冒険者って便利屋さん?−蜜蝋大作戦−

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:10〜16lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 56 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月21日〜10月29日

リプレイ公開日:2006年11月05日

●オープニング

●冒険者ギルドINキエフ
 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
 夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥

 ドワーフのギルド員は眉間にしわを寄せないようにするのに必死だった。
 というのも、目の前の双子のシフールが左右からきゃんきゃんと喚くからである。
 シフールたちが依頼人でなければ、恐らく、見向きもしなかったであろう。
「だから、蜂さんを‥‥って、聞いてるのぅ〜?」
「おひげが伸びた分だけ耳が遠くなったですよ。おひげを切ればきっと聞きやがるです」
「三つあみ、可愛いのに〜?」
「ジジイが可愛い必要はないのですっ」
 ──ああ、煩い。
「聞いとるわい。蜜蝋が欲しいから蜂を退治してくれというのじゃろう?」
「とっとと返事しやがれです」
 ──ぷちっ。
 ギルド員、何かが切れる音を聞いた気がした。
 まあ、それはともかく。
「えっと、とりあえず、もう一度お話ししますねぇ〜?」
 40センチほどの身長に黒い縁の赤い羽。そしてふわふわの髪は羽の色を模している。瓜二つの外見を持つ二人の少女はゆっくりと羽を動かしながら言い聞かせるようにはっきりと喋った。
「キキたち、そろそろ冬場用の蝋燭を作ろうと思って、手頃な蜂の巣を探しに森に向かったです
「そしたら、とっても大きな蜂さんが作ってる、とっても大きな蜂の巣を見つけたの〜」
「あれだけ大きな巣なら、きっと蜂蜜もたっぷりで、蜜蝋だって売るほど取れるのです」
「だけどね〜、リリたちと同じくらい大きな蜂さんだから、リリとキキちゃんだと退治できないの〜‥‥」
「だから、ぺいっと退治してくれる大きな冒険者の人をお願いしようと思って来たですよ」
 話を聞きながら、『大きな蜂の退治』とギルド員は羊皮紙にペンを滑らせた。
「ただ、はちみつと蜜蝋がとりたいから、蜂の巣を壊されちゃうと困るの〜」
「退治した後は蜂の巣を運んで、キキたちと一緒に蝋燭作りを手伝って欲しいのです。大きな蜂の巣はキキたちじゃ全然運べねーですし、蝋燭作りも大きい分大変になっちゃうですから」
 交互に話すキキとリリのコンビネーションは絶妙で、ドワーフのギルド員が口を挟む隙もない。
 仕方が無いので黙々と依頼書に転記するギルド員。
「では、一応確認するぞ。依頼内容は大きな蜂の退治と蝋燭作りの手伝い。退治するときは蜂の巣を傷つけないこと、蜂の巣を二人の家まで運ぶこと、この二つが条件じゃな」
「そうなのです」
 こくこくと頷くふたりのシフール。なんだかあっさりとまとまった話に、ギルド員は却って拍子抜けしてしまったようだ。
 かくして、三つ編みひげのギルド員が密かに大切にしているひげは守られ、依頼書はギルドに掲示されたのだった。

●今回の参加者

 ea1553 マリウス・ゲイル(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb1052 宮崎 桜花(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2292 ジェシュファ・フォース・ロッズ(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

ディグニス・ヘリオドール(eb0828)/ エリザベート・ロッズ(eb3350

●リプレイ本文

●森を駆ける影
 頬を撫ぜる風が少し早い冬の訪れを告げる。キキだろうか、リリだろうか、どちらかの羽に絡みつくように黄色く色付いた葉が舞い落ちる。その葉を片手で払いながら、マリウス・ゲイル(ea1553)は積極的に2人の依頼人に語りかけた。
「蜜蝋づくりとは、しゃれた職業をお持ちのようですね」
「ありがとです、マリウスさん」
 落ち葉を払ってもらったシフールから発されたお礼の言葉に、声を掛けた相手がリリであったことを知る。
「でも、リリたちのお仕事は蜜蝋作りじゃないのぉ〜」
「‥‥? でも、売るんですよね?」
 不思議そうに尋ねた宮崎桜花(eb1052)の肩に、後ろから飛んできたもう1人の依頼人キキがふわりと腰を下ろし、黒い瞳を覗き込んだ。
「売るほど取れるから売るのですよ。仕事は思いついたときにするです」
「お金稼いだらいっぱい遊ぶの〜」
 日々の糧を得るために地道に働くというのは大部分のシフールには合わない生活なのだろう。普段は遊んでいるのだと言外に告げる双子に非難の言葉を投げようとした馬上のエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は、けれど冒険者の生活にも通じてしまうのだと思い至り、ふん、と鼻を鳴らした。
「ラージビーの退治ですか‥‥巣を壊したらダメというのは難しいですね」
「ですね」
 以前に依頼で退治したラージビーは巣ごと破壊した──ユキ・ヤツシロ(ea9342)は困惑し首を傾げた。真似をするエレメンタラーフェアリーと一緒に、ふわふわ帽子の猫耳が、その名のとおりふわふわと揺れる。
「‥‥でも、確かにそれだけ大きければ一冬越せるくらい作れるかもしれませんね‥‥‥」
 目を細めてふわふわ帽子を眺めていたスィニエーク・ラウニアー(ea9096)は無意識に自分の頭に乗っている月桂樹の冠に触れながらおずおずと、けれど一生懸命に依頼人の弁護をする。母を手伝い蜜蝋で蝋燭を作った暖かな記憶が引っ込み思案な彼女の後押しをしていたのだろう。
「‥‥‥何もラージビーの巣で作らなくても十分の様な気も、しますけれど‥‥」
 刹那浮かんだ考えを、頭を振って消す。キキとリリが蜜蝋で多少なりとも収入を得ようとしているのであれば、より大きな巣を求めることは不思議ではないから。
 ──大きな巣を見つけたから、蜜蝋で蝋燭を作ろうとしている‥‥のでしょうか‥‥。
 そんな思考が脳裏を掠めたとたんに木の根に躓(つまづ)いて、同じように魔法の靴を履いて駆るように歩いていたフィーナ・アクトラス(ea9909)が慌てて手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「はい。ちょっと、考え事をしてしまって‥‥」
 問題ないと足を止めようとした仲間たちに手を振ってフィーナはスィニーの手を握った。
「あの‥‥」
 もう大丈夫ですと手を引こうとしたスィニー、彼女の名前通りの白い手を逃すまいときゅっと握って、フィーナは肩をすくめた。
「スィニエークさんが躓かなかったら逸れるところだったの」
「‥‥それじゃ、一緒に‥‥」
 リリに気をとられていたが、フィーナも致命的なまでの方向音痴。幼子のように手を繋いで仲間の背を追う。
「蜂退治に巣の回収、おまけにシフール姉妹の相手ですか。‥‥結構厄介かもしれませんね」
 僅かに遅れた仲間を気にし、一癖も二癖もありそうな仲間たちを見回したディアルト・ヘレス(ea2181)の口から、思わずそんな言葉が毀れる。地獄耳で聞きとがめ、キキが目くじらを立てる。
「キキたちの相手が厄介って、何寝言いってやがるですか」
「そうだよ、厄介なこともないだろ? 蜂をぺいっと退治すればいいだけなんだし、ぺいぺいっとやっちゃおうぜ。2人とも、安心して任せときなって」
 胸を張って言ったシュテルケ・フェストゥング(eb4341)の言葉に、追いついた二人の女性は、そしてジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)は嘆息した。片や二人目のラクスというべき人物の出現に頭を痛め、片や親友と信じているシュテルケへ悪影響を与えるラクスを逆恨みして。
 そんな賑やかな会話に耳を傾け楽しげに笑いながら、愛馬閃に跨る雨宮零(ea9527)は脳裏に靄が掛かったような違和感を感じていた。何か、忘れているような‥‥‥何とは解らない、けれど確かな違和感。
「‥‥ひょんなことで思い出すんですよね、きっと」
 考えても解らぬ違和感の正体をとりあえずひと時考えぬようにして、木々の隙間に見え始めたシフール姉妹の住処へと馬を急がせるのだった。


●幕間〜森の中の家〜
「野営の準備に寒さ対策、保存食‥‥‥うぅ、重いですの‥‥。どなたか移動中だけバックパックを持ってくださいませんか?」
「せんか?」
 愛馬ツバキの不在がユキに文字通り重く圧し掛かった。何も知らぬ月のエレメンタラーフェアリーは無邪気に言葉尻を真似る。
「俺が預かろう」
「かろう」
「ありがとうございます、ディアルト様。助かりますの」
 ディアルトの真似をするのは髪の長い風のエレメンタラーフェアリー、プリス。キエフを出立するときと全く同じ光景が双子の家でも繰り広げられていた。
「要らない荷物は置いていくといいです。敵も本気で来やがるですからね」
「どちらが敵だか」
「うーん、確かにそれはそうなんですけど‥‥」
 エルンストの辛辣な言葉に零は困ったように頬を掻いた。
「判っている、仕事だからな。請けた以上は責任を持ってこなす」
「ええ‥‥」
 愛馬に積んでいたトナカイ皮の寝袋や漁師セットなどを下ろしてバックパックに移すその姿は、どこか義務的にも見えた。
「心配することもないさ」
 言葉を飲み込んだ零の背をマリウスが叩いた。
「それよりも、自分の荷物の確認をな?」
「はい」
 馬を連れた男たちが用意するのを大人しく待っていたスィニーは、ふと鎌首を擡(もた)げた記憶に顔色を青ざめさせていた。
「スィニエーク姉様、どうかなさいましたか?」
「あの‥‥‥蜂の幼虫は食べたりしませんよね‥‥?」
 彼女を襲った記憶は、しばらく滞在していたジャパンでのもの──倒したラージエイを食べさせられて死に掛けたという体験。そして様々なモンスターをとても美味しそうに食べる仲間たちの姿。状況は違うが、食べることができるという可能性を秘めているだけでスィニーには二重の恐怖である。
「あら、蜂の子は甘くて美味しいのよ?」
「リリは食べないけどぉ、食べるなら止めないよぉ〜? 幼虫さん、リリたちと同じくらいの大きさだと思うけど‥‥」
「シフールサイズの幼虫‥‥‥ですの‥‥?」
「‥‥それは流石に私も御免被りたいわね」
「まあ、飲み込まれないだけマシですよ‥‥」
 遠い目をした桜花に注がれたのは、主に共に戦ったシュテルケやジェシュからの同情の眼差しだった。
「さて、出発だ!」
 あまり見たくはない幼虫の姿が頭から離れなくなった女性陣は青ざめた表情のまま双子の家を後にした──いや、しようとした。
「あ、そうだ、リリさん。ちょっとこっちに来てくれるか?」
「何ですか〜?」
 ふよふよとシュテルケの求めに応じるシフール。その羽をむんずと掴み、白い紐を取り出した。
「ちょっとじっとしててくれ。逸れないように紐で結わえるから」
「ええっ!?」
 ががーん、と衝撃にふらふら墜落するリリ! 報復をしたのはもちろんキキだ!!
「ふざけんじゃねーですよ! トンボじゃないのです!」
 ぴゅーっと飛んできたキキの小さな足がシュテルケの後頭部を豪快に蹴り飛ばした!!
「いてっ! だって迷子になるよりは‥‥」
「うるせぇですよ、少し痛い目に合うといいです!!」
「キキさん、そのくらいで勘弁してやってくれない? シュテルケさんも、キキさんにしっかりと手を繋いでもらえばいいだけの話だから」
 苦笑して場を収めようとしたフィーナの頬にキキの回し蹴りが炸裂!!
「──あ」
「気にしてないわよ、別にこれくらい」
「‥‥こ、このくらいで勘弁してやるですっ」
 笑顔で流したフィーナに、ばつが悪そうにそっぽを向いたキキは相棒の手をしっかりと握った。
「ほら、とっとと行くですよ! ちんたらするなです!」
 ぷりぷりと怒りながら八つ当たりするキキ。言葉は悪いが素直な性格なのだと、冒険者たちは視線を交わして苦笑した。言葉の悪さは──筆舌に尽くしがたいものがあるけれども。


●『大きな蜂』の巣
「リズと調べてみたんだけど、やっぱりラージビーは極端な寒さや暑さには弱いみたいだよ」
 ちんちくりんが足を引っ張ったら申し訳ないでしょ、などと憎まれ口を叩きながら妹であるエリザベート・ロッズが集めてくれた情報。意外にも几帳面な文字の綴られた羊皮紙を受け取り、シュテルケはざっくりと目を通す。
「夜間は、ほとんどの蜂が巣に入っている筈だから、その間にフリーズフィールドをかければ、一網打尽にしやすいかもしれないな」
 外から帰ってくる蜂を警戒せずにもすむし。双子の家での言葉に偽りはなく、エルンストは前向きに、効率よく蜂を殲滅する手段を講じる。
「蜂を追い立てるために煙を使おうと思うんですけど、問題ありませんか?」
「燻製になるほど焚きやがったら困るですが、そこまでしなければ大丈夫なのです。ハニーハンティングに煙は付き物なのです」
 そんなことも知りやがらないのですか、と話し相手を買ってくれていたディアルトの傍らから呆れたように言葉を投げるキキ。零は素直に頭を下げ、ディアルトがやんわりと激しいシフールを止める。
「先に教えを請うべきでしたね。冒険者をしているとなかなかハニーハンティングをする機会もないのです。もし何か他にも気に留めるべきことがあれば──」
「ハニーハンティング‥‥ああ、わかりました!」
 泡がはじけるように、唐突に、違和感の正体が脳裏にくっきりと姿を現した。ディアルトの言葉をさえぎって思わず叫んだ零に、11人分の視線が注がれる。
「ラージビーは『大きなスズメバチ』なんですよ。でも、スズメバチは肉食で、巣も木の皮や葉をちぎった物──紙製というか、パルプです」
「スズメバチ‥‥ってことは、蜂蜜は無いのか?」
 シュテルケの言葉にこくりと頷く。
 言われてみればその通り。ミツバチとスズメバチは違うもの。ユキの記憶にあるラージビーも、零とジェシュの知識にあるラージビーも──確かに巨大なスズメバチなのである。
「蜜を集めるのはミツバチです。蜜蝋は、ミツバチの巣の主成分ですが‥‥スズメバチの巣からは採れません」
「‥‥‥だって。どうする?」
 蜂蜜のご相伴に預かるのは難しそうだと判った途端、急速にやる気の炎が衰えるフィーナ。けれど、それでは二人の気がすまないと言うのならば。巣を取ってくることは一度請け負った仕事である、放り出すわけにはいかない。
「‥‥‥」
 逸れぬように、言われるままにしっかりと手を握っていた双子のシフールは顔を見合わせると、争うように零の額をぺちぺちと叩いた。
「い、いたっ、何するんですかっ」
「そんなことくらい、キキもリリも承知してるです!」
「あの模様はどこからみてもミツバチでしょぉ〜?」
「目ん玉刳りだしてよく見るですよっ」
「──え?」
 言われて振り返った一同。距離もあり葉や枝が障害になっていてよく見えないが、それでも視力に優れた者たちの目には巣から時折り出入りする黄色と黒の縞模様が──スズメバチより小柄でずんぐりむっくりした丸いフォルムが、しっかりと見て取れた。
「ラージハニービーは、ラージビーのミツバチ版なの〜」
「聞いたことはあるけど、目にしたのは初めてだよ」
 ジェシュが興味深そうにまじまじと眺める。知識を愛する者と称される彼にとって、まだ見ぬ生物はそれだけで興味の対象──けれどむやみに近付くほど無謀ではない。
「‥‥ラージビーだと思ってたのは、私たちの‥‥先入観、だったんですね‥‥」
 スィニーがぽつりと呟いた。以前にも、同じように先入観に囚われてジェルモンスターがアンデッド化していることに気付かなかったことがある。その時は──仲間の機転がなければ危うく全滅の憂き目を見るところだった。
「あの、零様‥‥ということは、能力もミツバチに近くなるですの?」
 おずおずと見上げて尋ねるユキに、相変わらずぺちぺちと叩かれるままになっていた零が逃げるように背を丸め頭を庇いながら答える。
「そうですね。ずいぶん戦いやすくなるとは思いますよ。ラージビーとは違って、彼らは一刺しすれば死んでしまいますし。もっとも、毒の効力は変わらなかったはずなので警戒は必要でしょうけれど」
「だから最初から蜂蜜と蜜蝋を採るって言ってるですよ。キキが嘘ついてたと思ってやがったですかっ」
「ええっ!? キキちゃんは嘘なんてつかないの〜! それから、えっと、リリも嘘なんてつかないの〜!!」
「そんなこと言ってないじゃないですか〜‥‥確かに、考えが足りませんでしたけど」
「わかればいいです」
 ぺちぺちと叩いていた手を止めてふわりと宙に浮く。
「まあ、戦いやすくなったんだし問題はないだろ」
「シュテルケさんの言うとおり、ラージビーと思って対処しておけば問題ないでしょう。さあ、日が暮れるまでに態勢を整えないと」
 防寒のため、少々時期尚早の感もある赤い装束に身を包んだマリウスは率先して焚き火用の薪を拾いに歩き出した。


●大きな蜂退治
 身を凍えさせるような空気を纏った夜の帳が森を包む。スィニーの灯したランタンの明かりがぼんやりと森の輪郭を浮かび上げる。
「本当にいいんですか?」
「勿体ないからいいの〜。それに、おびき寄せるならこっちの方がきっと効くよぉ?」
 話を聞き、シェリーキャンリーゼ、ロイヤル・ヌーヴォー、ハーブワインといった珍しい酒の数々を断ったのはリリだった。蜂蜜を好むらしい彼女らの持つミードは、マリウスの案通り、夜陰に潜む冒険者たちの身体を心から温めてくれるものだった。
「プリスは駄目ですよ」
 蜂蜜の香り漂うミードを覗き込んだプリスに優しい笑みを向けて、黄金色の液体で喉を潤す。少しばかり薄まってはいるものの、蜂蜜そのものと言える濃厚な甘みが喉を落ちておく。
「お代わり、いただけるかしら?」
「酒を飲むことが目的ではないからな、フィーナ」
「心配しなくても大丈夫よエルンストさん。流石にそれくらいは判ってるから」
「それじゃ、少しだけですよ?」
 少女のような零がカップに少しだけ蜜を注ぐ。甘やかなそれを飲み干すと、半分ほどに欠けた月を見上げる。雲はなく、天頂に輝く不完全な月はくっきりとその輪郭を見せ付ける。
「そろそろ、良い頃合だな」
 エルンストが漁師セットから投網を取り出す。ユキはそれで蚊帳を作りたかったようだが、持ち主の意向が優先されるのは当然のことだ。
 ぽう、と暗闇が淡く輝く。ペットたちを守るためにスクロールでムーンフィールドが展開されたのだ。月と同じ輝きは優しくペットたちを包んだ。
「巣に居るので全部とは限らないんだから、その辺も注意しておかないと」
「ううん、全部だよ。ミツバチは巣に帰って寝る習性があるし、何もなければこの寒い時間に出てくることはないからね」
 安心していいよ、とジェシュはフィーナににかっと笑ってみせた。確かにフィーナの地獄耳──もとい鋭すぎる耳には羽の音も伝わってはこない。念のためにとエルンストがブレスセンサーを使ってみるが、特に周囲に警戒すべき呼吸はない。
「ハニーハンティングではどうするんですか?」
「煙で燻して蜂を追い払いながら、蜜の詰まった部分だけを切り取ってくるですよ」
「桜花ちゃん、やってみるの〜?」
 ぷるぷるぷると首を振った。大きな蜂の巣に単身挑むのは、やはり並々ならぬ勇気が要る。そして勇気ある役目を買ったのはシュテルケだった。
「焚き火はOKです!」
 マリウスの声が夜陰に響く!
「喰らえ!」
 シュテルケのソニックブームが枝を大きく揺らし、風に流された煙が樹上の巣を燻す! 巣の危険を察知したラージハニービーが次々にその愛嬌ある姿を現した!! 蜂が飛来する中、ユキは指示通り残りのミードを焚き火へと振りかける!
 ──ブゥゥゥン
 幾重にも重なった羽音が誰の耳にもしっかりと届いた。
「来たぞ!」
「水の精霊、少しだけ力を貸してね──」
 エルンストに視線を返し、ジェシュのフリーズフィールドが周囲に極寒の空間を生み出した!!
「周りにも並べて展開するよ、気をつけて!」
 その言葉の通り、極寒の空間は徐々に範囲を広げていく。
 そして群れ成し飛来するラージハニービーを‥‥
「風の精霊よ‥‥お願い、力を──」
「ごめんなさい、全力で行きます──!」
 スィニーと桜花の放つ二筋の雷光が貫いた! よろめき、数匹は地に落ちたものの──全てが再び飛び上がり向かい来る!
「‥‥でっかい分タフってことかしら。だけど、当て易いという意味ではマシね」
 ぐるぐると解すように肩を回し、そのまま手にしたブレーメンアックスを投じた!!
 ──ザシュッ!!
 繋いだロープから伝わる手応え。体液が飛び散るが、それでも落ちぬ蜂。
「鋭き風よ、我が意のままに切り刻め──!」
 エルンストの手元から放たれたウィンドスラッシュが斧を受けた蜂を捕らえ──落とす、漸く一匹!!
「新技、試すいい機会だな」
 鞘のまま構えた剣を、勢い良く振りぬいた!!
 ──ドゥン!!
「うーん、なんちゃってファイアーボムって感じかな?」
 ソニックブームに乗せられた衝撃波が扇状に広がり、喰らった蜂たちは怯んだように押し戻された!! けれど落ちたのは数匹──まだまだ、残りは多い。そこへ竜巻が襲い掛かる!!
「派手ですね」
「群れてるうちに削るのは僕たちの仕事だからね」
 呆れとも感嘆ともつかぬディアルトの言葉に押されるように、ジェシュもアイスブリザードを見舞う!
 それだけの攻撃を受けてなお巣を守らんとする蜂たちと、前線に立つ冒険者たちが接触した!!
「これより先にはいかせません!」
 聖騎士の盾とホーリーメイスを掲げたディアルトは、群がろうとする蜂を叩きのめし、あるいは盾で押しのける。
「オンガードスマッシュ!!」
 蜂の体内から突き出された針を真っ白な鎧で受けたマリウスはお返しとばかりに日本刀を叩きつける!!
 ──ザシュッ!!
 真っ二つになった蜂が足元に落ちた。けれど群がる敵の数は多い、多すぎる。次々に飛来した巨大なミツバチはみるみるうちにマリウスを覆いつくしていく!!
「熱殺‥‥」
 ぽつりとジェシュが呟いた。ミツバチはスズメバチを退治するときに体温を上げて殺そうとする──つまり、群がる。それが全て針を突き立ててきたら?
「──!! 蜂は群がってくるよ、気をつけて!!」
「解っては、いるんですけど‥‥!」
 零の狙い済ませた一撃は掠めるように鋭く放たれ、針を落とし、羽を分断する!!
「羽がっ」
 大人しそうな零の鋭い太刀筋が切り裂いたものと、自分たちの背にあるものとを重ねてしまったのだろう、シフール姉妹は哀れなほどビクンと身を震わせた。
 桜花が針の攻撃をリュートベイルで防ぐと、僅かな隙を狙い放たれたエルンストのウィンドスラッシュが真っ二つに切り裂いた!!
「先のダメージは蓄積されている! ジェシュファ、スィニエーク、範囲攻撃を!!」
 ストリュームフィールドで蜂を散らしながら鼓舞するように叫ぶエルンストの声。
「解毒剤を!!」
「使ってください!」
 携帯していた解毒剤を投げる! 声と同時に投じられた解毒剤をパシッと受け取り、マリウスは一気に飲み干した! ラージビーは重傷にも匹敵する毒を持つという。ラージハニービーも同等の毒をもっていると聞いたばかり、放置すれば命に関わる。
 問題は、解毒剤の数に限りがあることだ。全員の分をかき集めても、持ち合わせは、少ない。
「長引かせたら負け、ですね‥‥」
 凍えた空間で、ディアルトの額に汗が流れた。

 やがて、その数は着実に減っていき──

「‥‥お願いですから、キキさんもリリさんも動かないでくださいね‥‥本当に危ないですし」
 ムーンフィールドは内外全ての攻撃を止める。ユキとフィーナは入るわけにはいかないし、ジェシュにも重要な役割がある。魔法でさえも通さなくなるムーンフィールドを張り巡らせるわけにはいかず、魔力の尽きたスィニーは二人のシフールを防寒服の内に抱き、身を屈める。けれど蜂たちとて甘くはなく、防寒服越しにブスリと長い針がつき立てられた!
「ああっ!! う、う‥‥はあっ」
 異物が注入された感覚が去る前に、脂汗がにじみ出る。呼吸が浅く、荒くなり──けれど双子を守るため、抱きしめた腕に力が篭る。ズブリ、ズブリと更に針が刺さる。
「スィニエーク、キキたち守って死んだら許さないです! とっとと放して薬飲みやがれですよっ!!」
「ごめんね、ごめんね、スィニーちゃんごめんね」
「だいじょ‥‥ぶ‥‥‥です。守り‥‥」
 二つの涙声が聞こえ、服が内から濡らされる。小さく笑って、スィニーは昏倒した!!
「スィニエーク姉様!!」
 悲鳴を上げて駆け寄ったユキが数珠を振るい追い払う! 付き立った針には内臓の残滓がぶら下がり、刺した蜂は残り僅かな生を賭して地でもがく。ミツバチの針には『かえし』のような部分があり、針は身体に残る。引き抜かねばならない──!
「耐えてくださいませ、姉様っ!」
 手を沿え、全てを引き抜くがぐったりしたスィニーは悲鳴も上げぬまま、双子をしっかりと抱きしめている。
「セーラ様‥‥!!」
 リカバーを唱えるユキ。その小さな身体に更に飛来するラージハニービー!!
「キキとリリには、スィニエークにもユキにも、これ以上触覚一本触れさせません!」
 立ちふさがるマリウス、右には零が霞刀を構え、左ではディアルトがホーリーメイスを構えて立つ!
 これが最後といわんばかりにブゥゥンと羽を鳴らして飛ぶ7匹のラージハニービー。
「取ったぞ!!」
「それが最後だよ!!」
 混戦の中を抜け出して巣のある空間にフリーズフィールドをかけたジェシュ。エルンストの指示で網を被せたのはミミクリーで腕を伸ばしたフィーナ、樹上で巣を切り離したのはシュテルケと桜花だ。
 その声は体力の尽きかけていた3人へ活力を与えた。
「「いきます!!」」
 そして数秒の後、宙を舞う蜂は全て姿を消した。
「スィニエークさんは」
「ディアルト様‥‥解毒剤だけあれば‥‥」
「‥‥確か、あの辺に‥‥ちょっと待ってて!」
 ジェシュが駆け出した! 戦闘の最中、視界の端に移った草。あれは解毒剤として作用するものの、はず──! 大急ぎで薬として仕立てた薬草を使って零は手当てを始めた。
「男性の方々は蜂の巣をお願いします。ユキさん、手伝ってください」
 てきぱきと指示をし、背の二箇所と腕、計3箇所の傷口を確認すると、滑らかな肌に薬を塗りこむ。すぐに頬を染める少女のような零と、今の彼は別人のようだ──そして幸運にもスィニーは一命を取り留めた。


●甘い香り漂う家
「蜂の巣をのせていると、本当にサンタになった気分ですね」
 サンタクロースハットとサンタクロースローブで防寒対策をしていたマリウスは、確かにサンタクロースそのもののようだった。けれど何十匹というラージハニービーが棲んでいた巣は玄関から運び込むには少々大きすぎて、仕方なく屋外で切り分けて──持ち込んだ一部の巣が小ぶりな樽を次々に蜂蜜で満たしていく。
「確かに、売るほど取れましたね」
 解毒剤の空壷に蜂蜜を満たし、桜花は生真面目に頷く。
 しかし、これは蜂蜜──蜜蝋ではない。何層にも重なった蜂の巣を分解していくと、蜜がたっぷりつまった場所にしっかりと蓋がしてある。これを剥がして蜂蜜を採るのだが──この時剥がされた方が蜜蝋であるが、すでに堆(うずたか)く積み上げられている。
「どうすればいいんですか?」
 わくわくと目を輝かせる零は、蜜蝋からの蝋燭作りを見るのは初めてなのだと微笑んだ。
 その視線を浴びてもじもじと居心地悪そうにしていたキキは、全員を家から追い出した!
「量が多いので外で皆でやるですっ。皆で薪を割るですよ!」
「それくらいならいくらでも割りましょう」
 確かにシフールには荷が重かろうと疑うこともなくマリウスとシュテルケは薪を割る。
 ──カーン!
 ──カーン!!
 小気味良い音が響く中、時間を惜しんだキキ先生とリリ先生の蜜蝋講座が早速始められた。
「まず、鍋でも何でも容器を用意するの〜」
 キキとリリが運んできたのは人間の5〜6人の家族が使うような大振りな鍋。
「これに水と蜜蝋を入れるです」
「どれくらい入れればいいんですか?」
 二人には少々重い桶をディアルトが持ち上げ、鍋に水を張る。そこにリリがざくざくっと蜜蝋を放り込んだ。
「火にかけまぁーっす」
「ええと‥‥」
「病人は休んでいやがれです。ユキ、しっかり見張ってるです」
 しっしっとスィニーを追いやるキキの不器用さに二人のハーフエルフはくすくす笑いながら後ろに下がった。
「火にかけるんですね?」
 確認しながら普段の野営の要領で焚いた火に鍋をかける。
「溶けるのを待ちまぁーっす」
「ええっ!?」
 すぐにできるのもではないと思ってはいたけれど、あまりにざっくりした説明にはフィーナどころかエルンストですら目を点にしてしまう。
「溶けたら不純物を取って、固まるまで冷ますですよ。そしたらまた溶かして、不純物を取り除いて‥‥何回か繰り返せば綺麗な蜜蝋が取れるですよ」
「そしたらぁ、型にいれて、固めて終わりなの〜。時間があれば誰でもできると思うよぉ?」
「‥‥これだけの量を溶かんだ、大変だね」
「売るほど作れそうなわけですからね」
 ジェシュと桜花、早くも疲労をにじませて溜息を交わす。
 確かに大変ではあるが──単調な仕事の合間に食事をし、酒を交わし、蜂蜜を練りこんだパンを焼き、冒険者としての普段の生活にはない『日常』が、そこには確かにあった。
「蜜蝋って、他には使わないんですか?」
「ですか?」
 ご主人様の言葉を真似て首を傾げるプリス。
「ディアルトは使いたいですか? んと、乾燥させたハーブを入れれば香りの良いキャンドルもできるですし、香油を入れて美容クリームにすることもできるです。絵の具にも使われてるですよ?」
「あまり不純物をとらなくても、床を磨くのに使うくらいなら構わないかも〜? 防虫の効果もあって、いいのよ〜」
「意外と何にでも使われているのですね」
「キキは詳しくねーですが、皮鎧に蝋を塗りこんで硬くしたりとかもあるって聞いたです」
 話しながら口に含んだ料理にも蜂蜜は使われていて──それはとても美味しかったのだけれど、流石に少々飽きてきた。ふと考えてみれば、もう三日目。明朝には双子ともお別れなのだ。
「あーあ、またリリと二人になるですか‥‥」
「ええっ、キキちゃんはリリと一緒にいるのは嫌なの〜!?」
「そんなこと言ってねーですよッ!」
 パンを一杯に頬張って、ハーブティーをがぶ飲みするキキ。
「喉に詰まりま‥‥って言ってる傍からですか」
 苦笑しながら小さな背中をトントン叩くマリウス。
「寂しくなったら呼んでください。そうしたら、きっと会えますから」
「寂しいなんて言ってねーです!」
「ええ、もし寂しく『なったら』‥‥ね?」
 ぺちぺちと叩く手をやんわりと受け止めて零は微笑んだ。
「‥‥‥そしたら呼んでやるです。ありがたく来るですよ?」
「ええ、ありがたくお呼ばれされますね」
 ぷいっと照れ隠しに不貞腐れて視線を逸らせたキキと目が合って、ディアルトは「ハーブティーのお代わりはいかがですか?」などと声をかけたみた。元気溢れる大きな瞳が潤んでいるのは──きっと、パンが咽たせいだというだろうから。
「でも、これから寒くなるから〜、風邪引いたら蜂蜜取りにくるといいのぉ。お土産にも、少しずつ持って行ってねぇ」
「そうするから、もう泣くな」
 背筋は伸ばしたまま諦めたように息を吐くエルンスト。大丈夫だよ、とかつて妹にしたのと同じように、そっと涙を拭ってやるジェシュ。

 ──兄妹が居たら良かったかもしれませんね‥‥

 キキとリリを見ていて、そして仲間たちを見ていて。スィニーの胸の中心に、ほんのりと温かい何かが灯った。
 その甘い香りは──どこか、蜂蜜に似ていた。