【冬の女王】優しさは罪か

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 87 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月11日〜01月17日

リプレイ公開日:2007年01月19日

●オープニング

 風雪が扉を叩く。温もりを加えるべく暖炉に薪をくべながら、母親はいつまでもボルゾイとじゃれ合っている子供を軽く叱責する。
「ほら、もう寝なさい。今晩は寒くなりそうだから」
「はぁい‥‥」
 母親に促され、おやすみなさいと両親の頬にキスをして、子供は屋根裏に誂えられた自分のためのスペースへ姿を消した。

 ──オォォォォン‥‥

 徐々に強くなる風雪に紛れて、遠くから狼の遠吠えが聞こえた。怯えたようにボルゾイの尻尾が股の間に姿を隠す。
 苛立ったように、怯えたように母親は暖炉の薪をかき混ぜた。新鮮な空気を吸って、ぱちぱちと炎が爆ぜる。
 朝方までの分の薪を確認し、母親と父親も寝床についた。酒の入った夫は早々に高いびきをかき始めたが、指先がどうにも冷えて寝付けずに、妻はホットミルクで暖を取ろうとぬくもり始めた寝床を後にした。
 とぷとぷと壷から鍋にミルクを注ぎ火にかける。蜂蜜とカップの用意をし、焦げぬように鍋をかき混ぜて──いくつになっても懐かしい香りが辺り一面に芳しく立ち上る。

 ──オォォォォン‥‥

 再び狼の遠吠えが聞こえた。
「嫌ね、こんな晩に。ますます寝付けなくなってしまうわ」
 寒さのためかぶるっと身体を震わせるとカップにまだ温まりかけのミルクを注ぎ、追い立てられるように飲み干した。

 ──‥‥!!

 何か、聞こえた? いいえ、何も聞こえていない。だって、ほら、今は何も聞こえないもの。でもやっぱり聞こえたような気もする。こんな夜更けに?
「ジノ、あなたの耳には何か聞こえたかしら」
 くぅん、と図体に似合わぬ甘えた声を出してぱたりと一度尻尾を振るうボルゾイ。言葉が通じるはずも無いわね、と肩を竦めて温いミルクを皿に移し、ボルゾイへと分けた。
「      」
 風雪に紛れて、何かがまた耳に届く。悲鳴のような、いや木の裂ける音だろうか。
「     っ!」
 耳を澄ました妻の元へ、悲鳴のような声が届く。
「あなた、起きてあなた。おかしいの、悲鳴が聞こえるのよ」
「ううん‥‥気のせいだろ」
「絶対に気のせいなんかじゃないわ。ねえ、ちょっと外の様子を見てきてくれない」
 何で俺が、男でしょう、女だっていいじゃないか、そんな問答をしながらも斧を右手にたいまつを左手に、夫は結局風雪の中に叩き出された──次の瞬間、夫の身体に無数の矢が突き立った。
「あなた!?」
 駆け寄ろうか、扉を閉めようか、その一瞬の逡巡を見逃さず滑り込んできたのはエルフやジャイアントなど数人の異種族。村の者どころか、剥いだだけの毛皮や簡素な服装は村の者ではありえなかった。
「蛮族!? きゃあああ!?」
「黙れ、女。おとなしくしていれば危害は加えない」
 けたたましく吠え立てるボルゾイの背中に棍棒をたたきつけたのは大柄なジャイアントの男。『ギャン!!』壮絶な悲鳴を鈍い音と共に上げて泡を吹いたボルゾイを軽々と外に放り出す。
「あ‥‥あ、あ‥‥‥」
 棚、箱という箱、納屋までひっくり返した蛮族はとうとう屋根裏に気付いた。
「だめ、そこには! お願い!!」
 無造作に投げられる毛布に人形、玩具、子供。
 片付けることなど当然せずに、男たちは妻に目をつけた。ジャイアントが髪を掴んで強引に引き立てる。
「い、痛‥‥っ」
 悲鳴を上げる間はなかった。短刀を握ったエルフが刃を煌かせて服を裂き、ジャイアントが毟り取る。全裸にさせられた妻の口を開け、指を突っ込んだ。悲鳴を上げることも適わず、恐怖に目を見開く。言葉の代わりに溢れた涙があごを伝って滴り落ちる。
「違うか」
「ああ」
 恐怖に迸った体液の中へ女を放り、蛮族たちは別の獲物を求めて家を出た。
 焦点のあわない瞳のまま、がくがくと震えていた女は、現実を拒絶するようにベッドへと潜り込み毛布に包まって身体を丸めた。がくがくと、いつまでも大きく震えたまま‥‥子供が抜け出したことにも気付かぬまま。
 さくさくと深雪を踏み、放られた際に切れた額からだくだくと鮮血を流しながら、幼子は愛犬の身体を気遣っていた。
「だめだよ、起きて。風邪ひいちゃう。ねえ、ジノ。お願い‥‥」
 背骨がくの字に曲がった愛犬の身体を必死に撫でる少女。急激に冷えていく身体を拒むように、上着を掛けて抱きしめ、必死に必死にひたすらにこすり続けた。溢れる涙が流れる鮮血が凍り付き、頬や身体がばりばりになっても。指が白く雪のようになってしまっても。少女はひたむきに愛犬を暖めようと懸命に努力していた。
 翌朝、死したボルゾイを抱きしめるように、半ば雪に埋もれた少女が発見された──凍死体となって。

 ──オォォォォン‥‥
 遠くから、狼の遠吠えが聞こえたその時。ボルゾイを守るように少女の遺体から青白い炎が抜け出した。
 同じように、その炎に寄り添い、守るように、ボルゾイの屍骸からも青白い炎が抜け出した。
 二つの炎はふわふわと‥‥森に溶けていった。


 領主が蛮族の掃討を命じている頃、蹂躙された村の付近で異変が起きていた。
「うわあああ!」
 悲鳴が響く。街道を通りかかったエルフの声だ。「くっ、寄るな!」と纏わりつく青白い炎を振り払おうとナイフを振るうが炎が切れるはずもない。
 殺気を放つ二つの炎はエルフの生命力を少しずつ蝕み‥‥やがてエルフは雪のように冷たい屍と化した。寄り添うように、庇いあうように。青白い炎は次の獲物を求めて彷徨いつづける──とめどなく流れ落ちる涙のような哀しい青を放ちながら、逝くべき先を見失って。

 ──オォォォォン‥‥
 森を抜けた風は遠吠えにも似た音を放っていた。

「この青白い炎を倒して欲しいという依頼が来ている。被害者も5人を越えてしまっているようだ。4人がエルフなのは、まあ偶然だろうな。あれにそんな知性があるとは思えん」
 白髪混じりのたっぷりしたヒゲを三つ編みにしたドワーフギルド員は、ヒゲを撫でて唸った。
「こ、心当たりがあるんですか?」
「まあ、一応」
 近隣の村に住むという依頼人は安堵の息を吐いた。ただでさえ、この冬に蛮族の襲撃に遭って彼の村は疲弊してしまった。その上、今度はモンスターが現れたのだ、村人の心労は想像以上のものだろう。
「このままでは、壊された家の修復もろくにできず、凍死し村が死滅してしまいます! できるだけ早急に対処をお願いします!」
 なけなしの金をカウンターに置き、今にも泣き出しそうな顔で、依頼人はカウンターに額を擦り付けるように懇願した‥‥。

●今回の参加者

 eb0866 ゼヒュアス・ウィーニー(46歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 eb3308 レイズ・ニヴァルージュ(16歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5669 アナスタシア・オリヴァーレス(39歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5784 ライラ・ライラ(38歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb9726 ウィルシス・ブラックウェル(20歳・♂・バード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec0591 春日谷 上総(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ フィニィ・フォルテン(ea9114

●リプレイ本文

●優しき冒険者
 蛮族の暴虐な行いに疲弊した村に追い討ちをかけるようなモンスターの出現。依頼人の心情を想い、誰よりも心を痛めたのは恐らくレイズ・ニヴァルージュ(eb3308)であろう。彼に幸せを与えてくれた人々が苦しんでいるのだから‥‥。
「青白い、火のようなもの‥‥?」
「それを何とかすればいいのね。でも、何かしら」
 アナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)はシャリン・シャラン(eb3232)と2人で荷物をロバの背に乗せながら首を傾げている。
「何にしても退治してしまえばいいんじゃない?」
 応援するライラ・ライラ(eb5784)も同じ角度に首を傾げたが、元より思考することが苦手な彼女は端から考えることを放棄している模様。
「ジャパンならば火の玉なのだがな」
 なかなか持ち上がらない荷物に苦笑して手を貸しながら、春日谷上総(ec0591)はそんなことを言う。
「火の玉‥‥エシュロンですか」
 その可能性もありそうですねと微笑んだゼヒュアス・ウィーニー(eb0866)だが、違和感が付き纏っていた。
「すみません、皆さん。雪も深くなってきているというのに」
「そんな、気にしないで下さい」
 申し訳無さそうに頭を下げた依頼人へ、言葉を交わしていたリン・シュトラウス(eb7760)が声を掛けた。彼女にとってこの仕事はただのモンスター退治ではない。モンスターの対処を通して、襲われ心に深い傷を負った人たちを癒し、ロシアの長く厳しい冬に立ち向かう勇気を与えることこそその目的──ととても広い視野で問題を捉えていた。
「僕も、依頼情報を拝見し、度重なる不遇に見舞われる村を何とか助けたい、と思っただけですから。と言ってはみても、僕の微力で何ができるかもわかりませんが‥‥」
 ウィルシス・ブラックウェル(eb9726)の言葉に依頼人は陰りを帯びたままではあるが、漸く小さな笑顔を覗かせた。その笑顔すら曇らせてしまうかもしれぬという思いに胸を締め付けられながら、それでも聞かねばならぬことをレイズは尋ねた。
「エシュロンという可能性もあるでしょうが、ギルドの方の話を聞く限り、この世に悲しみや未練を残した魂のように思います。村では最近蛮族の襲撃があったと聞きました、お辛いでしょうが詳しくうかがえますか」
「‥‥はい」

 そして語られたのは、聞くも無残な話だった。
 何かを探しているらしい蛮族は、抵抗する素振りをみせた者を人畜の区別なく容赦なく殺害した。
 暴行を働かれた者こそいなかったが、それでも直接的・間接的に両手では数え切れないほどの人数が命の灯火を吹き消された。
 ──蛮族を追い払おうとした男衆から、愛犬を救おうとした少女まで、様々な命の灯火が‥‥


●雪深き寒村
 まず拠点を置いたのは依頼人の住まう寒村である。この依頼で、冬の最中に四六時中街道を張ることになる。例え防寒対策を施していようとも、命に関わる極寒の地。モンスターの情報を集め、少しでも有利に立てるように、少しでも早く済ませられるようにと考えたのだ。
 しかし、村に辿り着くまでははしゃぐように元気の溢れていたシャリンとライラ、二人のシフールも押し黙るように空気に圧倒されていた。
「自警団はほぼ壊滅状態らしいわ」
 シャリンの声は低い。心なしか、いつもより飛行中の高度も低いようだ。
「レイズ殿は」
「魔法でなんとかできそうな人だけでも回復してから来るって」
 そうか、と俯く上総の声も低い。ロシア王国では開拓に伴い、先住民でもある蛮族との衝突が絶えないという。その度に散る命がある──人と人がいる限り、それは止め様のない運命のようなものなのかもしれないが‥‥やはり、それだけで割り切れるものではなかった。
「これだけの被害があったのなら、無念な思いでアンデッドになることもあるかもしれないわね」
 アンナがくるくると良く変わる表情を翳らせる。思い浮かぶのは解りたくない思い、あってほしくない思いだ。
「ねえ、レイズさんがけが人を診て戻るまで少し時間があると思うんです。その間に、私達でできることをしませんか」
「できること? 僕にできるのは楽器の演奏と料理が少しくらいですが」
「それでも良いんだけど‥‥壊れた扉の修理をしたり、薪を拾ってきたりするんです。それならライラさんやシャリンさんでもできるでしょうし」
 首を傾げていたウィルシスも、リンの提案に光を見出した。襲撃で男手が極端に減った村は手当てにも人手を割かれ、応急的な修理もままならない状態のようだった。倒壊した家をどうにかするのは専門的な技術のない彼らには無理だろうが、風が吹き込まないように割れた窓板や戸板を直すことならできる。そして、薪は毎晩必要になるもので、あって困るものではない。
「それはいい考えですね。では、レイズさんの手が空くまでわたくしたちでできることをいたしましょう」
「ええ、私達でできることを」
 謙虚な言葉が合言葉になった。そして、襲撃以来神経の尖っていた村に、爪あとは消せないまでも、ささやかな落ち着きが取り戻された。


●青白い炎
「う〜‥‥寒いっ」
 焚き火に近付き、ライラが大きく震え上がった。毛糸の靴下と手袋はどちらも暖かいが、長時間の外出には向かない。その上にふさふさ襟飾りを巻きつけてみたシャリンは防寒服を着たのと同程度の対策にはなっているようだが‥‥そもそもの問題としてこの時期のキエフの夜は、フリーズフィールドよりも冷える。マイナス10度を下回る、極寒の夜が多いのだ。防寒服を着ても普段より耐えられる時間は短い──もちろん、着ていなければ生死に関わる。
 大きなテントを2張り、小ぶりのテントを2張り、合計4張りのテントを持参した冒険者たちはそれらを風の少ない木々の間に張った。スコップがあれば雪を避けて風除けとできたのだが、日暮れに雪を触ることには少々抵抗が強かった。しかし、無事に朝を迎えられたので良しとしよう。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
 4張りのテントの中央では一晩の間ぱちぱちと炎が爆ぜていた。火を絶やさぬよう時々起きて様子を見ていたのはレイズ。テントから一直線に焚き火へと飛び出したライラに優しげな笑みを見せた。
「寒かったわ、寒かったのよっ」
「潜り込めるテントがあったことに感謝してほしいくらいだ」
 一晩中騒がれたのだろう、幾分疲労感を滲ませた上総がおはようとレイズに声を掛ける。会話が届いたのだろう、それぞれのテントでもぞもぞと人の動く気配があった。
「おはよー。なんか、寝癖がついちゃったみたいなのよね‥‥」
 寝癖を隠すようにふわふわ帽子を被ったアンナが、トレードマークでもある帽子の猫耳を整えながらテントから姿を現し──
「レイズさん‥‥」
「はい?」
 名を呼ばれたレイズはアンナを見上げ、次いでその視線を追い、焚き火の上空、立ち上る煙に見え隠れする青白い炎に気付いた。
「レイス、ですね‥‥迷える魂です。可哀想に」
「怨霊か‥‥」
 ジャパンではレイスのことをそう呼ぶのだろう。腰に下げたままの武器にそっと手を掛け、上総は視線を巡らせる。

 ──シャラン

 澄んだ音がした。シャリンのピアスだ。テントから現れた彼女は滑るように宙を移動し、舞い始めた‥‥シャリンの埋まれた場所で、魂が安らかに天に昇れる様に踊るという、魂送りの踊りを。
『来世ではいい事があります様に』
 願いを込めた踊りに、リンが歌を、ウィルシスが笛の音を重ねた。淡く輝いたリンの歌はメロディーとなって聞くものの心を揺さぶる。
『落ち着いてください、ここには貴方を害する人はいません。落ち着いて、安らいで‥‥在るべき場所へと旅立ちましょう』
 優しい歌に、そんな祈りを込めて、リンは朗々と歌う。
「こんなになるまで悲しくて寒かったんですね‥‥あなたの悲しみを全て知ることは出来ないですが、でもここにいても悲しみは増えるばかりです」
 火を灯したランタンを左右上下に揺らし、敵意がないことをアピールしながらレイズが語りかけた。

 もっとも、その結果を彼は知っていたのだけれど‥‥。


●理想と現実の壁
「危ない!」
 ゼヒュアスがレイズの腕を引く! 青白い炎はレイズのいた場所をすっと通過し、止まった。
 動揺を隠せないまま、笛を止めたウィルシスは詠唱を行い、テレパシーで語りかける。
『待って、落ち着いて。僕たちは君達を助けにきたんだ。ずっと、そのままでいいの?』
 その言葉は、青白い炎には──レイスには届かなかった。
 ついと宙を滑ったレイスが、ウィルシスの胸に当たった。生命力を奪われたような感覚に、立ちくらみを覚える。そして、レイスはウィルシスの胸に消えた。
「しまった!」
 レイズが臍を噛む。理想を優先したが為に見失った現実。
「レイスには心がありません。無念の思いを晴らすためだけにこの世に留まった悲しい魂なんです」
 心が無い、つまり精神に作用する魔法は効果がない。テレパシーも、メロディーも、スリープも。
「そして他人を連れて行こうとするかのように‥‥憑依します」
「‥‥まさか」
「ええ。ウィルシスさんに憑きました」
 状況が激変したと悟り、上総はオーラパワーを二本の武器に付与する。と同時に、ぴゅーっと飛来したライラがぱしっと触れ、ほとんど詠唱もなくフレイムエリベイションを付与する。
「皆を護ってね、よろしく!」
 そう告げ、ぱぴゅんとテントの影に隠れる。隙を見て他の仲間にも順次魔法をかけていくようだ。気付けばシャリンもライラの隣に身を潜め、様子を伺っている。
「シャリン?」
「だってあたい、戦闘なんてできないし‥‥」
「仲間ねっ」
 がしっと手を握り合う二人。戦場となった野営地の端で、妙な連帯感が生まれた。
「春日谷さん、こちらにもお願いします!」
 請われるままにオーラパワーをゼヒュアスのスタッフに付与する。
「雷光よ!!」
 ライトニングサンダーボルトが浮遊しているもう一体のレイスを貫いた! そして揺らいだ炎にゼヒュアスが殴りかかる!
 すっと炎を通過した杖は、しかし纏った魔力でダメージを与えていた。
 攻撃を止めさせるかのように、ライトニングサンダーボルトの詠唱をするアンナへ、凶刃が襲い掛かる!
 ──ギィン!
 上総のダガーが操られたウィルシスの一撃を受け止めた。
「すまない」
 小さく謝り、右手の日本刀でウィルシスを切りつけた!
「ぐっ!」
 呻くウィルシスの視線の先で、アンナの手から放たれた数度目の雷光がレイスを大きく揺るがせた。そして、リンの唱えたムーンアローが止めとなり‥‥一体のレイスを消滅させた。憎悪の眼差しが、二人を射抜く!
「あなたの悲しみは、僕らの仲間がきっと晴らしてくれます。お友達と神様がまっている温かい場所へ行きましょう‥‥あなたが今も苦しんでいるなら、残された人ももっと悲しい‥‥」
 レイズの言葉はウィルシスに、いや彼に憑いた迷える魂には届いていない。
 振るわれるダガーを受けながら、上総はレイズに視線を送る。頷くレイズ。
「神様がいる場所への道案内は僕がします。僕達を信じて」
 そして再び振るわれた上総の刀が、ウィルシスを──そして憑依したレイスを、斬った。
 レイズのリカバーを手で制し、ウィルシスは笛を吹く。彼らのために負った傷を抱えたまま‥‥優しさゆえに彷徨った、幼い魂を送る優しいレクイエムを。
『辛かったね。悲しかったね。大丈夫、君達の無念は僕らは絶対に忘れない』
 シャリンが舞う。リンが歌う。悲しい魂のために。
 そして、レイズは十字架のネックレスを握り締め、聖なる母が二つの魂を安らぎで満たしてくれるように、安らかに眠るように、祈った。
 何事もなかったかのように燃え盛る焚き火の煙と共に、祈りを乗せたレクイエムが高く高く上っていった。


●葬送と追悼の宴
 村で一番大きな家は先の襲撃で破壊されていた。
 できるだけ多くの人が集まれるよう、スコップを借りて半日掛かりで広場の除雪をし、大きな焚き火を炊いた。
「ま、間に合わないかもしれません‥‥」
 大きな暖炉を持つ家で鍋を借り、おろおろしながらシチューを掻き混ぜるウィルシス。レクイエムの後に手当てを受けたらしく、傷は綺麗に癒えていた。宴に賛同した一人として料理を振舞おうという彼の横では、シャリンとライラが味見を続けていた。
「おいしいわよ、ウィルシス」
「流石ね、ウィルシス」
「褒めなくていいですから、食べないでくださいっ。ああ、また足さないと‥‥」
 なかなか進まないのは二人のシフールにも少々原因があるようだ。
 しかし、日が高く上る前には村中に芳しい匂いが漂っていた。
 その匂いを、リンは命を落とした少女の家でかいでいた。
 愛犬ジノを助けようとして凍死したという少女は、此度の襲撃で最年少の被害者だった。
「きっと、村で一番優しい子だったんでしょうね‥‥」
 少女の為に鎮魂の歌を送りたいと願ったリンの言葉に、母親は涙を流し何度も頷いた。
「私がもっとしっかりしていれば、あの子は助かったんです‥‥私のせいなんです‥‥」
「もう泣くな。悪いのはお前じゃない、蛮族だ」
「でも‥‥」
 ぽろぽろと毀れる涙。リンは二人の会話を止めず、リュートを爪弾いた。ふぁさ、ふぁさ、と曲に合わせてショコラが尻尾を揺らす。
 愛する者を失った悲しみと無力な自分たちへの苛立ちにやつれた二人は、弦の音に口論を止めた。それを待ち、リンは‥‥穏やかな歌を歌った。とてもとても穏やかな歌を、傷付き疲れ果てた二人の為に。
「悲しくて、ただ胸が痛くて‥‥お二人の気持ちはよくわかります。けれど、あの子が望んだ幸せも忘れないで下さい」
 口を噤んだ両親へ「そろそろ葬送と追悼の宴の準備が整うみたいです。よろしければお越しください」と告げて、リンは家を出た。
 葬送と追悼の宴には動けるものは殆どが集まったようだ。ウィルシスがシチューを、リンがエールを振舞っていると、シャリンの叱責が聞こえた。
「時には無理にでも明るく振舞わなきゃ、死を悼む事と落ち込んだままでいる事は違うんだからね」
 踊り始めたのだろう、舞踊のピアスの澄んだ音が楽しげに鳴っている。人垣の間から見える赤い羽はシャリンだろうか、ライラだろうか。
「ここはわたくしが引き受けますよ。行きたいのでしょう、トルバドゥールさん」
 ゼヒュアスの穏やかな微笑みに甘え、ウィルシスとリンも輪に加わった。
 そしてその輪からそっと、墓標に手を合わせるために抜け出した影──上総、アンナ、レイズだ。
「すまない、付き合わせるつもりはなかったのだが‥‥」
「気にしないでいいのよ。お酒は自重しているから、あの席にいてもちょっと寂しいしね」
 レイズに耳を隠さず日の下を歩ける、そんな小さな幸せをくれたロシア。小さくても平穏な幸せを護りたいと、無念の内に散る命が出ないようにと、願わずにはいられなかった。