冒険者って便利屋さん?−お菓子作り−
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 48 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月18日〜09月24日
リプレイ公開日:2006年09月26日
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●オープニング
●冒険者ギルドINキエフ
各国に存在する冒険者ギルドには、常に厄介ごとが持ち込まれている。
一口に厄介ごとと言っても夫婦喧嘩の仲裁であったり、戦争の戦力要請であったり、種々多様だ。
そして今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥
「あのね、リリとキキちゃんのお手伝いをして欲しいの〜」
「本当は二人で充分なのです。でもリリがどうしてもって言うから仕方なくお願いしてやるのです」
ギルドのカウンターに陣取ったのは二人のシフール。40センチほどの身長に黒い縁の赤い羽。そしてふわふわの髪は羽の色を模している。瓜二つの外見は、二人が双子であることを示していた。もっとも、性格はずいぶんと違うようであるが。
「二人の手伝いというと、何をすれば良いのじゃ?」
相手をしている三つ編みヒゲのドワーフはれっきとした冒険者ギルドのギルド員である。
「そんなこともわかんねぇですか?」
「お手伝いはお手伝いですぅ!」
リリはキキより大分まともかと思ったギルド員だったが、その認識はあまりあてにならなかったようだ。大して変わらないというかなんと言うか‥‥‥。
「しかし、情報がこれだけでは冒険者はやって来ぬよ?」
「むー。お菓子作りのお手伝いといえば、お菓子を作ることに決まってるです!」
「リリとキキちゃんだと大きいお鍋とか使うの大変なのぉ」
「つまみ食いなんてしたらお仕置きするですけれど」
「えぇ〜!?」
「作ってからお茶会するですよ。それまで我慢なのです。我慢できなかったらお菓子抜きなのですっ」
「ぶぅー。キキちゃんおぉぼぉなの〜‥‥」
「あ〜‥‥喋ってもいいかの?」
きゃんきゃんと喚く小犬の様な二人に思わず眉間を揉み解すギルド員。
しかし、どうやらお菓子作りの手伝いをして、お茶会に付き合うという話のようである。
「お菓子はやはりカラントかの?」
「そうです。真っ赤なカラントを使うのです」
「でも、取りに行くときにまだゴブリンが出るかもしれないから、一緒に行ってほしいの〜」
「ふむふむ」
羊皮紙にペンを滑らせるギルド員。
リリは無骨な手が紡ぎ出す流麗な文字に見入り、キキは三つ編みヒゲを束ねるリボンに心を囚われている。
やがてペンが動きを止め、リボンの揺れも収まると、二人は我に帰ったように再び言葉を紡ぎだした。
「あとぉ、リリとキキちゃんはジャムを作るので、皆さんにはお菓子を作って欲しいの〜」
「一人一品なんて材料はないのです。カラントはいっぱい取ったら動物たちの分がなくなるですからね。ジャムと、皆で2品、これだけです」
「でも、カラントを使わないパンとかなら、リリ、嬉しいかもぉ〜」
じゅるりと涎を拭う二人に苦笑してギルド員は再びペンを滑らせた。
口ばかり達者でも、このシフールたちは幼く、純朴なのだと好々爺の笑みを浮かべながら。
●リプレイ本文
●カラント摘みにえんやこら
静かな森の一角に、数軒の家が建っていた。開拓村というほどには開拓に精を出していない、どこかゆったりと時間が流れているように感じる村‥‥肌寒くなってきたこの季節だが、重なる針葉樹の隙間から零れる陽光に茂みから狐が顔を覗かせる。
けれど、その静寂を壊すものが居た──依頼人であり、その村の住人でもある双子のシフール、キキとリリである。
「真っ赤なカラントは普通のカラントより甘くてほわ〜ってするの〜。キキちゃんもほわ〜ってなっちゃうの」
「キキはそんな風にはならないですよ! 適当なことぬかるんじゃねーです!」
「え〜? でも、美味しいもの食べたらほわ〜んってなるよねー?」
「ねー?」
しふしふ仲間の揚白燕(eb5610)は、リリと馬が合う模様。どんなお菓子を作ろうか、空を飛んでいるのに器用にスキップなどして見せる。
だんだんテンションが上がってきたリリと白燕からスススーっと距離を取ろうとしたキキの進行方向に馬首を向け、エカテリーナ・イヴァリス(eb5631)はドキッパリと釘をさす。
「キキさん‥‥リリさんと手を繋いで絶対に離さないであげてくださいとお願いしましたよね」
「解ってるですっ。リリ、手を貸すですよ」
「なんだかんだ言っても、仲良しだよね♪」
しっかりと繋がれた二つの手に、藺崔那(eb5183)は嬉しそうに微笑んだ。二者二様に照れるシフールが崔那にはまた微笑ましい。しかし、できるだけ静かに出発して静かに移動してゴブリンには触ることなく過ごしたいキリル・ファミーリヤ(eb5612)はやきもきするばかり。この2人を見た時から諦めていたことでもあったが、それでもできるだけ静かにしてもらうことを望み、要らぬ苦労をも背負う──キリルという人はそういう人だ。。
「しかし、パイ、カラント、クッキー‥‥言葉だけでも何とも言えない魅力があるな」
いつもクールな皇茗花(eb5604)だが、何故だろう。いつもと同じ表情なのだが、頬が赤らんで見えるのは。
「お茶会にカラント摘みも楽しそうですよね‥‥私、こうやってカラントを摘みに行くのも初めてなので、楽しみなんです」
依頼だということはもちろん忘れていないが、マリア・ブラッド(ea9383)もいつもとは違って見える森の風景に目を輝かせている。
木漏れ日の中、虹羽がちかちかと明滅する。その下では背丈の低い草の上で野眞と野羽がじゃれ合っていて、メドヴェージに身を包み神経を張り巡らせていたキリルさえも、イワンを連れてきても良かったかもしれないと知らず知らず柔らかい微笑みを浮かべていた。
そして辺りが夕闇に包まれる頃、リリがくるくると踊り始めた。
「そろそろカラントの木が見えてくるの〜」
ふわふわと明後日の方向へ飛んでいこうとするリリをしっかりと押さえつつ、白燕は慎重に辺りを見回した。
「ゴブリンがいるとしたら、そろそろだよね〜。出てこないといいなぁ」
「キキさん、カラントの木は近くですか?」
キリルの問いかけにこくりと頷くしふしふ。
「それでは、この辺りで野営にしませんか? あまり近付いて、夜の間にゴブリンと戦闘になるのも何ですし」
「そうですね‥‥。ゴブリンさん達もカラントが食べたいだけでしょうから‥‥無駄な戦いは避けた方が‥‥」
キリルとマリアの平和的な意見に反対する者はいなかった。依頼人も冒険者たちもカラントの実を美味しく戴きたいだけで、無用な血を流さずに済むならそれに越したことはない。森は、人間やシフールたちだけの物ではない。色々な生き物が、それぞれに生きている──半ばピクニック気分で歩いた森は、そんなことを改めて教えてくれていた。
だが、相手がそんなことを考えてくれるとも限らないと茗花は襟を正す。
「それでも、一応、夜間の見張りは立てるべきだな」
「そうだね〜‥‥って、あー!? あたい、野営の支度するの忘れちゃった〜! ‥‥当番の人のテントの隅っこ貸してほしいな〜」
「夜は冷えますから、きちんと温かくしておかないと。シフールの方なら、私のテントと茗花さんのテントに分かれれば充分に休めると思いますよ」
「キキちゃんとリリもー?」
「ええ、もちろんです。風邪でも引いたらお菓子作りも楽しめませんものね」
こうして、3人のシフールはマリアと茗花のテントに引き取られることになった。
幸い、夜の間に襲撃を受けることもなく。
朝露滴る森の、身を切るような凍えた空気の中‥‥一行はカラントの木に辿り着いた。
「ああ、少し食べられていますね‥‥この様子だと昨晩でしょうか。真っ直ぐに来ていたらゴブリンと一戦構えることになっていたかもしれませんね」
カーチャもほっと胸を撫で下ろす。
所々ゴブリンに食い散らかされたり鳥に啄ばまれたりしているものの、カラントの深紅の実は朝露を受けてルビーのように輝いていた。
「ん〜、真っ赤なのを摘めばいいのかな?」
「そうです。そっと摘んで、できるだけ傷まないようにしてほしいのです」
「この籠いっぱいに、カラントを摘んでほしいの〜」
双子のシフールが二人でぶら下げているのは40センチほどの楕円のバスケット。
「これで少しは傷み辛くなると思うが‥‥」
茗花が清潔な布を敷いても、それなりの量が摘めそうなバスケットだ。深さがさほどないのが救いだろうか。
「これくらいのは大丈夫でしょうか?」
「ジャムにしちゃえばいっしょなの〜」
「適当なこと言うんじゃないです!」
「あっ。潰れて、指が真っ赤になってしまいました‥‥甘酸っぱいです」
「ずるーいっ。あたいも食べちゃおうっと〜☆」
沢山摘むのは大変だけれど、それでも戦闘を忘れた清々しいひと時。話が弾んでいる間に籠にはずいぶん沢山のカラントが摘まれていた。
「それじゃ、帰って早速お菓子作りなのー☆」
野営も行い疲れているはずの一行だったが、ほころぶ顔に足取りも自然と軽やかになっていた。
●お菓子作りだえさほいさっさ
井戸からたっぷり水を汲むのはキリルと茗花のお仕事。二人が運んでくれた、とても澄んだ冷たい水で、まずはカラントを洗う。
「これくらいなら私でもお手伝いできますね。‥‥あ」
カーチャ、言った端からカラントを潰してしまいズーンと落ち込む。
「大丈夫だよ、ジャムには使えるから〜♪」
「そう、ですか‥‥」
しょんぼりした肩をぽむぽむと叩き、白燕はカラントの実を適当に3つに分ける。そのうち2山がジャムになる分だ。
「ジャムの分はこっちの鍋に入れるの〜」
「手早く煮詰めるのです。その間は出てくる灰汁をせっせと掬うだけなので、カーチャでもできるです」
おたまと器をカーチャに持たせ、キキとリリは蜂蜜投入の準備☆
「その間に私たちはパイとクッキーを作りましょうか。うふふ、腕の振るい甲斐がありそうです」
マリアと白燕は袖を捲り上げて臨戦態勢だ。
小麦粉を、バターを、卵を、ミルクを。次々に取り出して取り分けていく。
「私は、パイ生地を作りますね」
「それじゃ、あたいはクッキーの準備をするねー☆ 崔那さん、手伝ってほしいの〜」
「何から始めればいいの?」
「そっちの器で、バターと蜂蜜をね〜‥‥」
自分には合わない人間サイズの器具はまるっと崔那に任せ、てきぱきを指示を出す。
慣れた手つきで手早く作り上げられる生地に茗花もカーチャも目を丸くする。
「あら? お二人は、お菓子作りは初めてですか?」
マリアに尋ねられ、ふるふるふると首を振る二人。
「お菓子の作り方が分からぬ訳ではない。‥‥得手でないだけだ」
「切ることは得意ですし、それ以外の作業が出来ない訳でもないのです‥‥。‥‥‥ただ、いつも味のつけ方が上手くいかないだけで」
ぼそっと呟いた茗花の言葉にカーチャが大きく頷きぽつりと呟く。
「美味しくないのは当然として、酷く不味い訳でもない、凄く中途半端な物に‥‥」
「粉を混ぜたり伸ばしたり、型に入れたり位は出来るぞ‥‥多分。料理上手な人に見守られていれば、だが‥‥」
ぽつりぽつり、ぼそりぼそりと呟かれる二人の言葉にマリアは笑みを零した。
「誰でも最初は同じですよ。お菓子作りも他の事と同じで、経験することが大事なのだと思います」
「カーチャ、余所見は駄目です! 焦げちゃうです!」
「はわわっ。急いで混ぜてー!」
双子に急かされ、カーチャは慌ててカラントをかき混ぜる。
「茗花さん、ご迷惑でなければ私の分を手伝ってくださいますか? そうしたら、もう一品増やせるかもしれませんし」
「私の手でよければ幾らでもお貸しする」
「それじゃ、こちらの生地を‥‥」
わいわいと盛り上がる女性陣の声を遠くに聞きながら、キリルは一人会場準備。
テーブルに清潔なクロスを掛け、人数分のイスや皿の確認。その合間に‥‥否、むしろ準備が合間に行われていたようなものだが、お菓子やパンなどを焼く窯に薪をくべて温度を上げる。薪割りも押し付けられたのだから、このお菓子作りで一番重要で一番面倒なところは‥‥実際のところ、キリルが一人で担当していたようなものだ。
『リリっ! そんなに味見ばっかりしてたら無くなっちゃうです!』
『キキも頬っぺたにジャムがくっついてるよ?』
『これは‥‥は、跳ねただけなのですっ』
「あちらは賑やかですね」
その声の中心になり響き渡る甲高い声。
──あのお二人のご両親はさぞかし多大なご苦労をなさっていたのでしょうね‥‥
決して口にはしないけれど。一日二日でこれだけの疲労を強いられるのだから、さぞかしご両親は‥‥と、そこまで考えてキリルは思考を放棄した。
あの二人の人格を育てたのも『ご両親』なのだと思い至ってしまったから。
●甘くて酸っぱいロシア味
ふうわりと鼻を擽(くすぐ)るのはバターの溶ける匂い。パンの焼ける匂い。
小さな壷にたっぷりと詰められたカラントのジャムには銀のスプーンを沿えて。
どこから見つけてきたのだろう、ざっくりと編まれた籠に焼きたてのパンとスコーンを並べ、トング片手にマリアがやってきた。
「いいにおいです〜‥‥」
「お茶も用意してあるよ♪」
ほわわんと幸せそうに目を細めるキキへ、崔那が手ずから淹れたお茶を振舞う。
テーブルの中央には大きめの更に並べられた、一口サイズのパイ。
中央にジャムを乗せて焼いたクッキーとドライカラントを混ぜて焼いたクッキーはどちらも蜂蜜味。
材料費を考えると恐ろしいことになるのだが、目の前に並べられた幸せ色の料理の数々はそんなことも吹き飛ばしてしまう。
「マリアさんもお掛けになってください」
「いえ、これがメイドの本分ですのでお気になさらず」
「けれど、折角ですから‥‥最初の一口くらいは皆で一緒に」
これだけの甘い香りに囲まれることは滅多にない。キリルの言葉で卓上を一瞥したマリアは、お言葉に甘えて、と腰を下ろした。
湯気の立つカップを手にすると、待っていた白燕がにこりと微笑み音頭をとった。
「それじゃ、いただきまーす☆」
「「「いただきますっ」」」
はむっ、と口いっぱいにパイを頬張ったキキとリリは、ほわ〜んと幸せを迸らせる。
「美味しいの〜‥‥」
「カラントの実だけじゃ寂しいので、卵とミルクでソースを作ってみたんです」
「マリア、良い仕事をするですねー」
キキがリリと同じ顔をして彼女なりに手放しに褒め称える。
「茗花さんが手伝ってくださったからですよ」
「私は何もしていないが」
捏ねすぎて、生地を一度駄目にしてしまいかけたくらいで。
けれど、それでも向けられる満面の笑みはやはり嬉しいもののようで、茗花のクールな表情もいつもよりどことなく緩んでいる。
「焼きたてのパンにジャムって言うのも美味しいよね〜☆」
「ジャムの付けすぎには気をつけねばな」
白燕の言葉に釘を刺しつつ、自分はたっぷりとジャムを塗ってしまっている辺りも、いつものクールな彼女ではない。そんな姿が何だかとても幼く見えて、キリルは小さく笑った。
同じように、たっぷりとジャムをつけたカーチャが目を細め、眉間にしわを寄せ、頬を綻ばせ、溜息を零す。百面相を演じるカーチャへ、キリルは尋ねた。
「どうかしましたか? 何か問題でも?」
「ジャムが美味しいんです」
「‥‥‥ええ、美味しいですね‥‥?」
えもいわれぬ回答に困惑するキリル。
「‥‥‥私は味覚が変な訳ではありません、料理が難しいだけなんです‥‥」
「そうだ‥‥。何故あのような複雑な物を皆覚えられるのだ」
「きっと、何度も繰り返して覚えていくのだと思いますよ」
ぽそりぽそりぼそりぼそりと零されるカーチャと茗花の言葉に、何となく言いたいことを察して、キリルは図らずともマリアと同じ事を言った。
「ほら、野眞も野羽もおいで。スコーンとパンなら甘くないから少し分けてあげるよ」
ボルゾイの子犬と柴犬が千切れんばかりに尻尾を振る。
屋外に締め出されて匂いだけ嗅がされていたのだから、さぞかし腹も空いたことだろう。
「でも、今回はゴブリンさんに会わなくて良かったね、キキちゃん〜。いつも逃げてる間に半分くらい落ちちゃうものね〜‥‥ゴホッ!」
ぽりぽりとクッキーを頬張るリリ。気管に入ったのか、突然咽たリリへキリルが慌ててお茶を差し出す。
「んぐ、んぐ‥‥ぷは〜、助かったの〜!」
「多分‥‥‥」
「??」
「いえ、何でもありません」
静かにしていれば遭遇しないで済みますよ。おそらく静かにすることなど不可能な二人だろうが、そう言ってやるのが親切だろうか‥‥キリルはそんな思考を爽やかな笑みで覆い隠した。
やがて、別れの時間が近付いてきても、並んだお菓子はなくならない。
「日持ちのするパンやスコーンはお弁当に持っていくといいです。キキとリリだけだと、こんなにいっぱい食べきれませんですし」
「せっかく皆で作ったんだもの、お土産に持っていくといいの〜」
「えっ、いいのっ?」
勢い良く声を返したのは崔那だったが、目を輝かせたのは皆同じだった。
ほんのひと時を一緒に過ごした記念。
それは、神経を張り詰めすり減らすような仕事で守っている、平穏な日常を忘れないための標。
何よりも、甘く優しく、心を解すひと欠片を得た喜びに笑顔を浮かべながら。
双子の依頼人へ手を振り、冒険者たちはキエフへ続く道を帰っていったのだった。