温泉郷の苦悩
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:9 G 34 C
参加人数:9人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月11日〜11月22日
リプレイ公開日:2007年11月21日
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●オープニング
●温泉郷‥‥予定地
理想と現実の間にギャップがあるとすれば、この村がまさにその表れだと言えよう。
元々、村のはずれに鉱脈を抱えた村で、住民も採掘や加工を生業とするドワーフやジャイアントが大半を占めていた。
鉱脈の内部は3方向へ分岐しており、それぞれ鉄鉱石、トパーズ、キャッツアイが採掘される。
春、キャッツアイの鉱脈最奥から暖かな湯が泉の如く湧出した。ここから採掘されるキャッツアイは濃い緑色をしているのだが‥‥蝋燭の明かりの元では赤紫に変わるという少々変わった物で、貴族からの注文も多い。しかし如何せん採掘量が減っており、また非常に硬く細工も困難という代物。一部の村人が、湧き出した湯を収入源に出来ないかと考えたのも当然のことだろう。
それら『一部の村人』から湯の使い方を求めて冒険者に依頼が出されたのは、5月の中旬のこと。
冒険者は、その泉をジャパン風の温泉にすることを求めた。
しかし、大きな問題があった。
まず、浴槽に浸かるという風習がない。ジャパンと違い欧州では浴槽=流した汚れのたまる場所、なのだ。国が違えば常識が違う。
そして、男女別にするという冒険者側の希望──これは蒸風呂という場所を男女が共に利用するこの国において、理解し辛い行動。
結果、現地の人々からは積極的な協力が得られず、ただ時間が流れた。
そんな村がデビルの襲撃やそれに付随する落盤で大打撃を受けたのは夏の盛り。
鉱脈は一部が落盤したものの採掘は可能だったが、冒険者は温泉郷としての復興を熱望した。
炊き出しや瓦礫の除去等、冒険者は確かに大きく貢献したが──‥‥その後、温泉郷からの連絡は途絶えて久しい。
●冒険者ギルドINキエフ
「よろしいかしら」
その日、冒険者ギルドを訪れたのは‥‥もっさりとしたヒゲの、ドワーフ女性だった。
「おお、久しいですな。その後村の復興は順調ですかの」
ギルド員は親しげに声をかけた。女性は、半年ほど前に一度、冒険者ギルドを訪れたことがあったからだ。ドワーフ女性が依頼人となることは少なく、それ故に記憶に残っていたのだろうか。
軽くかけられた社交辞令の言葉に女性は表情を曇らせた。
「それが‥‥」
「‥‥ふむ、此度の依頼と関係がありそうですの」
三つ編みヒゲを撫でたドワーフギルド員の言葉に頷きを返し、女性は静かに語り始めた。
「わたくし共の村が元々採掘をしていたということはご承知のことと思います。石を相手にすると頭も石の様になってしまうようでして‥‥要するに、接客をするには少々、いえかなり偏屈すぎるのです」
ため息を吐く。言葉遣いもぎこちなく、所作もあまり洗練されていない‥‥オノボリサンの雰囲気だが、言葉は真摯だ。
「わたくしは温泉という案に賛成なのですけれど‥‥村ではまだまだ少数派。採掘が再開されたこともあり、男女別の浴槽も難しい状況です。また、3つの鉱脈総てを利用する入り口が一箇所しか存在しないことが裏目に出て‥‥大型のトパーズが盗み出されてしまったのです」
「ということは、温泉に近付くことも嫌がられるようになってしまったわけですな?」
「ええ。もちろん、温泉での収益など採掘と比較しても微々たる物ですし、説得は難しいでしょう。説得が可能でも‥‥その‥‥職人気質の頑固オヤジどもに接客を仕込むのは、もうあたしらには無理なんだ!」
よほど腹に据えかねているのだろう。とうとう飾ることすらやめた、ドワーフ女性である。
●リプレイ本文
●実情
「けえってくれ!」
「はわわ、待ってください〜! そうじゃないんですよぅ!」
「うるせぇ!」
──ガシャガシャン!!
派手な音と共に扉から叩き出された野村小鳥(ea0547)の眼前で、痛烈な音と共に扉が閉ざされた。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫です。けど‥‥温泉がぁー」
「垣間見た温泉の夢、このまま露と散らせるのは惜しいのだがな」
差し伸べられた真幌葉京士郎(ea3190)の手を取りながら、小鳥は縋るように精悍な青年を見上げ、その言葉に頷いた。
「あの様子だと温泉に浸かったこともなさそうっすね」
別の職人の下へ足を運んでいた以心伝助(ea4744)の頬にはくっきりと赤い跡。
「ほっぺた、どうしたんですか?」
「酒瓶を投げられやして」
避けない方が話が進むと考え顔面で受けたのだ。尤も、彼の表情からも、共に説得に赴いたミィナ・コヅツミ(ea9128)の表情からも、効果の程は見て取れぬのだが。
「どうせなら、好きになっていただきたいですよね」
しゅんと肩を落としたミィナを励まさんと、京士郎がそっとその手を包んだ。ジャパン人の血に連なる、或いは温泉に命を賭す者として、彼らには眼前の問題は決して看過できる類のものではない。
「出だしから躓くたぁ厄介だね」
知らず零れた言葉は誰の耳にも届かぬような小声。ならば少し状況を見てみようと長里雲水(ea9968)は歩み始めた。足の向く行く先は、ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)が既に向かっているであろう、酒場。
「てめえらと飲む酒なんざねぇよ」
そう息巻いたドワーフはジョッキのエールを一思いに飲み干した。もっさりとしたヒゲをエールの泡が伝い、手にした銀のブローチに落ちる。黄と赤紫の二粒の実を彩る銀色の葉で泡は消えて水滴となる──その様は、まるで涙。
「それもこの村で?」
温泉には触れず、ヴィクトルは宝石へと話題を転じた。
「ああ。こいつの鉱脈はまだまだ採掘できる‥‥黄玉は安いが、拳大のサイズになりゃ話は違うぜ」
愛娘を撫でるように、そっとブローチを撫でる。煌く黄玉の傍らに、番人のように瞳を輝かせる赤紫の石。その瞳が、二人の背後に迫った雲水を映した。
「いい細工だな」
二人が何か言うより先に、ブローチを一目見た雲水が目を眇めた。今でこそ浪人に身をやつしてはいるが‥‥長らく武士の嗜みとして養ってきた美術品を愛でる目には、少なからぬ自信がある。
「その方は猫目石かい?」
興味深そうに訊ねる雲水へ、ああ、と小さく頷いて。
「採掘量は減ったが‥‥欲しいという客がいて、瀕死とはいえ鉱脈が生きていて、俺たちがいる。湯が湧いたとはいえ、俺たちには温泉とやらに貸す手はねえ」
猫目石はそれだけならば黄玉より安価だが、蝋燭と太陽にそれぞれ別の色を見せる不思議な石は好事家の間では高値で取り引きされている。
「なるほど、今の仕事に誇りがあるゆえに、か」
自分たちも厳つい面立ち故か初対面にも関わらす自然に受け入れられたことに軽い感動を覚えたヴィクトルだが、それ以上に彼らの一途なまでに徹底した仕事への想いに不覚にも心を打たれた。
(「これは‥‥予想以上に難儀するかもしれんな」)
瀕死といえど鉱脈はまだ生きている。それを諦めさせねばならないということを、冒険者は、完全に失念していたのだから。
●修練
──コツ
──コツ
脈に沿って当てた鉄杭を慎重に鎚で打つレイア・アローネ(eb8106)の額には珠の汗が浮かぶ。今時の若者と謗られる事は覚悟の上で、それでも共に汗を流して認められようと心に決めていたのだが──
「女に何ができる」
「不器用に手を加えて宝石ごと割るのが関の山だ」
そう言われて奮起しない女性などいはしまい。レイアとて同じ。意地でも原石を掘り出してみせようという緊張が額に浮かぶ汗の源。監視するような視線を手元に感じながら、レイアは小さく鎚を振るう。
(「何故こうなったのか‥‥」)
遠慮はしないが険悪でもない、できれば親密な関係がレイアの理想だったはずなのだが。運搬にと考えていた馬は梯子を降りる術がないため、長い長い坑道で力を発揮することもできぬ。
その耳に、どこか遠くから響く大きな音が届いた。
──カァン!
──カァン!
どうやら、その音は鉄鉱石の坑道から響いているようだった。
「ニセか‥‥」
果たして、結果はレイアの予想通り。大公の戦鎚を豪快に振るうニセ・アンリィ(eb5758)が響かせている音だ。
「おめぇ、なかなかいい仕事するじゃねぇか」
「おう、ヒトの倍は働くゼ?」
「馬鹿いえ、そこまで役に立っちゃいねーよ」
かかか、と豪快に笑うジャイアントの鉱夫たち。
「よし、終わったら酒でも奢ってやろう」
「仕事の後の酒はイイもんだぜ」
男たちの言葉にニッと笑い、ニセはぐいっと頬を伝う汗を乱暴に拭った。
「俺も発泡酒持ってきてるから、明日は俺が奢ってやるゼ」
それはいい、と再び豪快な笑い声を響かせて。
男たちは別ルートのレイアの苦悩など知る由もなく、再び大きな音を響かせ始めた。
しかし、苦悩はレイアだけのものではなく。
「こういう装飾を施したいのだが、我らでは技術が足りず手間取っている。お手伝い願えないだろうか」
技術に秀でたドワーフと共に温泉を訪れたカイザード・フォーリア(ea3693)が弁を振るうのを、傍らの雲水は静かに見守る。しかし、彼の言葉は欠伸を噛み殺す眼前のドワーフには通じぬようだ。
「俺は宝石の研磨が仕事なんだぜ? 風呂磨けってか」
「そうではないが‥‥他国の大衆浴場は数百年単位で歴史を重ねている。それ程の歴史が刻まれるとは限らないが、人目に晒されるのであれば少しでも美しいモノが良いからな」
「数百年? 湧水に侵食されて変形するに決まっているだろう、ガセだ」
「いや、帝都にある大型共同浴場は、確か‥‥800年程度は経つかな」
朧な記憶を手繰る。ローマだったか、祖国だったか、800年ではないかもしれない。
「‥‥それくらいなら、俺たちの作る宝飾品でも持つぜ?」
衝立の向こうでの会話に耳を澄ませていた女性陣は、ドワーフの耳に届けとばかりに盛大な溜息を吐いた。
「気にしたらいけませんわ」
「あの人たちは誰に対してもあんな態度だからね」
優しい言葉を吐いたのはキエフまで訪れた依頼人と友人たち──温泉に魅了された女性たちである。慰められてミィナは小鳥に小さな笑顔を向けた。
「あたしたちが落ち込んでたら仕事になりませんね」
「はいー、温泉教団信者の面目丸つぶれですぅ」
温泉に足をつけ、文字通り一足先に復活していた小鳥は大輪の笑みを咲かす。
「皆さん、力はそれなりにありそうですしマッサージは覚えれば上手くなりそうですぅー」
湯着持ち合わせぬ故に纏った紅絹の装束は元より艶やかなのだが、湯に触れいっそ妖艶と呼ぶべき風情を漂わせる。そのままのミィナを用意した台に寝かせ、マッサージを実演する小鳥は何だかとても活き活きとしている。
「あ〜‥‥ヤバいです、気持ちよすぎ‥‥これは是非、習得してほしいですねぇ」
衝立を挟んでもれ聞こえるミィナの声に苦笑した雲水は、それならとドワーフへ提案を1つ。
「なあ、採掘の邪魔になんねぇように、温泉場直通の道を作れねぇかな」
「やりゃ出来るだろうが、回り道になるぜ?」
「それは構わない。客と鉱夫が道で会っちまったら気まずいし、入り口が違えば客を泥棒として疑わなくて済むしなぁ」
雲水はそう笑う。余計な者が鉱脈に近付かぬように見張りを厳しくする案よりも、お互いに嫌な思いをせずに済む妙案。思うところがあったのだろう、ドワーフは静かになり──
「カイザードさん、雲水さん、こっちに来てマッサージされてくれませんかぁー?」
「ええ、構いませんよ」
そのまま延々と実験台になり続けた二人が翌日揉み返しに苦しむのは、当然のことであろうか。
●接客
片や発掘を手伝うレイアとニセ。一方でカイザード、伝助、雲水はドワーフに指示を仰ぎながら通路を掘り勧めていたその日。すっきりと晴れぬ空の下で、温泉の温もりに惹かれるように数人の客が村を訪れた。
「小鳥お姉ちゃん! 雛、皆で応援しに来たなのね〜♪」
「あはは〜、雛ちゃんありがとうございますぅ。お礼に撫で撫でしちゃいますぅー」
訪れたのは雛菊(ez1066)をはじめとする数名の冒険者で、温泉郷の軌道修正に加わっている冒険者らの顔見知りでもある。友人の突然の来訪に相好を崩した小鳥は少女を抱きしめ頭を撫でる。
「今日は皆でご飯もいっぱい作るなのよー、雲水おじちゃんにも約束したんだも!」
「温泉も楽しみでしょう、雛ちゃん」
ミィナも屈んで少女の頬をぷにっと摘む。迷惑をかけても構わない──といっては失礼だが、目を瞑ってくれるであろう客の存在は、改革途中の村にはありがたい存在だった。
「さて、お客さんもきてくれたことですしぃ‥‥今までの勉強の成果を見せるときなのですぅー」
「「「おー!」」」
何だかノリノリのドワーフ婦人らがいそいそと宿へ冒険者を誘う。
「何だ、てめえらに貸す部屋はねぇぞ」
「あんた!! いい加減におし!」
──べしっ!!
勢いよく頭を叩き、おほほほ、と余所行きの笑顔で冒険者を引き連れていく婦人。
その後姿を忌々しげに見つめる主人へ、京士郎は静かに語る。
「接客の基本は誰かを思いやる心と聞いた事がある。お客さんを自分が大事に思っているものだと考え、接してはどうだろうか。それがご夫人も喜ばせることに繋がると思うのだが」
「な、うちの嫁さんは関係ねぇだろう!」
彼らにもそれぞれ、大切に思うモノがあることは骨身に染みて解っている。その心があれば、接客などどうとでもなるはずだ、と京士郎は思う。愛想笑いができないから客を拒むという側面も僅かながらあるのだから、改善の余地は多分にあるだろう。
「言葉や態度では分かりにくくても、必要な時に無言で必要なものを差し出されるなら、それはそれで暖かみは感じると思うのでな」
小さな笑みを浮かべてエールを煽る京士郎の言葉を、宿の主人は小さく反芻し、考え込んでいた。
●説得
──コツ、コツ
客が訪れていることなど知らず、差入れられたピロシキを頬張りながら。相変わらず汗を浮かべていたレイアは、その手を止めた。
「と、採れた‥‥!!」
その手の中に転がり込んできたものは、石の中から掘り出した、直径5センチほどのトパーズの原石。何の輝きも帯びぬ石だが、レイアの頬は自然と綻ぶ。その方をドワーフらが労うように叩いた。
「女のくせに、なかなかやるな」
「どうだ、掘り出した時の喜びは格別だろう?」
「ああ‥‥磨けば美しく輝くのだろうな」
「そして磨き上げた宝石は、運命に導かれて嫁いでいくんだ」
誇り塗れ、泥まみれで笑顔を交し合う。求める者の手に自分の努力の結晶を委ねる、それはどんな喜びとなるのだろうか‥‥レイアはそれを想像し、再び頬を緩めた。
同じ頃、鉄鉱石をざくざくと掘り出したニセも汗を拭っていた。差入れられたピロシキなどとうに消化され、腹の虫は盛大な音を立てている。
「客も帰っただろうし、ひとっ風呂浴びてくるゼ! あんたらも行くかい?」
「いや、だが汚れが落ちないだろう?」
「いくら落ちなくてもこのままよりマシだと思うゼ? ま、俺は一人でも行くけどナ」
大公の戦鎚をひょいと担ぎ上げ別の道へと足を向けるニセを、半信半疑ながらジャイアントたちが追った。
「なんだ、レイアも風呂か?」
「ニセ‥‥覗くなよ?」
「そのための衝立ダゼ」
レイアだけでなくミィナや小鳥たちからも、風呂は別が良いという意見があったための緊急措置である。源泉が湯船の脇にあるのに別に風呂を掘るわけにもいかず、正確に解らぬ時間で区切るのは決めるのは不便だという事情があり、結局衝立で仕切ることになったのである。
(「直通の道も掘り進め始めたし、だいぶ温泉の存在に慣れてもらえた──と考えていいのだろうかな」)
(「どうだろうナ‥‥ま、俺たちは風呂で後押しするダケだ」)
後押し──それは彼らと共に温泉を楽しむ、それだけである。
ここに至るまでは長い道のりだった。が、この段階では‥‥仕事を忘れて身体の疲れを癒そう、とレイアは目を細めたのだった。
●酒宴
腰痛持ちの多かった鉱夫たちにとって、温泉の体験は目から鱗の落ちる体験だった。
「いや、あれほど気持ちのいいものとは思わなかった!」
「湧出した湯を浴びて出てくれば、汚れも流れるしな」
「いや、気に入ってもらえてよかったぜ。俺も温泉に一家言あるジャパン人、機会があれば出来る限りの協力をさせてもらうつもりだ」
雲水がジョッキに次々にエールを注ぐ。
よく温まった身体に酒が染み渡り、豪快な笑い声が飛び交う。
もちろん、笑っている者ばかりではなく‥‥
「以前のアバドン襲撃での毒の影響ですが、正直私の調査では特定できなかったです」
がくりと肩の落ちたミィナに伝助が小さな笑みを浮かべ、空いた杯に発泡酒を注いだ。
「今までもう何人もお客さんが来ていやすから、大丈夫っすよ」
──毒で汚染されていても冒険者に為す術はないのだから、その結果が悪いということもない。
村にはデビルの気配などなく、黄玉泥棒という不貞を働いた輩は既に捕まっていた。発掘や加工に誇りを抱く人々や彼らを説得したい村人がそんな愚行を犯すはずもなく、その犯人は温泉を訪れた客だったのだが──しこりとなっていたその点についても、入り口を別に掘るということで一応の解決をみるはずだ。
そして入り口にジーザスを彫る、という案も一応受け入れられたようだ。
「何とか開通まで漕ぎ着けたかったんだがナ‥‥」
「まあ、後は引き継いでくれるというし。それで納得することにしよう」
ニセとヴィクトルは酒を酌み交わしながら、言葉を交わす。
何年もかけて掘った穴の先へ遠回りの道を掘るのだ、一朝一夕に開通するものではない。彫像も、当然ながら数日で彫れるようなものではない。祝福を与えるのは数ヵ月後、半年後という長期間を経た後の仕事になるだろう。そして、ヴィクトルの40Gなどほんのひと月で吹き飛んでしまうに違いない。まだまだ、温泉郷には試練が多い。
「あとはフィニィの宣伝か‥‥」
「姐さ‥‥サラサ姐さんも宣伝してくださってやすよ」
「随分と気の早い宣伝になっちゃいましたけどねー」
預かった桃花酒を注いで回っていた小鳥が、それでも嬉しそうに微笑んだ。
「温泉に酒ののったぼんを浮かべての酒、というのもまた格別なのだがな」
「そのうちにな、全て整ったらまた来るといい」
それだけが心残りだといわんばかりの京士郎の背を、ドワーフが力いっぱい叩いた。
冒険者の夢は、決して人々の夢ではない。
だが、同じ夢を持つことができたなら──それはきっと、夢ではなくなるに違いない。
そう信じ、カイザードはガーズを撫でて神に祈った。