冒険者って便利屋さん?−6月の花嫁−
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 66 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月28日〜07月01日
リプレイ公開日:2007年08月02日
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●オープニング
●冒険者ギルドINキエフ
広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は、ラスプーチンの企てたクーデターが潰え、彼がデビノマニと化した後も‥‥皮肉なことに、国民の希望となり支えとなり続けていた。
けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、反逆の徒ラスプーチンが姿を消した『暗黒の国』とも呼ばれる広大な森の開拓は、そこに潜む膨大で強大なデビルの片鱗を見せた今、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突以上の恐怖を伴うこととなった。
そして、不穏な気配を感じた人々による冒険者への依頼も増え、皮肉なことに冒険者ギルドは今日も活気に溢れていた。
もっとも、夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼が並ぶ状況に変わりは無いのだが──‥‥
ジューンブライド、6月の花嫁。この時期に結婚をした女性は結婚の女神ジュノーの祝福を受け幸せになれると言い伝えられている。それはこのロシアでも同様で──いや、一点だけ違うところがある。異種族の婚礼に制限がないことだ。エルフと人間の混血がなければ上位種であるハーフエルフが誕生しなかったのだから仕方在るまい。
だが、まあ、ものは言い様というもので‥‥
「愛に種族は関係ありません。セーラ様は慈愛溢れるそのお心で皆様の婚姻を祝福してくださるでしょう」
恐らく本心からそう思っているのだろう、たおやかな微笑みで女性が説く。ジーザス教の白宗派に属するエレオノーラ、趣味は愛を説くこと。ただし、各国のジーザス教で共通して禁止されている同性愛だけは彼女にとっても専門外である。
「隔たりなく、新しい門出を迎えた御夫婦にセーラ様の祝福を」
なんてかなり露骨な布教を込めて言ってしまう辺り教会もずうずうしいというか何というか。もちろん、その尻馬に乗ってしまうずうずうしい商売人も多々いたりして。だから尚更、そんな特殊な場所だという雰囲気を纏うのかもしれない。
「教会に名を刻んだカップルにはミードをプレゼント!」
そんなことを謳っているレストランもある。
「結婚の記念に、最愛のあの人へ贈り物などいかがでしょう」
そんなことを謳っている雑貨屋もある。
しかし、ジューンブライドのメインといえばやはり教会であることは疑いようもなく。
婚姻に向けて、試練を与える神タロンより慈愛溢れる神セーラの祝福が欲しいと思う少なからぬ恋人たちが願うのも事実で。本人にそんな打算が無いとはいえ、エレオノーラの布教は多少なりとも功を奏しているようだった。
「皆様の愛に祝福を‥‥」
しかし、ロシアの国教たる黒宗派のタロン神はよほど試練が好きなようで。
「エレオノーラさん! オーグラに襲われたケガ人が!」
「どちらですか!」
「暗黒の森の外れです。ケガ人は近くの集落まで何とか連れてきたのですが‥‥!」
「‥‥わかりました、案内してください」
優しげなエレオノーラは、そのイメージどおりの決断をした。
そしてすまなさそうに、白宗派の小さな教会を訪れていた者たちに頭を下げた。
「皆様の大切なこの日に泥を塗ってしまうこと、お許しください。この試練を無事に乗り越えましたら、タロン神の祝福も添えて皆様の幸せをお祈りさせてくださいませ」
‥‥エレオノーラが商売人であったなら、商魂逞しい商人になったことだろう。
しかし、幸か不幸か‥‥この教会を訪れていた恋人たちは冒険者。
──祝福は自分の手で掴み取ってみせる。
そう思った有志がエレオノーラに同行し、オーグラ退治に名乗りを上げたのだった。
●リプレイ本文
●人の恋路を邪魔するもの
「オーグラ、っすか‥‥」
以心伝助(ea4744)は戸惑いの声を上げる。信者ではないが、大きな怪我を癒してもらったセーラへ感謝の祈りを捧げに来ただけなのだが──タロンはそれすらも試練にしようと言うのだろうか。思わず礼拝に訪れていた友人、サラサ・フローライトと視線を交わした。
「セーラ様は慈愛の女神なのだが‥‥」
伝助へ粋な再会を用意してくれる辺りは慈愛だろうか。しかし国教だからというわけでもなかろうが、今日はどうやらタロン神の試練の方が優位に立っているようだ。
「教会でお話を聞いて、レストランに食事に行ったり夜景を見たりしてロマンチックに行きたいなって思ってたのに‥‥人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて地獄に落ちろ、ってね」
「でも、聞かなかったことにはできないからね。憂いは断ってからのんびりしようよ」
物騒な笑顔を浮かべたシオン・アークライト(eb0882)の言葉。後半が呟きとなったため聞こえたのか聞こえなかったのか、雨宮零(ea9527)がそっと恋人の手を握る。伝わる温もりに、思わず嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべたシオンが結婚したばかりの愛娘に重なり、オリガ・アルトゥール(eb5706)も笑みを浮かべる。
ジューンブライドという異文化を堪能すべく物見遊山をしていた真幌葉京士郎(ea3190)はエレオノーラのたおやかな手をそっと取った。
「教会に立ち寄ったのは偶々だったのだがな、運命というものは面白い計らいをしてくれる‥‥エレオノーラ嬢、俺も手を貸そう」
「ありがとうございます。では、わたくしはけが人の治療に向かわせていただきます‥‥皆様、決して無理はなさらないでください。どうか、ご無事で」
セーラ様の祝福がありますように、と祈りを捧げたエレオノーラの姿がばたばたと教会の裏手へ消えていく。
「あたしたちも行きましょうか。無粋なことは早く片付けたいですもんね」
ミィナ・コヅツミ(ea9128)が掛けた言葉に強く頷き、凛々しく顔を引き締めた零は靴音を響かせて教会を後にした。
●褐色の獣
オーガとオーグラは、探すまでもなく街道に躍り出てきた。
「氷雪の息吹、ロシアの風を纏いて襲い掛からん──!」
吹き荒れる吹雪が魔物に襲い掛かる! オリガの先制はオーガたちに痛烈な痛手となった!
オリガが詠唱する間にオーラを纏い、結界を張り、影がオーガを絡め取る。
「はあっ!!」
京士郎のソードボンバーで弾き飛ばされたオーガの前に躍り出たのは伝助だ。
「オーガはあっしが!」
「京士郎、行くわよ」
「気をつけて!」
オーグラに狙いを定めたシオンが京士郎を誘う。恋人に声を掛けた零はシオンの背後を護ることを選び、伝助と共にオーガを相手に据えた。
開始直後から、一進一退の攻防が続く。急所を避けてホークウィングで受けた棍棒は鈍い痛みを伴ったが、大きな支障とはならない。野太刀の重量を利用した一撃は回避されたが、棍棒の重量を活かした一撃はホークウィングの上からシオンを痛めつける!
「く‥‥っ!」
「セーラ様‥‥!」
オーグラをコアギュレイトとシャドウバインディングが縛り上げる! 仕上げとばかりにアイスコフィンを詠唱するオリガへ、オーグラが襲い掛かった!
「悪いが、これから俺がエスコートの予定なのでな」
京士郎が身を挺してオリガを庇う! 一合目は金属と棍棒のぶつかる鈍い音が響き、二合目にはオーグラの攻撃が京士郎の身体を襲った!! 目論見どおりオーラマックスを使用できれば結果は違ったかもしれぬ。しかし高速で詠唱する術を知らぬ京士郎は返す刀で攻撃をすることも叶わず、敵の攻撃に対し回避の熟練度が低すぎた。
「京士郎さん!」
ミィナの手は短く、リカバーは京士郎へ届かない。更に攻撃を重ねようと振り上げられた斧! 間に合わない──唇を噛み締めたミィナの眼前でスッと手を伸ばした者がいた。オリガである。
「あなたの相手は1人ではありませんよ、オーグラ。氷の棺よ──!」
隠された瞳はオーグラを捕らえている。高速で唱えた呪文が形となり、オーグラが氷の棺に囚われた!!
「ミィナ、京士郎をお願いします」
「は、はい!」
結界を飛び出したミィナ。その姿に目標を定めたオーガが襲い掛かる!
そして、逃げることも叶わず硬直したミィナに振り下ろされた!
「グガアアア!!」
否、突き立った鏃が与えた激痛に、攻撃を止めたのだ。
「今日のところは援護してやるぜ、お嬢ちゃん」
ずっと聞きたかった、ニヒルな声。しかし感傷に浸る暇はない。飛来する矢が足取めをしている間に、伝助が二本の刀を振るう! 影を縫いとめ、月光の矢を放ち、サラサが惜しまぬ援護を放つ。
「姐さんを護るためにも‥‥ここを抜かせるわけにはいきやせん!」
「かっこいいわよ、伝助」
シオンがにやりと笑った。オーグラが囚われた今、全ての流れは冒険者に傾いていた。
そして──暫しの後、満身創痍となりながらも冒険者たちはオーガとオーグラの死体を見下ろしていた。
●忍と楽士
長過ぎるほどに長い日が徐々に傾き始めた頃、エレオノーラがキエフに戻った。
「皆様、ご無事でしたか‥‥! 良かった‥‥」
「ケガをされた皆さんは大丈夫だったんですか?」
「ええ。また明日、薬草を届けながら様子を見てきますけれど」
尋ねたミィナは安堵の息を零し、その場に崩れ落ちた。とっさに抱きとめたオリガが、その背を宥めるように叩く。
「なら一安心ね。タロン様の祝福を頂くこともできたかしら」
「うん、きっとね。予定が随分変わっちゃったけど‥‥もう暫くつきあってくれる、シオン?」
「もちろんよ♪」
騎士のように恭しく差し出された手に、貴婦人のようにそっと自分の手を重ね。
「気高き恋人たちとその前途に、セーラ様の祝福がありますように‥‥」
「ありがとうございます、司祭様」
祝福を受けながら、二人はキエフの街へ姿を消した。その姿に勇気を貰ったミィナが頬を染めながらディックを見上げた。
「あ、あの、ディックさん! この後お時間があればお食事でもいかがです?」
「メシか。まあいいぜ、腹ァ減ったしな」
顎鬚を摘みながらディックが頷くと、ミィナは嬉しそうに微笑んだ。そのやり取りから二人の関係を察したエレオノーラは、ミィナの手をそっと握る。
「セーラ様の微笑みが貴女と共にありますように」
「ありがとうございます」
「おい、置いてくぜ?」
自分のペースで進んでいくディックを小走りに追いかけて、ミィナも街並みへと姿を消していった。
「お暇かな? オリガ嬢。もし良かったら、これから俺のエスコートで食事に付き合ってはもらえぬだろうか?」
「そうですね‥‥たまにはいいかもしれませんね」
残る伝助とサラサを邪魔するのも無粋だろうと、オリガは京士郎の言葉に頷いた。
「お二人の頭上にも、ジューンブライドの輝きが訪れますように」
京士郎の腕に手を預け、二人はこの祝福の空気を満喫するためにキエフの街へと繰り出すようだ。
「折角、遠方より礼拝にいらしていただきましたのに、申し訳ありません」
「構わない」
ゆったりと教会で過ごすことはできなかったが、友人と会うこともできた。教会という場の運命なのだから、全てセーラの導きであるのだろうとサラサは解釈してくれたようだ。エレオノーラと恩人に別れを告げ──伝助は勇気を振り絞る。
「久しぶりに会えて嬉しかったっす、姐さん。あ、そうっす! 忘れるところでやした」
「‥‥何をだ?」
忘れてなどいないのに、そんな言葉で誤魔化して、くまのぬいぐるみを取り出した。
「あっしがこれ持っていても仕方が無いですし、折角なので」
「しかし‥‥もらう理由がない」
可愛いもの好きが知られているなど露知らず、無愛想ないつもの雰囲気のまま首を振るサラサ。しかし、その視線はぬいぐるみに釘付けだ。
「一ヶ月早い誕生日プレゼント、でどうっすか? 次はいつ会えるか分かりやせんし」
「そうか‥‥それならば、ありがたく頂こう」
鷹揚に頷いたサラサの表情が僅かに綻んで。伝助の胸が、とくん、と鳴った。しかし、種族の違いが、忍者という職業が、伝助の淡い思いを縛りつけて‥‥貰うばかりでは、と義理堅く差し出された妖精の葉をありがたく受け取って、束の間の邂逅は夜の帳と共に終焉の刻を迎えてしまった。
「また会おう、伝助」
サラサの腕が伝助を抱き締めた。それは友愛の情、親愛の挨拶。ぎこちなく抱き返し、伝助は自分とは違う形の耳へ囁いた。
「姐さんも、お達者で」
許されるなら、と‥‥温もりを、腕に刻んだ。
●色男と未亡人
「京士郎が気を回してくれたお陰で、邪魔をせずにすんだようですね。伝助とサラサは巧くいったのでしょうか‥‥今の季節に似合った幸せな笑顔でいてくれると良いのですが」
オリガは後にした教会が気になるようで時折り振り返る素振りを見せる。
「どういたしまして、と言いたいが‥‥気を使ったつもりはないのだがな」
「え?」
すらりとした長身のオリガが、京士郎を見上げた。
「この先に、小粋で美味い料理を出す店を知っているのだ‥‥予約はしておらぬが、折角の出会いだ、運命も満席等という無粋は働かぬだろう」
にこっと、人懐こい笑顔を浮かべて京士郎は右手を差し出した。つい先日娘が結婚して、今年は嬉しいながらも少し寂しいジューンブライド──そんな状況がオリガの背を押したのは否めまい。
「そうですね‥‥これも何かの縁ですし、お言葉に甘えましょうか」
重ねられた手に口づけ、大通りに面したレストラン・コーイヌールへと足を向けた。
京士郎の予想通り運命は無粋な真似を拒んだようで、恋人たちの笑顔の溢れる店内で1つだけ空席となったテーブルが二人を待っていた。ローズキャンドルが彩る空間に、オリガは前髪に隠れた目を細めた。
「私も昔はあぁだったのでしょうが、今となっては懐かしいばかりですね‥‥」
「昔?」
「ええ、先日結婚したばかりの娘もいるのですよ」
「それは、誘ってしまってはご亭主に申し訳なかったな」
「大丈夫ですよ。未亡人ですからね」
「なかなか波乱に満ちた人生を送られているのだな。そこに俺の姿があれば僥倖なのだが」
ワインを注ぎながら幼い笑みを零す京士郎。勧められるままにワインを飲み、美味しい料理に舌鼓を打ちながら時間はゆったりと流れていく。
(あの子も幸せを掴みましたし‥‥また、自分の幸せというものを探してみるのもいいかもしれませんね‥‥)
華やいだ空気に中てられたのか、それともワインの良いが回ったのか。ヘルガは小さく笑った。
とても楽し気な微笑みが美しくて、京士郎は思わず目を奪われたのだった。
●怪盗とミィナ
キエフの外れの小さな公園。貧民街に程近いその公園で、一組の男女は夜風に当たっていた。
「ディックさんは、ノルマンには戻られないのですか?」
ノルマン王国の誇る花の都、パリ。その街が神学者の予言とやらで揺れ動いているというのはミィナも人伝に耳にした。のんびり葉巻をふかすディックの仲間たちがパリにいるという噂もある。
「こっちで獲物見つけちまったからな。のこのこ顔出したりすりゃ、ホリィに叩き帰されるだろうよ」
ミィナも先日アバドンと対峙したばかり。キエフに残るという言葉は嬉しくもあるが‥‥無事に生きていてほしいと願う心には、鋭い針のような言葉だった。怪盗の一味は、常に身を挺して最前線で戦っていると知ってしまっていたから。
それを証明するように、開いた胸元に滲む血。
「手当てしますから。逃げないでくださいね」
女性に触れられるという一点が余程嫌なのだろう、渋面を浮かべるディック。強気に手を伸ばし、けれど僅かに躊躇いながら筋肉質な胸元に触れたミィナは、ハーブの束を取り出して手早く手当てをする。
「言っても聞いてくれないのでしょうけど、あまり無茶はしないでくださいね。少なくとも、あたしも彼女も、あなたとまた会いたいと願っていること、覚えておいてほしいです」
「ちっ、女はすぐ感傷的になりやがる」
「感傷的にもなります! あたしは‥‥あなたを愛してるから」
「‥‥は?」
ぽろりと口元から葉巻が転がり落ちる。驚愕に硬直するディックへの唇へ、背伸びして自分の唇を重ねる。
──風が、木々を揺らした。
「‥‥突き飛ばされると思ってました」
ゆっくりと唇を離したミィナから毀れた本心に、ディックは舌打ちして顔を背けた。
「正直、あんたの事は嫌いじゃねぇが‥‥その、なんだ、愛だの恋だのってのは苦手でな‥‥」
「あの‥‥ひょっとして、恋愛、未経験だったりします‥‥?」
「悪ぃかよ」
帽子を引き摺り下ろして目を隠し、再び舌打ちするディック。浅黒い肌が赤く染まっていて、ミィナは思わず小さく笑った。笑うなっ、と乱暴に撫でた手が愛おしかった。しかし、奥手すぎるディックを落とすためには、もう少しだけ時間が必要なようである。
●紅と紫苑
「綺麗‥‥ゆっくりと景色を眺めるなんて、ずいぶん久しぶりね」
「いつもは酒場で賑やかにしているか、危険な依頼で奔走しているものね」
「ええ。食事もムードなんて全然ないもの。だから、嬉しかったわ‥‥ゆっくりできて」
二人っきりで、という言葉を呑み込んだシオン。妖艶にみえても、純情な面があるようだ。エレオノーラ御推薦の夜景スポットは少し高台になっていて風が吹き抜ける。頬を染めた恋人の愛らしい一面にくすっと笑い、零は彼女を気遣った。
「寒くない、シオン?」
「ふふ、大丈夫よ」
レストランを出てからずっと零の腕を抱き締めているシオン。柔らかな感触に慣れず、緊張に頬を染めたままの零だが、寄り添った温もりにも限界があることは察している。沈まぬ日に照らされていたキエフに夜が訪れるのは夜半のことで、そうなれば当然風も冷たい。現に、ワインでほてった身体に心地良かった風も、すっかり冷えてしまったのだから。
「無理はしないで」
そっと、恋人の目を手で塞ぐ。
「さっきから、月、見ないようにしてるよね。それくらいは解るんだよ」
冷え切った肌にも、気付いていた。
「そっちの木陰に行かない? 空は見えるけど、月はちょうど見えないと思うよ」
「ありがとう‥‥」
恋人の心が素直に嬉しい。頷き、導かれるままに木陰に並んで腰を下ろした。座ってしまえば、身長差など気になるものではない。抜けきらないワインに背を押されるように、どちらからともなく深く唇を重ねていた。
「ね‥‥?」
「ダメだよ、シオ──」
反論は、再び重ねた唇が封じた。恋人との時間を大切にすると決めていたから。シオンの望みは全て叶えようと思っていた零は、一瞬の逡巡の後に恋人を力いっぱい抱き締めた。
「んっ、‥‥零‥」
「愛してるよ、シオン」
囁きと共に小柄な身体が恋人に覆い被さって。柔らかな草に、シオンの銀髪が広がった。
恋人たちを見守るのは、ただ満天の星々──‥‥