【魔怪村】血まみれの悪魔

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月24日〜06月29日

リプレイ公開日:2007年07月22日

●オープニング

●魔怪村

 ロシア王国内、キエフ公国の一角にセベナージと呼ばれる地方がある。セベナージ領と呼ばれ、マルコ・ラティシェフというハーフエルフを領主に抱いている。その領内にはドニエプル川へ繋がるキエフ湖の半分近くがあり、湖に注ぐ広大な河川が2本ある。片方はチェルニゴフ公国の首都チェルニゴフの近くを通り‥‥要するにセベナージは物品を船で運搬することが多いキエフに於いて交通の要所といえる場所にある。
 ‥‥が、残念ながらそのような事実は今回の依頼と関係がない。依頼は森の中のモンスターが多い地域にある、領民からは『魔怪村』と呼ばれ恐れられている場所から出されたものだからである。開拓や狩猟を行って暮らしているその村の周辺は前述のとおりモンスターが多いのだが、中でもこの地区にしか見られない特異なモンスターが現れること多い。その原因について村では「魔力の吹き溜まりになっている」という説や「土地が肥えすぎている」という説、あるいは「精霊の力が偏っている」という説などが飛び交っているが、最も有力な説は「呪われた土地」という説である。
 ──何故有力か? 客観的な立場から考えるに、都合の悪いことは全部呪いとデビルの仕業に仕立てる方が怒りの矛先を纏めやすいこと、排除できる可能性や方法を考えやすいこと、などが理由だろう。
 だが、そんな面倒な理屈から出た依頼ではなく‥‥もっと単純で切実な問題だった。

 男は猟師だった。だから弓を持っていた。そして、狩ったばかりの小鹿を担いで森を歩いていた。
 ざく、ざく、と地面を踏む音が静かに響く。規則正しいその音に、突然羽音が混ざった!
「鳥か!?」
 小鹿を放り出して弓を構える。しかし。
「ぎやあああ!!」
 感じたのは灼熱のような痛み。羽音に向き直った瞬間、目の前まで飛来していた大きな鳥、ヴァルチャーらしきものの鋭い爪が眼球に突き刺さったのだ! ぶちぶちっと何かが切れる音が体内に響き、急に狭まった視界ではソレの爪に串刺しになった自分の眼球が別のソレに啄ばまれていた。
 ヴァルチャー、ではない。人間とジャイアントくらい大きさが違う。そして、色も違う。赤黒い翼に乾いた血のような赤褐色の足。鮮血に突っ込んだような赤い頭。そして何より違うのはその嗜好。ヴァルチャーは死肉を好むが、ソレは小鹿になど見向きもせず‥‥
「やめ、やめろ! やめろおおお!!」
 男を獲物として、狙いを定めた。
 片目を失った男の矢は狙いなど定まらず明後日の方向へ飛んでいき。
「あ、あ、ああああああああああああああああああああ」
 腹部に突き立った嘴が臓物を引きずり出し、喰らうのを。
 魂が天に導かれるまで、ただ、見ていた。

 その男の死は始まりに過ぎなかった。以来、村を離れ森に入ると‥‥ソレの襲撃を受けるようになったのだ──。


●冒険者ギルドINキエフ

 ひょろりとした小柄な男がギルドのカウンターに腰掛けていた。正面にはドワーフのギルド員。停車場でよく見かける赤ら顔のドワーフに雰囲気が似ている。そのドワーフへ、小柄な男は必死に訴える。
「このままじゃジリ貧なんだよ。頼む、あの血まみれのデビルを倒してくれよ!」
「デビルなのですな?」
 男は躊躇わずに頷いた。
「ヴァルチャーよりでかいし、習性も違う。でも外見は似てるから‥‥1000年生きるとヴァルチャーはアクババってデビルになるんだろ!?」
「そういう伝承もありますがの‥‥」
 口篭もるギルド員。伝承は確証を持たぬ情報ゆえ、それだけで敵の正体を特定するのは早計だろう。しかも依頼人の済む村は独特なモンスターが数多見られることで恐れられているのだというから、なおのこと。
「現れる場所や特定の時間帯など、ありますかな」
「一日も歩いてれば向こうが見つけてくれるよ。それで生きたまま食われるんだ」
 ぶるぶるっと震え上がった男の言葉を依頼書に認めていく。一度に目撃された数は最大で8匹、依頼はそれを全て退治すること。そして‥‥記載しながらギルド員はふとした疑問を抱いた。
「森に入ると襲われてしまうなら、あんたはどうやって村から?」
「空いた樽を被って、樽の振りをしながらきたんだ。あいつら馬鹿だからな」
 ‥‥‥‥。
 知能はどうやら、さほど高くないようである。

●今回の参加者

 eb5076 シャリオラ・ハイアット(27歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 eb5584 レイブン・シュルト(34歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5669 アナスタシア・オリヴァーレス(39歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb9928 ステラ・シンクレア(24歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ec0854 ルイーザ・ベルディーニ(32歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec1053 ニーシュ・ド・アポリネール(34歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●仮装行列?

 森の中を樽が歩いていく。‥‥語弊ではなく、歩いているのだ。時々足が生えて、ちょこちょこと進む。傍らには常に一本の木。
「私は森の木。ただそこにあって、自然の営みを続けるだけの存在‥‥」
 ブツブツと呟き続ける木。‥‥の真似をした、シャリオラ・ハイアット(eb5076)。
(「そんなに声を出して、気付かれたらどうするの‥‥!」)
 突っ込みたいが相手は一応『木』。唯一普段通り‥‥いや、普段よりかなり薄着のアクエリア・ルティス(eb7789)はバックパックを背負いなおして堪える。しかし、アクアは教会に名を刻んだばかりの身‥‥危険を承知の囮とはいえ自分たちの目にはバレバレな扮装はどこか安心感を齎すのも事実だった。そしてその中でも特に安心できるのが、
「アクアさん‥‥頑張ってください」
 友人、ステラ・シンクレア(eb9928)の存在であろう。村に近付けばいつ何処から襲われるかも知れぬため、シフールのステラはアクアの愛馬ニスの背に隠れている。合計3頭の馬がアクアに引かれているが‥‥
「馬を葉っぱで隠すのは、やっぱりちょっと無理があったと思うのよねー」
 アナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)の呟きにルイーザ・ベルディーニ(ec0854)も樽の中で頷き同意を示す──誰からも見えてないけれど。はたと気付き、慌てて言葉に代える。
「ご馳走を身にまとってるようなものだもんね」
「囮が囮を連れて歩いている‥‥ヴァルチャーホイホイですね。いや、アクババホイホイになるのでしょうか」
 むむ、と首を傾げたシャリオラに自分の馬をアクアに預けているキリル・ファミーリヤ(eb5612)が苦笑しつつ肩を竦めた。が、樽の中なので以下略。
「マドモワゼル。私からは赤き悪魔ホイホイという名を提案いたしましょう」
 白い歯を煌かせたニーシュ・ド・アポリネール(ec1053)の提案を「語呂が悪いのでタロン様の名において却下します」と一刀両断にしたシャリオラ。彼女の信奉する父はずいぶんと試練好きのようだ。
「話に興じて敵を見落とさないようにな」
 狭い視界を器用に周囲に渡して、レイブン・シュルト(eb5584)が釘をさした。しかし、その背後からひときわ大きな声。
「ああ、見えてきたよ! ‥‥やっとこの蒸し樽から解放されるにゃー!」
 比較的涼しいキエフでも夏は夏。何時間も樽に篭っていればそこは地獄の入り口だ。ルイーザの心の叫びに二本足の樽たちは速度を速めた。それでも、赤い悪魔にバレることはなさそうである‥‥。


●春爛漫?

「どうかしましたか、マドモワゼル」
 シャリオラの表情に垣間見えた複雑な色を敏感に感じ取ったニーシュが声を掛ける。
「‥‥いえ、大したことでは」
「ご遠慮なく仰ってください。その美しさを濁らせる原因を取り除くのも、騎士の努めですから」
 臣下の礼を取りながら柔和に微笑んだニーシュの顔を見て表情の薄い上品な顔で、至極真面目に頷いた。その脳裏に浮かんでいたのは彼の挨拶だ。
『Bonjour、Enchante! マドモワゼル&ムシュゥ! ノルマンはガスコーニュ出身の騎士、ニーシュ・ド・アポリネールと申します』
 レイブンやキリルの挨拶とは与える印象が太陽と月ほどにも違った。色々な国を旅してきたつもりだが、同じ目線で比べるとこうも違うものなのだろうか。
「ニーシュさんは頭の中まで春のように華やいでいるようですね。本当に、羨ましい限りです」
 ぺこりと一礼し去っていくシャリオラの後姿を、ニーシュは珍しく唖然としながら見送った。どうも素直ではなさそうだと感じてはいたが、嫌味を言われるほど嫌われる謂れもないはずなのだが‥‥ひょいと竦めた肩を、ぽんとアンナが叩いた。
「解りにくいけど褒めてるのよね、きっと」
「‥‥そうでしょうか」
「春の陽だまりのように穏やかな笑顔が溢れている、って言いたいはずなのだわ」
「それは‥‥ありがとうございます」
 流石に過大解釈だろうと思いながら、その心遣いに礼を述べたニーシュ。不器用な友人を持つキリルがいれば、アンナのそれを肯定したに違いない。
 そのキリルがどこに居たのかといえば‥‥
「マーチとイワンをよろしくお願いします」
 フンフンと小屋の匂いを嗅いで回るマーチに目を細めつつ、キリルは村人に頭を下げていた。仲間たちの荷物やペットも村に預け、空からその姿が見えぬようしっかりと厩に繋いでもらうと、仲間に声を掛けながら嵩張る荷物を抱えて村を出た。
 ──そう、また樽の行列に扮するのだ。


●Let‘s生餌

 深い森の中を歩いていく。木漏れ日は燦々と明るく、訪れた夏を感じさせるものだ。
 ニーシュがご婦人方から収集した迎撃ポイントに向かい、所々に見える赤いキノコ=レッド・スクリーマーを踏まぬよう気を配りつつ、少しでも木々の密集していない場所を選んで進んでいく。
「アクババかヴァルチャーか結局解んなかったね、ステラっち」
「あの‥‥村の人の話だと‥‥やはり、ヴァルチャーより残忍ですし、ちょっと大きい気がします‥‥。でも、アクババというデビルよりは小さいという話ですし‥‥」
 新種でしょうか、とシャリオラの木の枝に隠れながら肩を落とすステラ。毛布を被っての匍匐前進に疲れ、一息入れつつキリルから借りたロシア王国博物誌に受け目を通してルイーザはうんうんと頷いた。
「残忍だけど頭悪い、数に頼って俺様つえー‥‥時々いるよねぇそういうの。遠いジャパンの地ではそういうのをこう言うらしいよ、ジャイ──」
「しっ! 静かに、来たわ!」
 アクアの警告が短く響く。
「‥‥アクアさん‥‥」
 友を危険に晒す罪悪感と、万一の恐怖がステラの声を震わせる。
「ステラ、信頼しているわよ」
「‥‥‥はい」
 自分の抱える不安を拭い去りたいアクアの全幅の信頼。ステラの震えを止めるには、それで充分だった。
 オーラやそれぞれの手段で態勢を整える一同の目に映ったのは、血塗られたような赤黒い大きな翼に鮮血を浴びた如く赤い頭部、こびり付いた血の褐色をした細い足と曲がった嘴を持つ大きな鳥──のようなもの。しかも、それが8匹‥‥!!
「ここでやられるわけには‥‥!」
 嘴の初撃を盾で防いだアクアがダガーを振るう。ふぅわりと、風に散る幻影のバラ。
 しかし、敵の数は多い。構えた盾は初撃を防いだが、次々に繰り出される嘴や鉤爪の全てを防ぎきれるものではない。
「ヴァルチャーだかアクババだか知りませんが、‥‥別のかもしれませんけど。ここはタロン様が罰します!」
「ええ!? シャリオラっちはー!?」
 宙に逃げる仮称『赤い悪魔』に対し、近距離戦闘スタイルのルイーザは手も足もでない。ブラックホーリーで積極的に攻撃を仕掛けるシャリオラに突っ込みながらも、両の手に名刀を携えて‥‥隣で松明を投げるニーシュに羨望の眼差しを送った。‥‥もっとも、松明だってそう簡単には敵まで届かないのだけれども。
「その松明、自前?」
「村のマドモワゼルたちがくださいましたよ」
 その会話を遮ったのは、耳をつんざくような激しい雷音!!
「うん、今日はなんだか調子が良いのね」
 豪快なライトニングサンダーボルトを放ったアンナが満足気に拳を握る。魔法の雷は翼の付け根を狙えるほど細くはないが、打ち据えるには充分すぎる攻撃力を孕んでいた。
「タロン様、今こそ裁きの刻──!」
 シャリオラのブラックホーリーが追い討ちをかける!
「月の魔力に誘われ、眠りの淵へと落ちるのです──」
 友を護るために放ったステラの魔法が、一匹を眠らせ地面へと落とした!


●正体見たり枯れ尾花?

「任せるにゃー!」
 落ちた衝撃で目覚める前に、ルイーザの毛布が視界を遮る!!
「はあっ!!」
 振るった二本の名刀が、毛布越しにざっくりと肉を断つ。
「良い武器はやっぱり切れ味が違うねー」
 名刀の切れ味に目を細めながら抜くと、刀身はぬらりと血で輝いていた。
「血‥‥アクババではありません、ヴァルチャーです!」
 叫んだのは、シャリオラやアンナを守りながらも何とかして見分けようと目を凝らしていたキリル。デビルならば血は流れない、つまり『赤き悪魔』はヴァルチャーの亜種ということだ。
「どちらが相手でもやるべき事に変わりはありません。‥‥本当に悪魔だったら効果絶大だったんだけど」
 少しだけ残念そうな色を浮かべたシャリオラが何度目かのブラックホーリーを放つ! どうやら彼女はデビルではないと踏んでいたようだ。想定しているほどダメージを被っていないように見えていたのかもしれない。
「やられるばっかりなのは性に合わないのよね」
 幾筋もの血を流し、その臭いでヴァルチャーを惹きつけてしまっているアクア。優雅なまでにバラを散らしながら振るった一撃が鋭く翼を切り裂いた! 止めを刺そうとしたアクアに、別のヴァルチャーが襲い掛かる!
「多すぎるわよ、もう!!」
 シールド越しに加わった衝撃がたわわな胸を弾ませる。次の瞬間、ドサッと音を立てて背後に回った一羽が墜落した! 新たな怪我が無いところをみると、ステラの援護のようだ。
「無茶しすぎですよ、アクアさん……」
「背中は預けるって決めたんだもの。今もステラが護ってくれたわ」
 何を今更、と微笑んだアクアの姿は戦乙女のように凛々しくて、ステラは何だか誇らしかった。そのアクアの腕を、苦しみ暴れる一羽に聖なる剣サンクト・スラッグで慈悲の止めを刺したキリルが息を上げながら掴んだ。
「アクアさんにこのままリカバーをかけます! 援護をお願いします!」
 数で空からアクア目掛けて襲い掛かる敵に、アクアが隠れられる『後方』など存在しない。キリルの言葉に「任せて!」と叫んだアンナは滑空してきたヴァルチャーへ片手を突き出した。
「邪魔はさせないわよ!」
 放たれた雷が貫く! 猫耳アンナの隠した爪は風の精霊、その攻撃は折り紙つきだ。
「大いなる父よ、彼の者に罰を──」
 シャリオラのブラックホーリーが追撃をかける。
 避けるように低空飛行に移った敵には、立ちはだかったレイブンが水平に剣を薙いだ! 褐色の足が切断され、噴水の如く血が噴出した!!
「俺たちと出会ったのが運の尽きだな」
「アクアっちを守るのがあたしらの役目だもんね!」
 その後ろを飛んでいた2匹目を狙っていたルイーザは不幸にも吹き上げた血の直撃を受け、激痛に暴れるヴァルチャーへ若干八つ当たり気味に止めをさした。ルイーザの取りこぼした一羽は、攻撃を喰らいながらニーシュが放った鋭い一撃を放つ! そんな状況下でも狙い済ました一撃は、ヴァルチャーの細い首を的確に分断した。
「セーラ様。白き心ゆえの傷を、癒してください──」
 ニーシュの妙技に歓声の上がる中、血生臭い戦場でキリルが祈る。
「今日の試練は魔力に限りがあることですね」
 魔力の限界が近いことを悟ったシャリオラは、ひょいと枝を拾い上げて木に扮する準備など始めているが、ヴァルチャーたちの生命もそろそろ限界のようだ。また一匹、ルイーザの攻撃で地に落ちる。
 墜落したヴァルチャーに大脇差を突き立てるニーシュ。
 痛みに暴れたヴァルチャーの褐色の爪がネイルアーマーを裂き、スノウホワイトフンドーシが顔を覗かせた。純白の中に映る僅かな儚さに、キリルとレイブンは涙を誘われ──異変に気付いたのはアクアだった。
「ニーシュさん!」
 柔和な笑みを湛えたまま、返事もなく再び大脇差を振るう。ルイーザも異変に気付いた。ニーシュっちが女性の呼びかけを無視するなんてありえないにゃー、と仲間たちに視線を送る。
 怯え距離を置いたステラがじっと見つめたその瞳は──紅。
「‥‥狂化してます‥‥!」
「敵味方の区別はついているようです、ヴァルチャーを先に!」
 怒りからの狂化ではない。考えられるのは、戦闘の緊迫感からの狂化か、大量の血を見たことによる狂化か。気絶させるにしても眠らせるにしてもこの状況下では危険だし、前者であればヴァルチャーを倒せば正気に返るはず。そう判断したキリルは仲間たちにこのまま戦うよう告げた。
 ──そして、その判断はどうやら正しかったようだ。
 全ての赤き悪魔‥‥レッドヴァルチャーが大地に堕ち、鮮血に染まった大地に佇んだニーシュ。警戒する猫のように逆立っていた髪が、ふわりと力を失って肩に落ちた。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね‥‥」
「恥ずかしいも何も、僕たちの宿命ですからね。戦わずに済んで良かったです」
 キリルの差し出した手をニーシュが握った。夕方といえど昼間のような陽光に、金と銀の髪が映えていた。


●説法?

 村に戻ると、赤き悪魔殲滅の報に歓喜した村人たちがささやかな宴席を設けてくれた。
「やー、あんたたちならやってくれると信じてたよ!!」
 村のおばちゃんが労いの言葉をかけながら、レイブンの背中を叩いた。そりゃもうバシバシ!
「請け負ったからにはしっかりとこなすのが冒険者だからな」
 痛みに耐えながら笑顔を作るレイブン。
「にゃはは、やっぱ冒険者の基本は気合と根性だからね」
「お、気が合うな! 痛いのと大変すぎるのは遠慮したいがな!」
「それはあたしもだねー」
 ルイーザはエールを注いでくれた中年の男性とジョッキをぶつける。小気味良い音が響いた。それよりもズボンの綻びがハート型に繕ってあることの方が気になっていたりするのだが。その正面では、ニーシュがアンナに声をかけている。
「マドモワゼル・アンナ、お酒が進んでいないようですね」
「あはは‥‥酔った私は怖いわよー。両手の花にお酌してあげたら?」
 ニーシュの言葉をさらりと交わし、アンナは彼の左右から恐ろしげな視線を向けてくる少女たちに微笑んだ。
 一方、頬を染めながら説法にせいを出しているのはシャリオラ。
「今回の騒動も神の与えたもうた試練だと思えば、更に村を発展させていく糧ともなりましょう」
「あの」
「それが大いなる父の御心なのです」
「シャリオラさん」
「今回の騒動も」
「‥‥8回目ですよ‥‥」
 既に聞いているのはキリルのみ、である。
「ふにゃ〜‥‥」
 突然猫のような声をだしたのはアンナだった。どうしたのかと声をかけようとしたアクアの耳に飛び込んできたのは‥‥
「風の精霊、私の願いを汲んでこの場を盛り上げるのね〜☆」
 魔法の詠唱だと解った瞬間、皿を構えた! ‥‥盾がなかったからね。
「あら?」
 幸運にも発動失敗!
「これもタロン様の──」
「ニ発目、来ます!」
 キリルの声。手にした串焼きでスタンアタック‥‥はちょっと難しいか。
「ステラ!」
「は、はい‥‥っ。あの、お、お休みの時間ですよ‥‥?」
 短い詠唱。次の瞬間、アンナは前のめりに倒れこんだ。
「マドモワゼル!」
 慌てて伸ばしたニーシュの腕の中で、アンナはなんとも幸せそうな寝顔を見せていた。
 ‥‥おまけの騒動はあったけれど、こうして魔怪村での依頼は大成功の内に幕を閉じたのだった。