【冬の女王】初雪

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 24 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月21日〜11月27日

リプレイ公開日:2006年11月30日

●オープニング

●数日前、キエフ公国某所
 広大な敷地を持つその屋敷には、歴史の浅いロシア王国にしては古い歴史を持つ貴族が住んでいた。その中心部に近い一角で、淡い茶色の髪を持つ青年と黄金の髪を結い上げた女性とが向かい合って静かに言葉を交わしていた。
 女性は40代に見える。男性とは親子であるようだ。
 部屋に満ちるはローズの香り。香りの源は、テーブルに置かれた小さな壷──といっても金銀の装飾が施された繊細なもの。正確には、その中に収められた乾燥したバラの花弁。
 穏やかな中にもどこか張り詰めた糸を感じさせる空気、それを動かしたのは女性の発した言葉だった。耳を疑い、聞き返す姿はどんなことでもさらりと受け流してしまう普段の彼──アルトゥール・ラティシェフを知る者には違和感のある姿だったに違いない。
「伯母上が?」
「ええ、冬で道が閉ざされる前に来られるんですって」
 つんと澄ましたまま神経質な細い指でカップを傾ける。イギリスでも高級品とされる紅茶はロシアでは更に価格が跳ね上がる。息子の淹れるハーブティーを下々のものと言い放つ彼女にとって、紅茶は一種のステータスのようなものなのだろう。
「ああ、先日グリゴーリー殿が来ていたのはその先触れですか」
「ええ。年が明けたらウラジミール様と会われるのだとか。そのまま、暫く別邸に滞在されるそうよ」
「そうですか‥‥父上や兄上はご存知なのですか?」
「直前になったら耳に入れます。慌てふためく様は見物でしょうね」
 オーロラが夜空を彩り、夏には白夜の支配する土地から輿入れした彼女は冷たく言い放つ。陥れるわけではない、無様なところを晒さずにすむギリギリのところを見定めれば体裁(ていさい)は崩さぬままに滑稽な様を眺めることができる。そして、それは彼女にとって充分に行えることだった。当主である夫マルコは、実のところ妻に頭が上がらないのだから。
「アルトゥール。貴方も余計なことは教えては駄目よ」
「ええ、承知していますよ母上」
 母のカップに視線をやり、そろそろ頃合いだろうかと判断して──アルトゥールは笑顔で席を辞した。
 息子の背を見送りながら、女はカップを傾けた。心地よい香りで胸を満たし、黄昏を映した暖かな紅茶を嗜む。夫はどんな顔をするだろう。雌猫の息子はどんな顔をするだろう。想像するだけで胸がすく思いだ。どうせこの屋敷にいる彼女の味方など片手の指に満たぬのだ。そう思い出し、女は苛立たしげにカップを空にした。
『ふにゃ〜?』
「ごめんなさいね、ノーシュ。怖がらせてしまったかしら」
 身体を摺り寄せてくる愛猫を抱き上げると、滑らかな毛を雪の結晶が飾り立てていた。舞い落ちる粉雪を見上げるため中庭を見下ろせる場所へ移動しようと思った女──クリスチーナ・ラティシェフは抱える猫の震えに考え直し、異母姉を迎えるための支度を万全に整えるため使用人を呼びつけた。


●冒険者ギルドINキエフ
 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
 夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥

「護衛、ですか」
 上品な雰囲気を纏った紳士は、はいと頷いた。白髪の割合の増えたロマンスグレー。シンプルな服装が印象を控えめなものにし、上流階級に紛れれば、恐らく引き立て役に終始する服装なのであろうが、冒険者の中ではかなり目立つ。
「これから荷を受け取りに向かうのですが、こちらに訪れる最中に盗賊の噂を耳にしたのでございます。持ち帰る荷物は貴重品でして、万一のことがなきよう信頼できる御仁をお借りしたくお願いに上がりました」
 男の乗ってきた馬車は毛並みの美しい二頭の葦毛が引く、一目で貴族のものと知れる豪華なもの。そこに家を示す紋章をつけていれば狙ってくださいと言っているようなものである。しかし、荷馬車ではなく人が乗るための馬車である。
「積荷を乗せる荷馬車は別に用意されるのですか?」
「いいえ、かさばるものではございませんので、このまま馬車に乗せて持ち帰ろうかと考えております」
 語る言葉は伸ばした背筋から想像できるきびきびしたものではなく、雰囲気に似ておっとりしたものだった。つられてゆったりと喋っていたことに気付き、ギルド員は居住まいを正す。預かった依頼料が充分すぎる金額であることを確認し、頷いた。
「確かに、盗賊が出るという話は耳にしたことがあります。道中の安全を確保できるだけの冒険者を派遣させていただきます、ご安心を」
 安心感を与えるために練習を重ねた真摯な表情。そして狙い通り安心感を感じた男性は、立ち上がり一礼をした。
「それでは、よろしくお願いいたします。私は荷物を受け取って参りますので」

●今回の参加者

 ea8206 カナリー・グラス(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb2879 メリル・エドワード(13歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5685 イコロ(26歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb6674 ユーリィ・ラージン(25歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

 キエフの冬は江戸の冬と降水量についてよく似ている。降れば解けぬ根雪となるが、異国から訪れた者たちが期待するほどは降らないのだ。ちなみに、夏場でも江戸の11月より降らない。一年を通じて比較的乾燥しているキエフ公国である。
 そのことに肩を落とす冒険者の代表格といえば、カナリー・グラス(ea8206)のようにヘブンリィライトニングを武器とする冒険者であろうか。
「まあ、必要になる機会がないのに越したことはないのだけれどね」
 空を見上げてぽつり呟く。憂いた美女はいつにも増して色気を放つ。
 その天候を嬉しく思うのは逆に色気とは縁遠そうなパラのイコロ(eb5685)である。
「お日様が出てるってやっぱりいいよね」
 踊りだしそうな足取りのイコロの隣で、カナリーは溜息を1つ。
 イコロのマナトウに狙われているアレクサンダーをストレスで1Cハゲができないように大事に抱えたメリル・エドワード(eb2879)は適度に鍛え上げられた筋肉を持つ2人の騎士を見つめていた。メリルの目指す肉体を持つ2人は馬車を守りつつなんだかめっきり口数が少なくなってしまっている。依頼人と会うまでは、正確には馬車を見るまでは、確かに普段程度には饒舌だった2人。先に姿勢を正し押し黙ったのはキリル・ファミーリヤ(eb5612)だったと思い至り、メリルはキリルへ声を掛けた。
「どうしたのであるか?」
「この馬車の持ち主なのですが‥‥」
 次男坊からの依頼を受けたことのあるキリルにとっては見覚えのある紋章でもあった。それだけなら親しみを覚えただろう。或いはロシア王国で生まれ育っていなければ気付かなかっただろう。だが、依頼人を知ろうとまじまじと紋章を見たキリルは何かが気にかかった。何か見落としているような気がするんです、と相談されたユーリィ・ラージン(eb6674)も何か気にかかってしまっているようだ。思索に耽ることこそないが、頭の片隅に常に紋章が浮かんでいる。経験則として、貴族に対し気にかかることがあるときは礼儀を貫いた方が良いと、二人とも知っていた。
「持ち主が、なんなのだ?」
「‥‥目的地の御領主様の奥方様らしいな」
 濁された言葉を受け、ユーリィがメリルの好奇心に蓋をした。

   ◆

 ──ホウ、ホウ。
 夜の住人、梟の声が響く。
「冷えたか。そろそろ交代だろう?」
「だ、大丈夫なのだ」
 ぶるぶるっと震えたメリルにユーリィは焚き火にかけてあった湯を下ろし、カップに注いだ。
「抱えているだけで多少は違う」
「すまぬ」
 一日で一番寒い時間帯、防寒服を着ていてもしんしんと冷え込む。火に掛けずにおけば朝にはすっかり氷になっているだろう。味気ない湯を啜り、メリルは生き返ったような気分になる。
「世の中には色々な国があるのだな。超国際派魔術師として恥ずかしくないよう、もっと研鑚を積まねば‥‥」
「3月まではこんな状態が続くぞ。特に12月から2月の間は昼間でも水が凍り、夜間は防寒服を着ていても動くことは難しい。時間帯によってはフリーズフィールドの方が暖かいくらいだ」
「あはは、それは凄いな」
「冗談ではないよ、事実だ」
 真面目なユーリィにメリルは怯む。防寒服や防寒具がなければ命に関わるということだ。
「‥‥そろそろカナリーを起こしてくるのだ」
「そうだね」
 湯気が大分減り、夜半もとうに過ぎた。席を立ったメリルを笑顔で見送り、小枝をパキッと割る。
「ああ寒いっ。まったく、ロシアは冷えるわね‥‥」
「お湯が沸いてるのだ」
「お湯なんて‥‥お酒でも含んで温まるわよ」
 酔っ払ってしまうのだ。大丈夫、ちょっとだけよ。漏れ聞こえた会話に苦笑する。きっとカナリーはからかうように、妖艶な笑みを浮かべているのだろう。
「ふう、発泡酒しかないのが残念だわ。ワインが美味しい時期なのに‥‥飲む?」
「そうですね‥‥いただきます、ひと口だけ」
 そう言って2人が含んだ発泡酒は喉を冷たく滑り落ちた。一瞬、悪寒のような震えが背筋を駆け抜けたが、程なく芯から温もりが沸き立ち始めた。適度な量なら酒も立派な防寒対策である。

   ◆

 少しの酒が気分も変える。変わらず警戒を続ける二人だが、幾分饒舌になっているようだ。
「荷物一つの為に冒険者を雇うなんて余程高価な品なんでしょうね。ちょっと気になるかも」
「湿気にも気を配っていたな‥‥でも詮索は後回しになりそうだ。左から来る」
 後半は小声で。そして再び声量を戻す。
「発泡酒、もう少しもらえると嬉しいんだが」
「はいはい、取ってきて上げるわよ」
 務めて平静に振り返り、視界の端に山賊を確認しながらテントに戻る。そして声を潜めて仲間を揺すった。
『ニコロ、起きて。来たわよ』
『う〜。お日様が出ている時間に来てくれれば良かったのに‥‥』
 眠くてぐずる子供のように、まだ暗い空にがっかりと肩を落とす。励ますように肩を叩いて作戦を確認した。
『まあ、その方が見つかりやすいからでしょうね。馬車の方、頼むわね』
『任せておいて。執事さんたちにも出ないように言っておくよ』
『キリル、キリル。起きてる?』
『カナリーさん? ええ、大丈夫です』
 密接して建てたテントから、ごそごそと起きだす気配。
『来たわよ、4人。ウィザードらしい人影はないから5人かもしれないわ。焚き火と馬車の間に出てきそう』
 囁く間にももう一人が起きだす気配がある。
『すぐ出ます』
『先に行くわ』
「ごめんなさい、発泡酒がもうないみたいなの」
 アイコンタクト。まだ気付かれていない。
 ひょっこりとメリルが顔を出す。準備は整った。
「代わりにこれはどうかしら? 芯から暖めて──ううん、痺れさせてあげる」
 テントから仲間たちが飛び出した!!
「轟け! ライトニングサンダーボルト!」「神の声を聞くのだ! ライトニングサンダーボルト!」
 目の良い2人のウィザードたちが、同時に同じ魔法を放つ!!
 ──バリバリバリッ!!
 2本の雷光がジグザグ折れ曲がりながら、真っ直ぐに飛んでいく!
「ぐあああ!」「うわっ!」「ちっバレたか!! 野郎ども、やっちまえ!」
 貫かれた4人の男。チンピラ風の男が1人、やや体格の良い男が2人。やせて神経質そうな男はウィザードだろうか、襲った魔法に抵抗したようで歯を食いしばっている。檄を飛ばすのはその内の一方だ。しかし、指示を受けて動くのはもう1人。さらに体格の良い男が、馬車目掛けて駆け出した!!
「執事さんたちは馬車に!!」
「こっちだよ、早く!」
 キリルとイコロの声に飛び上がった執事と御者は、指示されたとおり馬車に飛び込み、小ぶりな木箱を抱える。その中には壷があり、買い求めた物が収められているのだ。
 バックパックから鞘ごと取り出したダガーを持ち、イコロは馬車の前に立ちふさがった。戦い方なんて知らない。でも、依頼人と一緒に馬車に隠れているなんて我慢できない‥‥と、自分にできる最大限の努力をするためにイコロは立つ。
 その間にも敵ウィザードが淡い緑の輝きを帯びる。呟くような詠唱は聞こえないが、煙を抜けた三日月型の風の刃がメリルの腕を浅く切る!
「ふん、魔法に抵抗できるのはおぬしだけではないのだ!」
 さっと開いたスクロールに視線を走らせる。敵の進路に真空の空間が出現した──先頭を駆ける最も体格の良い男の肌がピシピシと浅く裂ける。
「盗賊風情に成り下がるなんて‥‥同じ風のウィザードとして情けないわねぇ」
 奇しくも同じ場所に集った3人のウィザード。同じ属性に連なる者として、見逃すわけにはいかない。再び雷光を放つカナリー!!
「ぐっ!」
 詠唱を中断させられたウィザードがカナリーを睨み、樹木の陰に身を潜めて詠唱を行う。淡い緑。
「させぬのだ!!」
 メリルの雷光はウィザードの思惑通り樹木に阻まれる。そして、焚き火の火が揺らいで──消えた。
「バキュームフィールド!? やってくれるわね」
 真空に阻まれ、炎は燃え盛ることができない。明かりに慣れた目を暗闇が支配する。急ぎ回復させようと世話しなく瞬くウィザードたちの耳に届くキリルの声!
「イコロさん!」
 ──ギィン!!
 剣と剣のぶつかる音。幾度も死線を潜り抜けてきた戦士の放つ迫力を放つ賊の一撃を剣が防ぎ、隙を縫って放ったスピアは盾に阻まれた。
「貴殿のような戦士が、何故だ!」
「雇われたのでな」
 武器を落とし無力化を狙っていたが、それどころではない。両手でスピアを握り直すユーリィにイコロが叫んだ!
「だめ、殺さないで!!」
「手加減してたらこちらがやられるだろう!」
「だけど!!」
「生きていればいいです、回復させますから」
 キリルの声にイコロは黙る。それが最善なのだと自分を諌めて。一合、二合。戦士でも対等かそれ以下になる強敵に2人のローグが色めき立つ。腰の引けたチンピラをどつき、2人を囲んで次々に攻撃を放つ。
「しゃがむのだ!」
 メリルの声に反射的にしゃがみこんだのはユーリィ、キリル、そして戦士。輝く雷光が立ち尽くす敵をなぎ払う!!
 日が昇っていれば、もっと戦えるのに! 立ち上がるローグの後ろで逃げようとする下っ端に、想いの丈を込めて体当たり!
「ロープ、取って!」
「はいいっ」
 御者が投じたロープでぐるぐると縛り上げる。
「大人しくしてれば死なないですむからね」
 こくこくと頷く下っ端。剣持つ腕を貫かれ堪らず武器を落としたローグをキリルが蹴り飛ばした。
「イコロさん、もう1人お願いします!」
「任せて!」
 3人が2人になれば、総合的な力量で勝る冒険者に利があった。程なくもう1人のローグの剣がクルスソードに折られ、首筋に剣を突きつけられた盗賊が投降すると、戦う理由の無くなった戦士も剣を下ろした。
「殺さないでくれてありがと、ユーリィさん」
 目を輝かせて嬉しそうに告げるイコロに、ユーリィは殺生を避けた誉れを感じた。照れて真っ赤になった頬を掻くユーリィは、こういう名誉もいいかもしれないと微笑みを返した。
「カナリーさん、ウィザードは?」
「木の陰で伸びてるわよ」
 こうして幸運にも一泊目で捕らえた盗賊たちを立ち寄った街で官憲に引渡し、僅かばかりの懸賞金を手に冒険者たちは馬車を送った。

   ◆

「本当に、ありがとうございました」
 ラティシェフ家に到着し、積荷の無事を確認したロマンスグレーの執事は深く頭を下げた。
「結局、私たちは何の護衛をしていたの?」
「紅茶と砂糖でございます」
 訊ねたイコロは名前しか聞いたことのないような品名に目を丸くする。
「すごい! 高級品だね!!」
「奥様が好まれるのでございますよ」
「おまえたちには面倒を掛けてしまったようですね。時間があるのなら、少し味わっていかれてはどうかしら」
 突然の女性の声に、弾かれたように背筋を伸ばす冒険者たち。馬車を見たのだろう、依頼人の主、クリスチーナ・ラティシェフが現れたのだ。ハニーブロンドの髪に、アルトゥールと同じエメラルドの瞳。ボルドーの服が気品を増している。ユーリィとキリルは胸に手を当て、恭しく騎士としての正式な礼を示した。
「折角の機会ですし、奥様にそう言っていただけるのでしたら喜んで」
 冒険者で紅茶を口にする機会に恵まれる者は数えるほどしかいないだろう。好奇心がなかったとは言わない。
「こちらへどうぞ、いらっしゃいな」
 バラの香りを漂わせる彼女は、暖炉の温もりが行き届いた部屋へ冒険者を案内するとお茶請けにとマルメロの砂糖漬けを伴った紅茶を振舞った。
「ふむ、超国際派魔術師に相応しい飲みものなのだ」
「ワインもいいけれど、これはまた別の味わいね‥‥常日頃から口にできるなんて、羨ましい限りですわ」
 ふわりと鼻腔に広がる香り。ふくよかな奥行きある味わい。メリルは年相応の無邪気な笑みを零し、カナリーはクリスチーナを倣い優雅に微笑んだ。
「ところで、クリスチーナ様。私たちのような冒険者と護衛もなしに共にいて不安はないのか‥‥ですか」
「ふふ、安心するくらいでしてよ。ねえ、ノーチェ?」
『にゃ〜』
 撫でられて嬉しそうに鳴く猫に言葉は通じていまい。不興を買うのでなければ良いか、とユーリィは砂糖漬けを口に運んだ。甘い甘いとイコロは大はしゃぎだが、紅茶がなければユーリィには少々甘すぎるかもしれない。
「温かい場所から寒いところへ出ると寒さが一層身にしみましょう」
 2人の女性には柔らかなファーマフラーを。そして3人の男性にはふさふさの襟飾りを。クリスチーナの指示するままに執事が手渡した。思わぬ報酬に何度目かの礼をいい、ラティシェフ家を後にした。

「ああ、あの紋章はっ!?」

 キリルが頓狂な声を上げたのはキエフの街並みが見えてきた頃だった。
「クリスチーナ様は、エカテリーナ様の異母妹さんです」
「ああっ、ノヴゴロドの!!」
 2人の驚愕についていけない砲台役たち。
「紋章とは個人を識別するためのものです。そして、知識があれば所有者が誰と誰の子供であるだとかいう家系まで解ってしまうのですよ」
「あの紋章は、ラティシェフ家当主マルコ・ラティシェフの妻クリスチーナ様を示す印だが、同時に彼女がノヴゴロドの大公妃エカテリーナの異母妹だということも示していたのだ」
「ノヴゴロドって?」
 首を傾げるイコロにユーリィとキリルは説明する。
「ロシア王国は8つの公国から成っている。今回依頼をうけた冒険者ギルドのある首都キエフのあるキエフ公国に告ぐ名門がノヴゴロド公国だ」
「ノヴゴロドは遥か北にある、夏は沈まぬ太陽に、冬は虹のカーテンに彩られる公国です。最も古く歴史ある公国‥‥その遠さゆえ、キエフでは紋章もなかなか目にすることはありませんけれどね」
「異母姉にあたるエカテリーナ様は、夫を公職から追放し今は公国の実権を握っていると聞く」
 そんなエカテリーナ大公妃の異母妹。5人から襟巻きやマフラーの温もりなど消し飛んだ。
「えっと‥‥ボク、失礼なことしてなかったよね?」
「大丈夫‥‥だったと思いますよ」
 イコロの言葉は、皆の心情を代弁していたに違いない。
 無事、成功してよかった──その内訳として、喜びより安堵感の方が大きい仕事も珍しいかもしれない。