●リプレイ本文
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どうやら閑古鳥の住処とはならぬようで、幸か不幸か冒険者ギルドは今日も賑わっていた。ここにも、今まさに出発せんと最後の準備を整えている、そんな冒険者の一団があった。
彼らの最後の準備とは、すなわち不足しているものを補うこと──最後の仲間を待つことだった。
「残念だが、そろそろタイムリミットでござるよ」
柔らかな髪をかきあげ、磧箭(eb5634)は下ろしていた荷物を背に負った。
「そうねぇ‥‥手が足りなくなるのは惜しいけど、時間も惜しいものね。報酬に見合った程度の働きはしないと拙いし」
ルカ・インテリジェンス(eb5195)が肩を竦める。堪えた溜息の代わりとばかりに吹いた風が、その前髪をなびかせた。
今回の仕事に対して、ルカらが立てた作戦は人海戦術と呼ぶべき代物。一人の不足は作戦上の大きな痛手でもある。
「唯でさえ人生負け組み街道進行中のおじさんなのに、有り金叩いて失敗したらツンツルテンのキング・オブ・負けDOGになっちゃいますしね〜」
花のように愛らしいルンルン・フレール(eb5885)の言葉に、依頼人レフは頬を引きつらせる。
「わ、私は勝ち犬街道に転進するんです!」
「なんて言うか、その発想が既に‥‥」
負け犬ですよね。
苦い笑いと引き換えに飲み込んだグラン・ルフェ(eb6596)の言葉は、けれど幻聴となって依頼人の耳を打った。
「負け犬的発想なんて失礼じゃないですかっ」
「誰もそんなこと(まだ)言ってないですよっ。こんな頼もしい冒険者がレフさんのために集まったんですし!」
「でも一人足りないんですよね?」
ボソッと呟かれたレフのカウンターにむぐっと口を紡ぐグラン。依頼人の希望には、確かに一人足りなかった。
「‥‥‥ラクスさん、力を貸してくださいませんか」
じっと地面の一点を見据え黙り込んでいたエカテリーナ・イヴァリス(eb5631)が、突然、見送りに来ていたラクス・キャンリーゼ(ez1089)へと頭を下げた。
「待てよ、俺は見送りに来ただけだぜ? それに、お前らが受けた仕事だろ?」
「ええ、ですから成功させるために最善を尽くしたいのです。もちろん、報酬はお支払いします」
「いいんですか? 周囲を省みない猪突猛進っぷりで危険が及ぶのは本人だけではないですよ?」
その毒舌はともかく、メイユ・ブリッド(eb5422)の懸念は彼を知るものなら当然のものかもしれない。戦士としての技量は確かに目を見張るものがあるが、アンデッドに対する猪突猛進っぷりはそれ以上に目を引くものだというから。
「ですが、相手は正体の解らない『呪い』です。危険を伴う依頼のようですし、万難を排するためにも僕は同行してもらうことに賛成です」
キリル・ファミーリヤ(eb5612)はカーチャと同じく賛成派のようだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫でしょ。仲間のこと考えてくれる人みたいだしね」
それでも渋るメイユの肩を藺崔那(eb5183)は明るく笑い、叩いた。ね、と水を向けられたフィーナは小さく微笑む。
「行ってくればいいじゃない。私も飲みに行きたいくらいよ?」
「キミには無理でしょ、絶対迷うもん」
「しかも呪われた水を飲み干しそうだよな」
きっぱりと言い切った崔那と大きく頷いたラクスは、満面の笑みで握られた斧に口を噤んだ。
「で、どうで御座ろう。恐いと思うなら無理にとは言わないで御座るよ」
「呪いが恐くてアンデッドと戦えるか!」
箭の言葉にもっともらしいことを言って、ラクスは同行を了承した。
負け犬人生が遠のいたのか、それともさらに離れがたいものになったのか、ルンルンにはまだ判別できなかった。
「あの‥‥‥え‥‥と‥‥父を、よろしく‥‥その‥‥‥お願い、します‥‥」
ルルに連れられてガラハドの影から、依頼人の息子テオがぼさぼさの白い頭を下げ、一行を見送った。
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問題の場所に辿り着くと、冒険者は3人ずつの班に分かれて森に散ることになった。
ベースとなる合流地点を決めてキャンプを張り、それぞれが別の方向へと足を向けた。
「各自、森歩きに慣れた者が先導する事。勝手に離れてはぐれちゃだめよ。日が暮れるまでには合流地点に戻って来るよーに」
天頂に輝く太陽が木々の隙間から降り注ぎ新雪に乱反射する森。眩いそれを嫌うように僅かに顔を歪め、ルカは仲間たちにそう念を押した。
「‥‥何か子供の頃のピクニックを思い出しますね。えへ、楽しくなってきちゃいます〜」
「‥‥言わないで」
無邪気に喜ぶルンルンと同じ感想が脳裏を掠めていたルカは、げんなりと肩を落とした。
さく、さく、さく‥‥
新雪に足跡を残し、グランが歩く。
「迷っているような気分になりますね‥‥」
雪をかぶりいつにも増して欝蒼とした木々を見上げ、カーチャがぽつりと呟いた。
「大丈夫で御座るよ」
ふっ、と箭が彫りの深いまなこを細めた。黄色い嘴が柔らかい物であれば口角が上がっただろうニヒルな笑みだ。信用している、と頷くことで示した。
「‥‥少し休みましょうか」
雪を被らぬ地面を見つけ、唐突に、グランが荷物を下ろした。地図を持つ、それ以外に探索に弄した策はない。彼らにとって体は何よりの資本である。休息も仕事と割り切ったか、はたまた‥‥たまたまそんな気分になったか。
「ふむ、確かにそろそろ体も冷えてきたで御座るな」
「テントを立てて暖を取るのはどうでしょう。時間はかかりますが、休む間にも冷えてしまうよりは良いかと思いますが」
防寒服を着込んでいても、半日もすれば体は芯から冷えてくる。冷え切る前に温まっておいた方が、結果的に効率良く動けよう。頷いた箭もまた荷物を降ろし、カーチャの提案に沿ってテントを立て始めた。
「発泡酒もありますよ」
「ああ、ありがたいです。空になったら『呪われた水』に使うんですよね?」
ええ、と頷きながらカーチャは手にした地図を一度置き、体を温めるべく発泡酒を取り出した。
置かれた地図のほとんどが、未だ、未踏破の雪に覆われている──‥‥
「向こうの方が、呼吸が少ない‥‥ような気がします」
もともと森に動物が少ないのか、効果範囲の外に比較的暖かな場所があるのか、ルンルンのブレスセンサーにはあまり呼吸が掛からない。その中でも何とか呼吸が少ない方向を探り、ルンルンは指差した。
「闇雲に探すよりずっと良いと思いますよ」
にこりと微笑み、キリルは地図にメモを記す。
「よし、じゃあ行くか」
手持ち無沙汰だったのかロングソードをぶんぶんと振り回していたラクスはにかっと笑う。
「じゃ、殿は俺に任せとけよ」
「案内しますね〜♪」
「よろしくお願いしますね」
言葉のままに受け取り、微笑む三人。しばらく歩き、ブレスセンサーを使い、しばらく歩き──それを続ける。
「‥‥待ってください。何か、大きなものがいます。そっちの茂みです!」
「任せろ!」
「ラクスさんっ! 逃げれば済みますっ!」
──ガッ!
突進してきたトナカイの大きな角を剣が止めた! 諦めて、キリルも剣を抜いた。ルンルンが弓を番える。
戦うのは予定外だが、戦うこととなればトナカイの一頭程度、彼らにとって敵ではないのだ。
三組のなかで──いや、冒険者一行の中で一番具体的な策を擁していたのはルカであろう。
「ティナス、風牙、出番だよ! よろしくね♪」
『ブルルン』『ガァァ!』
鼻を鳴らしたペガサスと吼えたグリフォンが飛び立った。
「あとは、じっくり探すだけだね」
どことなく勢いを失っているルカを気遣い、崔那が積極的に前に出た。普段の彼女から受ける印象とは裏腹に細かく細かく地図にペンを走らせ、ゆっくりではあるが着実に、確実に、調査を進める。
「‥‥そういえば、レフさんを一人で置いてきてしまいましたわね」
かなり時間が経ったころ、ふとメイユは思い出したように依頼人の名を口の端に乗せた。ここまで存在を忘れられることもまた、依頼人の幸の薄さ故のことなのであろうか‥‥。
「どうします? 何かあったら大変ですし、一度戻っておきます?」
メイユの問いかけに諾と頷きかけた二人を止めたのは、上空に戻ってきた影──ペガサスのティナスだった。
「依頼人は逃げないけど、動物は逃げるわ。情報を先に回収しましょう」
ティナスのもたらした報告、キツネを見つけたというそれは、活力不足に陥っていたルカを活性化させるに足りるものだったようである。
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蔦のような植物が覆い被さった上に雪が積もり、一見して洞窟と解らなかったそれは、今はぽっかりとその口を開けていた。洞窟へ飛び込んだエシュロンが内部を懸命に照らし出す。
決して大きくないそれを見つけたのは眠らせたキツネの記憶を読み、危険地帯の情報を得たルカの功績が大きい。
「どうしましょうか? これが当たりとは限りませんけれど」
「でも、他に洞窟がある可能性も低そうですよ? 入って様子を見るというのも有りだと思います」
洞窟の岩壁を撫でながら発されたルンルンの言葉に、地図を見比べていたグランが意見を出す。三つの地図に記された情報と記憶、そしてガラハドが領主の縁者から耳にした話を総じ検討すると、人やそれなりに大きな動物の出入りできる洞窟──が存在しうる斜面が近辺に残されているとは考えにくいのだ。
今にも飛び込みそうな依頼人を抑えながらも攻めあぐねる冒険者の中で、先陣を切って立ち上がったのはルカだった。
「じゃ、ちょっと中を見てくるわね」
「ですが‥‥本当に呪いだという可能性もありますよ」
確かめるようにメイユが口にする。万一の時の為に、全員で入る訳にはいかない。それなら、と手を上げたのはカーチャだった。
「私には解呪はできませんが、大きい十字架があれば少しはご利益があるかと。これなら岩も砕けますし、万一モンスターが潜んでいた場合でも私が足止めすることができますから」
「女性ばかりに危険を負わせられません、俺も行きます」
取り出した七色のリボンをきゅっと腕に巻く──本気の時の癖だ。どうやら決意は固いらしいと悟り、グランに先んじられたキリルが注意を促す。
「毒物の可能性もあります。空気が吸えなくても平気なように、皮袋に空気を入れて行ってください」
助言に従いカーチャとルカ、そしてグランは洞窟に姿を消した。
カーブに隠された姿が見えなくなるまで、レフが不安げな眼差しでその背をじっと見送っていた。
そして十数分後、三人は『呪われた水』を汲み、無事に戻ってきた。
「これが、呪われた水‥‥」
「岩の間から染み出すように流れ落ちてくぼみに溜まっていますから、あまり膨大な量は集まらないかもしれません。そこから溢れたのは地面にある岩の隙間に流れ落ちていましたし」
「それは、少しも無駄にはできません! 少しでも多く回収しませんと!!」
グランの言葉に慌てて腰を上げるレフ。彼が用意したのが空の樽だという辺り、どんな水量の水だと思っていたのか気にならなくもないが──箭がその腕をぐっと掴んだ。
「安全が確保できているわけではないで御座るよ。一度見に行くくらいなら構わぬと思うので御座るが、微量でも毒素がある可能性が捨てきれないとあればレフ殿に長居をしてもらいたくないで御座る」
その為にミーたちが来たので御座るから。
「皮袋のお陰、かもしれないんですね‥‥原因がわからない以上、皮袋は使っておいた方が良いでしょうね」
メイユはしっかりと皮袋を用意し、昨晩空けた発泡酒の容器を持つと箭に声を掛けた。
「水の運搬用に、これを運んでいただきたいんですが‥‥」
「ああ、これは重いで御座るからな‥‥ミーでよければいくらでも手伝うで御座るよ」
聖遺物箱はメイユの細腕には少々重すぎよう。そうして、2〜3人毎で順番に入れ替わりながら、呪われた水の回収を始めた。
レフの用意した発泡酒の樽に徐々に水が溜まっていく。
「きっと呪われた水の正体は、ハリーの尻尾ですよ、昔聞いたことがあるんです、通り過ぎる間息を止めてられたら大丈夫だって!」
「ハリー?」
「尻尾のあるハリーさんですから‥‥たぶん、ビーストマンじゃないかと思うんです!」
「おお! とすると、この洞窟にはビーストマンの手がかりがあるってことか!」
どこで聞いた話か、根も葉もなさそうな噂話にぐぐっと拳を握るルンルン&ラクス!
「アレなのはラクスさんだけじゃなかったんですね」
メイユの容赦ない感想に、グランは思わず苦笑した。
「そういえば、この水自体に殺虫作用はないみたいですよ?」
興味本位でアリに水をかけてみたグランは、小さな一匹も殺すことのできない水に、どうしても商品としての価値を見出せなかった。
「‥‥そんな馬鹿な!」
愕然としてアリや植物等に水を掛けるレフ。ジュワー、という音はするが、それ以外には僅かも変わることはない。
「テントに置いてみましたけれど、やはり目立った変化はありませんね」
放置したり、沸かしたり、キリルの手を借り弄り倒したカーチャは残酷な現実を突きつけた。
「匂いも特に‥‥」
キリルに借りた越後屋印のカップに水を注ぎ、ふんふんと匂いを嗅ぐルンルン。その背に、洞窟から戻った崔那がぶつかった!
「あ、ごめん」
「わぁ、飲んじゃいました、私呪われて死んじゃいます〜!?」
真っ青になりふらりと倒れるルンルン。咄嗟に手を伸ばし支えた崔那の腕で、閉じたばかりの目をぱっちりと開いた。
「‥‥あれっ? なんかのどごし爽やかで美味しいですよぉ?」
「‥‥え?」
半信半疑でカップを受け取り、崔那も中の水を喉に流し込んでみる。
「何て言うんだろ‥‥こう、何か、口の中で弾けてるような感じ、かな? 意外にイケるかも」
次々に口にしてみる冒険者たち。
「人体実験、第二段ですね。汲み立ての水でいってみます!」
グラン、腰に手を当て一気飲み!!
「けほけほっ! これはちょっと、刺激が強すぎます‥‥!」
「これはいい感じよ?」
パリで飲んだシトロン・エト・ミールのように蜂蜜と果物で淡く味付けてみるメイユ。
「何かさ‥‥殺虫目的より、飲み物として売った方がいいんじゃない?」
崔那の提案は、確かに依頼人のそれよりも何だかとても真っ当なもののように感じられた。頷きあう冒険者たちの反応を一しきり眺めた上でメイユの作った飲み物を口にし、レフも少し思うところがあったのか‥‥真摯な表情で頷いた。
「‥‥持ち帰って検討してみます。私はもう、これに賭けるしかないのですから」
「それでは、汲めるだけ汲み出しましょう。全てはそれからですよね」
キリルの言葉に頷きあい、冒険者たちは再び水の汲み出しに精を出した──時々ソレで喉を癒しながら。
ロシアにとって、これが新しい発見になることを。
そして、レフの負け犬人生に終止符が打たれることを、小さく泡立つ『水』に祈った。