しくなく、もっと原始的な傷。噛み付かれた跡にはアンデッドから抜けた歯が残り、立てられた爪に眼窩を抉られた者もいる。止血をしてもなおじくじくと血の滲むのは強引に引きちぎられた──否、食い千切られた傷跡。緩慢に襲い来る死に立ち向かう者たちが切り倒された丸太のように横たわっていた。
 それらの怪我人たちは看護と治療の都合もあり一箇所に集められていた。怪我の酷い者はやはり先頭に立って戦った男性たちで、女子供の怪我は不足した薬草を採取しに森へ行った際の不注意による事故と、不幸にもアンデッドへ遭遇してしまった時に負ったもののようだ。
「‥‥‥」
 膝を付き、怪我を診るヴィクトルは眉間にしわを寄せた。男たちの怪我は応急手当程度でどうにかなるものでもない。フィーナが素人目で診ても、専門の医者かポーションのような魔法薬が必要なように思えた。けれどこれから行く戦場ではその1個の薬が勝敗を分けるかもしれず、貴重な魔法薬を事前に渡してしまうわけにはいかない。
「弥勒様‥‥正しき者が悪しき者より受けし傷を癒すため御力をお貸し下さい‥‥」
 堪らず、朱緋がリカバーの詠唱を行う。意識は昏迷しながらも魘され続けた男は、傷が癒え呼吸を楽にする。
「回復していただいても、お支払いするお布施が‥‥」
 怪我人たちの看病をしていた女が慌てて朱緋へ駆け寄った。
「白の僧侶として、この惨状を見過ごす訳には参りません」
「けれど‥‥」
 拳を握り締める女へ、ヴィクトルも頷いた。
「我々が到着するまで耐えること、それがタロン様の下された試練だったのだろう。大いなる父の導きがあってこそ我々も辿り着くことができたのだから、間違いない」
「大丈夫よ。回復してもらわないと、話を聞かせてもらうのにも支障があるかもしれないでしょ?」
 わざわざ断言したヴィクトルと、これも仕事だからと、にこやかにウインクしてみせたフィーナに漸く安心し、改めてよろしくお願いしますと女は深く頭を下げた。
「ああ、そっか〜」
 なるほど、とジェシュは内心で手を叩いた。薬はだめでも、魔法なら一晩ゆっくりと休めば魔力は回復する。明日への支障はないのだ。
「急いで来て‥‥良かったです」
 胸を押さえたスィニーの腕を引き、ジェシュは表情を引き締めた。
「魔法が使えなくても、できることはあるよ。スィニエークさん、お湯を沸かしてくれる? フィーナさんは清潔な布を探して」
 この場で薬師は役に立たないかもしれない。けれど、怪我に対する処置ならば多少の心得はある。指示を飛ばすジェシュに頷いて、2人は部屋を飛び出した。


●迷い出づる者たち
 夜の訪れと共に、依頼人の少年に合わせていた美影、ヒスイ、シュテルケ、ラクスが到着した。夜闇のためか、美影がとてもとても疲労してみえたため、食事を摂りながら必要最低限の情報交換のみを済ませ、早々に眠りについた。
 朝を迎え、必要の無いものや巻き込みたくない子犬らを村に預けると森へ向かう。
「不死者は生者を襲う性質が御座いますゆえ、私共が徘徊すれば彼方より接触してくる可能性は高いでしょう」
「そうね、下手に探すより効率もいいしね。‥‥っと、早速来たわよっ!」
 朱緋の言葉を証するように現れたアンデッドへ、フィーナのブレーメンアックスが先制攻撃!
「行くぞ、シュテルケ!」
「ラクスさんに負けないくらい、切りまくってやる!」
「あら? ラクスさんが、増えたわね」
 止める間もなく飛び出した二人の戦士に肩を竦めるヒスイの声にフィーナが天を仰ぐ。不用意に懐に飛び込まないことを祈るばかりだ。
「偉大なる父よ、迷える魂に導きの鞭を──」
「不浄なる者たちへ清浄な光を──」
 戦士たちの援護をするように、ヴィクトルのブラックホーリーと朱緋のホーリーがアンデッドを貫く!!
「父なるタロン様‥‥雄々しきその手で私達を守る結界を──」
 ヒスイの詠唱が後衛を守る球体を生む。
 美影は拳へオーラを纏い、その球体を守るべく更に一歩前へ進み出る。
「離れず、私に向かってくる敵から守って‥‥」
 愛犬クルイークへ指示を出し、少しでも森を傷つけぬようライトニングサンダーボルトを詠唱するスィニー。後の交渉のことを考えれば、間違っても森を傷つけるトルネードなど使えない。
「ロシアに眠る精霊たち、一時だけ極寒の冬を思い出して──」
 ジェシュの詠唱でアイスブリザードが吹き荒れる! 扇状に広がる吹雪は現れた3体のズゥンビの体表を白く染める。ついでにラクスとシュテルケの背中も白く染めた。
「詠唱してる前に飛び出したら危ないって言ったのに〜」
「一体ずつ引き離します。援護をお願いします」
「OKだよ〜」
 ジェシュの魔法を効果的に使うべく、美影が一体を引き離しにかかる。
「荒巻美影、参ります!!」
「ズゥンビ退治のコツ、その1。真っ向から叩き潰す!」
 コツでもなんでもないですね、と死角から聞こえたラクスの声に美影は苦笑しながら、拳をズゥンビへ叩き付けるとしゃがんで爪をかわし、足を払う! 自分も真っ向から叩き潰していることに気付き、小さく笑う。
「ズゥンビ退治のコツ、その2。牙が見えたら前に立つな!」
 シュテルケが教わったコツを復唱しながらアンデッドと距離を取る。
「出たわね、グール」
 ぞろりと生え揃った牙は、村人の肉を喰いちぎったもの。グールの腹部の傷は、生前、別のグールに喰われたものだろう。千切れた臓物の間から白い蛆虫をぽろぽろと零し、シュテルケを追う。
 そうはさせじと白と黒の光と雷光がグールに襲い掛かる!
「気持ち良くはないもんだな。おとなしく死んでてくれ!」
 シュテルケの剣が腕を叩き斬る!
「ラクスさん!」
 ズゥンビを叩き潰した美影、ほぼ同時にズゥンビを切り伏せたラクスの剣へオーラパワーを付与すると、シュテルケを襲う敵に拳を向ける!
「手伝うぞ、シュテルケ!」
「助かる!」
「次の戦闘は、事前にオーラパワーを付与させてもらいますね」
 二人の攻撃が通常よりもダメージを与えているのを見て、シュテルケは頷いた。
 けれど、魔法がなくてもラクスさんには負けない! とばかりに奮起し、胴を薙いだ一撃がグールの活動に終止符を打った。

 二日間自らを囮に森を歩き続けた冒険者たちは、戦いで命を落とした開拓民のほぼ倍の数のアンデッドを浄化した。正確な数は把握できていないが、事前の情報でアンデッドの目撃された範囲は全て掃討したことになる。
「偉大なる父よ、御身の元へ哀しき魂をお導きください」
「いきなりアンデッド出没って、かなり少ないはず。操る人が居そうな感じもするわね‥‥」
 ヴィクトルの後ろで呟いたヒスイの言葉が、耳にこびり付いた。


●怒り出づる者たち
 森を歩きアンデッドを駆逐した冒険者は二手に分かれて開拓村と暗黒の森のエルフの説得に赴いた。
「向こうの方も私達の仲間が赴いて、会合に出席するように説得を行っている頃です」
 元より話し合いによる歩み寄りを試みた開拓村には、拒絶する理由はなかった。
 一方、暗黒の森のエルフ達は‥‥訪れたジェシュ、ヒスイ、ヴィクトルという三人の冒険者がエルフであることに気付き、迎え入れた。けれど神聖なる森を破壊する開拓民は、彼らにとってモンスターも同然。
「これ以上争えば更に墓が増えることになる」
 粗暴な外見と相俟って脅迫染みて聞こえた呪いのような言葉をヴィクトルが口にすることで、同席することだけは不承不承ながらも承知したが──行く末は暗い。
 双方の代表者数名が対峙した空間は張り詰め、殺気を孕み、五感全てから冒険者に不安を刷り込んだ。
「今回決まらなくても、話し合いが続く様になれば良いんだけど‥‥」
 少しでも場を和ませるためにとハーブティーを用意しながらフィーナは笑顔を曇らせる。
「言葉にて、互いにとって今より善き道を探す事に何の不都合がありましょう」
 手を貸していた朱緋は静かに瞳を伏せる。それは理屈であるが、感情というものは時として理屈を凌駕する。不安要素があるとすれば、その一点に尽きる。

 そして、幕が開く──

 蓋を開けてみると、頑ななエルフたちを懸命に口説いていたのはジェシュだった。
「既に村が出来ている以上、彼らが村を捨てることは難しいと思う。君達も集落を棄てる選択を出来る訳がないよね? 離れる事が出来ない以上、仲良く暮らして行くしかないと思うんだ」
 けれど、彼の吐く正論は森に暮らすエルフ達の心を開くものではなかった。老獪な長老たちを説得するにはエルフとして幼すぎたのが大きいだろう。敬意を払い接することができたならば、多少は好転したかもしれぬが‥‥後の祭り。
「住処に侵入されて怒る気持ちも分からないでは無いけど、森はお互い必要だと思うから‥‥ああ、境界線でもあればいいのよね?」
「‥‥我らとて森に入ることは否まぬ。獣を狩り、自然のままに暮らすのであれば受け入れよう。けれど、森を破壊し続けるというのならば共存の道はない」
「開拓をやめろってのか。ウラジミール陛下に背けと!?」
 声を荒げる開拓民を美影が宥めるのを見ながら、ヒスイは小さく息を吐く。お互いに譲歩できる場所が違いすぎてかみ合わない。
「此れが擦違いの結果だという事、考えて頂きたく存じます」
 そう言った朱緋は埋葬に使用する予定だった遺品や遺髪をテーブルに並べ、一同を見回した。
「なあ‥‥それはそんなに大事なことなのか?」
 水を差したラクスへ反射的に鬼神ノ小柄の鞘を投げつけようとしたフィーナだが、ふと手を止めた。シュテルケが、ラクスの言葉を継ぐ。
「大事なのはアンデッドになった仲間に喰われて全滅するまで諍いを続けるのか、それとも受け入れる努力をするのか、ここに住むあんたらがどっちを望むのかだろ?」
 とてもシンプルな問いかけに、会合の場は水を打ったように静かになる。
「大人がそんなんじゃここの子どもたちは‥‥かわいそ過ぎるぞ」
「‥‥不謹慎かもしれませんけど‥‥ズゥンビが出たのは『お互い戦うのを止めて、協力しあって欲しい』‥‥そんな思いがあったかもしれませんね‥‥」
 小さく呟いたスィニーの言葉が、皆に染み渡っていく。
「我々は、見て見ぬ振りはできぬ」
 長い沈黙の後、エルフの長老は重く口を開いた。
「だが、お主らが立ち去らぬというのなら‥‥我等が森の奥へと去ろう」
「‥‥いいの?」
「生に繋がらぬ死は我等も望む所ではない──しかし、二度目はない」
 開拓民たちを、そして会合の場を設けた冒険者達を射るように見、エルフたちは振り向きもせずに去った。
「‥‥辛い選択をさせてしまいましたね」
 彼等の分までこの土地を愛してあげてください‥‥美影は、そう望まずにいられなかった。


●影に潜む物
「よし、馬! 帰るぞ!」
「ラクスさん、いくらなんでもその呼び方は可哀想よ。プデルフとか、どう?」
「プデルフか‥‥よし、馬。お前は今からプデルフだ!」
「即決!? さすが師匠、男らしいぜ!」
「褒めるところじゃないわっ」
 投じられたブレーメンアックス。逃げ惑う男達。控えめに毀れる笑い声。
 安堵した彼らは、頭上から眺める視線には気付かない。
『‥‥‥』
 つまらなそうふいっと視線は背けられた。

 ──例えこの命尽きようとも、森を破壊する者に制裁を! 戦い続ける力を!

 小さな願いに力を貸し、望み通りの力を与えた『ソレ』は。
 新たな願いを探して闇に消えた。