【粛清の冬】手配書のヒキガエル

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 87 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月04日〜12月10日

リプレイ公開日:2006年12月11日

●オープニング

 バスケットに小さなパンと幾つかの果物を入れた少年が夕刻のキエフを歩いていた。
 あまり裕福な家ではないのだろう、向かっている先は自宅のようだが治安の悪い一角へと足を進めているようだ。
「あの怪僧め、やってくれる。手配書のせいでワレリーと合流も出来ない」
 路地から漏れ聞こえた声に少年は足を止めた。殺気立った不穏な空気に気付かなければそのまま通過も出来ただろう。しかし、気付いてしまった──不幸にも。そして、幸運にも。
「ワレリー殿の手配書をラスプーチンが直々に冒険者ギルドへ持ち込んだようです」
「ということは、合流より安全の確保が先だな‥‥足場を固めて援護のできる体勢を整えよう」
「しかし、どちらに‥‥」
 聞こえる声は全て成人男性の声で4人分以上。どうやら上下関係があるようだ。
 しかし少年を凍りつかせたのは出てきた人名だった。
「ラティシェフ卿の息子ならば、負い目がある。我等に手を貸してくれる可能性はあるだろう」
「ですが」
「頷かねば斬るだけだ。事情を知る者は少ない方が良かろう」
 がくがくがく。防寒服を着ているのに、膝が、身体が、小刻みに震える。負い目のあるラティシェフ卿の息子といえば‥‥‥目の前が真っ暗になった。震える手からバスケットが落ちた。
「誰だっ!!」
 路地から人が飛び出してきた。けれど、少年は止まりそうになる足を必死に動かしていた。
 助けなければ、彼を、波打つ銀の髪の彼を。
「小僧!! ‥‥始末しろ!」
 一瞬振り返った少年は、そう声を荒げる男を見た。壮年の、どこかヒキガエルに似たハーフエルフ。小太りの身体、くすんだ金髪、脂ぎった手では大きなルビーの指輪と瞳と同じエメラルドの指輪が細い月光を跳ね返していた。
 けれど裏道に詳しかったのは男たちではなく少年だった。ほうほうの体で駆け込んだのは──そう、冒険者ギルドだった。


「はあ、はあ‥‥‥あ、あの‥‥‥」
 喧騒に包まれる冒険者ギルド。そのカウンター越しにおずおずと遠慮がちな声を掛けたのは、白髪の少年ハーフエルフだった。乱れる呼吸を必死に整えながら、掠れる声を必死に振り絞る。
「あの‥‥すみません‥‥っ」
 少し大きな声、といっても普通人の声よりも少し小声ではあったものの、その声に気付いたギルド員が振り返る。前髪に隠れた自分の目とギルド員の目が合ったような気がして、少年は全身を真っ赤に染めながらもじもじと声を出した。
「ああ、あなたはこの前の‥‥そう、テオさんでしたね。どうされましたか?」
「‥‥あの‥‥た、助けてください‥‥」
 思い出したように、今度は全身から血の気がさあっと引いていく。
 がたがたと震える小さな身体を宥めるように、ギルド員はそっと小さな手に自分の手を重ねた。
「ゆっくりでいいんです。ここに怖いものはありませんからね」
 ぼさぼさの髪に隠れている淡い茶色の瞳と淡い青の瞳のオッドアイが小さく揺らいだように見えた。瞳は見えていなかったから、ギルド員の気のせいかもしれない。
「あの‥‥‥誰にも言わないで‥‥それで、誰にも知られないように‥‥ある人を、守って欲しいんです‥‥お金はあんまり無いですけど‥‥」
 あまりに少ない金額だったが、テオ少年のあまりの様子にギルド員は無下に断ることもできず、そのまま詳しい話を促した。
「ワレリーっていう‥‥手配書の人の、仲間が‥‥ラティシェフ様のところ、転がり込む算段を‥‥手伝わなければ殺すって、僕、偶然聞いてしまって‥‥‥」
 前髪に隠れた瞳からぽろぽろと溢れた涙がそばかすをぬらす。
「お願いします‥‥ラティシェフ様にも気付かれないように‥‥迷惑が、かからないように‥‥‥そっと守ってあげてください‥‥」
 肩を震わせて、真白い心からただひたすら涙を流す。自分の命が狙われているなど、一言も告げないまま。
 けれど、依頼料が──心を鬼にして無粋な話を切り出そうとしたギルド員の肩越しにある物を見て、テオは小さな手で指差した。
「‥‥あの人です‥‥」
 ワレリーと並んで掲示されていた手配書の人物を指差し、かたかたと震えた。
 ヒキガエルにも似た小太りの男の絵には、アントン・デイネキンという貴族の名前と懸賞金の他に、生死不問という文字が不気味に躍っていた。
「‥‥懸賞金が掛かっているのなら、そちらを依頼料に当てましょう。大丈夫、すぐに冒険者を派遣しますので」
 ──とさっ
 緊張の糸が切れた少年は、意識を手放し床に落ちた。

●今回の参加者

 ea8206 カナリー・グラス(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb2879 メリル・エドワード(13歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5669 アナスタシア・オリヴァーレス(39歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb7143 シーナ・オレアリス(33歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb7758 リン・シュトラウス(31歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)

●リプレイ本文

●白髪の少年テオ
 倒れた少年が目覚めると、数人の冒険者が作戦の相談をしていた。目覚めたテオに気付き、色香漂う美女カナリー・グラス(ea8206)は柳眉を寄せた。
「気付かれないように‥‥って、簡単に言ってくれるわね。まあいいわ、出来る限りやってみましょ」
 しかし‥‥難しい戦いは嫌いではない。しょぼりと肩を落としたテオに満足し、自分の赤い唇をそっと指で撫ぜてふっと口元を綻ばせた。
「問題はこの依頼人をどうするか、ね」
「私達は子息の邸に警護に向かうが、お前さんどうするね?」
 ビクッと身体を震わせて、マクシーム・ボスホロフ(eb7876)を見上げた。
「少なくとも、手配されたアントン・デイネキンの顔を見たのだろう? とすれば、逆に見られている可能性も大きいが‥‥見られたのではないか? あちらさんも形振り構っている余裕はないはずだ、テオ君を狙ってくる可能性も大きい」
「あの、それ‥‥は‥‥目が合ったので、きっと‥‥。‥‥でも、迷惑に‥‥」
 あくまで依頼の達成を、ラティシェフ卿の息子を優先してほしいと頭を下げるテオにカナリーは再び口を開いた。
「迷惑どころか、相手が貴方を狙うなら囮になってほしいくらいよ。確実を期すためにもね」
「僕でも‥‥‥あの方のために、お手伝いが‥‥できますか‥‥‥?」
「おまえにしかできない」
 きっぱりと言い切るレイア・アローネ(eb8106)に、テオは迷うことなく頷いた。涙を流して、喜び咽びながら。
「おぬしのことも全力で守るつもりではあるが、安全は一切保障できぬ。本当に命がけの危険な役なのだが‥‥承知しているか?」
 メリル・エドワード(eb2879)が噛み砕いて確認を重ねるが、ぽろぽろと涙を零して何度も頷く少年の意志は固いようだ。
「もし‥‥もし、僕がどうなっても‥‥それで、あの方を‥‥お守り、できるのなら‥‥‥」
 再び零れ落ちた涙から目を離せず、小さな胸を揺さぶられて。あの時床に崩れ落ちたテオを抱え起したリン・シュトラウス(eb7758)は、意識を手放してなお頬を伝い落ちた涙に‥‥胸を締め付けられる想いがした。代われるものなら代わってやりたい。けれど、背格好も性別も違う。髪の色さえも。そんなリンにできることはただ1つ。
「‥‥。ん、全力で助けてやらないとね」
 気を引き締めなおすリンの隣で、アナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)は聞き覚えのある名を出した。
「ところで、ラティシェフ卿の息子さんって‥‥アルトゥールさん?」
「アルトゥール? そんな名なのか」
「ラティシェフさんの家って確か兄弟さんだった気がするのですけれど、アルトゥールさんは弟さんのほうですね。金‥‥いえ、栗色でエメラルドの瞳を持つ方ですよ」
 薬の研究をする傍ら、医者として人を助ける仕事をしているはず。貪欲に情報を吸収しようとするレイアにシーナ・オレアリス(eb7143)は以前会ったことのあるアルトゥールの説明をする。
「私が会ったことのあるのは奥方のクリスチーネ様なのだ」
「豊かなハニーブロンドの髪に、やっぱり同じエメラルドの瞳の方だったわ」
 カナリーやメリルが数日前に会った人物は、クリスチーネ・ラティシェフ。二人の話にシーナの話を加え、マクシームは記憶の人物を推察する。
「私が遠目から見たのは、波打つ銀の髪の男だった。黒いマフラーのよく似合う方だったな」
 ちらりと視線を落とすと、真っ赤になったテオ少年が小さく俯いていた。
「お兄さんは‥‥確か、リュミ‥‥じゃなくて、リュド‥‥? あ、あら‥?」
 アルのことを話す友人から名前だけは聞いたことがある気がして記憶を手繰るが、アンナの記憶の糸は途中でぷつりと途切れてしまっていた。
「リュドミール様、です‥‥」
 堪らず口を挟んだテオは、視線を一身に受けてまた赤面した。
「‥‥解りやすいのう」
「それがテオ君の良いところですよ。とても純粋なんです」
 微笑ましく零したシーナは‥‥認めた手紙を懐へ忍ばせた。テオをほんの少し応援するために。
 それがもう1つの使命だと、彼女は信じているようだった。


●ラティシェフ卿の館
 黄昏に染まる空を背に、そびえ立つ館を遠くから見守る。
「‥‥まるで城だな」
 半ば呆れた感想を述べたのはマクシームだった。確かに、石造りの巨大な館は城と呼ぶに相応しい大きさである。そして森まで続く広い庭。森の畔にある小振りな建物は次男アルトゥールの研究室だ。そこから死角になる森の一角に、冒険者たちは身を潜めていた。
「アントンたちからすればアルトゥール殿への接触は比較的容易だな」
 そしてレイアは館へ目を転じた。護衛の騎士らはそれなりの数で、正面から入るのは難しかろう。
「使用人の数も多い。裏口は裏口で、昼間ならば出入りの際に顔を見られる可能性は高いであろうな」
 昼間ならば。強調するように繰り返してメリルはアンナのドンキーへ近寄り背負わせたバックパックからふさふさ襟飾りを取り出した。先ほど零した水は既にうっすらと氷の膜を張っている。夜を迎えるためには、しっかりとした対策が必要だった。
「すまぬな、アンナ。おぬしの大切なペットに」
「困ったときはお互い様よ。‥‥リンさん、無事に潜り込めていると良いけれど」
 防寒服を持たぬ仲間は小熊を連れてラティシェフ卿の館を尋ねていった。
『‥‥詩人には詩人の戦い方があるんです』
 まるで長時間水に浸かっていたように血色の悪くなった唇で、リンは館を訪ねていった。
「楽器もなしに、詩人と信じてもらえたでしょうか‥‥」
「普段から持っていないのなら、付け焼刃にならなくて良かったのではないか?」
「マクシームさん」
 一見冷たそうな言葉を返した男の名をシーナは悲しげに口にした。

「‥‥へくしゅ!」
 盛大なくしゃみと、ついでに身体をぶるっと震わせた。慌てて取り繕ったリンは、優雅に一礼をして夕餉の彩りの昔語りを続けた──熊にまつわる昔語りを。歌うように語られる言葉に耳を傾けるのは、大きく長いテーブルを囲む貴族たち。
 上座に当たるテーブルの短い一辺に座すのは、白髪の混じり始めた栗色の髪を撫でつけた──館の主でもある、マルコ・ラティシェフ。
 その斜め左、リンから見て右手の長い一辺のもっとも上に座すのはハニーブロンドの神経質そうな女性──奥方クリスチーネ・ラティシェフ。その隣には次男アルトゥール。テーブルを挟んだ対面には波打つ銀の髪、リュドミールが座していた。
(名前、聞いておいて良かったです‥‥)
 尋ねる屋敷の主を知らぬなどという無礼を働かずにすみ、リンは内心胸をなでおろしていた。
「詩人殿。今晩はもう遅い、客間を用意させようと思うが、よろしいかね」
「ありがたくお受けいたします」
 深く頭を下げた。一宿一飯を求めて門戸を叩く、冒険者となってからは久しく忘れていた感覚だった。


●現れたモノ
 ドニエプル川から立ち上る朝靄が街を覆い隠す。日は強くないが確かに昇り、夜が明けたことを知らしめていた。
「子息の行動パターンや近日の予定などは知らないか?」
 マクシームの問いに首を振るテオ。
「いつも‥‥あの、会うときは、連絡を‥‥もらうので‥」
 夜間の外出はなかった。リンもじきに合流するだろう。
「奴ら相手に一芝居うつ気はないか? かなり危険を伴うから無理にとは言わんが」
 一日が過ぎたがヒキガエルの気配はない。少し揺さぶりをかけようと提案するマクシームにこくりと頷く少年。ぼさぼさの髪も、ぼそぼそした話し方も相変わらずだが‥‥メリルは気にせず手を上げた。
「私も同行するのだ。外見はさほど年も変わらぬし油断を誘えると思うのだ」
「それなら、私もご一緒したいです」
「シーナさん、それは駄目よ。人数が増えたら警戒されてしまうのね」
「あ‥‥そうですね」
「私がブレスセンサーを使うから、少し離れて行きましょうね? もちろん、全員でよ」
 アンナがにこっと微笑むと、シーナは納得したようだった。多少の危険は、本人も承知しているのだから。
「遅くなってごめんなさい。館内部は異常ありません」
 戻ったリンが息を弾ませそう言った背後で、館から早馬が飛び出した!
「異常ないのだろう!?」
「落ち着くのね、レイアさん! 屋敷からはあの騎馬とリンさんしか出てきていないのよ!」
「入っていった人もいないわよ、レイア」
「ならばなおさら内部だろう!」
 館へ駆け出そうとするレイアを押し留め、荷物を抱え街へ走り出そうとした一同へ冷水の如く声が浴びせられた。
「そこ‥‥誰だい?」
「‥‥アルトゥールさん。お騒がせしてしまって、すみません‥‥」
 離れの主、次男アルの声だった。立ち上がり、顔見知りのシーナが率先して頭を下げる。そしてマクシームも。
「賞金首を追ってここまで来た。騒がせてすまない」
「おや、詩人殿も一緒とはね。僕の家族は監視下にあったということかな?」
 笑顔の下で、エメラルドの瞳が冷たく光る。
「こちらに逃げ込むという情報があったのです」
 泣きそうな顔をしてリンも謝罪する。依頼のことに触れぬよう、そして出来るだけ誠実に。
「感心はしないな。この森は僕の宝物庫だ、今回は目を瞑るが次はない」
「あの、このことは‥‥」
「内密に、かな? 都合がいいと思わないかい? まあ‥‥余計な騒ぎを起こしたくはない、紅茶の恩もあるようだし、本当に今回だけだ」
 カナリーとメリルに目を留めてアルは理解を示してくれた。二人にしてみれば、自分たちの顔が知れていることの方こそ驚きであっただろう。
「それで、‥‥今、中で何が?」
「伯母上が満月までに来訪されると父が知って用意に奔走を始めただけだよ」
 愉快そうに笑い、アルは離れに戻った。
「リュドミールじゃなくて運が良かったね」
 そんな言葉を残して。


●街並みと影
「ん? テオ君か、久しぶりだな!」
「マクシームさん‥‥‥えっと、ど、うしてここに‥‥?」
「仕事でチェルニーゴフまでな」
「私にも紹介するのだ、テオ!」
 大げさに再会を喜んでみせる二人。そして‥‥
「ブレスセンサーに反応があります。3‥‥いえ、4人ね。二手に別れてるわ」
 アンナが指差した角に、確かにテオを狙う姿。狐顔の男、頬に傷のある男などはテオから事前に聞いたとおりですぐに判別がつく。
「そこのお兄さん達っ! 私達と一緒に遊ばないっ? たっぷりサービスしてあげるわよ」
「く‥‥っ。こんな破廉恥な口実で‥‥」
 踏み出そうとした男たちへ、カナリーが声をかけた。歯噛みしながらレイアも纏った色香を武器にキスを投げる。
「それはいい話だな」
「おい」
「構うもんか、俺らは手配されちゃいねーんだ」
 下卑た笑みを浮かべて近寄る狐顔の男へ至上の笑みを向けた。
「ふふ、痺れさせてあげるわ‥‥ライトニングサンダーボルト!」
「ぐああ!」
「月の輝き、一条の光。アントン・デイネキンを射抜け──ムーンアロー!」
 リンの凛とした声が光の矢を打ち出した!!
「ぐっ!」
 くぐもった声がしたのは、色仕掛けに掛かったのとは別の方向‥‥アンナたちからみてメリルらの向こう側だ。
「どこの蛙かわからぬが関係ない人間を悪の道に引き釣り込もうとする輩は、この超国際派魔術師のこの私が許しておかないのだ!」
 びしっとヒキガエル、もといアントンを示した指から雷光が奔る!
 間を置かず、タイミングをずらしてアンナの雷光が狐顔ともう1人の中を駆け抜ける!
 その引きつった顔のまま、狐顔がアイスコフィンに封じられた!
「小僧だけでも殺せ!」
 アントンが叫ぶ。マクシームの矢がアントンの前に出てきた男に突き立った!
「ユドゥキシンの手先か‥‥我らの邪魔はさせん!」
「陛下に弓引く者を見逃すわけにはいかない。投降しろ!」
「マクシーム! テオ!!」
 背後から迫った男へ、レイアが深く斬り付けた!
「大丈夫か、テオ! 皆の元へ走れ!」
「は‥‥はい‥‥っ」
 どちらに対しての返事か、真っ青に血の気の引いていたテオは這いずるように魔法使いたちの方へ進んでいく。
「テオ君っ!」
 駆け出したアンナへ切り掛かった傷の男へ、リンの矢とマクシームの矢、アンナとシーナの雷光が次々に踊りかかる!!
「何故、ラティシェフ卿の子息を狙う!」
「あの腑抜けめ、途中で逃げ出しおったのよ!」
「リュドミール様は腑抜けなんかじゃない!」
 アンナの腕の中から、テオが叫んだ。
「腑抜けの稚児か。男色という噂、真のようよの、汚らわしい!」
「僕のことは何とでも言ってください‥‥でもあの方は、大局的に‥‥ロシアのことを考えて!」
「蝙蝠のように手を返すのが大局か! 所詮妾腹、貫く正義はないようだな!」
 リンは目を見開いた。確かにクリスチーヌとマルコの間に生まれた子とは思えなかったが‥‥肉食獣の顔になるアントンにメリルが雷光を撃つ!
「おぬしは反逆の罪を負うものに正義を語る資格があるというのか?」
「吼えろ、小童!」
「老いたる者が偉人ではない!」
 間合いを詰めたレイアが袈裟懸けに剣を振り下ろす! 血飛沫を上げながらもんどりうってアントンが倒れた。
「さぁーて、ヒキガエルさん‥‥おねんねの時間よぉ‥‥」
 カナリーが狙いを定める。引きつる顔に極上の笑顔を浮かべて、朗々と詠唱を行う。
「轟け! ライトニングサンダー‥‥」
「月の揺り籠に揺られ眠りなさい!」
 迸る寸前、リンのスリープが炸裂! アントンは高いびきをかいてそのまま夢の中へと囚われていった。
「‥‥リン」
「あの、おねんねの時間って‥‥」
 あたふたするリンの姿に、つい噴出した。
「いいわよ。捕まえられれば上々なんだから」
 倒れた男らを縛り上げながら、レイアとマクシームは輝くものを見つけた。
「シルバーアローがあるぞ。報酬の足しになるかな‥‥全員に配るには一本足りないが」
「こっちにはシェリーキャンリーゼだ」
「あら、良いものがあるじゃない。ワインは私が貰うわ」
「報酬としては充分ですけれど‥‥」
 シーナは傷付き肩を落とす少年を見た。報酬と引き換えに受けた傷の大きさを。
「主を大切に思うそなたの気持ちは素晴らしいのだ。これからもその気持ちを忘れてはいけないのだ」
 少年であるメリルの口から出ては説得力もないが、テオは困惑を滲ませながら頷いた。


「リュドミール・ラティシェフさん、お手紙だよ〜」
 シフール飛脚が窓から飛び込んだ。受け取った手紙は無記名。身元の解るようなものは何も記述されていない、手紙だった。
『黒いマフラー、お礼をしてあげてはいかが』
「一体、誰が‥‥」
 記載された文字は、解る者だけに通じる言葉。リュドミールは冷淡だった目を見開いた。そして、大切にしまっていたマフラーをそっと取り出すと、口付けるように顔を埋めた。
「‥‥‥すまぬ、テオ‥‥許せ」
 苦渋の表情を浮かべ──躊躇いながら、そのマフラーを暖炉に投じた。
 パチパチと爆ぜる炎に舐められて、マフラーはその形を消した。