●リプレイ本文
●一日目──それは悲鳴から始まった。
「いったーーーい!」
リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)の叫び声。たらたらと流れる紅の液体が小さな木の実を染めていく。
「リュシエンヌさん、大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄ったセフィナ・プランティエ(ea8539)がとっさに祈りを捧げ、傷を癒す。
「ふふ‥‥リュシエンヌさんは旦那さんに任せきりであまり家事をなさらないとみましたよ」
含み笑いを零していたサーガイン・サウンドブレード(ea3811)も次の瞬間、声にならない悲鳴をあげた。
「きゃあ! ざしゅって言ったわよ今!」
「見ている方が痛いですよね」
そのあまりの勢いにシャリン・シャラン(eb3232)が震え上がる。ミィナ・コヅツミ(ea9128)も笑顔を引きつらせながら、急いで治癒の魔法をかけた。料理は器も道具も綺麗なものを使わなければならない。もちろん怪我なんて以ての外だ。
「余所見してるからよ、自業自得っていうの」
「リュシエンヌさん、私にだけなんだか冷たくないですか?」
「あら、そう〜? 気のせいじゃないかしら、うふふ」
どこか余所余所しい‥‥いや、どろどろした空気を纏った腹の探りあいのようなヲトナたちのやりとりに、カルル・ゲラー(eb3530)がびっくりして目を瞬いた。
「喧嘩はダメだよぉ〜っ」
「そうよ、料理は楽しまなくっちゃ!」
ふわふわと飛んで、たしなめるように二人の鼻頭をピンピンと弾いたシャリンに、二人の冷たすぎて熱い視線が注がれた。
「私たちはシャリンさんのお手伝いをしているんですけれど‥‥」
「アーモンドは固いから気をつけてね、って言ったわよ?」
癒えたばかりの傷を擦るサーガインから恨みがましい眼差しに射抜かれても、シャリンはさらりと受け流す。
「そうれはそうですけどぉ‥‥この小さな粒をスライスするって、料理の得意な人ならともかく、私たちにはちょっと難しいですよ」
「シャリン。イギリスには、素敵な言葉があるそうよ? 曰く『シンプル イズ ベスト』‥‥今、その言葉が骨身に染みてるわ」
「悪いとは思ってるわよぉー!」
リュシエンヌがサーガインの援護射撃! スライスアーモンドはなんだかとても手が掛かるようだ。
そしてアーモンドスライスに大半を費やした一日目は、食材調達と下準備で過ぎ去ってしまった。
●二日目──初めてのお料理(?)
翌日、依頼人レフと初対面を果たすこととなった。
「初めましてー☆ このまま会えなかったらどうしようかと思いましたよっ」
「けっこう珍しいよね、初日に会えない依頼人さんって」
ミィナとカルルは安堵に胸を撫で下ろしながら、依頼人へ声を掛ける。すまなさそうにぺこりと頭を下げ、依頼人は謝罪した。
「すみません、売り込むなら新鮮な方がいいかと思いまして、『呪われた水』を汲みに行っていたんです」
ぎょっと目を見開いたのはセーラの僕であるセフィナ。呪われているなど、穏やかな話ではない。
「『呪われた水』、ですの? ‥‥万一にも、雛ちゃんのお体に何か在ってはいけません。まずは毒味をしてからですっ」
決死の表情でカップに注がれた、なんかしゅわしゅわと泡立つ不気味な水をちびっと飲んだ。
「‥‥!」
口内と喉を襲うシュワッとした感覚。辛いような感覚にびっくりしてキュッと目を瞑り‥‥そしてまじまじとカップを眺めた。
「どう、どう? ぼくにも頂戴っ♪」
「ええ、どうぞ飲んでみてください」
快くカップに注がれた水。興味津々なのだが、どこかちょっぴり不安もあって、カルルは匂いを嗅いでみる。
ぷちぷちと間断なくはじける微細な泡が、弾かせた水を鼻頭に飛ばした。
「変な匂いはしないんだねー。味は‥‥‥いまいちっ」
「でも、何とかならなくはなさそうですよね」
同じく恐る恐る口に含んだミィナは、改良次第では充分に売り物になると踏んだ。しかし、サーガインにはどうしても譲れないところがある。
「そもそも、この『呪われた水』というネーミングセンスがどうかと思いますが‥‥」
「もともとそういう名前だったんですよ。しゅわしゅわ水とでも呼びますか?」
「それもどうでしょうー?」
思わず苦笑したミィナ。メニューの名前なら愛らしいが、この場合は苦笑や失笑が先に立っても仕方ないだろう。
飲み物のイメージは早々に固まったようで、あまーいデザート作り、再開☆
一番完成に近付いていたのはシャリンだ。昨日スライスしたアーモンドを乾煎りする。そして小麦粉をこねて伸ばして皮を作り、アーモンドを包んで油で揚げる。
「し、シフールには命懸けだわっ!」
「ああ、危ないですよー! あたしに言ってくれれば手伝いますから!」
「ありがと、ちょっとアテにしてたのよね、本当は」
ぺろっと舌を出したシャリンはミィナが揚げものをする隣で、蜂蜜とレモン汁のソースを作る。揚がったらこれをかけて、完成だ。
「カルルさん、すみませんけれど‥‥手伝っていただけますか?」
ヨーグルトとコケモモのジャムをマーブル調に‥‥‥というイメージを膨らませ、「できるだけ柔らかく!」を合言葉に卵白にも小麦粉にもよくよく空気が混じるよう腕が痺れるほどによく混ぜた。これを焼くと、ふんわり膨らんだケーキになる‥‥はずだったのだが‥‥‥。
「どうしても、ぺしょりとしてしまうんです‥‥」
「それ以前に、よく焦げてるわよね」
「そ、そんなことはありませんっ。よく焼いた方が美味しいと思いますもの!」
シャリンの言葉に頬を染めながらちょっと強がってみるセフィナ。でも、ちょっぴり失敗は認めているようだ。
「昨日も言ったでしょ、セフィナ。シンプル・イズ・ベストってやつよ?」
ウインクしながらリュシエンヌがパリッと齧ったのは、自分で焼いたペタンコのお菓子。小麦粉に塩と蜂蜜を少し混ぜ、呪われた水で溶き‥‥ぺたんこに焼き上げた。膨らまなくてもいいのだ、ペタンコにしたのだから。
家庭料理ならお手の物♪ の二人が助っ人に借り出されて、何とか皆の料理はカタチになったようだが‥‥ミィナとカルルはぶっつけ本番、ちょっとドキドキな当日を迎えることになってしまったようである‥‥。
●三日目──何がでるかな、何がでるかな♪
そしていよいよ三日目‥‥試食会当日を迎えた。試食係は当然この人──雛菊(ez1066)だ!
厳正なる判定人は、溢れる香りに鼻をひくひく蠢かせ、ほわんと蕩けるような笑顔を覗かせた。
「わぁい、雛、楽しみにしてたなのー♪ 甘ぁいのがいーのねー」
「そう! そうなんです! スィリブローには甘いデザートがございませんのよね! ‥‥‥こほん」
思わず雛菊の手をぎゅっと握り力説してしまったセフィナは恥ずかしそうに頬を染めながら咳払いをひとつ。
同じ事を、いったい何人の仲間が嘆いていただろうか。だからこそ、セフィナは今日、ここに居るのだ。
まず、自信気に一番手を努めたのはリュシエンヌである。
「ふふ、このママン特製・特濃ミント水! これを呪われた水に投入!! ほら、『しゅわしゅわミント水』の一発できあがりよー♪」
越冬で小さな株になっているミントを雪の中から掘り起こし、二日間、料理の傍らで少しずつ水分を飛ばしたミント水。霜焼けで紅く染まって手がなんともいじらしい。
「さらにこれを外に出して急速に冷やす! 口の中ではじける、不思議食感カキ氷『アイスブラオ』のできあがり!」
木製のカップ越しにも、ゴブレット越しにも目立たなかった、ほんのりとした青色。アイスブラオと呼ばれたそれをスプーンでひと口食べた雛菊は、泣きそうな顔になった。
「これ、辛いの〜‥‥」
「あら、ごめんなさいね雛ちゃん。おばちゃん、蜂蜜垂らすの忘れちゃってたわ」
どうやらアイスブラオはミントが強く、少々大人向けの味だった模様。慌てて蜂蜜を垂らしたが、雛菊はスプーンでつんつんと突いて様子を見ている。
「雛ちゃん、あたしにも少し分けてくださいねー」
ひと口おすそ分けをいただいたミィナは、グッと親指を立てた。違いのわかる大人に、アイスブラオ。
しかし完璧ではなかったようで、リュシエンヌは苦い笑みを浮かべていた。
「ジャパンで見かけた寒天があれば、‥‥しゅわしゅわをぷるしゅわに変えられたんだけどねぇ」
肩を竦めておどけてみせるリュシエンヌ。取り寄せるのに100G以上も掛かってしまっては採算が取れない。入手できることと採算が取れることは、決してイコールではないのだ。
そして、ここであることが発覚した。皆の考えてきた飲み物が‥‥ほぼ、同じものだったのだ。
「私はリンゴですよ。ちまひなちゃんのスペシャルリンゴジュースです♪」
「‥‥サーガインさんのネーミングセンスもどうかと思いますが‥‥」
昨日の仕返しとばかりに、一刀両断のレフ。
「それでは、『幸せのジュース』で」
悔しそうなレフに、含みのある勝利の笑みを返すサーガイン。リンゴの香りが優しく立ち上る‥‥が、酸味が強く雛菊の表情には再び紗が掛かる。改良を重ねて甘いリンゴが生まれたなら‥‥とても美味しくいただけることだろう。
「わたくしは、葡萄ですわね」
そう言ってにこりと微笑んだのはセフィナである。時期を外してしまい、残念ながら新鮮な果実は手に入らなかった。が、摘み立ての葡萄を使って作られたジャムをルシアンに入手してもらうことはできた。蜂蜜で味を調えて、呪われた水と別々の器に注ぐ。味を好みで調整できるようにするための配慮だった。
「名前は‥‥、口の中に稲妻が走るようでしたから、エクレール・オ・レザンですとか、プチエクレール‥‥んー‥‥、しゅわしゅわブドウ、というのも可愛いかも知れませんね」
くす、と笑うセフィナ。選んだ名前はリュシエンヌと紙一重! ‥‥さすが友人。
「ああ、被りました! あたしはカシスの果汁をベースにしたんですよー」
ミィナはカシス‥‥カラントと呼ぶものもいる、その果汁を使う。ロシアで広く慕われている入手しやすい果実であるが、こちらも生憎季節外れなので、冷暗所で保管されていた果汁である。
「シュワっとする飲み物ですし、名前はシュワルツネ‥‥が!?」
「はーいそこまでー!」
背後からリュシエンヌの鋭いツッコミ!!
「酷いですよぅー!」
「ごめんね、ミィナ。大人の事情ってやつなの」
満面の笑顔がちょっと恐い。
「ぼくは蜂蜜レモン水を割ってみたよぉ〜☆ 名前はね、『シトロン・エトワール』ってつけたの! レモン水の夜空に泡が立つ様子は、まるでお星様みたいでしょ♪」
どこか懐かしさを感じさせる、甘酸っぱい爽快な喉越し。惜しむべくは、温暖な気候を好むレモンをロシアで入手することが難しい辺りだろうか。
「皆、まだまだねー。旬の果物を使わなくっちゃ! あたいのは旬の果汁に呪われた水を注いだ『はじけるふるーつ』よ!」
「‥‥‥‥‥」
まだまだと言い切られた皆の視線がじっとシャリンに注がれる。なぜなら、彼女の用意したカップに注がれているのは、ただ呪われた水だけだったから。
「仕方ないのよ、冬のロシアで果物が採れないなんて思わなかったんだもの!!」
その言葉は皆の気持ちを代弁していたに違いない。
◆
「被っちゃったものは仕方ないわよね。次は料理よ!」
「それでは、今度は私から試食していただきましょうか」
シャリンの言葉に頷いたサーガインが取り出したのは、黒パンを砂糖を塗して揚げた、シンプルなものだった。
「こちらは『ちまひなちゃんのスペシャル・カリッとあまーいパン』ですよ」
その日の食事も満足に取れなかった幼い頃を思い出し、複雑な気持ちがふつふつと沸くが‥‥過去に囚われていても仕方が無いのだ。あーん、と開かれた雛菊の口へ、一かけらのパンを放る。
「あんまり豪華なものが出来なくて申し訳ありません雛菊さん‥‥。本当は、もっと美味しいものを食べていただきたかったのですが‥‥」
「これも美味しいのー♪」
慰めるでもなく、本心からそう思っている少女の笑顔にサーガインの心が揺れ動く。
「でも、やっぱり問題は砂糖ですね」
うーん、とミィナが腕を組んだ。今回はミィナが自腹を切って砂糖を買い求めたのだが、やはり決して安いものではない。蜂蜜で代用できねば、酒場にメニューとして並べるのは難しかろう。
「雛ちゃん、こちらのシフォンケーキも食べてみてくださいませ♪ はい、あーん」
「この煎餅風のお菓子もなかなか良いわよー。懐かしいでしょう?」
「ちょっと、レフ。遠いエジプトのぱりぱりアーモンドも食べてみてくれない?」
飲み物は、困るほど沢山あった。
食べるものも、途方にくれるほど沢山あった。
‥‥パーティーになってしまったのは、ある意味自明の理だったのかもしれない‥‥。
そして、手が休みがちになり、ちまによって姦しくも華やかな会話が繰り広げられ始めた頃、二人が現れた。
「お待たせしましたー!」
「ぼくたちの考えたのも、ネックは砂糖なんだけどぉ‥‥食べてみてくれる〜?」
偶然にも、カルルとミィナの予定していたメニューは同じものだった。卵と蜂蜜、牛乳を混ぜてカップで蒸し焼きにしたプディングである。
「二人の自信作なんですよ〜」
スプーンで触れるとぷるぷるとした感覚が指先に伝わる。そっと口に運んだシャリンとリュシエンヌは、顔を見合わせた。
「‥‥美味しい」
「悔しいけど、認めてあげるわ」
「でも、卵も高いですよね‥‥」
「砂糖と卵ですか‥‥」
サーガインとレフの理性的な呟きは、プディングの誘惑に屈した女性たちの前では攻撃力を持たない。
雛菊とセフィナに至っては、完全に無力化させられている!!
「えへへ、エンジェル・プディングっていうんだ〜」
「ちょっと待ってください! ポールプリンですよ!!」
未だ問題は引きずっているようであるけれど。
こうして一通りのメニューの試食が終了した頃には、誰も彼も限界まで食べつくしていた。しかし‥‥膨らませすぎて分量の増えたマーブルシフォンケーキや、カリッとあまーいパン、エジプト風焼き菓子、ぺたんこ故に枚数が増えてしまったブレッドが、目の前のテーブルにずらりと並んでいた。
呪われた水でお腹の膨れた6人と雛菊とレフは、それだけの甘い食べ物を収める腹を持ち合わせてはいなかったのだ。
「‥‥食べ物を無駄にしては罰があたります。折角作ったのですし、持って帰りませんか?」
セフィナの言葉を否定する要素は、どこにもない。何故なら彼らもまた、雛菊と同じように‥‥甘いものに惹かれる自分を自覚していたのだから。
「じゃあ、皆。できるだけ早めに食べるのよ♪」
「「「はーい」」」
等分に分けた甘い料理を大切に抱いて、頬を綻ばせながら、冒険者たちは家路についた。
あとは、レフの手腕ひとつに掛かっている。
負け犬と呼ばれるレフだが、冒険者たちは‥‥きっと、家族のためにも彼はチャンスを掴み取ると‥‥そう信じていた。