冒険者って便利屋さん?−解放−
|
■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:10月12日〜10月18日
リプレイ公開日:2006年10月22日
|
●オープニング
●冒険者ギルドINキエフ
広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥
「‥‥‥」
ギルド員は、正面に座す男と布袋を交互に見た。目の前に出された皮袋に納められている金貨は、相当な枚数。それを持ってきた者はどこか騎士然とした男で、座した姿からでもその実力が気配として滲み出る。このような男でも手に負えないほどの仕事、ということなのであろうか。
「事情がある。そして、どうせ雇うのであれば、それなりの実力を持つ者を。我が主はそう考えられた」
「えっと、どうして私の考えていることを?」
「顔を見れば自ずと解ろう。失礼ながら、貴女は少々単‥‥純粋すぎるようにお見受けするが」
「単純って言いかけましたよね。今。確かに単純とか単細胞とかよく言われますけど‥‥って、そんなこと関係ありません、依頼の話です」
「失礼した」
騎士らしく男性は律儀に一礼をする。却って難癖をつけたような気分になり、ギルド員は気分を変えるため改めてイスに座りなおした。
「お話を、お聞かせいただけますか」
「此度、我が主の領内に砦が発見された。地図にもない、忘れられた砦だ」
静かに語る騎士の言葉を一言一句たりとも聞き逃すまいと耳を傾けるギルド員。
「その砦に兵を駐屯させれば周辺の開拓がより円滑に進むと考えられた。しかし‥‥」
「‥‥どうなさったのですか」
「砦を発見した者は‥‥唸り声が聞こえるというのだ。腹を空かせたオーガにも似た声が」
周囲を憚るように声を落とし、騎士はそう告げた。
「現地を確認に行ったのだが、砦の門扉は木材で打ち付けられていてそのままでは侵入はできない。ぐるりと周囲を回ってみたが、草むらに隠れた外壁に一部崩れた箇所がある程度で、そのままでは侵入は難しい」
けれど、その声がする限り、うかつに門扉を開放するわけにはいかない。モンスターが閉じ込められているとすれば、暗黒の森にまた1つ、脅威を放つことになってしまうのだ。
「その脅威を取り除き砦を使用可能な状態にする、ということですね‥‥?」
「崩れている箇所は小さく、我々のような体つきのしっかりした者やしっかりした鎧を着込んだ者には通り抜けることはできない。細身で小柄な女性や子供、シフールやパラであれば通ることもできよう。しかしそれだけでは戦力として不足するやもしれぬ。それほどまでに多彩な体格と、どのようなモンスターにも柔軟に対応できる知恵を持つ者は、やはり冒険者だと思う」
「ありがたいお言葉ですけれど‥‥過大評価かもしれませんよ」
「その場合は、私が自ら門扉を強引に開放するしかあるまいな」
小さく笑った騎士は表情を引き締めて姿勢を正すと、抜けていた情報を加えた。
「現地に向かった際、遠見用の窓から牛の頭が見えたと申すものがいた。私は確認していないが、何かの参考になればと思う」
「‥‥‥‥大きな参考になることと思います」
牛の頭、オーガにも似た唸り声。
大金にはそれに応じた実情があったのだと、新米ギルド員は妙なところで納得をした。
そしてギルドの掲示板へ、一通の依頼書が掲示された──‥‥
「ふーん、面白そうな依頼だな」
不幸にも、1人の冒険者がその依頼書に興味を示したのは、また別の話である。
●リプレイ本文
●牛頭のモンスターか、それとも‥‥
「これで全員ですね」
集った人数を数えていた荒巻美影(ea1747)は冒険者ギルドから事前に知らされた人数と同じ冒険者の数を確認し、バックパックを背負い上げた。
「何か解るか」
いよいよ出発かと法衣の襟を正したエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は、小声でリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)に尋ねた。パラリとマッパ・ムンディを捲っていたリュシエンヌは、礼を述べつつその書物をエルンストへ返した。世界にある様々な伝承を集めた、地理と博物について書かれた書──マッパ・ムンディ。そこ記された内容と知識を照合し、結論を導き出していた。
「相手はおそらくミノタウロス、牛頭のオーガね。あまり頭は良くないけれど、その分、力はとても強いモンスターよ」
「ああ、何だ、そういうモンスターがいるのか。わざわざ砦の中で牛を飼ってるわけじゃないんだな」
漸く合点がいったと手を叩くシュテルケ・フェストゥング(eb4341)の飾らない言葉に、リュシエンヌは少し笑った。
「もしもミノタウロスじゃなくて、普通の牛が砦の中をうろついてたら、‥‥それはそれで恐い光景では在るわね」
直後、想像した風景のシュールさに笑みを引きつらせたりしてみたが。
「どちらにしても、不明瞭な点があるわけですし、移動時間は短縮しておいた方が良いかもしれませんね」
穏やかに告げるフィーネ・オレアリス(eb3529)へ、シオン・アークライト(eb0882)はどこか寂しそうに呟いた。
「私はテュールで目立たないように進むわ。あまり騒がれるとお互いに不幸になりかねないしね」
テュールとはシオンの飼うヒポグリフだ。確かに、大多数の者にとってヒポグリフはモンスター以外の何物でもない。目立たないように──同様にグリフォンを飼うフィーネも、その言葉に寂しげな色を浮かべた。魔獣を飼う者たちは、自分たちとペットと人々、三者が三様に幸せになれる関係を模索し続けている。
「僕はフライングブルームで先に向かってるね。シュテルケは?」
魔法の箒を抱えたジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)はジェシュ君友人リストに名前を載せたシュテルケに親しげに話を振った。
「俺は馬もないしな‥‥どうしようかな」
「それじゃあ──」
「気合いが足りないな、シュテルケ。馬が無いなら走ればいいんだ!!」
にこにこと紡がれたジェシュの言葉を遮ってラクス・キャンリーゼ(ez1089)は胸を張って少々──かなり強引な案を呈した。不合理な案にも、話の邪魔をされたことにも、そして‥‥
「おお、さすが師匠! その手があったかっ」
シュテルケを取られたことにも、ちょっとムッとするジェシュ。
「ラクスさん、プデルフは? 連れて行ってあげないのは可哀想よ」
「‥‥‥おお、馬! それもそうだな」
こんなのと一緒に過ごすのかと思うだけでげんなりとするシオンの前でフィーナ・アクトラス(ea9909)は慣れた様子で言葉を投げる。
「シュテルケにはポーリエを貸すよ」
一緒にフライングブルームに乗りたかったが、重量的に問題はなくとも快適に過ごすことは不可能。さくっとそちらは諦め愛馬を貸すことにしたようだ。
「ジェシュファさん、ありがとう、助かった」
「ジェシュでいいよ、シュテルケ」
「じゃあ、そう呼ばせてもらうよ、ジェシュさん」
そうじゃなくって‥‥と困ったような表情を浮かべるジェシュ。まだちょっぴり温度差のある少年たちだった。
そして郊外まで出ると、空を往く者と地を駆ける者に別れ、砦へと急行した。
●砦
石を詰まれ作り上げられた砦が眼前に現れた。森の中に忘れ去られた、長い戦いに向く砦。
「意外に大きいわね」
弓を警戒し少し離れた上空から眺めたシオンは、不釣合いな大きさに驚いた。
訓練場にもなる石壁に囲まれた中庭は十数人が槍を振り回すことができるほどの広さ。崩れているのは厩舎だろうか。そして時折り見え隠れする小さな姿。
「ゴブリンでしょうか。あの扉の影──あっ、また通りました」
見え隠れする数を数えるフィーネ。確かにゴブリンなら小さな亀裂から出入りできるだろう。やはりミノタウロスに食料を運ぶためなのでしょうか、と首をかしげる。
「中庭には降りられそうですけれど、戦闘させる時は充分注意しないと建物に影響を与えてしまいそうですね‥‥」
「その辺は持ち帰って検討しましょう」
二頭の魔獣の馬上で靡く太陽色と月影色の髪を見上げる仲間たちの下へ、二人は魔獣を導いた。
「おかえりなさい、どうだった?」
迎えたリュシエンヌへただいまと返し、状況を説明していると単身現地の確認へ向かっていたシュテルケと美影も戻り来た。
「門は外から打ち付けられてたぞ」
「木材だけ新しいものでした、門が閉じられたのは比較的最近のことだと思います」
「そういえば、私たち冒険者は退治してしまうけれど、一般的にはミノタウロスは建物に閉じ込めてしまうことが多いみたいね。雄しかいないから人間の女性を襲って孕ませるっていうから、戦う手段のない人たちには色々な意味で脅威だわね」
リュシエンヌの言葉に想い人のいる女性が数名、不快感を露にした。意中の人どころかモンスターに蹂躙され、魔物を生む──それは女性にとって生き地獄に他ならない。
「はた迷惑な奴だなぁ。とっとと退治してやろうな」
違う意味ではた迷惑な存在であるラクスが皆を鼓舞した。
中へ連れて行けない動物たちをしっかりと木に結わえ、紅鷹やヴィェーティルに動物たちの護衛を命じると、早速砦へと忍び寄って行く──‥‥
「本当に小さいわね。やっぱり、私は通れないわ」
リュシエンヌの言葉通り、小柄な者しか通れぬであろう亀裂。ミミクリーで姿を変えられるフィーナと小柄なジェシュ、シュテルケが先に侵入することになる。中庭で落ち合うまでの間、彼らは三人で行動することになる。
「──大丈夫だ、ミノタウロスもゴブリンも近くにはいない。素早く抜ければ戦わずに中庭に向かえるだろう」
崩れた一角から内部の呼吸を確認したエルンストの言葉は、事前に潜入する仲間たちを多少なりとも安心させた。
「じゃ、私が先に入るわね」
「え? でも、ミミクリーって‥‥その‥‥」
ミミクリーで蛇に姿を変えるとはいえ、服は元のまま──そのあられもない姿を想像してシュテルケは赤くなったり青ざめたり大忙しだ。年相応におろおろとする少年の頭を小突き、フィーナはさらりと言ってのけた。
「だから最初に入るのよ。合図するまで入っちゃだめよ?」
リュシエンヌさん、荷物はよろしくね。
いつもの笑顔を実践ネタ収集家に向けたフィーナは言葉通り姿を変え、内部へそっと侵入した。程なく合図があり、ジェシュとシュテルケも中に入る。
「皆さん、ご武運を」
フィーネのグッドラックを受け、三人は砦内部へ消えていった。
●剣戟
時間を置いてリトルフライを使用したエルンストは、近くにミノタウロスもゴブリンもいないことを確認して縄梯子をかける。リュシエンヌが上ると反対側に縄梯子を移して中庭に降り立った。
急ぎ移動した二人だが、中庭に到着したのは最後だったようだ。
シオンに運ばれた美影とフィーネに運ばれたラクスが既に到着していた。
「頼むぞ、シュテルケ」
「任せてくれ、師匠!」
ラクスが増えたと頭を抱えるフィーナはシオン、リュシエンヌと共に雑草の生い茂った中庭に身を潜める。二頭の魔獣が遥か上空を旋回する中、建物に再び帰るシュテルケ、ジェシュ、そしてエルンスト、美影、フィーネ。
「依頼人さんの話だと、外にいた部下が牛頭を見たのだということでしたから、上の方に行ってみた方がいいかもしれませんね」
美影の案に頷き、エルンストは再びブレスセンサーを使用した。効果範囲は城全体をカバーできないが、三階か四階か、その程度ならば充分に感知できる。
「どうやら当たりのようだな。階段を探そう」
そして、3階にある寝室でいよいよ問題のモンスターに遭遇した。
「扉からは離れているようだが、気をつけろ。このフロアにはゴブリンもいるからな」
オーラを纏って扉に手を掛けた御影とシュテルケへ注意を促すエルンスト。後は、二人に任せるしかない。
「GRRUUUAAA!!」
ミノタウロスの雄叫びが響く!! その目が見据えるのは人間という対戦相手か、それとも女たちか。涎を迸らせ、筋骨隆々の肢体に負けぬ雄雄しき一物を滾らせて戦斧を振り上げ突進する!!
「セーラ様、お守りください!」
咄嗟に展開されたホーリーフィールドにミノタウロスの突進が阻まれた!!
「シュテルケさん、皆さんを中庭へ!!」
ミノタウロスを引き付けることを選んだ美影が叫ぶ! 頷き、後衛の三人を守って駆け出した!
──ドゴッ!!
床を抉る鈍い一撃!! 愚鈍な外見にそぐわぬ鋭い一撃。美影は十二形意拳の奥義のひとつ、羊守防を使う覚悟を決めた。一撃、できれば二撃は耐えてから逃げたい。
──ガッ!!
「くっ!」
瞬間的に高めた気が、斧の攻撃を防ぐ!! しかし、びりびりと痺れる手を庇いバックステップで距離を稼いだ美影の視界にゴブリンの姿が飛び込んだ!
──逃げなければ。
もう少し時間を稼ぎたかったが仕方がない。仲間の背を追うように、美影も走り出した!
「来るわ。ずいぶん多い‥‥きっとゴブリンも一緒よ」
耳を澄ましていたフィーナの、鋭敏な聴覚が近付いてくる音を捉えた。
「あんまり長引かせたくないから、一気に決めたいわね」
「待ちくたびれたからな、やってやるぜ」
いきり立つラクスへ「中庭に現れてからよ」と注意を促しながら、結びつけたロープの強度を確認する。
「流石ね、フィーナさん」
「でも羨ましくないのは何故かしらね?」
リュシエンヌとシオンが囁き合う。ちらりと上空へ視線を馳せた刹那、ジェシュらが駆け戻った!
砦を傷つけぬために攻撃魔法を控えたジェシュとエルンストは中庭を駆け抜ける。そして間を置かず、追う足音が中庭へ到着すると反転して反撃に転じた!
「風よ、舞え──!」
「水の精霊たちよ──」
風がミノタウロスへ襲い掛かり、氷棺がゴブリンの命を閉ざす。棺に囚われると溶けるまでは手が出せない。冬の近付くロシアでのアイスコフィンは諸刃の剣で、ジェシュはミノタウロスへ使うことを控えたのだ。
「女の子か‥‥せめて美少年だったら良かったのに」
野太刀を豪快に振り回すシオンは皮肉気に鼻を鳴らす。咆哮したミノタウロスの攻撃は同様に剣を振るうラクスとシュテルケへと向かっていた。攻撃は確実に二人に当たり、回復にと控えるフィーネはフル稼働状態。
どこから沸いたのか、次々現れるゴブリンは冒険者と同等かそれ以上の数だ。
「ラクスさん、フィーネさんとリュシエンヌさんを!」
「わかった! シュテルケ!」
「はい!」
ジェシュのカバーに走るシュテルケ。拾い中庭では前衛への負荷が予想以上に大きい。
「受けます!」
ミノタウロスの攻撃を積極的に受ける美影。全力で防御に専念する美影とカウンターを狙うシオンはミノタウロスにとって戦いにくい相手だった。けれどシオンには徐々にダメージが蓄積されていく。
『GRRRUU!』
それはシオンが回復のために下がった間に起きた。
「きゃああっ!」
ミノタウロスのフォローに入ったゴブリンの攻撃に邪魔をされ、牛頭の攻撃を防ぎきれずに吹っ飛んだ!
「美影! くぅっ!」
回復を後に回し美影とミノタウロスの間に飛び込んだシオン、突進してきたミノタウロスの斧にバランスを崩した! カウンター攻撃が行えない!!
──バサッ!!
「テュール!」
主の危機に飛来したヒポグリフが斧持つ腕を掴んだ! 頑丈な筋肉に爪がめり込み血が滴る!
腕ごと引き寄せ頭突きを見舞おうとしたその頭部へ、今度はグリフォンが抉るように爪を振るう!
堪らず身を身を捩ったミノタウロスから離れ、テュールは傍らへ降り立った。その背に跨り空を駆けるシオン。
「夜に満ちる月の精霊、一時の幻を、一時の夢を──」
リュシエンヌがイリュージョンで送り込んだのは自分の首が叩き落されごろりと転がる幻影。噴水の如く溢れ出す鮮血。思わず硬直したモンスターへフィーナの斧が飛来する!
「外した!?」
「違うわよ、ラクスさん。これでいいの」
結んだロープに力を加え軌道を曲げる。そのロープはミノタウロスの首に係り、弛緩した身体は大地に倒れた!
「ロシアの大地に凍りつけ──!」
ジェシュのアイスコフィンが斧を封じる!!
「これで終わりよ!」
無防備にさらされたミノタウロスの背を目掛けてシオンが飛び降りた!!
野太刀が背骨を叩き折り、ずぶずぶと沈んでいく──それがミノタウロスの最期だった。
●北より来たる者
武器や鎧についた血を拭い、門を閉ざすように打ち付けられた木材を外していると、フィーナが近付いてくる足音に気付いた。現れたのは一頭の軍馬。跨っているのは他でもない、依頼人である。
「手が空いたので追いかけて来たのだが、遅かったようだな。迅速な対応に感謝する」
依頼人は馬を降り頭を下げた。
「これだけの成果にあの報酬では不相応か‥‥迷惑でなければ受け取って頂きたい」
ミルクと蜂蜜の練りこまれた聖なるパンを冒険者たちに差し出す。その数、8つ。けれど、冒険者は9人。
返さないわよ、とばかりにさっとバックパックにしまうフィーナに小さく笑い、シオンは小さく手を振った。
「私は遠慮するわ」
「では、魔獣を駆る騎士殿にはこちらを。勇壮な姿は戦場に映えよう」
そう言い取り出したのは鷹の羽がふんだんに使われた布製の軽やかな鎧。
追加の報酬を手渡すと、依頼人は騎士然とした振る舞いで一礼する。
「方々の手腕は我が主にしかと報告させていただこう」
「主、と言うと?」
エルンストが慎重に尋ねた。この砦と領地は、領主であるマルコ・ラティシェフが所有する。けれど、依頼人であるこの騎士は、仕草ひとつ、物腰ひとつ取ってみても一介の領主に仕えていると思えぬのだ。
「失礼した。私はグリゴリー、ノブドロゴ公国エカテリーナ大公妃に仕える者だ」
一行の背筋が否応なく伸びた。身を翻すグリゴリーを見送った後も、暫く、冒険者たちは言葉少なに佇んでいた。
「ノブゴロドって何だ?」
「ロシア8公国のひとつ──キエフ公国と並ぶ名門の公国よ」
シオンは唸るように答えた。
ロシア国王ウラジミールはキエフ公国大公。ノブゴロド公国といえばキエフ公国と並ぶ名門、その大公妃は国王ウラジミールと肩を並べる女傑と名高い。
「ロシアで一番最初に作られた町がノブゴロドの首都になってるんだよ」
ジェシュも、そう答えた。キエフから北におよそ1000キロの大地。白夜とオーロラはかの公国以北にある。
思わぬ展開に、キエフまでの帰路はロシア出身のシオンとジェシュによるノブゴロド講座と化したのだった。