Russian Labyrinth〜序〜

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:7 G 77 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月12日〜12月21日

リプレイ公開日:2006年12月20日

●オープニング

●双子のシフール
「エルフの食い倒れ‥‥」
 三つ編みヒゲが自慢のとあるドワーフによってトラブル・メーカーに分類される双子のシフール。方向音痴の片方が謎の言葉を呟いたとき、2人は森の中にいた。
「リリ、寝ぼけてるですか? 飛びながら居眠りするのは危ないって、そろそろ覚えた方がいいのです」
 ──そりゃいくらでも迷うだろう。
「リリ、もう飛びながらなんてねてないもん〜」
「エルフが食い倒れるなんて夢の中でしか聞いたことないですよ」
 ──見たのか。
「違うの、エルフが食い倒れてるの〜。ほらほら、あそこー」
「あれは食い倒れじゃなくて、行き倒れっていうのです! ‥‥‥行き倒れ?」
 きゃんきゃんと喚くリリへ、ごろりと転がる細身の男を指差してぎゃんぎゃんと言い返すキキ。そして漸(ようや)く異変に気付いたようで。ぴゅぴゅーっとエルフの下へと飛び寄った。
 テレパシーで交渉した通りがかりの熊さんの背に乗せ、家に運び込む。まだ巣の形状をしていたラージハニービーの巣の一部を渡し見送ると、寝込むエルフの顔を覗き込む。そして──治療をすること三日三晩。エルフが、その碧の瞳を見せた。
「──起きたですか?」
 ──こくり。頷くと顔をしかめながら立ち上がろうとする。
「まだ無理なのです」
「─────!!」
 パクパクと口を開閉するエルフに、双子が首を傾げた。
「喋れないです?」
「テレパシーしても怒らない〜?」
 ──こくり。
 そして一頻りの事情を聞くと、キキはゆっくり首を振った。
「まだ駄目です。1人じゃむりなのです。キキが冒険者を呼んでくるですから、その間はリリのご飯食べて休むがいいです。ぽえぽえの割に料理はそれなりですし、テレパシーが使えるのでそんなに困らないはずですから」
「リリ、ぽえぽえじゃないもん」
「ぽえぽえは皆そう言いやがるです」
「‥‥そうかなぁ?」
 首を傾げるリリを置いて、何か言おうとするエルフには気づかぬまま、キキはぱぴゅんとひとっ飛びキエフの冒険者ギルドへ向かうのだった。


●冒険者ギルドINキエフ
 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
 夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥

 三つ編みヒゲのギルド員曰くトラブル・メーカーに分類される双子のシフールの片方がギルドを訪れたのは、聖夜祭が近づいた、とある日のことだった。
「口のきけないエルフの行き倒れを拾ったです。そのエルフが大事な物を取り戻すのを手伝ってやってほしいのです」
 キキは勝手に、エルフの事情を語りだす。

 蛮族に類される暗黒の国のエルフ、その集落の1つが越冬の準備をするオークの群れに襲われたこと。
 預かっていた大切なものを奪われてしまったこと。
 奪っていったのは、言葉の通じるオークだったということ。
 後をつけたは良いものの、いざ奪還を試みて失敗したこと。
 そして、気付いたら声を失っていたことまで。

「預かりものはキキの身長くらいの長さで、赤い宝玉の嵌った古い杖なのです」
「確かか?」
「疑いやがるですか!? キキもテレパシーで見たですから、完璧です!」
 ぷりぷりと怒り心頭のキキだったが、はあ、と溜息をこぼした。
「でも、問題があるです。あの馬鹿エルフ、自分で取りに行くって聞きゃあしねえです。今はまだ動けないですけど、キキの見立てだと戻る頃には動けるようになってるです」
「意地でもついてくるタイプなのかの?」
「冒険者の手を借りるのも嫌みたいなんです。一度惨敗した分際で、馬鹿エルフは本当に馬鹿です」
 馬鹿馬鹿連呼するが、どうやら心配してのことのようだ。
「馬鹿エルフ、多分冒険者のことを信用しないです。場所を教えるのは頑として嫌がるので、ついていくしかないですけど‥‥テレパシーが必要ならリリを連れて行くといいです。きゃんきゃん煩いのがいなくなってせいせいするですよ」
 つまり、下手に目を離せば脱走する可能性があるということだ。
 豚の頭を持つオークは、対抗手段のある者にとっては単体であればそうそう脅威という存在ではない。
 しかし、群れなすオークともなれば話は違う。
「‥‥はて、どの程度の群れなのか、知っているか?」
「えと、馬鹿エルフの見ただけで、5匹前後のグループが6つはあったです」
 ギルド員は思案したが、一人の命が掛かっていることやオークの数などを考慮し、腕に覚えのある冒険者を対象にした依頼書として掲示することにしたのだった。

●今回の参加者

 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb0882 シオン・アークライト(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb2292 ジェシュファ・フォース・ロッズ(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

エカテリーナ・イヴァリス(eb5631

●リプレイ本文

「キキもリリも久しぶりですね。元気でしたか?」
 双子の家に到着するとディアルト・ヘレス(ea2181)は開口一番そう訊ねた。一月半の間に彼が海の向こうのノルマンまで渡っていたなんて双子は想像もしていない。右腕と左腕にしがみ付くと、それぞれがぐいっと引っ張った。
 そして大きなテーブルへ冒険者を誘うと、一枚の板を取り出した。
「これが杖なのです」
 木片に炭で描かれた絵は、古めかしい杖。素朴な造形ゆえか、先端についた宝玉にばかり視線が向かう。
「いったい何に使用する杖なのかしら‥‥?」
 じっと見つめるシオン・アークライト(eb0882)の記憶に、こんな杖はない。
「ただの杖なら預けもしないだろうし、命懸けで取り戻そうとすることもないよね‥‥」
 雨宮零(ea9527)は瞳と同じ色を宝玉に当てはめて、ささやくように恋人と言葉を交わす。
 僅かに耳に届いた声は見送ってくれた友人と似たようなことを言っていて、スィニエーク・ラウニアー(ea9096)は懐に手を当てた。
「どうしたんだ?」
「いえ‥‥あの‥‥」
 口篭もるスィニーはじっと見詰めるシュテルケ・フェストゥング(eb4341)の視線に耐え切れず口を開いた。
「友人が、似たようなことを言って‥‥‥これを‥‥」
 手を当てた懐に収まっていたのはしっかりと封をされた羊皮紙。
「‥‥何が?」
 羊皮紙を見、封が破られていないのを知るとエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は所有者に視線を転じる。まるで睨むかのような鋭い視線に萎縮したスィニーは投げ出すように羊皮紙を手放した。受け取ったフィーナ・アクトラス(ea9909)、スィニーへ確認をして封を割った。

 灼熱の激流、赤き怒り抱きし 大地の夢
 銘のある宝石を綴った書物より抜粋しました。幸運を祈ります。     ──エカテリーナ

 短く几帳面に綴られた文字をジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)は身を乗り出して食い入るように何度も何度も読み返す。
「美術書ってことは、きっと武器としては使わないんだよね。でも‥‥」
「宝石として値打ちがあるだけではなかろうな」
 エルンストも興味は隠し切れない。だが、ビジネスライクに行くと決めてきた彼は理性でそれを封じ込めた。
「杖を取り戻すのが先決だな。行き倒れエルフの信頼が得られれば‥‥調べることもできよう」
「そうですね。キキさん、リリさん。戻るまで、プリスを預かっていただけませんか」
「プリスどころか、預かれるものなら頑張って預かるの〜」
「キキたちを食べちゃうようなのは叩き出すですけどね」
 それくらいならお安い御用だと小さな胸を精一杯張った2人のシフールに、この場は全て任せることになった。


「皆の言うことはきちんと聞くのですよ、馬鹿エルフ」
「きちんと帰ってきてねぇ?」
 エルフの頭を小突いたり撫でたりして見送る双子に別れを告げ、森の中を進んでいく。
 油断をすれば距離を稼がれ、また油断をすれば悪化をするエルフは重要人物であれど‥‥重要人物であるから尚更、厄介な存在に違いなかった。どうして共に出発したのかと問えば、双子への恩義を果たすためだと答えるだろう。
「食い物しか興味の無さそうなオークに持っていかれるなんて、運が悪いな。でも一人ででも取り戻しに行こうっていう誠実さは好きだぞ」
「‥‥‥」
 絶えず笑顔で語りかけるシュテルケは、ぷちムーンフィールドが展開されているような錯覚を覚えた。
「大丈夫です、精一杯頑張りますから」
 だから信用してほしいという零の言葉もまるっと無視。だからやっぱり後を尾ければ良かったのよ、とシオンは面倒臭そうに頭を掻いた。昨夜の脱走騒ぎも睡眠時間を大きく削ってくれた。どこ吹く風という様子のフィーナとの違いは、優しき恋人が心を痛めているという一点のみ。正直、とても迷惑だ。
「何故それほどまでに嫌うのだ、食い倒れエルフよ」
 エルンストはじっと正面からエルフを見た。オークの住処まであと少し──このままでは正直、お荷物以外の何ものでもない。
「大切なもの、重要なものであるなら、自分達のプライド以外に何か理由があるのでなければ、とりあえず、まずは確実に取り返す事を考えた方がいい」
 スパッと言葉の刃で切り捨てる。
「少なくとも私たちは双子に頼まれおまえの護衛をしている。そのままでいられては仕事の遂行に支障をきたす、正直迷惑だ」
「うわ、言うわね〜」
 ザクザクと遠慮なくきり始めたエルンストへ半ば以上賛辞の声を上げるフィーナ。
「杖が欲しいならそう言え。おまえが行く場所へ私たちも行かねばならん。さっさと回収して危険が減るならそうさせてもらいたいものだ」
 双子の名を出され、そして辛辣な言葉を投げられ、エルフは少々考える。今がチャンスと、ディアルトはエルンストに合わせ畳み掛ける!
「‥‥無条件に信用してくれとは言いません。とりあえず‥‥今は、私たちを利用してやると考えてはどうですか? 手段が変わらなければ結果もまた変わらないものです。今度は、命を落とすかもしれません」
「そうしたら杖は二度と取り戻せません‥‥とても大切なもの、なのですよね?」
 零の言葉に、エルフの瞳が初めて揺らいだ。
「‥‥あの‥‥テレパシーを使わせて頂いても、いいですか‥‥?」
 恐る恐る訊ねたスィニーに、エルフは暫らく逡巡し‥‥頷いた。
『食い倒れでも行き倒れでも馬鹿エルフでもない、俺にはシードルという名前がある‥‥! それから、杖はやらない。森は傷つけるな』
 脳裏に届く凛とした声。声に似合わず名前の方が気にかかっていたらしいエルフを少し微笑ましく思いながら皆に告げた。
「あの‥‥シードルさん、だそうです‥‥」
「あら、美味しそうな名前ね」
『違うっ』
 どうやら、お喋りの好きなエルフだったようである。


 限りある魔力は大切に。ということで、当初の予定通りテレパシーは最低限に収めようとエルンストの提供したペンと羊皮紙は大いに役立った。言動はともかく一転して協力的になったシードルは更に足を速め、オークの住む洞窟に辿り着く。
「‥‥臭い‥‥」
 漂う汚物の匂い。鼻どころか目まで刺すような激しい刺激臭に、シオンは堪らず口元を覆う。
「洞窟内はまだマシなんじゃないかな。豚は寝床は綺麗にするっていうしね」
「そうだといいわね。このままだと、流石に参っちゃうわ」
 一望しあちこちにこんもりした山が並ぶのを見て、流石のフィーナも表情から笑顔が消し、うんざりと表情をゆがめた。豚頭のオークが豚かどうかはともかく、ジェシュの言葉が一縷の望みとなった。
 淡い緑の輝きがエルンストとスィニーを包む。
「入り口付近には‥‥5匹か。何とかしないと進入できないな」
 呼吸は5つ。大きさはほぼ同じなので全てオークと考えて間違いない。
「‥‥暫くは、一本道みたいです‥‥。‥‥途中で、分岐があるみたいです‥‥」
「シオン、火を移すからランタンを貸して。スィニエークさんも、ランタンを貸してくださいますか」
「ん、ありがと。テュールは少し離れて留守番ね、大人しくしてるのよ」
「あ‥‥すみません‥‥。ありがとうございます‥‥」
 待つ間に零がランタンに明かりを灯した。火種をシオンとスィニーのランタンにも移し、準備は整った。
「よし、行くぞ!」
 手の中のライトソードを何度か握り直すと、シュテルケは先陣を切って走り出した!


 先頭を行く零がランタンを高く掲げた。
「分岐点ですね」
「右手からいきり立つ声が聞こえるわ。左から行ったら挟まれるかも」
 目を閉じじっと耳を澄ましていたフィーナの助言を信じ右手へと歩みを進める。どちらにしろ、もう3度の戦闘を経て断末魔の声は散々洞窟内に響いている。
「逃げたオークがそちらに向かったのかもしれませんね」
 そう言ったのは少なくはない返り血を浴びてなお柔らかな印象のディアルト。
 オークは勇猛果敢な戦士であるが、士気に欠け易い。そのままでは敵わぬ相手と知り逃げ出した者も数匹、存在した。
「‥‥呼吸が近付いてきます‥‥」
 何度体験しても慣れぬ緊張に、スィニーは息を潜め‥‥
「はああっ!!」
 出会い頭の強烈な衝撃波がオークの出鼻を挫く!
「ジェシュファさん、右手のオークは持っていません!」
 霞刀を振るいながら、杖の有無をジェシュへ伝える。冬のロシアでアイスコフィンに封じられては、取り出すことが困難を極めてしまうだろう。連戦を避ける意味でも
「神の怒り、白き稲妻‥‥」
「渦巻く風よ、刃となりて‥‥」
「冬の女神の吐息よ、オークに悠久の眠りを‥‥」
 スィニーの雷光が隙間を縫ってオークを貫いた。追うようにエルンストの刃が飛ぶ! 怯んだ所を逃さずに、ジェシュが次々に指示されたオークを氷棺に封じていく。しかし、狭い洞窟内では魔法は仲間を巻き込みかねず乱発はできない。
「いくわよ! 真ん中、空けて!!」
 フィーナの声でシュテルケと零が壁際ぎりぎりまで体を寄せた。次の瞬間、決して軽くはない斧がエルフの矢を伴って宙を切り、オークの脳天に叩きつけられた!
「歯痒いですね‥‥」
 後方を護るディアルトがもどかしそうに呟いた。分岐を超えたということは、後方からも敵が現れるということ、今までのように容易に前衛に混じるわけにはいかない。
「‥‥零‥‥」
 固唾を呑んで見守るシオンの野太刀を握る手は自然と力がこもり、白くなるほどに握り締められていた。


 右手の奥は広い空洞になっていた。待ち構えていたオークを退治し杖の探索に興じるが‥‥
「ないなぁ。ジェシュさん、そっちにはあったか?」
「ううん、見つからないよ。フィーナさんは?」
「こっちは寝床っぽくなってるけど‥‥それらしいものは何もないわねぇ」
『もっと、もっとよく探してくれ』
「‥‥もっと、よく探してほしいそうです‥‥」
「そうは言ってもね‥‥」
 毛布らしい泥まみれの布をつまみ上げ、シオンは溜息をひとつ。
「棍棒とは明らかに形状が違うんですよね‥‥赤い宝玉なんて付いていれば一目で解ると思うんですが」
 同じく溜息をもらした零は、拾い集めた棍棒を一箇所に置いた。これで21本目だ。
「ここには無いのだと認めたらどうだ」
『しかし‥‥っ!』
「まだ分岐の向こうは探していませんし、あちらが終わってから探してみてはどうでしょう」
 目先が変われば案外あっさりと見つかったりするものですし。
 宥めるディアルトに不承不承頷いたエルフの腹が盛大に鳴り響いた。
「‥‥ここなら通路だけ警戒していれば大丈夫でしょうし、食事にしましょうか」
 気を使ったディアルトから、腹を押さえたシードルはぷいっと視線を逸らし、どっかりとその場に腰を下ろした。
 さほど旨くはない保存食で腹を満たしながら、シュテルケはシードルにずっと気に掛かっていたことを尋ねた。
「前に仕事で森に暮らすエルフと開拓村のトラブルに関わったことがあるんだ。抗争にまで発展してて、その上死んだエルフや人間がズゥンビになったりしてさ。シードルってその集落の関係者なのか?」
 しばしの沈黙。
 その後に、頷いた。
『俺のいた集落は黒い魔物に襲撃されて20年近く前に壊滅した。その時、あの集落に拾われた。杖は父親から預かった‥‥生きているか死んだかも解らないが、な』
 間に入り語るスィニーの声も徐々にトーンダウンしてしまう。せめてもの救いは、滅ぼしたのが開拓民でなかったということだった。
「‥‥それじゃ、なおさら取り戻さなくちゃね」
 にっこりと微笑んでフィーナは立ち上がった。依頼人の想いを遂げるために。


 そして分岐点まで差し掛かったときだ。
「来るぞ。15‥‥いや20!」
「多すぎるわよ!」
 エルンストの声にシオンは声を荒げた。
「洞窟の出口まで引きましょう。前衛が増やせるし、テュールも呼べるわ」
 シオンの提案に異を唱える者はいなかった。
「一応‥‥時間稼ぎに、シャドウフィールドを張っておきます‥‥」
「あ、ちょっと待ってっ」
 スクロールを広げようとするスィニーを押し止め、ジェシュは水袋の中身を盛大にぶちまけた! 喉を潤すための水が大地に吸い込まれる前に、アイスコフィンで固めてしまう。水を封じる氷の棺が足元に広がった。更に、その上にランタン用の油を撒く。
「この上にかけてくれる? 効果倍増だよ」
 楽しげに笑ったジェシュの表情は、外見年齢相応に子供らしい悪戯心が滲んでいた。


 天高くに座した丸い月が煌々と辺りを照らす──洞窟内の探索ではどうやら思ったよりも時間が経過していたようだ。
「あ、また転んだ」
 ドシン、ドシン、という音が響く。どうやら暗闇に仕掛けられた罠は効果絶大だったようだ。予想よりも時間を稼ぐことができて、呼び戻されたテュールも上空に待機することができている。
 しかし、何度かの鈍い音を最後に、転倒する音が途切れた。
「来い‥‥」
 シュテルケの手に力がこもる。出会い頭のソードボンバーを狙っているのは、もう仲間たちも理解していた。連携を取るべく、視線を交し合う。
「「「「GRRRAAA!!」」」」
 オークが飛び出した!!
 夜陰に武器と武器のぶつかり合う音が、魔法の炸裂する音が、幾重にも重なり間断なく響く!
 一体、また一体。オークの死骸が積み重なって。
 そしてシュテルケは見た。杖持つオークを。
「その杖を渡せ!」
「シュテルケさん!?」
 オークは咄嗟に杖で剣を受ける。剣戟が響いた。
「シュテルケ、駄目! やめて!!」
「どうして! 杖を取り戻さないと!」
「零よ、零なの──!」
 シオンが一人の女として叫んだ──最愛の人に切りかかる仲間へ。
 その足元で影が爆ぜる!
「きゃああ!!」
 シオンを中心に、スィニーが、ジェシュが、シードルが、爆発に吹き飛ばされた!
「シオン!? シュテルケさん、止めてください!」
 その時、フィーナは聞いた。くつくつと悪意を孕んで笑う声を。そして見た──洞窟から現れた、理想を紡ぎ上げたかのような、その男を。
「迂闊だったわね」
 会話のできるオークという存在に違和感を感じていたはずなのに。今目の前にいる相手は、個体こそ違うが煮え湯を飲まされたことがある相手──インキュバスに違いなかった。じわりと額に汗が滲み、笑顔の目が凍りつく。
「おまえの仕業か」
 エルンストが理想の姿を模した女へと放った風の刃は、月の下で何かに阻まれた。
「この美しき夜に無粋な真似を‥‥」
「杖を返しなさい!」
「世迷言を。おまえたちのような者には過ぎた代物。美しきものは相応しき者の手に‥‥」
 ディアルトの一撃は結界を粉砕したのだろうか。
 くつくつと喉奥で笑いながら。デビルは、影に解けて消えた──その手に抱いた杖と共に。
 その後、僅かな希望も捨てず時間をかけて洞窟内を隈なく探し回ったが、杖はどこにもその姿を残してはいなかった‥‥