【冬の女王】先触れ

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:12〜18lv

難易度:やや難

成功報酬:9 G 99 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月13日〜11月23日

リプレイ公開日:2006年11月22日

●オープニング

●キエフ公国某所
 広大な敷地を持つその屋敷には、歴史の浅いロシア王国にしては古い歴史を持つ貴族が住んでいた。その中心部に近い一角で、淡い茶色の髪を持つ青年と黄金の髪を結い上げた女性とが向かい合って静かに言葉を交わしていた。
 女性は40代に見える。男性とは親子であるようだ。
 部屋に満ちるはローズの香り。香りの源は、テーブルに置かれた小さな壷──といっても金銀の装飾が施された繊細なもの。正確には、その中に収められた乾燥したバラの花弁。
 穏やかな中にもどこか張り詰めた糸を感じさせる空気、それを動かしたのは女性の発した言葉だった。耳を疑い、聞き返す姿はどんなことでもさらりと受け流してしまう普段の彼──アルトゥール・ラティシェフを知る者には違和感のある姿だったに違いない。
「伯母上が?」
「ええ、冬で道が閉ざされる前に来られるんですって」
 つんと澄ましたまま神経質な細い指でカップを傾ける。イギリスでも高級品とされる紅茶はロシアでは更に価格が跳ね上がる。息子の淹れるハーブティーを下々のものと言い放つ彼女にとって、紅茶は一種のステータスのようなものなのだろう。
「ああ、先日グリゴーリー殿が来ていたのはその先触れですか」
「ええ。年が明けたらウラジミール様と会われるのだとか。そのまま、暫く別邸に滞在されるそうよ」
「そうですか‥‥父上や兄上はご存知なのですか?」
「直前になったら耳に入れます。慌てふためく様は見物でしょうね」
 オーロラが夜空を彩り、夏には白夜の支配する土地から輿入れした彼女は冷たく言い放つ。陥れるわけではない、無様なところを晒さずにすむギリギリのところを見定めれば体裁(ていさい)は崩さぬままに滑稽な様を眺めることができる。そして、それは彼女にとって充分に行えることだった。当主である夫マルコは、実のところ妻に頭が上がらないのだから。
「アルトゥール。貴方も余計なことは教えては駄目よ」
「ええ、承知していますよ母上」
 母のカップに視線をやり、そろそろ頃合いだろうかと判断して──アルトゥールは笑顔で席を辞した。
 誰がどんな煮え湯を飲もうともアルトゥールには関係がない。結局のところ、彼は薬を研究するための自分の時間が確保できれば構わないのだ。
「やれやれ、貴重な時間を浪費してしまったよ」
 頭を下げた使用人へひょいと肩を竦め、アルトゥールは──大きな時間を確保するため、小さな時間を投資することを決めた。


●冒険者ギルドINキエフ
 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
 夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥

「つまらない仕事で悪いんだけど、何日か、手伝って欲しいんだ」
「また、研究に関わることですかの?」
 三つ編みヒゲのギルド員は、アルトゥールに問う。漂うのはラヴェンダーの香りで、今度の研究はどんなものなのだろうと僅かばかりの興味を抱いたのもあった。
「残念ながら、関係ないんだよね。ちょっと、森を歩いてきてほしいんだ」
「薬草採取ではないのですな?」
「それなら研究に関わることだと思わないのかい?」
 呆れたように、大仰に手を広げる。
「チェルニーゴフがスタート地点になる。ドニエプル川沿い、西岸を3日ばかり北上して川を渡り、街道を挟んだ反対側、東岸の森を抜けながら戻ってもらう。道中の安全を確認してもらうのが目的だよ」
 また、川から少し離れた場所──指定した往路と復路の中間を街道が走っているが、そこは使わないでほしいとアルトゥールは付け加えた。あくまで、街道の周囲の安全確認が目的なのだと言って。
「そのあたりは‥‥確か、先日も冒険者が行方不明になりましたな──足だけが、下流で発見されたと聞きましたが」
「あれも原因は排除されてないんだっけ? まあ、街道って言っても人通りなんて殆どないからね。実際、殆ど森の中を行くわけだし、街道付近を歩くだけとは言っても何が出るか解らないよ?」
「そうですな‥‥ゴブリンやコボルトなどはどこにでもおりますしな」
「夜間、明かりをつけていれば虫も寄ってくるだろうし、獣だって当然居るからね」
 危険だからこそ、安全を確保したい。それは至極真っ当な依頼であるわけだが‥‥
「しかし、何故今ごろになってこんな依頼を?」
「僕も貴族だからね、務めを果たす義務があるってことさ」
 しれっと言ったアルトゥールの言葉に真実の片鱗すら見ることが出来ぬまま、ギルド員は依頼書の作成を始めた。恐らく、どこかから、彼の研究の一助になるに違いない──そう感じながら。

●今回の参加者

 ea1553 マリウス・ゲイル(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3665 青 龍華(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ セルゲイ・ギーン(ea6251

●リプレイ本文

●ドニエプル川沿いの川辺
 11月ともなれば、キエフの平均気温はかなり低い。屋外に置いた水は毎晩凍るような状況である。そんな状況下で川の水を汲むというのは、ともすれば命を落としかねない命懸けの行為。体に縛りつけたロープは文字通りの命綱である。こんな時に思い切った行動を起こすのは往々にして女性である、というのは偏見だろうか。腰にしっかりとロープを巻きつけたリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)は反対の端を根のしっかりした樹木に結びつけた。リュシエンヌと樹木の間ではマリウス・ゲイル(ea1553)がロープを腰に一巻きし、万一の対処に当たる。
「リュシエンヌさん、危険です。やはり私が」
「あら、私にキミを支えられると思う? いいのよ、これで適材適所なんだから」
 釈然としないマリウスへ、事故のないように私を守ってちょうだいね、と歩調を合わせる言葉を吐いたリュシエンヌ。なんだかそれまでの心配が阿呆らしくなるほどあっさりと水を汲みあげ、マリウスに新しい仕事──水運びを与えた。
「‥‥しゃがんで下さい」
 汲み上げられた水を運ぼうとしたマリウスは木の陰に隠れる。その声は剣呑なものを孕んでおり、リュシエンヌは長身な体を小さく丸めた。
『何?』
『対岸にゴブリンです』
 突然のテレパシーに動じず返すマリウス。そして間をおかず茂みが揺れ、数匹のゴブリンが現れた。
『ムーンアロー‥‥はやめておくわね』
『そうですね。要らぬ警戒心を与えてしまうのは下策でしょう』
 見ればゴブリンたちはボコボコになったヘルムやバキバキに割れた樽へ水を汲み、零さぬようゴブリンなりに注意深く水を運んでいく。彼らにそんな組織的な生活力があるとは思えない。つまり、ゴブリンを使役している者がいるということだ。だが、間に流れるドニエプル川は地図に街道よりしっかりと描かれる大きな川。泳ぎの名手であるマリウスとて泳いで渡る間に見つかるだろうし、回り込むほど近くに橋も無い。
『ローサさんにこの場所を覚えておいてもらいましょう。帰りの道中で対処するのが現状では最良だと思います』
『そうねぇ‥‥口惜しいけれど、打ち漏らして隠れられるよりはマシかしらね』
 ゴブリンたちが去るのを待ち、汲んだ水を野営地まで運んだ。ちなみに、水を運んだのがマリウス、ロープを運んだのがリュシエンヌである。


●同刻、野営地にて
「何かあるのは覚悟してたけど、これが『足』だけにさせたわけじゃなさそうね──ふんっ!!」
 フィーナ・アクトラス(ea9909)の一投が頭上を舞う白い翼に襲い掛かる。低空飛行をして避けようとした敵へ真幌葉京士郎(ea3190)がソニックブームを放つ!! 鋭い一撃に斬られた羽が数枚、舞い落ちた。
「空からの敵は想定していなかったな。‥‥くっ」
 突然の襲撃は野営の準備に訪れた。飛来した二羽の白き襲撃者が馬に積まれた食料目掛けて急降下と急上昇を繰り返す。悠然と射程から外れた白い姿に歯噛みする京士郎の足元へ落ちた羽を拾い、ミィナ・コヅツミ(ea9128)が声を張り上げた!
「ホワイトイーグルです、気をつけて!」
「うわ、縄ひょうって便利ね。回収がめんどいけどっ」
 ローサ・アルヴィート(ea5766)の放つ縄ひょうの射程は京士郎のそれとほぼ同じ。何より、弓と違って矢の重量を気にしなくて済むのが嬉しい。何より、フィーナと2人、お互いの動きを常に把握しておかねばロープが絡まる。ラクス・キャンリーゼ(ez1089)の前でそんな失態を犯してはいけないような‥‥そんな予感がひしひしとしていた。
「ローサさんならすぐ慣れるわよ。それにしても、リュシエンヌさんたち無事だと良いんだけど‥‥」
 対空攻撃を持たない青龍華(ea3665)はそう励ますとギリッと歯軋りし、戻らぬ仲間に気を揉んだ。
「月の輝き、リュミィと対極にあるもの、力を貸してください──」
 ワイナモイネンの竪琴を──いいえ取り出してもこの騒ぎでは! 腹を括ったフィニィ・フォルテン(ea9114)の詠唱でスリープが放たれる。睡魔に襲われ、一羽のホワイトイーグルが落下する!
「龍華!!」
「──はぁぁっ!!」
 龍華と京士郎の狙いが重なった!! 京士郎の放った重い衝撃波が扇状に広がりホワイトイーグルを吹っ飛ばす! 直線状で構えた龍華は龍飛翔を叩き込んだ!
「これで終わりよ!」
 ホーリーフィールドに弾かれた二羽目へ投じられた斧が鮮血を散らす! 何度も、そして一年以上も見てきた斧の軌跡と交差するように、ラクスの剣が墜落する鳥を鋭く薙いだ。二羽分の骸が転がった。
「この話は聞かなかったな」
 馬車を降りたチェルニーゴフはとても大きな街で、駄目元でと聞き込みをした京士郎は実際に街道を逸れた者が帰らぬ者となった話を何件も聞いた。モンスターの話といえば群れたゴブリンに襲われた話ばかりなのに、見つかる者は血まみれの荷物やペットだった馬の骨と臓物などだという。立ち寄ったチェルニーゴフがチェルニーゴフ公国の首都だという話は微々たる驚きにすぎなかった。
「何があったんですか!?」
 マリウスが戦闘態勢の仲間たちや飛び散った薪、立てかけで投げ出されたテントに驚いて目を見開く。戻った仲間たちに問題ないと手を振り、龍華は2羽のホワイトイーグルを掴んだ。
「おかずが一品増えただけよ」


●深夜、野営地にて
 パチパチと火のはぜる音が白み始めた夜空に響く。パキッと割った小枝を放り込んだ京士郎の姿にフィーナが溜息を零した。とても満足気な溜息だが、色っぽい話ではない。鋼鉄の胃袋を満足させるチーズ料理の数々を思い出し、うっとりと目を細めているだけだ。ジャパンでのラクスの仕打ちに対するちょっとした嫌がらせのはずが引く手数多の料理となり、龍華としては嬉しいような悲しいような複雑な気分だったことだろう。そんな彼女も、テントで安らかな寝息を立てている。
「事件が噂の竜に似た巨大生物の仕業だったら最悪です‥‥足だけしか残らないって肉食でしょうし‥‥」
 ミィナの言葉に陰鬱な気分になる。月道管理人にちらりと見せられた巨大生物。あんなものの相手をするような装備は整えていない。
「流石にゴブリンが全て、ではないだろうしな‥‥人一人食べて満足したということか」
 ゴブリンが抱えていたヘルムが無関係とは言えない。けれどゴブリンが旅人の装備を奪い自分で装備しているというのはままある話、一概に関連付けられない。
「特殊な化物でもない限り、生きる為に水源を利用するだろう。川沿いというのは後の危険を排除するつもりなら、うってつけの場所なのだがな」
 いかにドニエプル川が大きかろうと、そこで暮らし続けてきた動物たちには相応の知恵がある。水なくして生きていくことはできないのだから。
「でも鹿の類はけっこうありましたけど、大型の動物の足跡は特になかったですよ?」
「ある意味、それで助かってる部分はあるけどね」
 フィーナの言葉に真九朗を見る。フィニィのムーンフィールドでとりあえずの安全は確保されているが、大型のモンスターが出れば皆の愛馬とて戦火に巻き込まれる。それで逃げ出すような臆病な真九朗ではないが、全ての馬がそうとはいかない。

 ──ガサッ!

 茂みが揺れた! 武器に手を掛け振り向くと、茂みの陰に大小二匹の狸の姿。
「何だ、狸か‥‥」
「‥‥ただの狸みたいですね。親子でしょうか」
 石の中の蝶を確認したミィナは、干し肉を一つ放った。
 殺気で目が覚めたのだろうか、もぞもぞとテントが動き、ローサが顔を出した。
「何かあった‥‥って大丈夫みたいね。うー、寒い。この依頼終わったら酒場にボルシチ食べに行こ‥‥」
「いいな、ソレ。旨い店見つけたんだぜ」
「ラクス君、偉い。報酬が入ったら皆にご馳走してくれるのね!」
「あら、本当? 私も行こうかしら」
 ちょっと待て! 叫ぶラクスとクスクスと笑う声が鳥のさえずりと重なった。出発の時刻は近い──


●ゴブリンの群れ
「マリウス君たちがゴブリンを見たのは、この辺よ」
 先頭を行くローサが歩調を緩めた。何の変化もないただの森だが、ローサの目には変化が映る。鳥とも獣とも違う食いちぎり方をされたベリーの木。枝葉の少ない低木の一部。砕かれた落葉が目立つのは何度も何かが通った場所。
「なーんか危険な臭いねぇ‥‥ラクス君の二つ名がアレだし、この辺りでしゃれこうべ使っておこっかな」
 けれど惑いのしゃれこうべに反応は無く、石の中の蝶も羽を休めたまま。少々残念な気分に囚われるが、これはこれでよい結果である。
「動物さんの姿もありませんね」
 フィニィがぐるりと周囲を見回した。半日ほど、動物を見ていない。それだけで違和感を感じるのは、往復の道中で動物相手に情報収集を繰り返してきたからだ。
 セッターが小さく唸り声を上げる。後方の三人──ラクス、フィーナ、龍華がセッターを見ると、風向きなど関係なく周囲に視線を配ってる。もちろん、後方にも。
「来るわよ。あなたは馬たちを」
 もふっとした尻尾を一度振り、馬の近くに駆けるセッター。それを待ち、ミィナが動物たちへホーリーフィールドを張った。次いで、魔法を唱える中衛──ミィナ、リュシエンヌ、フィニィを守るように。前後に突出していた射撃組のローサとフィーナも中央へ戻る。
 その間にも京士郎と龍華によるオーラパワーが直接戦闘を行う者たちへ付与される。
 時間があったのは、事前に察知することが出来たから、だろう。

 ──ガサッ
 ──ガサッ

 左右の茂みが割れ、ゴブリンが姿を現した。10匹を超える数である。
「今度は逃がしませんよ」
 言葉と共にマリウスは聖人の剣をゴブリンに叩きつける、それが合図──!
 京士郎は寡黙に聖者の槍を振るい、扇状に敵を吹き飛ばす!
 聖人と呼ぶべき高潔な二人の攻撃にゴブリンとコボルトが怯む。
「アンデッドじゃないのか、なら相手にならないぜ!」
「どんな理屈よ!」
 対極的に賑やかに敵を粉砕していくのは龍華とラクス。特に龍華の突っ込みの勢いを拳に込められたゴブリンは哀れ、鼻血を放射線状に噴きながら昏倒した。
「ムーンアロー!」
「スリープ!」
 二つの魔法と斧と縄ひょうが次々に放たれる。攻撃を受ければホーリーフィールドは1〜2撃、良くても3撃で破壊されてしまうだろう。だが、そんな窮状に陥る前に決着はつく──はずだった。
「──ぐッ!」
 横合いからの攻撃を受けきれず、京士郎が吹っ飛んだ──左腕と、身体と、別の方向に。
「京士郎!!」
 追撃はマリウスが防ぐ! 重い一撃に腕が痺れる。
「クローニングを!」
「後だ!」
 ミィナに叫び、血を流しながら京士郎は立ち上がる。
 眼前には濃い褐色の大柄な姿。凶悪な顔立ちから二本の角が生えている。
「あ‥‥あれ、オーグラです! こんなトコに居たなんて‥‥」
「スリープ!」
 フィニィが放ったスリープは、しかし効果を表さない。
「オーグラは、魔法にも耐性があるのよ‥‥しかも、肉食で好むのは人肉。冒険者を食べたのは、コイツね」
 リュシエンヌの額に、知らず、汗が流れた。オーガのように力押しではなく、技量も身につけた敵。しかも、フィーナの斧程度ならばその分厚い肌が容易く阻む。結界に戻ったミィナは、より強固なものへと張り替えた。
「ラクス、龍華。雑魚は頼む」
 巻き込まれぬよう後方に集中したゴブリンたちの姿。頼まれるまでも無く、二人はそれらに足止めを余儀なくされた。辛うじて、京士郎の左腕を拾いホーリーフィールドに投げることが出来た、だけで。
 ──ガッ!!
 マリウスの剣がオーグラの左肩に突き立った! が、筋肉に阻まれ抜くことに手間取る間に渾身の一撃を喰らい、剣ごと吹っ飛んだ!
「がはっ!!」
 オーラボディが無ければ肋骨の二・三本はイッただろう一撃。何か呟いたマリウスの左腕に、オーラの輝きを纏った盾が出現した。
 ──ガギィィ!!
 重い一撃を、痺れる両腕で止める!
「京士郎!」
「ああ!」
 身体全てで付き立てた槍。背筋を抜けたそれを、掻き回す様に回転させ引き抜く!
 槍先が釣り針のかえしの役を果たしたのだろう、オーグラの内臓が槍に絡まり姿を見せる!
「──っ」
 フィニィが口元を覆う。けれど、そんなことに構っては要られない。振り向いたオーグラの無防備な素足の脛へ、マリウスが剣を振るう!! 腱を切られ、オーグラが倒れた!
「京士郎さん、後は大丈夫よ、早く治療を」
 血を失い蒼白になった表情は、限界が近いことを示していた。しかし、ミィナのクローニングが最悪の事態を回避させた。
 もう一つの幸運は、この戦闘の後に戦闘と呼ぶほどの戦いが発生しなかったことだろう。


●最終日、キエフ
「随分と厄介な敵を屠ったようだのう」
「しかし、ゴブリンを数匹逃がしました‥‥」
 ギルド員の言葉にマリウスは頭を下げる。京士郎が怪我をしなくとも、オーグラに攻勢となった時点でゴブリンが逃げ出したのは予想外である。
「その程度、戦果と比較すれば失敗のうちに入るまい。ゴブリンとてさほど馬鹿ではないしのう」
 オーグラを倒す敵がいると思えば街道からも離れるじゃろうよ、というギルド員の言葉は、果たして冒険者たちの慰めになったのだろうか。報酬の入った皮袋が、とても重く感じられた。
 慰労の言葉を交わしギルドを後にしていく冒険者たち。その中で、ミィナが足を止めた。
「ダイちゃん、世界のあちこちで探してみましたが‥‥会えませんでした‥‥‥」
 訊ね歩いたのはディック・ダイ(ez0085)の姿。そっか、とローサは天を仰いだ。
「どこをふらふらとほっつき歩いてるんだろうね、ダイちゃんは」
 おどけた仕草で肩を竦める。そんなローサを、じっと見つめているミィナの瞳には強い決意が現れていて、ローサは僅かにたじろいだ。
「どうしてあたしに?」
 二人並んで酒場へ向かうフィーナとラクスに気付き、穏やかな微笑みに表情を転じたミィナは晴れやかに告げた。
「報告っていうか一方的な宣戦布告、かな‥‥?」
 微笑むハーフエルフの言葉をいつものように軽く受け流そうとしたが‥‥真顔になり、同じように穏やかな笑みを浮かべた。正面からのミィナの言葉を受け流しては失礼だから。言葉を受け流しては卑怯だから。そして何より、小さな炎に気付いたライバルに敬意を示すために。
「うん、受けて立つ。嫁き遅れてたって、あたしがいいって言ってくれる男の子もいるんだからね?」
 油断したら足元を掬うよ? そんな意を込めて片目を瞑ると、イリスの手綱を引いて歩き始めた。ミィナの脇を通り、ミィナとは反対の方向へ。
「ありがとうございます‥‥」
 振り向かずに目礼し、ミィナもサーヴィスを伴い歩き出した。探していれば、いつか必ずディックに会えると──それは希望というよりは、どこか確信に似ていた。
 こうして、冬の訪れたキエフの片隅で静かに燃える女の闘いが幕を開けていた──。