●リプレイ本文
まだ雪は多く残っているものの、天気は清々しいほどに晴れ渡っていた。普段よりくっきりと見える稜線にアナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)は目を細める。
「お日様はやっぱり気持ちが良いのね。あんなに吹雪いていたのが嘘みたい」
「吹雪続きのあの天気の方が異常だったんだがね」
陽光が気持ち良いというのは否定せず、マクシーム・ボスホロフ(eb7876)は切り返す。確かに今年は何故か長く吹雪いて積雪量もかなりになったが、そもそもキエフは降雨量の少ない土地である。極北の公国ならいざ知らず、キエフ公国やチェルニゴフ公国辺りでは生活に困るほどの積雪はない。
「逆に言えば、それだけ‥‥乾燥していてよく燃えるということです」
駆け出そうとするマーチを抱き上げながら、キリル・ファミーリヤ(eb5612)は神妙な面持ちで呟いた。ここのところ春めいてきており、まだ空気は身を裂くほどに冷たいものの、天候の安定もあって雪はだいぶ姿を消しつつある。雪消の水は大地に呑まれドニエプル川の水量を増すが、空気の乾燥は肌で感じ取れる。
「参っちゃいますよね、お肌がかさかさになっちゃって」
唇を指で撫でながら、ルンルン・フレール(eb5885)は溜息の代わりに肩を落とす。幸せの妖精を逃がさないためだ。藺崔那(eb5183)も肩を竦めて雪を蹴った。
「吹雪が消えるのも一長一短かぁ。雨でも降ればいいんだけろうけどね」
「全部凍って雪になるだろうがな」
「希望だよ、希望っ」
冷静に言ったマクシームに頬を膨らませ、崔那は今一度、雪を蹴った。その雪に陽光が反射して、とても眩しかった。
これほどに待ち受ける未来が眩しいものであるように、キリルはそっとセーラに祈った。
村に到着すると宿を取る。午前中、日も高くないうちに到着したことを幸いに、早速それぞれ情報収集を開始した。如何せん、此度の事件の犯人を特定するには情報が少ないのだ。
真っ直ぐ、第一の容疑者であるターシャの元へ訪れたのはマクシームだった。
「連続して発生している不審火について調査を依頼された者だが、お話を伺わせてもらえるかな?」
「私を疑ってるの?」
「疑っていないといえば嘘になるが、私たちは村人全員を疑うところから始めることにした。もちろん、仲間と手分けをして村の全員から話を聞くことになっている。あなたが話したくないと言うのなら仕方がないが、当然疑いが濃くなるだろうな」
「‥‥この不本意な容疑が晴れるならいくらだって協力するわ」
真っ向からきっと睨みつけるような凛とした眼差しは嘘を孕んでいるとは思えず、マクシームは内心で首を傾げる。が、とりあえず予定していた事情聴取を始めた。
「火事の起きた晩は何をしていたんだ?」
「それは‥‥その‥‥寝ていたわ」
「本当に? あなたの姿を見たという人が多いのは知っているだろう、嘘をつくと立場が悪くなる一方だぞ」
マクシームの言葉は厳しいが、口調は決して追い詰めるようなものではない。それを感じたか、ターシャは視線を伏せて細い声で言った。
「あの‥‥寝付けなくて、散歩をしていたの。サーシャに会いたくて‥‥」
ポッと頬を染めるターシャ。恋人なのかという質問には首を振る。
「まだよ。長い時間を共にして、もっとお互いのことを知ってから付き合おうって‥‥彼って、シャイで誠実なの」
嬉しそうに語るターシャ。そんな相手と深夜の逢瀬をするだろうかという疑問符が脳裏に浮かぶが、それはサーシャに尋ねた方が良さそうだ。容疑者として扱っていることを気取られぬよう、思慮深く作戦を練ってきたマクシームは質問を変える。
「最近村で酒や備蓄食料を狙った盗難は起こっていないか? 村で怪しげな人や化け物に出会ったことは?」
残念ながら、そのどちらにも心当たりは無いようだ。もっとも、怪しげな人や化け物が出歩いていればターシャに容疑が向かうことはなかっただろう。
「この放火はデビルの仕業だと考えているのだが、何かの願いを叶えるためにデビルと契約して、その供物として家を燃やしている。こんな人間がこの村にいるとしたら‥‥どう思うね?」
「‥‥そんな恐ろしい人がいるのなら、サーシャとこの村を出るわ」
迷いのない瞳。ターシャには、どうやらデビルとの繋がりはないように思えた。軽く礼を述べ、マクシームはターシャの家を出、疑われぬよう近隣の数軒に足を向けた。
そして日は天頂を通過し西へと傾く。薄闇がヴェールのように村を覆う時分、キリルは深い溜息を零した。
「やっと半分ですか‥‥」
村人全員の話を聞くといっても、既に入植の行われた開拓村である。居住している村人の数は10人や20人ではない。家族が10あったとしても軽く40人。それは開拓を行う者たちの数としても少ない。日が暮れようというころになってようやく半数の事情徴収を終えたところだ。
「かなり簡単にしか聞いていないはずなのですけれどね」
それでも、村長の積極的な協力があり、開拓民として昔からいたものの中では、狂化したサーシャが村人数名に重傷を負わせるという事件があり彼が村人の信頼を得ていないこと、他には特に人間関係のトラブルはないこと、入植者は国内外から集まった者たちで、入植の斡旋をしている王宮で問い合わせれば或いは身元が判明するかもしれない‥‥要するに身元が不確かだという話を聞くことができている。
「もっと簡単かと思ってたよ」
どうせ村人に聞き込むなら手間を省こうと同席していた崔那が早々に席を辞したのも仕方の無い話だろう。その崔那は入植した者たちについて情報を集めていたが、芳しくない模様。
「入植した人たちは後悔してるみたい。そうだよね、せっかくお金払って入植しても家が燃やされたら住む場所はないし、いつ自分の身に降りかかるか戦々恐々としていなくちゃいけないし」
「骨折り損な気分なのね。『あれ』だったとしても、探すのが厄介になってしまったのよね」
溜息を漏らしながら宿に戻ったアンナ。放火の時間に一貫性はなく、それどころかあまりの範囲の広さに辟易するほどだ。唯一の収穫は、宵の口に起きた犯行がないことだが、目撃される危険性を減らしている‥‥と指摘されてしまえばそれまでのことかもしれない。
「その可能性も‥‥どうなんだろう。魔法で点けた火っぽくはなかったし」
『現場百ぺん、捜査の基本は脚だ! って、今週のギルドの標語にも書いてありました』
嘘か本当かそんなことを言うルンルンと共に現場を梯子した崔那。
僅かなりとも希望を抱いていたのだが、どう都合良く考えたとしても、たいまつによる放火としか考えられない。ランタンの油は爆発的に燃えるものではなく、低い温度でいつまでも燃えているタイプの油だし、よほど極端に熱していない限り食用に使用する油も危険は少ない。延焼の様子から考えても油を撒いた形跡はなく、魔法による犯行とも考え難かった。
「‥‥とすると、やはり村人に犯人がいるということでしょうか」
この場合の村人とは、もちろん犯人と考えられているターシャを含む。ターシャの目撃情報はやはり多く、夜な夜な村中を練り歩いているような印象を受ける。というか、聞けば聞くほどに他の村人には放火はできなさそうなのである。しっかりとしたアリバイのある者、放火された者、自衛の為に組織立った行動を取ろうとしている者までいるのだ。
「でも、それだけターシャさんの目撃情報があるのに、放火する現場を見た人はいないのよね。そんなに用意周到な人なのかしら」
「僕が聞いた話だと、すごく直情的な人っていう印象なんだよね。用意周到からは程遠い気がする」
「確かに、そんな様子だった。夢見がちなところもありそうだったな」
崔那とマクシームがターシャの印象を口にすると、噂をすれば何とやら、ルンルンが元気に扉を開けた。
「連れてきましたよぉー♪」
「ありがとうございます」
一組の男女の姿を認め、キリルは会釈する。ルンルンが連れてきたのはサーシャとターシャ。容疑の掛かる二人と一晩を過ごすことで、放火が彼らの仕業かどうかを見極めようという心算だった。
「‥‥疑われるのは嫌だけど、サーシャと一晩過ごすことができるなんて夢みたい」
まるで今日が新婚初夜だといわんばかりのターシャに困惑気味のサーシャ。マクシームからターシャとサーシャは恋人未満の関係と聞いてはいたが、どうやら完全な一方通行のようだとルンルンはこっそり肩を落とした。
「うふふ、今日はゆっくりと、お互いのことを知りましょうね」
うっとりとサーシャを見つめる眼差し。それは恋をする乙女のものに違いなかったが‥‥崔那は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
そして、『邪魔よ、出て行って!』と言わんばかりの殺気のこもったターシャの視線と、『二人にしないでください!』と縋りつくようなサーシャの視線に挟まれ、キリルが胃の痛い思いをしたその晩は──火事は、発生しなかった。
冒険者に考えうる、残された手段はあと1つ。
そう、夜警をし現場を押さえることだけだった。
残る半数からの事情聴取をしつつ日が暮れるのを待つ。
「これって、やっぱり『あれ』絡みなのよね‥‥?」
「うん、多分ね。ターシャさんが嘘をついてるとは思えないもん」
アンナと崔那が声を潜めて言葉を交わす。そして『あれ』ことデビル対策のため、ヘキサグラム・タリスマンを発動させる。一晩を過ごすことを考えれば定期的に魔力を込める必要があるが、崔那以外にマクシームも魔法を必要としないため問題はない。アンナは早々に、ブレスセンサーで周囲の呼吸を確認した。別の角度からターシャの家を見張るキリルとルンルン、離れて身を潜めるマクシーム、そしてターシャと同居の両親の呼吸が確認できた。偶然範囲に含まれた周囲の家々も呼吸数は事前の調査と同数のみだ。
息を潜め徐々に冷えゆく気温に耐えていると、そっと扉が開き‥‥滑るようにターシャが姿を現した。
「ああ、サーシャ。今日も1つ、貴方のことを知るわ」
片手には小ぶりの松明。身体には人目を避けるようにローブを纏い、サーシャの家へと進んでいく。
「アンナさん」
「おかしいのね‥‥憑依されていないみたい。ターシャさんの意思で行動してるのよ」
「えっ、だって、好きになった人の後を付ける位、あの年頃の女の子なら普通ですよ、動揺する事無いじゃないですかぁ」
ルンルンはアンナや崔那の疑惑を否定し花のような笑顔を浮かべてターシャを見守る。そんなこととは露知らず、隣家の壁に隠れ、じっと家を見つめるターシャ。そして意を決し、サーシャの家に歩み寄ると、恋人に寄り添うように裏木戸にもたれかかった。
「サーシャ、愛しているわ。早く一緒になりたい‥‥貴方のこと、たくさんたくさん知ればいいのよね‥‥」
今度は、崔那だけではない。冒険者たちの背筋に冷たいものが走った。これが、彼女の正気なのだ。『お互いを良く知ってから』という言葉を曲解し、毎晩サーシャの行動をつぶさに観察する猟奇的な愛。それはただの愛か、それとも‥‥月光の下でいつしか紅に染まった瞳の呪いか。
「乙女の恋愛パワーって、やっぱりすごいですよねぇ」
「そういうレベルか? ‥‥これはこれで問題だが、まあ、犯人はターシャではなさそうだな」
不意に襲った頭痛にこめかみを押さえ、マクシームは瞳を眇めた。それでは、一体誰が。
その時、アンナの鍛えられた視界の端に女の姿が映り込んだ。
「大変‥‥ターシャさんがもう一人いるのね!」
「そういえば、聞いたことがあるような気がしますぅ‥‥デビルは、どんな下級のものでも好きな姿に変身できる、って‥‥」
ルンルンが掬い上げた記憶の欠片。弾かれたように、キリルとマクシーム、そして崔那が駆け出した!
「動くな!」
マクシームのダガーが二人目のターシャの足元を掠めた。思わず足を止めたターシャは頬を引きつらせる。
「目撃証言が多すぎるはずだね、一人じゃないんだから!」
「ギアアア!!」
左右の拳が立て続けにターシャに襲い掛かる!
決して弱くはないその攻撃を受け、二人目のターシャは濁った悲鳴をあげ、そして次の瞬間笑い出した!
「くけケけ‥‥モウ遅い、もう遅イ」
耳障りな笑い声は、ターシャのものではなかった。咄嗟に振り返るも、一人目のターシャはまだサーシャの家にいる。
「まさか、偽のターシャさんは一人ではないんですか!?」
「だれガ教エるか‥‥!」
その答えが、全てを肯定していた。サーシャへのターシャの行き過ぎた愛情。サーシャがどんな悲劇的な愛され方をしていたかなど、彼を阻害していた村人が知る由もない。そこへつけ込んだデビル。
「恋する女の子の気持ちを利用するなんて、私絶対許さないから!」
駆け出した仲間から一歩遅れたルンルン。その遅れた間に作り出した氷のチャクラムが、二人目のターシャの喉下を切り裂いた!! 仰け反るターシャを怒りを帯びたプレシューズが貫く!! 穏やかなキリルが氷の眼差しで、傷口を広げるように剣を回し抉りながら引き抜いた。手入れされたターシャの爪が怨恨の一撃をキリルに加えようとした刹那、雷光と魔法のダガーがターシャを打ち据えた! そしてホーリーナックルとマジックグローブの連撃が襲い掛かる!!
「ぐ、あ‥‥!」
下級デビルの1体など、敵ではなかった。
冒険者の尽力で、放たれた火も小火程度で消し止めることができた。
犯人はデビルだったということも判明し、1体のデビルを退治したことで村はひと時の平穏を取り戻した。
しかし、火を放ったデビルの姿は村の何処にも見つけられず‥‥苦い思いを抱いて岐路へ就くのだった。
気に掛かることが、もう1つ。
「‥‥ターシャさん、とりあえず深夜の徘徊だけでも自重してくれると良いのですけれど」
「どうだろうな。サーシャにも村人にも恐怖を与えないといいが‥‥」
キリルとマクシームは声を潜めて言葉を交わした。痛い目を見たのだから、というのは淡い期待だろうか。
決して強くはない陽光が、今日も燦々と降り注いでいた。