【虹の産む闇】野良猫の廃墟

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:16 G 29 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月23日〜09月02日

リプレイ公開日:2007年08月26日

●オープニング

●冒険者ギルドINキエフ

 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は、ラスプーチンの企てたクーデターが潰え、彼がデビノマニと化した後も‥‥まるで壮大な協奏曲の如く彼の存在を誇示しながら、皮肉にも国民の希望となり支えとなり続けていた。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、反逆の徒ラスプーチンが姿を消した『暗黒の国』とも呼ばれる広大な森の開拓は、そこに潜む膨大で強大なデビルたちが存在の片鱗を見せた今、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突以上の恐怖を伴うこととなった。
 そして、それは終わらない輪舞曲。広き森を抱き開拓へ希望を抱く公国、歴史ある都市を築き上げ開拓の余地のない公国、牽制しあう大公たちの織り成す陰謀の輪は際限なく連なっていく。まるで、それがロシアの業であるとでも言うように。
 不穏と不信、陰謀と野望。それらの気配を感じた人々や、それらを抱く人々による冒険者への依頼も増え、皮肉なことに冒険者ギルドは今日も活気に溢れていた。もっとも、夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼が並ぶ状況に変わりは無いのだが──‥‥


●張り詰めた弦

 静寂が村を包み込む。
 美しく澄み渡った青空の下に広がるのは、滑稽なほどひしゃげた空間。

 家々は圧倒的な力で粉砕され、
 焔の舌に嘗め尽くされた哀れなる黒い塊がごろりと転がる。
 動くものは村を棄てたのだろうか、
 鼻を突くのは生物が燃えた独特の臭いと、
 ──腐臭。
 静寂という棺に囚われた村だけが、忘れ去れたかのように、ぽつんと   あった。

 その棺の村で動くものは、風に煽られた草木ばかり。
 ‥‥否。それらの陰から顔を出すものがあった。すらりとしたシルエットの美しい猫である。
 あちこちから現れた猫たちが、我が物顔で村を闊歩する。
 ──ちりりん。
 一際目つきの鋭い黒猫の、その長い尾の先に飾られた鈴が愛らしく鳴る。けれど、それを愛でる人影はない。

「みゃぁ‥‥」
 それは どこか寂しげに

「みゃぁ‥‥」
 それは どこか悲しげに

「みゃぁ‥‥」
 それは どこか愉しげに

 主と化した猫たちが、レクイエムを合唱する。
 人知れず、静寂の棺を葬送するように。


●陰謀と誠実

 からん、と銀のタブレットの中で氷が鳴る。
 輪郭を伝った水滴が小さな水溜りを作っている──2つ。
「‥‥また、か」
 磨きぬかれた大理石が彩るテーブルに散る羊皮紙。その下には簡素な地図。数箇所にはインクで印が付けられている。その内の1つは、まだインクが乾いてすらいなかった。重なるように散る羊皮紙には様々な数値と文字列が並ぶ。難しい表情を浮かべて手に取るのはさらりとした栗色の髪の青年、アルトゥール・ラティシェフ。
 吐息と共に白い煙を吐きながら、正面に座した浅黒い肌の男がにやりと口角を上げる。
「いい加減、知らせるべきじゃねぇのか?」
「そうだね‥‥混乱させるだけ、という気はするけれど」
 隠密裏に収拾させることを、アルトゥールは望んでいた。領民の平和を脅かさぬままに片を付けることを。
 その決断は、アルトゥールを追い詰めることとなっていた。アバドンの解放、それを一人知っていたアルトゥールが領主たる父に告げなかったこと、後継たる兄に告げなかったこと、それが彼らにとってどんな意味を持つ事実か解らぬほど愚かなアルトゥールではない。
「ま、誰が知ろうと退治できなけりゃ意味はねぇからな。ご自慢のナイト衆で相手にできるのは精々下級デビルだろうよ」
 咥えていた葉巻をゴブレットに突っ込んで、男は立ち上がる。
「アンタは今までどおり、冒険者と手を尽くせばいいさ。相手が相手だ、余程の馬鹿でない限り冒険者の方が役に立つぜ?」
 喉で楽しそうに笑い、帽子を被った。
「陰謀ごっこは力押しのアバドンにゃ通じねぇよ。領民だって頭はある、真実の中で誠実に生きてりゃ伝わるってもんだろ」
「真実の中で誠実に、ねぇ‥‥怪盗の一味とも思えない素晴らしいお言葉だね」
「俺たちはいつでも誠実だぜ? 俺らの目的のためには、な」
 男の言葉を鼻先で笑うとベリーのジャムが沈んだ泡立つ液体で喉を潤して、アルトゥールは一枚の羊皮紙を男に渡した。
「僕はしばらく動きが制限されるだろうから、代わりにギルドにこれを。被害規模を考えればアバドンでなくウィザードという可能性もある。状況の確認と情報収集を頼む」
「これで貸し借りはチャラだ、次からは高いぜ」
 羊皮紙を受け取ると、帽子の男はひらひらと手を振って部屋を出た。
 そして次の瞬間、男──ディック・ダイの姿は影に溶けて消えていた。

●今回の参加者

 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1052 宮崎 桜花(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

サラサ・フローライト(ea3026

●リプレイ本文

●灯された詩

 今にして思えば、当初から足並みなど揃ってはいなかったのだ。先行する者と、通常通り移動する者がいた時点で‥‥
 夜空を焦がさんと爆ぜる炎を前に、一組の男女が休憩を取っていた。
「ずいぶん離れたわよね。ごめんねダイちゃん、付き合わせちゃって」
 俯くローサ・アルヴィート(ea5766)、その心中は複雑である。波立たせているのは、森にまで広がっているであろう被害と、キエフを発つ直前に告げられた「あたしはもうちゃんと告白しました」という恋敵の言葉。隣に座すディック・ダイ(ea0085)の顔を盗み見ると、怪訝な顔をされた。「単独ってのはいくらなんでも無用心だろう」と尤もらしい理由をつけて魔法の草履を断った時は嬉しかったが、遠出で無邪気にはしゃぐ幼いボルゾイや重量のある足音を響かせるクマなど連れ歩いている状況は用意を整えなかった後悔ばかりが先に立ち。
「らしくねぇな、ローサ」
「そ、そんなことないよっ」
「そういうことにしてやるから寝とけ。夜警は半々だからな」
 溜息を吐くと自分の帽子をローサに被せ、ぶっきらぼうに言い放った。ありがとうの言葉はお互いのために飲み込んで、表情を帽子で隠しながら、ローサは毛布に包まった──明日も、早いのだ。


●廻り巡る情景

 キエフを発っておおよそ一日半。その村に辿り着いたのは陽光が頭頂から降り注ぐ真昼のことである。
 道中を急いだ者たちは、後発の仲間が到着する前に石の中の蝶を頼りに村内をぐるりと踏破することにしたようだ。
「高速馬車、借りられれば良かったんですけれどね」
 宮崎桜花(eb1052)の溜息が毀れる。いっそ嫌味なほど良く晴れた空を見上げて、真幌葉京士郎(ea3190)は薄く笑った。
「台数も少ないのだ、そう都合よく手に入るものでもない。ミィナ嬢もローサ嬢も納得しているだろうさ」
「そうでしょうか」
 そう、馬車は言葉を交わすジャパン人たちが提案したものではなく、後ろを気にしているミィナ・コヅツミ(ea9128)が提案したものだった。
 ──にゃぁ‥‥
 鯖虎の猫が目の前を横切っていく。それを待った灰色の猫が冒険者を一瞥し、廃屋の角を曲がって消えた。
「ずいぶんと猫さんが多いのですね」
 油断すると緩んでしまう頬を理性で引き締め、セフィナ・プランティエ(ea8539)が猫の消えた角を見つめた。その視線はとても柔らかい。
「お好きなのですか」
 マーチを連れて来なくて正解でした、と内心で安堵したキリル・ファミーリヤ(eb5612)の言葉にほにゃりと表情を綻ばせ、繕うように慌てて引き締めると「ええ、まあ」とすまし顔で応えた。
「でも、本当に猫ばかりですね。人影もデビルの気配もないなんて‥‥」
 周囲と指輪を交互に見ながらミィナが呟いた。赤毛を彩る二筋の黒髪が風に揺れる。生きているものの気配といえば猫ばかり、所狭しと飛び散る瓦礫、デビルが出なかったとしても休める場所など見当たらない。
 一方、別ルートで村内を探索していたチームが発見したのは、幾分崩れてはいるものの見慣れた石組み。
「あっ! なあなあ、あれって井戸じゃないかっ?」
 無鉄砲なところは師匠にそっくりのシュテルケ・フェストゥング(eb4341)が駆け出すと、慌てて以心伝助(ea4744)が後を追った。
「まだ生きてるのかな、これ」
 ぽっかりと口を開ける地表の穴に身を乗り出し、小石を1つ投じる。
「危ないっすよ!」
 慌てて取り押さえる伝助の耳に小さく響く水音。
 ──ぽちゃん。
「やった、生きてるぜっ!」
「駄目っすよ、シュテルケさん! 襲ったのがアバドンなら、毒が流れ込んでいる可能性だってあるんでやすよ!」
 水を汲める桶を探そうとしたシュテルケの腕をしっかり掴むと、伝助は声を張り上げた。変色した顔色で泡を吹いて死んでいたドワーフの姿が脳裏を過る。喉を掻き毟った跡のあるジャイアントの死体も。
「あ、そっか。戦場でも血が流れたばっかりの場所じゃ水汲まないしなー」
 名残惜しそうに井戸を振り返ったシュテルケは、ひょいと肩を竦めた。
「あ、こちらにいらっしゃったんですね」
 半周し戻ったセフィナが声を掛ける。その背にあったバックパックが姿を消していることに気付いたシュテルケが尋ねる前に、キリルが口を開いていた。
「状況も酷すぎますし、村の中ではなく外れで休んだ方が良いだろうと‥‥勝手ながら場所を探してきました」
「あっしも夜営は村の外がいいと思ってやしたから、ありがたいっす」
 熟練冒険者宛に出された依頼を背伸びして受けたキリルの溢れる緊張に、苦笑して礼を述べ荷物を降ろしに向かった。


●過ぎ去りし日の夢

 遅れた2名もゴブリン退治などしつつ無事に合流を果たし、本格的な調査に乗り出すこととなったのだが──残念なことに、といっても想定の範囲内ではあったのだが、生存者の姿は見られなかった。
 見つけられたのは、ただひたすら 死体 、 死体 、 死体 。
「生存者がいれば、もう避難したと思いたいっすね‥‥」
 耳に入る情報を鑑みると希望的観測かとも思える。生存者がいれば、もっと様々な情報が流れているはずなのだ。特に、伝助の耳には。多く見られる猫から情報が聞き出せれば、或いは違ったかも知れぬが。生憎、伝助も仲間たちも猫と言葉を交わす手段を持たなかった。
 ──がらがらがら‥‥
 真九郎に括られたロープが瓦礫を崩す。その下に広がる赤茶けた円。
「‥‥」
 小さく黙祷を捧げ、京士郎は瓦礫に押しつぶされた遺体を引きずり出した。ずるり。上半身と下半身を辛うじて繋いでいる内臓が零れ、伸びる。汚れることも厭わず、純白の羽織を被せた。
「一度、誰かを呼んで弔ってもらいやしょうか」
「そうだな‥‥」
 瓦礫の周囲に見られる大きな足跡。ドラゴンでなければ、それは‥‥‥‥零れる溜息。滲むは憂いと悔悟ばかり。

「‥‥焼畑、じゃないよなー」
 ぽりぽりと頬を掻くのはシュテルケだ。様子を見にきた畑は業火に見舞われた形跡を色濃く残し、それは焼け落ちた村の一角から畑の向こうの森まで、ずっと続いていた。
「畑に放火されたっていうよりは、延焼したって感じだよな」
「そうね。燃え方も、自然ならざる感じよね」
 共に歩くローサも頷く。彼女の目には小さな炎が徐々に大きくなったのではなく、初めから大きな炎だったように映った。そしてシュテルケの見たところ、畑や周囲の荒れ具合は一週間程度手付かずの状態に酷似していた。
「畑も森もこんなにしてくれちゃって‥‥絶対尻尾捕まえてやるんだから!」
 ──それがデビルであろうと、ウィザードであろうと。
「俺も、絶対捕まえて、ぶん殴ってやるんだ!」
 ──デビルと共に消えた、小さく優しい、友を。

「アルトゥール様の心労もいかばかりか‥‥」
 変わり者のヴェールの下で領民を憂い平穏を選択する、領主の次男坊。縁浅からぬ彼を慮って、キリルはエクソシズム・クロスを握り締めた。そのキリルは、アルと同様に村人を守ろうとした村長がいたであろう家を、セフィナと二人で訪れていた。瓦礫を避けると、喉を掻き毟った苦悶の表情の遺体が折り重なっている。
「亡くなられた後に瓦礫が降り注いだのですね‥‥」
 セフィナが沈痛に沈む。どちらが先なら楽だったか、など論じる気はない。ただ、セーラの祝福を抱いたまま生きていてほしかった。
「胸に刻んだ想いを、わたくしに分けてくださいませ──」
 意を決し祈りを捧げると、発動したデッドコマンドにより脳裏に死者の最期の言葉が木霊する。
『──死にたくない!!』
 耳元での絶叫に匹敵する衝撃に、セフィナの足元が揺らぐ。
「セフィナさん!」
「大丈夫、です‥‥!」
 差し伸べられた手に縋らず自らの足で立ち、背筋をぴんと伸ばして、セフィナは別の死体の言葉を聴く。
『デビルが!!』
『どうして!!』
『苦しい苦しい苦しい苦しい苦し』
 無理やり断ち切られた運命を、襲撃した悪夢を、否定し、回り続ける苦渋の言葉。意地でも凛と立つセフィナの頬を、知らず、涙が伝った。
「ああ、セーラ様。この地に倒れた彼らにどうか慈愛の御手を‥‥」
「命を落とされた方が、迷うことなく神の御許に召されますよう‥‥」
 二人の祈りは──悲しみ渦巻くこの地で、セーラへと届くのだろうか‥‥


●忍び寄る影

 ──みゃぁ‥‥
 暗闇に猫が啼く。ただの声が悲しく響くのは、冒険者たちの心を映しているからだろうか。
 瓦礫を全て除去して、遺体を検分して。
「多かったのは殴られた痕跡や爪痕が残る遺体ですね。それから、焼死体。他にも、食い千切られた遺体がありました‥‥ドラゴンでもペットにしていない限り、ウィザードとは考えにくいですね」
 桜花の言葉を、ミィナが推察で繋いでゆく。
「セフィナさんが聞かれた遺体の言葉もありますし、デビルでしょうね。冒険者としても、さすがに、そんなに超越した魔法が使えてドラゴンなんて飼っていれば、人目につきすぎます。ましてやデビルに近しいなんて、まず仲間の冒険者の目を引くでしょうから‥‥」
 伝助に視線を流して、彼が頷くのを確認し、可能性はゼロに近いですね、と締めた。
 ならば襲撃に法則は、という話になるのも当然の流れだろう。
「村人の恐怖や苦しみがデビルの糧であるならば、それを広げて力を回復させようとしている、というのが村を襲って回っている理由であったりはせぬだろうか?」
「可能性は低いな。そういうのを好むデビルも確かにいるが、それならば苦しませた挙句に魂を奪うだろう。アバドンはバカとまではいかないが、それほど高い知能は持ち合わせちゃいねぇぜ」
 葉巻を口から離し、白い煙と共にディックが呟く。
「そうだ! 法則性はないんだったら2つの集団がそれぞれが別のしたいことに向けてやってるとかない?」
「他にどんな集団が襲っていると?」
 キリルに訊ね返され、勢い勇んでいたシュテルケは押し黙る。そこまで考えていなかったから。そして思いついたのは‥‥
「法則を悟らせないための陽動とか!!」
「アバドン抜きで壊滅しやすかね?」
 セフィナは同じ疑問を抱いていたのだが、今度は伝助から疑問が返る。炎や毒などによる被害の度合いやその指向性、破壊の痕跡などは数日前に訪れた村と同様、アバドンに襲撃されたものに思えた。冷静な言葉に両手で髪を掻き乱し、シュテルケは地面に突っ伏した。
「‥‥やっぱ都合よく考えすぎ? 半分ならいいってわけじゃないし‥‥、ごめん、公平に判断できてないや」
「気持ちはわかるっすよ」
 柴丸がシュテルケの頬を舐めた。触れた舌の暖かさに心を揺さぶられてむくりと起き上がり、シュテルケは二人の女司祭に訊ねた。
「契約者‥‥までいかなくてもさ。もしデビルに味方した人間がいたらどういう罪になるんだ? ‥‥もしだぞ、も・し」
「どんな事情があっても、教会も、人々も、王国も、デビルに荷担した方を許しはしないでしょう」
 悲しげに瞳を揺らして、セフィナが囁いた。
「それに、デビルの位が高いほど‥‥人は簡単に手玉に取られます。デビルに味方した大抵の人間は、弄ばれて裏切られ、魂を‥‥」
 縋るようなシュテルケの視線を正面から受け止められずに、ミィナは視線を逸らす。
 そっか、と零れた言葉にが絶望の色が滲んでいたが‥‥それくらいで諦めるシュテルケでは、ない。
 そう、彼の師匠がそうであるように──


●命を賭けた任務

 今にして思えば、そもそも出だしでけちがついた依頼だった。
 夜空を焦がさんと爆ぜる炎を前に、一組の男女が休憩を取っていた。否‥‥正しくは不寝番三直目、である。
 休憩中に膝枕をしようとし、問答無用でディックに逃げられた挙句に猛禽類の如き目で睨まれたミィナは落ち込み気味。自分であれば据膳‥‥もとい御婦人の誘いなど断らないのだがな、と京士郎は笑うが、どうやらディックは彼と違う種類の人のようで。今は何処へとも言わず、ふらりと姿を消していた。恐らく、自分で選んだ狙撃地点で警戒しているのだろう。
 そっとテントが空いて、さらりとした金髪が現れた。
「何かあったか、ローサ嬢」
「大丈夫よ、風に当たりに来ただけだから‥‥ちょっとしんみりしちゃって」
 確かに気にはなっていたが、別段恋敵の邪魔をしに来たわけではない。焼け落ちた森の臭いを感じながらの就寝が、案内人には辛すぎただけ。
「無理はいけませんよ。‥‥慰めるのがあたしで申し訳ないですけど」
 笑顔を見ようと掛けられた言葉に上辺だけで微笑み、ミィナの隣に腰をおろし月を見上げる。半分ほどに欠けた月は静かに森を照らし出し──
「無粋な輩が現れたようだな」
 京士郎がゆるりと祖師野丸を抜く。ローサが呼子笛を高らかに吹き鳴らす隣で、ミィナがセーラへと祈りを捧げる。
「セーラ様、邪なる者を拒む聖域を──!」
 普段よりやや広めに、一瞬淡い白に輝いた結界。その中に、笛の音で目覚めた仲間たちが次々に飛び込んでくる!
「無念だったのですね‥‥」
 キリルが小さく十字を切る。しかし、迷い出た者に同情し見過ごす訳にはいかない──サンクト・スラッグを構え、聖十字の上衣を翻す!
「デビルに負けるわけにはいかないけど、アンデッドだともっと負けるわけにはいかないんだよな」
 じわりじわりと近寄る先頭のズゥンビをライトソードの衝撃波で吹き飛ばした!
「数で勝れば勝てると思ったか? その認識の甘さ、思い報せてくれよう!」
 京士郎はセフィナが隣接させ展開した結界を駆け抜け、飛び込んだ。蝶に口付けた伝助も京士郎の背を守るようにズゥンビの群れに飛び込んだ!!

 ──数が多かろうと所詮ズゥンビ、ディックやローサの弓やミィナやセフィナの魔法の援護も飛び交えば、時間と共に数も減り。やがて迷える死体は動かぬ塊と成り果てた。

 依頼人アルトゥールへ報告するため羊皮紙へ調査結果を記すミィナ。森に住むエルフの動向など蛮族に明るい極楽鳥を失った今、知る手段などありはしなかったが‥‥知りえた事は全て記さねばならない。それが依頼だから、だ。
「ディックさん、これをアルトゥールさんへ渡していただけますか」
 渡された羊皮紙にざっと目を走らせるとそれを預かり、にやりと笑った。
「なかなかやるな、嬢ちゃん」
「嬢ちゃんじゃなくて、できればミィナってちゃんと名前で呼んでもらえませんか?」
 小さく舌打ちし、これだから女は面倒だとぼやきながらではあるが──彼は確かに頷いた。

 改めて埋葬した遺体の前に立ち、セフィナとキリルは己の無力を嘆いた。
「結局、迷ってしまわれたのですね‥‥」
「あたしも祈るからさ。‥‥改めて、送ってやって?」
 はい、とセフィナとキリルが頷いた。セフィナが聖書を朗読し、キリルが埋葬した遺体に清めの塩と清らかな聖水を振り撒く。さあ、と促され、ローサは摘んできた花を捧げた。
 もう迷うことなく、神の御許へ辿り着くようにと、その二つ名に懸けて祈りながら──