【鏡雪の欠片】雪中花

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:02月13日〜02月20日

リプレイ公開日:2007年02月28日

●オープニング


♪ 吹雪の中に城ありき 絢爛豪華な白亜城‥‥
 白き腕(かいな)に抱かれて 彼はどんな夢をみる
 やさしい母のぬくもりか 雄々しき父の広き背か
 白亜の城は夢を見る 果て無き白き夢を見る

 貧民街にほど近い治安の悪い一角で、豊かな金の髪を波打たせて男が歌う。頭を飾る赤き大きな羽飾り、身に纏うのは華美なまでに金糸銀糸の美しい刺繍を施したローブ。これで調子を外した歌を歌うのならば罵声の1つも浴びようものだが、場違いな歌を人々を魅了してやまぬハスキーな声で歌い、苦労を知らぬ白魚の手は繊細かつ優美な音を爪弾き、何があろうとも常に前向きな姿勢を貫き通すものだから‥‥苦々しく思われることも少なくなかろうが、彼は愛されているようだった。
 ある時は罵声の代わりに、またある時は親愛を込めて、彼は極楽鳥の吟遊詩人と呼ばれていた。
 しかし、いかに彼に声量があろうとも、吹雪の前ではか細くかき消されてしまう。ひとしきり歌うと羽飾りの雪を払い、分厚く垂れ込める雪雲を見上げた──実際は吹雪の向こうにある雲は見えなかったのだけれども。
「これだけ吹雪が続くのならば、見ることもできるかもしれませんね」
 ──ぽろろん♪
 リュートを鳴らし、極楽鳥の吟遊詩人は目を輝かせる。吹雪ならば吹雪なりに、できることがあるではないか、と。思い立ったが吉日、吹雪の止む前にと、彼は冒険者ギルドへ足を向けたのだった。

 その姿を、いつまでも見詰めている視線があった。
「‥‥ケホ、ケホッ‥‥」
 きっちりと毛布に身を包み、細く窓を開けて派手派手しい吟遊詩人の歌を聞いていた白髪の少年は、小さく咳き込みながら、赤い羽根飾りが吹雪の向こうに消えるまでじっと見送っていた。この吹雪で引いた風邪がこじれ、ここ数日間寝たきりになってしまっている少年だ。
「また聞いていたのか。先に、風邪を治すことを考えなさい」
 父親らしい男が窓を閉めてポリッジをよそった。
「ごめんなさい‥‥‥父さん‥‥仕事、忙しいのに‥‥‥‥」
「これを食べてお前が寝たら、仕事に行くからな。極楽鳥の歌を聴くのは構わんが窓は開けたら駄目だ。約束だぞ、テオ」
 すまなさそうに細い体を小さく丸めた息子の背を叩き、しっかりとそう言いつける父に‥‥恩義を感じる息子は返す言葉など持ち合わせてはいなかった。
「‥‥‥はい‥‥」
 呟くように答え、匙にすくったポリッジを口に運んだ。

   ◆

 ギルド員や冒険者の不躾な視線を浴び威風堂々と胸を逸らしながら、極楽鳥の吟遊詩人はカウンターのスツールに腰を掛けていた。当然の様にリュートを奏で、囁くように歌い出す。

♪ ロシアの森が吹雪く日に 祝いて小さき子ら踊る
 くるくる回る白き者 冷たき腕で友を呼ぶ

「あ、歌は結構ですよ。依頼の内容をお聞かせいただきたいだけですから」
 素気無くぴしゃりと言い切るはまだまだ新米、半人前のギルド員。最初こそ呆気に取られていたもののギルドの視線を集める男に負けぬよう、虚勢を張っているのかもしれない。
「キミの出身はロシアかな」
「ええ。産まれも育ちもキエフ‥‥って関係ないと思うんですけど」
「せっかちだね、人生つまらないだろう」
 ぽろろん、とリュートを奏でる。ぐうと唸るギルド員に対し、務めて優雅に歌うように吟遊詩人は言葉を紡ぐ。
「雪の妖精の話を聞いたことがあるかい?」
「雪の女王ではなくて、ですか? 子どもの頃祖母から聞いたことがありますが‥‥よく覚えていません」
 表情を動かさないところを見ると、極楽鳥の吟遊詩人はギルド員が知らないと答えるだろうと考えていたのだろう。いや、淀みなく語り始めた辺り、知っていても語るつもりだっただけなのかもしれないが。
「ロシアの中でもオーロラの見えるほど寒い地に息づくという雪の妖精。吹雪とともに現れ、吹雪とともに去っていく‥‥吹雪の中でしか見ることができないと言われるその妖精は、実は吹雪に乗ってロシア中を巡るからロシア全土にいるのだという伝承が一部の村に伝わっていてね。──その姿は、雛鳥の羽毛より柔らかで高級な銀細工より繊細なのだそうだよ」
 吟遊詩人の言葉はギルド員の記憶を呼ぶ糸口となったようだ。朧に姿を見せ始めた記憶を手繰り寄せながら、ギルド員は相槌を打つ。
「ああ、確かにそんな伝承でした。見つけると逃げてしまうけれど、一緒に踊ると喜ぶんでしたね。‥‥気に入ると攫ってしまうのはどちらの話でしたっけ」
「それは雪の女王の伝承だね。妖精は、ずっと一緒にいるために氷付けにしてしまうと伝えられているよ。‥‥本当に古い、古い伝承だけどね」
 吟遊詩人は楽しげに片目をつむる。歌うように語る声は彼自身の好奇心と交じり合い、聞く者の耳をひきつけた。
「吹雪の中、じっとしているなんてつまらないからね、折角の吹雪だし『雪の妖精』を探しに行ってみようと思うんだよ」
「‥‥まさか、依頼というのは‥‥」
「そう、同行者を探してるんだ。同好の士でもいいんだけど」
 悪戯に微笑むと、吟遊詩人はリュートをかき鳴らす。けれど、ギルド員は引きつった頬を戻せずにいた。
 極楽鳥の吟遊詩人とて頭が無いわけではない。吹雪の中、知識も技術もない者がただ一人歩けば遭難し凍死するということくらい、充分に知っているのだろう。防寒のための衣類はもちろん必要だが、風雪を凌ぐテントも必要だ。寝袋や敷物がなければ安眠も難しいに違いない。その上、吹雪の中に獣やモンスターが出ないという保証も無い。妖精を見に行き共に踊ろう、という言葉だけ見ればとても華やかで美しい。けれどその実、命懸けの依頼でもあるのだ。
「雪上で土地勘の効く冒険者がいてくれると助かるよ」
 軽やかに言う極楽鳥の吟遊詩人とは裏腹に、ギルド員の表情は重苦しいものだった。

●今回の参加者

 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 eb5072 ヒムテ(39歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5685 イコロ(26歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb6954 ガラハド・ルフェ(42歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb9726 ウィルシス・ブラックウェル(20歳・♂・バード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec0720 ミラン・アレテューズ(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec0854 ルイーザ・ベルディーニ(32歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec0860 ユーリィ・マーガッヅ(32歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

所所楽 杏(eb1561)/ マイア・アルバトフ(eb8120)/ ボアン・ルフェ(eb9328)/ ルルル・ルフェ(eb9427)/ ミリッサ・ヴェルテッス(ec0856

●リプレイ本文

●吹雪
 右から左に、左から右に、時には下から上に向けて。柔らかい雪が凍てつく暴風と共に吹きすさぶ。白一色に染まりつつある世界の中、右に左に赤い影が躍って‥‥否、踊らされていた。
「もう、信じらんない! 屈辱よ、屈辱だわ!!」
 赤い影──シフールのシャリン・シャラン(eb3232)が命綱を両手で握って声を張り上げた。
「まあまあ。吹き飛ばされないためには仕方ないではありませんか。はっはっは」
 シャリンの命綱を腕に括りつけ、ガラハド・ルフェ(eb6954)はまるでペットの散歩のような楽しみっぷりだ。それがまた屈辱だと、シャリンは憤慨している。
「綺麗な顔が台無しですよ、シャリンさん。ロシアに来てから聞いた伝承ですが‥‥何とも創作意欲の駆られる依頼ではありませんか。シャリンさんも、そうなのでしょう?」
 綺麗も何も半分雪まみれよ、とぷんすかしていたシャリンも、とりなすウィルシス・ブラックウェル(eb9726)の言葉は否定しなかった。芸術の片翼を担う者として、幻との対面も、貴重な体験も、もちろん歓迎する事態である。
「この寒空の下、危険を冒してわざわざ妖精見物に付き合うなんざどんな物好きかと思ったが‥‥ちぃとばかり、考えが甘かったな」
「仕方ないよね、雪の妖精さんに会うんだもん。吹雪を止ませたら会えなくなっちゃうかもしれないし、まだそんな酷くないから頑張ろう?」
 ジャパンの北の方から旅をしてきたヒムテ(eb5072)とイコロ(eb5685)は吹雪や寒冷地がそれほど苦手ではない。まだ厳しくなる余地がある、と言外で示され、ルイーザ・ベルディーニ(ec0854)は二頭の愛馬アイトーンとクピドを励ますように撫でた。
「む‥‥キュールヴィント、大丈夫であるか? すまぬ、皆。少々時間をもらえぬだろうか」
「そうですね、あちらの木々の間はどうでしょう?」
 その身体にうっすら積もった雪が体温で溶け、風で凍り、容赦なく体温を奪っているようだ。ユーリィ・マーガッヅ(ec0860)の意図を察したミラン・アレテューズ(ec0720)が少しでも風雪を遮れるように木々の多い一角に愛馬の手綱を引いた。
「仔馬にこの吹雪はやはり辛かったでしょうか」
 シャリンのスコープダックや猫までアレクサンドロスに乗せていたウィルシスは、ガラハドの馬やロバの心配までしている様子。毛皮のあるイコロのペット・キツネのマナトウならばまだいくらか寒さには耐えられようが、仔馬や子猫は防寒対策をしている冒険者よりよほど凍死や凍傷の危険を秘めている。
「こんなことしかできなくてすまないが、もう少し頑張ってほしいのである」
 せめて寒さを凌がせようと、胴をしっかりと毛布で巻いた。
「吹雪の日は留守番させるようにしないといけないかもね」
「恵みの雨を運ぶ風も、この地では雨が雪となり吹雪となって、人や動物を害することもある‥‥であるか」
 ルイーザとユーリィは、初めて体感するロシアの冬に溜息を零した。こんな過酷なものだとは想像していなかったのだろう──もっとも、吹雪の中を強引に突き進まねばならぬことなど、そうそう有りはしないのだろうが。
「♪ロシアの冬は我が身を抱く温もりを欲して泣き叫ぶ 涙は雪に叫びは風に姿を変えて死へと誘う誘惑を放つ
 決して触れられぬ温もりを夢に見て 恋焦がれていた届かぬ想いは恨みに転じて猛威を振るう♪」
 極楽鳥の吟遊詩人が小さく歌った。吹雪に消されそうな歌に興味を示し、ミランは尋ねる。
「それは、ロシアに伝わる伝承か何かですか?」
「伝承に聞こえたかい? 即興なんだけどね。吹雪に限らず、冬のロシアは寒い‥‥ヒトの身にも、動物の身にも。死なせたくないのなら連れ歩く場所は考えたほうがいい。そんな忠告を歌ってみただけですよ、ふふ」
 キミには必要ないようだけれどね。毛布を縫い合わせペット用の即席防寒用具を作っていたミランに恭しく一礼をして、氷のように冷えたリュートを爪弾いた。
 冷えたリュートの音色は柔らかで、少しだけ、寒さから護ってくれるような気がした。


●ルディ
「少しでも温まれば良いのですけれど‥‥」
 ウィルシスは保存食と雪で作った暖かいスープを振舞う。暖かい液体が喉奥に滑り落ちて、ルイーザはそれと知らずに小さな溜息を零す。
「テントを張るのも一苦労よね。良かったわ、ルディがウェザーコントロールを認めてくれて」
「ま、吹雪の中でテントを張るのは至難の業だしな。あいつだって死にたくてこんなとこまで来たわけじゃねぇだろうしよ」
 人間用サイズの器を相手にかじかんだ手で四苦八苦するシャリン。その頬についたスープを拭いながら、ヒムテは薄く笑う。
「私、気付いてしまいましたよ。あの派手な格好にも意味があるんですね」
 ガラハドは依頼人の極楽鳥、もといルディの派手派手しい極彩色を眺めながら頬を緩めた。
「意味? アレにか?」
 鼻を鳴らしたミランは素で応えてしまっていたことに気付き、慌てて丁寧に言い直すが──ガラハドは聞き流してくれたようだ。発見した事実が脳内を占めていただけなのかもしれないが。
「ええ。彼はキエフでも吹雪く屋外で歌うことがあると聞いたことを思い出しましてね。テントを張っている時にも思ったのですが、あれだけ派手だと遠めにも彼の姿がよく見えるのですよ」
「そっか、お仕事のためにも、雪の中で自分の居場所を示すためにも、必要だったんだね。趣味だけっていうわけじゃないのかもっ」
 にぱっとイコロが元気に笑う。
「それでモンスターに狙われては意味のないことであるがな」
 風に煽られ乱れていた金の髪にいつもどおり緑のリボンを編みこんで編みなおしながら、ユーリィは風貌に似合わぬ辛辣な言葉を吐いた。そして淡い緑の輝きを発すると、器を置いてゆっくりと腰を上げた。
「招かざる客が来たようであるな」
「食事が冷める前に戻ってくるのよ」
「善処しましょう」
 ガッツポーズで応援するシャリンへ小さく笑みを返し、ミランはテントを飛び出した!
「くっ! 吹雪が厄介ですね‥‥! ユーリィさん!」
「心得ておるのだ!」
 一言二言発するや否や、ぴたりと風が止んだ。
 はらりはらりと舞い落ちる雪の中、殺気に当てられてパッと飛び退る影!
 低い唸り声を上げながらテントの間を走り回る。テントに押し込められていた馬たちが、恐怖に嘶いた!
 用意したテントは4人用のものが4張、2人用のものが2張。馬は3頭と仔馬や幼いロバが4頭。2人用のテントが2張で仔馬と幼いロバはなんとか押し込めることが出来たが、馬小屋ほどの自由もない。4人用のテントには大人の馬が2頭で精一杯。他に鴨やキツネ、猫もおり、テントの数はギリギリで足りてこそいるものの馬たちにとって身動きすらままならぬ場所での天敵の襲来は恐怖そのものに違いあるまい。
「あー、うん。そうだよなぁ、お前らから見れば格好の獲物だよなぁ俺ら」
 ぽりぽりと頭をかき、すまなさそうな色を滲ませながらヒムテは梓弓に矢を番えた。しかし、その腕を掴むものがいた──極楽鳥、ルディである。よく通る声で、冒険者たちに語りかけた。
「キミたちは、狼が空腹なだけだとは思わないかい?」
「だからって、なすがままになれってのか!」
「まあ、少し待つことだよ」
 ルディが指差した木の陰には、両親の行動を見守る子狼の姿があった。飛び掛られたガラハドは、鞘を噛ませ身を護る!
「雪の向こうで見守る月よ、全てに語る力を与えよ──」
 淡い銀の輝きを放ったルディの姿に、ウィルシスは呟く。
「テレパシー‥」
 やがて極楽鳥は保存食を幾つか、狼の後ろに放った。牽制するように唸りながら、二頭の狼は保存食をくわえ上げて、去る。
「血を戦いを嫌うもの それは幸か、清純か 美しき森に潜むキミ どうか僕と踊っておくれ」
 歌うように呟くと踵を返し、テントへと引き返した。依頼人の真意が掴めずガラハドやルイーザ、ミランが視線を交わす。
「ふむ‥‥雪の妖精とやらが血を嫌わぬとも限らぬ、ということか」
「え、そうなの!?」
 ルイーザはユーリィを振り返、ろうとして雪に足を取られ転倒! 目を丸くする。鷹揚に頷いたユーリィは涼風扇をパチンと鳴らし、言葉を重ねる。
「ああ。他にも、稀に、金属を嫌う妖精もいるのであるよ」
「っつ〜‥‥」
 雪越しに打ち付けた腰をさすりながら涙目に見上げる。
「じゃあ、依頼失敗‥‥?」
「皆が追い払うことに終始していたのだ、まだ大丈夫だと信じよう」
 手を差し伸べ、ユーリィは苦笑した。


●野営地
 その晩から吹雪は強さを増した。丸一日も足止めをされると、徐々に苛立ちと不安がこみ上げる‥‥
「危険を顧みず夢を追う、浪漫ですが無謀でしたかね‥‥」
 いつもどおり微笑んだガラハドは視線の端でちらりとルディを見た。リュートの弦を調節しているルディの耳に届いているのか無視されているのか。
「まあ、確かに『雪の妖精に会った』方は皆吹雪の中で会えたようですし、実際に氷付けになったとされる人もいるようですから‥‥」
 コホンと咳払いをし、ボアン・ルフェやルルル・ルフェが調べたことを復唱する。それは吹雪の中にいることを肯定する情報だったが、この閉塞された空間を打破できる情報ではなかった。連鎖的に溜息が毀れ、ヒムテは面倒くさそうに水妖の指輪を指で弾いた。くるくると宙で回った指輪を弾いた手でキャッチする。
「ボク、ちょっと身体を伸ばしながらマトナウとアニカラの様子を見てくるね」
「吹雪いてるよ?」
「それが自然ならボクは全然構わないよ♪ 何なら、ルイーザも一緒にいく?」
「うん、あたしもクピドとアイトーンの様子を見てこようかな」
 重い空気に耐えかねたように言ったイコロに声を掛けていたルイーザだったが、やはり重い空気に耐えかねていたように慌てて立ち上がる。イコロはメドヴェージの上からファーマフラーと毛糸の手袋、靴下をしっかりと身に着けて、ルイーザも防寒服に毛糸の手袋・毛糸の靴下、毛皮の帽子をしっかりと被ってテントを出た。
 元気な二人がテントを出てしまうと重苦しい沈黙が帳を下ろす。
「ダメ元で占いでもしてみる?」
 声を潜めながらシャリンが傍らのウィルシスを見上げた。そんなに得意ではないが、少しでも気休めになればと彼女なりに考えたのだ。
「そうですね、お願いしてもいいでしょうか」
 穏やかな笑顔に気分を良くし、握り締めた数枚のコインを放る。ぽとぽとと落ちたコインで占ったシャリンは顔を上げた。
「そう、遠くない時間に‥‥この吹雪の中で会えそうよ」
 シャリンの占いに耳を傾けていたユーリィが、ふと怪訝な色を浮かべた。
「風が、止んだ‥‥?」
 ユーリィの言葉に皆が耳を澄ます。

 静かなはずの森の一角。
 きゅ、きゅ‥‥とリズミカルに新雪を踏む音が聞こえていた。

「まさかっ!?」
 ミランがテントを飛び出した!

 テントを覆った白い雪。
 全てがまごうことなき白に彩られたそこで。
「あ、呼びに行こうかと思ってたんだ♪」
 イコロと、そして沢山のエレメンタルフェアリーが、クルクルと回るように踊っていた。

「呼びに行くところだったんだよ、丁度良かった」
「これが、雪の妖精ですか‥‥」
「そうみたいだね」
 ウィルシスはじっと、青く見えるほどに白いその妖精を見つめた。
 知識にあるエレメンタルフェアリーは蝶のような羽を持っているとされていた。
 けれど、白く淡い新雪のような彼らは、その存在に似合う蜉蝣の羽を持っていた。
 その陽炎のように淡い姿にユーリィは思考を巡らせる。
「‥‥もしや、彼らはフロストフェアリーであるか‥‥?」
「そういう種類なんですか?」
「ロシアの北方、寒い地域にしか棲まないといわれるフロストフェアリーが、あのような羽を持つと聞いたことがある。もちろん、実物を見るのは初めてであるが‥‥」
 相槌をうちながら、ミランは少しずつ後ずさる。代わって、姿を見せたのはルディだった。
「これは壮観‥‥」
 ぽろろん、とリュートを爪弾く。極彩色の本人とは間逆の、粉雪のように繊細な音色が紡ぐ円舞曲。
『一緒に踊ろう? 僕らは君達に会いに、一緒に踊りに来たんだ』
 テレパシーで語りかけたウィルシスも横笛を取り出した。細く高く流れる音色で円舞曲に芯を与える。
「踊ろう、一緒に♪」
 三拍子のリズムに合わせてステップを踏んだイコロがシャリンに手を差し伸べる。
「よ〜し☆ あたいの踊りについてこられるかしら?」
 真夏の太陽を思わせる様な情熱的な踊りを披露するシャリン。赤銅色の肌のシャリンの周りを、白い妖精がぐるりと囲んでくるくると舞う。
「ルイーザさん、一曲お相手願えますか?」
「もちろん、あたしで良ければ喜んで♪」
 踊りが苦手だといっていたルイーザを誘い、ガラハドも雪の中に足を踏み出した。
 時に妖精に、時に仲間に、時に雪に。相手を変えてくるりくるりと舞い踊る。
「ほぉ‥‥キレイだな」
 踊りも歌も苦手だと輪に加わらなかったヒムテは目を細めて楽しげに舞う者たちを見つめた。

 くるり、くるり
 ふわり、ふわり

 ユーリィの貸した涼風扇も涼やかな風が気に入ったようで、イコロの舞に絡むようにつきまとう。
「‥‥ふむ。妖精は呼吸をしないのであるな‥‥」
 コンストラクトやエレメンタルなど、ある系統のモンスターは呼吸をせずブレスセンサーには反応を示さない。
 数を数えようとしたユーリィの目論見が淡く崩れ去った頃、長い一曲目が終わった。

 曲調を変えて続く小さな祭り。
 しかし、それは一時の夢。
 永遠に続く現実ではない。

 6匹の妖精が突然淡い青い光を放った。ぴきぴき、とルディのリュートとウィルシスの横笛、そしてユーリィの涼風扇が氷の棺に閉ざされる!
「えっ!?」
 ふわりと飛んだ3匹の妖精がイコロにしがみついた。2度までは耐えたイコロも、3度目は耐え切れず氷の棺に囚われた!
「って、おい! シャレになんねぇよ!」
 ヒムテが弓を構え、ミランが剣を抜く! しかし、その前に身を躍らせた者がいた。ウィルシスと、ルイーザだ!
「駄目だよ! イコロが起きてたら、こんなの嫌がるからっ!」
「君達が望むならまた来られるから。新しい曲をまた来年‥‥きっと届けるから!」
 語る相手は違うけれど、思いは1つ。楽しく、美しい思い出となるだろうこの時を、汚したくなかっただけ。
「風が出てきましたね。楽しい時間は終わりですよ!」
 ガラハドの声に誘われたわけではないだろうが、風が吹き始めた。身を任せるように、妖精たちの身体が流される。
 そして直ぐ、再び強くなった風が右から左に、左から右に、時には下から上に向けて。柔らかい雪が凍てつく暴風と共に吹き始めた。

 程なく、吹雪は一時の休息を迎えた。
「使わずに済むのが一番だったのですが」
 荷物をまとめ、ミランはソリに氷の棺を載せて‥‥

 一時の夢から現へと、冒険者たちは再び帰っていくのだった。