●リプレイ本文
「こんにちは雛菊さん。聖夜祭は欧州では馴染み深いお祭りですし雛菊さんもきっと楽しめると思いますよ」
しゃがみこんでにこりと微笑んだフィニィ・フォルテン(ea9114)、その言葉尻を真似ながらエレメンタルフェアリーのリュミィが頭上をくるりと一周。
「気に入って楽しんでくださると友人としてもジーザス教のクレリックとしても嬉しいですの」
はにかみながら友人という言葉を改めて噛み締めるユキ・ヤツシロ(ea9342)の傍らにはやはりエレメンタルフェアリーのリリーが主人の語尾を真似ながら澄まし顔で飛んでいた。主人にとってこの聖夜祭にどれほどの意味があるのか‥‥生まれて間もないリリーは知らぬだろう。
「しかし、不思議な物だ。国や宗教は違っても、この季節にどこも祝いごとをするとは」
ジーザス教徒としてはとても嬉しい事実である。何よりも先に三日間のメニューを考えた、雛マニアさんたちの『旦那に欲しい男性』『模範的主夫』『理想のお父さん』ランキング目下独走中、三冠王ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)も、やっぱりクレリックなのだった。
「今日は本番ではなくて、お勉強の為の聖夜祭ですけれど‥‥大切で暖かい、思い出の聖夜祭になりそうです」
にっこりと、本当に嬉しそうにセフィナ・プランティエ(ea8539)は微笑んでいた。勉強と信仰心を認められクレリックとなってからは聖夜祭は教会に詰めていることが多かったのだろう。賑やかに過ごせるささやかな幸せを感じられる喜びをセーラに感謝する。
「とか言って、本当は彼と過ごしたいんでしょう〜?」
ぷに。頬をつついたローサ・アルヴィート(ea5766)の言葉に、ほんのりと頬を赤らめる。
「否定はしませんけれど‥‥わたくしも冒険者ですし、そもそも聖夜祭はジーザス様の誕生を喜ぶお祭りですもの」
冒険者の恋愛は一般人のそれとは異なる。そしてセフィナにとってこの日は宗教的な色合いが一番濃く、異国の地にいる恋人のことは‥‥寂しくはあるが、聖夜に限った話ではないということだろうか。
なんだか話はどんどん進んでいく。野村小鳥(ea0547)は困ったように王娘(ea8989)を振り返った。
「ジャパンの大晦日とかならわかるのですがぁ‥‥聖夜祭はさっぱりですぅ」
「言いにくいが私も実はよくわからないのだ‥‥、なんでもするので私にも教えてもらえないだろうか」
「わぁい、ことちゃんも、にゃんにゃんお姉ちゃんも雛と一緒なの〜♪」
雛菊(ez1066)はふたりのささやかな胸に飛び込んだ。
「‥‥って、そこは喜ぶ所なんですか?」
現れた宮崎桜花(eb1052)のやはりささやかな胸にしがみ付く。
「雛ちゃん。胸で判断してる?」
「‥‥ふえ?」
「皆さん、まだ成長の可能性があるじゃないですかぁ‥‥」
ローサの言葉が飛び火して小鳥が肩を落とす。
「判断材料は大きさだけではあるまい?」
「じゃあ‥‥何があるんですかっ。形ですか、手触りですかっ!?」
「いや、ああ‥‥それもあるか‥‥」
勢いにヴィクトル完敗! しかし、手触り確認だけはなんとか回避した模様。後が怖いからだろうか。
「でも桜花さん遅かったですね?」
「アルトゥールさんの所にお邪魔する余裕は有りませんので、冒険者街の空き家を借りてきたんですよ」
日常に近い場所を探して奔走したであろう桜花に甘え、空き家を借りての勉強会を行うことにしたのだった。
「ほらほら、雛ちゃん、国が違うと売っている品物も随分違うよね」
小鳥たちと食材を買って歩く桜花は、手を引く少女へ笑みを向ける。店構えもジャパンとは違っていて、見ているだけでも楽しい。故にきょろきょろ周囲を見回しながら歩く少女と逸れぬよう、右の手を桜花が、左の手を娘が、しっかりと握っている。
「餅も蕎麦も無いな‥‥ここでは別の物を食べて祝うらしい」
「杵も臼もないなの〜。しょんぼりなのね‥‥」
発見したように呟く娘に、雛菊は寂しげな雰囲気だ。
「うーん、やっぱり売ってないかぁ‥‥」
「花屋さんや雑貨屋さんじゃ食材は売ってないですよぅ」
餅を探すなら食料品店だろう、と当然のことにきょとんとする小鳥。食材の買出しに来たはずなのに、ローサはそんな店ばかり見ているのだ。
「へ!? いくらあたしでもそんな勘違いはっ!!」
「‥‥日頃の行いだな」
鼻を鳴らす娘のお団子をわしわしと揉んで仕返しをしながら、薔薇の瞳の友人は力説をする。
「聖夜祭といえばツリー! パリでも、シャンゼリゼに飾ってあったでしょ? あれくらいの、丁度良い大きさの木がないかなって思ったんだけど‥‥」
ツリーは丸々一本の木を用意しなければならず、手頃な大きさの木を個人で入手し育てるのはなかなか困難だ。そのため、一般庶民は枝をリースにして玄関や暖炉、かまどの上に飾りつけることですませる。
「まあ、ヌエスで代用すればいっか。さ、食材買ったらツリーの飾りも皆で見て回ろっか♪」
大きな苗木ヌエスの天辺にラッキースター。
セフィナに抱き上げられた雛菊がよいしょと手を伸ばす。
「ふわぁ、おっきい門松なのね〜‥‥」
「こっちではクリスマスツリーっていうのよ、雛ちゃん」
落ちぬようさりげなく支えながら伝えるローサ。実際、ジャパンで西洋の風習に通じ聖夜祭の存在を知っている者でも『西洋風門松』と認識しているというから‥‥あながち間違いでもなかろう。教えてくれたローサへ、大きな目が瞬いて尋ねた。
「くりすますって、なぁに?」
「‥‥教会の偉い人がお説教に使う言葉よっ」
「よく言われますよね、クリスマスって。何か意味のある言葉なのでしょうけれど」『れど♪』
フィニィが首を傾げるとリュミィも同じように首を傾げた。
視線を転じられたヴィクトルは視線を逸らす──どうやら知らぬようだ。
「あまり使う言葉ではありませんし、知らなくても仕方ありませんわ」
くすくす笑いながらセフィナが回答をくれた。
「救世主のミサ、という内容からジーザス様のお名前を取って『クリスマス』と呼ぶことがあるのですわ。一部でそう呼ぶ方がいる、という程度なのですけれど」
冠婚葬祭に精通していなければ知らなくても当然の言葉である。
「なるほど‥‥勉強になった。ときにセフィナ嬢、腕は大丈夫か?」
雛菊を抱え上げたままの腕がぷるぷると震えているのを見てヴィクトルは手を差し伸べた。しっかりと甘えるようにセフィナに抱きついていた少女が父親(代理)の腕に手を伸ばした。
「次はリースだ、暖炉は熱いから気をつけるんだぞ」
ひょいと肩車したヴィクトルに羨望の眼差しを向けるセフィナ。真似たら雛菊は喜ぶかもしれないが‥‥ちょっとわたくしには無理ですわね、と視線を落とす。と、碧眼のプリュイに擦り寄られてセフィナの気分は再び浮上☆ そのまま見上げれば、暖炉の上にはヒイラギのリースが掛かっていた。
「まぁるい注連縄、かーわいー♪」
緑にヒイラギの実の赤、そして買ってきたリボンを付けられたリースがどうやらお気に入りのようだ。
「これはリースと言います。こちらではシメナワの代わりに、こんな飾り付けをするんですよ」
「そうなんですか」
桜花が興味深そうに手を伸ばす。
「ツリーと一緒に見なかったっけ?」
「去年は‥‥バタバタして、それどころじゃありませんでしたから」
苦笑した桜花になるほどと頷く。文字通り、雛菊の命が掛かっていたのだから祭りどころではなかっただろう。
「ヴィクトルさぁん!」
「今行く!」
小鳥の声に呼ばれ、床に下ろした雛菊の頭を大きな手で一度撫でるとキッチンへと向かった。
『料理は得意なのですぅ。こっちの料理は作ったことないですがぁ‥‥きっとなんとかなりますぅっ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥多分』
多分、に一抹の不安は感じていた。しかし、こんな結末になろうとは。
「‥‥‥」
いつにも増して不機嫌そうな娘。泣きだしそうなユキ。足元には、粉々に飛び散ったパイの残骸。
「見事にひっくり返したな‥‥」
やれやれと息を吐き目を細めると、匂いを嗅ぐ麗麗や白櫻、ボーダーコリーを除けて残骸回収。香りはとても良いのだが‥‥
「どうしてこんなことになったのか、説明してもらおうか」
「‥‥小鳥が、私より巧く出来たなどと‥‥!」
「わ、私のせいですか〜!? しくしく‥‥でも焼き色は私の方が絶対に綺麗でしたー」
「雛ちゃんの好みに合わせたのは私ですの‥‥いくら姉様方とはいえ、これだけは譲れません‥‥!」
「わかった、わかった!! 意地の張り合いをしていて落としたんだな。‥‥急いで作り直すぞ」
らしくなく言い争う三人に声を荒げて、ヴィクトルも腕を捲り上げた。急がねば、全員夕飯抜きだ‥‥!
ポットパイは三日目の食事。それを運ぶのはいつものように無表情の娘。
しかし、その裏からどこか誇らしげな空気が滲みでていることに気付き、ローサはにんまりと笑った。
「にゃんにゃん、料理好きになっちゃった?」
「う‥‥うるさい! 私は体で覚えるタイプなんだ!」『だ!』
料理を持っているがために睨むことしか出来ず、歯噛みする。
「ほらほら、そう怒らないの。折角可愛さアップなのに、勿体無いよ?」
「そんなものは要らん。ローサこそ少し可愛げを出してみたらどうだ」
言葉の裏に秘められた意味に気付き、ローサは笑みを貼り付けたままオーラを立ち上らせる。娘も、左右の手にトレイを乗せたまま戦闘態勢!!
「だだだ駄目ですってば〜!」
駆け寄った小鳥、二つのトレイをひょいひょいと奪い安堵。
「さあ、思う存分どうぞ〜」
‥‥空いた娘の拳が襲ったのは小鳥の頭だったのはここだけの秘密。
「ふわぁ、暖かくておいしいなの〜!」
「皆で頑張って作りましたの。ふふ、お蕎麦の代わりですの」
一日目で懲りたヴィクトルは、二日目からは協力して作ることを強く推した。懲りたのだろう、3人も異議を唱えなかった。
「ジャパンだと年末の行事は大掃除と大晦日位だけど、西洋では聖夜祭なんていう素敵な行事があるんですね」
ほくほくと人参を頬張り、桜花は三日間の成果に触れ──ようとし、肝心なことを聞いていないことに気付く。
「ところで、聖夜祭って何なんですか?」
「聖夜から年始まで続くようなお祭り‥‥そうね、盆と正月がいっぺんに来たような感じかな?」
「いえ、間違いではありませんが流石にちょっと‥‥」
あわあわと静止するセフィナ。あながち間違いではないのだけれど、クレリックとしては頷けない部分だ。
「聖夜祭は聖人ジーザス様のお誕生日前夜の降誕祭から、洗礼を受けた主顕節の期間さしますの。ジーザス様はセーラ様‥‥ジャパンでいうと弥勒様のお子様ですね」『ね〜』
「もともと新年の始まりを祝う冬至の祭りと一緒になったものですので、長いお正月という感じになりますかしら?」
あまり興味のなさそうな雛菊や、仏教圏出身の桜花、小鳥、娘にも解りやすいように、二人は懸命に言葉を選ぶ。
「12月25日のジーザス聖誕祭は、救世主を祝うミサの日だ」
「ふーん?」
話に気をとられ毀れたシチューを拭うヴィクトル。食べなれていないと臭みを感じるかもしれないからと敢えて選んだ鶏肉とシチューの味が雛菊は気に入ったようである。
「ええと、教会にお祈りに行ったり、みんなで歌ったりするんですよ」
「お盆みたいなの〜?」
「そうみたいね。雛ちゃんも、聖夜祭の期間は一緒に行こうね」
「雛は萬歳歌うなの〜♪」
初日に聞かされたアルディス・エルレイルの演奏でジャパンへの郷土愛もむくむくと鎌首をもたげているようだ。しかし、桜花の誘いに大きく頷く雛菊。皆で、というのはポイントが高いのだろう。
「聖夜祭の夜には仲の良い人達とプレゼントの交換をするんです」
「そうなんですか?」
「うむ‥‥お年玉のかわりに、という感じだろうか」
父親の顔になるヴィクトルには何か秘密の企みがあるのだろうか。
「ええ。今日は何もありませんが、本当の聖夜祭ではちゃんと用意しますね」
ユキも微笑んで約束する。
「それと‥‥‥良い子にしてるといい事があるかもしれませんよ」『よ♪』
悪戯っ子のように笑ったフィニィの言葉を真似るリュミィ。
「ええと‥‥つまり‥‥」
いろいろ詰め込まれてぷしぷしと目を回しはじめた小鳥、ミルクで喉を湿し、縋るように三人のクレリックを見回した。
「とりあえず楽しければなんでもいい、という理解ではダメでしょうかぁ」
「「「ダメです!」」」
そして小鳥は、つい口にした一言のためにお腹の膨れた雛菊がローサやフィニィ、桜花らと遊び疲れて寝息を立てるまで。巻き込まれた娘と一緒に懇々とジーザス教と聖夜祭について語られるのだった。
──深夜。
時折り誰かの吐息が空気を揺らし、忘れた頃に炎が揺れるゆったりと静かに流れる時間に身を浸して‥‥ツリーの蝋燭から延焼を防止するため不寝番をしていたセフィナとフィニィは、ヴィクトルの腕を枕に眠る雛菊を穏やかな表情でみつめていた。
「一年の計として身と心を禊ぎ、新しい年を清い体で迎えるジャパンのお正月も、親しい方と賑やかに楽しく過ごす西洋のお正月も、どちらも素敵だと思いますの」
きちんと姿勢良く座したまま、お姉さん然として微笑んだセフィナの言葉。夢の中にも届いたのだろうか、伸ばしたフィニィの指をふっくらした手がきゅっと握った。まるで、そう、こくりと頷いたかのように‥‥。