【厳冬の罠】聖夜に舞う華

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月23日〜12月28日

リプレイ公開日:2007年01月03日

●オープニング

●キエフ内某所
 はらり。はらり。風に乗って雪が舞う。風に揺られて白樺の木からとさりと雪が落ちる。見上げる女は襟を立て、長く息を吐いた。真っ白な吐息が雪に混ざり消えていく。ゲルマン民族らしい女の赤毛にもうっすらと雪が被っていた。
 ‥‥ちりん。
 硬質な鈴の音は女と会う約束の音。振り返る女の澄んだ瞳は冷たく細められて‥‥雪すら凍る冷徹なものとなっていた。
「仕事をお願いしたい」
「‥‥‥」
 物言わぬ瞳が先を促す。
「文官を1人、始末して欲しい」
 自分の娘よりほどの年齢の女を相手に‥‥男の背筋には冷たい汗が流れ落ちた。しかしプライドにかけてそんなことは感じ取らせずに羊皮紙を一枚手渡した。三白眼に拾い額。えらの張った輪郭が印象に残る似顔絵だ。ユドゥキシンという名が共に綴られている。
「文官ゆえ、剣術も体術も不得手。家と城を往復する日々で護衛の兵士は屋外では2人。城は当然警備が厳重だが、家は兵士が数人いるのみだ」
「聖誕祭の数日前から外出の機会が増えるはずだ。早々に蹴りをつけてくれ‥‥わが国のために」
 最後の一言は気に召さなかったようで、ぴくりと片眉の尻が僅かに上がった。が、鷹揚に頷き羊皮紙を奪い取ると女はくるりと踵を返した。
 ‥‥ちりん。
 風に煽られた鈴が小さく音を立てた。


●冒険者ギルドINキエフ
 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
 夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥

 カウンター越しにギルド員へ声を掛け、少々奥まった席に通された男がいた。えらの張った輪郭、広い額に三白眼。情の薄そうな、薄い唇。
「どうしました、ユドゥキシン様」
 現れたのはギルドマスターではなく幹部の1人。それがユドゥキシンと呼ばれた男の微妙な地位を示しているようで、男は渋面を浮かべた。逆にギルド幹部の男はそんな反応に慣れているようで、笑って受け流された。
「命を狙われている。金なら出す、護衛を頼む」
「物騒な話ですね。‥‥依頼をされるということは、失礼ながらお心当たりが?」
「先の粛清は知っているな」
「‥‥いくつかございましたね」
 ギルドにも謀反や陰謀、反乱という物騒な言葉がずらりと並んだ時期があった。恐らくその1つだろうとは思うが、どれと確定はできない。
「手配人ワレリー・コロチン、アントン・デイネキンらの件だ」 
 言われてみればそのような名の手配書が回っていた。確か、ワレリーの件は偶然居合わせた非番の記録係が記していたはずだ。アントンはギルドを通じた依頼で捕らえられた。依頼人の意向で閲覧には制限を掛けたが、男は幹部として目を通している。そのどちらにも‥‥ユドゥキシンの名が踊っていた。当の本人はギルドに足繁く訪れることはなく幹部の男も数ヶ月ぶりにその顔を見たほどだ、関連する依頼が出ていたことも、自分の名が報告書を彩っていることも、想像もしていないに違いない。
「主格は捕らえても残党がいた、ということですか‥‥」
 逆恨みだろうか‥‥しかし報告書からも並々ならぬ敵愾心が伺えた。ただの逆恨みということもあるまい。
「老獪なるウルスラ殿のお耳には入っているかもしれぬが」
 前置きに幹部は少々気分を害した。彼は様々な才覚に秀でたウルスラに心酔に近い憧憬を抱いていたから。僅かに冷たくなった空気に気付いたか咳払いをし、ユドゥキシンは続きを口にした。
「少々厄介な仕事を抱えてな、忙殺されることになるのだ。身辺に気を配る余裕はないのだ。仕事が山を越えるまでの数日間、よろしくお願いしたい」
「承知いたしました。選りすぐった冒険者を派遣することといたしましょう」
 話がついたと見るや、ユドゥキシンは早々に──逃げるようにギルドを後にした。
「ええ、全てを調べ上げられる、選りすぐった冒険者をね‥‥」
 命は守ろう。しかしユドゥキシンが真実に潔白でなければ‥‥冒険者ギルドを、ひいてはウルスラを守るために捕縛させてもらう。
「依頼に際しては全てを語って頂かないと困るんですよ、文官殿」
 男もまた、幹部の職に就くほどには一筋縄でいかぬ人物のようである。


 そして、掲示された依頼書を見上げた少女が1人。
「‥‥雛も、お手伝いしようかなぁ」
 ぽつんと呟いて、とてちてちとカウンターへ向かった。

●今回の参加者

 ea3665 青 龍華(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea8989 王 娘(18歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1052 宮崎 桜花(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

アルディス・エルレイル(ea2913)/ ブルー・ストーム(ea3740)/ テラー・アスモレス(eb3668

●リプレイ本文

 その少女の訪れに誰よりも早く気付いたのはリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)と以心伝助(ea4744)だった。二人は屈み込み視線を合わせて、にっこりと微笑みを浮かべる。
「雛ちゃん、お手伝いありがとう。さぁ、がんばってお仕事しましょうか」
「お雛ちゃん、ふぁいとっすよー」
「はーい、雛、がんばるぅ」
 その言葉で雛菊(ez1066)の存在に気付いた少女たちがわらわらと幼子に駆け寄った。
「一緒にお仕事頑張りましょうね」『ね♪』
 フィニィ・フォルテン(ea9114)とユキ・ヤツシロ(ea9342)、そしてリュミィとリリーという金と銀の妖精が見事なまでのハーモニーを奏でる。
 すっかり出遅れた感のある宮崎桜花(eb1052)が雛菊に頬ずりしようとした刹那、残念ながら依頼人ユドゥキシンが現れた。
「女子供ではないか!」
「女子供でもお前を殺せると言う事だ‥‥そうはさせないがな」
 聞き流すでもなく、王娘(ea8989)は冷めた感じで反論。「そう願いたいものだな」と不愉快そうに呟いたユドゥキシンの言葉に更に言葉を重ねようとした娘の肩を、ローサ・アルヴィート(ea5766)がぐいっと抱き寄せた。
「にゃんにゃん、その辺にしとこうねー」
 舌打ちしてローサの手を振り払う。険悪になりかけた空気を和らげるように凛と背を伸ばしたセフィナ・プランティエ(ea8539)は柔和な笑みを浮かべた。
「大いなる父タロン様はこれを試練としてお与えになったのでしょうけれど、聖なる母セーラ様は命を尊ばれるのですわ。わたくしたちがここでユドゥキシン様を手助けいたしますのも、タロン様とセーラ様のお導きなのでしょうね」
 未だ年若くはありつつも熟達の司祭と呼ぶに相応しい姿に、ユドゥキシンも考えを少しばかり改める気になったようだ。
「仕事は、こなしてもらえるんだな?」
「ええ、勿論。請けた仕事はキッチリとね、キッチリと」
 片目を瞑ってニッと笑うローサ。やはり一抹の不安は拭えないようではあるが、とりあえず当面は信用してみるつもりになったようだ。背に腹は代えられないだけかもしれないが。
「今年の聖夜祭もきちんと祝えそうも無いな‥‥」
 久しぶりの冒険者らしい仕事ではある。が、今年こそはと僅かながらも楽しみにしていた聖夜祭が潰れてしまうのはやはり心残りがある。小さく溜息を零し、娘は小さく、小さく、ぽつりと呟いた。
「来年こそは皆で祝いたいものだ‥‥」
 そのためにも今年はしっかりと終えねばならない。数日とはいえ、まだ、今年は残っているのだから。


「ふふん、雛ちゃん。離さないわよー♪」
「きゃー♪」
 冷たく澄んだ青空の下に青龍華(ea3665)と雛菊の笑い声が響く。
『遊んでいるように見せるだけよ? だって、その方が敵にバレずに護衛ができるじゃない!』
 えもいわれぬ迫力に負けて作戦を承諾したユドゥキシンであったが‥‥。
「雛ちゃん、雪兎さんですよ〜」
「はわー‥‥可愛いの」
「はい、こちらは龍華さんの分ですわ」
「セフィナちゃん‥‥ありがとう!」
 全力で抱きしめる。「く、苦しいですわ、龍華さん‥‥」「いいのよっ」そんな声が飛び交っている。何とも賑やかであるが‥‥
「あのー、お怒りにならないでくださいね‥‥?」
 恐る恐るミィナ・コヅツミ(ea9128)はユドゥキシンに声を掛ける。眉間がひくひくしていたのは誰の目にも明らかだったから。けれど、ミィナの胸中は複雑極まりない。
(ユドゥキシンさん‥‥不正を行っていてその証拠をつかもうとしたワレリーさんに気づき罠をかけて粛清させた‥‥。もし、ワレリーさんが以前申された事が真実ならこういう事になるのかな‥‥)
 それを調べ上げるのもまた、今回の仕事である。幾重にも重なり絡まった糸を解さなければならないのだ。
 同様に、はしゃいだ声を上げるセフィナの胸中もまた複雑である。
(利権の為でなく信念の為に命を懸けるのならば、神もお見捨てにはならないでしょう。けれど‥‥)
 ユドゥキシンの場合はどうなのか。依頼を受けた冒険者として、そして神に仕える者として‥‥セフィナもまた、もう一人の依頼人以上に事の行方を見守っていた。
「お送りするのはこちらまでですね。お仕事、頑張ってください。頃合を見計らってこちらでお待ちします」
「頼むぞ」
 横柄に桜花へ言葉を返すと、ユドゥキシンは城内に姿を消した。


 情報収集を担当するのはローサと伝助、そしてフィニィに娘とごく少数である。
「ユドゥキシンさんはラスプーチン様の部下というか、親しい方だったようですね」
 フィニィが集めた情報は、そんな話だった。ローサが集めてきたのは、ユドゥキシンが私服を肥やそうとするタイプの文官だという話が多かった。それらを受けて伝助はユドゥキシンの屋敷に忍び込む──無貌の伝助の二つ名の通り、姿を変えて。
「ちょっ、伝ちゃん本気?」
「国王様も王妃様や諸大公も、ラスプーチン様まで行方不明になんて‥‥警備も厳しくなっていますよ、きっと」
「本気っすよ。この騒ぎでユドゥキシン氏の帰宅時間は遅くなるでしょうし、何だかキエフ中が浮き足立ってやす。チャンスは今っすからね」
「‥‥顔が違うと変な感じ」
 ローサの言葉に無言で頷く娘。「これが仕事っすよー」からかわれながらも伝助は屋敷に潜り込む。帳簿や日記、右から左までしっかり目を通す。明確な名前はどこにも記されていないが、情報がひとつ、またひとつと蓄積されることでぼんやりと全容が見えてきた。
(ん〜‥‥何か大きな計画にアントン氏とワレリー氏を誘った‥‥いや振られたんすかね)
 時間が差し迫っているという切迫感はない。しかしアントンとワレリーが裏切った、というのは日記から見て取れた。
(証拠がないのは元々残さない性格なのか、危険を察知して処分したのか‥‥)
 近寄ってくる足音に気付き、気配を殺してそっと抜け出した。
「だめっすね、証拠になるものがないんすよ‥‥」
「ラティシェフの名も出ていなかったか?」
「ええ、ありやせんでした」
 娘は眉を顰める。ならば、なぜアントンやワレリーはラティシェフ家へ逃げ込もうとしたのか。
「とすると、あとは‥‥やっぱ本人に聞くっきゃないね?」


 ユキ、ミィナ、リュシエンヌ、
「ほら、雛ちゃん、あれが寺院よ。ジャパンのお寺とは随分違うわね」
「ふわぁ‥‥」
 潰れた雫状の屋根の建物は雪を落とす工夫だろうか。桜花に促され見上げた屋根が瓦ではないことに目を丸くする雛菊。真似して預かったリュミィも目を丸くする。
「あ、向こうのも美味しそうですわね」
「セフィナちゃん、ほどほどにね。美味しい御飯、下準備してきたんだから」
「‥‥では、雛ちゃんと半分こにしますわね」
「それじゃ、おばちゃんが買ってあげるわ。桜花たちも食べる?」
 美味しそうなクレープを見つけ、食べようとしたセフィナは龍華にやんわりと止められる。それが本当に美味しいことを知っているから、クレープはちょっとで我慢我慢☆
 リュシエンヌの財布から出たクレープ代で旦那が泣かないように祈りながら蜂蜜の掛かったクレープを堪能すると仕事に戻る。
「雛ちゃん、裏道や逃走用のルートも見落としそうな場所があったら教えてくださいね」
「はぁい」
 ユキの言葉に元気良く手を上げて、歩き始めた。周囲の不安など、全く無用であるかのように──


 事件は4日目に起きた。国王や王妃、大公らの襲撃事件の対処でユドゥキシンが急遽外出することになったのだ。
 もちろん、ほとんどの冒険者は昼間の外出には備えていない。シフール飛脚やテレパシーで連絡を取り合流しながら移動する、そんな道すがら。
 誰の目にも唐突に、赤毛の女性がユドゥキシンの懐に現れた。飛び込んできたのではない。ふっと、そこに沸いたのだ。
「失礼」
 トス、と滑らかに短剣を刺す女性の耳に、ターゲットではない男の声が届いた。
「外れでやすよ」
 胸元に突き立つ寸前の刃から逃れられないと悟り、自ら急所を外していたのは伝助だ。赤毛の女性はほんの一瞬だけ動揺した気配を滲ませたが、小さく舌打ちして突き立った刃をぐるりと回転させる。ぶつぶつと何かの切れる音が体内に響き、たまらず距離を取る。
「悪いが殺させる訳にはいかない‥‥」
「このような行動、人として見過ごすわけにはいきません! 誰に、何のために雇われたのですか!」
 伝助と女性との間に立ちゆっくりと構えを取る娘と、対照的に空を切って剣を構える桜花。当然ながら返答はなく、その間に、ミィナのホーリーフィールドが伝助を包み込む。
「伝助様、今回復を‥‥」「解毒をしますわね、意識をしっかり!」
 仲間の下に舞い戻ったセフィナとユキはそこが戦場であることに驚き、伝助が傷付き倒れていることに二度驚いて、慌てて駆け寄った。幸いにして流血は少ないが‥‥傷口の変色を見、二つの魔法が傷を癒す。そして1つの魔法と1本の矢が暗殺者を狙う!
「銀色の月の矢よ、ユドゥキシンを狙う暗殺者を射抜け!」
「遅れてごめんっ! 天使の一撃、受けてごらん!」
「‥‥柴、丸‥‥‥助っ!」
 痛みに耐えながら愛犬たちの名を呼ぶ。それだけで伝わるように、何度も言い聞かせてきた。忍犬としての修行は積んでいる二匹が主の代わりに右腕と喉下に牙を突き立てた!!
「駄目よ!!」
 いや、突き立ったのは咄嗟に伸ばされた龍華の右腕。たたらを踏んだ助はどうしたものかと主人を仰いでいる。忍犬として修行を積んでいる二匹が僅かに見せた躊躇いが、龍華に動く間を与えたのだ。しかし防ぎきれない鏃(やじり)が隙間を縫って、ムーンアローと共に、女性の右肩に突き立っていた。
「今応援が来ます!」
 歌で鍛えられたフィニィの声が高らかに響く。その言葉で龍華は女性に目配せをした。
「やぎ、落ちそうよ」
 自分を護った龍華が全てに気付いていたことを悟り、女性は踵を返して駆け出した。その後姿と龍華を交互に見比べて‥‥冒険者たちは状況をようやく飲み込んだ。
 ガチャガチャと装備を鳴らして駆け寄ったユドゥキシンの部下らは、影も形もない暗殺者に怪訝な表情を浮かべる。
「ごめんなさいね、グリフォンに踏みしだかれる幻影を見せたら逃げて行っちゃったのよ」
 咄嗟に申し訳無さそうに言ったリュシエンヌへ怯えを滲ませた視線を向けた兵たちは素直に主へ報告をしたらしく、屋敷へ戻ったリュシエンヌの手元には小さな指輪が届けられた。大事に受け取ったリュシエンヌは、人知れず溜息を漏らした。
「‥‥なんだか申し訳ないわね」


 本人に聞くっきゃない──つまり牢に囚われているワレリーに話を聞くしかない、ということだ。先日、当のワレリーを捉えた冒険者の一人だということで特別に面会の許可が下りた。
「高位文官について知ってる事‥‥色々あるんでしょ? 吐いてもらうぐっ!?」
 慌てて後ろから娘がローサの口を塞ぐ。伝助の策を先に、と目で訴えたが──ローサの目には睨まれたようにしか映らなかったかもしれない。
「この間の話が気になった、もしそちらに大儀があるのなら‥‥事情を説明してほしい。力になれるかもしれない」
 伝助の真摯な眼差し。しかし煮え切らないワレリーに、フィニィは小声で歌を歌う──仲間だと信じたくなる願いを込めたメロディーだ。効果は絶大で、ワレリーは檻にしがみつくようにして話しかけてきた。
「ユドゥキシンの誘いに乗ったのは確かに俺たちだ。だが、あんな話だとは思わなかったんだ!」
「どんな話なの?」
「言えない。俺たちは危険な橋を渡るのは嫌だと断った。結果が、これだ‥‥」
「ラティシェフの屋敷に逃げ込もうとしたのは何故だ」
「あいつは‥‥話を持ちかけられたが乗らなかった」
 事情を察するだけの下地があったということだろう。
「ラティシェフ家の誰の元へ?」
「‥‥‥‥リュドミールだ」
 たっぷり思案した後、意を決して零された名前。娘の中で張り詰めていた何かが緩んだ。
「某かの大きな話を持ちかけられた。一度は乗ったが恐くなって引き上げた。そしてユドゥキシンに狙われた‥‥ということですか」
 ワレリーは大きく頷いた。


 最終日。相変わらず手を繋いであっちへ寄りこっちへ寄りのんびりと護衛をする雛菊と龍華。目に付いた串焼きを買って雛菊へ持たせながら、龍華は小さな声で言った。
「雛ちゃんの仕事を否定するつもりはないわ。冒険者だって、仕事次第で敵味方に別れることがあるくらいだもの」
 龍華はずっと気になっていたのだ、雛菊から漂う微かな違和感を。普段なら見向きもしないような仕事に、敢えて挑んだ雛菊。そして、時折り見せる笑みの消えた表情。暗殺者としての雛菊に引きずられてしまっているのではないかという不安。結果的に、それが雛菊を救うことになったのだけれど。
「でも、お兄さんがいなくなって自分で仕事を選んでるのよね? なら、きちんと選ばなくちゃだめよ。雛ちゃんがどうしてもって言うなら、皆、きっと手伝ってくれるわ。だから‥‥」
 雛菊を抱き上げて、抱きしめて、祈るように呟いた。
「皆を利用するのはやめてほしいの。お姉さん寂しくなっちゃうからね」
「‥‥雛‥‥気をつけるのね‥」
 しないとは言えない。雛菊には、未来を見る術はないから。けれど、努力はすると約束して。
 その証に、小さな指輪を龍華の小指に嵌めた。
「指きりげんまんの、印なのね」
 永遠の愛ではないことにちょっぴり、いやかなり落胆しながらも素直に感謝し、髪を撫でた。
「龍華さん、ずるいですの。それでは私、雛ちゃんと手が繋げません‥‥」
 ごめんごめんと謝って降ろされた雛菊へ市松人形を手渡して、そしてユキはしっかりと雛菊と手を繋いだ。二度と離さぬようにと。

 同日、冒険者ギルドにて幹部へ洗いざらいを告げたのはフィニィだった。
「‥‥というのが私たちの掴んだ全貌です。ワレリーさんたちが悪事を働いていたのは事実かもしれませんが、それはウラジミール国王をお救いするためだったみたいです。悪事を暴かれそうになって、ユドゥキシンさんが先に‥‥」
「けれど、残念っすが証拠を掴むまでは至りやせんでした。ユドゥキシン氏の屋敷にも証拠になるものは何もありやせんでしたね」
 伝助の言葉に、幹部は軽く眉を上げた。
「屋敷まで調べたのか? 常に誰かしら人がいただろう」
「ジャパンでもそれが仕事だったっすからね」
 納得したのだろうか、幹部は中指に嵌めていた指輪を外して伝助に放り投げた。
「危険への対価だ、取っておいてくれ。ユドゥキシンの動向はこちらで探るが、何か非常事態が発生すればまた仕事を頼むことにもなるだろう。その時は、また尽力してほしい」
「もちろんですよー。冒険者ギルドからのお仕事なら、可能な限りお手伝いします」
「あっしら、冒険者っすからね」
 当然だと微笑んで、ミィナも、伝助も、フィニィも。頭を下げて席を辞した。

 冷たい風の吹く、聖夜の過ぎた冬の日だった。