雛ちゃんの落し物
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:09月29日〜10月05日
リプレイ公開日:2007年10月08日
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●オープニング
●ある日の光景
木々の隙間から降り注ぐ陽光に下草の生い茂る、手入れの行き届いた林。キエフから少し離れたセベナージ領の片隅に、その林はあった。
「ほわ太は今日もほわほわ〜♪」
嫌そうな顔をしながらも飼い主に尻尾をもふらせる狐。飼い主は、まだ幼い少女である。ただし、ロシアの風景には不似合いなジャパン風の装束を纏っている。
「わんっ!!」
自己主張するように吠えたのは、こちらもロシアには不似合いな甘えたがりの柴。鼻面を押し付けた愛犬の頭をひと撫でし、荷物の中から弁当を取り出した。
少女に名を尋ねれば、雛菊と答える。それは通称で本名ではないが、彼女は本名を名乗らない。
しかし、ペットたちの名であれば教えてくれるだろうか。少女の発音ではほわ太としか聞こえない狐は穂綿、飼い主に似たか人懐こい柴は雛雪という。彼女のかけがえのない家族、である。
その平穏に闖入者があったことが、事件の発端だった。
ぴく、っと狐の耳が動き、柴が追うように風下へ顔を向ける。がさり、と音を立て茂みから現れたのは、赤ら顔の牛。
「はわ〜、牛さん、おっきいのねー」
頬を染めて少女が見上げる牛の胴体は、どう見ても人間より一回りも二回りも大きい。しかも、二匹。
「雛、ふわぁってなっちゃうなの。いーなぁ!」
危機感を感じていないのだろうか、羨望の眼差しを送る少女の隣で柴が低く唸りを上げる。狐もまた、警戒色を濃く示し、雛菊もここに至って漸くモンスターであるという可能性に思い至った。
次の瞬間。
どう! と重い一撃が地面をえぐった!!
「雛たちを虐める? なら、手加減はしないの」
すぅっと細めた目で敵意を示しながら、忍者刀を抜き放つ。
「雛雪、穂綿。雛の荷物持って逃げなさいね」
指示を与え、時間を稼ぐ。浅い攻撃と軽やかな回避で牛頭を引き寄せ、ペットたちがたっぷりと距離を稼ぐのを見守ってから、手刀で印を結ぶ。
「さよなら」
ドォン!! と少女の足元が弾けた!!
爆煙と共に消えた少女。獲物に逃げられ地団太を踏む二頭の牛頭の足元には──彼女の大切な、玉簪が残されていた。
少女がそれに気付くのはキエフにある仮の棲家へ戻った後になる。
にわかに曇りだした空、やがて涙のような雨粒が零れだすだした。
大切な玉簪が無いと気付いたのは、ペットたちに追いついた後のことだ。
もちろん、慌てて戻ったが──その場所に、大切な簪の姿はない。あるのはただ、牛頭の鬼が抉った地面の窪みだけ。
「ひっく、うう‥‥うぇぇん‥‥雛の簪‥‥どこぉ?」
しとしとと降り注ぐ涙のような雨が匂いを押し流し、柴の嗅覚を持ってしても少女の匂いを追うことは困難で。
俯いた少女の唇からは、ただしゃくりあげる鳴き声だけが零れて。
「‥‥兄様、雛、雛‥‥」
迷い子のように、ただ、遠き地の兄を呼び求める──
●リプレイ本文
●
幾分曇り気味の空の下で、1人の少女の些細な依頼であったのだが、見送りの友人たちの数は多かった。
「嬉しい涙までお預けにしましょうね」
とセフィナは少女の涙を拭い、命の温もりを感じさせるためキリルはマーチを抱かせ、少しでも助けになればとユキはメンタルリカバーを使い、リュシエンヌはその間ぎゅっと抱きしめ撫で続けていた。元気の無い少女──雛菊(ez1066)を心配するのは大切な友人だから。
「雛菊さん、初めてお会いした時の事を覚えていますか? あの時も雛菊さんの宝物は見つかったのですから今回も大丈夫ですよ、私達を信じてください」
そう言って優しく微笑むフィニィ・フォルテン(ea9114)にも、少女は大きな反応を返さず‥‥ただただ、
「雛菊、忍者なんでしょ? そんなぴーぴー泣いてていいのかしら?」
切り捨てるように言うのはシオン・アークライト(eb0882)、長い指でピシッと雛菊の額を弾いた。息を呑み、シオンを見上げる雛菊。せっかくセフィナが拭ってくれた涙をこれ以上流さぬよう、そして忍者として情けないところを見せないためにも、俯いて唇を噛み締めた。
「とても大事っていっても、失くした途端、ここまで心閉ざしちゃうとなると‥‥まるであの時期に戻ったよう」
──お兄さんの訃報を聞いた直後に。
森が焼失したときのように視線を伏せたローサ・アルヴィート(ea5766)の呟きに、笑みを忘れた以心伝助(ea4744)も目を眇めて頷いた。
「‥‥乗り越えていなかったという事っすかね」
「あの時期? 乗り越え? 何かあったのか?」
真幌葉京士郎(ea3190)が訊ねると、もみくちゃにされる雛菊ともみくちゃにする可愛い友人たちを眺めていた青龍華(ea3665)がためらいがちに小さく答えた。
「雛ちゃんの大好きなお兄さんが亡くなったのよ。何も話さないどころかご飯も食べなかった時期があって‥‥」
「今回の簪は形見というわけか」
「詳しくは知らないけど、多分そうなんでしょうね」
「しかし、いくら大好きとはいえ、家族を失った所で──そこまでダメージを受けるものなのだろうか‥‥」
「それを言ったら、お雛ちゃんを知っている人が訃報を知らせる理由も解らないっす」
伝助が振り返り、会話に加わった。こうなるリスクを抱えてまで知らせる事を選んだというのは、解せない。ローサも、それには同感、と小声で振り返る。
「うん。それもわざわざシフール飛脚に頼んで、だもんね。シフール飛脚が襲われたら、防御の要が落ちたこと、周りにバレちゃうじゃない」
「それは金額の問題じゃない? 月道往復で200Gもするのよ、訃報1つにそこまで掛けないでしょ」
「あ、そっか。でも、隠しておきたいなら帰ってきたときに伝えた方が安全よねぇ」
「そうよねぇ‥‥」
龍華とローサのやりとりに、伝助と京士郎は視線を交わす。
「偏愛っぷりを知っていて、なおかつ国外にいるお雛ちゃんに連絡取る必要があった‥‥」
「そして、情報は万が一流れても構わない‥‥?」
「じゃあ、こうなるのを知っていて、死亡の情報が流れるのも構わないと思ってたってこと?」
「お兄さん、生きてるんじゃないの?」
悩む四人へ、シオンがさらりと投げかけた。生きているなら訃報は流れても困らない。どんな状況であろうと、生きてさえいれば慧雪は再び雛菊を取り戻すことができる。
「大丈夫、簪は絶対に見つけてあげるわっ!」
見送りの友人たちに紛れ、雛菊へほお擦りしながら慰める宮崎桜花(eb1052)やフィニィ。そして、気合い漲る野村小鳥(ea0547)の元気な笑顔。
彼らの表情を曇らせる憶測など、口にできようはずもない。
「雛ちゃんの笑顔を取り戻すために! 頑張って行ってくるのですぅー!」
「たぶん、ミノタウロスだと思うのよね。奴ら、オスしかいないからヒトを襲って子孫を残すのよ」
「ミノタウロスに襲われるんですかぁ‥‥なんていうか‥‥色々と凄そうですねぇ」
何かを想像しているらしい小鳥の言葉に、何を連想したのか頬を染めたセフィナやユキ。同じく頬を染めたフィニィが、そっと雛菊の耳を塞いだ。
「効きにくいけど一応魔法も効果あるし、無抵抗になったらやられる前にやっちゃいなさい」
「えぇー、それはちょっとぉー」
リュシエンヌと小鳥のどこかちぐはぐな会話に、桜花は首を傾げる。
「やられる前にやるのは当然ですよね?」
「ええ‥‥そ、うですね‥‥」
居心地の悪そうなキリルの返事に再び首を傾げながら、韋駄天の草履をしっかりと履いた。
●
ダウジングペンデュラムを垂らしていた小鳥は、諦観の吐息を漏らすと、それを地図に落とした。
「うーん、駄目ですねぇ‥‥」
「正確な地図じゃなかったってこと?」
「まあ、占いみたいなものですからー。見つからないこともあるんですよー」
シオンへと肩を竦め、小鳥はダウジングペンデュラムを片付けた。地図が悪いのでなければ、後でまた改めて試してみればいいのだ。続けて試しても良い結果は得られない。
ヒラソールの背から取り出した保存食を雛菊へ渡しながら、ローサはウィンクをひとつ。
「大丈夫、探せばちゃんと見つかるって。目撃情報だってあるんだしっ」
「そうだな‥‥となると時間が惜しい。シオン嬢、上空からのサポートを頼めるだろうか」
「任せて」
「雛嬢はシオン嬢と一緒に『目』になって簪と牛頭鬼を探してくれ」
「わかったの」
「あたしは目星がつくまで小鳥ちゃんのサポート、でOKなのかな?」
「頼む」
頷く京士郎。相手の特性ゆえ女性が1人になることは好ましくなく、目星のつかない状況でローサが単身森を調査するのは危険すぎるのだ。
その頃、もう1班はといえば‥‥
『顔が牛の人間を見ませんでしたか?』
フィニィと桜花は森で動物相手の聞き込みや痕跡探しを行っていた。
風に吹かれて小鳥が歌う。
『牛ってなぁに、人間ってなぁに♪』
『ええと、それでは大きくて怖い生き物はどうでしょうか?』
『大きい怖いの、いっぱーい♪ だから僕たち枝の上♪』
「どうですか?」
「なかなか‥‥あまり覚えていないようです」
いくら動物に詳しい桜花とはいえ、森を知らねば動物を見つけるのは難しい。ましてやミノタウロスの痕跡を探すのは至難の業。
「ああ、雨が‥‥」
「一度テントまで戻りましょう、フィニィさん」
この雨が、救いになることを祈った。
その雨に降られた伝助と龍華は、村の仕立て屋の軒先で雨宿りをさせてもらっていた。
「この雨なら、通り雨だろうね。すぐ止むと思うよ」
「何から何まで、ありがとう」
カップに注いだ暖かいミルクを手渡されぺこりと頭を下げる龍華。
「これは駄目っす、火傷しやすからね」
物欲しげに見上げる愛犬たちへステイと命じ、伝助も冷え始めていた身体を暖める。そろそろ防寒服が欲しくなるこの時期に、好意が暖かい。
「この近辺の森にミノタウロスっていう、牛の頭をしたオーガが出るって聞いたんだけど、おばちゃん、何か知らない?」
ミルクを口にしながらもほんのりと情報を集めようとする龍華へ返ってきたのは意外な反応。仕立て屋の女将が、抱えていたミルクを落としたのだ。地面に吸い込まれようとするミルクに、ステイを命じられた助と柴丸がクゥンと甘えるような声を出して主人を見上げるが‥‥伝助の両の眼は女将へと注がれていた。
「なにか、あったんすね?」
「娘が、今朝‥‥ううっ」
泣き崩れる女将に、話を聞いていた二人はそれ以上詳しく訊ねることはできず、顔を見合わせた。
「扉越しでもいいの‥‥辛いかもしれないけれど、娘さんと、話させてもらえるかしら」
そして、部屋の隅でうずくまる娘から、ミノタウロスに襲われたという事実を聞かされ──ミノタウロスが落としたという、見覚えのある玉簪を受け取った。どこか遠くに捨ててくれという、小さな願いと共に‥‥
●
予想外のところで雛菊の簪を手にした二人は、急ぎ仲間と合流する。
「やっぱり簪は雛ちゃんにお似合いね」
雛菊の頭に戻った簪。桜花はにこやかにそう告げて、妹分の頭を撫でる──それを見る龍華の眼差しは、怒りに燃えていた。
「簪が見つかったから帰る、なんて言わせないわよ」
「言うつもりもないっす。一人になっても残るつもりでしたから」
そっと握った拳。手のひらに食い込んだ爪に、血が滲む。その手をそっと握ったのはフィニィだった。
「確かに、雛菊さんの簪が目的でしたけれど‥‥悲劇を産むモンスターを放置はできません」
仕立て屋の娘ではなく、悲劇にあうのはフィニィだったかもしれないし、雛菊だったかもしれないのだ。
「じゃあ、今日は予定通り野営ですねー。大よその目星はつきましたし、明日、もう一度改めて探しましょう。まずは腹ごしらえですよぉ」
酢漬けの保存食や抹茶味の保存食を取り出した小鳥、にっこりと微笑んだ。ローサや龍華、フィニィの余分があったから、保存食の足りなかった小鳥も雛菊も飢えることはないけれど、それでも美味しい料理にはありつきたい。
「料理なら負けないわよ?」
「それは私もですぅ」
華国の料理人に火花が散ったが、美味しい料理にありつければ他の仲間にとって勝敗はどうでも良かったようである。
深夜。
二直目を受け持つのはシオンや京士郎らの班のようだ。欠伸をかみ締めるローサへ、暇をもてあましたらしい小鳥がそっとにじり寄った。
「温泉教団直伝マッサージしてあげますよぉー♪」
「‥‥ふ、普通のなら歓迎よ?」
後ずさりするローサ。しかし、その背後には巨木。
「ローサさんって、意外と‥‥絶対仲間だと思ってたのにー!」
「私も手伝うわよ? ふふ、自己流だけどね」
「シオンちゃん目が怖い‥‥あたし、禁断の扉は開けない趣味っ、って、それマッサージと違‥‥っ! んんー!」
眼福と言って眺めるには面子が悪いと、京士郎は仲間に背を向け、テントを見遣った。伝助は、果たして眠れているのだろうか‥‥。
囁く女性陣の声を耳に入れぬよう視線を巡らせると、木陰で何かが焚き火の明かりを反射させた。
「‥‥?」
次の瞬間。考えるより先に、リュートベイルを振り上げた。
──ガギィィン!!
木陰から突進してきたミノタウロスの、腕を痺れさせる重い一撃。防がねば、その一撃で大怪我を負っていたはずだ。しかし、盾を使い戦う以上、京士郎はオーラ魔法は使えない。
「代わるわ、京士郎!」
「すまん!!」
唇を舐め上げたシオンは油断なく二頭のミノタウロスを見比べた。獲物と認識したのだろう、張った股間に嫌悪を示しながら相棒の野太刀をゆっくりと構える。
「お生憎様。この身に刻むたった一人はもう決めてるの」
斧を受けたホークウィングを超えて、衝撃が骨を軋ませる。しかし、渾身の力をこめて振るった野太刀が腹部を打ち据える!!
「ちょっと‥‥これでも倒れないわけ? 文字通りの体力馬鹿ね‥‥」
「シオンさん、フォローよろしく!!」
フォローに入ったはずの龍華がフォローを求める。それは、奥義を使う合図だった。
「喰らいなさい、龍飛翔!!」
シオンの攻撃を喰らっていたミノタウロスが、それと同等の、顎を砕く衝撃に吹っ飛んだ!
奥義の衝撃で自由の効かぬ体に、ミノタウロスの斧が振り下ろされ──小鳥のオーラショットが、二本の矢が、それを阻もうと襲い掛かる!! しかし揺るがぬ一撃が龍華へ届く寸前、助が腕に噛み付いた!
「オリヴィエ、急いでくださいね。眠りを誘う月の輝き──」
たてがみを撫でつつ、スリープを詠唱する。同時に掛けたはずのスリープで昏倒したのはすでに重い二撃で早くも瀕死と化した一頭、のみ。
「こっちよ、ミノタウロス!!」
体の自由を取り戻した龍華が浅い攻撃で意識を引き寄せる。
「宮崎桜花、参ります!」
しかし放った一撃は硬い皮膚に阻まれ、かすり傷を負わせるのみ。
「桜花!!」
仕返しとばかりに放たれた一撃! 小柄な体を背後に庇い、シオンが再び鎧を巧く使って攻撃を散らす。
「‥‥伝ちゃんと京士郎君に特に頑張ってもらわないといけないのにっ!」
一人が一度に掛けられる魔法には限りがある。順番を待った伝助はオリヴィエに拒まれ時間をロスし、魔法の多い京士郎は時間が掛かる。結果的に危険の多い女性陣が前線に立ち続け、ローサは半ば自棄気味に矢を放った。
「待たせたな」
京士郎が加わり、友好打が増えたことで流れは一気に冒険者に傾いた。
‥‥程なく、ミノタウロスは地響きを立てて倒れ。悲劇を繰り返さぬようにと、伝助の手によって確実に止めを刺された。
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京士郎とシオン、桜花、フィニィの4人がミノタウロスの遺体を処分しに出ている間に、伝助は膝をつき雛菊を正面から見据えた。
「今からお話する事は雛ちゃんにとって嫌な事かも知れやせん。もし駄目だと思ったら、すぐ耳を塞いでくださいやしね」
「なぁに?」
「お雛ちゃん、玉簪を落とした時にお兄さんの事忘れちゃったりしやしたか? ‥‥そんな事無いっすよね。物も人もいつか必ず朽ちてしまいやす。これは変えられない自然の掟っす」
それは解っている。こくりと頷く雛菊。
「けれど他の人の心に住む事が出来たなら、その人が忘れない限り生き続ける事が出来やす。忘れないでください。そして、お兄さんや大事な人達と一緒に生き抜いてください」
不思議そうに伝助を見つめる雛菊。言っていることが巧く伝わっていないようだ。
「そうよ。今は多くの人と知り合えたんだから1人だけじゃなくて、もうちょっと皆に心許していいと思うわ。皆弱いところがあるんだから、その弱さを皆で分け合って補わないと人‥‥んーと、心ある皆かな、って生きていけないと思うのよ」
‥‥そもそも私、周りの皆が居ないと弱いしー‥‥料理の腕も半端だしー‥‥ふふふー‥‥‥
伝助の隣に屈んで、いつしか指で地面を抉っていた龍華の言葉は、雛菊の首を傾げさせた。
心は開いているのだ。ただ、忍者として開けない場所がある、だけで。
「ねえ、雛ちゃん。私たちじゃダメなのかな? お兄さんの代わりにはなれないけど‥‥雛ちゃんのこと妹として親友として、皆大切に思ってるんだよ? ほら‥‥」
そっと背中を押され、雛菊は困惑したように小鳥を見上げた。微笑んでくれる小鳥に、口を開きかけ──そして噤む。
「だから一人で抱え込まないようにね」
ローサのウィンクに雛菊は俯き、噤んだ口を開いた。
「兄様は、雛、助けて‥‥だから、雛、兄様‥‥」
「‥‥もう、いいから。ゆっくりでいいから」
その表情に胸が痛くなって、龍華は雛菊を抱きしめた。
雛菊と兄・慧雪。普通の兄妹とは違って──それが忍者としての重要なところを占めているのだろう。
(聞き出すには時間をかけるべき、なのかしらね)
救いを求めるように見上げた空では、雲の隙間から月光がこぼれ始めていた。朝には雲も晴れるだろう。
雛菊の心も一緒に晴れればいいのに、と願わずにはいられなかった。