【破壊竜】玉滴石の迷路

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月06日〜12月11日

リプレイ公開日:2007年12月16日

●オープニング

●細氷の幻
 粉雪舞う冬の日、運命の鐘が鳴り響いた。
 父と逸れた迷い子が馬車にぶつかり、倒れたのだ。
「大丈夫か」
「‥‥す、すみませ‥‥」
 貴族の馬車に無礼を働いてしまったと憐れなほど小さく背を丸める少年の言葉はしんしんと降る雪の音にすら掻き消されてしまうほど、か細く。隠れようとする主とは裏腹に、腹の虫は大きく鳴いた。
「腹が空いているのか」
 手を差し伸べたのはほんの気紛れだった。
 しかし、控えめな性格と、極稀に零れる路傍の花のような可憐な笑みに‥‥知らず貴族は魅了され。
 尊大なまでに自信漲る振る舞いと、前のみを見詰める姿、そして垣間見える解り辛い優しさに‥‥少年は惹かれて。
 神の祝福も、血の祝福も、友の祝福すらも受けようのない茨の道なれど、心は確かに通い合ったのだ──‥‥

 不幸だったことがあるとすれば──貴族は切望する人生があり、少年の愛は優しく広すぎた。ただ、それだけ。

●雪白の鍵
 眼下の森が紅蓮の舌に飲み込まれていく。しかし、盲いた目はその風景を映すことはない。
 ただ熱風に煽られた髪が頬を擽る、彼にとって全てはそれだけのこと。
 愛しき人の誕生日を祝う術も持たず、全てに見捨てられた彼は──闇に接してもなお穢れ無き心で、それが契約者を歓喜の渦に叩き込んだ。
 彼らは刻々と迫る収穫祭に向けて、ただただ地獄を撒き散らしていく。
 絶望の悲鳴と歓喜の悲鳴は、少なくとも彼らの耳には同じものとして届くのだろう‥‥悲鳴、という高き声として。
 ばさり、と翼が闇を打つ。宙に浮かぶ巨躯、その背には幼き姿が跨る。
『次はどこへ行く』
『‥‥あの人の所へ』
 小さく、縋るように答えた少年はより沿うように闇色の鱗へと身を寄せた。
 舌なめずりをした七つ頭の契約者は、喜びに打ち震えるように翼を震わせて、高みへと昇ってゆく‥‥その舌は、血のように赤かった。

●深緑の憂慮
 ゆったりとしたマントを纏う、栗色の髪の青年。セベナージ領の領主が次男アルトゥール、である。その表情にいつもの斜に構えた笑みはなく、それどころか疲労すら滲んで見える。セベナージ領を席巻しているデビル被害の深刻さを窺わせ、ギルド員はしばし掛ける言葉を失った。
「アルトゥール様、ご依頼ですか」
「こんな人種の坩堝、他の用件なら来るわけがないだろう」
 苛立たしげに掃き棄てた言葉はハーフエルフ以外への配慮すら欠く有様で、実に彼らしくなかった。実際、法則性もなく襲撃を繰り返す神出鬼没なアバドンを相手に後手後手に回らざるを得ぬ状況で、セベナージの騎士たちも各地での対策に奔走している。アルトゥールはキエフに常駐し不自由な生活を強いられながら、冒険者や傭兵の手配を行っているという。何より彼を苛立たせているのは、不自由な生活よりも放置せざるを得なかった研究の行方であろう。
 ──それはさておき。
 普段通り貴賓用の別室に通されたアルトゥールは長い足を組んで、じっと一点を見詰めていた。
「すみません、お待たせしてしまいました」
 遅れて現れた冒険者ギルド幹部が頭を下げるのを待たず、アルトゥールは早口で捲くし立てる。
「兄上殿の護衛を頼みたい。うちの騎士は大半が出払っていて手薄なものでね。おそらく護衛といえど兄上殿はハーフエルフ以外とは口を利こうともしないだろうから、その辺耐えられる、万が一にも分を弁えない説教なんてしない人を頼むよ」
 幹部の男は口を開かず、頷きながら耳を傾ける。これだけ張り詰めて護衛を依頼に来るのだから、それだけではなかろう、と。
「外出の予定がある、のですね」
「襲撃を受けた村の慰問をするんだそうだ。篭り切りと誹られたのがお気に召さなかったらしくてね」
「アルトゥール様は、その間もこちらに?」
「いや、僕も同行する。兄上殿に従ってる様子を見せておかないと色々面倒だからね」
 じっと幹部を見詰めるアルトゥール。その瞳に迷いはない。現状、アバドンに襲撃される可能性が高いのはリュドミールなのだ。
「兄弟思いなのですね」
「ただの打算だよ。兄上が領主を継いでくれなければ、僕が困るから」
 若草の瞳に憂慮の色を浮かべアルトゥールは短く息を吐いた。兄にも一厘ほどは原因があろう災厄を甚だ迷惑だと感じている、それを隠さぬ姿に、幹部は苦い笑みを禁じえなかった。

●今回の参加者

 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

サラサ・フローライト(ea3026)/ ゴールド・ストーム(ea3785)/ ローサ・アルヴィート(ea5766

●リプレイ本文

●劫火
 燃え盛る焔の中、シュテルケ・フェストゥング(eb4341)は声の限りに叫んだ。
「テオ、俺だってどうしようもなくてなんにも分からなくなることあるよ、でもだからってこんなの間違ってる!」
 盲いたテオからは見えまい、構えた盾でも防ぎきれぬ炎が、友と誓ったシュテルケを焼き尽くさんとしていることなど。
 しかしシュテルケは自身の危険など省みず、熱風に喉を傷めながら‥‥闇に沈むテオの心を手繰り寄せんと、なおも叫んだ。
「自分がしてることが見えてないんだったら俺が聞かせてやる、壊れた家、泣き叫ぶ人、黒焦げの死体、全部お前のやってることだ!!」
「‥‥僕が選んでしまった道なんです」
 そう答えるテオの言葉には──植え付けられた悪意と生来の善意が鬩ぎ合っているかの如く、僅かに躊躇いが生じ始めていた。

●環視
 時は少々遡り、小さな村の外れ。リュドミール・ラティシェフと、彼を警護する冒険者らの姿があった。出立の準備を整えた冒険者らを、村民らが取り囲む。先頭で深く頭を下げるは村長である。
「ありがとうございます、リュドミール様。聖夜祭に腹一杯の料理を振舞えます‥‥!」
「不足があれば届けさせる。他にも、異変があればいつでも報せよ」
「はい‥‥!!」
 冒険者には尊大なだけのリュドミールの態度は、心細き村民らにとっては自信の表れと映る。キリル・ファミーリヤ(eb5612)は、貴族の偉そうな姿に意味があることを彼は充分に承知していたが‥‥それでもその姿に感銘を受けた。
『それでも、これだけ心を捕らえるのですね。さすが、アルトゥール様のお兄様です』
 その小声に、同様にリュドミールの護衛を担当するミィナ・コヅツミ(ea9128)が小さく頷いた。その胸中は複雑だろう──領主たらんとし続ける姿勢は、好き嫌いは別として尊敬に値するものだ。しかし。
(「その為に人の心を犠牲にするのは‥‥理解はできても、共感はできませんよ、リュドミールさん‥‥」)
 この地獄が多少なりともその心に起因するものであるだけに、尚更。だが、仕事は仕事。
 日を重ねるごとに重苦しくなっていく気持ちを吹き飛ばすように、子ども達の笑い声が青天へと吹き抜けた。
「お姉ちゃん、またお歌聞かせてね!」
「ええ、また来ますから、練習もしっかりしていてくださいね」
「うん!」
 汚れを厭わず膝をついたフィニィ・フォルテン(ea9114)が、子ども達と固く約束を交わす。
「アルトゥール殿」
 馬車の準備を整えた真幌葉京士郎(ea3190)が依頼人へと声を掛けた。頷いたアルは信厚き以心伝助(ea4744)へ視線を送る。魔法の草履を履いた伝助は同じく魔法の靴を履くフィーナ・アクトラス(ea9909)と共に、然りと頷いた。
「兄上、出立の準備が整いました」
 慇懃に頭を下げるアルへ鷹揚に頷き、リュドミールは村長へ背を向けた。乗り込んだ馬車の扉を、キリルが閉める。
「それでは、失礼いたします」
 微笑んだ九紋竜桃化(ea8553)が愛馬に跨ると、京士郎とキリルは馬へ鞭を入れた。
「ありがとうございました‥‥!」
 去り往く背に感謝を送る村人達。その瞳に映らぬところで、冒険者らは既に周囲へ神経の糸を張り巡らせていた。

 そして数時間が過ぎた刻──ちり、とうなじが疼いた。
「‥‥見られてやす」
「デビルかしら‥‥」
「恐らく」
 伝助は併走するフィーナに囁いた。警戒は最大限の注意を払っている。それに気付かぬアバドンではない、襲撃はリュドミールに枷が嵌められた時。
「村で仕掛けてくるわね‥‥」
 忠告は、しめやかに冒険者を伝っていく──3つ目の村は、もう、すぐそこだった。

●哨戒
 村は夜陰を嫌うようにささやかな宴を催してくれた。しかし、宴もこの村で三日目。警戒を解けぬため楽しめず、腹も満たせないとなれば冒険者に旨味はない。普段ならば『地獄ね』と言い出すフィーナも、本当の地獄に見舞われ、そして恐らく再度見舞われるだろう村人の前でその言葉を口にすることは躊躇った。
「避難ルート、確認してくるわ」
 逃げるように会場から離れていた彼女が戻ったのは、宴も終焉を迎えた頃だった。
「おかえりなさい」
 迎えるフィニィの声が掠れているのは、彼女の歌が人々を捉えた証だろう。もちろん、馬車に乗れず寒風に喉を傷められたことも要因だろう。一介の冒険者が領主名代の馬車へ乗ることなど許されるはずもなく、申し出は機嫌を損ねるのが関の山‥‥二度目からは申し出ることすらなくなった歌姫である。ちなみに同様の申し出をしたミィナは一人掛けの御者台に強引に割り込むことも考えたが、馬車の物理的な安全を鑑み中止した経緯があったことを申し添えておく。貴族の馬車を乗合馬車と同等に考えた前提がそもそも間違っていたのだろう。
「リュドミール様、やはり今晩だけでもお持ちいただけませんか」
「くどい」
 キリルの用意した蹄鉄の護符をリュドミールが手にすることはなかった。聖なる釘もまた同じ。聖別されていても釘や蹄鉄、プライドが許さぬようだ。最悪の場合は自身の身を挺して護ることを決意し、剣を撫でた。
 そして向かうは今夜の宿。焼け出された村人たちは応急的に対処をした家屋に数家族ごと纏まって生活をしている。一行に供されるのは数部屋が連なるその1つである。

 相手が相手だけに、生きて明朝を迎えられるとは限らない──思い思いに過ごしたその晩は、とても長かった。

「へっくしゅ!!」
 シュテルケのくしゃみに気付いたフィーナが顔を上げた。
「そろそろ交代の頃合かしらね」
「私も行きます。そんなにいつまでも現れないこともないでしょうから‥‥」
「それじゃ、これを伝助さんに渡していただけますか」
 立ち上がったフィーナと桃化へミィナが差し出したホットミルクを微笑んで桃化が預かった。屋根の上は遮るものもなく、とても冷えるだろうが‥‥気遣いしかできない。彼女自身もキリルと交代するつもりなのだろう、シュテルケの分ともう1つのカップを用意している。
 外へと踏み出すと冷たい風が身体を引き締める。屋根を見上げ小さく呼ぶと、忍びはひょいと飛び降りてきた。頬や耳が赤いのは寒さによるものだろう。
「以心さん、差し入れです」
「忝いっす」
 ミィナさんからですけれど、と加えながら渡したホットミルクはほんのりと酒の香りがした。
「どうですか」
「相変わらずっす」
 桃化の目で見ても伝助の疲労は濃い。誰よりも張り詰め続けねばならぬのだから当然だろうが、休んでくれと言えないのが心苦しかった。
「はは、大丈夫っすよ。これでも忍び、張り詰めるのが仕事っすから」
 伝助が逆に気遣った発言をしたとき、その鼻腔に煙の臭いが届いた。再び屋根に飛び上がると‥‥村の一角に小さな、火の手。
「火事っす!!」
「デティクトアンデッドに反応が多数でました、来ます!」
 伝助の言葉とミィナが仮宿から飛び出すのとは同時だった。
 素早く周囲を見回した桃化の目に、夜空に飛ぶ大型の影はない。その脇をすり抜け、フィーナとシュテルケが走る!
「桃化さん、早く!」
「ミィナさん、何故そんなに急いで‥‥!」
「アバドンのブレスは種類によって射程は100メートル以上になるんです!」
 切羽詰った態度の裏を知り、桃化の顔色が変わる。敵の目的が依頼人を害す事なら、手も足も出ずに終わる可能性もある。

 ‥‥次の瞬間。
 熱線が冒険者を襲った。

●劫火
「ミィナ!」
 倒れたミィナを抱きかかえ、その身を探る。ヒーリングポーションは、直ぐに見つかった。
「飲んで、早く! あなたがいないと‥‥!」
 唯一の癒し手は精神的な支えともなる。やっとのことで飲み干したミィナが見たのは、飛来する虫の群れがデビルの群れへと姿を変える、その場面だった。
「リュドミール様!」
 咄嗟に月に祈りを捧げたフィニィ‥‥しかし月の結界は姿を現さぬ。頑なに結界を拒む者があるからだ。
 それは、誰あろう護るべきリュドミール本人だった。
「私一人が安全圏にいることなどできぬ。私はよい、先に村人を!」
「そうはいきません。御不興を買おうとも、リュドミール様はお守りいたします!」
 銀の髪を振り乱しキリルが叫ぶ。リュドミールの意に答えたのは、フィーナだった。
「あたしが行くわ!」
 リュドミールの返事を待たず、誘導すべき道へと、フィーナは駆ける!
「アバドンと1対1なんてならなきゃいいけど‥‥」

 ‥‥結果的に、その懸念は杞憂に終わるのだが‥‥。

 みるみるうちに焦げゆく空。立ち上る煙は月を隠し、冒険者の瞳を曇らせる。
「火事だ!!」「きゃあああ!!」「デ、デビルが来たー!!」
「皆さん、こっちへ!! 焦らないで、あたしたちが守るわ」
 絶えぬ笑みの導き手に、パニックに陥りかけた村人たちも村から逃げ出していく‥‥
 混迷の悲鳴を背に、冒険者は依頼人らを護るべく囲んだ。
「さあ、アルトゥール殿も」
 促す京士郎に、栗色の髪の青年は首を振った。
「兄上の希望が優先だよ、京士郎」
「リュドミール様!」
「人々の避難が済んでからだ」
「意固地にならないでください、リュドミール様は御領主になられる大切な体ですよ!!」
 キリルの激憤にリュドミールは一度目を瞬いた。
「私が、か」
「リュドミール様の天命です。アルトゥール様には他の使命があらせられるはずです」
「だってさ、リュドミール。避難も巧く行ってるみたいだし‥‥外に出ないと煙に巻かれて死ぬだけだよ?」
 くっくっく、と喉奥で笑うアルに凄みのある視線を送り、リュドミールは冒険者へ命じた。
「火に巻かれぬところまで後退する! 決して村人より遠くへ逃げるな!」
「逃げ道は我らが」
 聖なる結界の中、京士郎と桃化が進み出た。村の随所に用意した桃化のエールに群がっているのだろう、インプと並ぶ下級悪魔の代名詞グレムリンの姿は見えない。とさとさとさ、と眠ったインプが地に転がり、伝助とキリルが順に息の根を止める──その中で二人のジャパン人がアルマス、ストームレインを抜き放つ。
「はぁっ!!」
 気合と共に放たれた衝撃波が群がるデビル達を、文字通り薙ぎ払う!!
 吹き飛ばされたデビルたちが消滅していく中、京士郎は冷たい炎を宿した瞳でデビル達を睨めつけた。
「烈風の二つ名は、伊達じゃないんでな」
 京士郎を諦め桃化に襲い掛かるデビルは、その拙い攻撃と引き換えに鋭利な一撃を喰らい次々に倒されていく!
「一期一会と言いますが‥‥正にその通りですわね」
 妖艶さと上品さ、相反する色を覗かせる微笑みでデビルたちを見つめた。下級デビルなど何匹群れようとも、その足止めは彼ら二人で十分すぎる。
「行きましょう」
 フィニィに促され、兄弟は走り出す。

 数多のデビルに襲われたのは彼らだけではない。誘導され逃げていく村人達の下へもまた、デビルは姿を現した。
「ちょっと、拙いかもね‥‥」
 乾いた唇を軽く舐めながら、フィーナは笑みを絶やさずにダガーを抜いた。
 数は脅威である。デビル如きの攻撃を喰らうつもりはない、が、その魔法までとはいかぬ。
「でも、それだけ向こうが手薄なわけだし‥‥踏ん張りどころね」
 その細い両肩に掛かるタロンの試練は、重い。

●逢瀬
 討ち漏らされたインプがリュドミールを襲う!
「リュドミールさん!!」
 ミィナの張った結界がデビルの一撃を防ぐ!
 しかし、重ねて張ろうとした先を上回る力の結界は姿を現さぬ。同種の結界を重ねて張ることはできないと思い出し臍を噛む。
(「馬鹿、貴族襲っちゃったらもう言い訳できないだろ‥‥!」)
 胸を塗りつぶそうとする絶望を追い払うように首を振り、シュテルケもまた武器を握り直す。
 そして‥‥眼前に浮かぶアバドンを、その背に跨る少年を見上げた。
 七つの首の2つが鎌首をもたげるのを見、冒険者らは盾を構える。吐かれた吹雪のブレスを防いだのもつかの間、破壊された結界の内へ二つ目のブレス──毒霧が入り込む。盾では防ぎ切れぬ攻撃にミィナが取り出した解毒剤を兄弟へ手渡した。
 しかし、その時。
「危ない!! ぐあああ!」
 駆け込んだ京士郎がリュドミールを突き飛ばし、吹き上げるマグマを一身に受けた!!
「インプ!?」
 放ったのは炎を纏うデビル。その一瞬の攻防がデビルの狙い、だった。
「にゃ〜‥‥」
 アルの懐で虫から姿を変えた血まみれのグリマルキン=ノーシュが宝玉を咥え飛び立った!
「させないわ!」
 インプの猛攻を重傷と引き換えに防いだフィーナの渾身の一投がノーシュを掠め、血の付着した森の揺篭が地面に転がる。
『オオオオオ!!』
 アバドンが歓喜の彷徨と共に灼熱のブレスを吐いた。

 再び、大地が焼ける。

 髪を束ねていた糸は既に焦げ赤い髪は熱風に靡く。流れる血に染まりゆく大地に立ち、伝助は呟いた。
「あっしは想い人と同じ時を重ねられる貴方が羨ましい」
 伝助の言葉に、微動だにしなかったテオが僅かに身じろぎした。契約者の異変に、アバドンも動きを止める。
「貴方は以前『諦めない』と言いやした。なら、伝える事も諦めないで」
 ここぞとばかり言葉を重ねる伝助。
「少なくとも、あたしはリュドミールさんがあなたを助ける方が名誉となると仰っておられたのを確かにお聞きしました」
 後方からミィナも声を荒げる。空ろな眼窩は誰を捉えることもなく、悪魔に跨る少年は静かに耳を傾ける。
「‥‥心は在りし日に凍てつきました。何を言われようと、揺るぐ事はありませんから‥‥」
 しかし、テオの動きを止めていたのは言葉ではなく‥‥封じ切れぬ想いを言葉に乗せた咎を責めるが如き、冷たき視線だった。
「デビルに惑わされしお前もまた被害者だろう。しかし、この惨状を目の当たりにして救うとは言えぬ。命を奪いし罪はそれだけ重い、心得ていよう」
「リュドミール様‥‥」
「我が心とてとうに凍て付いた。しかし領民には温もりが必要なのだ、奪わせぬ」
 何故煽るのか!
「お声を聞けてよかったです‥‥僕はアバドンと行きます‥‥もう、迷いません」
「光がもう見る価値もないって言うなら俺が教えてやる、光はある、絶対ある」
 盾に身を預け片足を引きずりながらシュテルケは力強い双眸で断言をした。
「テオもリュドミールさんも自分から目を閉じて世界が闇も同然だってそんなの当たり前だろ。‥‥戻って来い、一緒に光を探そうぜ」
 精一杯の笑顔を浮かべて、闇に堕ちた友へ向かい一歩、また一歩と歩み寄る。
 それを嫌うように、アバドンが高度を上げた。
「決着をつけましょう、あの場所で‥‥」
「逃がすわけにはいきません」
 桃化が剣を手に距離を詰めた! しかしここぞとばかりに吐かれたブレスの突風が冒険者を文字通り吹き飛ばし。
 引き換えに、テオは手の届かぬ上空へと小さくなっていった‥‥

 冒険者らの傷は癒すことを禁じられた‥‥それはリュドミールの命。
 全ての手段は村人の為に。
 自分達だけ傷を癒したなど、囁かれぬように──