【冬の女王】うつくしきひと

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 48 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月15日〜12月21日

リプレイ公開日:2006年12月25日

●オープニング

 月の色‥‥温もりを帯びた銀。否、氷に映った月、ナイフのような銀だった。窓から零れる長い長い銀の髪。窓辺に腰掛けリュートを爪弾くその姿に、彼は虜になった。長く尖った耳はエルフのもの。猫のようにすらりとしなやかで肉感的な姿。未だ見ぬ瞳は何を映したものだろうか。
 男は、夜ごとそのひとの姿を眺めるため、離れた木陰に身を潜めた。小雪舞う日も、寒風吹きすさぶ日も。奏でる音色が、鈴の歌声が、風に乗って耳に届けば幸せな夢を見て。窓辺に姿の見えぬ日は胸を焦がして眠れぬ夜をただ過ごす。そして男は、いつしか‥‥一言でいい、言葉を交わしたいと。そう願うようになった。

 ──それはとても甘美な、恋物語。

 けれど。その男を物陰から見つめる者がいた。
「‥‥‥」
 悲しげな、恨みの篭った眼差し。特筆するほど美しくもなく、髪の手入れも行き届いておらず、手はあかぎれと霜焼けが酷い。質素といえば聞こえは良いが粗末な服を着込んだ、どこからどう見てもとても平凡な女だった。ただ、女は。神に誓って、その男の‥‥妻だった。

 ──それはとても醜悪な、愛憎劇。


「一言で良いから、言葉を交わしたいんだ。あの美しい人と」
 夢見心地で語る男は中年に差し掛かっていた。
「うちの人の目を覚まさせてやってほしいの! どうしても夢から覚めないのなら‥‥離縁するわ」
 切羽詰まった‥‥いや、鬼気迫るというべきか。女は殺気すら放ちながら、ギルド員にそう告げた。
 彼らはそれぞれ、単身でギルドへと訪れた。
 しかし、名前と、住所と、依頼内容と。全てにおいて、二人が夫婦であることは一目瞭然であったからギルド員はとても、とても、頭を悩ませていた。
 昼間は普通に生活をしているという。夫は開拓と狩りをして、妻は畑を耕し家事を行い。
 夕食を食べ、同じベッドに横たわり‥‥月が昇ると夫は消える。
 夫は妻に内緒で窓を見上げ、妻は夫に隠し後をつけた。もう、何ヶ月も。
「仕方ないですね‥‥」
 悲しくも可笑しい夫婦に転機を与えるため。ギルド員は敢えて二つの依頼を並べて掲示した。
 誰の目にも、関連した1つの依頼としてうつるように──

●今回の参加者

 eb5292 エファ・ブルームハルト(29歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb5584 レイブン・シュルト(34歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb8684 イルコフスキー・ネフコス(36歳・♂・クレリック・パラ・ロシア王国)
 eb9703 ラヴァド・ガルザークス(26歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb9710 柳生 弦滋(41歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb9784 ユーリア・プーシュキナ(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文


 ─────‥‥♪
 漏れ聞こえる歌声は、鈴の音にも似た美しいもの。
 時折り風にたなびき垣間見える髪は、月の輝きを映し静かに煌めいて見える。

 見上げる男の吐息は熱病患者のように熱い。
 そしてそれを見つめる女は熱した氷のような複雑な視線。

「冒険者は見た!! 極寒のロシアに渦巻く愛憎劇!! 見惚れる夫、見つめる妻──て感じかな♪」
 女──依頼人の一人、エファロッテの名を聞きどうしても他人事と思えなかったエファ・ブルームハルト(eb5292)だが、この状況にどこか楽しげな様子。
「あれか。気持ちはわかるんだがな‥‥男として」
 男──依頼人の一人、エドゥアルドと窓の両方を交互に観察しながらレイブン・シュルト(eb5584)はぼやいた。イルコフスキー・ネフコス(eb8684)も、美しいものを愛でる気持ちはわからなくもない。でも‥‥
「そのために今ある絆をないがしろにするのは問題だと思うんだよね‥‥」
「だな」
 その点は否定しない。
「しかし、あれだけ熱があるとなると、きちんとけじめをつけさせないと後をひきそうだ」
「そうですよね。あまり拗れさせずにすっきりさせたいですけれど‥‥ああ、こんな難しい依頼だなんて!」
 頭を抱えるユーリア・プーシュキナ(eb9784)。モンスターハントを生業にする彼女にとって、冒険者としての仕事は研鑽(けんさん)の場であり修行の場なのだろう。残念ながら冒険者ギルドに並ぶ依頼は剣持ち戦う仕事ばかりではなく‥‥しかし腰に帯びた剣は役に立つはずだ。何故なら街道沿いにも村が少なく森ばかりがどこまでも広がるキエフにおいて、安全な道の方が数える程度しかないのだから。
「‥‥エドゥアルドさんの目を覚ます方向に持っていきたいのですが‥‥」
「まずは‥‥あの女性の調査から、だな」
 静かに仲間の会話に静かに耳を傾けていたラヴァド・ガルザークス(eb9703)のぽつり呟いた言葉は、途方に暮れるユーリアの行動選択にも一役買ったようだ。
「神様、愛を誓った二人が元の鞘に戻るように努力するから見守ってよ」
 十字を切り祈ったイコルスキーの言葉はとてもフランクだった。ジーザスやセーラは彼のとても近くにいるのかもしれない──幼く見えるイコルスキーを見下ろしたラヴァドの視線には、尊敬の念が込められていた。


 城とも言えるほど大きな石造りの屋敷から出てきた馬車は、これもまた普段見る馬車より豪華な馬車だった。
「ちょっと待って!」
 慌てて馬車を止めたエファへ御者の隣に腰掛けた男が不思議そうに尋ねた。
「何か?」
「呼び止めちゃってごめんなさい。あの、今そちらのお屋敷から出てきましたよねっ」
「ええ、確かにラティシェフ様のところに荷物を届けてきましたが‥‥」
 誠実そうな男だが、未だ不思議そうに目を瞬いている。
「そちらのお屋敷に‥‥長い銀の髪の女性がいらっしゃいませんか? たぶん、エルフ族の方だと思うんですけど」
「銀の髪? どうしてそんなことを?」
「えっと‥‥」
 ポニーテールを揺らして訊いたエファの言葉に、動揺を滲ませる。どう言葉を選んだものかと思案しているらしいエファの言葉を継いで、ユーリアが丁寧に説明をする。もちろん、依頼人のことには触れずに、だ。
「実は、昨晩この辺りでとても美しい歌声を耳にしたのです。もし可能なら、もう一度あの歌声を聞きたくて‥‥」
「歌っていたのが、銀の髪の女性だったんです」
 ご家族に縁のある人か、住み込みの方かまでは解らないんですけど、と一応注釈を入れるが‥‥どうやら不要だったようである。
「こちらに銀の髪の女性はお一人しかおられませんよ‥‥リューラ様です」
「様、っていうことは、偉い人なんですか? 領主様の奥様とか?」
 純粋に尋ねたエファだが、馬車の男は周囲を見回し、声を潜めて囁いた。
「御側室、と申しましょうか‥‥国が違えば、第二夫人になりましょうね」
「ああ、愛人さんね」
「こ、声が大きいですよっ」
 真っ青になってあわあわと手を振り回す男に頭を下げた。いっそ奥方様ならもっと色々楽だったのに、と思いながら‥‥

 一方、男性陣はといえば近隣での聞き込みを行っていた。森の中で開拓作業に精を出す男たちを捕まえての情報収集である。
「銀の髪の人っていったら、そりゃリューラさんだろうよ」
 身に染みる寒さから逃れるため昼間から酒を口にしていた男たちは、どうやらほろ酔い加減の模様。
 聞けば聞くほどにぽろぽろと聞いていない情報までくれる始末。
「領主夫人なのか?」
 レイブンが眉間にしわを寄せると、あー違う違うと揃って手を振った。
「奥方様はクリスチーナ様ってんだ。気位の高い人なんだが、長いこと女児しか生まれなかったんだよ」
「だから、チェルニゴフの小さな酒場で歌姫と呼ばれてたのを囲ったって噂だ」
「俺はハーフエルフの跡継ぎ欲しさにエルフの血を買ったって聞いたぜ」
「ま、一発で男児が生まれたのはラッキーだったよな」
「でもリュドミール様が生まれた後にしっかりアルトゥール様が産まれたんだから、神様ってのも見てるよな」
「長男が妾腹の子、次男が正妻の子ということか‥‥厄介だな」
「だよな。まったく、領主様ってのも大変だってつくづく思うぜ」
 相槌程度に口を挟んだレイブンへうんうんと頷く男たち。金がないのは幸せだとか、領主に恵まれれば開拓民も悪くないとか、昼飯を食べながらの話は盛大に逸れつつも花が咲いている。
 確かに跡継ぎを設けねばならない領主も大変だろう。ハーフエルフの男児に拘るとなれば尚更。
「跡目相続問題か‥‥」
 漏らしたラヴァドはつまらなさそうだ。仕事には関係ないからだろう。
 ──しかし、どうやらエドゥアルドの思い人と接触する隙はありそうだ。
 そう判断しラヴァドとレイブンは男たちに礼を言うと森を出た。
 依頼の期間は短い。時間は有効に使わなければならない、と。

 その頃、一人残ったイコルスキーは開拓仕事に向かったエドゥアルドへ懇々と説教の最中だったりする。
「エドゥアルドさん、依頼だから受けたけどさ‥‥神様の前で生涯愛し続けることを誓ったでしょ?」
「それは、あの人に出会う前だったからだ! あの人に先に出会っていれば‥‥!」
「あはは、まだ出会ってないでしょ」
 朗らかに笑いながらぴしゃりと冷水を浴びせる。
「支えあうことも誓ったはずだよね? そのことも忘れないでほしいな。神様は見てるよ」
 揺るがぬ大きな目でじっと見つめられ、エドゥアルドは視線を逸らす。
「ごめんね。おいら、これでも聖職者の立場にあるし、何も言わないってわけにもいかないかなって。大丈夫、仕事は仕事できちんとやるからね」
 にこりと微笑むと、さてと、と腰を上げた。
「言うことも言ったし、そろそろ戻るね」
 皆が戻る前に、エファロッテにも説教をしなければならない。
 説教が好きなわけではないけれど、もっと前を向いてもらいたいから。

   ◆

 その晩のことだった。
「今日は‥‥歌が聞こえないのか‥‥」
 姿の垣間見える一瞬を夢見て、寒空の下佇むエドゥアルド。
 満月を数日だけ過ぎた大きな月を見上げ、身を震わせる。
「〜‥‥♪」
 連日のように耳にしていた歌を口ずさんだエドゥアルドに、声が掛けられた。
「毎晩こちらにいらしていたそうですね」
 涼やかな声が届く。ぎくりとして振り返ったエドゥアルドの目に、憧れ続けた歌姫の姿が映った。
「あ、あなたは‥‥!」
 驚愕に目を見開いて、申し訳ありません!! と頭を下げた。
 しかし注がれるのは冷たい視線。
「これからますます寒くなりましょう。こんなところで凍死でもされれば迷惑ですわ」
「あ‥‥」
「領主様のお立場が微妙だということはよくご存知でしょう。貴方に他意がなくとも、監視と思われればそれとなく罰される可能性もあります。もう、お止めになってください」
 その言葉は身を案じるもの。優しさに思いを募らせるエドゥアルドに、リューラは微笑んで言った。
「私はあの方を愛しております。人より長いこの生涯が費える時まで、この思いが変わることはないでしょう‥‥それはジーザス様の前で誓ったことだからです。正妻でないことなど些細なことなのです」
 穏やかに語る声に耳を傾けるエドゥアルド。
「仮に貴方が甘美な言葉を囁いたとしても、私は決して受け入れることはないでしょう」
 昼間、イコルスキーに語られた言葉が脳裏をよぎる。
 生涯愛し続けると誓った妻エファロッテ。
「はっきり申せば、本当に申し訳ないのですけれど‥‥迷惑なのです」
 愛人に言い寄る男など、物笑いの種にしかならない。領主の立場を悪くすることは、リューラの望むことではないのだ。
「風邪を引く前にお戻りください。明日からは警備に巡回させます、これで終わりにしましょう」
 やんわりと、しっかりと、幕を引くリューラ。
 項垂れるエドゥアルドの前で、ごとりと馬車が動き始めた。
「‥‥これで良かったのでしょうか‥‥」
 困惑しながら漏らしたたおやかな女性に、御者台に座して手綱を握っていたレイブンがこくりとひとつ頷いた。
「すまない、リューラ殿。これで本当に大切なものに目を向けてもらえると思う。あるがとう」
「お役に立てたのなら良いのですけれど‥‥。皆様にも、よろしくお伝えくださいませね」

 ひとつ、いやふたつの依頼が終了した。──だから、これから起きることは冒険者たちの御節介なのかもしれない。

   ◆

「エドゥアルドさん。ちょっと、宜しいでしょうか‥‥」
「ユーリアさん? どうしたんですか?」
「いいから」
 開拓の仕事に向かおうとしたエドゥアルドを止めた彼女が問答無用で連れて行ったのは食堂である。
 突然戻った夫に、テーブルについたエファロッテが物言いた気な顔を向けてきた。
「さ、エファロッテさん」
 エファがぽん、と肩を叩いた。
「でも、やっぱり‥‥」
「今のままじゃ何も変わらないのよ?」
 ね、と語りかける彼女のポニーテールがぱさっと揺れる。
「後は夫婦の問題だ。依頼はここまでだ」
 壁に背中を預け、一人離れた場所に立っていたラヴァドの言葉に、目を瞬く。
「依頼はもう済んだはず! ‥‥あ」
 内緒だったのだろう、慌てて口を噤む。しかし失言は幸いにも妻の耳には入っていなかった。
「そう‥‥そうね‥‥そうよね」
「大丈夫、多少なら回復させてあげるからね」
「はい」
 何故か嬉しそうな笑みを滲ませたエファロッテはつかつかとエドゥアルドへ歩み寄った。
「どうした?」

 ──ビシッ!!

 痛烈な一撃が頬を打つ!
「っつ! 何を‥‥!」
「全部知ってるのよ。貴方がリューラ様に横恋慕してたのも、毎晩抜け出してたことも!」
「!?」

 ──バシッ!!
 左の頬も打つ。

「‥‥黙っていようと思ったけど‥‥限界よ。実家に帰らせてもらうわ!」
「ええっ!?」

 ──ドカッ!!

 脛を蹴り付けたエファロッテに、いやその言葉に驚嘆の声を上げたのは冒険者だ。想定外の発言に慌てるが、しかしラヴァドの言葉通り夫婦の問題なのである。
 ただじっと黙って打たれていたエドゥアルドは、じっと妻を見つめた。
「‥‥悪かった」
 そしてぎゅっと妻を抱きしめた。
「離して!」
「イコルスキーさんや皆さんのおかげで目が覚めたんだ。俺には‥‥エファしかいないって。ジーザス様に誓ったんだ、生涯愛すことも、支えていくことも。ずっと‥‥守っていくことも。愛しているのは、エファだけなんだ」
「エド‥‥」
 じっと耳を傾けていたエファロッテはエドゥアルドの背中に腕を回した。
「‥‥おかえりなさい、エド」
「ただいま」
 冒険者などそっちのけで熱いキスを交わす二人。そのまま押し倒してしまいそうな雰囲気に、他人事とは思えていなかったエファは真っ赤になって両手で顔を覆った。指の合間から覗いているのはお約束だ。
「うひゃ〜‥‥」
「もう目に入ってませんね。これからどうしましょうか、ラヴァドさん」
「ジャパンにある諺では、他人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて死ぬらしい」
 バックパックを持ち上げるラヴァドは、名残惜しそうなエファの背を押して部屋を出た。


「それにしても‥‥リューラ殿は、美人だったな」
「憧れるっていうのも、解らなくはないかな。花を愛でたいのは人の業だからね」
「‥‥‥」
 レイブンとイコルスキーの会話を肯定するように小さく頷いたのを、ユーリアはしっかりと見ていた。
「はあ‥‥やっぱり男なんて‥‥」
 溜息が青空に揺らいで消えた。