白銀に輝く朝
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月30日〜01月04日
リプレイ公開日:2007年01月07日
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●オープニング
静かな風が白樺の林をすり抜ける。その風が、窓の戸板を叩く。
当然ながら反応はなく。隙間から、スッと‥‥羊皮紙を差し込んだ。
そして再び風が吹いた。
澱んだ空気は病を生む。
そう言う部屋の主の言に従い、寒くとも一日一度は窓を開け放つ習性を持った使用人たちは、厳寒の朝も励行する。
バルコニーへと通じる大きな窓に幾重にも重なる重厚なカーテンを寄せ、戸板を開け放つ。その任をおおせつかった哀れな侍女の足元に、パサリと羊皮紙が落ちた。
「アルトゥール様、このようなものが」
侍女から手渡された折りたたまれた羊皮紙には、サインもなければ封蝋もない。躊躇わず開いたアルトゥールは、記された短い文面に目を通した。
新しい月の産まれる刻、貴殿の揺篭を貰い受ける。
名は記されていない。ただし、こちらは蝋が垂らされ印が残されていた。二つに割られた円というべきか、半円が二つ連なっているというべきか。V字状にぱっくりと口を開けた円。真円ではなく、装飾を施されたものだ。それぞれの中央が繰り抜かれており‥‥
「蝶? ‥‥いや、マスカレードかな?」
「悪戯‥‥にしては手が込みすぎてる、かな」
バルコニーへと続く窓へ歩み寄り、アルトゥールは呟いた。言葉は白い息となり、風に吹かれて唐突に消えた──そこに残されていた足跡のように、ふつり、と。
「食事が済み次第キエフに向かう。馬車の用意を」
決断に迷いはない。疑わしき芽は摘む──母から、そして敬愛せし伯母上から学んだ人生の歩き方であろうか。
喧騒渦巻く冒険者ギルドに一台の馬車が乗り入れた。
「今日はね、僕からではなくて家からの依頼で来たんだけど。誰か、偉い人に取り次いでもらえるかい」
しっかりと、紋章を掲げた馬車で訪れたのは歴史浅いロシア国内では古い貴族に分類されるラティシェフ家の次男坊。時折りギルドに姿を見せる時の簡素な装いではなく、髪は丁寧に梳(くしけず)られ、体はファーコートに包まれている。悠然かつ優雅な物腰は伯母──ノヴゴロド大公妃エカテリーナに通じるものであろうか。
「しっ、失礼いたしました! どうぞ奥へ」
慌てて通すギルド員は新人だろうか。特徴的な尖りのない人間の耳を確認し、諦観の吐息を漏らすと指示された部屋へ足を向ける。コートを預け腰を下ろすと、すぐにハーブティーが運ばれた。スパイスの効いたハーブティーの香りから体を温める効果があることを察し、気遣いに少々機嫌を直す。
「お待たせいたしました。ギルドマスターのウルスラが所用で出ておりますので、私が承ります」
現れたのは幹部ギルド員。入り口で一礼し、失礼して腰を下ろす。今度は短い髪からエルフとも違う特徴的な耳が覗いていた。
「どうされましたか」
機先を制して窓辺に届いた羊皮紙をテーブルへと投げ捨てた。目通しを促す視線に押されて開くと、その目が瞬く。
「どうやら、僕の揺篭を狙う不届き者がいるらしくてね」
「揺篭‥‥というと、赤子を寝かしつけるあれですか」
「あのさあ‥‥キミは僕に揺篭が必要だと言いたいのかい?」
冷ややかな視線を送られ恐縮する。しかし他に心当たりがないのだから仕方がないというもの。それはアルトゥールとて解っていることのようだ。
「これが『揺篭』だよ」
手にしていた杖を幹部から見易いように持ち上げる。40センチほどに切られた古めかしいアカザのようである。しかし、アカザであれば不可思議なことに、渦巻いた根の中央に女性の拳ほどのエメラルドが巻き込まれていた。
「正確には、森の揺篭という銘を持つ。うちの家宝と呼ぶべき代物の一つさ」
「揺篭‥‥これが」
が、触れさせるつもりはないようで幹部が手を伸ばすとスッと手を引いてしまう。
「本当に狙われているかどうかもわからないけどね、万が一のことがあると困るんだ。もっと言えば、これが『揺篭』という名を持つことを知られたくないし、僕の手にあることも知られたくないくらいなんだけどね」
どんな経路か知られてしまったものは仕方がない、と肩を竦めてみせた──けれどその眼差しは、真剣だ。カップを傾け喉を潤す。
「これがね、人目に触れる機会があるんだよ。12月31日から1月1日の夜まで一昼夜以上の時間続けられる年越しパーティー。僕はその席に『次男』として、これを持って出ないといけないんだよ」
次男を強調して伝えるアルトゥール。それに気付き曖昧に笑いながらパーティーの詳細を訊ねると、どうやらそれなりに大きな規模のようだ。招待客は親族の他に貴族や商人など。依頼を受けると、表向きはアルトゥールの個人的な友人として屋敷に招かれることになるらしい。もちろん招待状も人数分用意されるが、一目で武器や鎧とわかる物々しい装いは厳禁とされた。基本的には礼服着用。護衛はラティシェフ家に仕える騎士たちが行うのだそうだ。
そして集まった者たちは料理を楽しみ、あるいは酒を嗜みながら、過ぎ去った一年と訪れる一年を祝い、話に花を咲かせるのだ。年を跨ぐ時間帯には全ての照明を落とす。そして街の教会から届く新年を報せる鐘の音色に合わせて、ジーザスに祈りを捧げ、再び照明が灯される。
新年の最初の日が昇ると、今度はプレゼント交換だ。相手の新しい一年を彩る品を贈り合うのだが──そこは有力貴族のパーティーである、当主のマルコへの貢物がメインになるようだ。もちろん、個人として贈り物を交換する者たちもいる。
「基本的には適度にパーティーを楽しみながら、それとなく警護をしてくれれば十分だよ。会場は屋内の広間だし、厨房にはお抱えの料理人と使用人しか入れない。強奪するにしても、そうそう危険な方法は取れないだろうからね」
「ラティシェフ家への移動は、冒険者に一任なさいますか? 個々に徒歩や騎馬での移動を試みることになりましょうけれど」
「ドゥーベルグ商会のルシアンに話をつけておくよ、彼女が来訪する際に、馬車に乗せてもらうといい。食事と、必要なら寝床も用意しよう」
そう告げると、凡そのところは語ったのだろう。アルトゥールは口を噤んだ。幹部が事務的に、語られた内容を繰り返すのに頷き、あるいは繰り返して内容を確実に残す。
そうして小一時間が経過するとすっかり冷め切ったハーブティーを飲み干してアルトゥールは立ち上がった。ファーコートに袖を通しつつ、送り出しに随伴するギルド幹部へと最後の条件を突きつけた。
「くれぐれも粗相のないように、できる限りでいいから礼儀は守らせてくれ。この騒ぎから無事に戻られたら、伯母──ノヴゴロド大公妃エカテリーナ様も臨席なさるかもしれないからね」
とんでもない発言で凍りついた幹部に満足げに微笑んで、アルトゥールを乗せた馬車は軽やかに動き始めた。
●リプレイ本文
空気が蜘蛛の糸のように張り詰めていた。非など全くないというのに、キリル・ファミーリヤ(eb5612)は胃をきりきりと締め付けられるような思いを味わっていた。他人に心を砕く彼の悲劇は、奥方クリスチーヌに声を掛けられたところから始まった。
「あら、先日の。アルトゥールの友人でしたのね」
「冒険者の身には過ぎた待遇をいただいております。クリスチーヌ様にも過分な品を頂いて‥‥大切に使わせて頂いております」
よくすらすらと言葉が出てくるものねぇ、とエスコートされるローサ・アルヴィート(ea5766)は感嘆することしきり。これは真似できないと諦めてドレスの裾を持ち上げ、会釈を送る。
依頼人であり、招待状の主でもあるアルトゥールへ挨拶に行った冒険者もいた。
「雛菊、挨拶を」
「えっと、雛を助けてくれてどうもありがとなの」
ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)に促され雛菊がちまっと頭を下げる。少女が転ばぬようにと柔らかな手を握っていたシオン・アークライト(eb0882)も普段の騎士然とした態度ではなく淑女の礼で「お招き頂きありがとうございます」と優雅に一礼をする。
その和やかなムードに冷水を浴びせたのはアルの兄、波打つ銀髪のリュドミールだった。
「冒険者を招くなど馬鹿な真似を。家名が穢れる」
「ほほ、異な事を。貴方が家名を気にするとは思わなかったわ」
母クリスチーヌはアルの味方のようだが‥‥ふと、フィニィ・フォルテン(ea9114)はあることが気になった。クリスチーヌは見事なまでのハニーブロンドにエメラルドの瞳。マルコは栗色の癖毛にサファイアの瞳。次男アルは父譲りの髪色に母譲りの瞳。リュドミールは父譲りの瞳に‥‥
(あの銀髪は誰から譲られたものなのでしょうか‥‥)
しかし、間に挟まれた形のキリルはそのようなことに気付ける余裕もないようだ。
「私も驚きましたよ、貴女が冒険者の肩を持たれるとは」
「あの‥‥」
恐る恐る声を掛けようとして、触れたら手の方が切れそうな鋭さに口ごもる。
「わたくしも驚きました、貴方が冒険者の肩を持たないなんてね」
ころころと愉快そうに笑う母の目が殺気じみた鋭い光を放つことに気付き、アルは軽く溜息を零した。
「引け、リュドミール。客人の御前だ」
ミィナ・コヅツミ(ea9128)から挨拶と薄い布でラッピングされた大理石のパイプを贈られていた当主マルコは疲れ切った色を滲ませて息子を止めた。
「な、何か色々ありそうっすね」
「恐らく、リュドミールさんが愛人の子か何かなのでしょうね」
ちいさく言葉を交わす以心伝助(ea4744)とディアルト・ヘレス(ea2181)の会話を裏付けるように、リュドミールに良く似た顔立ちの銀髪の女性が現れ──マルコがこっそりと姿を消した。立場ある人物とて、心労は同じように加わるもののようである。
かように貴族にありがちな事情を抱えたラティシェフ家であるが、招待された面々はその微妙な空気を察しているようで‥‥憔悴したキリルほど気に留めている者はいないようである。
(‥‥掴みどころがないのは母方の血筋なのでしょうか‥‥)
さて、気を抜くわけではないが折角のパーティーを堪能したいと思うのが人の情か、楽の音に合わせ求められるままに優雅な舞踏に応じるディアルトとシオン。足を踏まぬことに賞賛と尊敬の眼差しを送りながら、伝助は豪華絢爛な料理に手を伸ばした。
「お雛ちゃんも沢山食べないと大きくなれないっすよー」
伝助はにこにこと大皿に盛られた料理を取り分けて雛菊へ渡す。こぼしはしないかとはらはらしながら見守るフィニィ、どうやら懸念で済んだようだ。雛菊を見て動揺する者がいないかと時折り視線を巡らせるミィナに「はい、あげるのー」と当の少女が皿を差し出す。
楽しむ気は満々ながら仕事が頭から離れないローサはつまらなそうに口湿しのワインを含んだ。
「ふぅん‥‥」
「‥‥あの怪盗だろうか。いやしかし‥‥」
見せてもらった予告状に記されたものはマスカレードに見えた。しかし、彼の者の予告状には『怪盗ファンタスティックマスカレード』と記されるのが常だとノルマンで知った。そもそも、パリの事件に全面協力の姿勢を見せていると聞く。
「‥‥偽者か?」
(予告出した盗賊はあの人? だったら‥‥)
ミィナは小さく吐息を漏らす。怪盗の一味が全てパリに姿を見せたわけではないようだし、希望を捨てたくはない。そしてミィナには、もうひとつ気になることがあった。そちらはシオンも同じようで、ミィナがソルフの鉢植えを渡している隣で以前目にした『大地の夢』と似た雰囲気を放つ『森の揺篭』をじっと見つめていた。
「‥‥気になるかい?」
視線に気付いたアルに尋ねられ、ええ、と素直に頷くシオン。隣に立つヴィクトルも耳をそばだてる。
「良く似た雰囲気のものを見たことがあるの‥‥それはルビーのように赤かったのだけどね」
「昔、7つの連作として作られた品なんだってさ。興味があるなら今度改めて来るといい、資料をそろえてあげるよ」
「全部集めようとは思われないのですか」
ヴィクトルの問いかけに、アルは緩く首を振った。
「これだけの大きさの宝玉だよ、ひとつ買うだけでいくらすると思う?」
皮肉気な依頼主に曖昧な笑顔を返し、ヴィクトルは話題を変えた。
そして夜が更ける。
「さあ、皆さん。そろそろ祈りの時間です」
マルコが会場へ呼びかけた。使用人の手によって、ひとつ、またひとつ、明かりが落とされていく。
明かりが落ちるに従い、徐々に人の少ない窓際へとアルトゥールは移動をする。すぐにカバーできる距離を維持し、ディアルトもまた窓辺へと移動した。緊張が高まるにつれて、黒檀の杖は普段腰に下げている武器に比べて随分と頼りなく思えて、何度も握りなおした。
そして、夜の帳に包まれた会場へ、頼りないほどか細い月の光と共に新年を告げる厳粛な鐘の音が届いた‥‥
──カラーン‥‥
インフラビジョンを使用したローサの目に、侵入者が現れる様が映った!
「アルく‥アル様にも幸多い一年でありますように」
呟いた声が合図だった。しかしここで大きな誤算があった。暗闇に慣れぬ目では相手が見えず、見えてもほぼシルエットで見分けがつかぬ──つまり、殆どの魔法が用をなさない。
──カラーン‥‥
しかし誤算は敵とて同じ。用心のため張られていたホーリーフィールドに阻まれたのだ!
「アルトゥールに手は出させないわ」
シオンが身を挺して賊とアルの間に踊り込む!
──カラーン‥‥
ホーリーフィールドが防いだのは初撃のみ。だが咄嗟に握ったフォークに己の命を賭したシオンの防御を突破できない!
「お縄を頂戴するっすよ」
素手の攻撃が立て続けに賊を襲う! しかし、紙一重で避けた賊は小さく舌打ちし僅かにターゲットから距離をとった。
──カラーン‥‥
鐘の音に隠し、ディアルトが踏み込んだ──賊が引いた一瞬の隙を突き、敵が持つダガーを叩き落したのだ!
「諦めるんだ。私たちも新しき年の始まりを血で汚したくはない」
ディアルトの言葉に小さく笑う気配がした。懐に忍ばせようとした手を、そうはさせじとキリルが打つ!
──カラーン‥‥
はらりと落ちるマスカレード。顔は未だ見えずとも、賊が国々を股に掛ける怪盗の一味だと容易に知れた。
と同時に、屋外で派手な爆発音がした! 「侵入者だ!」「動かないでください!」警護の者の叫びが響く! ざわめき始めた会場でヴィクトルが賊の耳に届くよう声を上げた。
「何故、こんなことを!」
「ハん、怪盗が宝を盗むのは当然だろ」
男性独特の低い声が返された。外へ駆け出す足音と入れ違いに、暗き会場へ駆け込む足音もあった。フィニィを始めとする、灯りを持ち込む者たちの足音だ!
「無事ですかっ」
「貸してください!」
フィニィが持ち込んだ燭台を奪いディアルトは辺りを照らす。ホールから走り去る男の後姿を見てミィナが駆け出した!
「借りるね、ディアルト君はこっちよろしく!」
咄嗟にローズキャンドルに火を移し、ウィンクを残すとローサも駆け出した。
そしてバルコニーでスクロールを広げる男を追い詰めたミィナは息を切らせながら、葉巻を取り出した。
「聖夜のプレゼントです」
受け取ったマスカレードの男は、つと帽子のつばを押し上げた。見つめるミィナは、搾り出すように言葉を吐く。
「いつか二人っきりでお会いしたいです‥‥ダメ、でしょうか?」
「‥‥運命の輪が交わることがあれば、そういう機会もあるだろうよ。女と二人きりなんて、この仮面以上に御免被るがな」
「あら、ミィナちゃんだけ特別扱い? ダイちゃんってば酷いっ」
「そう呼ぶな」
名前と同じ香りを漂わせながら現れたローサへ渋面を向けた。
「見逃すのは今回だけよ。あたしの敵に回ったこと、後悔させてあげる☆」
「口だけは達者だな」
やわらかな香りと共に送られた言葉にニヒルな笑顔を向けると、広げたスクロールを読むとディック・ダイは影に溶けて消えた。残されたマスカレードを拾い上げながら、ばたばたと足音を立てて駆け寄ってきた仲間たちへ、ローサは肩を竦めた。
「ごめん、逃げられちゃった」
やがて朝が近付き夜空の色が変わり始めると、新しい年を彩るための贈り物バトルが始まった。
「もちろん、やりますよね?」
フィニィの言葉に当然だと友が頷く。別室ですっかり寝入ってしまった雛菊は参加できぬが、枕元にフィニィやヴィクトルからのプレゼントがそっと置かれているので許してもらおう。
「僕はプレゼントを用意してこなかったので‥‥」
「私もすっかり失念していたな」
「その間の警護は担おう」
「新年最初の贈り物は彼にしたいのよ、ごめんなさいね」
キリル、ヴィクトル、ディアルト、シオンが気兼ねなく楽しめるよう警護を申し出た。恋人と離れていても幸せそうなシオンに屈辱の視線と羨望の視線が注がれたのはさておき、いそいそと用意された札を引く。
「あっしは1番‥‥これっすね」
彼が柴犬ならもふもふと尻尾を振っただろうほど嬉しそうに包みを解く。現れたのは‥‥『来年は薔薇色の一年に』というメッセージを添えられた、麗しき薔薇。
「来年って‥‥年が明けたばっかりっすよ」
「ほ、ほら、ありがちなミスっ! あたしは3番ー」
ぽそりと呟かれた言葉に過敏に反応するあたりバレバレである。
そのローサがいそいそと開けた包みは──『寒い日が続きますし、よろしかったら使ってください』という言葉と共に、ふさふさした襟飾りが包まれていた。
「ふふ、似合う?」
「いいな、とても良く似合っている」
ディアルトが賞賛の声を上げると、珍しくはにかんだ笑みを浮かべた。
「私は4番ですね‥‥丁寧に包装してあるとそれだけで幸せになりますね」
そっと包装を解いていくフィニィ。するとほんのり甘い香りを放つ、甘い味の保存食が顔を覗かせた。添えられた言葉は『心と身体をリフレッシュ☆ ほのかに甘いひと時をあなたに♪』──この胸の温もりを大事に、いつか落ち込んだときに食べますね、とフィニィは大切に仕舞った。
「最後はあたしですね」
1つ残った包みを開ける。水鳥の扇子と一緒に包まれていたメッセージボードは、元気溢れる毛筆のジャパン語で『慶雲昌光』と記されているのが目に飛び込む。その下にはゲルマン語で『めでたき雲に美しい日の光という意味っす』と添えられていた。
「あは、この気遣いが嬉しいですね☆」
この言葉のようにめでたくも美しい一年になるように祈り、扇子にそっとキスをした。伝助が赤くなったのはきっと気のせいだ。
「お楽しみのところごめんなさいね。ローサさん、これを預かってきたの」
「へ?」
「私のライバルからよ?」
ウィンクをしたルシアンが取り出した箱の中には、戦乙女のドレスが丁寧に畳まれ、仕舞われていた。
『此のドレスはローサ君がお似合いだろうな、と思いまして♪』
名前など聞かなくても、褐色の肌に照れた笑いを浮かべるルーフィンの顔が脳裏に浮かんだ。
「折角ですし、着替えてみてはどうですか」
「ふふ、手伝うわよ?」
キリルの言葉にシオンが追従し、衣装換え☆ 純白の衣装に合わせてしっかりと化粧も変えてもらったようだ。
「ふっふっふ、見惚れないでよー?」
「ローサさん‥‥綺麗‥‥ホント見違えました‥‥雛ちゃんも可愛いですよ♪」
ミィナの心からの言葉を素直に喜べないローサ。負けたくない、と初めて思ったのだ。
何か言おうとしたその時、空気がざわめき、緊張感が高まった。ディアルトが庇うように、スッとアルの前に進み出る。しかし──
「気にせず歓談をお続けなさいな」
聞こえてきたのは元凶であるふくよかな女性がころころと笑う声。弾けるようにシオンが婦人と影の様に寄り添う男性へ恭しく頭を下げた。
「エカテリーナ様、グリゴリー様、ご機嫌麗しゅうございます」
女性がノブゴロド大公妃エカテリーナと知り、慌てて臣下の礼を取るのは騎士の哀しき性だろうか。
「自身の修行として諸国を渡り歩いているディアルト・ヘレスと申します。以後お見知りおきを」
「セーラ様に仕えるキリル・ファミーリアと申します。お目に掛かれて光栄です」
背筋を正すディアルトにキリル。
「あの時の魔獣騎士か。我が君の窮地に駆けつけてくれたこと、感謝する」
「エカテリーナ様の窮地とあらば、いかなる時でも馳せ参ずる所存です」
ふっと目を細めたシオンの言葉をどう取ったか、エカテリーナはシオンへとゆっくりと頷いた。
「そう‥‥それならばノブゴロドを彩るオーロラを名乗ることを許しましょう、シオン」
恐縮し居住まいを正すシオンを横目に、大公妃はグリゴリーに命じ鮮やかな青いスカーフを3名の騎士たちへと手渡した。
「ディアルト、キリル。そしてこの場に集いし皆の一年が鮮やかなものとなりますように」
「身に余る光栄です。ありがたく頂戴いたします」
ディアルトは恭しく受け取った。
「エカテリーナ様の一年がますます輝かしいものになりますよう、お祈りいたします」
緊張の面持ちで、キリルは丁重に受け取った。
良き一年となるよう互いに祈る想いが交錯する中、フェアリーベルの音が響く。
朗々と歌うフィニィの声が、会場いっぱいに満ちていく──
♪一年を彩った 思い出の欠片 嬉しかった事 哀しかった事
良き思い出も 辛き思い出も 欠かす事なく 受け止めよう
次なる年への 導となるよう 新たな欠片の 受け皿として
「大いなる父の試練の一年を乗り切れたことに感謝を。そして、新たなる試練に打ち勝つための祝福を」
ヴィクトルの祝福を受け、幾度目かの乾杯のゴブレットが打ち鳴らされた。
タロン神を信仰する地での新たなる幕開けは試練を呼ぶものとなろう。
けれど、新たなる年が実り多きものとなるように‥‥立場の違いを超えて、想いはひとつとなっていた。