●リプレイ本文
●エレオノーラ→ALL
セーラを奉ずる小さな教会。
責任者である女司祭エレオノーラの呼びかけに呼応した者は決して多くなかったが、それでも彼女は満足しているようだった。
しかし、それが口実であろうことは想像に難くない。何と言っても聖夜祭である。
「エレオノーラ様のお考え、綺麗な街で聖夜祭を過ごそうなんて、とっても素敵ですね」
少なくとも、白き心で参加しているのは冒険者の中ではシェラ・カーライル(ec3646)くらいだった。
いや、もう一人。
「聖夜にお掃除にゃー‥‥」
退屈そうに欠伸を噛み殺したルイーザ・ベルディーニ(ec0854)も掃除を目標に参加した、貴重な人材。始まる前から飽きているのが玉に瑕だけれども。
「やっぱセーラ様も汚れが気になるお年頃なのかにゃー」
自分の身に置き換えてうんうんと納得するルイーザに、面白いことを仰いますね、と微笑んだエレオノーラが語った。
「セーラ様のご覧になるキエフが美しければ、憂いをひとつとり除くことができるでしょう。そうすれば、セーラ様の目はより多くの人に注がれます。‥‥御心に適うことだと思いませんか?」
そういうもんかにゃー、と相槌を打つルイーザの興味はどうもセーラに向かぬようだ。
「まっ、年末だし溜まったもんは掃除して一緒に掃き出しちゃいましょー!」
ざっくりと纏めたルイーザは大物かもしれない。しかし、苦笑すらせずに善意の微笑みを浮かべ続けるエレオノーラもまた、大物に違いない。
「掃除をしながら近所の子たちに参加を促すのもいいですよね。子どもたちも楽しく参加できるといいんですけれど」
シェラの言葉に軽く頷き、ルイーザは共に参加する予定の友人を探しにふらりと歩き始めた。彼女は極度の恥ずかしがりや、多分壁や扉や樽の陰に隠れているに違いなかった。
さて、大半の場面でシェラの傍らにいる馴染みのヴィルセント・フォイエルバッハ(ec3645)はいまいち乗り気でない様子。当日になってもうーんと悩む素振りを見せるヴィルに、シェラが奥の手を提示した☆
「ね、一緒に来てくれたら、ちゃんとご褒美もあげますから」
「ご褒美? シェラさんが? ‥‥よし、一肌脱ぐとしましょうか」
途端に満面の笑みを浮かべたヴィルは、果たして単純なのか策士なのか。
(‥この前、庇ってもらったお礼も‥させて下さいね)
そんなことに拘らず、小さくセーラへ祈りを捧げ穏やかに微笑むシェラなのだった。
友人ジェニーの姿を認めた沖田光(ea0029)は微かに頬を赤らめていた。
『す、すみません、お仕事もあるのに‥‥ありがとうございます』
『だって光君、一人じゃ会話もままならないじゃない。放り出すわけにはいかないわよ』
外見通りの流麗なジャパン語におどけたように肩を竦めるジェニー。ジャパン語もゲルマン語も飛びぬけて堪能ではなく、あまり難しい言葉は通訳できないが‥‥それでも知ってしまえば無視はできない。それが善であれば、尚更である。
『それに‥‥その格好で掃除するつもり?』
くすっと指摘されて、言葉に詰まって真っ赤になった光。精一杯のお洒落だが確かに掃除には向かなさそうである。
しかし、掃除に向かなさそうなのは光だけではなかった。周囲とローズリングを交互に見るローサ・アルヴィート(ea5766)の姿もまた、掃除には向かなさそうだ。
「ん? ローサちんは待ち人来ないのかにゃー?」
ルイーザに声を掛けられたローサはひょいと肩を竦めた。
「誘ったの昨日だし、お酒入ってたし‥‥忘れられてるのかも」
圧倒的に女性比率が多い参加者たちの群れは、それだけでも彼には敷居が高いはずだ。
「それでいいなら俺ぁ帰るぜ」
背から掛けられた声は紛れもなく待ち人ディック・ダイのもの。瞳だけでなく頬にもバラを散らした。
「ダイちゃん! ‥‥来てくれたの?」
「まさか、コレに加わるんじゃないだろうな‥‥!」
「今日は付き合ってくれるって昨日言ったっ」
「‥‥ローサちん真っ赤にゃー♪」
「き、気のせいよっ」
赤らんだ頬を隠して、ローサは嬉しそうに目を細めた。それをまたからかおうとしたルイーザは待ち人の姿をようやく目にし、駆け出した。
「あ、ケイトちん! やっと見つけたにゃー!」
ぎゅっと抱きしめられて予想通り壁に隠れていたケイト・フォーミル(eb0516)はぱくぱくと口を開け閉めした。
「う、うむ‥‥遅れてすまぬな。今日は、が、頑張らねばな‥‥」
色々と。
掃除の後がメインだったりするケイトは頑張るという言葉にも緊張を孕んでいて、ルイーザは首を傾げるのだった。
●ローサ→ディック
さて、壱つ所に集ったとはいえ、清掃すべき範囲は広い。ローサらは市街を北上し、ゴミ拾いを続けていた。
時折り通り過ぎていく恋人達に羨望の眼差しを送り、傍らの朴念仁を思い溜息を零す。
刻を告げる鐘の音が響き、ローサは顔を上げた。陽射しと共に二人を祝福するかのように聞こえる鐘。教会近くに二人でいるという状況下で意識するなという方が無理なのだ。
(いつか刻みたいなぁ)
嫁き遅れと言われ続けて何年経つだろう。それでなくともライバルがいて気ばかり急いてしまうのに。少しだけ心を馳せて赤く染まった頬を、不意に浅黒い手の甲が頬を撫でた。
「寒ぃのか?」
「違‥‥っ!? いつか教会に名前刻みたいとか、ちょっと思っただけ!」
ますます染まった頬を両手で押さえて口走ったローサに男はぼそっと呟いた。
「刻めばいいじゃねぇか」
「相手がいないのよ! ダイちゃん一緒に刻んでくれないしっ」
「お尋ね者がンなことできるか‥‥!」
低く強い声で否定をされ、むぅと押し黙ったローサだが、ふと目を上げた。
「もし‥‥お尋ね者じゃなかったら?」
「‥‥‥」
何も答えず、ディックはふいっと視線を背けた。予想とは違った反応に嬉しくなると共に、むくむくと悪戯心が鎌首をもたげた。鍛えられた浅黒い腕に細く白い腕を絡め、ひょいっと顔を覗き込む。
「あら、何だか赤くなってないー?」
「‥‥それより、おい、あそこもゴミだらけだぜ」
「ほんとだ‥‥もうー!! ダイちゃん行くよっ!」
楽しげな反応が返ってこなかったことよりも、腕が振り解かれなかったことに驚いたローサは見る間に染まる頬を気取られぬように腕を引いて駆け出した。
●光→ジェニー
『‥‥微笑ましいですね』
そんな様子を目にしたジェニーの言葉に、ほんのりと姿を重ねていた光はなぜか赤く頬を染めた。
『光君、どうしたの? 顔赤いけど』
突っ込まれて我に返った光は、何でもありませんと首を振って話を逸らす。
『でも、本当にあちこち汚れていますよね。掃除のしがいがありますけど』
『これがうちの店でなくて良かったわよ、ほんとに。何でこんなに散らかすかなぁ‥‥』
逸れても気にせずに笑顔を見せるジェニー。太陽のような彼女に目を細めながらの掃除はどこか浮き足立っていて、何度も叱咤されたけれどそれもまた嬉しくて。
‥‥ジェニーにしてみれば客でなければ手が出ていたであろう様子だが、無事に日が暮れ始めた。彼女は生業の都合もあり明日は来ない──つまり勝負は今日!!
『あの、ジェニーさん! 宜しければ、一緒にお食事なんていかがですか? 凄く美味しい店らしいんですよ‥‥保存食まで美味しいって評判で』
『ふーん‥‥それは気になるわね。でも混んでるんじゃないの?』
『大丈夫です、予約してありますから!』
ライバル店とみなしたのか興味を示した彼女へ畳み掛けるように言の葉を重ねると、ぽろっと零れた予約の一言。思いつきで誘ったわけではない光に気付いていようが、そんな素振りは微塵も見せずにジェニーはにこり微笑んだ。
『そんな美味しいなら、是非♪』
恋人達を迎えるべく、コーイヌールは扉を開いていた。
ローズキャンドルが仄かに香り、柔らかな灯りが周囲を照らす。
食事に感動した楽師は自らの奏でるリュートの調べにのせ、聖夜を歌う。
『本当にレストランね‥‥酒場とは全然雰囲気が違うわ』
ワインで喉を潤し、ほう、と溜息をつくジェニーはローズキャンドルの香りに酔っているのだろうか、ほんのりと頬を染めどこかうっとりと店内を見回した。その横顔はとても綺麗で──思わず見詰めていた光の視線に気付いた彼女は僅かにたじろいだ。
『‥‥な、何? 人の顔じっと見て』
『何でもありません。それより、ジェニーさんの番です、そうですねぇ‥‥依頼も仕事もない日は何をしているんですか?』
ふふっと笑い、話を譲る。交互の質問はやがて聖夜祭に纏わる伝承となり、飽きた彼女が欠伸を噛み殺すまで続くこととなった。
酒と雰囲気に酔った光は、それはそれは饒舌に語っていた──‥‥と後に店主は証言した。
●シェラ←?→ヴィル
3日目。
シェラとヴィルは人が暮らしている場所を、というシェラの意を汲み、路地裏に重点を置いてゴミ拾い中。
普段は手の行き届かぬ貧民街を選ぶ辺り、シェラさんらしいですね‥‥と掛けられたヴィルの言葉はこれで何度目だろう。ちっとも片付かぬ路地裏に真面目に取り組んでいるのだから、さすがに疲れも覗いている。
味気なくなった、とは後に語った本人の弁。きらりと目を輝かせてヴィルはそっとシェラの背後に立った。その手には──白。
「きゃああ!」
服に雪を入れられたシェラは溜まらず悲鳴をあげた。
「もう、ヴィルさんってば!」
「ふふ。油断大敵、ですよ」
悪戯好きのヴィルが大人しくしているはずもない、少し大げさに驚いてあげましょう──そう決めていたシェラだが、どうやらヴィルの方が一枚上手だったようである。合掌。
そうこうするうちに、空は紫に染まり──
「シェラさんの手料理ですか‥‥いつも美味しくて、」
「まだ一日ありますけれど、今日もヴィルさん頑張ってくださったから」
飽きてしまった気配の滲むヴィルを誘ったシェラの家。テーブルに並ぶ料理の数々に、ヴィルは目を細める。
丸ごと1羽の鶏は豪華だけれど食べきれない。美しい照りを見せるローストチキンは控えめに二人で半身。代わりに野菜たっぷりのシチューと、ドライフルーツをたっぷり使ったパウンドケーキが食卓に並ぶ。
「お口に合えば、いいんですけれど」
「シェラさんの料理は昔から美味しいですよ?」
にこにこと返すヴィルの言葉に嘘はない。
(だからこそいつも、恥ずかしいくらい張り切って食べてしまうんですから)
一生懸命食べるその姿をシェラが気に入っていることなど、彼には知る由も無い。
セーラに感謝の祈りを捧げ、料理を口に運んだヴィルの顔が綻んだ。
「ん、美味しい!」
「‥‥良かった」
溢れんばかりの嬉しさに笑顔を零す。暖炉に照らされたか、その頬は紅。
昔馴染みの二人のそれは恋でも愛でもないけれど‥‥互いにかけがえのない相手であることは確かなようである。
●ケイト→ルイーザ
夕闇に教会の鐘が鳴り響く。集めたゴミを纏めたエレオノーラは、参加者らを振り返った。
「皆さん、お疲れ様でした」
「片付けたばかりの場所を汚すなんて、信じられません‥‥」
「終わったにゃー!!」
発見してしまったゴミに愕然としたシェラの呟きは、されどルイーザの歓喜の叫びに掻き消された。
「皆さんのおかげで例年より綺麗なキエフで新しい年が迎えられそうです。ご尽力いただきありがとうございました──新しい年も、皆さんにセーラ様のご加護がありますように」
穏やかな笑顔で祈られるこの瞬間だけが、今回の報酬。
しかし祈られてもお腹が膨れるわけではなく。
「あーお腹すいたー‥‥」
「‥‥ど、何処か良さげな所にでも食べに行くか? 飯代ぐらい自分に任せておけ!」
通行人という名のその他大勢など目には入らないようで、ルイーザと二人きりの状況がケイトをがちがちに緊張させていた。緊張などしない! ‥‥なんて言っても、心と身体は別物だ。それに、ケイトだし。
いっぱいいっぱいのケイトの言葉にルイーザの目がきゅぴーん☆ と光った!!
「むむっ!? ケイトちんのおごりとあらば不肖このルイーザ・ベルディーニお付き合いいたしますぞ!」
二人の会話に触発されたか、ヴィルのお腹がくぅ〜と鳴る。
「くすくす‥‥今日も食べにいらっしゃるんですよね?」
楽しげなシェラの言葉に頷き、ヴィルは彼女の荷物を持つ。
その様子を羨ましげに見ていたローサが欠伸を混み殺すディックを見上げた。
「ん? 腹が減ったのか? ‥‥どっかで食ってくか」
当然のように言われたのが嬉しく、腕に手を伸ばすローサ。その指には薔薇色の指輪。
「あ、そうだ。これありがとうね、大事にするからっ」
小さく聞こえた舌打ちも、少し大きくなった歩幅も、きっと照れ隠し。
そこかしこに溢れる幸せオーラに中てられ、光は寂しげに肩を落とし‥‥次の瞬間顔をあげた。夕飯を口実に酒場へ向かい、ジェニーの顔を見てこよう、と。
三々五々に散っていく参加者の中、
「む、わ、私たちも、行くか‥‥その‥‥て、手でも繋ぐか?」
真っ赤になって勇気を振り絞ったケイトの震える手を、温もりが包み込んだ。
そして向かう先は、光が美味しいと語っていたコーイヌール。味付けも、濃厚なワインも、二人の舌を満足させるに足るものだった。
心地良い酔い、醸し出される甘い雰囲気。名残惜しげに店を出た二人は、どちらからともなく再び手を繋ぎ──綺麗になった街をのんびりと歩く。
「しかし、こう賑やかだと、あー聖夜なんだにゃーと思うねぇ。雰囲気にあてられちゃうよ」
昔を思い、冒険者になれたことに感謝するルイーザ。
「ケイトちんやイオ太みたいなやつにもあえたしにゃー」
「うむ、そうだな‥‥自分もルイーザに会えて嬉しいぞ」
微笑んだケイトに笑みを返し、ルイーザは白い手を引いて公園に足を向けた。
冷たい空気は夜空を冴え渡らせて、他国とはまた違う幾千の星が聖夜を彩るように空を埋め尽くす。
「すごいにゃ〜‥‥ケイトちん、誘ってくれてありがとにゃ」
空に目を輝かせ、無邪気に笑うルイーザ。それは満月のように眩しく、ケイトの視界を占拠した。
「や、やはり自分はルイーザの事が好きらしい、その笑顔の為なら何でもできそうだ」
聖なるものに触れるように、そっと手を差し伸べるケイト。頬に触れた手に擽ったそうに首を竦めた彼女は、しかし次の瞬間、ケイトの胸に崩れ落ちた。
「あー‥‥あたしもケイトちんのことは好きだよー‥‥だから家までおんぶー、呑み過ぎ‥‥」
二人の言う「好き」の質が違うこと、ルイ−ザはいつになったら気付いてくれるのだろう。
気付かぬ彼女だからこそ好きになったのだけれど。
「しかたない、な」
酔った姿も可愛いなんて恥ずかしくて言えないけれど。それで彼女が喜んでくれるなら──
甘く、そしてまだ淡い想いたちが、この空のように輝き溢れるものになるよう‥‥教会に佇むエレオノーラは、セーラに祈るのだった。