雛ちゃんと応援団

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月14日〜11月20日

リプレイ公開日:2007年11月24日

●オープニング

●晩秋の空

 青空を、白い雲が流れていく。
 見上げる少女の口から漏れる吐息も白く、風に流れて溶けていく。
 晩秋‥‥しかしキエフではすでに初冬というべき寒さが身体を取り巻く。
「ひゃあ〜、ブルブルなのね‥‥!」
 父代わりの冒険者から貰ったマフラーをしっかりと首に巻いた少女の頬は林檎のように赤く染まっていた。
「雛、あったかーいぽっかぽかお風呂に入りたいなぁ〜。入っちゃおっかな〜」
 少女は、暖かな湯の湧く村を知っていたのだ。
 肌を撫ぜる冷たい風に身を震わせると、懐から色鮮やかな組紐が顔を出した。
「はわ、落っことしちゃうとこだったなのね〜」
 数本の組紐をもそもそと懐に押し込める。
 それはジャパンの着物を身に纏った時には帯締めとして使用できる装飾品。
 そして、少女が友人の身を案じて作った大切な大切なお護りでもあった。
 少女の名は雛菊(ez1066)、遠くジャパンの地からキエフに訪れている忍者である。

 とてとて、と駆け出した少女が訪れたのは冒険者が愛用する酒場、スィリブロー。
 きょろきょろと見回す屋内は、屋外とは違い暖かな空気が満ちている。
「あ、見つけたのね〜♪」
 マフラーを外しながら、暇そうにしている顔見知りの冒険者へと駆け寄り──ころん、とコケた。
「大丈夫?」
 差し伸べられた手ににっこりと微笑み埃を払った雛菊は、温泉へ行かないかと冒険者たちへ声をかけた。
 そこで初めて知ったのだ──温泉地に蔓延る問題を。そして、友人を含めた数名の冒険者が温泉地を救いに向かっていることを。
「んーと、えっと、じゃあ‥‥ほわぁってなる物を持っていって、応援するなのね!」
「美味しいもの? いい案ね」
「お客様として訪れますのも、温泉地の皆様の練習になるかもしれませんものね」

 ──こうして、温泉郷(予定地)で頑張っている冒険者へ差入れをしつつ、温泉を楽しんじゃえ! という即席応援団が発足したのだった。

●今回の参加者

 ea3665 青 龍華(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9617 シモーヌ・ペドロ(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec1621 ルザリア・レイバーン(33歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)

●サポート参加者

王 娘(ea8989)/ デフィル・ノチセフ(eb0072

●リプレイ本文

●灰色の空模様
「やっと念願の温泉よ、長かったー‥‥!」
「久々にゆっくりできるわよね、温泉って気持ちいいし」
 足取りの軽いローサ・アルヴィート(ea5766)にしたり顔で頷いた青龍華(ea3665)だが、次の瞬間、驚愕に目を見開いた!
「‥‥あれ? ‥‥そういえば私、温泉入った事ない‥‥!!」
「オゥ、龍華サマ、温泉に入った自分を妄想されていたのデスね」
「お風呂なら入ったことあるわよ、っか妄想ゆーな!」
「シモーヌさん、妄想より空想や想像が正解ではありませんか?」
「むむ‥‥ゲルマン語、難しいでアリマスね」
 龍華に苦笑しながら訂正したキリル・ファミーリヤ(eb5612)に神妙な面持ちで頷いたシモーヌ・ペドロ(ea9617)は、ふいとさり気なく視線を逸らしてペロッと舌を出した。それをじっと見つめていた雛菊(ez1066)は指をさして。
「あっ、悪いハーフエむぐぐっ」
「ロシアでそんなこと言うとしょっ引かれてしまいマスよー」
 恨みがましい眼で見上げられても何処吹く風。慌てて割って入ったユキ・ヤツシロ(ea9342)がぎゅむっと雛菊を抱きしめた。
「シモーヌ姉様、雛ちゃんが苦しがってますの!」
「うふふ、ユキさんは雛ちゃん一筋ですのね」
 ぷはぁ、とシモーヌの手を逃れ大きく空気を吸い込んだ雛菊と健気に背をさするユキの微笑ましい姿に、セフィナ・プランティエ(ea8539)は笑みを零す。赤面したユキは、もごもごと口の中で何かを呟いて。茹でたタコのように更に赤くなって俯いた。
「ユキ殿と雛殿は仲が良いのだな」
「雛はルザリアお姉ちゃんも大好きなのよー」
 いつの間にやら足に纏わりついていた雛菊の手をそっと解くと、ルザリア・レイバーン(ec1621)は視線を同じ高さにしてそっと頬を撫でた。

 ──初めてお目にかかるな。私は神聖騎士を職業にしているルザリアという。宜しく。

 昨日は改まってこんな堅苦しい挨拶をしていたルザリアだが、その実、収穫祭で賑わう酒場で言葉を交わしているので決して初対面ではない。それ故か、はたまた温泉という雄大な目的が結び付けたか、溶け込むのも早かったようである。
 そして雛菊に張り付かれたルザリアへ嫉妬の眼差しを向けながら、ユキはロバのツバキに跨った。温泉の村まで、あともう少し。
「雲も飛んでくぐらい、楽しんじゃおうねー☆」
 カルル・ゲラー(eb3530)の天使の笑顔でも厚い雲の垂れ込めた鈍い空色は変わらぬが、雲が吹き飛ばぬことがいっそ不思議なほどの朗らかさで、一同は夢の温泉へと足を速めた。


●白き花の友愛
 もうもうと煙の立つ厨房。‥‥勘違い、煙でなく小麦粉のようだ。小麦粉の源には小さな黒。
「捏ね捏ね、楽しいのねー♪」
「雛ちゃん、そんなにしたら小麦粉がなくなってしまいます‥‥!」
 あわあわと雛菊を抱きとめたセフィナは、慌てて飛び退いた。
「おや、雛殿。可愛い模様ができたな」
 くすりと微笑んだルザリアにセフィナは赤面してピンと伸びた背を小さくした。雛菊の黒い装束に、白い手形がくっきりはっきり☆
「はわ〜‥‥可愛いなの!」
 目を輝かせた雛菊はセフィナとルザリアの服にぱふぱふと手形をつける。
「えへへ、お揃い〜♪」
 呆気に取られた白の使徒たちは顔を見合わせくすくすと笑いを零した。その声を背で聞く龍華の肩は、細かく震えている。
「ああ、何でこのタイミングでホワイトソースなんて‥‥!」
 悲嘆の矛先が隣に立つローサに向かったのも詮無い話。
「‥‥ふんふん、バターで小麦粉を炒めるのね」
「あら、随分真面目ね。料理に興味がでてきたのかしら?」
「べ、別にそんな訳じゃ!」
 瞳に負けぬ朱を頬に差すローサへ、カルルは朗らかに言い放った。
「ぼく知ってるよぉ〜☆ 帽子のおじさんに手料理作ってあげるんだよねぇ?」
「ち、ちち違うからっ!! ‥‥そう、ハム! ハムの使いどころを探してただけでっ」
 その割には随分と真面目な表情。美味しく食べる立場を貫いてきたローサの変容は当然目を引くものだ。
「ハムか、ピロシキに入れてみてもいいわね。チーズと一緒に入れるとか‥‥」
 しかし龍華は突っ込まず、料理人の顔を取った。早く終わらせて可愛い子たちに癒されたいのが1つの理由。料理を教えて友人の背を押したいのがもう1つの理由だ。
(「からかいすぎて意地張られたら困るものね」)
「龍華さん、すっごく楽しそうにゃー☆」
「ええ、だって料理は得意分野だもの♪」
 厨房で楽しげな声の飛び交っていたその頃、鉄色の空の下では、ケガ人の治療にと村を歩いていたキリルが胸を撫で下ろしていた。
「よかった‥‥特にケガ人はいないようですね」
「そうですね‥‥」
 デビルによる襲撃は数ヶ月も前のこと。襲撃後、冒険者により的確な治療を受けた者たちはとうの昔に平癒しており、此度訪れていた冒険者らは温泉に関わる仕事で赴いている。アバドンの無茶な攻撃でもない限り崩落するような坑道ではなく、故に村には魔法の治療が必要なほどのケガを負った者はいなかった。
 発案したユキはキリルが申し訳なくなるほど小さくなり、睫を震わせる。
「すみませんですの‥‥」
「なぜ謝るんですか? ケガなどしないで平和にいられるのなら、それが一番ですよ」
 確かに、温泉郷へ向けて尽力する同胞達へのサポートとしては意味を為していないが、それは喜ぶべき事態なのだ、案じるなとキリルは少女の肩を叩いた。
 村から依頼を受けて滞在している冒険者仲間へ顔を見せ、せめて衝立が欲しいと願ったり。泥棒を見る眼差しで射抜かれたり。そんな状況は歩いてみるまで解らぬものだった。それらの助言が、冒険者仲間への何よりの差し入れだったはず。
「僕たちにできることをしましょう。セーラ様も見ておられますよ」
「‥‥キリル兄様‥‥」
 大きな瞳が潤んで、瞬いた睫から一滴の涙が零れた。
 その少し後。シモーヌが開けた窯から、ふうわりと焼きたてパンの香りが厨房に広がり、知らず笑みの花が舞っていた。
「うわーい、味見味見!」
「雛も雛も!」
 雛鳥のような二人に苦笑しながら、熱いので気をつけてくださいマセ、とシモーヌは半分にちぎったピロシキを手渡す。窯は危険なので手馴れたシモーヌと龍華の担当☆
「龍華さん、次は何を包みましょうか」
「んふふ、キエフでコケモモのジャムを買ってきたの。甘いのも楽しいんじゃないかと思ってね」
「冷めてもデザート感覚で楽しめそうですね」
 セフィナが手を叩いて喜ぶと、龍華の手はペースを速めた。もちろん手伝いの手は二つ返事の大歓迎──ただ一点を除いて。

 ──作成は手伝ってくれる皆で仲良く作る! でも揚げ物は私だけよっ!

●闇色の星空
「採掘の作業の人が出入りしてるから、ぼくたちが出入りしたら邪魔かも〜っ」
「ふむ‥‥泥棒の警戒もされているしな」
 カルルの意見は最もで、ルザリアも軽く頷く。盗まれたのは宿泊者の荷物ではなく宝石ゆえ、荷物は安全だろうが‥‥
「鉱夫さんたちを刺激したらお仕事で来てる人たちのお仕事を邪魔するかも知れませんデス。セフィナ様が折角宥めて下さったのに、それは宜しくないデスネー」
 そう、シモーヌの指摘は最もなこと。入浴の形態は自分たちで選ぶものではないのだ。時間をずらすというのは村から依頼を受けた冒険者らが却下した案。せめてキリルの要望通り、温泉を仕切る衝立は設置してくれることを喜ぶべきだろう。
「殿方に素肌を晒してはいけませんことよ」
 名を出されたセフィナは、眉間に皺を刻みながら雛菊の耳に訥々と吹き込んでいる。だが、もれ聞こえた声が閉ざされた空間に響き、キリルも難しい顔で頷いた。
「雛菊さんだけではありません。どんな間違いがあるとも限りませんから、皆さんも十分に気をつけてください」
「それはキリル君が間違いを犯すってことかしら?」
 龍華の揶揄に「そういうことでは」と生真面目に反論するキリルだが‥‥女性陣は人間とエルフとハーフエルフ。カルルや村のドワーフ、ジャイアントらは種族的にここの女性陣に欲情することもない。誰よりも確実に可能性が高いのはキリルその人である。
(「キリルお兄さん、誰が好きなのかなぁ?」)
 基本的に混浴であるロシア出身のキリルが男女の別を強調するということは──‥‥
 カルルの勘違いは、けれど初めて体験する温泉への尽きぬ興味の前には些細な事。
「温泉ってどんな感じなんだろ〜。ぼく初めてなの、わくわくするにゃ〜♪」
「私は以前ジャパンで入ったことがありますの。あの時はお仕事でしたけれど、今回は純粋に楽しめそうですの」
 入浴に必要な道具の他に、湯冷めしないように沢山の衣類も持ち込んでいるのだが──その沢山の荷物も弾む心が気にさせぬ。ペットの入浴は当然ながらきつく断られたが、それでもなおほこほこと綻ぶ表情は皆の期待を如実に表して。
 しかし、笑顔の硬い者が若干一名。
「一度身体に湯をかけてから、余り目立たぬ様に端で浸かる‥‥だったかな」
 ジャパンの友人から教わった作法を思い起こすルザリアの手をきゅっと握り、雛菊がふにゃりと締まりなく笑った。
「楽しく入ればいーなの。お作法気にしてたら、温泉入って疲れちゃうなのよぅ?」
「そうか‥‥気をつけよう」
「‥‥ルザリアさんは本当に生真面目な方ですね」
「ふふ、キリルさんもそうですわよね」
 セフィナの朗らかな突っ込みに龍華とローサが深く頷き合う。肯定も否定もできず困惑するキリルの声が響いたのは──湿った空気が壁面や床を濡らす、温泉付近だった。
「えとえと、飛び込んじゃダメなんだよね?」
「もちろんだ。衝立が倒れても困るからな」
「衝立が境界よ? 越えたらどうなるか‥‥解ってるわよね?」
 カルルとルザリアの会話に昏く笑う龍華。こと素手の状況下に於いて、龍華に勝る者はこの地にいまい。
 元より境界を越える気はないが、それでも迫力に気おされてカルルとキリルはこくこくと頷いた。

 水音が通路を遠く駆けてゆく。
「キリルお兄さんのお背中、おっきいにゃ〜」
「お礼に僕もカルルさんの背中を流させてもらいますね」
 いつもより少し声の大きい男性2人。衝立のこちらには2人しかいないのだから、寂しいのだろう。
(「不毛ねー」)
 こそりと胸中で呟いて、シモーヌはせっせと女性陣の世話係。
「シモーヌ殿は温泉に入らないのか?」
「シモーヌめは残り湯をイタダキマスので」
「でも、温泉はずーっと綺麗なままなのよー。残り湯はお風呂なのね」
「折角共に来たのだから、一緒に温まればいいのではないか?」
「賑やかに入った方がきっと楽しいですよ」
 ルザリアと雛菊、そして衝立越しのキリルの言葉にも首を振るシモーヌ。好きでやっているので構わない、らしい。いや、独り占めして満喫するつもりかもしれない。
「シモーヌさんが納得されておられるのなら構いませんけれど‥‥」
 ちょっと寂しそうなセフィナだが、雛菊を抱きしめて見送った友人のように水を浴びれば狂化するハーフエルフも中にはいることを思い出し、無理強いにならない程度で言葉を飲み込んだ。
「気持ち良いですの‥‥以前はゆっくり出来なかったですけど‥‥今雛ちゃんと一緒に、こうしてゆっくり入れているのがとっても嬉しいですの」
 じんわりと身体に染み入る熱を感じながらはにかんだ笑みを浮かべるユキ。話しかけられた雛菊は不躾なまでの龍華の視線と格闘中★
「雛ちゃん、お肌すべすべねー。この肌理細かさも羨ましいわ‥‥!」
 すべすべぷにぷにの肌を撫で、羨望の溜息を零す。子供の肌の美しさは天然で、それは確実に失われていくもの。
「すべすべかぁ、羨ましいわねー」
「大丈夫デスヨ、ローササマもすべすべなのデス。きっと喜んでもらえマスよ」
「だ、誰にっ!」
 背を流すシモーヌが悪戯な笑みを浮かべたが、ローサの死角。衝立越しにキリルやカルルまでくすくすと笑う。何とか話を逸らそうと、ローサは思考を巡らせる。
「ど‥‥洞窟っていうのも風情があるわよね!」
「くすくす、そうですわね」
 頬を綻ばせたセフィナは、周囲を覆う壁面を改めて見遣った。明かりを消したら、また別の風情も楽しめるかもしれないと。
「でも‥‥月と星が無いのでは、少し寂しいかも知れませんね。‥‥壁や天井をキャンバスにしたら、腕の振るい甲斐があるでしょうに‥‥」
 未だ温泉に浸かってすらいないというドワーフやジャイアントの姿を思い起こし、ぽつんと呟く。
「でもキラキラなのー」
 湯の中で繋いでいた手を少し上げて天井を示す雛菊。宝石を孕む鉱脈には結晶が産まれやすく、天井や壁面に顔を出した結晶がランタンの明かりを反射して時折り輝くのだ。
「本当ですね‥‥皆さん、蝋燭をもっと減らしてみませんか?」
「面白そうですね」
 皆が頷くのを確認し、キリルとユキは互いの陣営の肌を見ない範囲のランタンを吹き消した。ぐっと減らされた明かりは小さな輝きを際立たせ、揺らめいた炎を映す結晶たちは満天の星空に姿を変えた。

「綺麗‥‥」
「また、見に来たいな」
 ──それは誰の呟きか。
 しかし、また、という日は冒険者にとってとても遠い言葉。
 しんみりとした中で、雛菊が声を上げた。
「雛ね、元気で会えますよーにって、お祈りしながら帯締め作ったの。あとであげるなのね♪ 皆に似合うように頑張ったなのよー」

 ローサに深い森の如き碧を。
 セフィナに雪のような白を。
 ユキに淡い桜色を。
 ルザリアにきりりと締まった紺を。
 キリルに大海と蒼天の蒼。
 シモーヌに鮮やかな赤。
 カルルに温もりのオレンジ。
 そして龍華には、葡萄酒の赤。

「‥‥本当に? ‥‥嬉しい、大切にしますね」
「この帯締め、大切に使わせてもらうよ。ありがとうな♪」
 ユキが両手を胸に微笑むと、ルザリアは膝を折り雛菊の髪をそっと撫でる。そのルザリアも纏めてむぎゅーっと抱きしめる龍華は感極まって両の目を潤ませた。
「あーもうっ! 皆の為に一生懸命作るなんて、本当雛ちゃんはいい子で可愛いわね!」
 その想いはキリルも同じ。
「僕からも雛菊さんにプレゼントをさせてくださいね」
 祖国から遠く離れる辛さは、キリルには想像することしかできぬ。しかし、小さな友人が祖国を想えるよう、ジャパンを描いた壁掛けを用意していた。
「ええと‥‥あたしももらっていいの?」
「皆でお揃いなーのよー。赤は嫌い〜?」
 悪いハーフエルフだと後ろ指をさした雛菊。ハーフエルフだからと後ろ指をささないこの国で雛菊も変わったのだろうか。誰とでも仲良くすることが許され、残り物ではない温かい食事にもありつき易い国。辛酸を舐め続けたシモーヌの視界が揺らぎ、その胸では炎が揺れた。
 温泉以上に温もりを与える光景を、セフィナとローサは微笑ましく見つめていた。

 身を切るような冬の地で、冬を乗り越えるため人々は寄り添う。
 その温もりは、人生の冬を乗り越えるためにも欠かせぬもの‥‥なのかもしれない。