【冬の女王】雪棺の地で
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月07日〜01月14日
リプレイ公開日:2007年01月15日
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●オープニング
風雪が扉を叩く。温もりを加えるべく暖炉に薪をくべながら、母親はいつまでもボルゾイとじゃれ合っている子供を軽く叱責する。
「ほら、もう寝なさい。今晩は寒くなりそうだから」
「はぁい‥‥」
母親に促され、おやすみなさいと両親の頬にキスをして、子供は屋根裏に誂えられた自分のためのスペースへ姿を消した。
──オォォォォン‥‥
徐々に強くなる風雪に紛れて、遠くから狼の遠吠えが聞こえた。怯えたようにボルゾイの尻尾が股の間に姿を隠す。
苛立ったように、怯えたように母親は暖炉の薪をかき混ぜた。新鮮な空気を吸って、ぱちぱちと炎が爆ぜる。
朝方までの分の薪を確認し、母親と父親も寝床についた。酒の入った夫は早々に高いびきをかき始めたが、指先がどうにも冷えて寝付けずに、妻はホットミルクで暖を取ろうとぬくもり始めた寝床を後にした。
とぷとぷと壷から鍋にミルクを注ぎ火にかける。蜂蜜とカップの用意をし、焦げぬように鍋をかき混ぜて──いくつになっても懐かしい香りが辺り一面に芳しく立ち上る。
──オォォォォン‥‥
再び狼の遠吠えが聞こえた。
「嫌ね、こんな晩に。ますます寝付けなくなってしまうわ」
寒さのためかぶるっと身体を震わせるとカップにまだ温まりかけのミルクを注ぎ、追い立てられるように飲み干した。
──‥‥!!
何か、聞こえた? いいえ、何も聞こえていない。だって、ほら、今は何も聞こえないもの。でもやっぱり聞こえたような気もする。こんな夜更けに?
「ジノ、あなたの耳には何か聞こえたかしら」
くぅん、と図体に似合わぬ甘えた声を出してぱたりと一度尻尾を振るうボルゾイ。言葉が通じるはずも無いわね、と肩を竦めて温いミルクを皿に移し、ボルゾイへと分けた。
「 」
風雪に紛れて、何かがまた耳に届く。悲鳴のような、いや木の裂ける音だろうか。
「 っ!」
耳を澄ました妻の元へ、悲鳴のような声が届く。
「あなた、起きてあなた。おかしいの、悲鳴が聞こえるのよ」
「ううん‥‥気のせいだろ」
「絶対に気のせいなんかじゃないわ。ねえ、ちょっと外の様子を見てきてくれない」
何で俺が、男でしょう、女だっていいじゃないか、そんな問答をしながらも斧を右手にたいまつを左手に、夫は結局風雪の中に叩き出された──次の瞬間、夫の身体に無数の矢が突き立った。
「あなた!?」
駆け寄ろうか、扉を閉めようか、その一瞬の逡巡を見逃さず滑り込んできたのはエルフやジャイアントなど数人の異種族。村の者どころか、剥いだだけの毛皮や簡素な服装は村の者ではありえなかった。
「蛮族!? きゃあああ!?」
「黙れ、女。おとなしくしていれば危害は加えない」
けたたましく吠え立てるボルゾイの背中に棍棒をたたきつけたのは大柄なジャイアントの男。『ギャン!!』壮絶な悲鳴を鈍い音と共に上げて泡を吹いたボルゾイを軽々と外に放り出す。
「あ‥‥あ、あ‥‥‥」
棚、箱という箱、納屋までひっくり返した蛮族はとうとう屋根裏に気付いた。
「だめ、そこには! お願い!!」
無造作に投げられる毛布に人形、玩具、子供。
片付けることなど当然せずに、男たちは妻に目をつけた。ジャイアントが髪を掴んで強引に引き立てる。
「い、痛‥‥っ」
悲鳴を上げる間はなかった。短刀を握ったエルフが刃を煌かせて服を裂き、ジャイアントが毟り取る。全裸にさせられた妻の口を開け、指を突っ込んだ。悲鳴を上げることも適わず、恐怖に目を見開く。言葉の代わりに溢れた涙があごを伝って滴り落ちる。
「違うか」
「ああ」
恐怖に迸った体液の中へ女を放り、蛮族たちは別の獲物を求めて家を出た。
焦点のあわない瞳のまま、がくがくと震えていた女は、現実を拒絶するようにベッドへと潜り込み毛布に包まって身体を丸めた。がくがくと、いつまでも大きく震えたまま‥‥子供が抜け出したことにも気付かぬまま。
さくさくと深雪を踏み、放られた際に切れた額からだくだくと鮮血を流しながら、幼子は愛犬の身体を気遣っていた。
「だめだよ、起きて。風邪ひいちゃう。ねえ、ジノ。お願い‥‥」
背骨がくの字に曲がった愛犬の身体を必死に撫でる少女。急激に冷えていく身体を拒むように、上着を掛けて抱きしめ、必死に必死にひたすらにこすり続けた。溢れる涙が流れる鮮血が凍り付き、頬や身体がばりばりになっても。指が白く雪のようになってしまっても。少女はひたむきに愛犬を暖めようと懸命に努力していた。
翌朝、死したボルゾイを抱きしめるように、半ば雪に埋もれた少女が発見された──凍死体となって。
──オォォォォン‥‥
冬と共に訪れたノヴゴロド大公妃エカテリーナ。その異母妹の嫁ぎ先であるラティシェフ家の領内では、大公妃エカテリーナの来訪と合わせるように蛮族との戦闘が頻発するようになっていた。そう、それは既に諍いなどという範疇を超えたものである。
「風のように現れて、村を蹂躙していった‥‥」
被害に遭った村の男はそう語る。
「人を殺すことじゃない、何か、他に目的があるような‥‥」
寒空に子供を失った母親はそう語る。
「古い村から狙われている、か‥‥? まさか、いや‥‥しかし、こんなことは聞いたことがない」
領主は頭を抱えた。義理姉でもあるエカテリーナ大公妃の前で失態は見せられぬ。万が一にも耳に入る前に、いや妻クリスチーヌの耳にも入る前に、隠密裏に処理しなくてはならない。
「リュドミール、冒険者を呼び事態の対処にあたれ。あれらの耳には決して入れるな」
「御意に」
そうして、冒険者ギルドに1つの依頼が掲示されることになった。
──蛮族の悪行を食い止めろ。
●リプレイ本文
●狙われた村
早朝の森の中。村が見えてきて、商人の一団は足を速めた。いや、正確には‥‥今日を含めて三日間の内に襲撃されるであろうこの村を救うために冒険者ギルドから派遣された、商人に扮した冒険者の一団である。
「何か起きなくてはいけないが、村人に何かあってはならない。神よ、どうか試練は我らに。どうか村人をお護りください」
巡礼の司祭に扮したヴィクトル・アルビレオ(ea6738)の祈りは何とも複雑だった。それが今回、彼らに与えられた立場を示していた。
護衛に扮したディアルト・ヘレス(ea2181)も空を仰ぎ、今後を憂えた。
「まさか、初日になるとはな‥‥」
明らかに雪が降ることが予想される雲。二日目、三日目に雪が降ることは想定していたが初日に雪が降るとは考えていなかったのだ。三日間のどこかで雪が降るとは言われていたはずなのに。キエフから片道二日の距離──止むに止まれぬ事情もあり、初日にキエフで準備に割いた時間がある。つまり、今日から三日の間に吹雪が来るのだ。
「準備する時間はあまりなさそうっすね」
強くなりつつある風に、気持ちばかりが急いてしまう。吟遊詩人に扮した以心伝助(ea4744)はリュートベイルを爪弾いた。
「こんな天気の中、大変だったでしょう。商売がてら、数日泊まっていかれるといい」
ジャパン語で『雪風』と彫られたスコップを担ぎ商人の一団を迎えたのは赤毛の男性。一足先に訪れていた真幌葉京士郎(ea3190)である。
「ありがとう、そうさせてもらうつもりよ。それで村長さんにご挨拶させてほしいんだけど、紹介してもらえる?」
しれっと尋ねるフィーナ・アクトラス(ea9909)の言葉に頷き、京士郎は素直に招く。それはつまり、彼が村長の居場所をしっているということ──彼が村長に既に会っていることを意味する。その上で今のような対応が出来ているのなら、最低限の話は済んでおり協力も取り付けてあると思って良さそうだ。
「いたた‥‥これ、ちょっと‥‥思ったよりも大変ですね‥‥」
荷物から抜け出してきたスィニエーク・ラウニアー(ea9096)が丸まり気味な背筋を伸ばした。スィニーは荷車を借り出す立役者の一人だったが、荷物の中で息を潜めていたのだ。硬い板に横たわり揺られ続けるのはかなりの疲労を伴っていたようである。もう一人の立役者、ミィナ・コヅツミ(ea9128)は息を漏らした。
「ほんのささいな事が生死を分ける事もあるのに‥‥」
依頼人リュドミールの冷たい対応。それは、この依頼が彼にとって人の命を大事にしようという趣旨のものではないことを示唆していた。
『この国の人間は面倒くさいな。何とも不思議だ』
ミィナの溜息の意味を察したのだろう、雪守明(ea8428)は肩を竦めた。
『偉い人の権力争いに普通の人が巻き込まれる‥‥ジャパンと同じですよ』
苛立ちを隠せずにミィナは荷車から飛び降りた。
●襲撃
案の定、通常日が暮れるであろう時刻には風雪が荒れる天候と化していた。
暖炉に掛けられた鍋には水が張られ、沸いた中に肉や野菜を入れて。簡易的ではあるが、ジャパンの鍋を再現した明は味を見て満足げに頷いた。料理の心得があるわけではないから仲間に供するのは少々恥ずかしかったが、ジャパンを愛する心と温かい料理を供したい優しさが後押ししたようだ。
『この寒いのに保存食ばかりではな』
『鍋か、ありがたい』
京士郎が頬を緩めた。郷土料理というのは心を解きほぐすものでもあるようだ。
『あら、ジャパン風の料理? 懐かしいわね』
半年ほどジャパンに滞在していたフィーナも頬を緩めた。
『ジャパンに来たことがあるのか?』
『ええ、江戸にちょっとね。梅干しと納豆も食べたわよ?』
『それはすごい。しかし京都の味はまた違うものだぞ』
癖の強い食材を食べたフィーナに賛辞を送り、取り分ける。取り分けた器を受け取ったヴィクトルは匙で掻き混ぜて、具材をひとつずつ確かめた。料理に一家言ある彼ならではの行動かもしれない。いや、スィニーが居れば同じ事をした挙句『あの‥‥虫やモンスターは、入っていませんよね?』と尋ねただろう。彼女のトラウマは根が深そうだから。
鍋もすっかり空になってどこか和やかなムードが漂う中、その瞬間は訪れた。
──オォォォォン‥‥
狼の遠吠えがフィーナの耳に届く。突然神経を尖らせたフィーナに、京士郎が怪訝な色を浮かべる。
『フィーナ、どうかしたか?』
『狼の遠吠えが聞こえたの』
しっ、と唇に指を当てる。耳に届く、雪を踏みしめる音。外出は禁じたはず──つまり。
『来たわ』
頷きを返し、ヴィクトルが扉ギリギリにホーリーフィールドを張った。
扉の左右に立ち、オーラを纏った京士郎と明が武器を構える。
『建物の前、来るわ!』
バンッ!
扉を開けた二人のジャパン人に驚き、武器を持った蛮族は僅かに怯んだ。しかし彼らの背後から弓が放たれ──ホーリーフィールドに弾かれる!
──ピィィィ!
明の呼子笛の音は吹雪に紛れ掻き消されたが、伝助の鍛え上げられた聴覚には確かに届いた。
「襲撃っすよ!!」
襟を立てて襟元の暖を確保し武器を握る。伝助とディアルトが盾を構え先に飛び出した! 隣の扉へ押しかけるエルフとジャイアントの姿。そして、援護すべく離れて弓を構えるエルフがもう二人。別の家へ向かっていたジャイアントが異変に気付き踵を返した。
「風よ──!」
スィニーがトルネードを放つ! 積もった雪や吹雪をも巻き込み吹き上げる竜巻にエルフが宙を舞う!
その隙に、冒険者全てが吹雪の中に飛び出した。吹き荒れる風の中、フィーナが斧を構える。
「野放しには出来ないわよね、あなた達みたいなのは」
風に逆らって投じた斧はジャイアントの持つ斧に弾かれ雪に突き立った。咄嗟に張ったホーリーフィールドを強化して、ミィナは風に負けまいと声を張り上げる。
「何故こんな事をするのですか!? 略奪はお互いの新たな諍いを生むだけですよ!」
するとエルフは手を止めて、ミィナに言葉を投げかけた。
「夢は既に堕ち、闇に塗れた。愚かなる者たちの手により運命の輪は回り始めた──時間がないのだ」
「夢? 時間? 何のことですか!」
しかしミィナの言葉は再び飛び交う剣戟に紛れエルフには届かなかったようだ。
『はああっ!!』
ジャイアントは避けない──そう確信して振られた明の霊刀は、序盤にも関わらず全てを賭けた渾身の一撃。短時間で終わらせたい希望を込めた一撃! そして霊刀は、受けに走ったジャイアントの斧を一撃の下に破砕した!!
『ここに来たこと、後悔させてやるぜ!』
修羅のごとく容赦の無い一撃が、さらにジャイアントに襲い掛かった!
──オォォォォン‥‥
「とんでもない誕生日になったものだ!」
「誕生日? 後で祝うか!」
背を預けあうディアルトと京士郎が言葉を交わす。どこに潜んでいたか、エルフやジャイアントが次々と姿を見せるのだ。傷付いた者は一旦引き、別の者が攻撃に加わる。冒険者も蛮族も、引くことのない波状攻撃が続く!
常に複数を相手取る冒険者は、やがて防戦にと追い込まれていった‥‥。
──オォォォォン‥‥
「くっ、気絶させてもきりがないっすね!」
命までは奪うまいと気遣っての攻撃は敵の意識を奪ったが、捕える前に奪われてしまうのだ。3人いるジャイアントは特に厄介で、後方から飛んでくる魔法の援護に全て任せるような状況だ。
「大いなる父よ、彼らに試練を──!」
「風の精霊、大いなる息吹、一条の輝きとなりて貫け──‥‥」
しかし回復手段の有無は大きな差となった。程なく、明らかに精彩を欠いた攻撃は冒険者に更なる傷を付けることも叶わなくなってきたのだ。
──オォォォォン‥‥
蛮族たちは引き際と判断して逃走を始めた!!
「ここでお前達を逃せばさらなる悲劇を呼び込むだろう、逃しはせぬ!」
『姫切』と銘打たれた刀を手に追い込む京士郎! しかし、その刀が蛮族を仕留めることはなかった。
「ぐっ!!」
「京士郎さん!」
フィーナが目を瞬く。どこからもなく付きまとっていた遠吠えの原因がそこに居たから。
吼えることもせず、唸ることもせず、京士郎の利き腕を傷つけた牙から血を滴らせ‥‥ただ隙の無い佇まいで悠然と冒険者を見つめる白き獣。
「フロストウルフ‥‥」
強面に更なるシワを刻んでヴィクトルが漏らしたのは、その獣の名である。
短く唸り尻尾をぱさりと振ると、頷き合って蛮族が村の外へと駆け出した!
『待て!!』
元より伝わらぬ明の声ではあるが、進路を塞いだのはまたしても純白の狼。
『2匹‥‥番か?』
『そのようですね』
後から現れた一方の方が一回り大きい──冷静にそんなことを考えたミィナの思考を、当のフロストウルフが阻害した。吹雪の中に、更に吹き荒れる吹雪の吐息を吐く!!
「ブレス!?」
ヴィクトルの驚愕は吹雪に掻き消された。強烈すぎるブレスが体を駆け抜け──ヴィクトルは踏み荒らされた雪に崩れ落ちた。ミィナとスィニーの意識にも紗がかかる。
「屋内に逃げろ! 早く!!」
その身に相応しき盾を構えるディアルト。古びた盾は吹雪に負けぬ輝きで主を護るがそれ以上は護りきれぬもの。せめて己を盾にせんと仲間の前に立つ。しかし、凍てつく吐息は生命力を容赦なく奪い手足を末端から氷のように凍てつかせる。後方に護られる者たち嘲笑うかのようなブレスに、明と京士郎、朦朧としたフィーナも倒れた仲間を担ぎ上げる。
「こんな風に使うとは思わなかったっすよ!」
リュートベイルを構えた伝助がディアルトの隣で離脱の援護を図る!
そして、不意にブレスの圧迫感が途切れた。伝助が盾の影から覗くと、吹雪の中に去っていく狼の後姿が見えた。
「追いかけやすか?」
「いや‥‥二人では無理だ。撃退しただけだが‥‥それでも数割は倒した、傷を負った者は癒えるまで動けまい。これで良しとするしかないだろう」
強烈極まりないブレスで仲間たちは昏倒している。蛮族に加えて二匹のフロストウルフを相手にするためには魔法の援護は必要不可欠。朝まで続く吹雪は雪も血も全て埋め尽くしてしまうだろう。
──オォォォォン‥‥
白い闇に覆われた視界の向こうから、狼の遠吠えが聞こえた‥‥。
●目覚め
窓板の隙間から差す日差しが寝顔に当たる。揺り動かされたように小さく唸り、目を開けた。
「大丈夫ですか?」
声を掛けたエルフ──村の女性は母親のような優しげな眼差しで横たわる冒険者を労わった。
「すみません‥‥助けに来たはずなのに、手を‥‥煩わせてしまって‥‥」
状況を理解し、床に伏せたまま謝罪するスィニー。誕生日をこんな風に迎えるとは思わなかった──そう、ディアルトとは一日違いである。
「気にしないでくださいね、皆さんのお陰で蛮族の手を逃れることができたのですもの」
暖かいものをお持ちしますね、と席を外す女性。入れ替わるように訪れた明は未だ冷えたままのスィニーの手を握り、暖めるように腕をさすった。
『起こしてヒーリングポーションを飲ませようとしたんだがな。目が覚めて落ち着くまで待った方がいいと言われてしまった』
『‥‥ヒーリングポーション? あの‥‥ミィナさんや、ヴィクトルさんは‥‥?』
ヒーリングポーションが必要な重傷でも治癒させることのできる仲間がいるはず。床からの疑問に明はゆっくりと答えた。
『二人ともまだ寝てる。私や京士郎たちはディアルトに回復してもらった』
容赦の無い吹雪に晒された仲間のダメージは大きかった。何とか耐えた二人やフィーナはディアルトの手で回復をしてもらったという。皆が無事だったと知って、スィニーは安堵の息を漏らした。
「はい、話はそれくらいにしてシチューで温まって? 栄養を付けたらもう少し休むといいわ」
訪れた女性に促され、明は『また来る』と部屋を出た。
その日の晩にはミィナとヴィクトルも目を覚ました。
暖を取り、食事を取り、身体に生命のリズムが戻ってから回復の魔法が掛けられた。
「諦めたのだろうか‥‥」
「どうかしら。目的があってのことみたいだし」
京士郎の言葉にそう返し、首を傾げるフィーナ。暖炉の火が爆ぜ、部屋の明かりが揺らぐ。吹雪の止んだ二日目には、蛮族の襲撃はなかった。しかしその行動は目的を感じさせ、諦めたと信じることができなかったのだ。
「気になりはするけど‥‥直接聞けない事にはどうにも、ね」
薪をくべて溜息をひとつ。五里霧中の状況に一石を投じたのはディアルトだった。
「どうも宝珠関連の感じがしますね。‥‥あくまでも推測ですが」
確信めいた推測に眉を顰めたのは伝助、ヴィクトル、ミィナ。けれど、想定外のフィーナの返事に目を瞬いた。
「宝珠っていうと『大地の夢』?」
「‥‥何のことですか?」
「あの‥‥ルビーの宝珠が嵌った、古い杖です。‥‥そういう名前らしくて‥‥」
ミィナの問いにスィニーが小さく答える。
「それは、今どちらに?」
「‥‥デビルに、奪われてしまって‥‥何処にあるかも‥‥」
ヴィクトルと伝助が視線を交わす。既に堕ち、闇に塗れた夢──その通りではないか。
「それは、まさか‥‥」
「色違いです」
ヴィクトルの言葉に短く返すディアルト。宝玉がいくつあるのか、何の意味を持つのか、時間がないとはどういうことか。
唸る冒険者は硬いものが落ちる音に振り返った。開いたままの扉の先に、スィニーやミィナ、ヴィクトルの看護をしていた女性が青褪めた表情で立ち尽くしていた。足元に転がったカップが音の原因だろう。
「どうかしたか」
京士郎の言葉に女性は頭を下げる。
「すみません、聞くつもりはなかったのですが‥‥」
「もしかして‥‥あるのか!?」
小さく頷いた女性が寝室から運んできた古めかしい木箱。その中にはヴィクトルの予想を裏切らぬものが入っていた。王冠のようにしっかりした造りのティアラ──中央に、女性の拳ほどのダイヤモンドが嵌めこまれた、年月を経ても色あせないティアラが。
「『氷の虹』というそうです‥‥祖母が死ぬ間際に『いつかエルフが受け取りに来る、その時まで護り続けなさい』と」
「そのことは、ご家族にも?」
ディアルトの言葉に「言っていません」と女性はそう漏らした。女性が知っていることは宝玉の名と祖母の遺言だけで、蛮族に狙われる心当たりもなければ宝玉が何のためにそんざいするのかも知らないという。ただ、本当の所有者が自分ではないことだけ──それだけは確たる事実として認識しているようだった。
村の者たちから感謝の気持ちとして手渡されたハーブティーを摘み上げ、明は懐のペットに語りかける。
『さて、雷電。妙なことに巻き込まれてしまったようだ』
キエフに来てからすっかり冬眠モードだった亀が、暖炉の温もりからか‥‥ひょっこりと顔を出した。
まるで、これから起きることを予兆するかのように‥‥。