●リプレイ本文
●SYW(Super YATAI Wars=スーパー屋台大戦):序幕
商人ギルドが主催する屋台村、その一角は既に数名の冒険者が占拠していた!
「一度こうやってお店を出してみたかったんですよね」
夢の我が家、もといマイショップにほくほくと頬を緩ませるマリア・ブラッド(ea9383)、その周囲には甘い香りが漂っている。
「示し合わせたみたいに、全員が料理の屋台になってしまいましたねぇ。料理人大集合ですぅー」
仕込んだ材料を確認した野村小鳥(ea0547)はちょこっと背伸びをして、マリアの屋台を興味深そうに覗き込む。
「はわ〜っ!」
おおっと、転倒!!
「危ないわよ、小鳥ちゃん」
「ありがとですー」
バランスを崩した小鳥を支えたのは同じく華国出身の、こちらも同じく料理人の青龍華(ea3665)はなんだか遠い眼差し。
「それにしても‥‥料理なら良い勝負出来ると思ったけど、やっぱり料理上手い冒険者って多いわねぇ‥‥」
常に何事にも真剣勝負の龍華に漲るやる気。しかし今は、強すぎる向上心が産んだコンプレックスの方が全面に出てしまっているようだ。
「私は勝負は気にせず料理を楽しみますぅー」
「私も、お客様に楽しんでいただければそれで‥‥」
にこにこと楽しそうな小鳥と、ぽっと頬を染めるマリア。
「可愛いわね‥‥よっし、二人の分まで頑張るわよ!!」
二人を次々にぎゅむっと抱きしめて謎エネルギーを補充し、龍華は拳を握った!!
そんな龍華のライバル達を紹介しよう。殺る気満々‥‥もとい、やる気満々な男たち。
──来た早々お祭りとはなんと幸運。お好み焼きをここキエフにも広めるぞ!
キエフに訪れたばかりのとれすいくす虎真(ea1322)は野望と闘志をめらめらと燃やす。
「ひゃあ、焦げてる、虎真さん焦げるよ〜っ」
驚く様ですら天使の笑顔のカルル・ゲラー(eb3530)はその外見からは想像し辛いが、意外にも家事に精通しており、れっきとした優勝候補の一角。
虎真やカルルの対面に屋台を構えるデュノン・ヴォルフガリオ(ea5352)のテンションはMAX! やる気は鰻上り!
「俺の力で最高のパンを振舞ってみせるぜぇ!! SYW、制するのは俺ぢゃあ!!」
トンテンカンテントンテンカンテン。
ちょっと凝ってしまったデュノンとカルルはまだ屋台の改造中☆
そんなライバル達をやや引きつりながら見つめる馬若飛(ec3237)は、自身の腕の衰えを感じていた。
「う〜む‥‥全盛期の俺でも適わなそうな連中ばっかり集まりやがって」
しかし、若飛もむざむざと敗北を味わうつもりはない。引きつった笑いは、いつしか不敵な笑みへと変容していた。
(──だが、祭の屋台は料理の腕だけじゃねぇぜ)
「それでは、商人ギルド主催、おかげさまで毎年恒例大盛況の屋台村。開店いたします!!」
耳に心地良い男性の声が開店を告げると、待ってましたとばかり、群集が雪崩れ込んだ!!
●SYW:第一幕
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 冒険者プロデュースによる異国料理の数々、今を逃したら味わい損ねますよ!! 明日もやってますけどね、はっはっは」
声を張り上げる虎真、呼び込みの声も慣れたもの。慣れぬのは肝心のソースの味か。自慢だという自家製ソースは、収穫祭の材料で作りなおしを余儀なくされた──だって、転んで大半をぶちまけちゃったらやり様がない。転んだ原因が立て掛けていた自前の日本刀なのだから自業自得である。いやいや、小太刀が不運を招いただけかもしれないが。
虎真の勢いに気圧された小鳥は、ポロネギを混ぜた小麦の生地をぐにぐにと練る練る練る。彼女の料理と虎真の料理は同系の料理であり、言い逃れも何もできない正真正銘の真っ向対決である。
「むー、料理は得意なんですがぁ‥‥接客は苦手なのが難点ですぅ‥‥。だ、大丈夫かなぁ‥‥」
そうしている間にもどんどんと人が流れてくる。冒険者の屋台群で一番多くの人が集まっているのは龍華の屋台のようだ。初日の夕飯時ということで、それなりに腹に溜まり、かつ馴染み深い料理を選んだようだ。
「カーチャさん、どんどん焼いちゃって!」
龍華の友人の友人であるカーチャことエカテリーナは、美味しい弁当を作るためにと料理修行を兼ねてのお手伝い。
「こんな感じでしょうか」
「って、早いから! その串焼き、肉が半生だからねっ!? 交代交代、シチューよそって」
「‥‥いらっしゃいませ」
お客様は神様ですから、と深く深く一礼。
身体に覚えこませるというスパルタが及第点とはいえ成功するのは、この人波がはけた頃の話。
「こんばんは、大繁盛ですね」
「お陰様で、スタートダッシュよ。そうだ、シェラちゃんも何か買っていかない?」
「もちろんです♪ 串焼き2つと、シチューを1杯いただけますか?」
友人ヴィルセントと屋台村を訪れていたシェラも客の一人。随分と楽しみにしていたのだろう、雰囲気だけでも充分に楽しんでいるようだ。姿の見えなかった相棒のヴィルは顔見知りの若飛の中華まん‥‥風ピロシキと、虎真のお好み焼きと、デュノンのパンと、小鳥のパジョンを買って戻ってきた。
「食べ終わったらデザート制覇です」
ヴィルも、どうやら楽しみにしていた模様。
「‥‥ヴィルさん、そんなに食べて大丈夫ですか?」
「じゃあ、シェラさんはデザートは食べませんね。スコーンやクレープもあるみたいですけれど」
「もう、意地悪!」
そんな声が更なる喧騒に掻き消され、やがて1つ、また1つとアリのように群がる人々によって喰らい尽くされていった。
●SYW:第二幕
冒険者の屋台群で一際目立っているものは死神の立て看板と、そこに躍る『死神のパン屋さん』という禍々しい文字。正面に立つ『天使のクレープ屋さん』との対比がまた、より禍々しさを強調させている。客足は見た目の良いカルルの店へと向かい、そのクレープを食べながら遠巻きに眺めている。
「1つもらえるかしら?」
「はーい☆ 卵と牛乳のクリームと、それに栗を混ぜたクリーム、あとリンゴの蜂蜜漬けと干しぶどうとがあるけど、どれがいいかにゃっ」
天使の笑顔でお出迎え♪ 勇壮さを醸し出す鎧や腰に下げた剣がちょっぴりムードを壊していて残念。
「あら、どれも美味しそうね。それじゃあ‥‥栗のを貰えるかしら」
「りょーかーい♪ ちょっと待っててねぇ〜」
焼いたクレープを皿に敷き、栗入りのクリームをたっぷりと乗せる。
「3Cになりまっす」
「あら、そんなに安いの?」
「喜んで貰えれば、ボクはそれで充分なんだよ〜♪」
にこにことした笑顔が伝播していく。
「今度は友達も連れてくるわね」
「うん、待ってるよぉー」
クレープが売れれば売れるほど闘志が燃えていくのがライバル店でもある死神のパン屋さん。
より強く興味を示しているのはチャレンジ精神旺盛な男性諸氏。デュノンはまず彼らに湖水の瞳を向けた。
「いらっしゃい! 見た目は怖いが味は超絶大保証! マズかったらお代は頂かないぜぇ!」
声を張り上げ、熱湯で消毒したデスサイズを振り回す。放り上げたパンが、スパスパッ!! と一口サイズに切れる!
「何なら一口、味見でもどうだい? 食うとあまりの美味さに命を捧げたくなります☆ つーかなれ。捧げとけ」
「‥‥よし、俺が試してやる!」
「待てよ、俺も食ってやる!」
勇気ある男性が手を伸ばすと、触発されていくつかの手が伸びてきた。ごくり、と唾を飲み、一欠けらのパンを口に放り込んだ!
「旨い!」
「ほんのり甘いのはハチミツか?」
もう1つもう1つと伸びる手の前から試食用のパンをひょいと取り上げて、デュナンはニィッと小さく笑った。
「あとは買ってけよ。ドリンクも用意してるぜ☆」
「兄ちゃん、さっきのやってくれよ、スパパパッ!! ってやつ!」
「あれ、疲れるんだよな。立て続けには無理だ、たっぷり売れて気分が乗ったらヤるかもな?」
そんなデュノンに乗せられた訳ではなかろうが、男性諸氏がわれ先にと買い求めたのは食べ歩けるサイズのパン。だが、連れてこられたご婦人方が購入したのはデュノン自慢の大鎌型バケットだ! どうやら、大きさが家族で食べるのに丁度良かったらしい。これもまた、屋台村の楽しみ方の1つだろう。
「お好み焼きも食べていってくださいな、美味しいですヨ」
ひょっとこや手ぬぐいでジャパンの雰囲気をアップ☆ させながら、虎真もお好み焼きを普及するべく笑顔を振りまいて。
そして戦いは徐々に熾烈になっていく──‥‥
●SYW:第三幕
会場の隅がざわついた。そのざわめきは徐々に広がっていく。
その中心には、水で打たれたように静まった空間があった。その空間はゆっくりと移動している──
「何だ何だ、喧嘩か? ンなことしてるとデスっちまうぜ♪」
物騒な冗談は冒険者にしか通じていない。魔法の種類など一般人には解らないもの、殺されるのかと小麦粉まみれのデスサイズを見上げる。
「怯えてンぜ? はいよ、3つで6Cだぜ」
ニヤリと笑う若飛の手は絶えず動き続けている。
メニューを1つに絞った若飛の手法は、人通りの絶えない屋台村にあっては非常に有効だった。材料の手配も楽で会計の計算も単純になり、片手で持ち歩ける料理は洗い物の手間も省く。冒険者の屋台群の中央には虎真の提案で机と椅子が置かれていたが、屋台村に訪れる人々は1つでも多くの屋台を回りたい者が多い。
「華国の中華まん風ピロシキ、今なら熱々を用意してるぜ!」
「蒸してるのか、珍しいな。おかず系かい? デザート系?」
「ひき肉とポロネギを炒めて塩とハーブで味を調えた。ちょっと華国風になってるかもしれねぇけどな」
「おかず系か、華国風ってのも面白そうだな。兄さん、1つもらえるかい」
「おうよ、ちょっと待っててくれ」
鍋に掛けられた布を持ち上げると、むわっと湯気が躍った。
「熱ぃから気をつけな」
受け取った男性は早速ハフハフと齧り付き、若飛へ勢いよくサムズアップ!
「ねえ、向こうが賑やかみたいなんだけど、何かしら?」
「何でしょうねぇ。はい、お好み焼き2枚お待ちのお客さまー」
答えを持たぬ虎真は龍華の問いに答えることはできない。こうして会話を交わしながらも客をさばけるようになっただけでもお互い進歩したのだ。
「偉い人が来てるんですって。お兄さん、フォーク3本もらえる?」
「どうぞどうぞ〜。‥‥偉い人って、商人ギルドの方でしょうかねぇ」
リピーターと化したおばちゃんたちが机を占拠する。
さて、各店徐々に常連客を増やしていく中、イマイチ伸び悩んでいるのがメイドさんのジャムのお店──マリアの店だった。
「少しでも喜んでいただきたいのですけれど‥‥」
マリアの理想は高い。けれど、蜂蜜漬けではなくジャムにするには果実も多く必要となる。必然的に値段も上がってしまい、赤字覚悟の値段設定をしていても埋め合わせることは難しい。
「‥‥はあ‥‥」
ため息を零したマリアは、次の刹那、静まり返った空間が極近くまで来ていることに気付いた。
「あの、カラントのジャムを付けた物を2人分、いただけますか?」
「は、はい‥‥!」
店先に立つ男性が纏うのは暗い赤色のローブ。刻まれた七星の紋章は、ルーリック家直属の赤天星魔術団のもの。
緊張に身を強張らせながら盛り付けた2人前のスコーン。その1つを彼と炎狐騎士団の男性が食し、頷き合うと手付かずの一皿を──いつしか総ての客が腰を上げた席にただ一人腰掛ける黒髪の男性へと差し出した。
「ウラジミール陛下!」
「国王、様‥‥?」
弾かれるように姿勢を正したのは龍華。デュノンや小鳥らも姿勢を正す──屋台の前に、赤天星の男性が立ったから。
「祭の席だ、そう堅苦しくせずとも良い。‥‥ふむ、素朴だがなかなかの味だ。」
小ぶりのスコーンを味わう間にも、小鳥のパジョンがテーブルに乗る。龍華のシチューも、デュノンのパンも、虎真のお好み焼きも、カルルのクレープも、若飛のピロシキも。それらを一口ずつ食すと、ウラジミールは普段通り冷ややかな眼差しで冒険者を見回した。
「この料理の数々が今年の集客の一員か‥‥随分と腕自慢の料理人が集ったようだ。屋台村の成功の一助となるよう、最後まで尽力するよう」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます〜」
にこにこと頬を緩める小鳥に鷹揚に頷き、まだ回りたい屋台が残っているのだろうか、ウラジミールは腰を上げる。
「よろしければ、またお越しくださいませ」
メイド服のマリアは皿をトレイを手にしつつ、護衛に会釈した。突然の訪問に、少しでもいい食材が手に入って良かったと龍華は胸を撫で下ろした。
貴人を見送って皿を下げたマリアは、自分のスコーンだけが完食されていたことに胸を躍らせた。
●SYW:最終幕
国王が完食したという話がどこかから漏れたのだろうか、マリアの怒涛の追い上げが始まった!
「今日は最終日ですからね、全種類1Cでご提供!! 買わなきゃ損だヨお客サン♪」
虎真の店でも客足は途絶えない。
「あ、い‥‥いらっしゃいませぇー」
「なんだ、子供か‥‥」
「はぅっ!? こ、子供じゃないですよぉ!?」
「そうだ、小鳥ちゃんは子供じゃないぞ!」
「大人でもないけどな!!」
小柄な体に大きすぎる屋台を扱うため、台に載った小鳥。よいしょ、っと昇降する幼さを残す小鳥には特定のファンも出来ているようで、皿洗いを手伝ってくれる不思議な男性が数名。
皿を洗う時間が惜しい虎真は嫉妬の眼差しで小鳥を見る。
串焼きを売りながらホワイトシチューの付いた皿を洗い流していた龍華もまた、同様の視線を投げる。
そんな中、屋台村の終焉を告げる角笛の音が会場に響き渡った。屋台主たちは急ぎ、経費を除いた売り上げを商人ギルドへ報告する。
冒険者の最終的な売り上げは‥‥
序盤の低迷が響いたマリア、85C
「あんなに沢山の方に喜んで貰えて、ふふ、大満足です」
回転率が少々悪かった虎真、2G51C
「やっぱり祭りは良いねぇ」
小人さんの手助けを得た小鳥、3G98C
「はやぁ、いろんな料理がありましたねぇ。やっぱり上手い人は上手いですぅー」
単価の安さが響いたデュノン、4G23C
「この場合、優勝はどうなるんだろうな?」
僅差で上を行ったカルル、4G46C
「んー、どっちでもいいんじゃないかなぁ〜♪」
作戦勝ちの龍華と若飛、同率で全体トップの5G88C
二人の間では、どうやら勝敗は決していたようだ。
「‥‥私の負けよ。売り上げた数が違うもの」
「皿を使わなかったからな。あったらどれだけさばけたか解らねぇ」
龍華の差し出した手を若飛が握り返した。屋台村に店を構えた沢山の主たちの健闘を称え、惜しみない賞賛の拍手が送られる中、
若飛へ商品として、幸福の銀のスプーンが贈られたのだった。
けれど収穫祭はまだ終わらない。
彼らも今度は気楽な客として、収穫祭を楽しむのだ──‥‥