冒険者って便利屋さん?−愛の伝道師−

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月25日〜10月30日

リプレイ公開日:2006年11月06日

●オープニング

●冒険者ギルドINキエフ
 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
 夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥


 キエフの冬は寒い──誰に尋ねても否定はしまい。
 だからこそ、夏の終わりから様々な防寒具が店先に並ぶ。
 キエフの住民たちにとって、夏の終わりは冬の始まりに等しいのだ。
 けれど、どんな極寒の冬でも凍りつかせることができないもの──それが春である。
 ‥‥‥人生の春も然り。
「あのう‥‥」
 ギルドを訪れたのはボサボサの髪にてれんとしたチュニックの少年である。
「どうかしましたか?」
「あのう‥‥‥そのう‥‥‥」
 年の頃は12、3歳程度であろうか。ろくに手入れもされていないのであろう髪は両目をも覆い隠し、鼻頭に散るそばかすが否応なしにギルド員の目に飛び込んでくる。
「えっと‥‥防寒具‥‥を‥‥」
「???」
「防寒具の作り方を教えてくださ‥‥」
 消え入るような声。よほど恥ずかしいのだろう、顔は真っ赤に染まっている。
「それが依頼でよろしいですか?」
 事務的な女性ギルド員。笑顔は浮かべているものの、明らかな営業スマイルである。
「は、はい‥‥一緒に、作って‥‥プレゼント‥‥」
 真っ赤になったままもじもじとし始める少年。
 どうやら、凍りつかない季節が訪れているようだとギルド員は察する。
「プレゼント用の防寒具を一緒に作りたい、ということですか。防寒具は、防寒服を? それともマフラーや手袋などがよろしいですか?」
 流暢に話すギルド員。ギルドに入る前は何処かの商店で働いていたに違いない。
「それは、お任せしま‥‥‥僕、家事は‥‥洗濯と、料理がちょっとできるだけで‥‥‥」
 皆まで聞かずに依頼書をさらさらと書き上げたギルド員は、テオと名乗った依頼人に差し示した。
「手際、良いんですね‥‥すごいな‥‥。えっと、それじゃ‥‥あの‥‥よろしく、お願いしま‥‥」
 深々と頭を下げたテオの髪がぼさぼさと落ちてくると、隠れていた特長的な耳が垣間見えた。

●今回の参加者

 eb6752 メル・レゾン(26歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7143 シーナ・オレアリス(33歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb7221 チャクル・ブランバード(19歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 eb8202 闇織 零(25歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)

●サポート参加者

アレーナ・オレアリス(eb3532

●リプレイ本文

 冒険者ギルドの正面に、似つかわしくない少年が1人。あまり裕福ではないのだろう、薄手のチュニックに亀のように首を竦めている。背を丸め俯き気味の少年、その瞳はぼさぼさの髪に隠されて零れたそばかすがやけに目立つ。彼こそが依頼人なのだと気付くまで、そう時間はかからなかった。
「あなたがテオ君?」
「ひあっ!?」
 優しく声を掛けぽんと肩を叩いたシーナ・オレアリス(eb7143)に驚いたのだろう、少年は哀れなほどに飛び上がった。そして目の前に立つ上品な女性を見上げ、ぽかんと口を開けた。
「あ‥‥あの、えと‥‥‥あなたが‥‥?」
「はい、テオくんのお手伝いをすることになりました、シーナです。よろしくお願いしますね♪」
「‥‥は、はい‥‥よろしく、お願いします‥‥」
「聖母の白薔薇も恋のお手伝いをして進ぜよう。──って言っても、都合で今日しか付き合えないんだけどね」
 シーナと何処か似た雰囲気を持つ妖艶な女性はアレーナ・オレアリスと名乗った。
「好きな子にプレゼントね‥‥そんな俺にもあったかな、そんな頃が」
「あの‥‥お兄さんも、手伝って‥‥くれるの‥‥?」
「ああ、都合が付かなくなった他の連中の分まで、できるだけ手伝わせてもらうからな」
 くしゃっとテオの頭を撫でてマクシーム・ボスホロフ(eb7876)は歯を見せ笑った。
「ここじゃ何だし、場所を変えるか」
「え‥‥あ、すみません‥‥そうですね‥‥それじゃ、僕の家に‥‥」
 テオは3人の冒険者をキエフの中心地からだいぶ外れたうらびれた一角に誘った。人口が過密であっても、どんな街にもそんな一角は生じてしまうものなのかと──マクシームはの胸にやるせない思いがわき上がる。
 お世辞にも立派な家だとか、大きな家だとか言えるものではなかったが、小奇麗に片付けられた整然とした家がテオの家だった。
「ご両親は?」
「‥‥父は‥‥行商に出ていて、あまり戻らなくて‥‥。母は、いません‥‥家のことは、僕がやってます‥‥」
 ぽつんと呟いたテオをアレーナがぎゅっと抱きしめた。
「偉いな、テオ。セーラ様はしっかり見てくださっているぞ」
「え? ‥‥セーラ様が‥‥」
 僅かに表情が曇ったのを見逃さず、マクシームが膝を付いて尋ねた。
「どうした?」
「あの‥‥僕‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥なんでもありません‥‥」
 何かを言いかけて、けれど口を噤んでしまったテオ。俯いたテオの感情を移しているはずの瞳は、やはり髪に隠れて見ることはできなかった。
「テオ君‥‥我慢することが癖になってしまっているんだな。言いたいことははっきり言った方がいい」
「‥‥‥‥」
「言わずに耐えた方がいいことももちろんある。けれど、テオ君は‥‥その区別が付くはずだ。だろう?」
「‥‥‥」
 語りかけるマクシームに顔を向け、何かを紡ごうと僅かに緩んだ紅い唇。
 けれど、ぎゅっと真一文字に固く結ばれて。再びテオは俯いた。
 溜息を飲み込んで、マクシームは古ぼけたイスに座る。木と木が擦れ合う音がギシッと響いた。
「焦らなくて良いですよ、テオくん。マクシームさんは心配してくれているだけなのは解りますよね?」
 やや重く沈みかけた空気を払拭すべく、シーナはハーブティーを淹れる。縁の欠けているものも含めて大小様々な人数分のカップを並べると、皆に勧めた。たっぷりと間を置いた問いに、こくりとテオも頷いた。
「じゃあ、話しやすそうなところから聞かせてくださいね。まだ聞いていませんでしたけれど‥‥テオくんが防寒具を贈りたい人は、どんな方なんですか?」
「あの、あの、それは‥‥‥‥‥っ」
 ぼふっと発火するように頬が真っ赤に染まる。
 マクシームもアレーナも、あまりの変貌に思わず頬を緩めた。
「同じくらいの年の子かしら? それとも、大人の方でしょうか?」
「‥‥‥‥‥‥‥です‥‥」
「聞こえないな」
「おっ、‥‥‥大人の、方です‥‥マクシームさんくらいの‥‥」
 からかうように聞き返され、むきになった自分の声。大きな声を押し殺すように口ごもり、ぽつぽつと答えた。
 僅かな違和感を聞き咎めたのは、聖職に就くアレーナだった。

 ──マクシーム? シーナ嬢でなくて?

 傍目から見れば二人は同年代。咄嗟に出てくる言葉として単純に考えれば、それは焦がれる人物に近い者であるはずだった。大人の女性に焦がれているのならば、シーナやアレーナの名が出てくるのが自然というもの。マクシームの名前が出てきたことを──そこに秘められた可能性を、言及せずにはいられない。
「テオの想い人は男性なのか?」
「‥‥‥!」
 僅かな油断が招いた墓穴。テオの顔から、身体から、血の気が引く!
「誰にも‥‥言わないで‥‥‥‥僕、僕‥‥‥っ」
「アレーナさんには申し訳ないですが‥‥それを詰問するのは私たちの仕事ではありませんから」
 毀れた涙を長い指がそっと拭う。そして、シーナの瞳がマクシームに向けられた。
「まあ‥‥‥そうだ、な」
 そういう嗜好の人間がいることは知っていたが、男性に惹かれるというのは理解できない。けれど依頼は依頼だとマクシームの理性は訴えていたし、相手がテオに応えるか否かは更に濃い霧の向こうにあったから。今回はと割り切って、マクシームはテオの応援をしようと意を決した。
 その空気を悟ったのだろう、にこりと微笑んでシーナは立ち上がった。
「そうと決まれば、大人の男性が喜んでくれるようなものを用意しないといけませんね♪」


 衣料店に立ち寄った男女2人組。エルフの女性が、人間の男性の腕に自分の腕を絡ませて、凭れるように身を寄せている──仲睦まじい異種族の恋人たち。異国では毛嫌いされるカップルであるが、ここキエフでは理想の恋人たちとして受け入れられるのだ。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
「彼にマフラーをプレゼントしたいんですけれど‥‥どういったものが似合うと思います?」
 エルフの女性ははにかんだ笑みを浮かべて店員に問い返した。
 店員は、今度は男性に笑みを向ける。
「どういったものがお好みですか?」
「そういうものにはとんと疎いもので、皆目検討がつかなくてな」
 照れながら店員に応える男性──調査の立案をしたマクシームである。女性はシーナ、当然ながら恋人ではなく迫真の演技である。
「こちらなどどうでしょうか。ベーシックな模様ですが、良く出ておりますよ」
 ダイヤが幾重にも重なったような、模様編みのマフラー。染色されたものは当然ながら値が張り、庶民価格なものは色は生成りやグレーなど、素材そのままの色合いのものが多い。
 太目の編み棒を使われたものの方が目が粗く手編み感があるが、風通しが良さそうだ。細めの編み棒を使われたものは目が細かく温かそうだが、少々重い。軽さとデザインを追求したものは実用性に乏しい。マフラーの世界も一長一短である。
「ん〜、少し他の店も見てからまた来るよ」
 言外に気に入ったものがなかったという色を乗せながら礼を述べ、マクシームはシーナをエスコートして店を後にした。


「悩んでも仕方ない、とりあえずやってみるか」
 テオの応援、手助けができるのは泣いても笑ってもシーナとマクシーム二人だけ。
 とりあえず一度編んでみろと毛糸玉と編み棒をドン! とテーブルにおいた。
 波打つ銀の髪が綺麗だという想い人のために、毛糸はちょっと頑張って漆黒に染められたもの。漆黒のマフラーをした想い人の姿を思い浮かべ、テオの頬がほわ〜んと緩む。
「えと‥‥やってみます‥‥‥」
 作り目は教えてもらったとおりに、丁寧に作る。シーナもマクシームもじっと、テオの手元を見つめる。
「それから、人差し指に掛けた糸を、親指に掛かっている2本の糸の間を向こうから手前にすくうんです。そうしたら親指の糸を外して、糸端を引いて針に掛かった糸を引き締めます」
 スムーズに説明しているシーナの手元にはカンペがしっかりと握られている。丁寧なことに、編み方を教えてくれたご婦人の手の絵まで描き沿えられている。
 言われるままに、ご婦人の手を思い出しながら一段目──作り目を終える。
「ふぅ‥‥」
「まだまだ先は長いぞ」
「‥‥がんばります‥‥」
 二段目は裏目。マフラーの裏側になる目である。作り目以外の編み方は二種類だけで、その組み合わせが模様を作り出す。数色を使ったマフラーであれば話は少し違ってくるのだが、黒一色であればその2通りをマスターすればとりあえず編み上げることは出来るのだ。
 もとより不器用ではないのだろう、編んで、解いて、編んで、解いて──数回繰り返すと家事の心得のあるマクシームも賞賛するほどに編み目が揃ってきた!
「デザインも考えないといけないな。あまり難しくして編みあがらなくても困るんだが‥‥」
「ええと‥‥‥無地にして、左右に模様をつけたりするのは‥‥どうですか‥‥‥模様が大きいと、生地が引き攣れちゃうし‥‥‥シンプルな方が、似合いそうな気がするんです‥‥」
「テオがそう言うなら、きっと似合うんだろう。──こんな感じか?」
 カンペの端にペンを走らせ、簡単な図を書く。左右の端には数列を空け、模様が長く上下に走る。模様と模様の間は無地、表目がずっと続いていく。
「‥‥これなら、編めそうです‥‥」
 ずいぶんと口数も増えてきたテオ。
 その正面では、漸くテオを模したちま人形を作り終えたシーナがこくりこくりと船を漕いでいた。
「‥‥風邪をひくぞ」
 その肩に毛布を掛ける。夜は更けて久しい。忍び寄る寒さを凌ぐためにも、空腹を訴え始めた腹の虫を宥めるためにも、何か軽く口にするものを──と、マクシームはそっと席を外した。夕食も食べずに熱中しているテオの集中も、おそらくそろそろ限界を迎えるだろうから。

「‥‥‥51、52‥‥‥あ‥‥やっぱり1目減ってます‥‥」
「‥‥‥54、55、56‥‥‥」
 編んで、編んで、解いて、編んで。そんな生活が3日も続いて。
 シンプルな黒いマフラーが、その姿を現した。
 その傍らには、シーナが血を流しながら作ったちまが2体。白い髪のテオと、波打つ銀の髪の男性──シーナからテオへの、恋のお守りである。
「いよいよ、ですね」
「ぼうや、頑張んな」
 薄汚れた髪を洗うと、純白の髪が現れた。シーナが整えた白髪の下に隠されていたのは、とても淡い茶と、とても淡い青の──光の加減で金と銀に輝く瞳。テオは、上品に整った面立ちのハーフエルフだった。
「きっと、いい結果が出ますよ」
「僕‥‥頑張ります‥‥。シーナさん、マクシームさん‥‥どうも、ありがとうございました‥‥」
 ぺこりと頭を下げて。内気で引っ込み思案なテオは、木漏れ日のように温かな笑顔を覗かせて小走りにキエフの街へと消えていった。

 その日の夕刻、マクシームは見た。王城の近くで──名門貴族ラティシェフ家の紋のついた馬車へ、黒いマフラーをした男性が乗り込むのを。
(「──まさか、な‥‥」)