Russian Labyrinth〜声を失くした鶏〜

ショートシナリオ&
コミックリプレイ プロモート


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:9 G 49 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月31日〜02月08日

リプレイ公開日:2007年02月09日

●オープニング

●冒険者ギルドINキエフ
 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
 夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥

 カウンターの上にちょこんと座しているのは二つの小さな人影。ふわふわした赤い髪と同色の羽が、二人がシフールであることを如実に示していた。ぽえぽえとした印象のシフールが「えっとぉ‥」と言葉を口にした。
「あのね、強くて機転の利く冒険者さんに手を貸してほしいの」
「その前に仕事の内容を聞かせてくれんかの」
 自慢のたっぷりした髭をみつあみにしたドワーフのギルド員が溜息を飲み込んでそう言った。
「いちいち説明しないと解らねーなんて、無能極まりねー奴ですね!」
 口悪く無茶なことを言うのは、双子らしいもう一人のシフールだ。
「暗黒の国のエルフ──蛮族って言った方が解りやすいですか、彼らを助けてやって欲しいです」
「依頼料がきっちり払えるなら依頼書を掲示することは構わないが‥‥事情があるのか?」
 間接的とはいえ蛮族からの依頼など、冒険者が喜んで受けるものではなかろう。止むに止まれぬ事情でもあるのならば風向きは変わるかもしれないが‥‥と、ドワーフのギルド員は難しい色を覗かせて双子に尋ねた。
「リリたちのおうちに、森で倒れていたエルフさんがいるの〜」
「野良エルフのシードルって言うです。野良の上にお馬鹿なのです」
 テンポ良く交互に語るキキとリリ。テンポが良くとも三歩進んで二歩下がるペースでの会話となれば遅々として進むものではない。
 辛抱強くギルド員が聞き出した内容をかいつまんで説明すると、こうなる。

   ◆

 双子は以前、森で食い倒れ‥‥もとい行き倒れているエルフを発見し介抱した。幸い一命は取り留めたものの、シードルと名乗るそのエルフは声を失い、大切な『預かり物の杖』をオークに奪われていた。
 キエフの冒険者ギルドが派遣した冒険者の働きでオークを追い詰めたものの、オークに扮していたデビル・インキュバスに『預かり物の杖』を奪われ──シードルの声は失われたまま戻らなかった。

   ◆

「多分、そのデビルの呪いで声が出なくなってるんだと思うのぉ」
「だから、キキたちは杖を奪ったデビルの行方を探していたのです。そして蛮族の村の変化に気付いたですよ!」
 ぐっと小さな手で拳を握る双子のシフール。大きなまなこがじっとギルド員を見上げる。
「そこは物々交換で時々厄介になってる集落なのですけれど、見覚えの無い黒髪のエルフが集落の男どもをはべらせているです」
「女の人たちはよーっく寝てて、リリとキキちゃんがいくら揺すっても全然起きてくれないの〜」
 ここまできて漸くギルド員にも蛮族の集落と双子の関係を含めた話の全貌が見えてきた。
 暗黒の国のエルフ──蛮族の集落とは言っても、世界中を飛び回るシフール族の双子にとってみれば隣人であり、友人であるのだ。
「なるほど、確かに黒髪のエルフなど滅多に聞くものではないのう。黒髪のシフールと思っていたらデビルだったという話も他国のギルドでは確かにあった、疑わしいかもしれんな」
 もっさりとしたみつあみ髭を撫でるギルド員。目の前で揺れる髭のリボンに目を奪われながら、キキはこくりと頷いた。
「馬鹿エルフに言わせれば、そもそもあの辺りでは蛮族の集落に新顔が現れることなんて殆どないらしいのです」
 キキの言う馬鹿エルフと言うのは声を奪われたシードルである。
「あの辺りとは?」
「リリたちが今住んでる辺り〜。えっとぉ、うーんと‥‥解りやすく言うとぉ、何とかラティシェフさんっていう領主さんの領地がある近辺になるのかもー?」
 キエフから50kmほど北上した辺りからがラティシェフ家の領地の南端である。中心部は、キエフ脇を流れるドニエプル川となる二本の川の合流地点辺りだ。キエフからさほど離れていない割には森も深い。
「ふむ、そんな事情があるのなら手を貸そうという冒険者もあるかもしれんな。依頼書を作成しようの」
 ジジイはドワーフなのに話がわかるのですね、と驚きの表情を浮かべる失礼なキキとリリの目の前で、羽ペンが羊皮紙に文字を綴っていった。

 ──蛮族との無用なトラブルを避けるため必要以上の血は流さないようにと付け加えられたのは言うまでもない。

●今回の参加者

 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea8167 多嘉村 華宵(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

朱鷺宮 朱緋(ea4530)/ ソフィーヤ・アレクサシェンコ(ec0910

●リプレイ本文

●キキとリリの大きな家
 キエフから丸2日ほどの場所にある双子のシフールの棲家一室で、冒険者たちは頭を寄せ合っていた。
「‥‥黒髪エルフなんてあたしの生まれた集落でも聞いた事無いし、75年生きてて初めて聞く単語よ」
「キキたちの言うこと疑うですか、おばばローサ!」
「そぉでなくて」
 ──びしっ
 失礼なことをのたまうキキを容赦のないでこピンで弾き飛ばし、ローサ・アルヴィート(ea5766)は咳払いで仕切り直す。
「黒髪のシフールがデビルだったこともあるしね、今回もその可能性があるって話よ」
 にんちしょーってやつです、おばばだから仕方ね−ですよ。懲りずにそんなことを喚き続けるシフールの頬をむにっと引っ張り、鬼だ悪魔だと泣き喚くリリに顔を顰めながら、以心伝助(ea4744)に目をやった。伝助は途中立ち寄った領主の家で次男坊アルトゥール・ラティシェフから譲り受けた地図をテーブルに広げた。
「黒髪エルフとインキュバスの居場所が同じなら、イコールで結ばれる可能性が濃厚ってことっす」
 仲間たちの視線を受けながら、小さな銀の円錐がついた振り子を取り出した。
「キキさん、リリさん、黒髪エルフを思い出しながらこれを持っていただけやせんか」
「いいよぉ〜」
 ひょいっと掴んだリリの下でゆらゆらと揺れた円錐が一点を示し、声を奪われたままのシードルの目がきらりと光る。その反応だけで訊ねるまでもなく、問題の集落がそこにあるのだと知れた。
「まだ集落にいるようですね‥‥」
 興味深そうに覗くリュミィが邪魔をしないよう手で制しながら、フィニィ・フォルテン(ea9114)は安堵と焦燥を半々ににじませながら真一文字に口を閉ざす。
「あとはインキュバスですね。それじゃ、いきます」
 リリの手からダウンジングペンデュラムを受け取ると仲間たちを見回し、雨宮零(ea9527)はそっと振り子を垂らした。
「‥‥‥あ‥‥」
 スィニエーク・ラウニアー(ea9096)が小さく漏らした声を飲み込むように視線を伏せた。──ゆっくりと動きを止めた振り子は、先ほどと同じ地点を指し示していたのだ。
「これはいよいよ、同一人物の線が濃厚になってきたようですね」
 呟いて、多嘉村華宵(ea8167)は目を細める。それでこそキエフにきた甲斐があるとばかりに。
「ええ。もしそのせいで村が悪夢に囚われているのでしたら‥‥何とかしないといけませんね」
 思いつめたようなフィニィに華宵は軽く肩を叩く。
「大丈夫ですよ。覚めない夢も、終わらない夜もないのですから」
「そうそう。起こして怒るのは逆ハーレム作ってるインキュバスだけだしね」
 明るく笑い飛ばす友人に、つられてフィニィもようやく笑みを取り戻した。
「でもインキュバスって男の姿のデビルなんだよな? 男なのに男はべらせてるなんて正直あまり近づきたくないなぁ」
 未だ幼い顔をしかめたシュテルケ・フェストゥング(eb4341)の言葉にミィナ・コヅツミ(ea9128)は、視線を落としていた零から借りた写本のページを指差した。
「インキュバスは男性の姿、サッキュバスは女性の姿ですが、同じデビルらしいですよ。相手によって姿を変えるそうです」
「じゃあ、今は男を侍らせてるからサッキュバスってこと? なんかややこしいな」
 さらに難しい顔になったシュテルケへ、ミィナは軽く頷いた。
「それでなくてもデビルはいくらでも外見を変えることができますからね‥‥黒髪エルフでいてくれる間に捕まえないと」
「なんか、デビル相手っていろいろ注意しなくちゃいけなくて面倒くさいな。俺はもっとどーんといってがーんとする方が好きだ」
 背もたれに身を投げ出して溜息をついた。そのシュテルケに、彼が師匠と崇める人物の姿が重なって、スィニーは僅かにたじろいだ。
「さてと。そろそろ出発っすね」
 必要なものを受け取ると、伝助は仲間たちを見回した。そして双子にひと時の別れを告げた──‥‥


●雪中行軍
 双子の家を出発した頃に降り始めた生憎の雪は、集落に到着する頃には吹雪と呼べるほどの風雪となっていた。
「この辺が一番、風や雪を避けられるわね」
 森には誰よりも強いローサに伝助と華宵の持つ雪上での知恵を足し、一点を選び出す。それは集落より風下で、身を隠すには程よい場所だった。待機させる馬たちに防寒のための毛布をかけ、風雪除けを作る。率先して働くのは双子曰く「食い倒れエルフ」のシードルだ。断ってもついてくるシードルは、吹雪の中では頼もしい仲間でもあった。
「‥‥身元を証明できるものなんて貰わなければ良かったと、流石に思ってしまいやすね」
「あはは、大きいですしね、それ」
 作業をしながらの伝助のぼやきやミィナの苦笑も仕方の無いこと。伝助は双子からラージハニービーの巣の一部を切り分けられ与えられたのだ。よほど我慢していたのだろう、近付かぬものの視線がずっと巣を追いかけ、口元からよだれを垂らし続けたくまきちは巣を食べかねないと双子の家に預けられていた。
「中央から少し外れた家に明かりが見えます」
「詳しく解りますか」
「すみません、だいたいの場所は解るのですが吹雪が邪魔で家屋の特定までは‥‥」
 そう言って零はフィニィに頭を下げるが、そもそもシフールたちに書いてもらった集落の地図自体、精度に難があるのだから杞憂というべきだろう。
「でも殆どが寝てるんだから、明かりのある建物が当たりのはずだもんな」
 シュテルケの言葉に頷く。
「ええ。そう仰って、多嘉村さんが先に他の家の様子を見に向かわれました。用意が出来たら追いましょう」
「‥‥そうですね‥‥何があるか、わかりませんし‥‥」
 スィニーが控えめに頷いたその頃、華宵は早くも村はずれの家まで辿り着いていた。
(起きている人はいなさそうですね、っと‥‥)
 気配を伺い、耳をそばだてる。吹雪の音に消されそうな規則正しい寝息が鍛えられた聴覚に僅かに届く。
 数軒、同じように確かめてみるがどの家も同じようだった。
「やはり男性は一箇所に集まっているようですね」
 そう判断した華宵は村外れまで引き、追ってくるであろう仲間を待ち合流を果たした。
 華宵の情報を改めて聞くと、このまま攻撃を仕掛けようかという空気にもなるが──キキとリリの代理で訪れたという名目がある以上、無礼を働くことはできない。そう結論づくやいなや、シュテルケが声を張り上げた!
「こんにちはー! おーい!」
 しかし風下から投げかける声は暴風に掻き消されて届いていない‥‥のか、全くの無視をされているのか、集落からは一切の反応がなかった。
「こういう場合は仕方が無いわよねぇ」
「ええ、非常事態ですからね」
 悪戯を思いついた子供のように微笑みあうローサと華宵。すすっと手近な一軒に寄ると、まるで鍵など元から掛かっていなかったと錯覚するほど、いとも簡単に鍵を開けてみせた。
「‥‥すみません、お邪魔します‥‥」
 あまりの行動に顔面蒼白のスィニーもとりあえず頭を下げて家屋に踏み込む。しかし、華宵の事前調査どおり、その家には懇々と眠り続ける女性のエルフが一人いるだけ。
「これは‥‥っ」
 その寝顔を見た零は、はっと息を呑んだ。どれだけの期間眠り続けているのだろうか──憔悴しきった顔と身体。命の灯火は、消えかかっていた。
「‥‥インキュバスの眠りに囚われた方は、一週間で亡くなられるそうです」
 調子も内容も重いミィナの言葉。
「僕たちが打ち漏らした場合、この集落の女性は一両日中にも命を落とすかもしれない、ということですか‥‥?」
「はい」
 言葉にすると重責が圧し掛かってくるようだった。決して大きくも広くもない、冒険者の双肩。
 そこに掛かるものは、常に大きく、重い。
「とりあえず、大きな建物を当たってみようぜ。たくさんの男をはべらせてるなら、広い場所の方が都合がいいはずだもんな」
 シュテルケの言葉に頷き、同行したシードルとゆっくり羽ばたき始めた石の中の蝶を頼りに、一番大きな建物へと足を向けた。


●夢と現の攻防
「‥‥5、6‥‥‥8‥‥‥」
 カウントが大きくなるほどに小さくなるのはスィニーの声だ。
「どう? 何人くらいいそう?」
「多いです‥‥10人‥‥ごめんなさい」
 呼吸の数を数え、あまりの多さに思わず謝罪の言葉が口を付く。
「スィニエークちゃんが謝ることじゃないって。いるものはしょうがないし、数が解って助かるんだし。ねっ?」
「そうですね‥‥すみません」
 何を謝るのかと笑顔を覗かせるローサの言葉に恥じ入り小さくなるスィニー。また謝った、と軽くつっこんだローサの明るさが、今は救いだった。
「それじゃ、これをお使いください」
「ありがたくお借りします」
 ミィナが差し出したヘキサグラム・タリスマンを受け取った華宵は、早速祈りを捧げる。昂ぶり、急いてしまう気持ちを抑えるためにも、タリスマンに捧げる10分間の祈りは有効だった。
「リュミィ、多嘉村さんと同じようにお祈りするの。できる?」
『る?』
 語尾を真似ながら、フィニィの相棒、エレメンタルフェアリーのリュミィは飼い主から受け取ったヘキサグラム・タリスマンを両手で握り締め、うんうんと唸り始めた。発動した2つのタリスマンは、効果の範囲が重ならぬよう前衛の華宵と後衛のフィニィが1つずつ所持する。
「セーラ様が、デビルの悪しき手から皆様をお守り下さいますように」
 ミィナがレジストデビルを前衛に立つ男性陣へと付与していく。
 そして全ての準備が整うと、華宵がこちらも難なく鍵を開けた。
「この程度の鍵、ちょろいものです♪」

 そして悪夢への扉が開かれた。

 部屋の中は甘美で濃厚な空気が漂っていた。暖かな室温に紛れた性の臭い、酒の臭い、食べ物の臭い。
 広い部屋の奥に設えられた簡素なベッドに腰掛け、一人のエルフに髪を梳らせ、一人のエルフから片手のゴブレットにミードを注がれ、一人のエルフに足に口付けられ、一人のエルフと濃厚なキスを交わしていた女が闖入者たちを見遣る。
「あらあら、ずいぶんと無粋な方ね」
 素肌にふさふさとした毛皮のマントを巻きつけただけの妖艶な女性。濡れた唇で囁く女性のあられもない姿に、シュテルケの顔は耳まで真っ赤に染め上がった。
 姫切の銘を持つ日本刀を片手に、零は一歩進み出る。反対に、集落の男たちは女を護るべく立ち塞がった。
「無辜の方を悪しき夢へと引きずり込んだ罪、裁かせていただきます」
 その言葉が、戦乱の火蓋を切って落とす!

 先手を取ったのは華宵!
「後々面倒を残したくないですしね‥‥」
 女のもとに辿り着くには男性陣の包囲網を突破しなければならない。右腕のティールの剣ではなく、空いた左手を鳩尾に叩き込む!
「貴様!」
 憤ったエルフへ叩き込んだ手刀が、意識の糸をふつりと切った。
「そこの女性はデビルっす! 邪魔をしないでくださいやせ!」
 伝わるまいと解っていながらも声を張り上げる伝助。攻撃を小太刀の柄で止める! 舌打ちして躊躇わず振り上げた左足が側頭部にヒットし、こちらのエルフも意識を手放す。
「男の人だけ侍らすなんてなかなか羨まし‥‥じゃなくて、その曲がった性根を叩きなおしてあげるっ。天使の連撃受けてみなさい!」
 番えた矢が、男たちの間を縫って女のもとに辿り着く。笑みを湛えたままの女は自身の身に突き立った2本の矢にたじろいだ。
「お前、その弓‥‥魔法の弓か!」
「だから言ったでしょう、天使の攻撃だって。キミと間逆の、愛を育む天使の弓よっ!」
 次の攻撃まで女は待たなかった。小さく詠唱した女の身体が僅かに黒く光る。
 と同時に、次々に倒れゆく男性たちの姿に激昂したシードルが矢を番える!!
『──!!』
「だめです、シードルさん!!」
 咄嗟にミィナは、魔法ではなく仲間を選んだ。シードルの胸に飛び込むように抱きしめる!
「よく見て下さい、皆はなるべく傷つけないよう闘っておられます。もしケガさせちゃってもあたしが責任を持って癒します。どうか安心して下さい」
「当たり前だろ、できるだけ傷つけないって、キキとリリに約束したからな!」
 叫びながら振り下ろしたシュテルケの剣。放たれた衝撃波がエルフたちの肌に僅かな傷を残す!
 スィニエークからの援護を待ったフィニィが唱えたスリープは、弓を持とうとしていた一人を深い眠りに誘った。
「あぶない!」
 ミィナとシードルを狙う凶刃を受けた零は、道が開くまで彼らを護ることを自らの使命と課した。
 一人、また一人とほとんど傷を負わぬままに倒れてゆくエルフたち。
「悪しき者を薙ぎ払う焔‥‥」
 危険を顧みず前線に出たスィニーはシュテルケの背に触れる。目が追うスクロールの文字を知らず読み上げていた。そして、突如シュテルケのスピアが炎を纏う!
「く‥‥っ」
 ミィナの魔力とソルフの実が尽き、エボリューションが障害なく発動する頃には、女──サッキュバスの勝機は僅かなりとも残されていなかった。
「杖を返してください!」
 零の声に返されたのは挑発するような哄笑だった。
「あははは! あれはもう相応しき方の下にある、お前たち如きの手には渡さぬ!」
「なら、あなたに用はありません」
 ティールの剣が袈裟懸けに女を切る。血を流さぬ傷を冷酷に蹴り飛ばし、華宵は冷たい笑みを浮かべた。
「これで終わりっすよ!」
 二本の小太刀と炎の槍が、女の身体で交錯する──!
「きゃあああ!!」
 高い悲鳴を残し、女はさらさらと輪郭から崩れ落ち‥‥そして、毛不思議な触感の白い玉を包んだ皮のマントがぱさりと落ちた。興味深そうにリュミィが拾った玉は、スゥ‥‥とシードルの口に飲み込まれる。
「‥‥話せるというのは幸せだな」
 1つの溜息と共に、シードルは小さくありがとうと述べた。
 サッキュバスの消滅と入れ違いに、悪夢から覚めたエルフたちはラージハニービーの巣で冒険者の言を信じた。
「‥‥良かったですね、持ってきて‥‥」
「こう使うとは思わなかったっすけどね」
 そうスィニーと苦笑を交わした伝助は、ずっと気に掛かっていたことをシードルに訊ねた。
「貴方、どこかに何かを受け取る用事とかありやせんか?」
「何のことだ?」
 全く心当たりがない様子のシードル。これは杞憂に終わったが、代わりに告げられたのは新たな事実。
 それは、杖にまつわる伝承はフロストウルフに従う集落に伝わるものだ、という短い言葉だったが‥‥迷宮の扉を開くには足る言葉だった。面倒臭そうな話になったとシュテルケは眉間にしわを寄せ、華宵は愉しげに微笑む。零とローサはじっと、その言葉をかみ締める。
「案外‥‥全ては1つに繋がっているのかもしれませんね」
 呟いたミィナの言葉が、吹雪に舞っていた。

 こうして、一握りの冒険者がほんの少しの蛮族と築いた小さな絆。
 彼らがいつか掛け橋となる日がくるのだろうか‥‥覚めない悪夢はないのだから。


●コミックリプレイ

>>文章リプレイを読む