【破壊竜】赤天星の導き
|
■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:14 G 11 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月10日〜10月18日
リプレイ公開日:2007年10月21日
|
●オープニング
その日、冒険者ギルドを訪れたのは暗い赤色のローブを着込んだ青年だった。
胸を彩る七星の紋章は、彼が赤天星魔術団に属することを示している。ルーリック家の擁する、兵団としては恐らく世界最強の魔法使いの集団。術者としても第一級の腕の持ち主が揃っていると言われている。そんな人物が何の用かと居住まいを正すギルド員の姿に自身の姿を省みて、青年は恐縮し、丁寧に頭を下げた。
「こんな格好ですみませんが、個人的な依頼なのです。それでもお受けいただけますか?」
「も、もちろんです!」
半人前のギルド員、憧れも混じっているのだろう、その肩書きに平身低頭で対応する。
困惑しながら、依頼人は声をひそめて赤天星魔術団のルスラン・ツェツェリフと名乗った。
「実は、ある人を救出していただきたいのです」
「‥‥個人的なご依頼にしては、物騒ですね?」
「少々、話がこじれているのですよ‥‥セベナージ領をご存知ですか?」
こくり、とギルド員は浅く頷いた。
セベナージ領。それは南方にキエフ公国首都キエフ、東方にチェルニゴフ公国首都チェルニゴフ、二つの大都市に隣接する要所。中央に鎮座するキエフ湖はドニエプル川の上流に位置し、河川を大規模移動の手段とするロシア王国においてセベナージ領は重要な位置を占めている。
そんな要地を治めているのはマルコ・ラティシェフ。北方のノブゴロド公国の女帝とも言われるエカテリーナ大公妃の異母妹、クリスチーヌを妻に迎えることが許されたのは、国王ウラジミールの命によりノブゴロド公国首都ノブゴロドに隣接するようにサンクトペテルブルグが作られた代償とも噂されている。共に喉元にナイフを突き付け、牽制しあっているのだ、とも──‥‥。
「少し前にご領主のパーティーがデビルに襲撃された‥‥と聞いていますが」
半人前とて不勉強ではない。ギルドに収められた報告書にはざっと目を通している。
そのセベナージ領に穏やかではない問題が浮上したのは4ヶ月ほど前──6月上旬のこと。長男リュドミール・ラティシェフの婚約披露パーティーの席上だった。
パーティーが多数のデビルに襲撃され、蛮族との掛け橋となるべきはずの男が殺害された。その一方で領主夫人の愛猫ノーシュがデビルとしての本性をあらわにし、1人の少年を拉致。夫人はショックで倒れ、領主の愛人リューラはひっそりと姿を消したという。
その後、グリマルキン=ノーシュにより破壊の化身アバドンが復活させられたというのは、公けにはされていない。
「隠密裏にデビル対策に当たっていたアルトゥール殿はデビルと通じていた、デビルの手引きをした等の疑惑を受け、屋敷内のどこかに監禁されているそうなのですが‥‥彼を救い出していただきたいのです」
「デビルと通じた疑惑のある方を、ですか? それはお受けいたしかねます」
それが事実だった場合、冒険者ギルドへ与えられる損害は計り知れない。失うのは信用ばかりではないだろう。
「彼が真実、デビルと通じているのなら断られても仕方がないことです。けれど、濡れ衣だとしたらどうですか?」
「その可能性がないとはいえないのでしょうが‥‥」
「アルトゥール殿がいなくなれば、冒険者の力を借りようという者はラティシェフ家にはおりません。彼の疑惑が晴れぬ限り、エカテリーナ様はラティシェフ家を救いはしないでしょうしね」
「それがルスラン様とどのような?」
「妹が、ラティシェフ家に嫁ぐのです。デビルに襲撃されたとなれば、妹に新たな縁談は起きません。これは双方の家のためにも、私自身のためにも成し遂げてもらわないと困るのです」
けれど、デビルと通じた疑惑がある者を解放するというのは、やはり依頼として冒険者ギルドが受けるには相応しくないように思え、ギルド員は困惑の色を浮かべた。彼に救いの手を差し伸べたのは背後で様子を伺っていた上司、ギルドマスターのウルスラだった。
「では、アルトゥール様の疑惑が濡れ衣であるという証拠を集める、という依頼にしてはいかがです? それを突きつければラティシェフ家も納得するでしょうし、あなたの立場も悪くはならないと思いますけれど」
「助かります、ウルスラ様。では、そのように‥‥」
そうして、『デビルと通じていると思しき男の疑惑を晴らしてください』という依頼が、ひっそりとギルドに掲示された。
●リプレイ本文
●手配
「文章を認めるより、歌う方が楽なのですけれど」
羊皮紙に滑らせていたペンを置き、インクを乾かすように息を吹きかける。そっとなぞる指先にインクが付着しないことを確認し、フィニィ・フォルテン(ea9114)はくるくると羊皮紙を筒状に丸めた。
魔法の箒で誰よりも早く訪れたセベナージ領。しかし、ラティシェフ家は突然の来訪者を歓迎しなかった。アルトゥールと旧知の仲というなら尚更、門戸は硬く閉ざされるばかり。
アルトゥールが疑われている状況、これはフィニィの読み通り、ラティシェフ家としても好ましくはない。しかし、皮肉にも冒険者の実力の片鱗を垣間見たからこそ、家人は冒険者を迎え入れることに難色を示した。魔法を駆使する冒険者である、どんな手段でアルトゥールと接触を図るかも解らない、と。
「アルトゥールさんを切り捨て関係ないと言うのは簡単かも知れませんが、デビルの計略にかかってもそれを退ける力になったという方がラティシェフ家にとっても有益だと思いますよ──これで充分ですよね、リュミィ」
語りかけた相棒から返事はない。小さな妖精は留守番中だと思い出して、歌姫は寂しげに視線を伏せた。
おもむろに立ち上がると窓の戸板を少し、開ける。月の光が足元まで差し込んだ。と同時に、一人のシフールも飛び込んできた。
「マルコ・ラティシェフ様へお届けいただけますか?」
「任せとくじゃん!」
屋外で暫し待たされていたシフール飛脚の少年は、不平を漏らすより先に、代金と手紙を預かると再び夜空へと飛び立っていった。
「皆さんが到着するまでに、間に合えば良いのですが‥‥」
月光を浴びるラティシェフ家。その門は依然として、硬く閉ざされたまま──‥‥
●書写
どこかかび臭い、冒険者ギルドの一室。派手に動けば埃すら舞うであろうその部屋に並べられているのは、膨大な量の報告書。それらと対面するのは、おおよそ似つかわしくないフィーナ・アクトラス(ea9909)である。軽い眩暈すら覚えながら、一番手前の一つを手に取った。
「それは違いますよ。アルトゥール様の依頼に関する報告書は、これと、これと‥‥」
所在を全て把握しているわけでは無かろうが、そう疑いたくなるほどの的確さで報告書を選び取るギルド員はまだ新米の域を出ないという。どの世界も、極めるのは至難の業に違いない。
「アルトゥール様が閲覧禁止とされた条件が全て無効になっているとウルスラ様が判断されたため、今回は特例です。閲覧禁止が解除されない限り、次はありませんからね」
「解ってるわ、ありがとう。でも、正直こんな無茶はもうしたくないわね」
釘を刺すギルド員に肩を竦めてみせ、フィーナは羊皮紙の束を捲る。
家督を狙っていると疑われることを何より嫌い、それ故に閲覧に制限を掛けられた数件の報告書。
そこに記されているのは彼がデビルと共闘関係にないと示す数少ない資料だろう。これらが証拠になるかどうかは見る者次第と言われたが、針の穴ほどの可能性であったとしても、賭けることのできる数少ない手段。
同時に、それはアルトゥールがリュドミールより何歩も先を歩いているという証拠であり、穿った見方をすればリュドミールの足元を掬うための根回し、と取れないこともない。
状況から考えれば、後者と取られる可能性も高いのだが──それでも。
「実際関わってない直接的な証拠なんてのは存在しないんだから、頑張って探さないとならないわねぇ」
先んじて出発した仲間たちへそう言ったのは、他ならぬフィーナ。
自分の言葉の重さと、タロンの与えたもうた試練。危うい均衡の上にある書類に、軽い頭痛すら覚えながら挑む‥‥
●道程
「思い出しちゃうなぁ‥‥。って、へこんでても仕方が無いか、負けたままで終わらせてたまるかってんだ」
ともすれば凹んでしまう気持ちを奮い立たせ、シュテルケ・フェストゥング(eb4341)はラティシェフ家に向かう。
「デビル対策してたから容疑者‥‥どうも短絡的ね。アルトゥール氏って嫌われてたりする?」
同行するルカ・インテリジェンス(eb5195)に尋ねられ、少々思案した後、シュテルケは口を開いた。
「んー、リュドミールさんには嫌われてんじゃないかな、多分。アルトゥールさんは家督とか興味なかったみたいだけど」
愛人から生まれた長男リュドミールと、正妻から生まれた次男アルトゥール。ノブゴロド大公家に繋がる血は、アルにしか流れていない。
家督を放棄することを条件に好きな研究に没頭していると、いつだろうか、アルは言っていた。それもリュドミールが疑心暗鬼に駆られてしまえば水泡と帰す程度のものだったのだろう。
「リュドミール氏が長男として教育を受けていればいるほど、警戒はするかもしれないわね」
「貴族は面倒くさいって、そういや忘れてたよ」
「忘れるような貴族と付き合ったと思って、喜んでおけば?」
「ん、そうだな」
さっと頭を切り替えられる、それは若さゆえの柔軟性だろうか。
「ミィナ、おいてくわよ」
「すみません」
声をかけられ我に返ったミィナ・コヅツミ(ea9128)が、慌てて小走りに追いかけてくる。
アバドンを封じていた宝玉の行方──それがヒントにならないだろうか、と。それがミィナの脳裏を占めていたのだ。
どの道が解放へと繋がるか。今歩んでいる道がそれであると、信じるしかない。
●合流
フィニィのシフール便がマルコの目に触れる方が、仲間の到着よりやや早かった。
1人につき使用人を1人監視に付けること。
邸内への動物の持ち込みは禁止。
それらを条件に、領主と息子は屋敷内部での調査を認めた。
「白が出ても黒が出ても、腹は痛まないってとこかしらね」
「ルカ嬢は辛口だな。それでも調査ができるメリットの方が大きいと思うのだが」
真幌葉京士郎(ea3190)は真九郎のたてがみを撫でながら苦笑した。
「生命を持たずに行動する者は、いないようですね‥‥」
「それだけ解れば充分だよな」
にっ、と笑ったシュテルケは、纏った防寒服の襟を正した。
運命は常に流れ続けている。先んじる為には虎穴に入る必要があるのだと、学んだ代償は大きかったけれど。
真っ先に動いたのはシュテルケだった。
「なあなあ、衛兵さんたちは襲撃のあったあの日、どこを警備してたんだ?」
「今と同じ、門番だったな」
「ふむふむ。パーティ会場だったところ、見せてもらうこともできる?」
「使用人が誰かつけばいいと聞いている」
パーティ会場を検分し、家人のいた場所を調査し、羊皮紙に記していく。
「アルトゥールさんが家を継ぎたくて手引きをしたとして、パーティをぶち壊して評判を下げようってのは襲撃の時間から無いよな」
唸りながらペンを握るシュテルケ。こんなに頭を使うのは久しぶりかもしれない。
●回廊
大理石の敷き詰められた回廊を歩いていたフィニィは、監視につけられた使用人と言葉を交わしていた。
そしてそれが実を結んだのは、三日目の話。
「リューラさんは、どんな経緯でこちらにいらっしゃったのですか?」
「大きな声じゃ言えないんだけど‥‥」
大仰に周囲に視線を巡らせて、使用人は柱の影にフィニィを引っ張り込んだ。
「マルコ様とクリスチーヌ様は、長いこと男児に恵まれなかったんですって。それで、雰囲気を変えようって、チェルニゴフの小さな酒場で歌姫と呼ばれていた吟遊詩人を囲うことになったらしいわ」
「それが、リューラさん‥‥」
「綺麗な人だもの、マルコ様のお手つきになるまで時間は掛からなかったみたい」
「ええと‥‥ということは、クリスチーヌ様とは政略結婚で、リューラさんと恋愛をされていたのでしょうか?」
小首を傾げるフィニィへ勢い良く首を振って、使用人はそっと耳打ちをした。
「クリスチーヌ様とは熱烈な大恋愛の末に結婚されたのよ」
「ええっ!?」
俄かには信じがたい話である。
「ああ、でもそれで‥‥愛情と家督が絡んでややこしくなっているのですね‥‥」
深く息を吐く。込み入った愛を歌うことは多かれど、それに触れるのは難しい。
「あと、いなくなったというノーシュなんですが。ノーシュはどうやってこちらに?」
「ふらりと現れたって聞いてるわ。クリスチーネ様にしか懐かなくて、気付いたらクリスチーネ様の愛猫になっていたんですって」
●厩番
京士郎が誰よりも言葉を交わすことに成功したのは、厩番の男性だった。
そのきっかけは、もちろん馬だった。緊迫した空気に神経を尖らせ暴れた馬を、京士郎が宥めたのだ。
「アルトゥール殿の監禁を主張しているのは、誰なのだ?」
「ん? アルトゥール様の監禁を主張しているのは、そりゃリュドミール様に決まってる」
「決ま‥‥そこまで対立は酷いのか‥‥」
「酷いっていうか、うーん。自分の息子に家を継がせたい正妻と愛人がいて、継ぐ気満々の長男がいれば、次男は邪魔でしかないってことだろうな」
渋面を浮かべる京士郎に、厩番は訳知り顔でうんうんと頷いた。
「気になっていたのだが‥‥リューラさんは側室ではないのか?」
「側室なんて、ノブゴロドのエカテリーナ大公妃の顔に泥を塗るようなこと、マルコ様にできないだろう。良くも悪くも小心者だからな」
フィニィの話を聞いていなければ、京士郎もその話を鵜呑みにしていたかもしれない。
しかし、話を聞いた後ではすんなりと納得できるものではない。
(エカテリーナ大公妃ではなく、クリスチーネ殿との溝を深めたくなかったのでは‥‥?)
花を愛でる京士郎には、その方がしっくりと理解できる理由だった。
「そういえば、ロシアでは猫はどれくらい生きるのだ? ジャパンでは長く生きた猫は猫又という妖怪になると言われているが‥‥実際問題、猫は30年も生きるものだろうか? どこかですり替わるような事件はなかったか?」
尋ねられた厩番は、小さく首を横に振る。
「普通は20年も生きれば長生きだと思うが‥‥ああ、そういえば一度元気が無くなった時期があったな。10年と少し前だったか。クリスチーヌ様の祈りがセーラ様に通じたみてぇで、そのうち元気になったんだがな」
「セーラ? タロン神ではないのか?」
「クリスチーネ様は敬虔な白の信者だぞ。知らなかったか?」
もつれた糸の中に、いったい幾つの真実が潜んでいるのだろうか。
●暗躍
月光揺らめく闇夜に舞う花が、一輪。
監視付きでの調査に諾と答えられなかったルカである。
「どう考えても、犯人はリューラよね」
リューラを追わないマルコとリュドミール。他公国の領内とはいえ、あまりに手緩くはないか。
(裏切りには死を、くらいの覚悟が欲しいわよね)
小さく鼻で笑い、目を眇める。
アルトゥールを邪魔に思い、リューラに手を出したくない筆頭はリュドミールだろう。しかし、彼の苛立ちぶりを耳にすると、デビルを手引きしたのは彼ではないと確信じみた思いが滲む。
「この辺りの酒場でいいかしらね」
アバドンを封じていた宝玉‥‥7つのうち3つは蛮族が、2つはアルが、1つは冒険者が、残りの1つはデビルが所有していることがはっきりしている。ミィナの希望の一つは、すでに潰えた。
一縷の望みを託したダウジング・ペンデュラムが示したのは、チェルニゴフ。示された土地に、身軽なルカが潜入したのだ。
「最近、この辺りで銀の髪の吟遊詩人が歌わなかったかしら」
「ん? 銀髪の吟遊詩人ってのは珍しくないが‥‥やっぱりあれだね、一番に思い浮かぶのは歌姫リューラだよね」
「リューラが、ここに来たの? それは是非、一曲歌ってもらいたいわね」
さらりと流したルカ、その脳裏では別のことを考えている。
(こんな近くに‥‥いえ、近くといえどチェルニゴフは一つの公国、手が出せないのも当然か‥‥)
ラティシェフ家はキエフ公国にあり、ノブゴロドと繋がっている。歌姫を囲うのと、罪人の可能性がある者として追うのとでは、周囲に与える影響は全く異なってしまう。
「なんだい、姉ちゃん。リューラを探してたのかい? 毎晩じゃないけど、数日に一度は酒場で歌ってるよ」
「そうなの? 今日も来たら会えるかしらね」
ミードを貰いながら、ルカは油断無く周囲に視線を走らせた。
その存在に気付いてか、はたまた偶然か。その晩、リューラは姿を見せなかった。
●結論
「遅くなってごめんなさい!」
羊皮紙の束と共に現れたフィーナ。その笑顔に安堵したフィニィは表情を引き締める。扉の向こうには、リュドミールとマルコがいるのだ。
「失礼する」
扉を開け、京士郎が一礼する。
「当日の手引きはアルトゥールさんにはできなかった」
図面にした当日の様子をシュテルケは事細かに説明する。
「こちらは、冒険者ギルドに依頼のあったアバドンの討伐に関する報告書の写しです。ギルドで文面は確認してもらっていますけれど、お疑いならどうぞ確認を」
フィーナの精一杯の礼儀作法は、どうやら機嫌を損ねずにすんだようだ。難しい顔は、羊皮紙に落とされた視線が齎すものだろう。
「しかし、アルトゥールが手を組むためデビルを追っていたと、言えぬこともあるまい?」
「アルトゥールさんが家督を継ぐ気があるかどうか、まだお疑いなのですか?」
悲しげに、フィニィが呟く。
「薬学者として、医者として。その僅かな自由のためにアルトゥールさんが差し出したものは、それ以外の自由。これ以上、何を求めるのですか?」
ミィナも、言葉を詰まらせた。
その僅かな自由だけが、本心から望んでいた物。父子は僅かに視線を交わす。
「あなた方がリューラさんを追えないのは、彼女がチェルニゴフにいるから、ね? 必要なら、私たちが出向くわ」
毅然としたルカの姿勢。国に捉われぬ傭兵、いや冒険者としてならば、それは可能な選択だ。
「容疑が晴れたわけではないが‥‥手引きしたのはアルトゥールではないと、認めよう。リュドミール、鍵を」
当主の重々しい一言で、シュテルケの顔に花が咲いた。
●密談
「デビルに浚われたテオくんを救出したいと思われますか?」
リュドミールの部屋まで追ってきたミィナの扉越しの言葉に、男は怪訝な顔をする。
「大切なパーティーに飛び込んできた招かれざる客を救出したいかどうかなど、愚問ではないか?」
「‥‥リュドミールさん」
「まあ、その招かれざる客を助けたとあれば我が一族の名声も高まろうというもの。吟遊詩人如きに踊らされていると思うと忌々しいが、な」
それがフィニィのことだと気付き、すみません、と小さく頭を下げた。しかし、ミィナには‥‥この冷淡に利益を追求するリュドミールと、テオの語ったリュドミール。どちらが本物の彼なのか、窺い知る事はできなかった。
「鍵だ、持っていけ」
「ありがとうございます」
扉を開けたリュドミールの手から鍵を受け取ると、深く頭を下げ‥‥
アルトゥールは、再び僅かな自由を取り戻した。